第六話
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◆
勝負まで後二日。
俺はひどく荒らされた自分の部屋の掃除をしていた。こんな愚かなことをしでかした実行犯はわかりきっているのだが、責めにいったりはしない。当日の勝負で思う存分にやり返すつもりだ。今はそんな犯人よりも俺にとっては猫の状態の方が気がかりだった。
昨日。
診療所から駆け足で戻ってみれば、猫が俺の部屋を荒らした犯人の手によって傷を負わされていた後だった。出血がひどく、死んでしまったのかと思ったが、抱き上げた時に熱を感じたので、急げばまだ間に合うかもしれないと思い、すぐに診療所へと戻った。今頃はきっと医者に診てもらっている最中だろう。
猫と入れ替わるようにして、翌日(つまり今日。勝負まであと二日)戻ってきたマスターは医者のおかげですっかり元気になっていて部屋の掃除を手伝ってくれている。
「あの猫ちゃんは大丈夫アルヨ」
掃除に集中できずに、猫が気になっている俺の肩にポンと手を置いた。
「きっと元気になって戻ってくるアル」
「あ、ああ……」
「猫ちゃんのことは医者に任せて、お前は早く掃除を終わらせて料理の練習するアルヨ」
マスターはいつもと変わらぬ様子だが内心怒っているのはわかった。今でもこめかみに青筋を立てているし。犯人に対して相当頭にきているみたいだ。宿に勝手に侵入した挙句、備品(鏡台や卓など)が壊されたり、壁を汚されたりしたこともそうだが、何よりも――猫を傷つけられたことに憤っていた。モノは最悪壊されてしまっても直したり、買い替えたりすればいいが、猫は違う。死んだらもう二度と戻って来られないから。
「マスター」
「何アルカ」
「余計なこと考えるなよ」
「…………」
「お前は手を出すなよ」
猫を傷つけられて怒っているのは俺だって同じだ。今すぐにでもあの女を見つけ出して切り刻んでやりたい衝動に駆られそうだから。必死に抑えているんだ。人を散々斬ってきた刀(俺)が猫のことで怒るなんて、不思議な気持ちだが、そう思ってしまうのだから仕方ない。
マスターは「はて?」と首を傾げた。わざとらしさ満載。
「ワタシ、考えてないし、手を出す気なんてないアルヨ~」
「怪しい」
「そんなことないアルヨ」
マスターは俺に背を向けて口笛を吹き始めた。口笛とか普段していないことを突然するとはもう何かしようとして誤魔化そうとしている予兆だろうが。
「とにかく後二日の辛抱だ。抑えろ」
「いやはや、意外アルナ」
「何だ」
「まさか斬る刀に『抑えろ』なんて言われる日が来るとは予想できなかったアル」
「…………」
「でもアルナ」
マスターは肩越しに振り向き、俺を見据えた。
「最初に手を出してきたのはあっちアルヨ」
ふっと口角を上げてはいたが、色付きメガネの奥の目は笑っていなかった。
◆◆
ザクロとの勝負を明日に控えた今日。
料理の練習ができる最終日となるが、「今日は休むヨロシ」とマスターが練習の中止を言い渡してきた。料理下手にしてはもう十分マシな弁当を作れるようになったのだから今日ぐらいはゆっくり休んで明日に備えておけ、という。
「好きなだけ鍛錬していてもいいヨ」
「わかった」
それよりも猫の状態はどうだと聞けば、なんとか一命をとりとめたという。
「もう近々戻って来る予定アル」
「そうか……」
ホッと胸を撫でおろす。早く元気になった姿が見たい。
依頼が済んだら迎えに行こう。
廃棄場で鍛錬をして、宿で少し休んだ後。散策しようと外へ出た。気ままに歩きながら考えるのは明日のザクロとの勝負のこと。相手は試合前に人を潰そうと卑怯卑劣な手段を用いてくる。当日はどんな手を使ってくるか不明だがロクなものじゃないはず。ヒョーゴは賄賂で勝たせようとするだろうが……果たしてそれで勝てるのか。
……いや、何が起こるにせよ、勝たせてもらう。
猫の仇(とはいっても死んでないから。これ大事)と新しい櫛のためにも。
散策の途中、俺の首をとれば大金が手に入るという大嘘な噂を未だに信じている莫迦共の相手をした。強そうなサムライなら快く相手にしてやるが、相手はゴロツキ、無頼漢。いい加減にしてほしい。
「お前は鋼音シキか?」
「…………」
一体何度となくその文句を聞かされたことか。内心で深く溜息。無視しても、無視してもしつこく追って来る。撒いてもいいが、こいつらのために体力を使うのは嫌だった。
斬った方が手っ取り早く済むか、と死体が転がっていても特に問題ない場所(処理はカラスがしてくれる)まで連れて行って、戦闘開始。
金あっての命じゃなく、命あっての金だということを、その身をもって叩き込んでやる。恐怖で逃げ出した奴も何人かいたが、あえて追わなかった。逃げた奴らには「鋼音シキを襲えば恐ろしい目に合う」という内容の噂を流してくれればいい。
また同じような輩に絡まれないように別の道を通っていると……それは起こっていた。
「…………」
「…………」
人さらいの現場に出くわした。
白昼堂々の事件発見。簀巻きされた者を二人の男(笠を被って更には覆面している)が担いでいる。
……あれ。前にもこんなことがあったような。
それに簀巻きにされている者には見覚えがあった。明日、俺と料理の勝負をする女、ザクロだった。奴に間違いない。簀巻きの中から辛うじて見えた赤い着物。金色の花の髪飾り。キュウゾウを連想させる恰好をして俺に見せつけてきたのだから。
ザクロに抵抗する動きがない。気絶しているみたいだ。
何故、猿ぐつわをかまされて、簀巻きにされるなんて目に遭っているのか。まさか。
俺の脳裏にマスターの目が笑っていない顔が浮かんだ。こいつらに頼んでザクロの処理を任せたというのだろうか。案の定、そうだったようで。
「ご安心ください。鋼音シキ様」
「我らは頼まれたのです」
堂々と白状した。自分達は恨み晴らし屋。他人によくないことをして金を得て今日を生きている。今回引き受けたのは人さらい。殺しはしない。この女をどこか遠くの街などへ売り飛ばすのだと言ってきた。
「これにて明日の勝負はなくなります」
「貴方の完全勝利ですよ」
よかったですね、と何の感情もない声でそう言われた。これを複雑な気持ちと人はいうのだろうか。確かにザクロがいなくなれば依頼は達成され、報酬をもとにして新しい櫛は手に入る。依頼人のヒョーゴにとっては万々歳だろう。だがしかし。だとすれば、今までしてきたことが台無しになるじゃないか。慣れないながらもやった日雇いの仕事で貯めた金を崩してまで食材を買って料理の練習をしたというのに。
くそ、あの馬鹿。手を出すなと言ったのに。
「ではこれにて」
「さようなら」
「待て」
俺は跳躍して奴らの前に降り立った。まだ何か用かと首を傾げる二人に担がれている簀巻きのザクロを指さす。
「置いていけ」
「お断りします」
「駄目です」
これは仕事。もらった分はきっちり働かなくては我らの沽券に関わる。邪魔するならば……と二人は簀巻きにされたザクロを地面に置いて、それぞれ武器を構えた。
まったく……街の警邏は何をやっているのか。こんなに堂々と悪事を働いている奴がいるというのに。とはいっても助けようとしている女は意中の男をずっと付け回すわ、意中の男にしびれ薬入の弁当を贈るわ、人の部屋をめちゃめちゃにするわ、呪いの手紙を大量に送り付けるわ、猫を傷つけるわなどとロクな奴じゃないんだが。
襲ってきた二人の武器を手刀で破壊して、覆面その壱へ斬りかかろうとしたところに、もう一人の覆面その弐に背後に回り込まれて羽交い絞めされた。咄嗟に足を踏みつけたり、後方へ肘打ちを連打したり、壁に拘束状態のまま男の背中からぶつかったりしたが、相手は打撃を受けつつも回した両腕を決して離そうとしない。さすがマスターに雇われたことだけはある。そこらのゴロツキと違って打たれ強い。しかし何度も受け続けることは難しいだろうともう一度壁にぶつかってやろうとしたところで。
ガツンと頭を殴られた。
しまった。覆面その弐に気を取られすぎていた。覆面その壱が振り下ろした鉄棒が当たったみたいだ。目の前に鉄棒が突き付けられる。
「いい加減にしなさい」
「…………」
鋭く睨みつけると、覆面その壱は肩を竦めて溜息を吐いた。
「……理解できません。この女から色々されたのでしょう? コレを助けることで貴方にどんな利益があるのですか?」
「ない」
「は?」
「あるわけないだろ」
隙あり。
俺は足を後方へ振り上げて、羽交い絞めにしている覆面その弐の股間を強めに蹴り上げる。いくら打たれ強いとは言え、急所の打撃は痛いだろう。声にならない悲鳴を上げて地面に倒れる。股間を両手で押さえて痙攣している。本当に痛いときって、痛いとすらも言えない状態にあるというが、これがそうなのかもしれない。後は覆面その壱を倒す、と振り向けばソイツは地面に仰向けに伸びていた。
「はい?」
いつの間にやられたのか、と前方を見れば簀巻きにされたザクロを助けている奴がいた。拳法着の若そうな青年である。ザクロの猿ぐつわと簀巻きを解きながら「大丈夫ですか」と必死に呼びかけている。俺もその場へ向かおうとしたら右足を掴まれた。何だと思えば覆面その壱の手だった。
「邪魔しないでください」
と、小声で口元に人差し指を立てた。
「これも作戦のうちです」
「作戦?」
どういうことかと同じく小声で聞けば、覆面その壱は「あれを」と指さした。その先にはザクロと拳法着の青年が互いに手を取り合い、見つめ合っていた。特にザクロの方が熱っぽい目で。頬まで赤らめている。
二人は俺と倒れている覆面二人に見向きもせず、ザクロは青年に手を引かれながら現場から走り去っていった。一体全体、何が起こったのか。ポカンとしている俺の耳に「作戦、大成功です」と覆面その壱の声が残った。
勝負まで後二日。
俺はひどく荒らされた自分の部屋の掃除をしていた。こんな愚かなことをしでかした実行犯はわかりきっているのだが、責めにいったりはしない。当日の勝負で思う存分にやり返すつもりだ。今はそんな犯人よりも俺にとっては猫の状態の方が気がかりだった。
昨日。
診療所から駆け足で戻ってみれば、猫が俺の部屋を荒らした犯人の手によって傷を負わされていた後だった。出血がひどく、死んでしまったのかと思ったが、抱き上げた時に熱を感じたので、急げばまだ間に合うかもしれないと思い、すぐに診療所へと戻った。今頃はきっと医者に診てもらっている最中だろう。
猫と入れ替わるようにして、翌日(つまり今日。勝負まであと二日)戻ってきたマスターは医者のおかげですっかり元気になっていて部屋の掃除を手伝ってくれている。
「あの猫ちゃんは大丈夫アルヨ」
掃除に集中できずに、猫が気になっている俺の肩にポンと手を置いた。
「きっと元気になって戻ってくるアル」
「あ、ああ……」
「猫ちゃんのことは医者に任せて、お前は早く掃除を終わらせて料理の練習するアルヨ」
マスターはいつもと変わらぬ様子だが内心怒っているのはわかった。今でもこめかみに青筋を立てているし。犯人に対して相当頭にきているみたいだ。宿に勝手に侵入した挙句、備品(鏡台や卓など)が壊されたり、壁を汚されたりしたこともそうだが、何よりも――猫を傷つけられたことに憤っていた。モノは最悪壊されてしまっても直したり、買い替えたりすればいいが、猫は違う。死んだらもう二度と戻って来られないから。
「マスター」
「何アルカ」
「余計なこと考えるなよ」
「…………」
「お前は手を出すなよ」
猫を傷つけられて怒っているのは俺だって同じだ。今すぐにでもあの女を見つけ出して切り刻んでやりたい衝動に駆られそうだから。必死に抑えているんだ。人を散々斬ってきた刀(俺)が猫のことで怒るなんて、不思議な気持ちだが、そう思ってしまうのだから仕方ない。
マスターは「はて?」と首を傾げた。わざとらしさ満載。
「ワタシ、考えてないし、手を出す気なんてないアルヨ~」
「怪しい」
「そんなことないアルヨ」
マスターは俺に背を向けて口笛を吹き始めた。口笛とか普段していないことを突然するとはもう何かしようとして誤魔化そうとしている予兆だろうが。
「とにかく後二日の辛抱だ。抑えろ」
「いやはや、意外アルナ」
「何だ」
「まさか斬る刀に『抑えろ』なんて言われる日が来るとは予想できなかったアル」
「…………」
「でもアルナ」
マスターは肩越しに振り向き、俺を見据えた。
「最初に手を出してきたのはあっちアルヨ」
ふっと口角を上げてはいたが、色付きメガネの奥の目は笑っていなかった。
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ザクロとの勝負を明日に控えた今日。
料理の練習ができる最終日となるが、「今日は休むヨロシ」とマスターが練習の中止を言い渡してきた。料理下手にしてはもう十分マシな弁当を作れるようになったのだから今日ぐらいはゆっくり休んで明日に備えておけ、という。
「好きなだけ鍛錬していてもいいヨ」
「わかった」
それよりも猫の状態はどうだと聞けば、なんとか一命をとりとめたという。
「もう近々戻って来る予定アル」
「そうか……」
ホッと胸を撫でおろす。早く元気になった姿が見たい。
依頼が済んだら迎えに行こう。
廃棄場で鍛錬をして、宿で少し休んだ後。散策しようと外へ出た。気ままに歩きながら考えるのは明日のザクロとの勝負のこと。相手は試合前に人を潰そうと卑怯卑劣な手段を用いてくる。当日はどんな手を使ってくるか不明だがロクなものじゃないはず。ヒョーゴは賄賂で勝たせようとするだろうが……果たしてそれで勝てるのか。
……いや、何が起こるにせよ、勝たせてもらう。
猫の仇(とはいっても死んでないから。これ大事)と新しい櫛のためにも。
散策の途中、俺の首をとれば大金が手に入るという大嘘な噂を未だに信じている莫迦共の相手をした。強そうなサムライなら快く相手にしてやるが、相手はゴロツキ、無頼漢。いい加減にしてほしい。
「お前は鋼音シキか?」
「…………」
一体何度となくその文句を聞かされたことか。内心で深く溜息。無視しても、無視してもしつこく追って来る。撒いてもいいが、こいつらのために体力を使うのは嫌だった。
斬った方が手っ取り早く済むか、と死体が転がっていても特に問題ない場所(処理はカラスがしてくれる)まで連れて行って、戦闘開始。
金あっての命じゃなく、命あっての金だということを、その身をもって叩き込んでやる。恐怖で逃げ出した奴も何人かいたが、あえて追わなかった。逃げた奴らには「鋼音シキを襲えば恐ろしい目に合う」という内容の噂を流してくれればいい。
また同じような輩に絡まれないように別の道を通っていると……それは起こっていた。
「…………」
「…………」
人さらいの現場に出くわした。
白昼堂々の事件発見。簀巻きされた者を二人の男(笠を被って更には覆面している)が担いでいる。
……あれ。前にもこんなことがあったような。
それに簀巻きにされている者には見覚えがあった。明日、俺と料理の勝負をする女、ザクロだった。奴に間違いない。簀巻きの中から辛うじて見えた赤い着物。金色の花の髪飾り。キュウゾウを連想させる恰好をして俺に見せつけてきたのだから。
ザクロに抵抗する動きがない。気絶しているみたいだ。
何故、猿ぐつわをかまされて、簀巻きにされるなんて目に遭っているのか。まさか。
俺の脳裏にマスターの目が笑っていない顔が浮かんだ。こいつらに頼んでザクロの処理を任せたというのだろうか。案の定、そうだったようで。
「ご安心ください。鋼音シキ様」
「我らは頼まれたのです」
堂々と白状した。自分達は恨み晴らし屋。他人によくないことをして金を得て今日を生きている。今回引き受けたのは人さらい。殺しはしない。この女をどこか遠くの街などへ売り飛ばすのだと言ってきた。
「これにて明日の勝負はなくなります」
「貴方の完全勝利ですよ」
よかったですね、と何の感情もない声でそう言われた。これを複雑な気持ちと人はいうのだろうか。確かにザクロがいなくなれば依頼は達成され、報酬をもとにして新しい櫛は手に入る。依頼人のヒョーゴにとっては万々歳だろう。だがしかし。だとすれば、今までしてきたことが台無しになるじゃないか。慣れないながらもやった日雇いの仕事で貯めた金を崩してまで食材を買って料理の練習をしたというのに。
くそ、あの馬鹿。手を出すなと言ったのに。
「ではこれにて」
「さようなら」
「待て」
俺は跳躍して奴らの前に降り立った。まだ何か用かと首を傾げる二人に担がれている簀巻きのザクロを指さす。
「置いていけ」
「お断りします」
「駄目です」
これは仕事。もらった分はきっちり働かなくては我らの沽券に関わる。邪魔するならば……と二人は簀巻きにされたザクロを地面に置いて、それぞれ武器を構えた。
まったく……街の警邏は何をやっているのか。こんなに堂々と悪事を働いている奴がいるというのに。とはいっても助けようとしている女は意中の男をずっと付け回すわ、意中の男にしびれ薬入の弁当を贈るわ、人の部屋をめちゃめちゃにするわ、呪いの手紙を大量に送り付けるわ、猫を傷つけるわなどとロクな奴じゃないんだが。
襲ってきた二人の武器を手刀で破壊して、覆面その壱へ斬りかかろうとしたところに、もう一人の覆面その弐に背後に回り込まれて羽交い絞めされた。咄嗟に足を踏みつけたり、後方へ肘打ちを連打したり、壁に拘束状態のまま男の背中からぶつかったりしたが、相手は打撃を受けつつも回した両腕を決して離そうとしない。さすがマスターに雇われたことだけはある。そこらのゴロツキと違って打たれ強い。しかし何度も受け続けることは難しいだろうともう一度壁にぶつかってやろうとしたところで。
ガツンと頭を殴られた。
しまった。覆面その弐に気を取られすぎていた。覆面その壱が振り下ろした鉄棒が当たったみたいだ。目の前に鉄棒が突き付けられる。
「いい加減にしなさい」
「…………」
鋭く睨みつけると、覆面その壱は肩を竦めて溜息を吐いた。
「……理解できません。この女から色々されたのでしょう? コレを助けることで貴方にどんな利益があるのですか?」
「ない」
「は?」
「あるわけないだろ」
隙あり。
俺は足を後方へ振り上げて、羽交い絞めにしている覆面その弐の股間を強めに蹴り上げる。いくら打たれ強いとは言え、急所の打撃は痛いだろう。声にならない悲鳴を上げて地面に倒れる。股間を両手で押さえて痙攣している。本当に痛いときって、痛いとすらも言えない状態にあるというが、これがそうなのかもしれない。後は覆面その壱を倒す、と振り向けばソイツは地面に仰向けに伸びていた。
「はい?」
いつの間にやられたのか、と前方を見れば簀巻きにされたザクロを助けている奴がいた。拳法着の若そうな青年である。ザクロの猿ぐつわと簀巻きを解きながら「大丈夫ですか」と必死に呼びかけている。俺もその場へ向かおうとしたら右足を掴まれた。何だと思えば覆面その壱の手だった。
「邪魔しないでください」
と、小声で口元に人差し指を立てた。
「これも作戦のうちです」
「作戦?」
どういうことかと同じく小声で聞けば、覆面その壱は「あれを」と指さした。その先にはザクロと拳法着の青年が互いに手を取り合い、見つめ合っていた。特にザクロの方が熱っぽい目で。頬まで赤らめている。
二人は俺と倒れている覆面二人に見向きもせず、ザクロは青年に手を引かれながら現場から走り去っていった。一体全体、何が起こったのか。ポカンとしている俺の耳に「作戦、大成功です」と覆面その壱の声が残った。
