第六話
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
◆
さて、どうしようか。
誰もいないし、誰一人訪れることのなさそうな第七階層の空き地で早朝の鍛錬をしながら、考える。
キュウゾウにああいった手前、金を借りるわけにはいかないので、新しい櫛を買うために必要な金額の、二五〇〇〇、は自分の手で稼ぐしかない。
刀の俺にできる得意な仕事といえば人を斬ることだが、残念なことに今の時代あまり求められていないみたいなので、別の金策するしかない。
……かといって、一番手っ取り早くできるマスターの遣い(買い物や届け物など)では得られる報酬が本当に微々たるものなので自分で探すしかないか。
考えるのは少しだけにして、まずは動いてみる。
うまくいかなかったら別の方法を考える、だ。
その一、接客の仕事をしてみた。
第四階層にある飯屋で女の店員を募集していたので、やってみたいといったら「顔がいいから雇ってあげるよ」とすぐ採用された。ビラビラとした制服とやらを身に着けて、いざ出陣。
結論から先にいうと失敗に終わった。ものの覚えはいいが、愛想が悪い。客が怖がって店に寄ってこなくなるから困るなど。
「次からは来なくていいよ」
と店主から直接言われた。
「君、とっても美人さんなのにもったいないよ。怖いよ」
「……ちっ」
「ひいっ!? ああもう、君怖いよ! お金あげるから早くどこかへいってくれ!」
舌打ちしただけで怖気づくとか、大したことない奴だ。
給料は片手の平にのるぐらいの二枚しかもらえなかった。
その二、組み立ての仕事をしてみた。
この手引きの通りにやってくれれば問題ないと言われ、流れてくるものを順番通りに組み立てていく作業だった。仕事をするための環境が最悪だった。狭い空間にぎゅうぎゅうと人が押し込まれ、並べられ、その中でずっと同じ作業を延々と繰り返す。
ずっと突っ立ったまま、何の役に立つものなのか、よくわからないものを作っているうちに俺は発狂しそうになった。
体を思い切り動かしたい俺には地獄以外の何ものでもなかった。一日と続かず、半日で自らやめた。報酬は無で終わった。
その三、ビラ配りというものをやってみた。
通りを歩く客に店に入って金を使ってもらうように宣伝をしてほしいと言われ、看板を片手に暇そうな人に声をかけていく。
無視されたり、逃げられたり、芳しくない結果が続く。
誰か入りそうな者はいないかと首を巡らしてみる。
ああ、いたわ。暇で、暇で仕方のなさそうな奴が。
「おい、そこのサムライ」
「何だ、貴様は」
「誰でもいいだろ。それよりお前、今、暇だろ」
道の端に座りこんで、何もせず空を見上げて、ボ〜っとしているのだから暇以外の何ものでもない。店に入れ、と看板を見せて、行き先を示す。
「ふざけるな!」
誰がそんな低俗な店に行くか、それより勲章をもらった自分にふさわしい士官先でも紹介しろ、とめちゃくちゃに怒鳴ってきた。
そんな文句を言われても。自分で探せよ。
男の罵声を聞き流しながら、腰の刀に目をやる。
こんな愚かな主を選んでしまったばかりに刀としての役目を果たせずにいるとは。人を斬りたいだろうに。人の血を吸いたいだろうに。おいたわしや。
「お前、ちゃんと刀の手入れをしているのか」
「ああ?」
「刀が痛んでいる」
じっ、と刀を見つめる。鞘を通して、見える刀身。
刃こぼれが起きている。あれじゃあ、まともに斬れそうにない。
「鍛冶屋に見てもらった方がいいぞ」
こんなサムライのためじゃない。その刀のためを思って助言してやれば、「大きなお世話だ、消え失せろ!」と足元に転がっていたゴミを投げつけられた。
ガキン! と手刀で弾き返してやったら、見事サムライの顔面に命中。後方から「やるねえ、姉ちゃん」と口笛を吹かれた。結局、客は一人も呼び込めず、見知らぬサムライとやりとりをして終わった。
雇ってくれた店主のもとへ行き、嘘偽りなく結果を報告する。
「……というわけだ」
「そう。なら給金は、はいこれ」
「…………」
得られたのは片手の平に乗るだけの一枚だった。
くそ。ぼやいている暇はない。次こそは。
その四。その五。その六。その七。その八。
その九……。
◆◆
「はああ……」
働いて金を得るって難しいって、とっても痛感したわ。
金持ちアキンドみたいに高級なものが欲しいわけでもなく、贅沢な暮らしがしたいわけでもないのに金に困ることになるとは。
櫛のためとはいえ、金を求めんとして忙しなく駆け回る己が卑しくて……嫌気がさしてくる。カウンター席の卓上で項垂れながら高級座布団で丸くなっている名無し猫を眺める。
今日もゴロゴロと喉を鳴らして、毛繕いをする。気持ちよさそうだ。
「何をいじけてるアルカ」
「…………」
「今日はどっかに働きにいかないアルカ」
「うるさい」
一昨昨日、一昨日、昨日と日雇いの仕事があまりにも失敗続きだったから今日は休むと決めた。日課の鍛錬以外は特に何もせずに、ゆっくり休んで切り替えて、明日また金が得られそうな日雇いの仕事を探しに行こうと思っているのだから。休暇の邪魔をするな。
「あっちいけ」
しっ、しっ、と手を振る俺にマスターは呆れ顔でため息を吐いて、
「そんな文句をいって、いいアルカ~?」
と言ってきた。ほれほれ、と声が聞こえる。
うるさいが、少しだけ気になったので顔だけ向ける。
「何だよ」
「お仕事、あるアルヨ」
「…………」
「お前でもできるお仕事、あるアルヨ。人斬りじゃないけどナ」
「……本当か?」
嘘だったらただじゃおかないぞ、と睨みつけると「まずは見るヨロシ」と懐から紙面を取り出して見せつけてきた。
「……配達?」
マスターから紙面を受け取って内容を読んでみる。
「虹雅渓内の配達を請け負ってくれる人、募集中。雇用条件、足が速い。体力がある。荷物を無事に届けられるぐらい腕っぷしが強い」
「…………」
この雇用条件はなにかおかしい気がする。
足が速い、わかる。体力がある、わかる。
最後の条件は何だ、これ。腕っぷし強いっていうのは……?
「この配達の仕事って、腕力が必要になるのか?」
「馬鹿アルナ、お前」
マスターが胸元に手を入れて煙管を取り出したが、猫がいるので火はつけず口にくわえるだけにしていた。
「三十日以上も虹雅渓に滞在しておいてわからないアルカ」
「悪かったな、馬鹿で」
「ホントアルヨ」
紙面の一番下をちゃんと見ろというので、注視する。
「ちゃんと見ろっていってもなあ……あっ」
確かにこれはちゃんと見ないとわからない。
すごく小さくて見えづらい色の文章でこう書かれていた。
“治安の悪い下層区域を専門に担当いただける方にもれなく報酬を倍にしてお支払いします”
◆◆
翌日。
日課である早朝の鍛錬を終えた俺は早速、昨日マスターにおすすめされた配達人を募集している店にいってみた。その店は第三階層にあった。紙面を見てきたと奥から出てきた店主に伝える。
「ちゃんと見たか?」
俺は頷いて、紙面の一番下に書かれた見えづらい文章のところを指さす。
「下層区域の配達を専門でやらせてくれ」
「仕事中に死んでも知らないし、ウチは責任とらないよ」
「いいぞ」
断然平気だった。俺の知る限り、虹雅渓で一番強いのは金髪に赤コートの宇宙人サムライだけだ。他のサムライやゴロツキが集団になって襲ってきても、全員返り討ち。八つ裂きにしてやる自信はある。
どうだ、と詰め寄れば二つ返事で採用された。
「じゃあ早速やってくれ」
届け物が入った荷物を渡された。背負う形になっているのはありがたい。
両手が荷物でふさがれるのは好きじゃないから。
いざ戦闘になった時も困るし。
「頼むぞ、鋼音シキ」
店主は、大いに期待しているぞ、と片手を上げた。
「ああ……って、ん?」
なぜ俺の名前を知っているのか。名乗った覚えはないのだが。
「そりゃあ、前もって君のマスターから聞いていたからね」
店主は煙草に火をつけると吸って鼻から煙を吐き出した。
さすが治安の悪い場所に届けに行かせるだけはあった。途中で何度もゴロツキ共に「金目のものを置いていけ!」とか「よこせ!」などと叫ばれ、背負っていた荷物を狙われた。そのたびに返り討ちにしてやった。
すべてを配達し終えた頃には夕方になっていた。店に戻ると、俺の他に雇われていた日雇いの者達がいた。上層区域の配達を担当していたようで、いくら治安がいいとはいえ、仕事量があまりにも多すぎて、皆が皆「きつい」「苦しい」「疲れた」とぼやきながら休憩部屋で休んでいる。
無事に戻った俺を見て、事情を知っていたのだろう、店員は「嘘!?」と驚いて手にもっていた物を床に落としていた。物を拾わずにどこへ行くのかと見ていれば、店主を連れて戻ってきた。店員と違って、店主はたいして驚いてはいなかった。
「まあアンタなら戻って来ると思っていたよ」
「全部終わったぞ」
「見ればわかる。ありがとう。ご苦労様」
これが報酬だと手渡されたのは封筒だった。中身は。
おお、入ってる、入っている。
今までやってみたどの仕事よりも多く貰えている。
よし、と頷いてもう一度、封筒の中身を見て、
「……ん?」
違和感を抱いた。その正体を探るために懐からここにくるきっかけとなった紙を取り出してみる。この日雇いの仕事を達成して得られる金額がそこに書かれている。だが、しかし。
「なあ、一つ聞いていいか?」
「何だ」
「報酬、足りなくないか?」
煙草を吸いつつ、店員に指示を出している店主へ歩み寄り、紙面に書かれている報酬の金額よりも渡された封筒に入っている金額が、半分しか入っていない。どういうことか、と伝える。
「ああ、それはね」
店主はなんだ、そんなことか、という顔で淡々と答えた。
「紹介料を差し引いたからだよ」
「はい?」
「だから半分だよ」
「…………」
紹介料、俺の紹介料…………まさか!
ハッとした俺に「そのまさかだよ」と人差し指を向ける店主。
「残り半分はマスターへ渡しておいたよ。彼から前もって聞いてなかったの?」
「…………」
ちくしょう。マスターの遣いじゃないからって油断していた。
紙面に書かれている報酬を全部もらえると思っていたのに。
俺を勧めた紹介料を仕事の報酬から割くとは。
この店主もマスターもやることがせこいと思った。
◆◆
名無しの猫は別にいいが、オンボロ宿にずっといてマスターと顔を合わせるのは嫌なので、外に出て、気ままに散策をすることにした。第六階層から第五階層へ、第五階層から第四階層へと階段を使って上がっていく。露店が並ぶ大通りは人も多くてうるさいし、歩きづらいから路地を通って出た先のまばらに人がいる道を歩いていく。気ままに散歩するつもりだったのに櫛を買う金を稼ぐための日雇いのことを考えてしまった。
やっぱり自分だけで日雇いの仕事を探さないといけないか。
マスターの勧めで仕事をやると紹介料だが仲介料とかいって、差し引かれてしまって、決められた報酬の全部をもらえるわけじゃないから。
それだといつまで経っても櫛を買えるだけの金が貯まりそうにないし。
俺は刀であり、剣士だから、できるとすれば人斬り、戦闘。
斬り合うことが俺の生きる活力であり、存在理由。
だがしかし、今の時代に戦はない。求められていない。
まあ、時代に求められていなくても関係ないが。
剣の道に果てはなし。終わりなしだ。
「ふう……」
息を吐く。少し休憩するか。
背中から壁に寄りかかって、層の間から覗いている空を見上げる。
眺めていると空の戦場が恋しくなる。
せめて虹雅渓で剣術大会とかあればいいのに。
優勝者には金一封を差し上げるぞ、みたいな。
俺はハッとして、首を左右に振った。
よくない。今の心境はよくない。ないものねだりをしている。
ないからと文句を言っても、嘆いていても仕方がない。
今のうちにできることをしないと。今あるものを活かせ、だ。
吸って、吐いて。
吸って、吐いて。
吸って、吐いて。
深呼吸を三回、繰り返してから両頬をパチンと叩く。
「よし」
とにかく動こう。動いて、動いて、動き回ろう。それでも上手くいかない時は、知り合いに相談して、助言をしてもらって、それを試してみよう。休憩を終えて再び歩き始めた。そして無目的な散策の途中で、日雇いの仕事を求めている人が集まる場所がこの近くにあるという話が聞こえてきたので、そこへ行ってみることにした。
「うわあ」
思わず声を出してしまった。日雇いの仕事を求める人足やサムライなどで場所はごった返していた。もしかしたら知り合い(いつも笑顔で、薪割りがとても上手くて、米が何よりも大好きなサムライ)がいるかもしれないと思って、一段高い場所があったので、そこに上がって眺めてみる。
工兵姿でゴーグル付き飛行帽をかぶったサムライは……いないか。残念。いたら何かしらの助言を得られるかもしれないと思っていたのだが。仕方ないと一段高い場所から降りて、人の間を縫って移動する。募集中と書かれている張り紙が張ってある場所に着いたので順番にみていく。
「店の警備、アキンドの用心棒、土木作業、引っ越しの手伝い……」
中には本気なのか、冗談なのか。
“貴方の恨みを晴らします。手助けしてもらいたい方はこちらの場所までお越しください”と書かれたものまであった。
物騒なことを考える奴がいるものだな……と思った。
◆◆
「じゃあ明日、来てくれ」
「わかった」
よし、と内心で頷く。
とりあえず明日の日雇いの仕事(第二階層にある店の警備)は得られた。自分で見つけた仕事だから、報酬から紹介料を割かれることはないだろう。これで少しは櫛を買えるお金が貯まりそうだ。
ひとまず今日は宿へ戻って……猫の様子でも見て、少し眠って、それから鍛錬をしよう。マスターには「それやる意味あるのか」と揶揄されるが、こればっかりは仕方がない。
日課としたのだから。いくら自分が世に生を受けた時から機械体で、対サムライ用の全自律型機動剣士と言われてもピンとこない。今の今まで刀として、無刀の剣士として生きてきたから。
誰がメンテナンス作業すると思っているのか、と文句を言われた時もあったが無視してやった。人の内部を勝手にいじくりまわしておいて何をいうのか。腹立つことに俺の内部にはいまだに発信機と録音装置が内蔵されており、俺と誰かの会話はマスターにすべて盗み聞かれているといっても過言じゃない。できることなら録音装置だけでも外せないかと、刀鍛冶のマサムネか、もしくは機械いじりが得意なヘイハチにでも相談してみるのもありかもしれない。まあ、それは次の機会にして。
第四階層から第五階層へ降りた。大通りの人込みにうんざりした俺は混雑を避けるために路地に入った。そこで。
「…………」
「…………」
人さらいの現場に出くわした。
体を縄でぐるぐる巻きされ、猿ぐつわを噛まされている女を、覆面をつけた男二人が持ち、もう一人の覆面男が見つからないように先導しているところといった具合だ。
見なかったこと……にはできないが、関わらないようにしよう。大人しく大通りの道を通って、宿に戻るか。そう思って、踵を返そうとしたら「待てい!」と後方から声が上がる。面倒ごとはごめんだと無視して先を行こうとしたら再び「待てい!」と更に張り上げられた。
そんなに大きな声を出したら大通りを歩く通行人に露見するんじゃないか、と向こうを見ても誰も気づいた様子はない。
肩を落として、面倒だと息を吐き、渋々といった体で振り向いた。
「何だ」
「見たな」
「何を」
「しらばっくれるな」
見ただろ、と先導役と思われる覆面男が指を差す。まあ確かにどこかへ運んでいる途中のところをばっちり見てしまったが。うんと頷いた上で「安心しろ」と手を振った。
「邪魔する気はない」
「え」
覆面男三人が同時に声を上げた。
「勝手に続けてくれ」
じゃあな、と踵を返して先に進もうとしたら、「そんな、信じられるか!」と先導役と思われる覆面男が駆け寄り、前に立ち塞がった。
「アンタ、俺達がしようとしていること、わかっているのか!?」
「人さらいだろ」
そうだ、という男は、俺の胸倉を掴んだ。眼前に覆面が迫ってきた。
「見られたからにはただにしちゃおけねえ」
覚悟しろ、と構えた右の拳で殴ろうとしてきた。この間合いなら貫手で仕留められるか。そこで、「待った!」と後方から声が上がる。覆面男二人が簀巻きにした女を地面におろして、駆け寄ってきた。
「兄貴、コイツよくよく見たら女だよ、捕まえた方がいいよ」
そんな発言に隣の覆面男もうんうんと頷く。
「顔が整っているし、高値で売れるかもしれないぞ」
覆面男二人の意見に兄貴と呼ばれた覆面男はまじまじと俺を見つめる。あんまり近くに寄らないでくれと睨みつけていると「確かに」と呟いた。よからぬことを考えているのは明白。覆面で口元は見えないが、目は笑っているし。目は口ほどにものをいう、っていうヤツか。
「この二人を売れば俺達、しばらく食っていけるね」
「ああ、そうだな」
「明日から贅沢し放題、酒飲み放題だね!」
まだ達成していないくせに、ことがうまくいったときの妄想でもしているのか、覆面男達は「やった、やった」と喜んでいる。どうやら俺は人身売買を生業としている者達に出くわしてしまったようだ。人さらいなら勝手にやればいいと思っていたが、俺を巻き込むとなれば話は別だ。
新しい櫛を手に入れるための金を得るべく、明日は日雇いの仕事(アキンドの店の警備)があるというのに。見も知らぬ誰かに売られて、お前達の利益となってたまるか。
運も悪運もなかったな、お前達は。
俺は斬撃を繰り出そうとして手刀を構えた、その時。
「成敗!」
いきなりそんな言葉が響いて、覆面の男達二人が壁に叩きつけられていた。兄貴と呼ばれていた覆面男は突然の出来事に唖然としている。覆面では見えないが、恐らく口をあんぐりと開けているところだろう。
胸倉を掴んでいた手が緩んだので、その隙に抜け出して、距離をとる。
気配がする方向へと目を向ければ、簀巻きにされた女は解放されていて、拳法着姿をした男の背中に隠れていた。
若そうな総髪の青年だった。青年は残った覆面男を睨みつけ、人差し指を突きつける。
「か弱き女性を狙う不届き者が! 覚悟しろ!」
「なんだとこの糞ガキ!」
兄貴と呼ばれた覆面男は青年に殴りかかるも、難なく躱され、素早く繰り出された掌底を顔面にもろに受けてしまい、地面に倒れた。戦闘は呆気なく終了。俺が動き出すまでもなかった。覆面男達三人は青年の手によってぐるぐる巻きにされた。後で警邏に引き渡すらしい。
「お怪我はありませんか」
「ないぞ」
「そうですか」
よかった、と微笑む拳法着の青年。よろしければ家まで送りましょうか、と言ってきたが断った。
俺よりも覆面男達にどこかへ売られそうになっていた女を送った方がいいと伝えた。自分の身は自分で守れるし、それに。
「…………」
「どうされました?」
「いや」
なんでもない、と俺は首を振る。この青年、鈍感か。
女の目が「早くどっかいけよ」と無言の圧力を放っているのに気づかないとは。多分、青年と二人きりになりたいのだと思う。
さっき怪我はないかと声をかけられたとき、女は頬を赤く染めて、大きな瞳を潤ませていたし。助けられたことがきっかけで惚れたのだろう。
まあ、実際はどうか知らないが。俺にとってはどうでもいいし。
気を付けてください、という青年の言葉と女の冷たい視線を背中に受けながら路地から出て、別の道を通ってオンボロ宿の帰途を歩いていく。
やっぱり人間、悪いことするもんじゃないな。
さて、どうしようか。
誰もいないし、誰一人訪れることのなさそうな第七階層の空き地で早朝の鍛錬をしながら、考える。
キュウゾウにああいった手前、金を借りるわけにはいかないので、新しい櫛を買うために必要な金額の、二五〇〇〇、は自分の手で稼ぐしかない。
刀の俺にできる得意な仕事といえば人を斬ることだが、残念なことに今の時代あまり求められていないみたいなので、別の金策するしかない。
……かといって、一番手っ取り早くできるマスターの遣い(買い物や届け物など)では得られる報酬が本当に微々たるものなので自分で探すしかないか。
考えるのは少しだけにして、まずは動いてみる。
うまくいかなかったら別の方法を考える、だ。
その一、接客の仕事をしてみた。
第四階層にある飯屋で女の店員を募集していたので、やってみたいといったら「顔がいいから雇ってあげるよ」とすぐ採用された。ビラビラとした制服とやらを身に着けて、いざ出陣。
結論から先にいうと失敗に終わった。ものの覚えはいいが、愛想が悪い。客が怖がって店に寄ってこなくなるから困るなど。
「次からは来なくていいよ」
と店主から直接言われた。
「君、とっても美人さんなのにもったいないよ。怖いよ」
「……ちっ」
「ひいっ!? ああもう、君怖いよ! お金あげるから早くどこかへいってくれ!」
舌打ちしただけで怖気づくとか、大したことない奴だ。
給料は片手の平にのるぐらいの二枚しかもらえなかった。
その二、組み立ての仕事をしてみた。
この手引きの通りにやってくれれば問題ないと言われ、流れてくるものを順番通りに組み立てていく作業だった。仕事をするための環境が最悪だった。狭い空間にぎゅうぎゅうと人が押し込まれ、並べられ、その中でずっと同じ作業を延々と繰り返す。
ずっと突っ立ったまま、何の役に立つものなのか、よくわからないものを作っているうちに俺は発狂しそうになった。
体を思い切り動かしたい俺には地獄以外の何ものでもなかった。一日と続かず、半日で自らやめた。報酬は無で終わった。
その三、ビラ配りというものをやってみた。
通りを歩く客に店に入って金を使ってもらうように宣伝をしてほしいと言われ、看板を片手に暇そうな人に声をかけていく。
無視されたり、逃げられたり、芳しくない結果が続く。
誰か入りそうな者はいないかと首を巡らしてみる。
ああ、いたわ。暇で、暇で仕方のなさそうな奴が。
「おい、そこのサムライ」
「何だ、貴様は」
「誰でもいいだろ。それよりお前、今、暇だろ」
道の端に座りこんで、何もせず空を見上げて、ボ〜っとしているのだから暇以外の何ものでもない。店に入れ、と看板を見せて、行き先を示す。
「ふざけるな!」
誰がそんな低俗な店に行くか、それより勲章をもらった自分にふさわしい士官先でも紹介しろ、とめちゃくちゃに怒鳴ってきた。
そんな文句を言われても。自分で探せよ。
男の罵声を聞き流しながら、腰の刀に目をやる。
こんな愚かな主を選んでしまったばかりに刀としての役目を果たせずにいるとは。人を斬りたいだろうに。人の血を吸いたいだろうに。おいたわしや。
「お前、ちゃんと刀の手入れをしているのか」
「ああ?」
「刀が痛んでいる」
じっ、と刀を見つめる。鞘を通して、見える刀身。
刃こぼれが起きている。あれじゃあ、まともに斬れそうにない。
「鍛冶屋に見てもらった方がいいぞ」
こんなサムライのためじゃない。その刀のためを思って助言してやれば、「大きなお世話だ、消え失せろ!」と足元に転がっていたゴミを投げつけられた。
ガキン! と手刀で弾き返してやったら、見事サムライの顔面に命中。後方から「やるねえ、姉ちゃん」と口笛を吹かれた。結局、客は一人も呼び込めず、見知らぬサムライとやりとりをして終わった。
雇ってくれた店主のもとへ行き、嘘偽りなく結果を報告する。
「……というわけだ」
「そう。なら給金は、はいこれ」
「…………」
得られたのは片手の平に乗るだけの一枚だった。
くそ。ぼやいている暇はない。次こそは。
その四。その五。その六。その七。その八。
その九……。
◆◆
「はああ……」
働いて金を得るって難しいって、とっても痛感したわ。
金持ちアキンドみたいに高級なものが欲しいわけでもなく、贅沢な暮らしがしたいわけでもないのに金に困ることになるとは。
櫛のためとはいえ、金を求めんとして忙しなく駆け回る己が卑しくて……嫌気がさしてくる。カウンター席の卓上で項垂れながら高級座布団で丸くなっている名無し猫を眺める。
今日もゴロゴロと喉を鳴らして、毛繕いをする。気持ちよさそうだ。
「何をいじけてるアルカ」
「…………」
「今日はどっかに働きにいかないアルカ」
「うるさい」
一昨昨日、一昨日、昨日と日雇いの仕事があまりにも失敗続きだったから今日は休むと決めた。日課の鍛錬以外は特に何もせずに、ゆっくり休んで切り替えて、明日また金が得られそうな日雇いの仕事を探しに行こうと思っているのだから。休暇の邪魔をするな。
「あっちいけ」
しっ、しっ、と手を振る俺にマスターは呆れ顔でため息を吐いて、
「そんな文句をいって、いいアルカ~?」
と言ってきた。ほれほれ、と声が聞こえる。
うるさいが、少しだけ気になったので顔だけ向ける。
「何だよ」
「お仕事、あるアルヨ」
「…………」
「お前でもできるお仕事、あるアルヨ。人斬りじゃないけどナ」
「……本当か?」
嘘だったらただじゃおかないぞ、と睨みつけると「まずは見るヨロシ」と懐から紙面を取り出して見せつけてきた。
「……配達?」
マスターから紙面を受け取って内容を読んでみる。
「虹雅渓内の配達を請け負ってくれる人、募集中。雇用条件、足が速い。体力がある。荷物を無事に届けられるぐらい腕っぷしが強い」
「…………」
この雇用条件はなにかおかしい気がする。
足が速い、わかる。体力がある、わかる。
最後の条件は何だ、これ。腕っぷし強いっていうのは……?
「この配達の仕事って、腕力が必要になるのか?」
「馬鹿アルナ、お前」
マスターが胸元に手を入れて煙管を取り出したが、猫がいるので火はつけず口にくわえるだけにしていた。
「三十日以上も虹雅渓に滞在しておいてわからないアルカ」
「悪かったな、馬鹿で」
「ホントアルヨ」
紙面の一番下をちゃんと見ろというので、注視する。
「ちゃんと見ろっていってもなあ……あっ」
確かにこれはちゃんと見ないとわからない。
すごく小さくて見えづらい色の文章でこう書かれていた。
“治安の悪い下層区域を専門に担当いただける方にもれなく報酬を倍にしてお支払いします”
◆◆
翌日。
日課である早朝の鍛錬を終えた俺は早速、昨日マスターにおすすめされた配達人を募集している店にいってみた。その店は第三階層にあった。紙面を見てきたと奥から出てきた店主に伝える。
「ちゃんと見たか?」
俺は頷いて、紙面の一番下に書かれた見えづらい文章のところを指さす。
「下層区域の配達を専門でやらせてくれ」
「仕事中に死んでも知らないし、ウチは責任とらないよ」
「いいぞ」
断然平気だった。俺の知る限り、虹雅渓で一番強いのは金髪に赤コートの宇宙人サムライだけだ。他のサムライやゴロツキが集団になって襲ってきても、全員返り討ち。八つ裂きにしてやる自信はある。
どうだ、と詰め寄れば二つ返事で採用された。
「じゃあ早速やってくれ」
届け物が入った荷物を渡された。背負う形になっているのはありがたい。
両手が荷物でふさがれるのは好きじゃないから。
いざ戦闘になった時も困るし。
「頼むぞ、鋼音シキ」
店主は、大いに期待しているぞ、と片手を上げた。
「ああ……って、ん?」
なぜ俺の名前を知っているのか。名乗った覚えはないのだが。
「そりゃあ、前もって君のマスターから聞いていたからね」
店主は煙草に火をつけると吸って鼻から煙を吐き出した。
さすが治安の悪い場所に届けに行かせるだけはあった。途中で何度もゴロツキ共に「金目のものを置いていけ!」とか「よこせ!」などと叫ばれ、背負っていた荷物を狙われた。そのたびに返り討ちにしてやった。
すべてを配達し終えた頃には夕方になっていた。店に戻ると、俺の他に雇われていた日雇いの者達がいた。上層区域の配達を担当していたようで、いくら治安がいいとはいえ、仕事量があまりにも多すぎて、皆が皆「きつい」「苦しい」「疲れた」とぼやきながら休憩部屋で休んでいる。
無事に戻った俺を見て、事情を知っていたのだろう、店員は「嘘!?」と驚いて手にもっていた物を床に落としていた。物を拾わずにどこへ行くのかと見ていれば、店主を連れて戻ってきた。店員と違って、店主はたいして驚いてはいなかった。
「まあアンタなら戻って来ると思っていたよ」
「全部終わったぞ」
「見ればわかる。ありがとう。ご苦労様」
これが報酬だと手渡されたのは封筒だった。中身は。
おお、入ってる、入っている。
今までやってみたどの仕事よりも多く貰えている。
よし、と頷いてもう一度、封筒の中身を見て、
「……ん?」
違和感を抱いた。その正体を探るために懐からここにくるきっかけとなった紙を取り出してみる。この日雇いの仕事を達成して得られる金額がそこに書かれている。だが、しかし。
「なあ、一つ聞いていいか?」
「何だ」
「報酬、足りなくないか?」
煙草を吸いつつ、店員に指示を出している店主へ歩み寄り、紙面に書かれている報酬の金額よりも渡された封筒に入っている金額が、半分しか入っていない。どういうことか、と伝える。
「ああ、それはね」
店主はなんだ、そんなことか、という顔で淡々と答えた。
「紹介料を差し引いたからだよ」
「はい?」
「だから半分だよ」
「…………」
紹介料、俺の紹介料…………まさか!
ハッとした俺に「そのまさかだよ」と人差し指を向ける店主。
「残り半分はマスターへ渡しておいたよ。彼から前もって聞いてなかったの?」
「…………」
ちくしょう。マスターの遣いじゃないからって油断していた。
紙面に書かれている報酬を全部もらえると思っていたのに。
俺を勧めた紹介料を仕事の報酬から割くとは。
この店主もマスターもやることがせこいと思った。
◆◆
名無しの猫は別にいいが、オンボロ宿にずっといてマスターと顔を合わせるのは嫌なので、外に出て、気ままに散策をすることにした。第六階層から第五階層へ、第五階層から第四階層へと階段を使って上がっていく。露店が並ぶ大通りは人も多くてうるさいし、歩きづらいから路地を通って出た先のまばらに人がいる道を歩いていく。気ままに散歩するつもりだったのに櫛を買う金を稼ぐための日雇いのことを考えてしまった。
やっぱり自分だけで日雇いの仕事を探さないといけないか。
マスターの勧めで仕事をやると紹介料だが仲介料とかいって、差し引かれてしまって、決められた報酬の全部をもらえるわけじゃないから。
それだといつまで経っても櫛を買えるだけの金が貯まりそうにないし。
俺は刀であり、剣士だから、できるとすれば人斬り、戦闘。
斬り合うことが俺の生きる活力であり、存在理由。
だがしかし、今の時代に戦はない。求められていない。
まあ、時代に求められていなくても関係ないが。
剣の道に果てはなし。終わりなしだ。
「ふう……」
息を吐く。少し休憩するか。
背中から壁に寄りかかって、層の間から覗いている空を見上げる。
眺めていると空の戦場が恋しくなる。
せめて虹雅渓で剣術大会とかあればいいのに。
優勝者には金一封を差し上げるぞ、みたいな。
俺はハッとして、首を左右に振った。
よくない。今の心境はよくない。ないものねだりをしている。
ないからと文句を言っても、嘆いていても仕方がない。
今のうちにできることをしないと。今あるものを活かせ、だ。
吸って、吐いて。
吸って、吐いて。
吸って、吐いて。
深呼吸を三回、繰り返してから両頬をパチンと叩く。
「よし」
とにかく動こう。動いて、動いて、動き回ろう。それでも上手くいかない時は、知り合いに相談して、助言をしてもらって、それを試してみよう。休憩を終えて再び歩き始めた。そして無目的な散策の途中で、日雇いの仕事を求めている人が集まる場所がこの近くにあるという話が聞こえてきたので、そこへ行ってみることにした。
「うわあ」
思わず声を出してしまった。日雇いの仕事を求める人足やサムライなどで場所はごった返していた。もしかしたら知り合い(いつも笑顔で、薪割りがとても上手くて、米が何よりも大好きなサムライ)がいるかもしれないと思って、一段高い場所があったので、そこに上がって眺めてみる。
工兵姿でゴーグル付き飛行帽をかぶったサムライは……いないか。残念。いたら何かしらの助言を得られるかもしれないと思っていたのだが。仕方ないと一段高い場所から降りて、人の間を縫って移動する。募集中と書かれている張り紙が張ってある場所に着いたので順番にみていく。
「店の警備、アキンドの用心棒、土木作業、引っ越しの手伝い……」
中には本気なのか、冗談なのか。
“貴方の恨みを晴らします。手助けしてもらいたい方はこちらの場所までお越しください”と書かれたものまであった。
物騒なことを考える奴がいるものだな……と思った。
◆◆
「じゃあ明日、来てくれ」
「わかった」
よし、と内心で頷く。
とりあえず明日の日雇いの仕事(第二階層にある店の警備)は得られた。自分で見つけた仕事だから、報酬から紹介料を割かれることはないだろう。これで少しは櫛を買えるお金が貯まりそうだ。
ひとまず今日は宿へ戻って……猫の様子でも見て、少し眠って、それから鍛錬をしよう。マスターには「それやる意味あるのか」と揶揄されるが、こればっかりは仕方がない。
日課としたのだから。いくら自分が世に生を受けた時から機械体で、対サムライ用の全自律型機動剣士と言われてもピンとこない。今の今まで刀として、無刀の剣士として生きてきたから。
誰がメンテナンス作業すると思っているのか、と文句を言われた時もあったが無視してやった。人の内部を勝手にいじくりまわしておいて何をいうのか。腹立つことに俺の内部にはいまだに発信機と録音装置が内蔵されており、俺と誰かの会話はマスターにすべて盗み聞かれているといっても過言じゃない。できることなら録音装置だけでも外せないかと、刀鍛冶のマサムネか、もしくは機械いじりが得意なヘイハチにでも相談してみるのもありかもしれない。まあ、それは次の機会にして。
第四階層から第五階層へ降りた。大通りの人込みにうんざりした俺は混雑を避けるために路地に入った。そこで。
「…………」
「…………」
人さらいの現場に出くわした。
体を縄でぐるぐる巻きされ、猿ぐつわを噛まされている女を、覆面をつけた男二人が持ち、もう一人の覆面男が見つからないように先導しているところといった具合だ。
見なかったこと……にはできないが、関わらないようにしよう。大人しく大通りの道を通って、宿に戻るか。そう思って、踵を返そうとしたら「待てい!」と後方から声が上がる。面倒ごとはごめんだと無視して先を行こうとしたら再び「待てい!」と更に張り上げられた。
そんなに大きな声を出したら大通りを歩く通行人に露見するんじゃないか、と向こうを見ても誰も気づいた様子はない。
肩を落として、面倒だと息を吐き、渋々といった体で振り向いた。
「何だ」
「見たな」
「何を」
「しらばっくれるな」
見ただろ、と先導役と思われる覆面男が指を差す。まあ確かにどこかへ運んでいる途中のところをばっちり見てしまったが。うんと頷いた上で「安心しろ」と手を振った。
「邪魔する気はない」
「え」
覆面男三人が同時に声を上げた。
「勝手に続けてくれ」
じゃあな、と踵を返して先に進もうとしたら、「そんな、信じられるか!」と先導役と思われる覆面男が駆け寄り、前に立ち塞がった。
「アンタ、俺達がしようとしていること、わかっているのか!?」
「人さらいだろ」
そうだ、という男は、俺の胸倉を掴んだ。眼前に覆面が迫ってきた。
「見られたからにはただにしちゃおけねえ」
覚悟しろ、と構えた右の拳で殴ろうとしてきた。この間合いなら貫手で仕留められるか。そこで、「待った!」と後方から声が上がる。覆面男二人が簀巻きにした女を地面におろして、駆け寄ってきた。
「兄貴、コイツよくよく見たら女だよ、捕まえた方がいいよ」
そんな発言に隣の覆面男もうんうんと頷く。
「顔が整っているし、高値で売れるかもしれないぞ」
覆面男二人の意見に兄貴と呼ばれた覆面男はまじまじと俺を見つめる。あんまり近くに寄らないでくれと睨みつけていると「確かに」と呟いた。よからぬことを考えているのは明白。覆面で口元は見えないが、目は笑っているし。目は口ほどにものをいう、っていうヤツか。
「この二人を売れば俺達、しばらく食っていけるね」
「ああ、そうだな」
「明日から贅沢し放題、酒飲み放題だね!」
まだ達成していないくせに、ことがうまくいったときの妄想でもしているのか、覆面男達は「やった、やった」と喜んでいる。どうやら俺は人身売買を生業としている者達に出くわしてしまったようだ。人さらいなら勝手にやればいいと思っていたが、俺を巻き込むとなれば話は別だ。
新しい櫛を手に入れるための金を得るべく、明日は日雇いの仕事(アキンドの店の警備)があるというのに。見も知らぬ誰かに売られて、お前達の利益となってたまるか。
運も悪運もなかったな、お前達は。
俺は斬撃を繰り出そうとして手刀を構えた、その時。
「成敗!」
いきなりそんな言葉が響いて、覆面の男達二人が壁に叩きつけられていた。兄貴と呼ばれていた覆面男は突然の出来事に唖然としている。覆面では見えないが、恐らく口をあんぐりと開けているところだろう。
胸倉を掴んでいた手が緩んだので、その隙に抜け出して、距離をとる。
気配がする方向へと目を向ければ、簀巻きにされた女は解放されていて、拳法着姿をした男の背中に隠れていた。
若そうな総髪の青年だった。青年は残った覆面男を睨みつけ、人差し指を突きつける。
「か弱き女性を狙う不届き者が! 覚悟しろ!」
「なんだとこの糞ガキ!」
兄貴と呼ばれた覆面男は青年に殴りかかるも、難なく躱され、素早く繰り出された掌底を顔面にもろに受けてしまい、地面に倒れた。戦闘は呆気なく終了。俺が動き出すまでもなかった。覆面男達三人は青年の手によってぐるぐる巻きにされた。後で警邏に引き渡すらしい。
「お怪我はありませんか」
「ないぞ」
「そうですか」
よかった、と微笑む拳法着の青年。よろしければ家まで送りましょうか、と言ってきたが断った。
俺よりも覆面男達にどこかへ売られそうになっていた女を送った方がいいと伝えた。自分の身は自分で守れるし、それに。
「…………」
「どうされました?」
「いや」
なんでもない、と俺は首を振る。この青年、鈍感か。
女の目が「早くどっかいけよ」と無言の圧力を放っているのに気づかないとは。多分、青年と二人きりになりたいのだと思う。
さっき怪我はないかと声をかけられたとき、女は頬を赤く染めて、大きな瞳を潤ませていたし。助けられたことがきっかけで惚れたのだろう。
まあ、実際はどうか知らないが。俺にとってはどうでもいいし。
気を付けてください、という青年の言葉と女の冷たい視線を背中に受けながら路地から出て、別の道を通ってオンボロ宿の帰途を歩いていく。
やっぱり人間、悪いことするもんじゃないな。
