第六話
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◆
ヒョーゴには悪いことをした。
依頼の件は誰にも話す気はなかったが、俺に話すことで「アイツ」に必然的に露見してしまうことを伝えていなかった。
俺の中には発信機の他に録音装置も埋め込まれている。故に鋼音シキを作った「アイツ」ことマスターには俺が昨日どこへ行っていたのかも、誰と何を話していたのかもすべて把握されているといっても過言じゃない。
だから現に。
「これを着ていくヨロシ」
俺がキュウゾウの許嫁のフリをして、付け回し女と会うことを知っており、許嫁と名乗るにふさわしい恰好をしろと部屋に着物をもって入ってきた。紺色の着物(椿の柄)に黄色の帯。
さっそく着てみろというので、マスターを部屋から追い出して、着てみる。俺の身体にぴったりの大きさだった。いつの間に測ったのか、と気味悪く感じたが、製造主だからわかっていて当然だった。
それでも気持ち悪いことに変わりはないが。
「着替え終わったぞ」
「どれどれ」
マスター、部屋に入ってきて。
「ふむふむ」
顎に手を添えて、俺の周りを一周。一通り見た後で、目の前で立ち止まって、そっと手を伸ばす。何をするのかと思えば、俺の頭に椿の髪飾りをつけてきた。腰に両手を当てて、満足そうに「フフン」と鼻を鳴らした。
「やはりワタシの目に狂いはないアル。よく似合っているアルヨ」
「そうか」
「それにしても許嫁アルカ。よかったアル。キュウゾウ様にならお前を任せられるアルヨ」
「許嫁、違う」
内蔵した録音装置で聞いて知ってるくせに白々しい。
あくまでも許嫁であるフリだから。
「フリでも嬉しいくせに」
「…………」
「無言は肯定アル」
「うるさい」
これ以上無駄口をたたいていると、約束の時間に遅れそうなので部屋から出る。着物が着崩れると不味いから階層から階層への移動はできるだけ昇降機を使えと後方から言われた。
「わかった」
「着物、汚したら弁償だからナ」
「肝に銘じる」
「よし。いってくるヨロシ」
「みゃあ」
オンボロ宿の出入り口でマスターと猫に見送られる形で俺は外へ出て、第二階層を目指した。
◆◆
いつもの靴じゃなくて草履という履き物ですたすた道を歩いていくこと、しばらく。第二階層にある××屋という喫茶店なる場所に着いた。虹雅渓で起きたある事件(俺の母上の姉である伯母上こと鋼音ヨミが起こしたサムライ連続辻斬り事件)を境に人の食べ物を摂取する必要がなくなった俺には縁遠いところだ。
いや、もともとお金なんてもっていないから、マスターの遣いや日雇いの仕事がない限りは第二階層へ行くこと自体あまりないのだが。
さっそく店の中へ入る。客層は男もいるが圧倒的に女が多い。若いのもいれば、老いたものもいる。構成としては女同士、男女、女一人といった感じ。
ヒョーゴが予約しておいたのだろう、やってきた店員に二人用の席へ案内されたので、そこに座る。例の女はまだきていなかった。時間を聞いたら約束よりも早くきてしまったみたいだった。
戻っても仕方がないので席で待つことにする。注文が決まりましたらお呼びください、と水の入った透明な器が卓上に置かれた。
件の女が来るのを待っている間、暇だったので客や店内の様子を観察していた。当然、不審に思われない程度に。
喫茶店は甘味ものに力を入れているみたいで、羊羹、お団子、まんじゅうの他に異国のものらしい甘味も取り扱っていた。特にすごかったのが「パフェ」というもので、縦長の透明な器に甘いものをこれでもかと詰め込んで高く築かれている。まるで菓子でできた城みたいだ。
それを食べているのは二人用の席に座っている男女で、「はい、あ〜ん」なんて言いながら互いの口に運んでいた。
「…………」
なんなんだ、アレは。
……いや、違う。今はそれよりも。
「いいですね。あたくしもあのようにキュウゾウ様に食べさせたいです」
「…………」
いつの間にか、目の前の席に紅い着物に金色の花の髪飾りをつけた女が座っており、男女の食べさせ合いを眺めていた。
二人は俺達が見ていることに気づいている様子はない。二人だけの世界を楽しんでいるのだろう。実際はどうか知らないし、どうでもいいが。
「ねえ、あなたもそう思いませんか?」
と、声をかけてきた。いや、キュウゾウは喫茶店なんて来なさそうだし、仮に来たとしてもあんな食べさせ合うなんてことはしないだろ……って、んん?
「どうかしましたか?」
「お前……」
俺はマジマジと見る。この女、どこかで見たことがあるような……。
頭の中の記録を探ること少しして判明。前に俺がヘイハチに握り飯をもっていったときに柱の陰から覗いていた女だ。その後に短刀を手に俺の後をつけてきていた物騒な奴。
そうか、と俺は得心する。
ヘイハチが付け回さなくなったのは、狙いがキュウゾウに変わったからか。そのキッカケはヒョーゴから聞いていた、キュウゾウが賊に囚われた女を偶然にも助けたことで。こんな言葉で簡単に片付けるのはあまりよくないが『その時は運が悪かった』としかいいようがない。
「はじめまして。あたくし、ザクロと申します」
付きまとい女もとい、ザクロは頭を下げると続けて、
「近々、キュウゾウ様の妻になる者です」
と続けて挑戦的な目を向けてきた。いきなり何を言い出すのか、と内心引いていたが、そういえば自分は奴の許嫁のフリをするのだったと思い出し、自己紹介する。
「キュウゾウの……許嫁の鋼音シキだ」
言った後で、ああそうか口調まで女にしないといけないのかと思い、切り替えようとしたが止めておいた。すぐにボロが出そうだし。俺の口調なんてたいして気にしていないようで「あなたが許嫁ですか」とニコニコしている。本心の意味で笑っていないが、匂いで分かる。店員がお水をどうぞ、と席にやってきた時にザクロはお茶と羊羹を頼んでいた。
貴方は食べないのか、と聞かれたので、とりあえず(食っても腹の足しにならないが)団子を注文した。頼んだものがやってきて、卓上に置かれる。ザクロは羊羹を一口。ああ、美味しいと顔を綻ばせていた。
「キュウゾウ様と一緒に食べに来たかったです」
「そうか」
「キュウゾウ様って、甘味なら何がお好きなのでしょうか」
俺が知るか。本人に聞け。
「それよりも」
俺は団子を卓上の端に寄せると、少し身を乗り出してザクロを見据えた。
「お前、ヘイハチはどうした」
しつこく付け回す程に好きじゃなかったのか。
惚れているんじゃなかったのか。
そういうとザクロは「ヘイハチ?」と首を傾げた。
「誰ですか? その人」
「え」
「まさか。そのヘイハチって男の人、シキさんの浮気相手ですか?」
キュウゾウ様という素敵な方がいながら他の男性の方のお名前を出すなんて。許嫁なのに不倫ですか、とても汚らわしいですよと軽蔑を含んだ声で言われた。ヘイハチからキュウゾウに乗り換えた奴にいわれたくなかったが、それ以前に。
この女、前に追いかけまわしていたヘイハチのことを完全に忘れている。お前が前に好いていた男だろ、と伝えたら「あたくし、過去は振り返らない主義でして。今を生きる女ですから」と無駄に誇らしそうに胸を張っていた。過去のことを嘆く暇があるなら、今できることをする、最善を尽くす、というのは俺の好むところでもあるが……いや、もういい。
早くこの女との会話を終わらせたい。そのためにもヒョーゴの依頼の達成に向けて遂行しなくては。
ザクロが羊羹を食べ終えて、お代わりを注文。かしこまりました、と店員が去ったのを見計らって、俺は本題を切り出した。
「キュウゾウの後を付け回したり、交際を迫ったりしているらしいな」
「ええ。それが何か?」
「金輪際やめてもらおうか」
「どうしてですか」
「どうして、って……」
「別にいいじゃないですか。あたくしが誰に惚れようと。あの方に振り向いてもらうために色々やろうと」
確かにそれはこの女の勝手である。だがしかし、振り向いてもらうために色々としようとして、手作り弁当にしびれ薬を入れたり、御殿に勝手に侵入したりするのは許されるのか。とはいっても、許す、許さないは俺の判断するところじゃないが……。
「それに」
と、ザクロは俺をまっすぐに見据える。
「偽物の許嫁なんかに言われたくありません」
「…………」
ばれていた。まあ完全に素の俺でやっていたから、すぐにばれても不思議じゃないか。そうだと素直に頷くと、「やっぱり」とザクロは顎に手を当てた。
「あの陰険メガネの差し金ですか」
「陰険メガネ……?」
「はい。陰湿陰険メガネです」
「…………」
まさかヒョーゴのことをいっているのだろうか。だとしたらひどい言い草だった。確かにアイツは意地悪だが陰湿陰険ではないと思うぞ……多分。
「ねえ」
「何だ」
「シキさん、あなたは、キュウゾウ様のことが好きなのですか?」
「はい?」
この女、いきなり何を言い出すのか。しかし、俺の答えを期待していった言葉ではないようで、ザクロはすぐに「あたくしは好きです」と胸に手を当て、はっきりとした声で言った。
「大好きです。心の底から愛しています」
「そ、そうか……」
「だからキュウゾウ様の許嫁のフリをやめて、あたくし達の永久に続く愛のために身を引いていただけませんか?」
「断る」
こっちだって依頼だし、新しい櫛を得るためにやっているんだ。
二人の愛が永久に続くか、いやそれ以前に芽生えるのかわからないが、やめるつもりはないぞ。
「そうですか……」
「ああ」
たとえ偽物でも、今はアイツの許嫁だからな。
あえてこう言わせてもらおう。
「アイツを渡すつもりはない」
「わかりました。では、こうしましょう」
ザクロは両手を合わせた。このまま話し合っても解決しない。
自分はキュウゾウとの交際を諦める気はない。
俺も依頼だからこのまま引き下がるわけにはいかない。
この問題を解決する一番いい方法は。
「キュウゾウ様をかけて勝負しましょう」
「わかった」
それでお前の気が済むならばこっちとしても問題ない。勝った方が負けた方の言うことを聞くこと。俺が勝ったら、ザクロにキュウゾウへの付け回し行為を禁止し、奴との交際を諦めてもらう。反対にザクロが勝った場合は。
「今後一切、虹雅渓に足を踏み入れないようにしてもらいます」
「…………」
「そしてあたくしの邪魔を二度としないこと。キュウゾウ様の前に一生、現れないでください」
俺の場合、キュウゾウとの交際を諦めてもらうだけで虹雅渓への出禁は提示していないが、まさか相手からそう強く要求されるとは。
「それで何をする」
「はい?」
「勝負は何をするんだ」
刀である俺としては当然斬り合いだが、その望みは最初から薄いので(というより実際に言ったら女同士でそんな野蛮な……と非難がましく見られた)種目は相手に決めてもらうことにした。
俺から提案できるとすれば斬り合いと、果し合いと、立ち合いしかないから。そうですね、と片頬に人差し指を当てて考えるザクロ。
今更だが、もしかして……と俺は相手の容姿をじっくりと見る。
紅い着物。金色の花の髪飾り。それから連想できるのは。俺の視線に「ああ、気づきましたか」とザクロは両手を広げて、見せつけてきた。
「いいでしょう。愛しのキュウゾウ様を思わせる色合いです」
「そうか」
「まるであの方に包まれているようで……興奮します」
頬を赤らめて、自分の身体を抱きしめていた。
何を言っているのか、コイツは。
俺が気味の悪さに体を引かせていることなど気にすることなく、「決めました」と姿勢を正して、見据えてきた。
「キュウゾウ様をかけての勝負は『料理』にしましょう」
「料理……」
料理って、もとから食べられるものをさらに美味しくして食べたり、そのままだと食べられないものを調理して食べられるようにしたりすることだよな。まあ、それ以外にないか。うん。
「料理の主題はそうですね。愛妻弁当にしましょうか」
「…………」
「いくら偽物でも許嫁に選ばれるくらいですもの。それくらいできて、当然、ですよね」
二言はありませんよね、とザクロが微笑んだ。善意の、じゃなくて悪意の笑みを。まさかコイツ、俺が料理できないことを知っていて、こんな提案をしてきたんじゃないか。
そうであったとしても、問いただしても意味はない。相手に決めろといったのは俺だから。言った身としては変更を申し出ることはできなかった。
ええい、刀に二言はなしだ。やってやろうじゃないか。
◆◆
ザクロとの勝負は十五日後になった。なぜか決戦の場所はいわなかった。
当日になったら教えてやるからここ『××屋』へ来いという。
勝負から間が十五日間もあるのは、どうやら俺に練習する期間を設けさせてあげよう、という魂胆のつもりらしい。
「せいぜいあがいてください」
まあどうせ勝つのはあたくしですが、と腰に手を当てて偉そうに言った。内心で舌を打つ。この場で斬り捨ててしまえば、すぐに解決できると思うがなんだか悔しい。この女の場合、斬り捨てるより料理で叩き伏せた方が気分がよくなる気がする。
奴が店から去る前に俺は一つお願いする。
決着をつけるまでの間、キュウゾウに会いに御殿まで行くな、と。
「どうして、あなたに指図されなくてはいけないのですか」
ものすごく不満そうではあったが、十五日の辛抱だろう、勝負に勝てば邪魔な俺はいなくなるし、好きなだけキュウゾウに会いにいけるだろう、と伝えると「わかりました……」と渋々ながら同意。
これならヒョーゴの精神的負荷も少しはなくなることだろう。
ザクロが店を去った後、少し経ってから俺も店を後にした。注文した団子(一皿に二本)は結局一口も手をつけずにいたので試しに聞いてみたらお持ち帰りしていいとのことだったので、もう三本追加して持っていくことにした。戻ったらマサムネとキクチヨにでもお土産としてもっていこうか。
依頼人のヒョーゴへ報告するために事前に待ち合わせしていた場所へと向かった。同じ階層にあるので、そこまで時間はかからない。
ああ、いた。
人目にあまりつかない場所の壁に寄りかかって、腕を組んでじっと待っていた。戻ったぞ、と声をかけるとこっちを向いて「え」とした顔になった。
「お、お前……シキなのか?」
「そうだが」
俺以外に誰かいるのか。そういったら、「その格好はなんだ」と指を差されて気が付いた。そういえば今日の俺の恰好はいつもの黒コートじゃなかったのだった。ザクロとの勝負をどうするかで頭の中がいっぱいで忘れていた。ヒョーゴはじろじろと上から下まで俺の着物姿を見た後でメガネを押し上げて、鼻を鳴らした。
「馬子にも衣装だな」
「…………」
マスターと同じことを言っている。
褒めてくれなくても大いに結構なのだが、なんか腹が立つ。
「それで、あの女の件はどうなった?」
「ああ」
俺も壁に寄りかかりたいところだが、着物を汚すと弁償金を払えとか言われかねないので、寄りかからずに立ったまま報告することにした。
「包み隠さずにあったことを全部言え」
「…………」
いいのだろうか。そうとなればあの女が発したヒョーゴへの悪口もいわないといけないのだが、仕方がない。俺の判断することじゃないとありのままに伝えることにする。
付きまとい女もといザクロは、キュウゾウに許嫁がいようがいまいが、関係なく、奴との交際を諦めるつもりはないこと。奴をかけて二人で勝負(種目は料理)をすることになったこと。決戦の日は十五日後だということ。
「以上だ」
間に口をはさむことなく黙って聞いていたヒョーゴだったが、心の底から本当に不快そうに口元を歪ませていた。まあ当然だよな。許嫁じゃないこともすぐにばれてしまったし。何をやっているのか、と何か文句を言ってくるかなと思ったら、「あのアマ!」というや否や右の手を握りしめて近くの壁を思いきり殴り始めた。そして蹴りも追加される。
「誰が陰険メガネだ!」
陰湿で、陰険なのは、お前の方だろうが! あの馬鹿女が! と憤っている。
ああ、やっぱり。そっちで怒っているのか。
伝えない方がいいかな、と思ったが後の祭り。後悔は先に立たず。
ヒョーゴは非常に不機嫌になってしまった。
……う〜ん、困った。
ザクロとの勝負について簡単でいいから話し合いをしたいと思っていたのに。さて、どうしようか。機嫌取りのやり方なんて知らないぞと思っていたら「おいシキ」とヒョーゴが低い声でこっちを睨んできた。
「何だ」
「お前この後どうせ暇だろ。付き合え」
「はい?」
いいから来い、と強引に腕を引っ張られて、通りをずんずんと進んでいく。一体どこへ行こうとしているのか。
行き先を聞いても教えてくれないので(腕を掴む手を離せと言ったら解放してくれたが)黙ってついていくしかなかった。トンズラしようかとも考えたが報酬がもらえないのは困るからやめた。
第二階層から下層へと降りた。どうやら目的地は第四階層にあるみたいで、到着後、大通りをしばらく進んでいった。途中で路地に入って、そこから別の通りへ出る。後をついていくうちにヒョーゴが向かおうとしている場所の検討がつくようになった。
何故ならこの通りは飲み屋ばかりだったから。夕方になったから、店先につけられている提灯がぼんやりと赤く光っている。
なるほど。
今までの溜まりに溜まったザクロに対するうっ憤を酒で晴らそうということか。体によくないと思うが、ヒョーゴの決めたことなので口には出さない。刀の所有者じゃないが、今はヒョーゴが主みたいなものだから。
やりたいことはやらせないと、だ。
とうとう目的の店に辿り着いた。先に入ったヒョーゴに続いて暖簾をくぐる。
「いらっしゃい!」
店の大将なのか。板前姿の男が笑顔で元気よく言った。どうやらこの店に(よくか、どうかは知らんが)来たことがあるみたいで「ヒョーゴの旦那」と呼ばれていた。そして隣に立つ俺を見て、目を丸くする。
「おや、まあ、どうしたんですか、今日は。すごい別嬪さんを連れちゃって」
「いっとくが違うぞ」
ヒョーゴは大将の言おうとしていることを先読みして否定したので助かった。感謝すると内心で頭を下げていたら、俺を親指で指した。
「コイツの見た目が美人なのは否定しないが、中身はとんだじゃじゃ馬女だからな」
「…………」
前言撤回。助かったなんて感謝するんじゃなかった。
座席に着くと、ヒョーゴはさっそく酒を注文した。飲むかと聞かれたが(酒は嫌いだし、必要はないから)断った。だったら代わりに注いでくれ、というので酒が運ばれて来た時に向かい側から隣の座席に移動して、差し出された猪口に入れてやった。
ヒョーゴは酒を呷った。空になったので注ぐと、またすぐに呷った。その様子をカウンターから見ていた大将は言った。
「今日の旦那はご機嫌が悪いようで」
その通りだった。
酒を注いではザクロについての愚痴を聞き、部下のかむろ衆やアヤマロのドラ息子のウキョウについての愚痴を聞いては酒を注いだ。
いつしか卓上は徳利でいっぱいになった。ヒョーゴはもう飲めないようで酔い潰れて寝ている。メガネがずれているがつけたままだった。
コイツ、寝るときもメガネしたままなのか。
「ヒョーゴの旦那も毎度のことながらお疲れみたいですねえ」
「そうなのか」
「ええ。あのアヤマロ様のもとで働けるのだから今の時代のおサムライ様にしちゃ最高に恵まれているとは思いましたが、あそこもあそこで苦労があるみたいで」
御殿内では言えそうにないことをここで吐いているのか。
確かにアリかもしれない。
ここならばアヤマロも来なさそうだし。
それよりもこの後どうするか。
酒代はヒョーゴの財布から全部払うからいいとして。俺はこのまま第六階層まで下って宿へ戻ればいいとして。酔っ払いメガネの帰りは――。
「お願いします、奥様」
「おい」
夫婦じゃないって。違うって、さっきヒョーゴが否定しただろうが。
それにしても世話の焼ける酔っ払いメガネだな。まったく。
◆◆
ヒョーゴを背負う時に邪魔になるので、マサムネとキクチヨへのお土産にする予定だった、さっき第二階層の喫茶店からお持ち帰りした団子(計六本)は大将にあげた。
「甘いモノが好きなので嬉しいです」
と快くもらってくれた。ヒョーゴの財布から酒代を払い、店を後にする。夜になったとはいえ、飲み屋が並ぶ道なので人通りはまあまあ多い。
道行く人も大半は酔っぱらっているからか、俺がヒョーゴを背負っていても好奇な目で見てくる奴はあんまりいなかった。
だが店を出る前に大将が「ヒョーゴの旦那のためにどうかお願いします」とおすすめの(人通りの少ない)経路を教えてくれたのでそっちを使って移動する。
御殿へ向かっている途中でかむろ衆でも見かけたら、ソイツらにお願いしようと思ったが、都合よくいるわけもなく。結局、最上の御殿前まで俺が運ぶ羽目になった。
アヤマロ御殿の出入り口である大門に至る橋の前に到着する。誰かしらいるのではと思ったが、時間外なのか、見張り役のかむろ衆の一人も、鋼筒の一機もいなかった。
おいおい。こんなんじゃまた付け回し女に侵入されるぞ。
「ヒョーゴ、着いたぞ」
返事がない。もう一度。
「いい加減起きろ」
体を揺するが、返って来るのは酒臭い寝息だけ。
このまま置いて戻ろうかと思ったが、いや駄目か、と首を振る。
日中ならまだしも今は夜中。機械体の俺は平気だが、生身のヒョーゴには外の寒さが堪えるだろう。俺のせいで風邪を引かれても困る。
どうしたものか。
大の男を背負って辺りをうろうろしていると、大門前に一人の人影を発見。うげ、アイツは。
「…………」
「こ、こんばんは……」
思わず丁寧な挨拶をしてしまった。
対門前に現れたのは人影――望まぬ事件の渦中にいる男。
赤い外套をまとう金髪のサムライ。キュウゾウだった。
ヒョーゴには悪いことをした。
依頼の件は誰にも話す気はなかったが、俺に話すことで「アイツ」に必然的に露見してしまうことを伝えていなかった。
俺の中には発信機の他に録音装置も埋め込まれている。故に鋼音シキを作った「アイツ」ことマスターには俺が昨日どこへ行っていたのかも、誰と何を話していたのかもすべて把握されているといっても過言じゃない。
だから現に。
「これを着ていくヨロシ」
俺がキュウゾウの許嫁のフリをして、付け回し女と会うことを知っており、許嫁と名乗るにふさわしい恰好をしろと部屋に着物をもって入ってきた。紺色の着物(椿の柄)に黄色の帯。
さっそく着てみろというので、マスターを部屋から追い出して、着てみる。俺の身体にぴったりの大きさだった。いつの間に測ったのか、と気味悪く感じたが、製造主だからわかっていて当然だった。
それでも気持ち悪いことに変わりはないが。
「着替え終わったぞ」
「どれどれ」
マスター、部屋に入ってきて。
「ふむふむ」
顎に手を添えて、俺の周りを一周。一通り見た後で、目の前で立ち止まって、そっと手を伸ばす。何をするのかと思えば、俺の頭に椿の髪飾りをつけてきた。腰に両手を当てて、満足そうに「フフン」と鼻を鳴らした。
「やはりワタシの目に狂いはないアル。よく似合っているアルヨ」
「そうか」
「それにしても許嫁アルカ。よかったアル。キュウゾウ様にならお前を任せられるアルヨ」
「許嫁、違う」
内蔵した録音装置で聞いて知ってるくせに白々しい。
あくまでも許嫁であるフリだから。
「フリでも嬉しいくせに」
「…………」
「無言は肯定アル」
「うるさい」
これ以上無駄口をたたいていると、約束の時間に遅れそうなので部屋から出る。着物が着崩れると不味いから階層から階層への移動はできるだけ昇降機を使えと後方から言われた。
「わかった」
「着物、汚したら弁償だからナ」
「肝に銘じる」
「よし。いってくるヨロシ」
「みゃあ」
オンボロ宿の出入り口でマスターと猫に見送られる形で俺は外へ出て、第二階層を目指した。
◆◆
いつもの靴じゃなくて草履という履き物ですたすた道を歩いていくこと、しばらく。第二階層にある××屋という喫茶店なる場所に着いた。虹雅渓で起きたある事件(俺の母上の姉である伯母上こと鋼音ヨミが起こしたサムライ連続辻斬り事件)を境に人の食べ物を摂取する必要がなくなった俺には縁遠いところだ。
いや、もともとお金なんてもっていないから、マスターの遣いや日雇いの仕事がない限りは第二階層へ行くこと自体あまりないのだが。
さっそく店の中へ入る。客層は男もいるが圧倒的に女が多い。若いのもいれば、老いたものもいる。構成としては女同士、男女、女一人といった感じ。
ヒョーゴが予約しておいたのだろう、やってきた店員に二人用の席へ案内されたので、そこに座る。例の女はまだきていなかった。時間を聞いたら約束よりも早くきてしまったみたいだった。
戻っても仕方がないので席で待つことにする。注文が決まりましたらお呼びください、と水の入った透明な器が卓上に置かれた。
件の女が来るのを待っている間、暇だったので客や店内の様子を観察していた。当然、不審に思われない程度に。
喫茶店は甘味ものに力を入れているみたいで、羊羹、お団子、まんじゅうの他に異国のものらしい甘味も取り扱っていた。特にすごかったのが「パフェ」というもので、縦長の透明な器に甘いものをこれでもかと詰め込んで高く築かれている。まるで菓子でできた城みたいだ。
それを食べているのは二人用の席に座っている男女で、「はい、あ〜ん」なんて言いながら互いの口に運んでいた。
「…………」
なんなんだ、アレは。
……いや、違う。今はそれよりも。
「いいですね。あたくしもあのようにキュウゾウ様に食べさせたいです」
「…………」
いつの間にか、目の前の席に紅い着物に金色の花の髪飾りをつけた女が座っており、男女の食べさせ合いを眺めていた。
二人は俺達が見ていることに気づいている様子はない。二人だけの世界を楽しんでいるのだろう。実際はどうか知らないし、どうでもいいが。
「ねえ、あなたもそう思いませんか?」
と、声をかけてきた。いや、キュウゾウは喫茶店なんて来なさそうだし、仮に来たとしてもあんな食べさせ合うなんてことはしないだろ……って、んん?
「どうかしましたか?」
「お前……」
俺はマジマジと見る。この女、どこかで見たことがあるような……。
頭の中の記録を探ること少しして判明。前に俺がヘイハチに握り飯をもっていったときに柱の陰から覗いていた女だ。その後に短刀を手に俺の後をつけてきていた物騒な奴。
そうか、と俺は得心する。
ヘイハチが付け回さなくなったのは、狙いがキュウゾウに変わったからか。そのキッカケはヒョーゴから聞いていた、キュウゾウが賊に囚われた女を偶然にも助けたことで。こんな言葉で簡単に片付けるのはあまりよくないが『その時は運が悪かった』としかいいようがない。
「はじめまして。あたくし、ザクロと申します」
付きまとい女もとい、ザクロは頭を下げると続けて、
「近々、キュウゾウ様の妻になる者です」
と続けて挑戦的な目を向けてきた。いきなり何を言い出すのか、と内心引いていたが、そういえば自分は奴の許嫁のフリをするのだったと思い出し、自己紹介する。
「キュウゾウの……許嫁の鋼音シキだ」
言った後で、ああそうか口調まで女にしないといけないのかと思い、切り替えようとしたが止めておいた。すぐにボロが出そうだし。俺の口調なんてたいして気にしていないようで「あなたが許嫁ですか」とニコニコしている。本心の意味で笑っていないが、匂いで分かる。店員がお水をどうぞ、と席にやってきた時にザクロはお茶と羊羹を頼んでいた。
貴方は食べないのか、と聞かれたので、とりあえず(食っても腹の足しにならないが)団子を注文した。頼んだものがやってきて、卓上に置かれる。ザクロは羊羹を一口。ああ、美味しいと顔を綻ばせていた。
「キュウゾウ様と一緒に食べに来たかったです」
「そうか」
「キュウゾウ様って、甘味なら何がお好きなのでしょうか」
俺が知るか。本人に聞け。
「それよりも」
俺は団子を卓上の端に寄せると、少し身を乗り出してザクロを見据えた。
「お前、ヘイハチはどうした」
しつこく付け回す程に好きじゃなかったのか。
惚れているんじゃなかったのか。
そういうとザクロは「ヘイハチ?」と首を傾げた。
「誰ですか? その人」
「え」
「まさか。そのヘイハチって男の人、シキさんの浮気相手ですか?」
キュウゾウ様という素敵な方がいながら他の男性の方のお名前を出すなんて。許嫁なのに不倫ですか、とても汚らわしいですよと軽蔑を含んだ声で言われた。ヘイハチからキュウゾウに乗り換えた奴にいわれたくなかったが、それ以前に。
この女、前に追いかけまわしていたヘイハチのことを完全に忘れている。お前が前に好いていた男だろ、と伝えたら「あたくし、過去は振り返らない主義でして。今を生きる女ですから」と無駄に誇らしそうに胸を張っていた。過去のことを嘆く暇があるなら、今できることをする、最善を尽くす、というのは俺の好むところでもあるが……いや、もういい。
早くこの女との会話を終わらせたい。そのためにもヒョーゴの依頼の達成に向けて遂行しなくては。
ザクロが羊羹を食べ終えて、お代わりを注文。かしこまりました、と店員が去ったのを見計らって、俺は本題を切り出した。
「キュウゾウの後を付け回したり、交際を迫ったりしているらしいな」
「ええ。それが何か?」
「金輪際やめてもらおうか」
「どうしてですか」
「どうして、って……」
「別にいいじゃないですか。あたくしが誰に惚れようと。あの方に振り向いてもらうために色々やろうと」
確かにそれはこの女の勝手である。だがしかし、振り向いてもらうために色々としようとして、手作り弁当にしびれ薬を入れたり、御殿に勝手に侵入したりするのは許されるのか。とはいっても、許す、許さないは俺の判断するところじゃないが……。
「それに」
と、ザクロは俺をまっすぐに見据える。
「偽物の許嫁なんかに言われたくありません」
「…………」
ばれていた。まあ完全に素の俺でやっていたから、すぐにばれても不思議じゃないか。そうだと素直に頷くと、「やっぱり」とザクロは顎に手を当てた。
「あの陰険メガネの差し金ですか」
「陰険メガネ……?」
「はい。陰湿陰険メガネです」
「…………」
まさかヒョーゴのことをいっているのだろうか。だとしたらひどい言い草だった。確かにアイツは意地悪だが陰湿陰険ではないと思うぞ……多分。
「ねえ」
「何だ」
「シキさん、あなたは、キュウゾウ様のことが好きなのですか?」
「はい?」
この女、いきなり何を言い出すのか。しかし、俺の答えを期待していった言葉ではないようで、ザクロはすぐに「あたくしは好きです」と胸に手を当て、はっきりとした声で言った。
「大好きです。心の底から愛しています」
「そ、そうか……」
「だからキュウゾウ様の許嫁のフリをやめて、あたくし達の永久に続く愛のために身を引いていただけませんか?」
「断る」
こっちだって依頼だし、新しい櫛を得るためにやっているんだ。
二人の愛が永久に続くか、いやそれ以前に芽生えるのかわからないが、やめるつもりはないぞ。
「そうですか……」
「ああ」
たとえ偽物でも、今はアイツの許嫁だからな。
あえてこう言わせてもらおう。
「アイツを渡すつもりはない」
「わかりました。では、こうしましょう」
ザクロは両手を合わせた。このまま話し合っても解決しない。
自分はキュウゾウとの交際を諦める気はない。
俺も依頼だからこのまま引き下がるわけにはいかない。
この問題を解決する一番いい方法は。
「キュウゾウ様をかけて勝負しましょう」
「わかった」
それでお前の気が済むならばこっちとしても問題ない。勝った方が負けた方の言うことを聞くこと。俺が勝ったら、ザクロにキュウゾウへの付け回し行為を禁止し、奴との交際を諦めてもらう。反対にザクロが勝った場合は。
「今後一切、虹雅渓に足を踏み入れないようにしてもらいます」
「…………」
「そしてあたくしの邪魔を二度としないこと。キュウゾウ様の前に一生、現れないでください」
俺の場合、キュウゾウとの交際を諦めてもらうだけで虹雅渓への出禁は提示していないが、まさか相手からそう強く要求されるとは。
「それで何をする」
「はい?」
「勝負は何をするんだ」
刀である俺としては当然斬り合いだが、その望みは最初から薄いので(というより実際に言ったら女同士でそんな野蛮な……と非難がましく見られた)種目は相手に決めてもらうことにした。
俺から提案できるとすれば斬り合いと、果し合いと、立ち合いしかないから。そうですね、と片頬に人差し指を当てて考えるザクロ。
今更だが、もしかして……と俺は相手の容姿をじっくりと見る。
紅い着物。金色の花の髪飾り。それから連想できるのは。俺の視線に「ああ、気づきましたか」とザクロは両手を広げて、見せつけてきた。
「いいでしょう。愛しのキュウゾウ様を思わせる色合いです」
「そうか」
「まるであの方に包まれているようで……興奮します」
頬を赤らめて、自分の身体を抱きしめていた。
何を言っているのか、コイツは。
俺が気味の悪さに体を引かせていることなど気にすることなく、「決めました」と姿勢を正して、見据えてきた。
「キュウゾウ様をかけての勝負は『料理』にしましょう」
「料理……」
料理って、もとから食べられるものをさらに美味しくして食べたり、そのままだと食べられないものを調理して食べられるようにしたりすることだよな。まあ、それ以外にないか。うん。
「料理の主題はそうですね。愛妻弁当にしましょうか」
「…………」
「いくら偽物でも許嫁に選ばれるくらいですもの。それくらいできて、当然、ですよね」
二言はありませんよね、とザクロが微笑んだ。善意の、じゃなくて悪意の笑みを。まさかコイツ、俺が料理できないことを知っていて、こんな提案をしてきたんじゃないか。
そうであったとしても、問いただしても意味はない。相手に決めろといったのは俺だから。言った身としては変更を申し出ることはできなかった。
ええい、刀に二言はなしだ。やってやろうじゃないか。
◆◆
ザクロとの勝負は十五日後になった。なぜか決戦の場所はいわなかった。
当日になったら教えてやるからここ『××屋』へ来いという。
勝負から間が十五日間もあるのは、どうやら俺に練習する期間を設けさせてあげよう、という魂胆のつもりらしい。
「せいぜいあがいてください」
まあどうせ勝つのはあたくしですが、と腰に手を当てて偉そうに言った。内心で舌を打つ。この場で斬り捨ててしまえば、すぐに解決できると思うがなんだか悔しい。この女の場合、斬り捨てるより料理で叩き伏せた方が気分がよくなる気がする。
奴が店から去る前に俺は一つお願いする。
決着をつけるまでの間、キュウゾウに会いに御殿まで行くな、と。
「どうして、あなたに指図されなくてはいけないのですか」
ものすごく不満そうではあったが、十五日の辛抱だろう、勝負に勝てば邪魔な俺はいなくなるし、好きなだけキュウゾウに会いにいけるだろう、と伝えると「わかりました……」と渋々ながら同意。
これならヒョーゴの精神的負荷も少しはなくなることだろう。
ザクロが店を去った後、少し経ってから俺も店を後にした。注文した団子(一皿に二本)は結局一口も手をつけずにいたので試しに聞いてみたらお持ち帰りしていいとのことだったので、もう三本追加して持っていくことにした。戻ったらマサムネとキクチヨにでもお土産としてもっていこうか。
依頼人のヒョーゴへ報告するために事前に待ち合わせしていた場所へと向かった。同じ階層にあるので、そこまで時間はかからない。
ああ、いた。
人目にあまりつかない場所の壁に寄りかかって、腕を組んでじっと待っていた。戻ったぞ、と声をかけるとこっちを向いて「え」とした顔になった。
「お、お前……シキなのか?」
「そうだが」
俺以外に誰かいるのか。そういったら、「その格好はなんだ」と指を差されて気が付いた。そういえば今日の俺の恰好はいつもの黒コートじゃなかったのだった。ザクロとの勝負をどうするかで頭の中がいっぱいで忘れていた。ヒョーゴはじろじろと上から下まで俺の着物姿を見た後でメガネを押し上げて、鼻を鳴らした。
「馬子にも衣装だな」
「…………」
マスターと同じことを言っている。
褒めてくれなくても大いに結構なのだが、なんか腹が立つ。
「それで、あの女の件はどうなった?」
「ああ」
俺も壁に寄りかかりたいところだが、着物を汚すと弁償金を払えとか言われかねないので、寄りかからずに立ったまま報告することにした。
「包み隠さずにあったことを全部言え」
「…………」
いいのだろうか。そうとなればあの女が発したヒョーゴへの悪口もいわないといけないのだが、仕方がない。俺の判断することじゃないとありのままに伝えることにする。
付きまとい女もといザクロは、キュウゾウに許嫁がいようがいまいが、関係なく、奴との交際を諦めるつもりはないこと。奴をかけて二人で勝負(種目は料理)をすることになったこと。決戦の日は十五日後だということ。
「以上だ」
間に口をはさむことなく黙って聞いていたヒョーゴだったが、心の底から本当に不快そうに口元を歪ませていた。まあ当然だよな。許嫁じゃないこともすぐにばれてしまったし。何をやっているのか、と何か文句を言ってくるかなと思ったら、「あのアマ!」というや否や右の手を握りしめて近くの壁を思いきり殴り始めた。そして蹴りも追加される。
「誰が陰険メガネだ!」
陰湿で、陰険なのは、お前の方だろうが! あの馬鹿女が! と憤っている。
ああ、やっぱり。そっちで怒っているのか。
伝えない方がいいかな、と思ったが後の祭り。後悔は先に立たず。
ヒョーゴは非常に不機嫌になってしまった。
……う〜ん、困った。
ザクロとの勝負について簡単でいいから話し合いをしたいと思っていたのに。さて、どうしようか。機嫌取りのやり方なんて知らないぞと思っていたら「おいシキ」とヒョーゴが低い声でこっちを睨んできた。
「何だ」
「お前この後どうせ暇だろ。付き合え」
「はい?」
いいから来い、と強引に腕を引っ張られて、通りをずんずんと進んでいく。一体どこへ行こうとしているのか。
行き先を聞いても教えてくれないので(腕を掴む手を離せと言ったら解放してくれたが)黙ってついていくしかなかった。トンズラしようかとも考えたが報酬がもらえないのは困るからやめた。
第二階層から下層へと降りた。どうやら目的地は第四階層にあるみたいで、到着後、大通りをしばらく進んでいった。途中で路地に入って、そこから別の通りへ出る。後をついていくうちにヒョーゴが向かおうとしている場所の検討がつくようになった。
何故ならこの通りは飲み屋ばかりだったから。夕方になったから、店先につけられている提灯がぼんやりと赤く光っている。
なるほど。
今までの溜まりに溜まったザクロに対するうっ憤を酒で晴らそうということか。体によくないと思うが、ヒョーゴの決めたことなので口には出さない。刀の所有者じゃないが、今はヒョーゴが主みたいなものだから。
やりたいことはやらせないと、だ。
とうとう目的の店に辿り着いた。先に入ったヒョーゴに続いて暖簾をくぐる。
「いらっしゃい!」
店の大将なのか。板前姿の男が笑顔で元気よく言った。どうやらこの店に(よくか、どうかは知らんが)来たことがあるみたいで「ヒョーゴの旦那」と呼ばれていた。そして隣に立つ俺を見て、目を丸くする。
「おや、まあ、どうしたんですか、今日は。すごい別嬪さんを連れちゃって」
「いっとくが違うぞ」
ヒョーゴは大将の言おうとしていることを先読みして否定したので助かった。感謝すると内心で頭を下げていたら、俺を親指で指した。
「コイツの見た目が美人なのは否定しないが、中身はとんだじゃじゃ馬女だからな」
「…………」
前言撤回。助かったなんて感謝するんじゃなかった。
座席に着くと、ヒョーゴはさっそく酒を注文した。飲むかと聞かれたが(酒は嫌いだし、必要はないから)断った。だったら代わりに注いでくれ、というので酒が運ばれて来た時に向かい側から隣の座席に移動して、差し出された猪口に入れてやった。
ヒョーゴは酒を呷った。空になったので注ぐと、またすぐに呷った。その様子をカウンターから見ていた大将は言った。
「今日の旦那はご機嫌が悪いようで」
その通りだった。
酒を注いではザクロについての愚痴を聞き、部下のかむろ衆やアヤマロのドラ息子のウキョウについての愚痴を聞いては酒を注いだ。
いつしか卓上は徳利でいっぱいになった。ヒョーゴはもう飲めないようで酔い潰れて寝ている。メガネがずれているがつけたままだった。
コイツ、寝るときもメガネしたままなのか。
「ヒョーゴの旦那も毎度のことながらお疲れみたいですねえ」
「そうなのか」
「ええ。あのアヤマロ様のもとで働けるのだから今の時代のおサムライ様にしちゃ最高に恵まれているとは思いましたが、あそこもあそこで苦労があるみたいで」
御殿内では言えそうにないことをここで吐いているのか。
確かにアリかもしれない。
ここならばアヤマロも来なさそうだし。
それよりもこの後どうするか。
酒代はヒョーゴの財布から全部払うからいいとして。俺はこのまま第六階層まで下って宿へ戻ればいいとして。酔っ払いメガネの帰りは――。
「お願いします、奥様」
「おい」
夫婦じゃないって。違うって、さっきヒョーゴが否定しただろうが。
それにしても世話の焼ける酔っ払いメガネだな。まったく。
◆◆
ヒョーゴを背負う時に邪魔になるので、マサムネとキクチヨへのお土産にする予定だった、さっき第二階層の喫茶店からお持ち帰りした団子(計六本)は大将にあげた。
「甘いモノが好きなので嬉しいです」
と快くもらってくれた。ヒョーゴの財布から酒代を払い、店を後にする。夜になったとはいえ、飲み屋が並ぶ道なので人通りはまあまあ多い。
道行く人も大半は酔っぱらっているからか、俺がヒョーゴを背負っていても好奇な目で見てくる奴はあんまりいなかった。
だが店を出る前に大将が「ヒョーゴの旦那のためにどうかお願いします」とおすすめの(人通りの少ない)経路を教えてくれたのでそっちを使って移動する。
御殿へ向かっている途中でかむろ衆でも見かけたら、ソイツらにお願いしようと思ったが、都合よくいるわけもなく。結局、最上の御殿前まで俺が運ぶ羽目になった。
アヤマロ御殿の出入り口である大門に至る橋の前に到着する。誰かしらいるのではと思ったが、時間外なのか、見張り役のかむろ衆の一人も、鋼筒の一機もいなかった。
おいおい。こんなんじゃまた付け回し女に侵入されるぞ。
「ヒョーゴ、着いたぞ」
返事がない。もう一度。
「いい加減起きろ」
体を揺するが、返って来るのは酒臭い寝息だけ。
このまま置いて戻ろうかと思ったが、いや駄目か、と首を振る。
日中ならまだしも今は夜中。機械体の俺は平気だが、生身のヒョーゴには外の寒さが堪えるだろう。俺のせいで風邪を引かれても困る。
どうしたものか。
大の男を背負って辺りをうろうろしていると、大門前に一人の人影を発見。うげ、アイツは。
「…………」
「こ、こんばんは……」
思わず丁寧な挨拶をしてしまった。
対門前に現れたのは人影――望まぬ事件の渦中にいる男。
赤い外套をまとう金髪のサムライ。キュウゾウだった。
