第五話
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
◆
俺が牢屋に閉じ込められてから三日後となった今日。
本来ならば、虹雅渓においてサムライを十五人も斬り、挙句の果てにアキンドを斬り殺した(とされている)辻斬り犯として処刑されるはずだった俺は虹雅渓第六階層のオンボロ宿で猫と留守番をしていた。
マスターから処刑が行われる場所と時間を聞いて知ったので入れ替わった伯母上こと鋼音ヨミの最期を同じ鋼音家の者として見届けようと外へ出たが、オンボロ宿の主人、マスターに止められてしまった。
何をするのかと睨みつけると「お前こそ、何を考えているカ」と睨み返してきた。
「入れ替わってもらってまで戻ってきた意味がないアル。いいからお前は猫ちゃんと留守番するヨロシ」
「……わかった」
その代わり、今の今まで俺に隠していることを全部話してもらうぞと伝えると、マスターは頷き、宿を出る。
出入り口の前には見覚えのある人物がいた。前に俺の知り合いが起こした事件により負傷したキクチヨとマサムネを治療してくれた、あの医者だった。そうか、アイツもマスターの仲間だったのか。
「遅いな、アイツら……」
「みゃあ」
昼飯用の餌を与えた後、食後の運動だと言い聞かせて、猫と戯れていると、宿の出入り口から人の気配。戻ってきたのかとカウンター席から立ちあがり、急いでそこへ向かえば、
「……え?」
「うふふ。ただいま」
処刑で死んだはずの伯母上こと鋼音ヨミがいた。首から上のない体(首元から下は血だらけ)は片手を軽く上げており、もう片方の手には伯母上の首があった。首だけで動けないはずなのに笑みを浮かべている。
「……はい?」
死人が出た、と叫びこそしなかったものの、あまりの衝撃的な出来事に口をポカンと開けて呆けてしまったが、いやそれよりも、と頭を振って切り替えると、これはどういうことか説明してもらうぞと伯母上の背後にいた男二人を睨みつける。男二人、マスターと医者である。
医者は「それみたことか」と面倒くさそうに後頭部を掻きながらマスターを見やる。
「お前さんのせいで、彼女、混乱しているアルヨ。ちゃんと説明してやるヨロシ」
医者はそういうと「お話が済んだら来るヨロシ」と診療所のある場所を伯母上に告げて、宿を後にした。腕を組んで睨みつける俺と気まずさから逃れるべく懐から煙管を取り出して吸い始めたマスターを伯母上は(首だけの状態でも少しは動けるようで)交互に見てから、「とりあえず、大事なお話は中でしましょうよ」と言って、俺とマスターを宿の中へ入るように促した。
虹雅渓第六階層のオンボロ宿、そのカウンター席にて。
マスターは立った状態で、俺は席に座って向かい合う。伯母上(首なしの体に持ってもらっている、首だけの状態)は俺の左隣に腰掛ける。
なんと奇妙な光景か。事情を知らない者がここに入ってきたら心臓が悪い人なら卒倒するかもしれない。まず何から話せばいいものか、と頭を悩ませるマスターに伯母上が「鋼音家の正体から話せばいいんじゃないかしら」と助言する。
「正体というか実態というか。どっちでもいいのだけれど」
「どういうことだ」
「お姉さん達が人間じゃないってこと」
それなら納得する。
普通、人間は首を斬られたら死ぬから。なのに平気で動いている伯母上はただの人間じゃないことはわかる。だが『達』とは何だ。一人は伯母上だとして、もう一人は誰だ。
訝しんでいる俺に「馬鹿で鈍いアルナ」とマスターは溜め息を吐き、煙管を咥えようとして止めた。近くに猫がいるから手元に置いたようだ。
「鋼音ヨミとお前に決まってるじゃないアルカ」
「……俺?」
俺が人間じゃないっていうのか。
そういえば虹雅渓で伯母上と初めて再会した時にも、いつまで人の振りをしているの、とか言われたが。
あれは冗談じゃないのか。
左隣に座る伯母上に視線を向けると「そうよ」と笑いかけられた。
「シキちゃんは人間じゃないわ。お姉さんと同じ型で製造された刀なのよ」
「製造された?」
「ええ」
伯母上は首だけの状態で頷いてみせた。戦で死んだ俺の母上も同じ型で製造された刀だと言い出した。確かに目の色以外(俺は蒼色、伯母上は紫色)双子と見紛う程に似通っているが……。
本当なのか、と伯母上からマスターへ視線を移す。奴は軽く握った拳を口元に当てて、咳払いをすると「そうアル」と頷いた。
「お前はこの世に生まれた時から人間じゃないアル」
一旦、間をおいてから俺を見据える。
「お前はワタシ達、刀鍛冶の一族が製造した全自律型アンドロイド。人型の刀。対サムライ用に製造した機動剣士。つまり世に生まれた時から鋼音家は機械でできた人造人間なんダヨ」
「……俺がもとから機械でできている?」
「そうヨ。間違いないネ。だって鋼音シキを製造したのは天才的なワタシだもの」
「…………」
親指で己を差し示すマスターから自分の両手の平に目を移す。放心状態でしばらく見つめていたが、己が人造人間であることを否定できる材料として思い当たることがあって「信じられるか」と首を振る。
俺は人間じゃない?
嘘だ。
それが本当だったとしたら、どうして。
「俺は水だって飲むし、お茶漬けとか豆とか人の食物を食べられるぞ。生まれた時から機械体だというなら食事は不要なんじゃないのか」
「それは戦後の時代を生きられるようにワタシがお前の内部を一部改造したからアル」
この問いかけは予測できたのか、迷う素振りもなく淡々と答えるマスター。その答えに伯母上は「よくやるわね」と感心と呆れの混じった声を上げる。
「お姉さんには施さなかったくせに。ひどいわ」
「仕方なかったアル。お前は死んだと思ったからアルから」
長き大戦を終えて鋼音家で生き残ったのは鋼音シキしかいないと思っていたからだ、とマスターは言う。
「戦が終わったというのにまだ斬り足りないのか、サムライを探しに戦の跡地を駆け回っていたお前を眠らせてからワタシ達、改造を施したヨ」
戦場で生きられるように人の血を浴びたり、飲んだりすることで燃料の補給をできるように製造したが、これから始まるのは戦のないアキンドの時代。
長年の研究を経て作り上げた刀が無駄になるのはもったいない。
壊したくもない。
ならば機械体が朽ちるその時まで生きることができるようにと人の生き血だけではなく、人の食べ物からも補給できるように処置。改造した記録と痕跡を消去してから俺を放ったという。
「ちょっと待て」
俺は一つ質問が浮かんできたので、手を挙げる。
「どうして俺は自分が機械体だって知らなかったんだ」
一族の者は知っていたのに俺だけが知らないとは普通ありえないんじゃないかと。マスターの代わりに答えたのは伯母上だった。
「この刀鍛冶のせいよ」
そういって、首無しの体が右の人差し指でマスターを示したが、当人は視線を反らし、口笛を吹いている。この野郎。
「誤魔化すな」
俺はカウンター席から素早く身を乗り出してマスターの顔を両手で掴み、左右から圧力をかけた。
「ぎゃあぁぁぁ! やめてくれアル! 脳が潰れるアル~!」
俺の両手首を掴んで引きはがそうとするが、力が弱くて全く相手にならない。敵わない代わりにと情けない声で「放してくれえ〜」と懇願してくるが完全無視して、話を続けろと低い声で脅した。
このまま潰してやりたい衝動に駆られるが、ここは我慢だ。うるさかったのだろう、高級座布団の上で丸まっていた猫が目を覚まし、何事かと俺とマスターを見るが、すぐに興味を無くしたようで、ぴょんと跳び下りて爪とぎを始めた。研ぎ終わったら、その爪でマスターの顔をこれでもかという程度に引っ掻いてもらうのもありかもしれない。
「わ、分かったアル。ちゃんと全て話すから、力を緩めるヨロシ」
そういって、マスターは口にした。
俺自身が生まれた時から人造人間だと知らなかったのは実験用の三体のうちの一体だったから。自分の体を特別性だと知っているのと、知らないとでは斬り合いの際に差が出るのではないかと考えた。観察したかった奴は、俺と父上と兄上の三体を被験者にすると決め、俺たちに偽の記憶を植え付け、『自分達は剣士のくせに刀を持てない呪われた血族なのだ』と思い込ませて剣の鍛錬をさせたり、戦場で斬り合いをさせたりしたという。ちなみに兄上は何回目かの戦で腕を負傷した際に己の体の内部を見て、気づいたようで、帰還して早々に詰め寄ってきたらしい。
「自分の打った刀に殺されると思ったネ」
マスターは思い出したのか、体を震わせている。優しくて頭のいいあの兄上が怒るとは珍しいが、無理もないと思った。本人達の意思関係なく、実験体に利用されたのだから。
だが俺は何も言わず、黙ったまま睨みつけることにした。今更、過去のことをほじくり返しても仕方ないし、返ってくる内容は想像に容易い。
被験者に教えていたら実験にならないだろう、というに決まっている、きっと。聞いてしまえば斬りかねない。だから言わないでおこう。落ち着けと胸に手を当て深呼吸をしていると隣に座る伯母上が「ねえ」と声を上げた。
「あのことも話した方がいいじゃない」
「あのこと?」
「ば、馬鹿! やめてくれアル!」
シー! とマスターは首だけの伯母上に向かって人差し指を立てて唇に当てるが、もう遅いわ。伯母上も「観念なさい」としたり顔になる。
「シキちゃんにひどいことをした罰よ。きちんと制裁を受けなさいな」「くそ。鋼音ヨミお前、調子に乗るなヨ」
斬られた首と胴体をくっつけてやらないアルヨ、と伯母上に人差し指を突き付けるが、平然とした態度で「あらそう」と返す。
「別に貴方にやってもらうわけじゃないから、別にいいけどね」
「ぐぬぬ……」
べ~、と舌を出す首だけの伯母上に、色付き眼鏡越しの目を吊り上げて睥睨するマスターを交互に見る。
「…………」
何だろう。マスターより伯母上から話を聞いた方が早い気がする。
俺が人間じゃないとか、マスターが実は鋼音家を作った刀鍛冶の一族だとか、嘘であれ、真実であれ、とにかく話を全て聞きたいので、伯母上から聞くことにした。マスターは邪魔なので突き飛ばしておく。その衝撃で後頭部を棚にぶつけていた。痛い、と悲鳴が上がる。
「お前、生みの親同然のワタシに向かってなんてことするアルカ!」
「うるさい」
声が出るならたいしたことはないだろうし、とっとと話さないマスターが悪い。文句を言う奴を尻目に姿勢を正してカウンター席に座り直すと、伯母上に話の先を促す。首だけになった人物と会話するなんて、後にも先にも今しかないだろう。俺は伯母上に向かって頭を下げた。
「鋼音家のこと、詳しく教えてくれ」
「いいわよ。聞かせてあげるわ」
「頼む」
伯母上の話をまとめると以下の通りになる。
その一、鋼音家は人工的に製造された人造人間。見た目と動きだけでみれば完全に人間であるが、中身は機械で生成されている。人が食べ物から活力を得るように、鋼音家が動くための燃料となるのは人の血。人型とはいえ、刀なので当然として斬るために存在する。人を斬ることで血を浴びたり、飲んだりすることで燃料を補給できる。
その二、一族の中で唯一戦から生き延び、戦のない時代を生きることになった俺には特別な処置を施した。(この時、鋼音ヨミが生き延びているとはマスターを含めた刀鍛冶の一族は知らなかった)
「斬り合いする機会も減ったし、人の血を得るにはやりにくい時代だから、人の食べ物からも栄養を得られるように内部を改造したんでしょうね。そして、その痕跡をシキちゃんの脳内記録から消去した」
「…………」
どうなんだ、とマスターを見やると、ぷいと顔を反らされた。
「そうアルヨ。プンプン!」
「何だ。まだ怒っているのか」
「当たり前ダロ!」
どこに製造者を突き飛ばす奴があるか、と握った両手を振り上げて、顔を真っ赤にして、ポコポコと怒っている。さすがにやりすぎたか。悪かったな、と謝ろうとしたら首無し伯母上の手で制された。
「いいのよ。謝る必要なんてないわ。この刀鍛冶、突き飛ばされても、斬り殺されても仕方ないくらいシキちゃんにひどいことをしてきたのだから」
「ひどいこと?」
「そう。とってもひどいことを」
そういうと伯母上は「覚悟して聞きなさい」と念を押してきた。思わずごくりと喉を鳴らす。そして、伯母上は衝撃的な事実を口にした。
その三、俺がどこにいるかを知っておくために俺の内部に発信機を取り付けていること。
その四、いつ、誰と、どんな内容の会話をしているのか、把握するために俺の内部に録音できる装置をつけていること。「つまり」首のない伯母上が人差し指を立てる。
「シキちゃんに関する情報はこの刀鍛冶に全て筒抜けってことよ」
◆◆
虹雅渓第六階層でオンボロ宿を営んでいたマスターは大嘘つき野郎だった。虹雅渓に情報網があるなんて嘘。
前に俺の知り合いが起こした虹雅渓差配暗殺未遂事件で、俺の内部に発信機を取り付けてあったから(受信機は色付き眼鏡にとりつけてあった)俺の場所を知ることができてキュウゾウに伝えたし、前に癒しの里へ遣いに行った際に俺の首元へ変な痕をつけたのがキュウゾウだと知っていたのは録音した音声により俺と奴のやり取りを聴いていたから(聴く場所は宿の一番奥の部屋だった。多くの機械が置かれていた)。
要するに、だ。
俺が虹雅渓にいることも、この街にやって来るまでにどこの街にいて、何をしていたのかも全て知っていた。キュウゾウをはじめ、マサムネやキクチヨ、ヘイハチ、ゴロベエなど出会った者達と何を話していたのかについて、何もかもを盗み聴いていたことになる。
己の能力を知らないままで、機械体はどのくらいの性能を引き出せるのか、戦場で役に立つのか。それを観察するための実験体にしたことなんて、かわいい方だし、今となっては別にどうでもいい。
俺がどこにいるのかを把握するために内蔵した発信機も許そう。だがしかし、録音装置はない。ありえない。俺の隠したい事(キュウゾウにされたこと)の全部が全部、聴かれていたことの方が断固悪いわ。気持ち悪いわ。不快すぎて吐きそうになった。
実際には、吐く代わりに俺はマスターの静止を振り切って、宿の一番奥の部屋へ向かい、鍵を手刀で破壊すると、中にあった機械群をこれでもかというほどにめちゃめちゃに壊してやった。後方からマスターの泣き叫ぶ声と伯母上の高笑いが響いてくる。この時の宿内はきっとある意味で地獄絵図のようだったと思う。
マスターの仲間だった元刀鍛冶の医者の手で首と胴体をくっつけてもらった伯母上が虹雅渓を去ってから七日間は目も合わせなかったし、口も利かなかった。宿の中では猫とだけ会話した。
八日目にしてとうとう我慢できなくなったのか「どうしたら許してくれるアルカ」と俺の部屋の前で土下座してきたので、内部にある忌まわしい録音装置をはずしてくれたら許すと伝えたら、渋面を浮かべた。
「それはちょっと勘弁してほしいアル」
「…………」
そこでマスターは土下座をやめて立ち上がるとポンと手を打ち「文無しのお前にいい提案がアルネ」と人差し指を立てた。
「肩代わりしている刀鍛冶の爺さんと機械のサムライの治療費と入院費があるダロ」
「それがどうした」
「それらをワタシが全額清算してやるアル。だから――」
「録音装置をそのままにしろと」
「そうネ!」
この妙案はどうアルカ、と嬉々として迫ってきたマスターの顔面に拳を一発お見舞いした。
この変態野郎が。いっぺん死んでこい。
◇
マスターと伯母上から鋼音家の話を聞いた翌日であり、伯母上が虹雅渓から出立する前日のこと。前にお世話になった診療所に俺と二人で訪れた。当然、処刑されて死んだはずの辻斬り犯が通行人に見つかると厄介なので、宿の中の棚に置いてあった管笠を借りて、二人でかぶって一目につかないように人気の少ない道を使って行った。
伯母上が首と胴体の接着治療を別室で受けている間、隣の休憩所で椅子に座って待つ。次に俺も診てほしいと医者に頼んだ。具合が悪いのかと聞かれたがそうじゃないと首を振る。
自分が本当に生まれた時から機械体なんて信じられなかったから。だから自分の五感を使って確かめることにした。その結果は。
「…………」
機械だった。人の皮を取り除けば中身は機械の部品だらけ。
麻酔なんかしなくても痛みも感じなかった。なるほど。
これが俺の体の中なのかと呆然とするだけだった。医者からは診断中に「残念なお知らせがある」と言われた。
マスターからの命令により俺の内部を改造してつけたという『人の食べ物から栄養をとる機能』が劣化しており、本来の機械体に負担をかけるため、取り外すことになった。つまり、飢えを感じたその時は人の血を浴びるか、口にしろと言われた。ついでに内部に埋め込まれた発信機と録音装置も外してくれと頼んだが、
「無理アル」
断られた。それはマスターにしかできないと首を振られた。同じ一族の出身なのにできないとはどういうことか。
だがしかし、今はそれよりも自分の機械体が事実であったことの方が衝撃的だったので、医者を責めるのは止めにした。近いうちにマスターに取り外しを頼んでみよう。断るものなら、それに対抗できる策も考えてはいるから。
「…………」
椅子に座って俯いていると、無事に首と胴体がくっついた伯母上が隣の席にやってきて背中を摩られた。
「シキちゃん、大丈夫?」
「伯母上……」
「こらこら」
お姉さんと呼びなさい、と額を人差し指で小突かれた。人差し指と中指を使用した貫手じゃなくてよかった。攻撃だったら今頃死んでるなと額を摩る。
「落ち込むことないわよ、シキちゃん」
「別に落ち込んでない」
「じゃあどうしたの?」
「……自分がどうしようもなく馬鹿な奴だと思って少し気落ちしていただけだ」
己が何者であるのか、今の今までわからないまま生きてきたことが急に恥ずかしくなったのだ。己は刀だ、己は刀だと呪いのごとく日毎に聞かされ続けて、サムライを斬ってきた。
こんなにも愚かだから、マスターをはじめ、鋼音家を作った刀鍛冶達には扱いやすかったのだろう。今更考えてもとりかえしのつかない、仕方のないことだとわかっているが……ああ、もう。腹が立ってきた。
よし。
こうもやもやとするときは思い切り鍛錬するのが一番だ。体を動かして、気分をすっきりさせなくては。どこの廃墟か廃棄場所かで鍛錬しようかと考えていると「ねえ」と伯母上が俺の肩に手を置いた。
「シキちゃん、この後、暇でしょう」
「暇じゃない。鍛錬する」
「お姉さんとお話しましょうよ」
「おい」
無視するな。人が鍛錬するといっているのに聞こえないのか。
鋭く睨むもどこ吹く風。暖簾に腕押し。
「ねえ、いいでしょう?」
顎に両手を添えて上目遣いで見つめてくる。うわあ。目の色以外、瓜二つだから、俺もやればこんな顔になるのかと若干引いた。
かむろ衆に追われたり、処刑されたりしそうになった原因が伯母上にあるとはいえ、助かったのも伯母上のおかげといえば、おかげだし……仕方ないとするか。
「……少しだけだぞ」
「うふふ。ありがとう、シキちゃん」
そう言って、嬉しいと抱き着いてくる伯母上を引きはがして、早くしろと急いだ。俺としたいお話の内容とはまさかの人物、キュウゾウの話だった。無言で帰ろうとしたら腕を掴まれて強引に椅子に座らせられた。
「シキちゃん」
「…………」
表面は笑顔だが怒りを感じる。いつも恵比寿顔なのに怒ると目を開いて真顔になるヘイハチとは正反対だなと思っていると、伯母上は「キュウゾウさんとお話したの」と切り出した。
いつしたのか、と聞けば牢屋で俺と入れ替わった日の翌日だという。
「キュウゾウさん、すごいのよ。他にもいた、おかっぱ頭とメガネのサムライは全然気づかなかったのに。お姉さんがシキちゃんじゃないって、彼はすぐに気づいたの」
「それで」
「すごく残念がっていたわ。お姉さんとシキちゃんが入れ替わったことに対して」
直接口にはしなかったし、無表情だったけどわかったのよ、と自分の頬に手を添える伯母上。曰く、あの鋼音シキがこんな下らない処刑でみすみす命を捧げるわけがない。返り討ちにせんと一瞬の隙を狙って斬りかかってくるのでは、斬り合いができるのでは、と奴から期待されていたらしい。だがしかし。
伯母上と入れ替わったことでそれは叶わぬ事態となった。キュウゾウは無表情だったが、一緒に牢屋まで訪れていたメガネのサムライ(ヒョーゴ)とおかっぱ頭の白装束達(かむろ衆)は大層驚いたようで口をあんぐりと開けていたとか。
「結構面白かったわ。シキちゃんにも見せてあげたかった」
聞くところによると、俺の介錯(首斬り)に自ら名乗り出たキュウゾウは当日に辞退を申し出たそうで、結果として別のサムライが首切りをしたという。彼の斬撃を受けることができなくて残念だったと今度は伯母上が嘆いていた。
「見た目は目の色以外シキちゃんと同じだし、声もそっくりにできるからと言ったのだけれど断られてしまったのよ」
ふられたわ、と伯母上は肩をすくめるもすぐに切り替えて「ちなみに」と付け足してきた。
「キュウゾウさん、知っていたみたいよ。シキちゃんが人間じゃないって」
「え」
嘘だろと言ったら「本当よ」と顔を寄せてきた。
どうして近寄って来るんだ。声はちゃんと聞こえるというのに。
近寄った分、距離を開けようとしたら腕を掴まれた。
「うふふ」
「…………」
ああ、もう。わかった。好きにしろ、と言ったら「そうする」と笑顔になって、手を握って、指も絡めてきた。
俺にも握り返すようにいってきたから、なぜと思いつつ、握ってやる。握り合うお互いの手を見て、伯母上は微笑む。
「ねえ、シキちゃん。知ってる?」
「何だよ」
「この手のつなぎ方はね、恋人つなぎっていうらしいわよ」
「ふうん」
「キュウゾウさんとしたことある?」
「あるわけないだろ」
いいから話を続けろと言った。処刑台が用意されるまでの間、キュウゾウと二人きりになる時があって、そこで伝えたのだという。
鋼音家は刀鍛冶の界隈でも異端呼ばれた一族が打った人の形をした刀。
対サムライ用の機動剣士。体は刃で、機械体だから抱いても性の快楽は得られない。子どもはできない。戦場こそが生きる場所であり、人を斬ることで血を浴びたり、飲んだりしないと生きていけない。戦のない今の世の中にあってはとても危険な存在となりうること間違いなし。
「そんな物騒な子でもいいのかしらって聞いてみたの。キュウゾウさんがなんて答えたか。シキちゃん、気になるでしょう?」
「…………」
伯母上が繋いでいた手を開放してくれて自由になったので、腕を組んで目を閉じる。気にならないといえば嘘になる。俺は無言で頷いていた。そして頷いた後で「愚か者!」と内心で己を罵る。
別にキュウゾウに、あんないけ好かない奴にどう思われていようがどうでもいいことじゃないか。だが気になる、いいや気にならない、と脳内でぐるぐるしていると、伯母上はそんな俺に耳に唇を寄せて、
「ひ・み・つ」
と妙な間を置いて囁いた。
「……はい?」
一瞬、何と言われたのか、理解できず呆けていると伯母上は口元に手を当てて笑った。
「どうしても気になるなら本人へ会いに行って、直に聞きなさいな」
「…………」
「うふふのふ。『ふ』が三つ。なんてね」
「…………」
せっかく生き延びたところ悪いが、伯母上はもう一回、首をはねてもらった方がいいんじゃないかと思った。
俺が牢屋に閉じ込められてから三日後となった今日。
本来ならば、虹雅渓においてサムライを十五人も斬り、挙句の果てにアキンドを斬り殺した(とされている)辻斬り犯として処刑されるはずだった俺は虹雅渓第六階層のオンボロ宿で猫と留守番をしていた。
マスターから処刑が行われる場所と時間を聞いて知ったので入れ替わった伯母上こと鋼音ヨミの最期を同じ鋼音家の者として見届けようと外へ出たが、オンボロ宿の主人、マスターに止められてしまった。
何をするのかと睨みつけると「お前こそ、何を考えているカ」と睨み返してきた。
「入れ替わってもらってまで戻ってきた意味がないアル。いいからお前は猫ちゃんと留守番するヨロシ」
「……わかった」
その代わり、今の今まで俺に隠していることを全部話してもらうぞと伝えると、マスターは頷き、宿を出る。
出入り口の前には見覚えのある人物がいた。前に俺の知り合いが起こした事件により負傷したキクチヨとマサムネを治療してくれた、あの医者だった。そうか、アイツもマスターの仲間だったのか。
「遅いな、アイツら……」
「みゃあ」
昼飯用の餌を与えた後、食後の運動だと言い聞かせて、猫と戯れていると、宿の出入り口から人の気配。戻ってきたのかとカウンター席から立ちあがり、急いでそこへ向かえば、
「……え?」
「うふふ。ただいま」
処刑で死んだはずの伯母上こと鋼音ヨミがいた。首から上のない体(首元から下は血だらけ)は片手を軽く上げており、もう片方の手には伯母上の首があった。首だけで動けないはずなのに笑みを浮かべている。
「……はい?」
死人が出た、と叫びこそしなかったものの、あまりの衝撃的な出来事に口をポカンと開けて呆けてしまったが、いやそれよりも、と頭を振って切り替えると、これはどういうことか説明してもらうぞと伯母上の背後にいた男二人を睨みつける。男二人、マスターと医者である。
医者は「それみたことか」と面倒くさそうに後頭部を掻きながらマスターを見やる。
「お前さんのせいで、彼女、混乱しているアルヨ。ちゃんと説明してやるヨロシ」
医者はそういうと「お話が済んだら来るヨロシ」と診療所のある場所を伯母上に告げて、宿を後にした。腕を組んで睨みつける俺と気まずさから逃れるべく懐から煙管を取り出して吸い始めたマスターを伯母上は(首だけの状態でも少しは動けるようで)交互に見てから、「とりあえず、大事なお話は中でしましょうよ」と言って、俺とマスターを宿の中へ入るように促した。
虹雅渓第六階層のオンボロ宿、そのカウンター席にて。
マスターは立った状態で、俺は席に座って向かい合う。伯母上(首なしの体に持ってもらっている、首だけの状態)は俺の左隣に腰掛ける。
なんと奇妙な光景か。事情を知らない者がここに入ってきたら心臓が悪い人なら卒倒するかもしれない。まず何から話せばいいものか、と頭を悩ませるマスターに伯母上が「鋼音家の正体から話せばいいんじゃないかしら」と助言する。
「正体というか実態というか。どっちでもいいのだけれど」
「どういうことだ」
「お姉さん達が人間じゃないってこと」
それなら納得する。
普通、人間は首を斬られたら死ぬから。なのに平気で動いている伯母上はただの人間じゃないことはわかる。だが『達』とは何だ。一人は伯母上だとして、もう一人は誰だ。
訝しんでいる俺に「馬鹿で鈍いアルナ」とマスターは溜め息を吐き、煙管を咥えようとして止めた。近くに猫がいるから手元に置いたようだ。
「鋼音ヨミとお前に決まってるじゃないアルカ」
「……俺?」
俺が人間じゃないっていうのか。
そういえば虹雅渓で伯母上と初めて再会した時にも、いつまで人の振りをしているの、とか言われたが。
あれは冗談じゃないのか。
左隣に座る伯母上に視線を向けると「そうよ」と笑いかけられた。
「シキちゃんは人間じゃないわ。お姉さんと同じ型で製造された刀なのよ」
「製造された?」
「ええ」
伯母上は首だけの状態で頷いてみせた。戦で死んだ俺の母上も同じ型で製造された刀だと言い出した。確かに目の色以外(俺は蒼色、伯母上は紫色)双子と見紛う程に似通っているが……。
本当なのか、と伯母上からマスターへ視線を移す。奴は軽く握った拳を口元に当てて、咳払いをすると「そうアル」と頷いた。
「お前はこの世に生まれた時から人間じゃないアル」
一旦、間をおいてから俺を見据える。
「お前はワタシ達、刀鍛冶の一族が製造した全自律型アンドロイド。人型の刀。対サムライ用に製造した機動剣士。つまり世に生まれた時から鋼音家は機械でできた人造人間なんダヨ」
「……俺がもとから機械でできている?」
「そうヨ。間違いないネ。だって鋼音シキを製造したのは天才的なワタシだもの」
「…………」
親指で己を差し示すマスターから自分の両手の平に目を移す。放心状態でしばらく見つめていたが、己が人造人間であることを否定できる材料として思い当たることがあって「信じられるか」と首を振る。
俺は人間じゃない?
嘘だ。
それが本当だったとしたら、どうして。
「俺は水だって飲むし、お茶漬けとか豆とか人の食物を食べられるぞ。生まれた時から機械体だというなら食事は不要なんじゃないのか」
「それは戦後の時代を生きられるようにワタシがお前の内部を一部改造したからアル」
この問いかけは予測できたのか、迷う素振りもなく淡々と答えるマスター。その答えに伯母上は「よくやるわね」と感心と呆れの混じった声を上げる。
「お姉さんには施さなかったくせに。ひどいわ」
「仕方なかったアル。お前は死んだと思ったからアルから」
長き大戦を終えて鋼音家で生き残ったのは鋼音シキしかいないと思っていたからだ、とマスターは言う。
「戦が終わったというのにまだ斬り足りないのか、サムライを探しに戦の跡地を駆け回っていたお前を眠らせてからワタシ達、改造を施したヨ」
戦場で生きられるように人の血を浴びたり、飲んだりすることで燃料の補給をできるように製造したが、これから始まるのは戦のないアキンドの時代。
長年の研究を経て作り上げた刀が無駄になるのはもったいない。
壊したくもない。
ならば機械体が朽ちるその時まで生きることができるようにと人の生き血だけではなく、人の食べ物からも補給できるように処置。改造した記録と痕跡を消去してから俺を放ったという。
「ちょっと待て」
俺は一つ質問が浮かんできたので、手を挙げる。
「どうして俺は自分が機械体だって知らなかったんだ」
一族の者は知っていたのに俺だけが知らないとは普通ありえないんじゃないかと。マスターの代わりに答えたのは伯母上だった。
「この刀鍛冶のせいよ」
そういって、首無しの体が右の人差し指でマスターを示したが、当人は視線を反らし、口笛を吹いている。この野郎。
「誤魔化すな」
俺はカウンター席から素早く身を乗り出してマスターの顔を両手で掴み、左右から圧力をかけた。
「ぎゃあぁぁぁ! やめてくれアル! 脳が潰れるアル~!」
俺の両手首を掴んで引きはがそうとするが、力が弱くて全く相手にならない。敵わない代わりにと情けない声で「放してくれえ〜」と懇願してくるが完全無視して、話を続けろと低い声で脅した。
このまま潰してやりたい衝動に駆られるが、ここは我慢だ。うるさかったのだろう、高級座布団の上で丸まっていた猫が目を覚まし、何事かと俺とマスターを見るが、すぐに興味を無くしたようで、ぴょんと跳び下りて爪とぎを始めた。研ぎ終わったら、その爪でマスターの顔をこれでもかという程度に引っ掻いてもらうのもありかもしれない。
「わ、分かったアル。ちゃんと全て話すから、力を緩めるヨロシ」
そういって、マスターは口にした。
俺自身が生まれた時から人造人間だと知らなかったのは実験用の三体のうちの一体だったから。自分の体を特別性だと知っているのと、知らないとでは斬り合いの際に差が出るのではないかと考えた。観察したかった奴は、俺と父上と兄上の三体を被験者にすると決め、俺たちに偽の記憶を植え付け、『自分達は剣士のくせに刀を持てない呪われた血族なのだ』と思い込ませて剣の鍛錬をさせたり、戦場で斬り合いをさせたりしたという。ちなみに兄上は何回目かの戦で腕を負傷した際に己の体の内部を見て、気づいたようで、帰還して早々に詰め寄ってきたらしい。
「自分の打った刀に殺されると思ったネ」
マスターは思い出したのか、体を震わせている。優しくて頭のいいあの兄上が怒るとは珍しいが、無理もないと思った。本人達の意思関係なく、実験体に利用されたのだから。
だが俺は何も言わず、黙ったまま睨みつけることにした。今更、過去のことをほじくり返しても仕方ないし、返ってくる内容は想像に容易い。
被験者に教えていたら実験にならないだろう、というに決まっている、きっと。聞いてしまえば斬りかねない。だから言わないでおこう。落ち着けと胸に手を当て深呼吸をしていると隣に座る伯母上が「ねえ」と声を上げた。
「あのことも話した方がいいじゃない」
「あのこと?」
「ば、馬鹿! やめてくれアル!」
シー! とマスターは首だけの伯母上に向かって人差し指を立てて唇に当てるが、もう遅いわ。伯母上も「観念なさい」としたり顔になる。
「シキちゃんにひどいことをした罰よ。きちんと制裁を受けなさいな」「くそ。鋼音ヨミお前、調子に乗るなヨ」
斬られた首と胴体をくっつけてやらないアルヨ、と伯母上に人差し指を突き付けるが、平然とした態度で「あらそう」と返す。
「別に貴方にやってもらうわけじゃないから、別にいいけどね」
「ぐぬぬ……」
べ~、と舌を出す首だけの伯母上に、色付き眼鏡越しの目を吊り上げて睥睨するマスターを交互に見る。
「…………」
何だろう。マスターより伯母上から話を聞いた方が早い気がする。
俺が人間じゃないとか、マスターが実は鋼音家を作った刀鍛冶の一族だとか、嘘であれ、真実であれ、とにかく話を全て聞きたいので、伯母上から聞くことにした。マスターは邪魔なので突き飛ばしておく。その衝撃で後頭部を棚にぶつけていた。痛い、と悲鳴が上がる。
「お前、生みの親同然のワタシに向かってなんてことするアルカ!」
「うるさい」
声が出るならたいしたことはないだろうし、とっとと話さないマスターが悪い。文句を言う奴を尻目に姿勢を正してカウンター席に座り直すと、伯母上に話の先を促す。首だけになった人物と会話するなんて、後にも先にも今しかないだろう。俺は伯母上に向かって頭を下げた。
「鋼音家のこと、詳しく教えてくれ」
「いいわよ。聞かせてあげるわ」
「頼む」
伯母上の話をまとめると以下の通りになる。
その一、鋼音家は人工的に製造された人造人間。見た目と動きだけでみれば完全に人間であるが、中身は機械で生成されている。人が食べ物から活力を得るように、鋼音家が動くための燃料となるのは人の血。人型とはいえ、刀なので当然として斬るために存在する。人を斬ることで血を浴びたり、飲んだりすることで燃料を補給できる。
その二、一族の中で唯一戦から生き延び、戦のない時代を生きることになった俺には特別な処置を施した。(この時、鋼音ヨミが生き延びているとはマスターを含めた刀鍛冶の一族は知らなかった)
「斬り合いする機会も減ったし、人の血を得るにはやりにくい時代だから、人の食べ物からも栄養を得られるように内部を改造したんでしょうね。そして、その痕跡をシキちゃんの脳内記録から消去した」
「…………」
どうなんだ、とマスターを見やると、ぷいと顔を反らされた。
「そうアルヨ。プンプン!」
「何だ。まだ怒っているのか」
「当たり前ダロ!」
どこに製造者を突き飛ばす奴があるか、と握った両手を振り上げて、顔を真っ赤にして、ポコポコと怒っている。さすがにやりすぎたか。悪かったな、と謝ろうとしたら首無し伯母上の手で制された。
「いいのよ。謝る必要なんてないわ。この刀鍛冶、突き飛ばされても、斬り殺されても仕方ないくらいシキちゃんにひどいことをしてきたのだから」
「ひどいこと?」
「そう。とってもひどいことを」
そういうと伯母上は「覚悟して聞きなさい」と念を押してきた。思わずごくりと喉を鳴らす。そして、伯母上は衝撃的な事実を口にした。
その三、俺がどこにいるかを知っておくために俺の内部に発信機を取り付けていること。
その四、いつ、誰と、どんな内容の会話をしているのか、把握するために俺の内部に録音できる装置をつけていること。「つまり」首のない伯母上が人差し指を立てる。
「シキちゃんに関する情報はこの刀鍛冶に全て筒抜けってことよ」
◆◆
虹雅渓第六階層でオンボロ宿を営んでいたマスターは大嘘つき野郎だった。虹雅渓に情報網があるなんて嘘。
前に俺の知り合いが起こした虹雅渓差配暗殺未遂事件で、俺の内部に発信機を取り付けてあったから(受信機は色付き眼鏡にとりつけてあった)俺の場所を知ることができてキュウゾウに伝えたし、前に癒しの里へ遣いに行った際に俺の首元へ変な痕をつけたのがキュウゾウだと知っていたのは録音した音声により俺と奴のやり取りを聴いていたから(聴く場所は宿の一番奥の部屋だった。多くの機械が置かれていた)。
要するに、だ。
俺が虹雅渓にいることも、この街にやって来るまでにどこの街にいて、何をしていたのかも全て知っていた。キュウゾウをはじめ、マサムネやキクチヨ、ヘイハチ、ゴロベエなど出会った者達と何を話していたのかについて、何もかもを盗み聴いていたことになる。
己の能力を知らないままで、機械体はどのくらいの性能を引き出せるのか、戦場で役に立つのか。それを観察するための実験体にしたことなんて、かわいい方だし、今となっては別にどうでもいい。
俺がどこにいるのかを把握するために内蔵した発信機も許そう。だがしかし、録音装置はない。ありえない。俺の隠したい事(キュウゾウにされたこと)の全部が全部、聴かれていたことの方が断固悪いわ。気持ち悪いわ。不快すぎて吐きそうになった。
実際には、吐く代わりに俺はマスターの静止を振り切って、宿の一番奥の部屋へ向かい、鍵を手刀で破壊すると、中にあった機械群をこれでもかというほどにめちゃめちゃに壊してやった。後方からマスターの泣き叫ぶ声と伯母上の高笑いが響いてくる。この時の宿内はきっとある意味で地獄絵図のようだったと思う。
マスターの仲間だった元刀鍛冶の医者の手で首と胴体をくっつけてもらった伯母上が虹雅渓を去ってから七日間は目も合わせなかったし、口も利かなかった。宿の中では猫とだけ会話した。
八日目にしてとうとう我慢できなくなったのか「どうしたら許してくれるアルカ」と俺の部屋の前で土下座してきたので、内部にある忌まわしい録音装置をはずしてくれたら許すと伝えたら、渋面を浮かべた。
「それはちょっと勘弁してほしいアル」
「…………」
そこでマスターは土下座をやめて立ち上がるとポンと手を打ち「文無しのお前にいい提案がアルネ」と人差し指を立てた。
「肩代わりしている刀鍛冶の爺さんと機械のサムライの治療費と入院費があるダロ」
「それがどうした」
「それらをワタシが全額清算してやるアル。だから――」
「録音装置をそのままにしろと」
「そうネ!」
この妙案はどうアルカ、と嬉々として迫ってきたマスターの顔面に拳を一発お見舞いした。
この変態野郎が。いっぺん死んでこい。
◇
マスターと伯母上から鋼音家の話を聞いた翌日であり、伯母上が虹雅渓から出立する前日のこと。前にお世話になった診療所に俺と二人で訪れた。当然、処刑されて死んだはずの辻斬り犯が通行人に見つかると厄介なので、宿の中の棚に置いてあった管笠を借りて、二人でかぶって一目につかないように人気の少ない道を使って行った。
伯母上が首と胴体の接着治療を別室で受けている間、隣の休憩所で椅子に座って待つ。次に俺も診てほしいと医者に頼んだ。具合が悪いのかと聞かれたがそうじゃないと首を振る。
自分が本当に生まれた時から機械体なんて信じられなかったから。だから自分の五感を使って確かめることにした。その結果は。
「…………」
機械だった。人の皮を取り除けば中身は機械の部品だらけ。
麻酔なんかしなくても痛みも感じなかった。なるほど。
これが俺の体の中なのかと呆然とするだけだった。医者からは診断中に「残念なお知らせがある」と言われた。
マスターからの命令により俺の内部を改造してつけたという『人の食べ物から栄養をとる機能』が劣化しており、本来の機械体に負担をかけるため、取り外すことになった。つまり、飢えを感じたその時は人の血を浴びるか、口にしろと言われた。ついでに内部に埋め込まれた発信機と録音装置も外してくれと頼んだが、
「無理アル」
断られた。それはマスターにしかできないと首を振られた。同じ一族の出身なのにできないとはどういうことか。
だがしかし、今はそれよりも自分の機械体が事実であったことの方が衝撃的だったので、医者を責めるのは止めにした。近いうちにマスターに取り外しを頼んでみよう。断るものなら、それに対抗できる策も考えてはいるから。
「…………」
椅子に座って俯いていると、無事に首と胴体がくっついた伯母上が隣の席にやってきて背中を摩られた。
「シキちゃん、大丈夫?」
「伯母上……」
「こらこら」
お姉さんと呼びなさい、と額を人差し指で小突かれた。人差し指と中指を使用した貫手じゃなくてよかった。攻撃だったら今頃死んでるなと額を摩る。
「落ち込むことないわよ、シキちゃん」
「別に落ち込んでない」
「じゃあどうしたの?」
「……自分がどうしようもなく馬鹿な奴だと思って少し気落ちしていただけだ」
己が何者であるのか、今の今までわからないまま生きてきたことが急に恥ずかしくなったのだ。己は刀だ、己は刀だと呪いのごとく日毎に聞かされ続けて、サムライを斬ってきた。
こんなにも愚かだから、マスターをはじめ、鋼音家を作った刀鍛冶達には扱いやすかったのだろう。今更考えてもとりかえしのつかない、仕方のないことだとわかっているが……ああ、もう。腹が立ってきた。
よし。
こうもやもやとするときは思い切り鍛錬するのが一番だ。体を動かして、気分をすっきりさせなくては。どこの廃墟か廃棄場所かで鍛錬しようかと考えていると「ねえ」と伯母上が俺の肩に手を置いた。
「シキちゃん、この後、暇でしょう」
「暇じゃない。鍛錬する」
「お姉さんとお話しましょうよ」
「おい」
無視するな。人が鍛錬するといっているのに聞こえないのか。
鋭く睨むもどこ吹く風。暖簾に腕押し。
「ねえ、いいでしょう?」
顎に両手を添えて上目遣いで見つめてくる。うわあ。目の色以外、瓜二つだから、俺もやればこんな顔になるのかと若干引いた。
かむろ衆に追われたり、処刑されたりしそうになった原因が伯母上にあるとはいえ、助かったのも伯母上のおかげといえば、おかげだし……仕方ないとするか。
「……少しだけだぞ」
「うふふ。ありがとう、シキちゃん」
そう言って、嬉しいと抱き着いてくる伯母上を引きはがして、早くしろと急いだ。俺としたいお話の内容とはまさかの人物、キュウゾウの話だった。無言で帰ろうとしたら腕を掴まれて強引に椅子に座らせられた。
「シキちゃん」
「…………」
表面は笑顔だが怒りを感じる。いつも恵比寿顔なのに怒ると目を開いて真顔になるヘイハチとは正反対だなと思っていると、伯母上は「キュウゾウさんとお話したの」と切り出した。
いつしたのか、と聞けば牢屋で俺と入れ替わった日の翌日だという。
「キュウゾウさん、すごいのよ。他にもいた、おかっぱ頭とメガネのサムライは全然気づかなかったのに。お姉さんがシキちゃんじゃないって、彼はすぐに気づいたの」
「それで」
「すごく残念がっていたわ。お姉さんとシキちゃんが入れ替わったことに対して」
直接口にはしなかったし、無表情だったけどわかったのよ、と自分の頬に手を添える伯母上。曰く、あの鋼音シキがこんな下らない処刑でみすみす命を捧げるわけがない。返り討ちにせんと一瞬の隙を狙って斬りかかってくるのでは、斬り合いができるのでは、と奴から期待されていたらしい。だがしかし。
伯母上と入れ替わったことでそれは叶わぬ事態となった。キュウゾウは無表情だったが、一緒に牢屋まで訪れていたメガネのサムライ(ヒョーゴ)とおかっぱ頭の白装束達(かむろ衆)は大層驚いたようで口をあんぐりと開けていたとか。
「結構面白かったわ。シキちゃんにも見せてあげたかった」
聞くところによると、俺の介錯(首斬り)に自ら名乗り出たキュウゾウは当日に辞退を申し出たそうで、結果として別のサムライが首切りをしたという。彼の斬撃を受けることができなくて残念だったと今度は伯母上が嘆いていた。
「見た目は目の色以外シキちゃんと同じだし、声もそっくりにできるからと言ったのだけれど断られてしまったのよ」
ふられたわ、と伯母上は肩をすくめるもすぐに切り替えて「ちなみに」と付け足してきた。
「キュウゾウさん、知っていたみたいよ。シキちゃんが人間じゃないって」
「え」
嘘だろと言ったら「本当よ」と顔を寄せてきた。
どうして近寄って来るんだ。声はちゃんと聞こえるというのに。
近寄った分、距離を開けようとしたら腕を掴まれた。
「うふふ」
「…………」
ああ、もう。わかった。好きにしろ、と言ったら「そうする」と笑顔になって、手を握って、指も絡めてきた。
俺にも握り返すようにいってきたから、なぜと思いつつ、握ってやる。握り合うお互いの手を見て、伯母上は微笑む。
「ねえ、シキちゃん。知ってる?」
「何だよ」
「この手のつなぎ方はね、恋人つなぎっていうらしいわよ」
「ふうん」
「キュウゾウさんとしたことある?」
「あるわけないだろ」
いいから話を続けろと言った。処刑台が用意されるまでの間、キュウゾウと二人きりになる時があって、そこで伝えたのだという。
鋼音家は刀鍛冶の界隈でも異端呼ばれた一族が打った人の形をした刀。
対サムライ用の機動剣士。体は刃で、機械体だから抱いても性の快楽は得られない。子どもはできない。戦場こそが生きる場所であり、人を斬ることで血を浴びたり、飲んだりしないと生きていけない。戦のない今の世の中にあってはとても危険な存在となりうること間違いなし。
「そんな物騒な子でもいいのかしらって聞いてみたの。キュウゾウさんがなんて答えたか。シキちゃん、気になるでしょう?」
「…………」
伯母上が繋いでいた手を開放してくれて自由になったので、腕を組んで目を閉じる。気にならないといえば嘘になる。俺は無言で頷いていた。そして頷いた後で「愚か者!」と内心で己を罵る。
別にキュウゾウに、あんないけ好かない奴にどう思われていようがどうでもいいことじゃないか。だが気になる、いいや気にならない、と脳内でぐるぐるしていると、伯母上はそんな俺に耳に唇を寄せて、
「ひ・み・つ」
と妙な間を置いて囁いた。
「……はい?」
一瞬、何と言われたのか、理解できず呆けていると伯母上は口元に手を当てて笑った。
「どうしても気になるなら本人へ会いに行って、直に聞きなさいな」
「…………」
「うふふのふ。『ふ』が三つ。なんてね」
「…………」
せっかく生き延びたところ悪いが、伯母上はもう一回、首をはねてもらった方がいいんじゃないかと思った。
