第六話
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◆
本日。
本来であればキュウゾウをかけた料理勝負が行われるはずだった。しかし勝負を仕掛けてきた当人が約束の日、店にやってくることはなかった。
多分、今頃はどこかで誰かと何かをしているだろう。詳しくは知らないし、興味もないのでどうでもいいが。賄賂(俺を必ず勝たせるために審査員達に渡すつもりだったお金)の入った袋を片手に待ち合わせ場所にやってきたヒョーゴは一向に姿を見せないザクロに対して警戒心を露わにしていたが、俺は「もう大丈夫だから」と伝えた。
「奴はもうお前達に現れることは二度とないぞ」
「はあ?」
どういうことか説明しろ、と詰め寄られた。わかった、簡単に話すからと待ち合わせの店に入る必要はもうないので、二人で移動して適当に人気のなさそうな路地に入った。ことの経緯を話すからその前に報酬くれ、と手を出したら頭を叩かれて「聞いてからだ、馬鹿者」と怒られた。たいして痛くはないが腹立つ。しかし報酬が欲しいので渋々ながらも知る限りのことを簡潔に説明した。
最初は俺が料理を作れるように練習に付き合っていたマスターだったが、愛猫とオンボロだが大事な宿に手を出されたことで気が怒気に変わった。いくら美人だからってやっていいことと悪いことがある、とマスターは虹雅渓に潜んで生きていた恨み屋のもとを訪ねる。
ザクロを虹雅渓から追い出したい。中身は最悪だが見た目は申し分なく美人なので異国にいるだろう人売り屋へ持っていってくれ、と依頼する。順調にいけばそのまま運んでいってほしいが万が一、途中で警邏などの邪魔が入った場合は。
「囚われた女を助ける役である恨み屋の仲間が介入し、ザクロの前で救出劇を演じることになっていたらしい」
「……まさか」
ヒョーゴは早くも察したみたいだった。ザクロは賊に捕まっていた時にキュウゾウに助けられたことで奴に惚れ、後を付け回し始めた。ならば同じことが目の前で起これば今度は助けてくれたソイツに惚れるんじゃないかと考えて実行を依頼した。
成功するかどうかもわからない、一か八かの賭け事染みていると思ったが、マスターは成功すると確信していた。何故ならマスターは「ヘイハチの実例」を知っていたから。
キュウゾウを付け回す前はヘイハチを付け回していたにも関わらず、乗り換えた時には綺麗さっぱりと恩人であるヘイハチのことは忘れている。このことからザクロは惚れっぽい性分なのだと踏んでいたらしい。そして本当に成功した。
ザクロは簀巻きにされ、異国の人売り屋へ売り飛ばされそうになっていたところを助けられた。助けてくれた青年(恨み屋の仲間。見た目の良さを活かして仕事をしているらしい)に惚れてしまい、今はソイツとどこかで何かしているだろう。もしかしたら恨み屋の仲間に加わっているかもしれない。
「――というわけだ。これで晴れて依頼達成だろ」
報酬をくれと再びヒョーゴの前に両手を差し出した。
だがすぐにはくれず。何故だか腕を組んで思案顔でいる。
待ってみたが一向にお金をくれる気配なし。
何故達成したのにくれないのか。新しい櫛が俺を待っているんだ。早くしろと催促したら「うるさい。黙っていろ」とドスの利いた声で睨まれた。
そんなに脅しても全然怖くない。おかしい。
こんなとても厄介な問題を解決できたし、奴も早く(とても退屈そうな)アキンドの用心棒へ戻りたいはずなのに。どうしてこんなに待たせるのかと思っていると「よし」と呟いて、俺の方へ向き直った。
「シキ」
「何だ」
「依頼の達成は感謝してやる」
受け取れ、と袋を漁りながらいうので両手を差し出す。
そして置かれた金額は。
「おい」
「何だ。ちゃんと渡しただろう」
「これはどういうことだ」
依頼時に聞いていた金額五〇〇〇〇じゃなかった。二〇〇〇〇だ。三〇〇〇〇も足りない。話が違うと文句を言ったら「お前は何をしたというのだ」と呆れ顔で溜息を吐かれた。
「ただ馬鹿女と話したり、料理を作ったりしただけだろ」
キュウゾウとの交際を諦めさせ、虹雅渓から追い出すという功績を上げたのは宿のマスターだろうが、と言われた。
うぐぐ。痛いところを突かれた。やはりそこを突いてくるか。気づかれる前に金もらって足早に去ろうと思っていたが無理だったか。
「だがまあ、俺の愚痴を聞いてもらったり、酌をしてもらったりしたからな……」
その分ぐらいはくれてやるということで「二〇〇〇〇」だという。報酬無しにしなかったのだから文句をいうな、とヒョーゴは釘を刺して路地から去っていった。去り際に「お前の着物姿、悪くなかったぞ」と肩にポンと手を置かれた。
いや、そんな言葉いらないから。
「……はあ」
ヒョーゴが「じゃあな」と場を辞して、誰もいない路地に俺の溜息が漏れる。日雇いで貯めた金は料理の練習で使う食材を買うために全部使ったというのに……依頼の報酬は二〇〇〇〇って……。
櫛を買うには五〇〇〇足りない。報酬をもらったその日に買いに行こうと思っていたのだが……今日買うのは無理そうだ。
一日で五〇〇〇は稼げるかもしれないが駄目だ。今の俺にはやる気がなかった。とりあえず櫛工房の二人(職人の爺さんと妻の婆さん)に謝りに行こう。
◆◆
以前キュウゾウが砥石を買うために寄ったと思われる店を通り過ぎて、櫛工房へ着いた。職人の爺さんは櫛づくりに集中していて手が離せず、婆さんが相手をしてくれた。婆さんはとても優しかった。
櫛をすぐには買えなくなった事情を伝えて、申し訳ないと謝り、肩を落としていると「大丈夫ですよ」と背中をなでてくれた。自分のあり様があまりにも情けなくて泣きたくなった……まあ俺は刀で、機械人間だから目から液体なんてのは出てこないが……。
「大変でしたね、シキさん」
「いや、俺は何もしていないから……」
とても悔しいがヒョーゴの言う通りだ。俺は何もできなかった。ザクロを追い出せなかった。斬ってもいいと言われていたのに馬鹿正直に相手の土俵(料理)で勝負をしようとしていた。
ああ。本当、俺は何をやっているのか。内心で頭を抱える。
……よし、決めた。
今日は廃棄場でいっぱい鍛錬しよう。とにかく体を動かしまくりまくって憂さ晴らしだ。マスターの話だと猫の怪我も治ったみたいだし、診療所へは明日迎えに行くとしよう。
思い立ったが吉日。やると決めたら善は急げ。
「婆さん、礼を言う。ありがとう」
「いえいえ」
「次来るときは絶対に櫛の金をもってくるから」
頭を下げた。じゃあな、と言って店を去ろうとすると「待ってください」と呼び止められた。
「シキさんは料理が作れるようになったんですよね」
俺は頷く。とはいっても凝ったものは作れない。炊いた米で握り飯を作ったり、卵を割って焼いたりするくらいだが。だったら、と婆さんは手を合わせて、にっこり微笑む。
「せっかくできるようになったのだから。続けないなんてもったいないです。弁当を作ってあの人に振る舞ってはいかかですか」
「はい?」
婆さんのいう「あの人」が誰なのか。まさかとは思いつつも、念のため聞いてみたらアイツだった。いやいや、いらないだろうと俺は首を振る。
「アイツは金がある。飯に困るなんてことはないだろ」
わざわざ俺が作ってもっていくとか意味がないだろう。
「違いますよ、シキさん」
婆さんはゴホンと一つ咳払いをしてから俺を真剣な目で見つめた。
「飲食店にいってお金を払えば確かに美味しいものを食べることができます。ですがそれでは得られないものが『手作り』にはあるのです」
心を込めて作ったものは弁当であれ、なんであれ。もらった方は嬉しいのですと。
「あの人は、シキさんからもらえばきっと嬉しく思うはずですよ」
「……いつぞやの勘というものか?」
そういうと婆さんは「ふふ。さてどうでしょう」と口元に袖を当てて笑った。依頼が終わったからもう料理することは二度とないだろうと思ったがまだ続くとは。
ううん、面倒だという思いもある反面、奴に会いに行く口実になるかな……と思っていたりもする。
「がんばっても報われなかったさんシキへ私からのお告げです」
普段しないことを誰かのためにするときっといいことがあるかもしれません。
「シキさんに幸あれです」
「…………」
なんだ、それは。根拠も何もない婆さんのお告げ。でもまあせっかく料理ができるようになったので。やってみるのもいいかもしれない。アイツへ渡しに行くなら最上層だが。
「明日から七日間は行かない方がいいと思います」
と婆さんは言った。何故かと聞いたら、この前完成した櫛を第二階層の店へ卸しに行ったときに偶然、聞いてしまったとか。
「大店のアキンドがいっていたのです。その方、組主の一人みたいでして。アヤマロ様が都に行かれて明日から七日間はお屋敷を不在にしているらしいのです。その間、御子息のウキョウ様が取り仕切るとかなんとかいっていましたから」
つまり、最上層へいってもアイツには明日から七日間は会えないということか。随分と口の軽い組主がいたものだ。街に統治者がいないって外は当然として内にも簡単に露見させてはいけないことなんじゃないのか。
にしても都って何だ。
マスターに聞けば分かるだろうか。恐らくこの会話も俺の中に内蔵された録音装置で聴いているだろうから宿に戻ったら聞くか。
ああ、もう。憎いな。この装置。戦場でならば(いちいち報告しなくて済むだろうが)さておき俺の個人的なやり取りまで全部録音されるのだから。装置が内蔵されていると知ってから自分で取り除いたり、破壊できたりしないものかと悪戦苦闘していたが「無駄だヨ」とマスターに言われた。取り除けるのは製造者である自分だけ。刀である俺がやれば死ぬ(機能停止)するらしい。ちくしょう。製造者特権を乱用するな。
◆◆
俺は完治した猫を引き取りに診療所へ向かった。
久しぶりに見た猫の姿。医者が用意してくれたのだろう。座布団の上でくつろいでいた。元気になってよかった。
部屋に案内され、やってきた俺をみるなり「みゃあ」と鳴いてぴょんと飛びついてきた。受け止めてやると頬ずりをされる。くすぐったい。
「随分、懐かれているアルナ」
俺は医者にお礼を言って、頭を下げた。どういうたしましてと返答した医者は「ついでにお前も診てやる」と向こうにある椅子(互いに向かい合うよう二つ配置されている)へ座るように手で促す。
診てやるといわれても。どこも悪いところはないんだが。
「大丈夫だ」
「でもお前、頭を打たれたらしいじゃないアルカ」
なぜ知っているのかと思いつつ、俺は頷いた。マスターから聞いたのだろうか。確かにマスターの手配した恨み晴らし屋にやられたが。医者はしげしげと俺の頭部を見やる。
「……見た感じ問題なさそうが、内部に影響が出ているかもしれないから念のため診てやるヨ」
「不要だ。金がない」
「とらないヨ。鋼音シキ。お前に関しては無料で診るアル」
“お前に関しては”が強調されていた。どうやらマサムネとキクチヨの入院費と治療費は忘れていなかったみたいだ。
いや俺だって忘れていない。ちゃんと返すつもりだから。まだしばらくかかりそうなのが痛いところだが。
まあ受けておいて損はないかということで、猫を医者の助手(医者が指をパチンと鳴らしたら部屋にやってきた)に預けて椅子に座る。
医者が準備をしている間。俺は医者の助手と猫の様子を眺める。てっきり一人でこの診療所で営んでいると思っていたが、まさか助手がいたとは。性別は女。人数は二人で、しかも。
「人間じゃないのか」
「そうダヨ」
見た目と動きはどこをどう見ても人間。だが、中身は機械だと分かる。これは第六感というものでわかったんじゃなくて、俺の目にはモノの温度を色で可視化する機能がついていたらしく(使い方はマスターから教えてもらった)それで見てわかった。俺と同じ人造人間か。二人は双子として作ったらしい。確かに見た目は瓜二つ。違うところといえば前髪で隠れている目が左右逆。右目が隠れているのが姉で、左目が隠れているのが妹だとか。
医者曰く「助手兼用心棒としてこの前作ったアル」だそうな。
「僕は作ったり、治したりは大の得意だけど戦うのは大の苦手だからナ。だから作ったヨ」
「そうか」
賢明な判断だと思う。虹雅渓はアキンドの街とはいえ(下層へ行けば行く程に)治安が悪いから。この街が大事にするのは上層に住む金持ちのアキンドとか身分の高い奴らだけであり、サムライや貧乏人には優しくない街だから。自分の身は自分で守らないとだめだ。
助手は無理そうだが、用心棒ならサムライを雇えばいいのでは、と何気なく言ってみた。そうしたら。
「断るネ」
真顔で即答された。医者曰く、
「人よりも機械を相手にしている方が気楽」
「人と接するは面倒。できる限り避けたい」
「人は裏切るから嫌」
……だそうだ。戦時中に仲間だと思っていた者による裏切りのせいで死にかけたことがあるという。詳しい内容は聞かなかったが、ああ、ここにも『裏切り』に対して暗い思いを抱く者がいるのか……と思った。何気なくいった言葉で不機嫌になってしまったかもしれない。悪いと感じたので俺は大人しく頭部の点検を受け、異常がないことを確認してもらった。
終了後、医者と双子の助手へ「感謝する」と頭を下げて診療所を後にした。もちろん完治した猫を連れて。俺の腕に大人しく抱っこされている。
「戻るか」
「みゃあ」
「戻ったら飯を食べるか」
助手の双子に付き合ってもらっていっぱい運動していたから。
腹も減っているだろう。
「みゃあ」
ぜひそうしろ、と言っているのだろうか。
良い返事だ。俺はふっと笑って、帰路を歩き出した。
◆◆
ヒョーゴからの依頼を達成したらもう続けることはないだろうと思っていた「料理」を、弁当づくりを再開した。
目的はアイツに俺の作った手作り弁当を食べてもらうため。弁当づくりをするには食材と作る場所と道具が必要。場所と道具はマスターから借りればよし。問題は食材。それを得るためには金が必要なので。
そして俺には買う金がないので六日間、日雇いの仕事(配達、警備、用心棒など)をしまくってお金を貯めた。そして結構な金額になったので、それで(全部じゃない。当然、櫛を買う金と分けている)食材を買いに出かけ、マスターの厨房を借りて弁当を作った。普段の俺からは考えられない行動をしているものだからマスターには「天変地異が起きるアル」と揶揄われた。
「空から槍とか機械のサムライが降ってくるかもしれないアルナ」
「それはいいな」
実際に起こるものなら斬り合いたい。己が刃で斬りつくしてやるぜ……なんて実際に起きるわけもなく。残念と思いつつ、今の俺が斬りつくして、切り刻んでいるのは野菜だが。
刀である故に体質的に包丁を使うことができないので、きっちりと消毒した手におる手刀で野菜や肉を切り刻んで、細かくなったそれらを底が丸い鍋の中へ放り込んで、ジュウジュウと炒めている。
櫛工房の婆さんから得た情報によればアイツは虹雅渓に今おらず(婆さんのいう七日間が本当なら戻って来るのは明日だろう)、最上層のアヤマロ屋敷を訪れても会うことはできない。
では何故目的の人物がいないのに弁当なんかを作っているのか。アイツ以外にも俺の作った弁当を食べてもらいたい人物がいるからだ。アイツへ会いにいけない間は他の知り合い達に渡しに行こうと思う。
野菜と肉の炒め物、だし巻き卵を弁当箱(使い捨てできるので回収にいったり洗ったりしなくて済む)に詰めて、三角型と丸型のお握り二つをつけて。よしよし。四人分が完成した。
「あれ?」
厨房へ入り、どれどれと腰に手を当てたマスターが弁当の数をみて、首を傾げた。
「ワタシの分は?」
「ない」
「は?」
「あるわけないだろ」
誰がお前にやるか。やるとしてもせいぜいこの弁当が不味くないか毒見くらいだ。なので、微妙に残った野菜炒めとだし巻き卵の欠片をやる。小皿に箸をつけて一口。
「ワタシのよりは当然下アルが……卵を握り潰して殻ごと焼くとかいう野蛮人然とした頃と比べると、まあ、美味いアルナ」
「そうか」
ならば知り合い達に渡しても問題なさそうだな。これだけか、足りないとうるさいマスターを無視しながら弁当を包んで。袋に入れて背負って。
「いってくる」
宿の出入り口で振り返って猫に手を振る。
「それはいいけどヨ。量、これだけじゃ足りないアル。腹が減ったアル」
腹を摩って文句をまだ言っている。うるさいやつだ。俺より美味いものを上手く作れるのだから自分でやればいいだろうが。そう言ったら、
「面倒アル。今日は動く気力が起きないアル」
と口をヘの字に曲げて駄々こね。何なんだ、全く。俺は溜息を吐いた。
「戻ったら作ってやる」
◆◆
知り合い達に弁当を届けに行こう。まずは近場から。同じ第六階層で工房を営んでいる刀鍛冶のマサムネのもとへ行った。
「よお」
「おおう。無刀流か」
時間帯がお昼ということもあって「今は休憩中だ」と言った。飯は食べたか、と聞いたら「まだ食べていない」と答える。
丁度よかった。早速と、俺は背負った袋から弁当の入った包みを取り出して、両手に持って差し出した。
「弁当、作ったんだ。食べてくれ」
「お、お前さんが、か?」
恐らくマサムネ、こういいたいんだろうなあ。刀のお前が作ったのかって。そうなんだよ、という意味を込めて頷いてみせる。
「斬る刀が料理ねえ。こりゃあ、たまげたな」
と嬉しそうに受け取ってくれた。マサムネの工房ならキクチヨもいると思ったが、あの巨体な甲冑姿はどこにも見えない。
はてさて。弁当を広げて食べていたマサムネ、周りを見回す俺に気づいて「ああ、キクの字ならいないぞ」と箸を止める。
「どこへ行ったのかは知らねえが、そのうち戻ってくると思うぜ」
「そうか」
当人が来るまで工房で待たせてもうおうか……と考えたが、やめておいた。マサムネの仕事の邪魔になるだろうし、いつ戻るか不明である故に時間が読めない。弁当を渡しに会いに行く残り二人の知り合い……特に、命の危険に快感を覚える変人サムライに会える可能性が低くなるかもしれないことを考慮するとなれば。
ここは悪いが、キクチヨの分の弁当はマサムネに託すことにする。後日でも工房に寄ったらキクチヨの感想を聞かせてもらうことにしよう。
「弁当、結構うまかったぜ。ごちそうさま」
おお、よかった。マサムネ、喜んでくれている。
あんなに面倒臭くて嫌だった弁当作りだったが練習した甲斐があった。誰かのために弁当を作って渡すという行為が予想以上に嬉しかったからなのか。足取りが妙に軽い。そのまま、次は米大好きサムライへ渡しに行こう。
案の定。米大好きサムライこと林田ヘイハチは今日も今日とて工兵の経験を活かして第三階層の建築現場で汗水垂らして働いていた。こっちも丁度よく休憩中だから助かった。
地面に座って汗を拭いているヘイハチのもとへ駆け寄り、「よお」と声をかける。何の前触れもなく、薪割りを手伝ってほしいという会う約束もなく。いきなり現れたものだからびっくりしていたヘイハチの隣にひょいと座って。渡したいものがあると単刀直入に言った。
「渡したいもの、ですか?」
きょとん顔をされる。頭に疑問符を浮かべて、戸惑いながらも両手を差し出してくれたので、俺はその上に弁当を乗せた。
「これは……お弁当ですか?」
「ああ。まあいろいろあって、料理の練習をすることになって、その一環で俺が作ったんだ」
食べてくれないかと言ったら、是非とヘイハチは快く頷いてくれた。
「ありがとうございます。早速、いただきますね」
「ああ、それとな。アレも入れたから」
「アレ?」
「お前の大好きな米が、お握りが二つ入っているぞ」
米。お握り。その言葉を聞いた瞬間、ヘイハチは素早く弁当の包みを解いて、フタを開けた。
「おおっ……!」
なんて感嘆の声を上げて。そりゃあもう。美味しそうに握り飯にかぶりついている。俺としてはおかず(だし巻き卵と野菜炒め)も忘れないでほしいが……まあ、いいか。本人の食べたいように食べてもらえれば。断られなかっただけでもありがたいもんな。
米大好き故なのか、それともヘイハチ専用の特殊な能力なのか。米の産地(作った村の名前)を当ててみせた(その時の俺はわからなかったが、後でマスターに聞いたらちゃんと当たっていた)。ヘイハチはすごいな、と感想をいいつつ。ふっと笑って。
「ついてるぞ」
とヘイハチの口元についた米粒をとってやったら「ああ、すみません……」と頬を赤くしていた。照れることないだろうに。指先についた米を捨てようとしたが「駄目です」とさっきまでの照れ顔はどこへ消えたのか。真面目な顔で制された。
どうして、とは聞き返さない。言いたいことは予測がつく。もったいないからだ。米の一粒、一粒には七人の神様あり。食べられるようになるまで、どれだけの時間とどれだけの労力がかかっているか、聞かれたから。それに地面に落としたわけでもないし、ゴミがついているわけでもなし。食べられるのなら食べようというもの。
……とはいってもなあ……俺の指をヘイハチの口の中へ突っ込むわけにはいかない。実際にやろうとしたら顔をぼんと真っ赤にして「駄目です!」って断られた。だから。一番無難な方法として、俺が食べた。
ぱくり。もぐもぐ。ごくん……うん、悲しいかな。
俺の伯母上こと鋼音ヨミが虹雅渓へ来て起こした辻斬り事件以来、機械体への負担を無くすためにと味を感じる装置を失ったから前みたいに味が感じられない。あんなに好んで食べていたお茶漬けだって今の俺には何の味もしないだろうな、きっと。
ヘイハチはいつもの恵比寿顔で「どうですか。美味しいですか」と聞いてくる。俺は答えた。ああ、美味いって。味がわかるかといえば嘘になる。だが美味いか不味いかでいったら美味い。味の分かるマスターの味見のお墨付きもあることだし。これなら「嘘」にはならないよな。
「シキ殿のおかげで大満足です。午後の仕事も頑張れそうです」
「そうか。よかった」
とても元気になったヘイハチの背中が現場へ行くのを見送って(背負っている刀のてるてる坊主もにっこりと喜んでいる、気がする)、俺は建築現場を後にした。
さて、お次は。
……ああ、あった、あった。命売りますと書かれたのぼり旗。
第三階層にはなかったから、第四階層を駆け回って発見できず。今日は無理かと諦めかけていたら第五階層で発見した。
人がうじゃうじゃと多くて混雑している道であってもひときわよく通る声で。危険大好き変人ザムライこと片山ゴロベエが「見世物をやるぞ」「暇なら見ていけ」という内容の宣伝文句を謡っていた。
場の雰囲気からして、そろそろ見世物が始まると言った感じだったので、ついでに今日の催しものをみてから渡すことにしようと見物に加わる。
演目は奇跡の大脱出。
妙に笑顔のゴロベエが(あの笑みは本当に嬉しそうだ)縄に手足を縛られて入った大きな箱が外から芸人仲間らしき人物によって四方八方から串刺しにされるものだった。ちゃんとゴロベエは中に入っていると観客へ示すために刺す前に「ゴロベエ殿、おりますか~?」と呼び掛けて、箱の中から手でドンドンと叩いた音を出させている。結構な数の刀を刺していたから「中の人は大丈夫なのか」「あれじゃあ、死んでしまうよ」と口々に見物客は不安そうな声を上げる。
どうだろう。どんな人物なのか、少し知っている俺としては逆にゴロベエの奴、血を流しながら恍惚に浸っているんじゃないかと思う。そして、めった刺しにされた大きな箱が開けられ、中を観客へ見せる。
すると中は空っぽ。肝心のゴロベエはどこへ消えたのか。見物人達が騒めき、見回す中、俺は後方を向いた。
「ここにいるぞ!」
あらかじめ用意されていたのか、立派そうな台の上に。五体満足で、血も流すことなく。縄で縛られていた手足が自由になっていて。片山ゴロベエ、無事生還していた。
観客、大歓声。大絶賛。口笛と拍手。投げ銭が飛び交う。
見世物、大成功ってやつか。投げ銭を(俺個人の都合上で)できない代わりに弁当をゴロベエに届けにいった。が、感謝されこそすれ(今日の夕飯にするといってくれた)、投げ銭(これ後から思えば絶対口実だな)がないならば……と顎に手を添え、不敵な笑み。
「シキ殿」
「何だ」
「第二演目、開演決定だ。付き合っていただこうか」
演目中に見物客の中で見つけた時から俺を手伝わせる気満々だったようで、だいぶ生死の狭間を行き交うような、危険な見世物に付き合わされた。ほおおう……なんて感極まった状態でいる。
投げ銭が多く飛び交っても、当たっても、ゴロベエの心を満たすのは「金」じゃなくて命の危機からぎりぎりで躱せたことから発した「快感」だということを見物人は知る由もあるわけない。
まあ、俺としては別にいいのだが。弁当は受け取ってくれたし、投げ銭もいくらか手に入ったから。
◆◆
八日目になった。今日、虹雅渓の最上層へ行けばアイツがいることだろう。だから弁当作って会いにいこうと思う。
正直にいえば、俺として用事があるのはアイツだけなので、アヤマロ屋敷にはできることなら入らずに会って渡したいものだが……ううん、どうしよう。まあでも、とりあえず。弁当を作るか。
お握り二つにだし巻き卵、野菜炒めと知り合い達に渡したものと同じ内容にしようとしたら「それじゃあ芸がないアルヨ」とマスターに文句を言われた。じゃあ何かいいものがあるのかと聞き返せば、これがおすすめだとある料理を教えてくれた。
使う食材を教えてもらい、店で買ってくる。マスターの住んでいた地域でよく食べていたものらしい。細かく刻んで調味料を入れて混ぜたもの(野菜と肉)を、小麦粉を使った薄い皮で包んで焼いたもの(ギョウザというようだ)をこれでもかとたくさん作って、弁当箱に炊いた白飯を詰め込む。
その上にいっぱいのギョウザを盛り付けた。せっかく作ったからとだし巻き卵も一つ入れる。味付けも丁度いいとマスターから評価も得たことだし……アイツ、喜んでくれるだろうか。
「男ならこれぐらいないと足りないアルヨ」
「そうか」
「いや〜助かったアルヨ。丁度たくさん食べたいと思っていたところだったからネ!」
「…………」
どうやら「おすすめ」じゃなくて。ただ「マスターが食べたかっただけ」だから教えてくれたようだ。
よし、渡しに行くかと意気込んで行こうとしたら「待つヨロシ」とマスターが制止し、奥の部屋へと引っ込んでいった。
……何だ?
ギョウザと白飯の弁当を入れた袋以外持っていくものなんてないから。忘れ物なんてないはずだが。首を傾げているとマスターが戻ってきた。両手には大きな風呂敷を持って。
「マスター、何だ、それは?」
「せっかくだからナ。とびきりのおめかしをしていくヨロシ」
パチン、と色眼鏡越しに片目を瞬きするマスター。
嫌な予感がした。
◆◆
「お姉さん、お茶しませんか?」
「うるさい」
「えっ?」
「邪魔だ」
言外に「斬るぞ」という意を込めて睨み据える。
「消えろ」
「……す、すみませんでしたああ!」
情けない声を上げて走り去っていく男。
……はあ。
俺は何度目の溜息を吐いた。まさか、またこれを着て歩く羽目になるとは。ただ弁当を渡しに行くだけのことだというのに。
「これで魅了されること間違いなしネ!」
だとかデタラメなこと言ってくれて。
俺はいつもの黒コートから着物に服装を変えて(履物もいつものから草履に変えて)アイツがいる最上層を目指して道を歩いていた。
綺麗な着物のせいか知らないが(いや絶対コレのせいだろう)、軽薄そうな見た目と言動をする男からお茶を一緒にしないかと矢鱈に誘われる。そのたびに殺気を込めて睨みつけたり、低い声で脅したりして追い返している。
うっとうしいこと、この上ない。料理の練習をやらないと同じで、ヒョーゴの依頼を終えた後ならもう二度と着ることはないと思っていたが。
前回とはまた色の違う着物だった。着物は淡い空色。帯は花柄の白色。
弁当を入れていた袋もそれじゃあ恰好に合わないということで取り上げられ、着物に合う風呂敷(花で彩られたもの)に変えられる。
手が塞がるのはあまり好きじゃないのだが(戦いにくいし、斬りにくいし)何も戦いにいくわけじゃないんだから我慢しろ、だと。
……むう。
アイツと会って、斬り合いできそうな雰囲気になったら是非とも進んでやり合いたかったのに。この恰好だと心置きなくやり合えないじゃないか。
アイツの血、吸うことができる丁度良い機会だと思ったのに。結構美味いんだよ。しばらく他の人の血を吸わなくてもよくなるくらいに……って。
うわあ。
内心で頭を抱える。何考えているんだ。馬鹿なのか。美味いんだよ、って何だ。阿保か。自分で自分に引く。道の端に、いや、誰もいない場所に行きたくなる。こみあげてくる恥ずかしさを霧散させたい。たかだが弁当を渡しにいくだけなのに……俺は一体、何をやっているのだろうか。
普段とは違う恰好をして、普段やらないことをして。
そのせいで浮かれているのか。
いや、まさか。
内心で首を強く振る。浮かれるっていうのは何かをしたい気持ちが強くなって、今にも動き出したいということなのだろう。だとすれば俺は刀だ。刀としては斬り合いをしたい。
一番は何と言っても戦場なのだが、最悪そこじゃなくてもいい。俺が刀として生きる場所がほしい。刃を振るえないと。刃を振るわないと。俺は刀として生きている実感が持てない。持てそうにないから。だが、まあ。だからといって。いくら斬り合いしたいとは思っても。
「お前、鋼音シキだろ?」
「…………」
こんな馬鹿共のとの戦闘なんて望んではいないが。
ことわざ(失敗しないようにとか、成功するようにとか、ためになることを短く伝える言葉)には「人の噂は七十五日」がというものがあるらしい。世間の噂もそう長くは続かないという意味だとか。
……ということは、つまり、俺こと鋼音シキの首を取れば大金が手に入るという真っ赤な嘘の噂も七十五日経てば消えるが、それまではこんな、馬鹿共に狙われる日々が続くということなのか。
最上層を目指しつつ、アイツに何をいって渡そうか。いやその前にどうやって御殿の外へと出てきてもらうか。と頭の中で練習していると、ぞろぞろとゴロツキが路地から現れ、行く手を遮られる。
「そんな立派なおめかししてどこへ行くんだ?」
「死んで俺達に金を恵んでくれよ」
なんて意地の悪い笑みを浮かべながら話しかけてきた。まだ日中で、夕方にもなっていないというのに。いや、時間帯関係なく襲ってこないでほしいが。いつもなら我存ぜぬといわんばかりに通り過ぎていく通行人しかいないのだが、今回は(虹雅渓にきたのが初めてなのか)「やめろ!」と声を上げる者がいた。
見た目だけで判断するなら「世の中の理不尽や暴力を嫌う正義感の強そうな青年」といったところだ。俺とゴロツキ共の間に割って入り、奴らに立ち塞がる形で両手を広げた。
女一人相手に男が集団で襲おうなんて最低だ。
こんなことをしてなんになるとか大声で騒いでいる。
気概は立派だと思う。だがそれだけじゃやっていけないのが現実。
くそガキが俺達の邪魔をするなと殴られる。
倒れる青年。
通行人の悲鳴。
しかし理不尽な暴力を受けても、青年は諦めることを知らないようで。
ゴロツキ共に一人で何度も立ち上がり、かかっていく。その間、俺は何をしていたかといえば。青年に「下がっていてください」と言われたから邪魔にならないように道の端に寄って、青年がゴロツキ達の相手をしてくれている隙に最上層へ向かおうかと考えていたが……やめた。
青年が勝手に突っかかってきて、勝手にやられているのだから殴られようが蹴られようが死のうがどうだっていいのだが、俺に関わって死なれるのは……目の前で死なれるのは目覚めに悪いから。仕方ない。
「……はあ」
やってしまった。深いため息を吐きながらとぼとぼと歩く。目指すは最上層……じゃなくて下層であり、わかりやすくいえば第六階層で。かといって宿まで戻る気力もなく。とにかく人目につかない人気のない場所を探して歩き回る。独りになりたかった。
あの後、赤の他人(俺こと鋼音シキ)に関わったばかりに理不尽にボコボコにされている青年(気絶していた)をゴロツキ共の暴力から助け出して、壁に適当によりかからせた後。
「相手してやるからついてこい」
ゴロツキ共を引きつけて、広い場所まで案内した。はじめは一人残らず斬殺するつもりだったが……死体の処理が面倒なので止めた。
普段とは違う戦いにくい恰好をしていること、片手が弁当を包んだ風呂敷でふさがっていることで少し時間がかかってしまったが、なんとか全員倒すことができた。しかし、問題発生。
戦闘の最中、攻撃の回避で跳躍した際に弁当を落としてしまい「ふざけやがって、こうしてやる!」とゴロツキ共に散々と踏み潰されてしまったので、弁当を台無しにした奴らには徹底的に痛めつけた。
綺麗な風呂敷もぐちゃぐちゃになる。ああ、愛用の櫛を壊した時の二の舞だ。花柄の風呂敷。貸してくれたマスターになんて言われるか。弁償代を請求されるだろうか。まだ二人(キクチヨとマサムネ)の治療費を支払いが出来ていないのに。いや、それよりも。金の問題よりも、もっと大事なことが果たせなくなってしまった。さすがにこんなひどい状態じゃ、アイツに――キュウゾウに弁当を渡せないだろう、これは。
そして、しばらく歩き回って。独りになるのにちょうどいい路地裏を発見していた。俺は端によって「はあ……」と息を吐いた。
手についた血を舐める。さっき相手をしたゴロツキ共の返り血。
手に着いただけで借り物の着物につかなくてよかった。
「うえ……」
燃料補給にはなるだろうが不味い。どうせ飲むならアイツの血が飲みたかった。もちろん、ただで飲むんじゃなくて、斬りつけた上で血を味わいたかったなあ。いや、そんな妄想はおいといて。これ、どうしようか……と地面に屈んで、汚れてしまった風呂敷を解いて。弁当を取り出し、膝の上に置く。中を開くと、ああ、ぐちゃぐちゃの汚れまみれ。白飯もギョーザもだし巻き卵も見るも無残な状態に。食べる選択肢はない。捨てるしかない。また作り直して持っていけばいいとはわかっている。わかっているが……気力が今日はもうないわ。
「はあ……」
深く溜息を吐いていると「な~う~」という唸り声が聞こえた。声がした方を見れば路地裏の奥の方に光る二つの小さな目を発見。頭に三角耳のついた丸い生物。野良猫だ。尻尾がちぎれている。警戒心丸出しの声を出して、低い姿勢となって俺を睨みつけている。
どうやらここは奴の縄張りだったみたいだ。いきなり見慣れない異物(俺こと鋼音シキ)が現れたものだから追い払おうとしているのだろう。
「なう~」
「悪かった」
俺はぐちゃぐちゃ弁当を包み直して、立ち上がる。人気がないから独りになるには丁度いいと思っていたが、先客がいるとは。猫には悪いことをした。移動しようとしたら――近づいてくる人の気配を察知した。
自分が刀であり、対サムライ用に作られた機械人間であると自覚してから利用できるようになった機能を駆使して、接近してくる気配のもとを探る。その結果、またまた賞金狙いのゴロツキ共だったことが判明。さっき倒した奴らとは違う集団だが俺にとっては同じものだ。
本当にしつこい。うっとうしい。
恰好が着物とはいえ今は手をふさぐものは、弁当はない。斬るには丁度いい。ここにいれば野良猫も巻き込まれてしまうからまたどこか人気のない場所まで引き連れて、今度は斬り殺そう。と、そこまで考えたところで――超振動音が近づくのを感じた。刀の気配だ。
「ああん? 何だ、てめえは?」
「…………」
「邪魔だぜ、おサムライさんよ」
「…………」
凄む声が聞こえて、だがすぐに。
それはゴロツキの悲鳴とどよめきに変わった。
「失せろ」
「わ、わかった!」
わかった。本当にわかったから……命だけは勘弁してくれ、と聞こえてきて。バタバタと走っていく。どうやらうっとうしいゴロツキ共は去ったらしいが、代わりに別の奴が近づいてきて……俺の前に現れた。
うん。……お前だって、わかっていた。
お前の匂いとお前の気配は決して間違いようがないから。
「シキ」
俺が弁当を渡そうとして、会いに行った男――キュウゾウだった。
ホントずるいと思う。
お前からは会えるのに、俺からは会えないとか。
どういうことだよ、まったく。
◆◆
キュウゾウは俺を探していたようだった。マスターの頼みかと聞いたら違うと首を振って「託された」と懐からものを出した。半円形の形からして中身は――案の定、櫛だった。金を貯めて買おうとした椿柄の櫛。
どうしてキュウゾウが持っているのか?
訝し気に見るとキュウゾウは淡々とした口調であったことを簡潔に説明した。
前日、櫛工房のばあさんと会った。
虹雅渓から出立することになった。二度と戻らない。
だが出立するその前に一つだけやり残したことがある。
俺にこの櫛を渡してあげたい。
キュウゾウから渡してほしいと託される。
お礼は俺からもらえると言われたとか。
「俺から……?」
頷くキュウゾウ。少しして、俺はハッとした。
婆さん、まさか。この弁当をお礼にしてキュウゾウからこの櫛を受け取れ、ということを言いたいのだろうか。
だとしたら。こんなひどい状態じゃ渡せない。だから。
「キュウゾウ」
「何だ」
「明日、会えないか」
明日会いにいくから、その櫛は明日までキュウゾウで持っていてくれないかと頼んだ。何故という顔をされたので「お前に渡したいものがある」と伝えた。
「お前に食べてもらいたくて弁当を作ったんだ」
「……俺に?」
「ああ。今日はそれを渡そうと思ってお前に会いに行こうとしたんだが……こんなひどい状態だから」
恥ずかしいが、これも現実だと割り切って、ぐちゃぐちゃ弁当を見せる。ちょっとしかめ面された。無表情が少し崩れるくらいにひどいあり様ということだ。明日きちんとしたものを作って持っていくから何か好きなものとか食べたいものはないか、と聞いた。キュウゾウは「ない」と首を振り、俺の方をじっと見つめた。
「シキが作るのならば何でもいい」
何でもいいって……お前なあ。まあ、いいけども。
「そこまで言うなら何を作っても文句いうなよ」
「言わぬ」
「……わかった」
なら腕によりをかけて作らなきゃ、だな。
椿柄の櫛をキュウゾウに預けて、また明日会おうと約束して一旦別れる。去っていく赤い背中を見つめていると足元から「なう~」と声がした。野良猫だ。
「悪かったな、猫」
もういなくなるからと一言、ごめんなと謝ってその場を後にした。
◆◆
キュウゾウと約束した日。弁当(中身はだし巻き卵と野菜炒め。そして握り飯二つ。だし巻き卵は結構得意な料理の一つになったかもしれない)を作った俺は奴が指定した場所、上層の高台へ向かった。
道中、賞金首狙いの男達に出くわすことなく、なんとか無事に辿り着けた。お昼時だったから食堂関連のお店は混雑していたが、高台は人が全然いなかった。口にはしていなかったが、恐らくこの高台はキュウゾウのお気に入りの場所なんじゃないかと思う。何故かというと……空がとてもきれいだったから。まあ、キュウゾウの場合、きれいだからというより「かつての戦場の空へ思い馳せることができるから」だとは思うが。
ここで何もせずにぼうっと空を眺めて時を過ごすのもいい気がするが、キュウゾウは俺と違って雇われの身なので(アヤマロの用心棒という極めて退屈そうな仕事があるので)長くはいられない。
早速、弁当を食べてもらうとしよう。利用する地面の汚れを一通り払って、風呂敷を広げたり、飲み物(お茶)を水筒から器へ汲んだり、箸を用意したり。
食べる準備をしていると、キュウゾウがじっ、とこっちを見つめてきた……何故か不満そうな顔をしている。
「どうした」
言っておくが、弁当の中身に文句はいうなよ。なんでもいいと言ったのはそっちだからな、と軽く睨むと「違う」と小さく首を振られる。
じゃあ何かと聞けば「今日は着物じゃないのか」と一言。どうやら俺の恰好がいつもの黒コートになっていたのが、お気に召さなかった様子。
う~ん、そんなことを言われても、なあ。
「昨日着ていたからいいだろ」
「よく見ていなかった」
「……今日はあくまでも弁当を食べてもらうだけだし別にいいだろ」
「お主によく似合っていた」
「え」
「もっと見たかった」
「……っ」
出かける前にマスターにも「おしゃれしなくていいアルカ」「着物じゃなくていいのかヨ」と聞かれたが断っておいた。綺麗な着物を着るせいで虹雅渓では変に目立つし、軽薄そうな男に馴れ馴れしく声をかけられるのもとても嫌だし。というか俺の着物事情はどうでもいいから。
「は、早く食え」
熱のこもった赤色の目を向けないでくれ。
その目は苦手だ。機械体なのに妙に体がうずうずしてしまう。
ふいと顔を逸らして、まずは、と握り飯一つを渡した。
人が気を逸らそうとしているのにそれでも。
「シキ」
と低い声で俺の名前を呼んで、近寄ってこようとするので弁当を渡すことで制止させる。また俺に変に触れしようとしているのだ、きっと。
まったく油断も隙もない奴だ。
「…………」
若干不服そうにしていたが、弁当と引き換えにキュウゾウは例の櫛を手渡してくれた。わざわざ受け取った弁当を置いて、俺の手をとって、その上にそっと乗せてくれた。
意外と丁寧なことをするんだな……と感心する。
大体、着物姿が見たいなら癒しの里へ行って女と会えばいいのだ。あそこならばいくらでも綺麗な着物をまとった女がいるのだから。
アヤマロの用心棒をやるおかげで金はたくさんあるだろうし、勝手にいけよ……と思ったが口にするのはやめておいた。
キュウゾウが女と戯れるところを想像できないし、実際に女と遊ぶかどうかはキュウゾウの判断になるだろうが……俺としてはしてほしくない。
奴は戦う存在 で、武士で、サムライなのだから。
酒と女に溺れるならば、刀の俺が愛刀をへし折ってやる。
剣士ならば一に斬り合い、二に斬り合い。三と四が戦で、五が斬り合い。
とにもかくにもサムライとして生きてほしい。剣の道を生きてほしい。サムライとして命をまっとうしてほしい、と思う。そして俺は刀としてその姿を近くで見届けたい、と思う。
ふう。ほしいばかりの自分に内心で呆れる。欲しがってたって、誰も与えてくれないぜ。自分から分捕りにいく気持ちでいなきゃな。
まあでも、今は。
今、この時だけは……俺の作った弁当を味わってくれればいいか。
キュウゾウはだし巻き卵を一口に食べて。
「美味い」
そう言ったきり、あとは黙々と食べた。感想は他にもうないのか、とは言わない。無口な奴だから一つでも感想を言ってくれたことの方がむしろ奇跡だと感じた。それにいう必要もない。食べてくれる。それだけで「良い」っていう証拠だしな。
全部食べ終わって、水筒から注いだお茶を飲み干すと。キュウゾウはすっと立ち上がって、俺の前へ移動して、片膝をついた。
「馳走になった」
そういって左手を伸ばして俺の頭を撫でると、立ち上がって去っていた。
キュウゾウと出会ったばかりの頃の、前の俺だったら絶対「触るな」と冷たい声を出して、鋭く睨んで、手を叩き落としていたと思う……だが。
本当どうしたものか。どうしようもなく、すごく、ものすごく言葉で表現しきれないくらい程に嬉しい――なんて、思っている自分がいた。
……はあ。本当どうかしていているぞ、自分。
あの人間嫌いな医者に本当に診てもらった方がいいかもしれない。
機械体なのに、対サムライ用に作られた人型の刀で、機動兵器なのに。
まるで人間みたいに誰かに対して鼓動がドクドクと波打っているぞって。
本日。
本来であればキュウゾウをかけた料理勝負が行われるはずだった。しかし勝負を仕掛けてきた当人が約束の日、店にやってくることはなかった。
多分、今頃はどこかで誰かと何かをしているだろう。詳しくは知らないし、興味もないのでどうでもいいが。賄賂(俺を必ず勝たせるために審査員達に渡すつもりだったお金)の入った袋を片手に待ち合わせ場所にやってきたヒョーゴは一向に姿を見せないザクロに対して警戒心を露わにしていたが、俺は「もう大丈夫だから」と伝えた。
「奴はもうお前達に現れることは二度とないぞ」
「はあ?」
どういうことか説明しろ、と詰め寄られた。わかった、簡単に話すからと待ち合わせの店に入る必要はもうないので、二人で移動して適当に人気のなさそうな路地に入った。ことの経緯を話すからその前に報酬くれ、と手を出したら頭を叩かれて「聞いてからだ、馬鹿者」と怒られた。たいして痛くはないが腹立つ。しかし報酬が欲しいので渋々ながらも知る限りのことを簡潔に説明した。
最初は俺が料理を作れるように練習に付き合っていたマスターだったが、愛猫とオンボロだが大事な宿に手を出されたことで気が怒気に変わった。いくら美人だからってやっていいことと悪いことがある、とマスターは虹雅渓に潜んで生きていた恨み屋のもとを訪ねる。
ザクロを虹雅渓から追い出したい。中身は最悪だが見た目は申し分なく美人なので異国にいるだろう人売り屋へ持っていってくれ、と依頼する。順調にいけばそのまま運んでいってほしいが万が一、途中で警邏などの邪魔が入った場合は。
「囚われた女を助ける役である恨み屋の仲間が介入し、ザクロの前で救出劇を演じることになっていたらしい」
「……まさか」
ヒョーゴは早くも察したみたいだった。ザクロは賊に捕まっていた時にキュウゾウに助けられたことで奴に惚れ、後を付け回し始めた。ならば同じことが目の前で起これば今度は助けてくれたソイツに惚れるんじゃないかと考えて実行を依頼した。
成功するかどうかもわからない、一か八かの賭け事染みていると思ったが、マスターは成功すると確信していた。何故ならマスターは「ヘイハチの実例」を知っていたから。
キュウゾウを付け回す前はヘイハチを付け回していたにも関わらず、乗り換えた時には綺麗さっぱりと恩人であるヘイハチのことは忘れている。このことからザクロは惚れっぽい性分なのだと踏んでいたらしい。そして本当に成功した。
ザクロは簀巻きにされ、異国の人売り屋へ売り飛ばされそうになっていたところを助けられた。助けてくれた青年(恨み屋の仲間。見た目の良さを活かして仕事をしているらしい)に惚れてしまい、今はソイツとどこかで何かしているだろう。もしかしたら恨み屋の仲間に加わっているかもしれない。
「――というわけだ。これで晴れて依頼達成だろ」
報酬をくれと再びヒョーゴの前に両手を差し出した。
だがすぐにはくれず。何故だか腕を組んで思案顔でいる。
待ってみたが一向にお金をくれる気配なし。
何故達成したのにくれないのか。新しい櫛が俺を待っているんだ。早くしろと催促したら「うるさい。黙っていろ」とドスの利いた声で睨まれた。
そんなに脅しても全然怖くない。おかしい。
こんなとても厄介な問題を解決できたし、奴も早く(とても退屈そうな)アキンドの用心棒へ戻りたいはずなのに。どうしてこんなに待たせるのかと思っていると「よし」と呟いて、俺の方へ向き直った。
「シキ」
「何だ」
「依頼の達成は感謝してやる」
受け取れ、と袋を漁りながらいうので両手を差し出す。
そして置かれた金額は。
「おい」
「何だ。ちゃんと渡しただろう」
「これはどういうことだ」
依頼時に聞いていた金額五〇〇〇〇じゃなかった。二〇〇〇〇だ。三〇〇〇〇も足りない。話が違うと文句を言ったら「お前は何をしたというのだ」と呆れ顔で溜息を吐かれた。
「ただ馬鹿女と話したり、料理を作ったりしただけだろ」
キュウゾウとの交際を諦めさせ、虹雅渓から追い出すという功績を上げたのは宿のマスターだろうが、と言われた。
うぐぐ。痛いところを突かれた。やはりそこを突いてくるか。気づかれる前に金もらって足早に去ろうと思っていたが無理だったか。
「だがまあ、俺の愚痴を聞いてもらったり、酌をしてもらったりしたからな……」
その分ぐらいはくれてやるということで「二〇〇〇〇」だという。報酬無しにしなかったのだから文句をいうな、とヒョーゴは釘を刺して路地から去っていった。去り際に「お前の着物姿、悪くなかったぞ」と肩にポンと手を置かれた。
いや、そんな言葉いらないから。
「……はあ」
ヒョーゴが「じゃあな」と場を辞して、誰もいない路地に俺の溜息が漏れる。日雇いで貯めた金は料理の練習で使う食材を買うために全部使ったというのに……依頼の報酬は二〇〇〇〇って……。
櫛を買うには五〇〇〇足りない。報酬をもらったその日に買いに行こうと思っていたのだが……今日買うのは無理そうだ。
一日で五〇〇〇は稼げるかもしれないが駄目だ。今の俺にはやる気がなかった。とりあえず櫛工房の二人(職人の爺さんと妻の婆さん)に謝りに行こう。
◆◆
以前キュウゾウが砥石を買うために寄ったと思われる店を通り過ぎて、櫛工房へ着いた。職人の爺さんは櫛づくりに集中していて手が離せず、婆さんが相手をしてくれた。婆さんはとても優しかった。
櫛をすぐには買えなくなった事情を伝えて、申し訳ないと謝り、肩を落としていると「大丈夫ですよ」と背中をなでてくれた。自分のあり様があまりにも情けなくて泣きたくなった……まあ俺は刀で、機械人間だから目から液体なんてのは出てこないが……。
「大変でしたね、シキさん」
「いや、俺は何もしていないから……」
とても悔しいがヒョーゴの言う通りだ。俺は何もできなかった。ザクロを追い出せなかった。斬ってもいいと言われていたのに馬鹿正直に相手の土俵(料理)で勝負をしようとしていた。
ああ。本当、俺は何をやっているのか。内心で頭を抱える。
……よし、決めた。
今日は廃棄場でいっぱい鍛錬しよう。とにかく体を動かしまくりまくって憂さ晴らしだ。マスターの話だと猫の怪我も治ったみたいだし、診療所へは明日迎えに行くとしよう。
思い立ったが吉日。やると決めたら善は急げ。
「婆さん、礼を言う。ありがとう」
「いえいえ」
「次来るときは絶対に櫛の金をもってくるから」
頭を下げた。じゃあな、と言って店を去ろうとすると「待ってください」と呼び止められた。
「シキさんは料理が作れるようになったんですよね」
俺は頷く。とはいっても凝ったものは作れない。炊いた米で握り飯を作ったり、卵を割って焼いたりするくらいだが。だったら、と婆さんは手を合わせて、にっこり微笑む。
「せっかくできるようになったのだから。続けないなんてもったいないです。弁当を作ってあの人に振る舞ってはいかかですか」
「はい?」
婆さんのいう「あの人」が誰なのか。まさかとは思いつつも、念のため聞いてみたらアイツだった。いやいや、いらないだろうと俺は首を振る。
「アイツは金がある。飯に困るなんてことはないだろ」
わざわざ俺が作ってもっていくとか意味がないだろう。
「違いますよ、シキさん」
婆さんはゴホンと一つ咳払いをしてから俺を真剣な目で見つめた。
「飲食店にいってお金を払えば確かに美味しいものを食べることができます。ですがそれでは得られないものが『手作り』にはあるのです」
心を込めて作ったものは弁当であれ、なんであれ。もらった方は嬉しいのですと。
「あの人は、シキさんからもらえばきっと嬉しく思うはずですよ」
「……いつぞやの勘というものか?」
そういうと婆さんは「ふふ。さてどうでしょう」と口元に袖を当てて笑った。依頼が終わったからもう料理することは二度とないだろうと思ったがまだ続くとは。
ううん、面倒だという思いもある反面、奴に会いに行く口実になるかな……と思っていたりもする。
「がんばっても報われなかったさんシキへ私からのお告げです」
普段しないことを誰かのためにするときっといいことがあるかもしれません。
「シキさんに幸あれです」
「…………」
なんだ、それは。根拠も何もない婆さんのお告げ。でもまあせっかく料理ができるようになったので。やってみるのもいいかもしれない。アイツへ渡しに行くなら最上層だが。
「明日から七日間は行かない方がいいと思います」
と婆さんは言った。何故かと聞いたら、この前完成した櫛を第二階層の店へ卸しに行ったときに偶然、聞いてしまったとか。
「大店のアキンドがいっていたのです。その方、組主の一人みたいでして。アヤマロ様が都に行かれて明日から七日間はお屋敷を不在にしているらしいのです。その間、御子息のウキョウ様が取り仕切るとかなんとかいっていましたから」
つまり、最上層へいってもアイツには明日から七日間は会えないということか。随分と口の軽い組主がいたものだ。街に統治者がいないって外は当然として内にも簡単に露見させてはいけないことなんじゃないのか。
にしても都って何だ。
マスターに聞けば分かるだろうか。恐らくこの会話も俺の中に内蔵された録音装置で聴いているだろうから宿に戻ったら聞くか。
ああ、もう。憎いな。この装置。戦場でならば(いちいち報告しなくて済むだろうが)さておき俺の個人的なやり取りまで全部録音されるのだから。装置が内蔵されていると知ってから自分で取り除いたり、破壊できたりしないものかと悪戦苦闘していたが「無駄だヨ」とマスターに言われた。取り除けるのは製造者である自分だけ。刀である俺がやれば死ぬ(機能停止)するらしい。ちくしょう。製造者特権を乱用するな。
◆◆
俺は完治した猫を引き取りに診療所へ向かった。
久しぶりに見た猫の姿。医者が用意してくれたのだろう。座布団の上でくつろいでいた。元気になってよかった。
部屋に案内され、やってきた俺をみるなり「みゃあ」と鳴いてぴょんと飛びついてきた。受け止めてやると頬ずりをされる。くすぐったい。
「随分、懐かれているアルナ」
俺は医者にお礼を言って、頭を下げた。どういうたしましてと返答した医者は「ついでにお前も診てやる」と向こうにある椅子(互いに向かい合うよう二つ配置されている)へ座るように手で促す。
診てやるといわれても。どこも悪いところはないんだが。
「大丈夫だ」
「でもお前、頭を打たれたらしいじゃないアルカ」
なぜ知っているのかと思いつつ、俺は頷いた。マスターから聞いたのだろうか。確かにマスターの手配した恨み晴らし屋にやられたが。医者はしげしげと俺の頭部を見やる。
「……見た感じ問題なさそうが、内部に影響が出ているかもしれないから念のため診てやるヨ」
「不要だ。金がない」
「とらないヨ。鋼音シキ。お前に関しては無料で診るアル」
“お前に関しては”が強調されていた。どうやらマサムネとキクチヨの入院費と治療費は忘れていなかったみたいだ。
いや俺だって忘れていない。ちゃんと返すつもりだから。まだしばらくかかりそうなのが痛いところだが。
まあ受けておいて損はないかということで、猫を医者の助手(医者が指をパチンと鳴らしたら部屋にやってきた)に預けて椅子に座る。
医者が準備をしている間。俺は医者の助手と猫の様子を眺める。てっきり一人でこの診療所で営んでいると思っていたが、まさか助手がいたとは。性別は女。人数は二人で、しかも。
「人間じゃないのか」
「そうダヨ」
見た目と動きはどこをどう見ても人間。だが、中身は機械だと分かる。これは第六感というものでわかったんじゃなくて、俺の目にはモノの温度を色で可視化する機能がついていたらしく(使い方はマスターから教えてもらった)それで見てわかった。俺と同じ人造人間か。二人は双子として作ったらしい。確かに見た目は瓜二つ。違うところといえば前髪で隠れている目が左右逆。右目が隠れているのが姉で、左目が隠れているのが妹だとか。
医者曰く「助手兼用心棒としてこの前作ったアル」だそうな。
「僕は作ったり、治したりは大の得意だけど戦うのは大の苦手だからナ。だから作ったヨ」
「そうか」
賢明な判断だと思う。虹雅渓はアキンドの街とはいえ(下層へ行けば行く程に)治安が悪いから。この街が大事にするのは上層に住む金持ちのアキンドとか身分の高い奴らだけであり、サムライや貧乏人には優しくない街だから。自分の身は自分で守らないとだめだ。
助手は無理そうだが、用心棒ならサムライを雇えばいいのでは、と何気なく言ってみた。そうしたら。
「断るネ」
真顔で即答された。医者曰く、
「人よりも機械を相手にしている方が気楽」
「人と接するは面倒。できる限り避けたい」
「人は裏切るから嫌」
……だそうだ。戦時中に仲間だと思っていた者による裏切りのせいで死にかけたことがあるという。詳しい内容は聞かなかったが、ああ、ここにも『裏切り』に対して暗い思いを抱く者がいるのか……と思った。何気なくいった言葉で不機嫌になってしまったかもしれない。悪いと感じたので俺は大人しく頭部の点検を受け、異常がないことを確認してもらった。
終了後、医者と双子の助手へ「感謝する」と頭を下げて診療所を後にした。もちろん完治した猫を連れて。俺の腕に大人しく抱っこされている。
「戻るか」
「みゃあ」
「戻ったら飯を食べるか」
助手の双子に付き合ってもらっていっぱい運動していたから。
腹も減っているだろう。
「みゃあ」
ぜひそうしろ、と言っているのだろうか。
良い返事だ。俺はふっと笑って、帰路を歩き出した。
◆◆
ヒョーゴからの依頼を達成したらもう続けることはないだろうと思っていた「料理」を、弁当づくりを再開した。
目的はアイツに俺の作った手作り弁当を食べてもらうため。弁当づくりをするには食材と作る場所と道具が必要。場所と道具はマスターから借りればよし。問題は食材。それを得るためには金が必要なので。
そして俺には買う金がないので六日間、日雇いの仕事(配達、警備、用心棒など)をしまくってお金を貯めた。そして結構な金額になったので、それで(全部じゃない。当然、櫛を買う金と分けている)食材を買いに出かけ、マスターの厨房を借りて弁当を作った。普段の俺からは考えられない行動をしているものだからマスターには「天変地異が起きるアル」と揶揄われた。
「空から槍とか機械のサムライが降ってくるかもしれないアルナ」
「それはいいな」
実際に起こるものなら斬り合いたい。己が刃で斬りつくしてやるぜ……なんて実際に起きるわけもなく。残念と思いつつ、今の俺が斬りつくして、切り刻んでいるのは野菜だが。
刀である故に体質的に包丁を使うことができないので、きっちりと消毒した手におる手刀で野菜や肉を切り刻んで、細かくなったそれらを底が丸い鍋の中へ放り込んで、ジュウジュウと炒めている。
櫛工房の婆さんから得た情報によればアイツは虹雅渓に今おらず(婆さんのいう七日間が本当なら戻って来るのは明日だろう)、最上層のアヤマロ屋敷を訪れても会うことはできない。
では何故目的の人物がいないのに弁当なんかを作っているのか。アイツ以外にも俺の作った弁当を食べてもらいたい人物がいるからだ。アイツへ会いにいけない間は他の知り合い達に渡しに行こうと思う。
野菜と肉の炒め物、だし巻き卵を弁当箱(使い捨てできるので回収にいったり洗ったりしなくて済む)に詰めて、三角型と丸型のお握り二つをつけて。よしよし。四人分が完成した。
「あれ?」
厨房へ入り、どれどれと腰に手を当てたマスターが弁当の数をみて、首を傾げた。
「ワタシの分は?」
「ない」
「は?」
「あるわけないだろ」
誰がお前にやるか。やるとしてもせいぜいこの弁当が不味くないか毒見くらいだ。なので、微妙に残った野菜炒めとだし巻き卵の欠片をやる。小皿に箸をつけて一口。
「ワタシのよりは当然下アルが……卵を握り潰して殻ごと焼くとかいう野蛮人然とした頃と比べると、まあ、美味いアルナ」
「そうか」
ならば知り合い達に渡しても問題なさそうだな。これだけか、足りないとうるさいマスターを無視しながら弁当を包んで。袋に入れて背負って。
「いってくる」
宿の出入り口で振り返って猫に手を振る。
「それはいいけどヨ。量、これだけじゃ足りないアル。腹が減ったアル」
腹を摩って文句をまだ言っている。うるさいやつだ。俺より美味いものを上手く作れるのだから自分でやればいいだろうが。そう言ったら、
「面倒アル。今日は動く気力が起きないアル」
と口をヘの字に曲げて駄々こね。何なんだ、全く。俺は溜息を吐いた。
「戻ったら作ってやる」
◆◆
知り合い達に弁当を届けに行こう。まずは近場から。同じ第六階層で工房を営んでいる刀鍛冶のマサムネのもとへ行った。
「よお」
「おおう。無刀流か」
時間帯がお昼ということもあって「今は休憩中だ」と言った。飯は食べたか、と聞いたら「まだ食べていない」と答える。
丁度よかった。早速と、俺は背負った袋から弁当の入った包みを取り出して、両手に持って差し出した。
「弁当、作ったんだ。食べてくれ」
「お、お前さんが、か?」
恐らくマサムネ、こういいたいんだろうなあ。刀のお前が作ったのかって。そうなんだよ、という意味を込めて頷いてみせる。
「斬る刀が料理ねえ。こりゃあ、たまげたな」
と嬉しそうに受け取ってくれた。マサムネの工房ならキクチヨもいると思ったが、あの巨体な甲冑姿はどこにも見えない。
はてさて。弁当を広げて食べていたマサムネ、周りを見回す俺に気づいて「ああ、キクの字ならいないぞ」と箸を止める。
「どこへ行ったのかは知らねえが、そのうち戻ってくると思うぜ」
「そうか」
当人が来るまで工房で待たせてもうおうか……と考えたが、やめておいた。マサムネの仕事の邪魔になるだろうし、いつ戻るか不明である故に時間が読めない。弁当を渡しに会いに行く残り二人の知り合い……特に、命の危険に快感を覚える変人サムライに会える可能性が低くなるかもしれないことを考慮するとなれば。
ここは悪いが、キクチヨの分の弁当はマサムネに託すことにする。後日でも工房に寄ったらキクチヨの感想を聞かせてもらうことにしよう。
「弁当、結構うまかったぜ。ごちそうさま」
おお、よかった。マサムネ、喜んでくれている。
あんなに面倒臭くて嫌だった弁当作りだったが練習した甲斐があった。誰かのために弁当を作って渡すという行為が予想以上に嬉しかったからなのか。足取りが妙に軽い。そのまま、次は米大好きサムライへ渡しに行こう。
案の定。米大好きサムライこと林田ヘイハチは今日も今日とて工兵の経験を活かして第三階層の建築現場で汗水垂らして働いていた。こっちも丁度よく休憩中だから助かった。
地面に座って汗を拭いているヘイハチのもとへ駆け寄り、「よお」と声をかける。何の前触れもなく、薪割りを手伝ってほしいという会う約束もなく。いきなり現れたものだからびっくりしていたヘイハチの隣にひょいと座って。渡したいものがあると単刀直入に言った。
「渡したいもの、ですか?」
きょとん顔をされる。頭に疑問符を浮かべて、戸惑いながらも両手を差し出してくれたので、俺はその上に弁当を乗せた。
「これは……お弁当ですか?」
「ああ。まあいろいろあって、料理の練習をすることになって、その一環で俺が作ったんだ」
食べてくれないかと言ったら、是非とヘイハチは快く頷いてくれた。
「ありがとうございます。早速、いただきますね」
「ああ、それとな。アレも入れたから」
「アレ?」
「お前の大好きな米が、お握りが二つ入っているぞ」
米。お握り。その言葉を聞いた瞬間、ヘイハチは素早く弁当の包みを解いて、フタを開けた。
「おおっ……!」
なんて感嘆の声を上げて。そりゃあもう。美味しそうに握り飯にかぶりついている。俺としてはおかず(だし巻き卵と野菜炒め)も忘れないでほしいが……まあ、いいか。本人の食べたいように食べてもらえれば。断られなかっただけでもありがたいもんな。
米大好き故なのか、それともヘイハチ専用の特殊な能力なのか。米の産地(作った村の名前)を当ててみせた(その時の俺はわからなかったが、後でマスターに聞いたらちゃんと当たっていた)。ヘイハチはすごいな、と感想をいいつつ。ふっと笑って。
「ついてるぞ」
とヘイハチの口元についた米粒をとってやったら「ああ、すみません……」と頬を赤くしていた。照れることないだろうに。指先についた米を捨てようとしたが「駄目です」とさっきまでの照れ顔はどこへ消えたのか。真面目な顔で制された。
どうして、とは聞き返さない。言いたいことは予測がつく。もったいないからだ。米の一粒、一粒には七人の神様あり。食べられるようになるまで、どれだけの時間とどれだけの労力がかかっているか、聞かれたから。それに地面に落としたわけでもないし、ゴミがついているわけでもなし。食べられるのなら食べようというもの。
……とはいってもなあ……俺の指をヘイハチの口の中へ突っ込むわけにはいかない。実際にやろうとしたら顔をぼんと真っ赤にして「駄目です!」って断られた。だから。一番無難な方法として、俺が食べた。
ぱくり。もぐもぐ。ごくん……うん、悲しいかな。
俺の伯母上こと鋼音ヨミが虹雅渓へ来て起こした辻斬り事件以来、機械体への負担を無くすためにと味を感じる装置を失ったから前みたいに味が感じられない。あんなに好んで食べていたお茶漬けだって今の俺には何の味もしないだろうな、きっと。
ヘイハチはいつもの恵比寿顔で「どうですか。美味しいですか」と聞いてくる。俺は答えた。ああ、美味いって。味がわかるかといえば嘘になる。だが美味いか不味いかでいったら美味い。味の分かるマスターの味見のお墨付きもあることだし。これなら「嘘」にはならないよな。
「シキ殿のおかげで大満足です。午後の仕事も頑張れそうです」
「そうか。よかった」
とても元気になったヘイハチの背中が現場へ行くのを見送って(背負っている刀のてるてる坊主もにっこりと喜んでいる、気がする)、俺は建築現場を後にした。
さて、お次は。
……ああ、あった、あった。命売りますと書かれたのぼり旗。
第三階層にはなかったから、第四階層を駆け回って発見できず。今日は無理かと諦めかけていたら第五階層で発見した。
人がうじゃうじゃと多くて混雑している道であってもひときわよく通る声で。危険大好き変人ザムライこと片山ゴロベエが「見世物をやるぞ」「暇なら見ていけ」という内容の宣伝文句を謡っていた。
場の雰囲気からして、そろそろ見世物が始まると言った感じだったので、ついでに今日の催しものをみてから渡すことにしようと見物に加わる。
演目は奇跡の大脱出。
妙に笑顔のゴロベエが(あの笑みは本当に嬉しそうだ)縄に手足を縛られて入った大きな箱が外から芸人仲間らしき人物によって四方八方から串刺しにされるものだった。ちゃんとゴロベエは中に入っていると観客へ示すために刺す前に「ゴロベエ殿、おりますか~?」と呼び掛けて、箱の中から手でドンドンと叩いた音を出させている。結構な数の刀を刺していたから「中の人は大丈夫なのか」「あれじゃあ、死んでしまうよ」と口々に見物客は不安そうな声を上げる。
どうだろう。どんな人物なのか、少し知っている俺としては逆にゴロベエの奴、血を流しながら恍惚に浸っているんじゃないかと思う。そして、めった刺しにされた大きな箱が開けられ、中を観客へ見せる。
すると中は空っぽ。肝心のゴロベエはどこへ消えたのか。見物人達が騒めき、見回す中、俺は後方を向いた。
「ここにいるぞ!」
あらかじめ用意されていたのか、立派そうな台の上に。五体満足で、血も流すことなく。縄で縛られていた手足が自由になっていて。片山ゴロベエ、無事生還していた。
観客、大歓声。大絶賛。口笛と拍手。投げ銭が飛び交う。
見世物、大成功ってやつか。投げ銭を(俺個人の都合上で)できない代わりに弁当をゴロベエに届けにいった。が、感謝されこそすれ(今日の夕飯にするといってくれた)、投げ銭(これ後から思えば絶対口実だな)がないならば……と顎に手を添え、不敵な笑み。
「シキ殿」
「何だ」
「第二演目、開演決定だ。付き合っていただこうか」
演目中に見物客の中で見つけた時から俺を手伝わせる気満々だったようで、だいぶ生死の狭間を行き交うような、危険な見世物に付き合わされた。ほおおう……なんて感極まった状態でいる。
投げ銭が多く飛び交っても、当たっても、ゴロベエの心を満たすのは「金」じゃなくて命の危機からぎりぎりで躱せたことから発した「快感」だということを見物人は知る由もあるわけない。
まあ、俺としては別にいいのだが。弁当は受け取ってくれたし、投げ銭もいくらか手に入ったから。
◆◆
八日目になった。今日、虹雅渓の最上層へ行けばアイツがいることだろう。だから弁当作って会いにいこうと思う。
正直にいえば、俺として用事があるのはアイツだけなので、アヤマロ屋敷にはできることなら入らずに会って渡したいものだが……ううん、どうしよう。まあでも、とりあえず。弁当を作るか。
お握り二つにだし巻き卵、野菜炒めと知り合い達に渡したものと同じ内容にしようとしたら「それじゃあ芸がないアルヨ」とマスターに文句を言われた。じゃあ何かいいものがあるのかと聞き返せば、これがおすすめだとある料理を教えてくれた。
使う食材を教えてもらい、店で買ってくる。マスターの住んでいた地域でよく食べていたものらしい。細かく刻んで調味料を入れて混ぜたもの(野菜と肉)を、小麦粉を使った薄い皮で包んで焼いたもの(ギョウザというようだ)をこれでもかとたくさん作って、弁当箱に炊いた白飯を詰め込む。
その上にいっぱいのギョウザを盛り付けた。せっかく作ったからとだし巻き卵も一つ入れる。味付けも丁度いいとマスターから評価も得たことだし……アイツ、喜んでくれるだろうか。
「男ならこれぐらいないと足りないアルヨ」
「そうか」
「いや〜助かったアルヨ。丁度たくさん食べたいと思っていたところだったからネ!」
「…………」
どうやら「おすすめ」じゃなくて。ただ「マスターが食べたかっただけ」だから教えてくれたようだ。
よし、渡しに行くかと意気込んで行こうとしたら「待つヨロシ」とマスターが制止し、奥の部屋へと引っ込んでいった。
……何だ?
ギョウザと白飯の弁当を入れた袋以外持っていくものなんてないから。忘れ物なんてないはずだが。首を傾げているとマスターが戻ってきた。両手には大きな風呂敷を持って。
「マスター、何だ、それは?」
「せっかくだからナ。とびきりのおめかしをしていくヨロシ」
パチン、と色眼鏡越しに片目を瞬きするマスター。
嫌な予感がした。
◆◆
「お姉さん、お茶しませんか?」
「うるさい」
「えっ?」
「邪魔だ」
言外に「斬るぞ」という意を込めて睨み据える。
「消えろ」
「……す、すみませんでしたああ!」
情けない声を上げて走り去っていく男。
……はあ。
俺は何度目の溜息を吐いた。まさか、またこれを着て歩く羽目になるとは。ただ弁当を渡しに行くだけのことだというのに。
「これで魅了されること間違いなしネ!」
だとかデタラメなこと言ってくれて。
俺はいつもの黒コートから着物に服装を変えて(履物もいつものから草履に変えて)アイツがいる最上層を目指して道を歩いていた。
綺麗な着物のせいか知らないが(いや絶対コレのせいだろう)、軽薄そうな見た目と言動をする男からお茶を一緒にしないかと矢鱈に誘われる。そのたびに殺気を込めて睨みつけたり、低い声で脅したりして追い返している。
うっとうしいこと、この上ない。料理の練習をやらないと同じで、ヒョーゴの依頼を終えた後ならもう二度と着ることはないと思っていたが。
前回とはまた色の違う着物だった。着物は淡い空色。帯は花柄の白色。
弁当を入れていた袋もそれじゃあ恰好に合わないということで取り上げられ、着物に合う風呂敷(花で彩られたもの)に変えられる。
手が塞がるのはあまり好きじゃないのだが(戦いにくいし、斬りにくいし)何も戦いにいくわけじゃないんだから我慢しろ、だと。
……むう。
アイツと会って、斬り合いできそうな雰囲気になったら是非とも進んでやり合いたかったのに。この恰好だと心置きなくやり合えないじゃないか。
アイツの血、吸うことができる丁度良い機会だと思ったのに。結構美味いんだよ。しばらく他の人の血を吸わなくてもよくなるくらいに……って。
うわあ。
内心で頭を抱える。何考えているんだ。馬鹿なのか。美味いんだよ、って何だ。阿保か。自分で自分に引く。道の端に、いや、誰もいない場所に行きたくなる。こみあげてくる恥ずかしさを霧散させたい。たかだが弁当を渡しにいくだけなのに……俺は一体、何をやっているのだろうか。
普段とは違う恰好をして、普段やらないことをして。
そのせいで浮かれているのか。
いや、まさか。
内心で首を強く振る。浮かれるっていうのは何かをしたい気持ちが強くなって、今にも動き出したいということなのだろう。だとすれば俺は刀だ。刀としては斬り合いをしたい。
一番は何と言っても戦場なのだが、最悪そこじゃなくてもいい。俺が刀として生きる場所がほしい。刃を振るえないと。刃を振るわないと。俺は刀として生きている実感が持てない。持てそうにないから。だが、まあ。だからといって。いくら斬り合いしたいとは思っても。
「お前、鋼音シキだろ?」
「…………」
こんな馬鹿共のとの戦闘なんて望んではいないが。
ことわざ(失敗しないようにとか、成功するようにとか、ためになることを短く伝える言葉)には「人の噂は七十五日」がというものがあるらしい。世間の噂もそう長くは続かないという意味だとか。
……ということは、つまり、俺こと鋼音シキの首を取れば大金が手に入るという真っ赤な嘘の噂も七十五日経てば消えるが、それまではこんな、馬鹿共に狙われる日々が続くということなのか。
最上層を目指しつつ、アイツに何をいって渡そうか。いやその前にどうやって御殿の外へと出てきてもらうか。と頭の中で練習していると、ぞろぞろとゴロツキが路地から現れ、行く手を遮られる。
「そんな立派なおめかししてどこへ行くんだ?」
「死んで俺達に金を恵んでくれよ」
なんて意地の悪い笑みを浮かべながら話しかけてきた。まだ日中で、夕方にもなっていないというのに。いや、時間帯関係なく襲ってこないでほしいが。いつもなら我存ぜぬといわんばかりに通り過ぎていく通行人しかいないのだが、今回は(虹雅渓にきたのが初めてなのか)「やめろ!」と声を上げる者がいた。
見た目だけで判断するなら「世の中の理不尽や暴力を嫌う正義感の強そうな青年」といったところだ。俺とゴロツキ共の間に割って入り、奴らに立ち塞がる形で両手を広げた。
女一人相手に男が集団で襲おうなんて最低だ。
こんなことをしてなんになるとか大声で騒いでいる。
気概は立派だと思う。だがそれだけじゃやっていけないのが現実。
くそガキが俺達の邪魔をするなと殴られる。
倒れる青年。
通行人の悲鳴。
しかし理不尽な暴力を受けても、青年は諦めることを知らないようで。
ゴロツキ共に一人で何度も立ち上がり、かかっていく。その間、俺は何をしていたかといえば。青年に「下がっていてください」と言われたから邪魔にならないように道の端に寄って、青年がゴロツキ達の相手をしてくれている隙に最上層へ向かおうかと考えていたが……やめた。
青年が勝手に突っかかってきて、勝手にやられているのだから殴られようが蹴られようが死のうがどうだっていいのだが、俺に関わって死なれるのは……目の前で死なれるのは目覚めに悪いから。仕方ない。
「……はあ」
やってしまった。深いため息を吐きながらとぼとぼと歩く。目指すは最上層……じゃなくて下層であり、わかりやすくいえば第六階層で。かといって宿まで戻る気力もなく。とにかく人目につかない人気のない場所を探して歩き回る。独りになりたかった。
あの後、赤の他人(俺こと鋼音シキ)に関わったばかりに理不尽にボコボコにされている青年(気絶していた)をゴロツキ共の暴力から助け出して、壁に適当によりかからせた後。
「相手してやるからついてこい」
ゴロツキ共を引きつけて、広い場所まで案内した。はじめは一人残らず斬殺するつもりだったが……死体の処理が面倒なので止めた。
普段とは違う戦いにくい恰好をしていること、片手が弁当を包んだ風呂敷でふさがっていることで少し時間がかかってしまったが、なんとか全員倒すことができた。しかし、問題発生。
戦闘の最中、攻撃の回避で跳躍した際に弁当を落としてしまい「ふざけやがって、こうしてやる!」とゴロツキ共に散々と踏み潰されてしまったので、弁当を台無しにした奴らには徹底的に痛めつけた。
綺麗な風呂敷もぐちゃぐちゃになる。ああ、愛用の櫛を壊した時の二の舞だ。花柄の風呂敷。貸してくれたマスターになんて言われるか。弁償代を請求されるだろうか。まだ二人(キクチヨとマサムネ)の治療費を支払いが出来ていないのに。いや、それよりも。金の問題よりも、もっと大事なことが果たせなくなってしまった。さすがにこんなひどい状態じゃ、アイツに――キュウゾウに弁当を渡せないだろう、これは。
そして、しばらく歩き回って。独りになるのにちょうどいい路地裏を発見していた。俺は端によって「はあ……」と息を吐いた。
手についた血を舐める。さっき相手をしたゴロツキ共の返り血。
手に着いただけで借り物の着物につかなくてよかった。
「うえ……」
燃料補給にはなるだろうが不味い。どうせ飲むならアイツの血が飲みたかった。もちろん、ただで飲むんじゃなくて、斬りつけた上で血を味わいたかったなあ。いや、そんな妄想はおいといて。これ、どうしようか……と地面に屈んで、汚れてしまった風呂敷を解いて。弁当を取り出し、膝の上に置く。中を開くと、ああ、ぐちゃぐちゃの汚れまみれ。白飯もギョーザもだし巻き卵も見るも無残な状態に。食べる選択肢はない。捨てるしかない。また作り直して持っていけばいいとはわかっている。わかっているが……気力が今日はもうないわ。
「はあ……」
深く溜息を吐いていると「な~う~」という唸り声が聞こえた。声がした方を見れば路地裏の奥の方に光る二つの小さな目を発見。頭に三角耳のついた丸い生物。野良猫だ。尻尾がちぎれている。警戒心丸出しの声を出して、低い姿勢となって俺を睨みつけている。
どうやらここは奴の縄張りだったみたいだ。いきなり見慣れない異物(俺こと鋼音シキ)が現れたものだから追い払おうとしているのだろう。
「なう~」
「悪かった」
俺はぐちゃぐちゃ弁当を包み直して、立ち上がる。人気がないから独りになるには丁度いいと思っていたが、先客がいるとは。猫には悪いことをした。移動しようとしたら――近づいてくる人の気配を察知した。
自分が刀であり、対サムライ用に作られた機械人間であると自覚してから利用できるようになった機能を駆使して、接近してくる気配のもとを探る。その結果、またまた賞金狙いのゴロツキ共だったことが判明。さっき倒した奴らとは違う集団だが俺にとっては同じものだ。
本当にしつこい。うっとうしい。
恰好が着物とはいえ今は手をふさぐものは、弁当はない。斬るには丁度いい。ここにいれば野良猫も巻き込まれてしまうからまたどこか人気のない場所まで引き連れて、今度は斬り殺そう。と、そこまで考えたところで――超振動音が近づくのを感じた。刀の気配だ。
「ああん? 何だ、てめえは?」
「…………」
「邪魔だぜ、おサムライさんよ」
「…………」
凄む声が聞こえて、だがすぐに。
それはゴロツキの悲鳴とどよめきに変わった。
「失せろ」
「わ、わかった!」
わかった。本当にわかったから……命だけは勘弁してくれ、と聞こえてきて。バタバタと走っていく。どうやらうっとうしいゴロツキ共は去ったらしいが、代わりに別の奴が近づいてきて……俺の前に現れた。
うん。……お前だって、わかっていた。
お前の匂いとお前の気配は決して間違いようがないから。
「シキ」
俺が弁当を渡そうとして、会いに行った男――キュウゾウだった。
ホントずるいと思う。
お前からは会えるのに、俺からは会えないとか。
どういうことだよ、まったく。
◆◆
キュウゾウは俺を探していたようだった。マスターの頼みかと聞いたら違うと首を振って「託された」と懐からものを出した。半円形の形からして中身は――案の定、櫛だった。金を貯めて買おうとした椿柄の櫛。
どうしてキュウゾウが持っているのか?
訝し気に見るとキュウゾウは淡々とした口調であったことを簡潔に説明した。
前日、櫛工房のばあさんと会った。
虹雅渓から出立することになった。二度と戻らない。
だが出立するその前に一つだけやり残したことがある。
俺にこの櫛を渡してあげたい。
キュウゾウから渡してほしいと託される。
お礼は俺からもらえると言われたとか。
「俺から……?」
頷くキュウゾウ。少しして、俺はハッとした。
婆さん、まさか。この弁当をお礼にしてキュウゾウからこの櫛を受け取れ、ということを言いたいのだろうか。
だとしたら。こんなひどい状態じゃ渡せない。だから。
「キュウゾウ」
「何だ」
「明日、会えないか」
明日会いにいくから、その櫛は明日までキュウゾウで持っていてくれないかと頼んだ。何故という顔をされたので「お前に渡したいものがある」と伝えた。
「お前に食べてもらいたくて弁当を作ったんだ」
「……俺に?」
「ああ。今日はそれを渡そうと思ってお前に会いに行こうとしたんだが……こんなひどい状態だから」
恥ずかしいが、これも現実だと割り切って、ぐちゃぐちゃ弁当を見せる。ちょっとしかめ面された。無表情が少し崩れるくらいにひどいあり様ということだ。明日きちんとしたものを作って持っていくから何か好きなものとか食べたいものはないか、と聞いた。キュウゾウは「ない」と首を振り、俺の方をじっと見つめた。
「シキが作るのならば何でもいい」
何でもいいって……お前なあ。まあ、いいけども。
「そこまで言うなら何を作っても文句いうなよ」
「言わぬ」
「……わかった」
なら腕によりをかけて作らなきゃ、だな。
椿柄の櫛をキュウゾウに預けて、また明日会おうと約束して一旦別れる。去っていく赤い背中を見つめていると足元から「なう~」と声がした。野良猫だ。
「悪かったな、猫」
もういなくなるからと一言、ごめんなと謝ってその場を後にした。
◆◆
キュウゾウと約束した日。弁当(中身はだし巻き卵と野菜炒め。そして握り飯二つ。だし巻き卵は結構得意な料理の一つになったかもしれない)を作った俺は奴が指定した場所、上層の高台へ向かった。
道中、賞金首狙いの男達に出くわすことなく、なんとか無事に辿り着けた。お昼時だったから食堂関連のお店は混雑していたが、高台は人が全然いなかった。口にはしていなかったが、恐らくこの高台はキュウゾウのお気に入りの場所なんじゃないかと思う。何故かというと……空がとてもきれいだったから。まあ、キュウゾウの場合、きれいだからというより「かつての戦場の空へ思い馳せることができるから」だとは思うが。
ここで何もせずにぼうっと空を眺めて時を過ごすのもいい気がするが、キュウゾウは俺と違って雇われの身なので(アヤマロの用心棒という極めて退屈そうな仕事があるので)長くはいられない。
早速、弁当を食べてもらうとしよう。利用する地面の汚れを一通り払って、風呂敷を広げたり、飲み物(お茶)を水筒から器へ汲んだり、箸を用意したり。
食べる準備をしていると、キュウゾウがじっ、とこっちを見つめてきた……何故か不満そうな顔をしている。
「どうした」
言っておくが、弁当の中身に文句はいうなよ。なんでもいいと言ったのはそっちだからな、と軽く睨むと「違う」と小さく首を振られる。
じゃあ何かと聞けば「今日は着物じゃないのか」と一言。どうやら俺の恰好がいつもの黒コートになっていたのが、お気に召さなかった様子。
う~ん、そんなことを言われても、なあ。
「昨日着ていたからいいだろ」
「よく見ていなかった」
「……今日はあくまでも弁当を食べてもらうだけだし別にいいだろ」
「お主によく似合っていた」
「え」
「もっと見たかった」
「……っ」
出かける前にマスターにも「おしゃれしなくていいアルカ」「着物じゃなくていいのかヨ」と聞かれたが断っておいた。綺麗な着物を着るせいで虹雅渓では変に目立つし、軽薄そうな男に馴れ馴れしく声をかけられるのもとても嫌だし。というか俺の着物事情はどうでもいいから。
「は、早く食え」
熱のこもった赤色の目を向けないでくれ。
その目は苦手だ。機械体なのに妙に体がうずうずしてしまう。
ふいと顔を逸らして、まずは、と握り飯一つを渡した。
人が気を逸らそうとしているのにそれでも。
「シキ」
と低い声で俺の名前を呼んで、近寄ってこようとするので弁当を渡すことで制止させる。また俺に変に触れしようとしているのだ、きっと。
まったく油断も隙もない奴だ。
「…………」
若干不服そうにしていたが、弁当と引き換えにキュウゾウは例の櫛を手渡してくれた。わざわざ受け取った弁当を置いて、俺の手をとって、その上にそっと乗せてくれた。
意外と丁寧なことをするんだな……と感心する。
大体、着物姿が見たいなら癒しの里へ行って女と会えばいいのだ。あそこならばいくらでも綺麗な着物をまとった女がいるのだから。
アヤマロの用心棒をやるおかげで金はたくさんあるだろうし、勝手にいけよ……と思ったが口にするのはやめておいた。
キュウゾウが女と戯れるところを想像できないし、実際に女と遊ぶかどうかはキュウゾウの判断になるだろうが……俺としてはしてほしくない。
奴は戦う
酒と女に溺れるならば、刀の俺が愛刀をへし折ってやる。
剣士ならば一に斬り合い、二に斬り合い。三と四が戦で、五が斬り合い。
とにもかくにもサムライとして生きてほしい。剣の道を生きてほしい。サムライとして命をまっとうしてほしい、と思う。そして俺は刀としてその姿を近くで見届けたい、と思う。
ふう。ほしいばかりの自分に内心で呆れる。欲しがってたって、誰も与えてくれないぜ。自分から分捕りにいく気持ちでいなきゃな。
まあでも、今は。
今、この時だけは……俺の作った弁当を味わってくれればいいか。
キュウゾウはだし巻き卵を一口に食べて。
「美味い」
そう言ったきり、あとは黙々と食べた。感想は他にもうないのか、とは言わない。無口な奴だから一つでも感想を言ってくれたことの方がむしろ奇跡だと感じた。それにいう必要もない。食べてくれる。それだけで「良い」っていう証拠だしな。
全部食べ終わって、水筒から注いだお茶を飲み干すと。キュウゾウはすっと立ち上がって、俺の前へ移動して、片膝をついた。
「馳走になった」
そういって左手を伸ばして俺の頭を撫でると、立ち上がって去っていた。
キュウゾウと出会ったばかりの頃の、前の俺だったら絶対「触るな」と冷たい声を出して、鋭く睨んで、手を叩き落としていたと思う……だが。
本当どうしたものか。どうしようもなく、すごく、ものすごく言葉で表現しきれないくらい程に嬉しい――なんて、思っている自分がいた。
……はあ。本当どうかしていているぞ、自分。
あの人間嫌いな医者に本当に診てもらった方がいいかもしれない。
機械体なのに、対サムライ用に作られた人型の刀で、機動兵器なのに。
まるで人間みたいに誰かに対して鼓動がドクドクと波打っているぞって。
