第五話
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◆
人斬りを続けたいなら他の街へ行け。サムライ十五人斬ったら虹雅渓から出立をしろ。そんな約束を女にさせてから数日が経過した。
斬られたサムライは十一人だったが、とうとう十五人にもなってしまったとオンボロ宿のカウンターでマスターが呟いていた。
「虹雅渓もホント物騒になったアルナ。ああ怖い、怖いアルネ」
そういって高級座布団の上で毛繕いをしている猫へ「なあ、猫ちゃんも怖いヨネ~」と同意を求めて、頭を撫でようとしていたが逃げられてしまい、肩を落としていた。床に降りた猫は伸びをすると、少し歩いていき、壁で爪とぎをはじめる。サムライがいくら斬り殺されようと猫はいつも通りだ。当たり前か。
街の治安状況なんて、猫には関係ないことだから。マスターの呟きがあってもなくても、斬られた人数が十五になったのは知っていた。四人のサムライが斬られた場所も死体とかした奴らの状態も全部見てきたから。
十二人目。第六階層で発見。胸部を刺殺されていた。
十三人目。第五階層で発見。頭部を切断されていた。
十四人目。第四階層で発見。腹部を刺殺されていた。
十五人目。第三階層で発見。四肢を切断されていた。
前のように現場からの帰り道で待ち伏せされて会話をする、なんてことはなかったが、斬り方や手口からあの女がやったことは明白だった。場所は当然、全部大通りから離れており、夜になれば人気の少なくなるところで行われていた。辻斬りが起こるのは下層区域ばかりだったが十五人目はとうとう第三階層での初めての人斬り事件が発生。
しかも四肢を切断とは。
面白がって殺しているとキクチヨに思われても仕方のないことをしてくれる。ここでの人斬りも最後だからと張り切ったのだろうか。第三階層は虹雅渓の中層にあたる(しかも一段上れば富裕層達が集まる第二階層である)ため、いくら狙われて斬られるのがサムライばかりであっても大変恐ろしいと現場付近に店を構えるアキンドは怯えているらしい。
まあアキンドがいくら怖がろうが、それが原因で営業不振になろうが、刀 にとってはどうでもいいが。
だって、そうだ。
虹雅渓の第六階層でオンボロ宿を営むマスターは自分の周囲でサムライを斬り殺す辻斬りが横行しているというのに(ことをするだけの必要な金がないせいかもしれないが)宿を移転するとか、用心棒を雇うとかしない。逃げも隠れもせずに過ごしているのだから。
辻斬りよりも猫に嫌われていることの方が奴にとっては重要のようだった。どうしたら好かれるのかと『猫ちゃんと楽しく過ごすには』と表紙に書かれた本を読みながら唸っているし。
猫は爪とぎに飽きたのか、カウンター席の周りをうろうろと歩き始めた。外へ出たりしないか見張る意味も込めて、その様子を眺めていると、
「おい」
横からマスターから声をかけられたが、猫から目を離さずに「何だ」と返事をした。
「お前、今暇ダロ」
「いや」
俺は首を振る。
「この後、鍛錬に行く」
「丁度いいアル。猫ちゃんの餌を買ってくるヨロシ」
「…………」
人が鍛錬に行くといっているのに。
鍛錬を暇人がやるものだと思っているのだろうか。マスターは目の前にやってくるとこれで買うようにとお金を渡してきた。余った釣りはとっておけと言われ、手渡された金を見る。どのくらい残るかは分からないが、少しくらいは肩代わりした費用返済の足しにはなるかもしれない。
それに。
「みゃあ」
猫は前足を揃えて、尻尾を振っている。マスターのために動くのはとても癪だが、猫のためならば動いてもいいかと思った。
◆◆
あの猫に食べさせている餌は高級なモノみたいで、上の階層にしか売っていないということでマスターの指定する第二階層にある店へと向かった。難なく店が見つかって、猫の餌も売り切れていなくて、無事に買えた。釣りも本当に少しだったが余ったので、自分の懐に入れた。
よし。
後は買った餌を(両手が塞がるのはあまり好まないので)懐に入れていた紐で背中にきっちりと括りつけて、宿に戻るだけだった。
そのはずだった。
『いきはヨイヨイ、帰りは怖い』というのか、いや違うか。
この場合は怖いじゃなくて、鬱陶しいが状況を示すには当てはまるか。
第三階層へ降りて、大通りを歩いている時だった。後を付けられている。感じる気配は一人じゃない。二人、三人。いや、それ以上か。通行人に紛れながら、俺の周りをうろちょろとしている。
煩わしい。
斬りたいが無用の騒ぎを起こすのは更に面倒事を招く可能性あり。
ならば撒いた方がいいか、と一気に駆け出した。
「あっ!」
という声が後方から聞こえたが振り向かない。無視して路地へ移動する。
待て、と叫び声が上がる。
待てと言われて誰が待つのか。
逃げる先、路地の出入り口に待ち構えている者達がいた。おかっぱ頭の白装束にサスマタを持っている。人の後をつけたり、周りをうろついていたりしていた者達の正体はかむろ衆だった。
「捕えろ!」
「大人しく縄につけ!」
奴らは大声を上げて、向かってくる。
何故俺を追いかけてくるのか?
という疑問は後にしてひとまず撒くか。駆ける速度を緩めずに高く跳躍する。挟み撃ちにしようとして回り込まれていたのは察していたので路地の出入り口で待ち構えていた者達の頭を次々と踏みつけては進んでいく。
さっきよりは減ったが、まだ追いかけてくる気配がある。
しつこい。
こうなったら撒くより斬った方がいいかと思いながら走っていると行く先に今度は戦でも多く使われていた鋼筒(ヤカン)が現れた。左手に御用と書かれた提灯、右手に刀を持って、行く手を遮っている。通行の邪魔でしかないので斬撃を躱し様に手刀で一閃。背後で爆発音を聞きながら、先を急いだ。
その後、かむろ衆と鋼筒で構成された追手達から身を隠しながら、第三階層から第六階層まで駆け降りて、帰途を走り、オンボロ宿へ到着した。
しかし、着いたはいいものの、入ることはできそうになかった。
俺が滞在して以来、初めて見た光景がそこにあった。オンボロ宿の前に人だかりができていた。何事かと人だかりの周りを回っているとその中に見知った人物——刀鍛冶屋のマサムネを発見する。駆け寄ると相手はハッとして、すぐにこっちへ来いと人だかりから離れるように言われたのでついて行った。マサムネの大八車があって、ここに隠れようと身を低くしたので俺も倣って屈んだ。
「上の階層からかむろ衆がやってきた」
「何かいっていたか」
「なんでも虹雅渓を騒がした例の辻斬り犯をかくまっているとかで宿の主人が疑われているらしい」
かむろ衆の他に鋼筒も二機いるとマサムネは口元に手を添えて話す。
ああ、なるほど。得心できた。だからかむろ衆はさっきから俺の後をつけて、捕まえようとしたのか。辻斬りの実行犯として。
かむろ衆が動いているということは恐らくアヤマロの命令が下ったからだと思うが……何故今になって捕縛しようなんて考えたんだろう。辻斬りにやられた死人の数が十人と二桁に到達しても対策も何もしなかったくせに。考えられるとしたら一つ。
あの辻斬り女、しくじったのか。
十五人では飽き足らず、手を出したが通行人に見つかってしまったとか。
あの女を探して詳細を聞き出したいところだが、このままだと。
大八車から顔を出して宿の方を見る。聞こえてくる人だかりの会話からマスターが出入り口までかむろ衆により引っ張り出されたと分かる。
かむろ衆相手に引けを取らず啖呵を切っているよ、あの人。
すごいなあ。
ガヤガヤと言われている。このままだとマスターが危ない。辻斬り犯をかくまった不届き者として連れて行かれてしまう。猫の餌代はどうするんだ。
「無刀流、どうするんだ」
隣で同じく台車から顔だけ出して覗いているマサムネが言う。
「逃げるなら今のうちじゃないか」
確かにそうではある。でも、ケチで意地悪で人のことを暇人だの貧乏だのと馬鹿にする奴ではあるが今の今まで文無し同然の俺を泊めてくれたのは事実。このまま見過ごすわけにはいかない。
いくらいけ好かなくて腹の立つ奴だとしても俺に関わったばかりに傷つくのは目覚めが悪い。人だかりが騒ぎ出した。どうやらあの猫が飛び出してきて、かむろ衆に噛みついたり、引っ掻いたりしているようだ。
「ああ!」
と声も上がる。殺されてしまうよ。不安がる声が辺りに響いた。
俺は隣にいるマサムネに向かって、自分と知り合いだと声を上げるなよ、と伝えた。
「捕まりたくないだろ」
「お、おい。無刀流、まさか——」
そのまさかだ。
俺は立ち上がると大八車を軽く飛び越えて、駆け出した。助走をつけて、高く跳ねて、野次馬達の頭上を跳び越える。そして、
「お、お前は!?」
「シキ!」
言い争うマスターとかむろ衆の前に降り立った。まずは、マスターを捕えるかむろ衆を掴み上げて放り投げる。驚く奴らを他所に猫にまで刀を向ける鋼筒のもとへ向かう。
気づいた鋼筒が振るう刃を躱して、奴の懐に入り込み、手刀による下から切り上げで二つに割った。中にいる奴ごと斬ったので血が噴き出し、飛び散る。いかにも凄惨な光景に野次馬は己の身の危険を悟ったのか、わあわあと声を上げて宿の前から逃げて行く。丁度いい。追い払う手間が省ける。これから行うのは見世物じゃないから。
「みゃあ」
「悪かった」
猫を無事に回収、マスターのもとへ駆け戻って、手渡す。ついでに背負っている猫の餌の袋も渡しておいた。俺はかむろ衆の方へ振り返り、「マスターと猫には手を出すな」と伝える。
「何だと」
「俺とは関係ない」
そこいらにいる、ただの宿の主人とその飼い猫だから。
「そんないいわけが通用すると思っているのか」
「うるさい」
取り囲んでいるかむろ衆と鋼筒を鋭く睨みつける。
「これ以上、手を出すというならこの場にいるお前達を全員、斬る」
左右の手刀を下段に構えて低い声で伝える。
マスターと猫は俺の後ろにいて、物好きな野次馬も遠くにいる。マサムネも安全地帯にいるから。ならば心置きなく斬撃を放って一気に片付けられる。
「おい、どうする」
「む、むう……」
かむろ衆は互いに顔を見合わせる。納得いっていない様子ではあったが、これ以上の抵抗はせずに大人しくついてくるならば手を出さないといってくれたので、俺は頷いて大人しく縄についた。嘘だと分かったらかむろ衆の拠点ごと破壊しつくすか。
「シキ!」
後方からマスターが呼ぶ。猫も「みゃあ、みゃあ」と鳴いている。俺は振り向いて「大丈夫だ」と猫の頭を撫でてやり、悲痛そうな顔のマスターには頷いてみせる。
「すぐ戻る」
早くしろと引っ張られたので前へ向き直って足を動かす。行く途中、大八車の陰から顔を出しているマサムネと目が合った。本当にいいのかいと口をパクパクと動かして、やりきれない顔をしている。
俺はフッと口元を緩めてみせた。
これでいいんだ。
◆◆
かつていた戦場において、敵側の捕虜になるという経験(鋼音家では捕虜になった場合はすぐに自決するか、己を捕まえた敵の部隊を全滅させてから主のもとに戻るか、どちらかをしろと言われていた)をしたことが一度もなかったので、人生はじめて牢の中に入ることになった。
連れて行かれる最中、目隠しをされたのでここが何階層なのか不明だが、別にどの階層にいようと虹雅渓であることは間違いない。牢の向こう側には見張り役のかむろ衆がいて、あくびをしていた。ふわあ……とか言って目を擦っている。とても眠そうだ。というかさっきまで実際にいびきをかいて眠っていたし。戦場だったら確実に寝首を掻かれている。牢の格子に手をかけて身(というか首)を乗り出して、おいと声をかけたら、「わあああ!」と大声を上げて飛び起きた。
すみません、眠っていました、ごめんなさい、申し訳ございません、と誰もいない方向に向かって何度も頭を下げて騒いでいる。もう一度、おいと声をかけるとハッとして、後ろを振り向く。声をかけた人物が牢の中にいる俺だと気づいて、「何だ、お前か」と口をヘの字に結んだ。その後でほっと胸を撫で下ろしているのが滑稽に映る。
「何用だ。言っておくがここから外へは出さんからな」
そんなことは分かっている。
俺が聞きたいのはそんな分かり切ったことじゃない。
「何故、辻斬り犯を捕まえに来たんだ」
「は?」
何を言っているんだ、コイツっていう顔をするかむろ衆に、だからと俺は聞いた。いくらサムライが斬られても追手も何も来なかったのに。一人二人と被害が少なければまだ連続事件だという可能性に気づいていないのかと思ったが、十人目となれば調査などに動いてもおかしくないのに。
どうして十五人も死人をだしておきながら今更かむろ衆が出張ってきたのか、と聞きたかったのだ。コイツ等が出てくるということは、つまり。
「アヤマロから命令が下ったか」
「答える義務はない」
いいから大人しくしていろと見張り役のかむろ衆が持っていたサスマタを向けて睨みつけてくる。別に怖くもなんともないし、間に格子があるから武器を向けても阻まれて効果ないのではと思う。
「別にいいだろ。聞かせてくれ」
暇で、暇で仕方がないんだ。横になって目を閉じているのも飽きたし。狭いから思い切り走り回れないし。できそうな鍛錬としては屈伸運動とか腕立て伏せとかしかない。まあ、それでもやるけど。
「駄目だ」
「ケチ」
「黙れ。この罪人が」
「おいおい。いいのか」
ふっ、ふっ、ふっ……と不敵な笑みを見せてやる。
「見張りをサボって、いびきをかいて寝ていたってこと、交代する時にばらすぞ」
そう言うとかむろ衆が「うっ」と唸った。どうやらというか、俺の予想だが見遣り役を任されたコイツはかむろ衆の中でも地位が低い者とみた。さっきも俺が声をかけただけだというのに他の仲間に居眠りしているところを見つかってしまったと勘違いしてずっと謝り倒していたし。普段から気が抜けているとかで怒られているのかもしれない。
「いいのか、他の仲間にばらしても」
いいのかな、いいのかな~と胡坐をかいた状態で左右にゆらゆら揺れながら言っていると、とうとう観念したのだろう、分かったと頷き、理由を話してくれた。
ううん、ちょろいぜ。
かむろ衆が話してくれたのは以下の通りだった。マサムネが言っていた通り、アヤマロは最初のうちは対策などに動こうとはしていなかったらしい。組主達から辻斬りの話をされても放っておけと然程問題にもしなかった。虹雅渓はアキンドの街であり、もともとサムライと刀など物騒な存在など不要。サムライならいくら死んでも構わないとも言っていたとか。次々と犠牲になるサムライが増えていく中、とうとう事件が発生した。それは。
「辻斬りによってアキンドの死人が出たからだ」
斬られたサムライの数が十五人目に到達してから数日後のことだった。第三階層のある場所で腹を刺されて死んでいるが発見されたのである。死人は組主ではないが、次の組主になるのではないかという候補の一人だった。第三階層を担当している組主から聞き知ったアヤマロは憤り、サムライならいざ知らずアキンドに手を出すとは決して許されることではない。辻斬りを捕まえろという命令をかむろ衆に出した。そして幸いなことに(俺にとっては不幸なことに)犯人らしき人物の顔を見たというアキンドがいた。死体の第一発見者だというソイツの証言をもとに似顔絵を作成してみたら。
「お前にそっくりだったわけだ」
それがこれだと見張り役のかむろ衆は懐から紙を取り出して掲げた。
「どうだ。どう見てもお前だろうが」
顔を近づける。なるほど。確かによく似ている。だがしかし、俺ではない。俺じゃないぞというのは止めておいた。言っても意味がない。効果がない。ないない尽くしだ。
何も言わずに黙っているので調子を取り戻したのか、誇らしげに鼻を鳴らすと人相書きを懐に仕舞い、べらべらと話し出した。
あのオンボロ宿に俺こと鋼音シキが滞在していることを何故こんなにも早く突き止めることができたのか。その理由は二人組の男の証言があったからだという。以前、俺に襲われて大怪我をしたといっていたらしい。
恐らくだが二人組の男というのはあの猫を虐めていた奴らのことだろう。俺への腹いせに場所を話したのか。その時はマスターも少しの間とはいえ一緒にいたし、そこからあぶり出したのかもしれない。
「処罰が決まるまで大人しくしていろ」
見張り役のかむろ衆はそう吐き捨て、背を向けた。
処罰か。やっぱり予想通りというか、何というか。五体満足無事に帰してくれそうにはないか。すぐに戻るとマスターには言ったが守れそうにない。
「…………」
牢から出るのは簡単。閉じ込められている牢の格子は手刀でも斬れそうだし。虹雅渓から出立するもの容易だと言いたいところが、アヤマロの命令でキュウゾウが刺客として出張って来た場合は難しいかもしれない。
「…………」
牢の中で一人で悶々と考えていたら何だか疲れてきた。どうせ疲れるなら戦って疲れたいのに。考え事をして疲れてしまうとか。他にすることもないので、横になって目を閉じる。
今日はもう疲れた。眠って少しでも英気を養おう。明日になったら、これからどうするかを考えることにする。
◆◆◆
目覚めたら最初に目に入ったのが鉄製の天井だった。
いつもの汚い天井じゃないなあ……と思いながら上体を起こす。
ああ、そうか。
昨日、辻斬り犯として捕まって、虹雅渓の何階層か不明だがどこかにある牢に入れられたんだった。オンボロ宿から場所は変わってもやることは変わらない。日課である(首だけまではなんとか出せる格子の側以外全て壁で囲まれているから空が見えず、時刻が不明なので、多分だが)早朝の鍛錬をする。鍛錬とはいってもいつもやっているような走り込みなど駆け回るものや大きく動くものはできないので、屈伸、腕立て、体ほぐしなど狭い牢屋内でもできるものをしていく。
よし、今日も体の調子に問題なしだ。見張り役のかむろ衆は昨日の居眠り者から交代して、小太り者になった。食べ物は何が好きとか聞かれて、お茶漬けと答えたら朝飯だと言って、お茶漬けを出してくれた。ちょっとだけいい奴だと思った。
食べた後は特に何をするでもなく、鍛錬をして過ごしていると、見張り役のかむろ衆とは別のかむろ衆がやって来た。ソイツの後ろに見覚えのある者が二人もいる。誰かと分かった瞬間、顔をしかめてしまった。
うげえ。
「よお」
「…………」
「なんだ、思ったより元気そうじゃないか」
とっても見覚えのある二人。虹雅渓で知り合ったサムライ。
辻斬り犯を捕えろと命令を出したアヤマロに雇われている用心棒。
ヒョーゴとキュウゾウだった。
キュウゾウは相変わらず無表情で無口だったが、ヒョーゴはニヤニヤ顔だった。捕まって牢屋に閉じ込められている俺の姿を見て「馬鹿な奴だ」とでも思っているのだろう。二人を案内したかむろ衆と見張り役のかむろ衆は終わりましたらお声かけくださいとヒョーゴへ向かって同時に頭を下げると、外へと出て行った。コイツ等を相手に礼儀も何もないので、胡坐をかいたまま舌打ちして格子越しに睨みつけた。
「何の用だ」
「いやなに、虹雅渓を騒がした辻斬り犯として、お前が捕まったと聞いてな」
どんな様子か見に来てみたとヒョーゴは格子の前に屈んだ。
「しかし、やり過ぎたな。お前」
「何が」
「辻斬りのことに決まっているだろ。サムライを十五人も斬ったくせに飽き足らず、アキンドにまで手を出すとは愚か者だな」
「うるさい」
人を馬鹿って言った方が馬鹿なんだぞ。
この意地悪メガネ野郎が。
「そんなにまで人を斬りたかったのか?」
「…………」
俺じゃないからと言いたくなるが、ここは我慢だ。それに十五なんて多いうちに入らない。少な過ぎる。もっと斬りたい、血を見たいとあの辻斬り女だってそう思うはずだ。俺だって思う。
いや、今はそうじゃなくて。というか。
「お前ら、暇なのか?」
それに俺のところに用心棒二人も来てしまったらアヤマロを守る奴がいないんじゃないのか。ここぞとばかりに狙われて死んだらどうするのか。
「お前らの雇い主の身が危なくないか」
「御前なら大丈夫だ」
「何故」
それはな、とヒョーゴが俺を顎で示した。
「辻斬り犯が今俺の目の前にいるからだ」
再び舌打ちする。
だから俺は辻斬り犯じゃないっつーの。
そうと必死に伝えても事態は好転しないから口には出さないが。
「帰れ」
用心棒をクビになって、路頭に迷ってしまえ。
舌を出してそう言ったら、鼻で笑われた。
「負け犬の遠吠えにしか聞こえないな」
いや、違うかとヒョーゴは顎に手を当てる。
「お前の場合は犬じゃなくて、刀だから『鈍ら』とでもいえばいいのか」
「…………!」
コイツのメガネ割りたい。斬刑に処したい。
鈍らとはなんと酷い言い草か。刀(俺)に対する侮辱以外の何物でもない。でも、ここは我慢だと踏ん張る。踏みとどまる。ここで暴れてもどうにもならない。このままだと腸がにえくりかえりそうなので、ヒョーゴから顔を逸らすと、
「…………」
「…………」
キュウゾウと目が合った。
こっちもこっちで気まずい。コイツ等の顔が俺の目に入らなくするにはこうするしかない。立ち上がるのも億劫なので、尻を地面につけたまま足だけを動かして格子側に背中を向けて三角お座りをする。
「帰れ」
背後からヒョーゴの溜息が聞こえた。
そして、
「実は、お前に伝えなくていけないことがある」
と切り出してきた。
「御前は辻斬りの件、アキンドが殺されて大層ご立腹だ」
「そうか」
「犯人を処刑しろ、とおっしゃっている」
「…………」
処罰を待て、と見遣り役のかむろ衆から言われていたが、そうか、処刑ときたか。俺に死ねというのか。別に驚きはなかった。アキンドの街においてアキンドに手を出した末路として、見せしめにするつもりなのかもしれない。
「そうか」
「そうか、そうかって、お前な……」
「介錯は誰がやるんだ」
「俺がやる」
え?
バッと、立ち上がって、振り向いた俺へ向かってもう一度、
「俺が斬る」
キュウゾウが言った。さっきの気まずさはもうなかった。奴の赤い目をじっと見つめていると、キュウゾウから自ら名乗り出たのだ、とヒョーゴが説明を付け加えた。
そうか、お前がやってくれるのか……。
「なら安心だな」
キュウゾウの繰り出す斬撃なら一瞬のことだ。痛みも感じないだろう。ほっと息を吐いていると、視線を感じたので向けば、ヒョーゴがメガネ越しに異常者を見るような目を向けている。
どうしたと首を傾げたら「頭、おかしいのか」と声に出してハッキリと言われて、指まで差された。
「何が安心だな、だ。お前、分かっているのか」
「分かるぞ。辻斬り犯として俺は処刑されて死ぬ。それだけだろ」
「逃げようとは思わんのか」
「別に」
「お前なあ……」
ヒョーゴは大きな溜息を吐いて、やれやれと額に手を当てて、頭を振っていた。
メガネもメガネなりに気を遣って(まさか俺の心配?)いるのだろうか。
いや、それはあり得ないか。
だって俺を逃がしたらアヤマロの命に背くことになるだろうから。
「処刑は三日後だ」
それまで大人しく過ごしていろ。
そう言い残して、ヒョーゴは出入口へと向かって歩こうとしたが、気づいて立ち止まった。一緒に来たキュウゾウが動こうとしないのである。
「おいどうした、キュウゾウ。戻るぞ」
返事がない。
もう一度、おいどうしたとヒョーゴが聞けば、
「シキと話がしたい」
キュウゾウはそう言った。
「はあ?」
素っ頓狂な声を上げて、「何を言い出すのだ、お前は」とヒョーゴ。駄目だと首を振り、行くぞと招くように手を振った。
何度言っても、何回振っても、キュウゾウは頑として動こうとしない。
「おいキュウゾウ、いい加減にしろ」
「…………」
「意地でも動く気はないのか」
「…………」
小さく頷くキュウゾウ。
それに対して、ヒョーゴは呆れ顔になって、溜息を吐いた。
仕方ない。少しだけだからな。先に行って待っているぞ。そう言って、ヒョーゴは去っていった。俺と話とは一体何か、と首を傾げていると、キュウゾウが牢の前へやって来てちょいちょいと手招きしていた。寄ってみると、格子と格子の間から腕をにゅっと伸ばしてきて俺の頬に添えてきた。
するり、と撫でられる。
キュウゾウの指が耳の後ろに触れてくすぐったい。どうしたと聞いても返事はなく、今度は奴の手の親指が俺の唇を上から下へ、下から上へとなぞる。もしや話がしたいの『話』ってこと自体嘘か。じゃあ一体、何をしたいんだと思いつつも、処刑する日を除けば、これがキュウゾウと会って話せる最期となるかもしれない。
そう思うとなんだか切ないような、寂しいような気持ちになってくる。
だからなのか。
俺は頬に触れているキュウゾウの手に自分の手を重ねた。らしくもなく、頬ずりをしてみる。するとピタリと止まって、赤い目が見つめてくる。いけ好かなくて変な奴だが、こうして優しく触れられるのは嫌いじゃない。
俺は赤い目を見つめ返した。
ちゃんと俺を殺してくれよ、キュウゾウ。
そうじゃないと化けてお前の前に出るかもしれないぞ。
互いに無言で見つめ合っていると向こうから「おうい」という声が反響して響いた。ヒョーゴの声だ。キュウゾウと呼んでいる。
少しだけだと言っていたのに、しばらく待っていても中々出て来ないから痺れを切らして呼んでいるのだろう。続けて、いい加減にしろとも聞こえてくる。
「早く行ってやれ」
そう伝えると、
「シキ」
名前を呼ばれて、
「また来る」
そう言って、顔をゆっくりと寄せてきた。
何をされるのかが分かった瞬間、俺は自然と目を閉じていた。触れて感じる奴の唇の感触が、熱が、不思議と心地よくて、これが最期になるのかと思うと少しだけ、ほんの少しだけだが、胸のあたりが痛くなった気がした。
◆◆
翌日。
処刑の日まであと二日。飯(一日二食。なんとまあ、ありがたいことか)以外の時間は特にすることがなくて、本当になさ過ぎて暇になので、空いた時間は鍛錬と睡眠に費やした。身体が鈍って、斬れなくては刀の恥だから。朝飯だが昼飯だか分からないご飯を食べ終わり、鍛錬(手刀と足刀の素振り)をしていると、ここの牢屋へ訪問者が現れた。
昨日はキュウゾウとヒョーゴがやってきたが、今日は別の暇人がやってきたみたいだ。かむろ衆としてもあまり歓迎している雰囲気ではなかった。無理はないかもしれない。みるからに悪人そうだから。
「よお、無刀流ちゃん」
久しぶりだな、と片手を上げながら妙に馴れ馴れしく挨拶をされた。
「誰だ」
知り合いにこんな奴はいないぞ。女物の着物を着崩し、腰には抜き身の青龍刀を差している派手な色をした長髪の男なんて。誰だと聞かれたことが相当の衝撃だったのか、男は「はあ!? マジかよ!?」とあんぐりと口を開けている。うるさいので耳を塞ぐ。
見張り役のかむろ衆も塞いでいた。ここの空間狭くて壁に囲われている影響で声が反響するから、あまり大声を上げないでほしいんだが。
「本当に覚えていないのかよ!」
「知らん」
「…………!?」
ガーン、という感じで肩を落としていたが、男はまあいいや、と首を振ると気を取り直したのか、格子に手をかけた。ニヤニヤとした顔が格子から覗いてくる。
「いいザマだね、無刀流ちゃん」
「その『ちゃん』づけ、やめろ」
とてつもなく気持ち悪い。
鋭く睨みつけるも、いやだねと舌をベーと出された。なるほど。相手から舌を出されるとこんな風に見えるのか。カチンとくるわ。
見張り役のかむろ衆があまり近づかない方がいいですよ、とい注意を促すも男は無視した。危険ですよと伝えたら、うるさいと一喝。
「ったく、うぜぇなあ。俺は今、無刀流ちゃんと話しているんだ」
引っ込んでいろ、あっちへ行けと手を振った。
「じゃないと撃つぜ」
男は右腕を見せて付けてそう言った。あの腕、機械でできているなと気づく。撃つということは小さな矢か何かでも飛び出すのだろう。
どうやら見張り役のかむろ衆は男の能力は知っているようで「うっ」と唸って身を引かせる。そして男から俺へ、俺から男へと視線を動かすと、何かあったら呼んでくださいよと言って、向こう側へと消えて行った。
おいおい、見張り役が行ってどうするのか。
呆れていると「やっと二人きりになれたな」と男は不敵な笑みを向けてきた。
「嬉しいだろ」
「別に」
早く目の前から消えてほしい。その一心だけだが。
恥ずかしがらなくてもいいのによぉ、という男にさっさと本題へ入るように促した。できることなら会話さえしたくないが、話さないと消えそうにないのでとっとと奴の用件を済ませてお引き取り願おうか。
「無刀流ちゃんって、明後日に処刑されるんだろ? 辻斬りの犯人として」
「ああ」
それがどうした、という視線を向けると、俺が助けてやるよと親指を差した。
「ある条件さえ、飲んでくれたら死刑は免れるぜ」
「断る」
「おいおい。まずは人の話を聞いてから決めろよ」
「聞いても聞かなくても答えは一緒だ」
どうせロクな条件じゃないだろう。
「帰れ」
「嫌だ」
聞けよ、聞けよ、聞いてくれよ、と何回もしつこく言ってきて、格子を掴んでガシャガシャと鳴らしてうるさいし、本当に煩わしいので一応、どんな条件かと聞いてやった。案の定というか、予想通りというか。本当にロクでもなかった。
「俺の女になれ」
男はいった。くだらない内容だった。俺に倒されたことがあまりにも衝撃的な出来事で惚れたとか。星の数ほど女はいるだろ、そっちを相手にしたらどうだと返しても、お前みたいな女は他にいないとか。
自分を雇っているのはアヤマロの息子であるウキョウだからアヤマロのいうことを聞かせられるとかなんとか。
アホか。
お前のものになるくらいなら処刑の日をちゃんと迎えて、キュウゾウの斬撃を食らって死んだ方がマシだ。比べるまでもなかった。
「こうなったらせめて俺の手で介錯したいぜ」
「やめておけ」
キュウゾウがやるのだから余計なことはするなと睨むと男は「はあ?」と声を上げた。
「キュウゾウだと? あのむっつり野郎が無刀流ちゃんをやるっていうのか?」
マジかよ、ありえない、と男は首を振った。キュウゾウってむっつり野郎なんて呼ばれているのか。それを知ったらアイツは悲しむ……なんてそんなわけないか。どうでもいいと思うか、完全無視のどちらかだわ、きっと。男があまりにも帰らないので、とうとう痺れを切らした俺は、「いいものをやる」ちょい、ちょいと手招き。
「何だ、口吸いでもしてくれるっていうのか」
馬鹿なことを言いながら、のこのことやって来た男のにやけた顔面へ瞬時に掌底を繰り出したが、躱された。だが別にいい。
回避されることは読んでいたので、すぐに切り替えて斬撃を放った。男の両腕が地面に落ちる。男は余裕の笑みから苦痛へと変わり、悲鳴を上げると石につまずいたのか、均衡を崩して無様に倒れた。それを聴きつけて、やってきた見張り役のかむろ衆は両腕のない男を発見して驚き、急いで仲間を呼んで、担架に両腕と男を乗せて運んで行った。
当然の如く、犯人は俺しかいない。言葉によるお咎めと罰として手錠をかけられた。結局のところ、会ったことがあるだろと言ってきたあの男のことは思い出せなかったが、別にどうでもいいか。そして、
辻斬り犯としての処刑を明日に控えた今日。
いつの刻か不明の時間に起床して、鍛錬(手錠をかけられてしまったので屈伸運動と足刀)をして、出された飯(手錠をかけられても食べられる握り飯)を食べる。今日は俺が一日生きられる最後の日だから、というわけじゃないと思うが、見遣り役のかむろ衆は最初に見張っていた奴(見張りをサボって居眠りしていた者)だった。
だからといってそれがどうした、ってわけじゃないが。手錠をかけられた俺の姿に眉をひそめて「馬鹿な奴だな」と言ってきた。
「大人しくしていればいいものを」
「そうだな」
「とにかく」
居眠りのかむろ衆は咳払いをする。
「今日は何事も起こすなよ」
己が生きられる最後の日を大事にしろと指さして、格子の前にサスマタを携えて立った。今日こそは居眠りしないのかと思ったが、駄目だった。屈伸運動と足刀の鍛錬を続けていると何気なく格子前を見遣る。
おいおい。
見張り役のかむろ衆はいつの間にか、立つのをやめており、地面に胡坐で座り込み、ぐうぐうと居眠りをしていたのだった。まあ気持ちは分からないでもない。見張り役とはいえ、たいしてすることもなくて、暇で、暇で仕方ないし、何もせずにボーッとしていたら眠くなって当然だろうし。ここの牢屋番はかむろ衆にとっては体のいいサボり場になっているのかもしれない。
キュウゾウとヒョーゴと派手男がここへ訪ねてくる以外には今日も何事もなく平穏に終わり、明日の処刑を迎えるだけかと思っていたが、違った。
事件は起こった。
しばらく経った時、出入り口の方向から声がしたのだ。気のせいじゃなかった。おうい、おういと呼んでいる。その時には見張り役の居眠りかむろ衆は起きており、声の正体を確認するべく、サスマタを構えながら出入り口の方へと歩いて行った、暗闇に姿を溶け込ませる。待っても待っても戻って来る気配がないなと思っていたら、コツコツと足音を鳴らしてソイツはやって来た。
俺は察した。
あのかむろ衆は殺されたのだと。なぜなら現れたソイツは。
「うふふ。お姉さんが助けに来たわよ、シキちゃん」
「…………」
「長く待たせてしまってごめんなさいね」
虹雅渓でサムライくずれを十五人も殺し、アキンドにまで手をかけたのかもしれない、本物の辻斬り犯なのだから。
◆◆
手に付いた血(見張り役のかむろ衆を斬った時に付いたもの)をぺろりと舐めると「誤解なのよ」と辻斬り女は言った。
「何が誤解だ」
「だからお姉さん、サムライは斬ったけど、アキンドは斬ってないわ」
サムライ十五人を斬ったら虹雅渓から出立するという俺との約束を違えるつもりはなかったという。嘘つけと睨みつけたら「本当よ」と身を乗り出した。
「十五人目を斬った後すぐに虹雅渓の出入り口へ向かっていたんだから。でも向かっている途中で見てしまったのよ」
「何を」
「殺害現場」
辻斬り女曰く、アキンドがアキンドを包丁で刺し殺しているところを通りがかってしまったという。見られたと気づいたアキンドは口封じとして辻斬り女を殺そうとするも相手がとっても悪かった。素人相手に後れを取るはずもなく、包丁を圧し折って、アキンドを地面に打ち据えてやった。気絶している。さてどう処理をしようと悩んでいたら音を聞きつけた通行人がやってきたので、咄嗟に逃げたとか。結果としては殺さなかったが、処理のために殺そうと考えてはいたらしい。
そして数日後。
処理し損ねたアキンドのことが気になって、虹雅渓から出るに出られず、人目を避けつつ街を歩き回っていたら自分の人相が書かれた紙をもっている男達(かむろ衆)が駆け回っていたり、人相書きが壁に貼られていたりして、どんな内容かと見たらびっくり。
アキンド殺しの犯人として顔が挙がっているじゃないかと。
ひどいわよねえ、と辻斬り女は悩ましげに頬の手を当て、息を吐く。
「だからお姉さん、調べたのよ。どこにでもいるような人間に変装したり、声を変えたりして聞き込みしたの。一体、何がどうしてこの人は狙われることになったのって」
「……なんとなく予想はついた」
「あら」
辻斬り女は紫の色の目をパチパチと瞬かせた。
「じゃあ、答えてみて。お姉さん、聞いてあげるわ」
さあどうぞ、と手を差し出し、嬉々とする辻斬り女。何故楽しそうにできるのか。一体全体、誰のせいでこうなったと思っているのか。
辻斬りの犯人を分かっていながら見逃していたことで罰が当たったのかもしれないが。
「アキンドを殺したアキンドがお前に殺人の罪を被せた」
「ふんふん」
「頭のおかしい女がアキンドを襲っている。助けようとして咄嗟に包丁を持って行ったら返り討ちに遭い、自分は気絶。襲われたアキンドは悲しくも女に殺されてしまった……とか適当な理由をでっち上げた」
「ピンポーン!」
「…………」
「大正解よ! よくできました!」
わ~と言ってパチパチと拍手する辻斬り女。効果がないと分かっていても、これ見よがしに大きくて深いため息を吐いた。
かむろ衆、早く気付いてくれ。
辻斬り実行犯が、お前の仲間を殺した者が、ここ、俺の目の前にいるぞ。早く捕まえた方がいいと思う。虹雅渓の平和を願うならば。
「まさにその通りなのよ。もしかしてシキちゃん、実は見ていた?」
いや、と首を振る。
「俺が見たのは十五人目のサムライくずれの死体だけだ」
第三階層にあった四肢切断死体。一刀両断で済ませばよかったものを四か所も斬ったりして、何だ、アレは。時間をかけて楽しんでいるからアキンドに見つかったりするんだ。
「この変態馬鹿女」
「あら、お口が悪い」
「早く虹雅渓から出立しろ」
そう吐き捨てたら、それはできない相談だわ、と首を振った。
「言ったはずよ。お姉さん、シキちゃんを助けにきたの」
「どうやって」
まさか。
一緒に虹雅渓から逃亡しようっていう腹積もりなのだろうか。
まあ、できなくはないと思う。
だがそうすると、アイツに会えなくなるのか。
それは……。
俯いていると俺の耳へ辻斬り女の「うふふ」という笑い声が入る。
何がおかしい。
「キュウゾウさんに会えなくなるのは嫌?」
「なわけあるか」
勢いよく顔を上げて睨みつける。
隠さなくていいのよ、と辻斬り女はニッコリと笑みを浮かべた。
「顔に書いてあるわ。あのサムライのいる土地から離れたくないって」
「違う。奴は関係ない」
「じゃあ、あの約束はなんだったのかしら?」
アッサリと返された。それを言われてしまったらグウの音も出ない。
黙っていると、さてそろそろ始めようかしら、と手を合わせた辻斬り女、何をするかと思いきや、左右の手刀を振るって牢屋の格子を斬り、大人が一人通り抜けられる枠を作った。そして中へ入ってくるなり、俺にかけられた手枷も斬った。
「はい。これで自由の身よ、シキちゃん。ここはお姉さんに任せて、お行きなさいな」
地面の汚れを払うと両膝を同じ方向に倒して横向きに座った。お姉さんを自称するだけあってお姉さん座りなのか。
いや、そうじゃなくて。
「俺を助けに来たって……本気なのか?」
つまり、それは明日の処刑を受けるということであって。
「そうよ」
間もなく、迷う素振りも見せることなく答えた辻斬り女は微笑む。
「明日、お姉さんが殺されてあげるのよ」
「…………」
「うふふ。もしかしてお姉さんのこと、心配しているの?」
「そんなわけあるか」
どうして己の命を懸けてまで俺を助けようとするのか。腑に落ちないだけだ。
「何か勘違いをしているようね」
辻斬り女もとい、鋼音ヨミは俺の目をじっと見据える。
紫色の目と服装(動きやすくてかつ戦いそうなコート)以外、瓜二つである顔が目の前にある。かむろ衆が俺と間違えるのも無理はない。
俺と今は亡き母上、そして目の前にいる伯母上は三つ子と勘違いされるくらいに外見が似ているから。本当の双子は母上と伯母上なのに。
「他の鋼音家の一族はどうだったか知らないけれど、お姉さんは貴方のこと、嫌いじゃないわよ。むしろ大好きよ。なんたって、あの子のかわいい娘ですもの」
ただし、と鋼音ヨミは人差し指を立てる。
「互いの所有者が対立するとなれば同じ鋼音家だろうが関係なく、斬り合うわよ。仕える主をもったら、主が第一優先。所有者よりも家族を優先するように教えてられていないからね」
「そうだな」
俺は頷くと、鋼音ヨミは「でも」と笑みを消して口をヘの字に結ぶ。
「世の中にある罵詈雑言をいくら浴びせても足りないくらい、お姉さんが心の底から大嫌いなのはね、シキちゃんに変な改造を加えた刀鍛冶だから」
本当だったらあの男のいうことなんか聞きたくなかったわと肩をすくめる。
あの男って、誰だ? 改造って何だ?
伯母上と話したってことはここ虹雅渓に今いるのか?
俺の疑問を他所に、鋼音ヨミは話を続ける。
「でも、シキちゃんの命が危険なら話は別だし、どんなに大嫌いな奴でも借りられる手は借りるわ。それに——」
一旦止めて、小さな唇を綻ばせる。
「明日の処刑は、お姉さんにとって都合がいいのも事実」
「都合がいい?」
ああ、それはこっちの話よ、と鋼音ヨミは忘れてと手を振る。怪しいが、追求はやめた。そろそろ行かなくてはかむろ衆に露見するだろう。
「でもごめんね、シキちゃん」
鋼音ヨミは眉尻を下げて手を合わせる。何がごめんだと聞けば、キョトンとして「え、だって……」と目を瞬かせる。
「明日の、愛しのキュウゾウさんに会える口実を奪ってしまったからよ」
だからそれは違うっていっているだろうが。
「誰が愛しのだ」
鋭く睨みつけ、否定しても、「まあまあ」とか「恥ずかしがり屋ね」とクスクス笑うばかり。仕舞には、
「ここで頬を触られたり、口づけを交わしたりしていたじゃない」
ここらへんかしら、と指さしながら衝撃的な発言をした。目を見開いて伯母上を見つめる。開いた口が塞がらない。
何故それを知っている。どこかで観ていたのか。いや、まさかありえない。あの時は見張り役のかむろ衆とヒョーゴは外へ出ていたから、俺とキュウゾウ以外には誰も牢屋周辺にはいなかったはず。
「どうして知っているか、気になるでしょ」
落ち着くために深呼吸を一つしてから頷くと、鋼音ヨミはこっちへおいでと手招きをした。言う通りに格子前に片膝をつくと——手を伸ばしてきて、そっと頭を撫でられた。
キュウゾウといい、伯母上といい、人の頭を撫でるとか。俺を猫か何かと勘違いしているのだろうか。まあ、悪い気はしないが。
「せっかく生きて会えたと思ったのに、こんなお別れになるなんてね」
「因果応報だろ」
サムライを十五人、見張り役のかむろ衆を一人、アキンドは未遂。
戦時中ならとても少ないが戦後にしては多い方だと思う。
調子に乗ってやり過ぎだわ。
「あらひどい。まあでも、そうね」
そして、伯母上――鋼音ヨミは告げた。
「✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕」
俺を作ったというあの男を、戦後の時代でも生きていくことができるようにと伯母上のいう変な改造(人の血だけではなく、人の食べ物で燃料を補給できるという機能)を加えたという刀鍛冶の正体を。ソイツは俺がよく知っている人物だった。
「今頃きっと、虹雅渓第六階層のオンボロ屋で猫と一緒にシキちゃんの戻りを待っているわ」
人斬りを続けたいなら他の街へ行け。サムライ十五人斬ったら虹雅渓から出立をしろ。そんな約束を女にさせてから数日が経過した。
斬られたサムライは十一人だったが、とうとう十五人にもなってしまったとオンボロ宿のカウンターでマスターが呟いていた。
「虹雅渓もホント物騒になったアルナ。ああ怖い、怖いアルネ」
そういって高級座布団の上で毛繕いをしている猫へ「なあ、猫ちゃんも怖いヨネ~」と同意を求めて、頭を撫でようとしていたが逃げられてしまい、肩を落としていた。床に降りた猫は伸びをすると、少し歩いていき、壁で爪とぎをはじめる。サムライがいくら斬り殺されようと猫はいつも通りだ。当たり前か。
街の治安状況なんて、猫には関係ないことだから。マスターの呟きがあってもなくても、斬られた人数が十五になったのは知っていた。四人のサムライが斬られた場所も死体とかした奴らの状態も全部見てきたから。
十二人目。第六階層で発見。胸部を刺殺されていた。
十三人目。第五階層で発見。頭部を切断されていた。
十四人目。第四階層で発見。腹部を刺殺されていた。
十五人目。第三階層で発見。四肢を切断されていた。
前のように現場からの帰り道で待ち伏せされて会話をする、なんてことはなかったが、斬り方や手口からあの女がやったことは明白だった。場所は当然、全部大通りから離れており、夜になれば人気の少なくなるところで行われていた。辻斬りが起こるのは下層区域ばかりだったが十五人目はとうとう第三階層での初めての人斬り事件が発生。
しかも四肢を切断とは。
面白がって殺しているとキクチヨに思われても仕方のないことをしてくれる。ここでの人斬りも最後だからと張り切ったのだろうか。第三階層は虹雅渓の中層にあたる(しかも一段上れば富裕層達が集まる第二階層である)ため、いくら狙われて斬られるのがサムライばかりであっても大変恐ろしいと現場付近に店を構えるアキンドは怯えているらしい。
まあアキンドがいくら怖がろうが、それが原因で営業不振になろうが、
だって、そうだ。
虹雅渓の第六階層でオンボロ宿を営むマスターは自分の周囲でサムライを斬り殺す辻斬りが横行しているというのに(ことをするだけの必要な金がないせいかもしれないが)宿を移転するとか、用心棒を雇うとかしない。逃げも隠れもせずに過ごしているのだから。
辻斬りよりも猫に嫌われていることの方が奴にとっては重要のようだった。どうしたら好かれるのかと『猫ちゃんと楽しく過ごすには』と表紙に書かれた本を読みながら唸っているし。
猫は爪とぎに飽きたのか、カウンター席の周りをうろうろと歩き始めた。外へ出たりしないか見張る意味も込めて、その様子を眺めていると、
「おい」
横からマスターから声をかけられたが、猫から目を離さずに「何だ」と返事をした。
「お前、今暇ダロ」
「いや」
俺は首を振る。
「この後、鍛錬に行く」
「丁度いいアル。猫ちゃんの餌を買ってくるヨロシ」
「…………」
人が鍛錬に行くといっているのに。
鍛錬を暇人がやるものだと思っているのだろうか。マスターは目の前にやってくるとこれで買うようにとお金を渡してきた。余った釣りはとっておけと言われ、手渡された金を見る。どのくらい残るかは分からないが、少しくらいは肩代わりした費用返済の足しにはなるかもしれない。
それに。
「みゃあ」
猫は前足を揃えて、尻尾を振っている。マスターのために動くのはとても癪だが、猫のためならば動いてもいいかと思った。
◆◆
あの猫に食べさせている餌は高級なモノみたいで、上の階層にしか売っていないということでマスターの指定する第二階層にある店へと向かった。難なく店が見つかって、猫の餌も売り切れていなくて、無事に買えた。釣りも本当に少しだったが余ったので、自分の懐に入れた。
よし。
後は買った餌を(両手が塞がるのはあまり好まないので)懐に入れていた紐で背中にきっちりと括りつけて、宿に戻るだけだった。
そのはずだった。
『いきはヨイヨイ、帰りは怖い』というのか、いや違うか。
この場合は怖いじゃなくて、鬱陶しいが状況を示すには当てはまるか。
第三階層へ降りて、大通りを歩いている時だった。後を付けられている。感じる気配は一人じゃない。二人、三人。いや、それ以上か。通行人に紛れながら、俺の周りをうろちょろとしている。
煩わしい。
斬りたいが無用の騒ぎを起こすのは更に面倒事を招く可能性あり。
ならば撒いた方がいいか、と一気に駆け出した。
「あっ!」
という声が後方から聞こえたが振り向かない。無視して路地へ移動する。
待て、と叫び声が上がる。
待てと言われて誰が待つのか。
逃げる先、路地の出入り口に待ち構えている者達がいた。おかっぱ頭の白装束にサスマタを持っている。人の後をつけたり、周りをうろついていたりしていた者達の正体はかむろ衆だった。
「捕えろ!」
「大人しく縄につけ!」
奴らは大声を上げて、向かってくる。
何故俺を追いかけてくるのか?
という疑問は後にしてひとまず撒くか。駆ける速度を緩めずに高く跳躍する。挟み撃ちにしようとして回り込まれていたのは察していたので路地の出入り口で待ち構えていた者達の頭を次々と踏みつけては進んでいく。
さっきよりは減ったが、まだ追いかけてくる気配がある。
しつこい。
こうなったら撒くより斬った方がいいかと思いながら走っていると行く先に今度は戦でも多く使われていた鋼筒(ヤカン)が現れた。左手に御用と書かれた提灯、右手に刀を持って、行く手を遮っている。通行の邪魔でしかないので斬撃を躱し様に手刀で一閃。背後で爆発音を聞きながら、先を急いだ。
その後、かむろ衆と鋼筒で構成された追手達から身を隠しながら、第三階層から第六階層まで駆け降りて、帰途を走り、オンボロ宿へ到着した。
しかし、着いたはいいものの、入ることはできそうになかった。
俺が滞在して以来、初めて見た光景がそこにあった。オンボロ宿の前に人だかりができていた。何事かと人だかりの周りを回っているとその中に見知った人物——刀鍛冶屋のマサムネを発見する。駆け寄ると相手はハッとして、すぐにこっちへ来いと人だかりから離れるように言われたのでついて行った。マサムネの大八車があって、ここに隠れようと身を低くしたので俺も倣って屈んだ。
「上の階層からかむろ衆がやってきた」
「何かいっていたか」
「なんでも虹雅渓を騒がした例の辻斬り犯をかくまっているとかで宿の主人が疑われているらしい」
かむろ衆の他に鋼筒も二機いるとマサムネは口元に手を添えて話す。
ああ、なるほど。得心できた。だからかむろ衆はさっきから俺の後をつけて、捕まえようとしたのか。辻斬りの実行犯として。
かむろ衆が動いているということは恐らくアヤマロの命令が下ったからだと思うが……何故今になって捕縛しようなんて考えたんだろう。辻斬りにやられた死人の数が十人と二桁に到達しても対策も何もしなかったくせに。考えられるとしたら一つ。
あの辻斬り女、しくじったのか。
十五人では飽き足らず、手を出したが通行人に見つかってしまったとか。
あの女を探して詳細を聞き出したいところだが、このままだと。
大八車から顔を出して宿の方を見る。聞こえてくる人だかりの会話からマスターが出入り口までかむろ衆により引っ張り出されたと分かる。
かむろ衆相手に引けを取らず啖呵を切っているよ、あの人。
すごいなあ。
ガヤガヤと言われている。このままだとマスターが危ない。辻斬り犯をかくまった不届き者として連れて行かれてしまう。猫の餌代はどうするんだ。
「無刀流、どうするんだ」
隣で同じく台車から顔だけ出して覗いているマサムネが言う。
「逃げるなら今のうちじゃないか」
確かにそうではある。でも、ケチで意地悪で人のことを暇人だの貧乏だのと馬鹿にする奴ではあるが今の今まで文無し同然の俺を泊めてくれたのは事実。このまま見過ごすわけにはいかない。
いくらいけ好かなくて腹の立つ奴だとしても俺に関わったばかりに傷つくのは目覚めが悪い。人だかりが騒ぎ出した。どうやらあの猫が飛び出してきて、かむろ衆に噛みついたり、引っ掻いたりしているようだ。
「ああ!」
と声も上がる。殺されてしまうよ。不安がる声が辺りに響いた。
俺は隣にいるマサムネに向かって、自分と知り合いだと声を上げるなよ、と伝えた。
「捕まりたくないだろ」
「お、おい。無刀流、まさか——」
そのまさかだ。
俺は立ち上がると大八車を軽く飛び越えて、駆け出した。助走をつけて、高く跳ねて、野次馬達の頭上を跳び越える。そして、
「お、お前は!?」
「シキ!」
言い争うマスターとかむろ衆の前に降り立った。まずは、マスターを捕えるかむろ衆を掴み上げて放り投げる。驚く奴らを他所に猫にまで刀を向ける鋼筒のもとへ向かう。
気づいた鋼筒が振るう刃を躱して、奴の懐に入り込み、手刀による下から切り上げで二つに割った。中にいる奴ごと斬ったので血が噴き出し、飛び散る。いかにも凄惨な光景に野次馬は己の身の危険を悟ったのか、わあわあと声を上げて宿の前から逃げて行く。丁度いい。追い払う手間が省ける。これから行うのは見世物じゃないから。
「みゃあ」
「悪かった」
猫を無事に回収、マスターのもとへ駆け戻って、手渡す。ついでに背負っている猫の餌の袋も渡しておいた。俺はかむろ衆の方へ振り返り、「マスターと猫には手を出すな」と伝える。
「何だと」
「俺とは関係ない」
そこいらにいる、ただの宿の主人とその飼い猫だから。
「そんないいわけが通用すると思っているのか」
「うるさい」
取り囲んでいるかむろ衆と鋼筒を鋭く睨みつける。
「これ以上、手を出すというならこの場にいるお前達を全員、斬る」
左右の手刀を下段に構えて低い声で伝える。
マスターと猫は俺の後ろにいて、物好きな野次馬も遠くにいる。マサムネも安全地帯にいるから。ならば心置きなく斬撃を放って一気に片付けられる。
「おい、どうする」
「む、むう……」
かむろ衆は互いに顔を見合わせる。納得いっていない様子ではあったが、これ以上の抵抗はせずに大人しくついてくるならば手を出さないといってくれたので、俺は頷いて大人しく縄についた。嘘だと分かったらかむろ衆の拠点ごと破壊しつくすか。
「シキ!」
後方からマスターが呼ぶ。猫も「みゃあ、みゃあ」と鳴いている。俺は振り向いて「大丈夫だ」と猫の頭を撫でてやり、悲痛そうな顔のマスターには頷いてみせる。
「すぐ戻る」
早くしろと引っ張られたので前へ向き直って足を動かす。行く途中、大八車の陰から顔を出しているマサムネと目が合った。本当にいいのかいと口をパクパクと動かして、やりきれない顔をしている。
俺はフッと口元を緩めてみせた。
これでいいんだ。
◆◆
かつていた戦場において、敵側の捕虜になるという経験(鋼音家では捕虜になった場合はすぐに自決するか、己を捕まえた敵の部隊を全滅させてから主のもとに戻るか、どちらかをしろと言われていた)をしたことが一度もなかったので、人生はじめて牢の中に入ることになった。
連れて行かれる最中、目隠しをされたのでここが何階層なのか不明だが、別にどの階層にいようと虹雅渓であることは間違いない。牢の向こう側には見張り役のかむろ衆がいて、あくびをしていた。ふわあ……とか言って目を擦っている。とても眠そうだ。というかさっきまで実際にいびきをかいて眠っていたし。戦場だったら確実に寝首を掻かれている。牢の格子に手をかけて身(というか首)を乗り出して、おいと声をかけたら、「わあああ!」と大声を上げて飛び起きた。
すみません、眠っていました、ごめんなさい、申し訳ございません、と誰もいない方向に向かって何度も頭を下げて騒いでいる。もう一度、おいと声をかけるとハッとして、後ろを振り向く。声をかけた人物が牢の中にいる俺だと気づいて、「何だ、お前か」と口をヘの字に結んだ。その後でほっと胸を撫で下ろしているのが滑稽に映る。
「何用だ。言っておくがここから外へは出さんからな」
そんなことは分かっている。
俺が聞きたいのはそんな分かり切ったことじゃない。
「何故、辻斬り犯を捕まえに来たんだ」
「は?」
何を言っているんだ、コイツっていう顔をするかむろ衆に、だからと俺は聞いた。いくらサムライが斬られても追手も何も来なかったのに。一人二人と被害が少なければまだ連続事件だという可能性に気づいていないのかと思ったが、十人目となれば調査などに動いてもおかしくないのに。
どうして十五人も死人をだしておきながら今更かむろ衆が出張ってきたのか、と聞きたかったのだ。コイツ等が出てくるということは、つまり。
「アヤマロから命令が下ったか」
「答える義務はない」
いいから大人しくしていろと見張り役のかむろ衆が持っていたサスマタを向けて睨みつけてくる。別に怖くもなんともないし、間に格子があるから武器を向けても阻まれて効果ないのではと思う。
「別にいいだろ。聞かせてくれ」
暇で、暇で仕方がないんだ。横になって目を閉じているのも飽きたし。狭いから思い切り走り回れないし。できそうな鍛錬としては屈伸運動とか腕立て伏せとかしかない。まあ、それでもやるけど。
「駄目だ」
「ケチ」
「黙れ。この罪人が」
「おいおい。いいのか」
ふっ、ふっ、ふっ……と不敵な笑みを見せてやる。
「見張りをサボって、いびきをかいて寝ていたってこと、交代する時にばらすぞ」
そう言うとかむろ衆が「うっ」と唸った。どうやらというか、俺の予想だが見遣り役を任されたコイツはかむろ衆の中でも地位が低い者とみた。さっきも俺が声をかけただけだというのに他の仲間に居眠りしているところを見つかってしまったと勘違いしてずっと謝り倒していたし。普段から気が抜けているとかで怒られているのかもしれない。
「いいのか、他の仲間にばらしても」
いいのかな、いいのかな~と胡坐をかいた状態で左右にゆらゆら揺れながら言っていると、とうとう観念したのだろう、分かったと頷き、理由を話してくれた。
ううん、ちょろいぜ。
かむろ衆が話してくれたのは以下の通りだった。マサムネが言っていた通り、アヤマロは最初のうちは対策などに動こうとはしていなかったらしい。組主達から辻斬りの話をされても放っておけと然程問題にもしなかった。虹雅渓はアキンドの街であり、もともとサムライと刀など物騒な存在など不要。サムライならいくら死んでも構わないとも言っていたとか。次々と犠牲になるサムライが増えていく中、とうとう事件が発生した。それは。
「辻斬りによってアキンドの死人が出たからだ」
斬られたサムライの数が十五人目に到達してから数日後のことだった。第三階層のある場所で腹を刺されて死んでいるが発見されたのである。死人は組主ではないが、次の組主になるのではないかという候補の一人だった。第三階層を担当している組主から聞き知ったアヤマロは憤り、サムライならいざ知らずアキンドに手を出すとは決して許されることではない。辻斬りを捕まえろという命令をかむろ衆に出した。そして幸いなことに(俺にとっては不幸なことに)犯人らしき人物の顔を見たというアキンドがいた。死体の第一発見者だというソイツの証言をもとに似顔絵を作成してみたら。
「お前にそっくりだったわけだ」
それがこれだと見張り役のかむろ衆は懐から紙を取り出して掲げた。
「どうだ。どう見てもお前だろうが」
顔を近づける。なるほど。確かによく似ている。だがしかし、俺ではない。俺じゃないぞというのは止めておいた。言っても意味がない。効果がない。ないない尽くしだ。
何も言わずに黙っているので調子を取り戻したのか、誇らしげに鼻を鳴らすと人相書きを懐に仕舞い、べらべらと話し出した。
あのオンボロ宿に俺こと鋼音シキが滞在していることを何故こんなにも早く突き止めることができたのか。その理由は二人組の男の証言があったからだという。以前、俺に襲われて大怪我をしたといっていたらしい。
恐らくだが二人組の男というのはあの猫を虐めていた奴らのことだろう。俺への腹いせに場所を話したのか。その時はマスターも少しの間とはいえ一緒にいたし、そこからあぶり出したのかもしれない。
「処罰が決まるまで大人しくしていろ」
見張り役のかむろ衆はそう吐き捨て、背を向けた。
処罰か。やっぱり予想通りというか、何というか。五体満足無事に帰してくれそうにはないか。すぐに戻るとマスターには言ったが守れそうにない。
「…………」
牢から出るのは簡単。閉じ込められている牢の格子は手刀でも斬れそうだし。虹雅渓から出立するもの容易だと言いたいところが、アヤマロの命令でキュウゾウが刺客として出張って来た場合は難しいかもしれない。
「…………」
牢の中で一人で悶々と考えていたら何だか疲れてきた。どうせ疲れるなら戦って疲れたいのに。考え事をして疲れてしまうとか。他にすることもないので、横になって目を閉じる。
今日はもう疲れた。眠って少しでも英気を養おう。明日になったら、これからどうするかを考えることにする。
◆◆◆
目覚めたら最初に目に入ったのが鉄製の天井だった。
いつもの汚い天井じゃないなあ……と思いながら上体を起こす。
ああ、そうか。
昨日、辻斬り犯として捕まって、虹雅渓の何階層か不明だがどこかにある牢に入れられたんだった。オンボロ宿から場所は変わってもやることは変わらない。日課である(首だけまではなんとか出せる格子の側以外全て壁で囲まれているから空が見えず、時刻が不明なので、多分だが)早朝の鍛錬をする。鍛錬とはいってもいつもやっているような走り込みなど駆け回るものや大きく動くものはできないので、屈伸、腕立て、体ほぐしなど狭い牢屋内でもできるものをしていく。
よし、今日も体の調子に問題なしだ。見張り役のかむろ衆は昨日の居眠り者から交代して、小太り者になった。食べ物は何が好きとか聞かれて、お茶漬けと答えたら朝飯だと言って、お茶漬けを出してくれた。ちょっとだけいい奴だと思った。
食べた後は特に何をするでもなく、鍛錬をして過ごしていると、見張り役のかむろ衆とは別のかむろ衆がやって来た。ソイツの後ろに見覚えのある者が二人もいる。誰かと分かった瞬間、顔をしかめてしまった。
うげえ。
「よお」
「…………」
「なんだ、思ったより元気そうじゃないか」
とっても見覚えのある二人。虹雅渓で知り合ったサムライ。
辻斬り犯を捕えろと命令を出したアヤマロに雇われている用心棒。
ヒョーゴとキュウゾウだった。
キュウゾウは相変わらず無表情で無口だったが、ヒョーゴはニヤニヤ顔だった。捕まって牢屋に閉じ込められている俺の姿を見て「馬鹿な奴だ」とでも思っているのだろう。二人を案内したかむろ衆と見張り役のかむろ衆は終わりましたらお声かけくださいとヒョーゴへ向かって同時に頭を下げると、外へと出て行った。コイツ等を相手に礼儀も何もないので、胡坐をかいたまま舌打ちして格子越しに睨みつけた。
「何の用だ」
「いやなに、虹雅渓を騒がした辻斬り犯として、お前が捕まったと聞いてな」
どんな様子か見に来てみたとヒョーゴは格子の前に屈んだ。
「しかし、やり過ぎたな。お前」
「何が」
「辻斬りのことに決まっているだろ。サムライを十五人も斬ったくせに飽き足らず、アキンドにまで手を出すとは愚か者だな」
「うるさい」
人を馬鹿って言った方が馬鹿なんだぞ。
この意地悪メガネ野郎が。
「そんなにまで人を斬りたかったのか?」
「…………」
俺じゃないからと言いたくなるが、ここは我慢だ。それに十五なんて多いうちに入らない。少な過ぎる。もっと斬りたい、血を見たいとあの辻斬り女だってそう思うはずだ。俺だって思う。
いや、今はそうじゃなくて。というか。
「お前ら、暇なのか?」
それに俺のところに用心棒二人も来てしまったらアヤマロを守る奴がいないんじゃないのか。ここぞとばかりに狙われて死んだらどうするのか。
「お前らの雇い主の身が危なくないか」
「御前なら大丈夫だ」
「何故」
それはな、とヒョーゴが俺を顎で示した。
「辻斬り犯が今俺の目の前にいるからだ」
再び舌打ちする。
だから俺は辻斬り犯じゃないっつーの。
そうと必死に伝えても事態は好転しないから口には出さないが。
「帰れ」
用心棒をクビになって、路頭に迷ってしまえ。
舌を出してそう言ったら、鼻で笑われた。
「負け犬の遠吠えにしか聞こえないな」
いや、違うかとヒョーゴは顎に手を当てる。
「お前の場合は犬じゃなくて、刀だから『鈍ら』とでもいえばいいのか」
「…………!」
コイツのメガネ割りたい。斬刑に処したい。
鈍らとはなんと酷い言い草か。刀(俺)に対する侮辱以外の何物でもない。でも、ここは我慢だと踏ん張る。踏みとどまる。ここで暴れてもどうにもならない。このままだと腸がにえくりかえりそうなので、ヒョーゴから顔を逸らすと、
「…………」
「…………」
キュウゾウと目が合った。
こっちもこっちで気まずい。コイツ等の顔が俺の目に入らなくするにはこうするしかない。立ち上がるのも億劫なので、尻を地面につけたまま足だけを動かして格子側に背中を向けて三角お座りをする。
「帰れ」
背後からヒョーゴの溜息が聞こえた。
そして、
「実は、お前に伝えなくていけないことがある」
と切り出してきた。
「御前は辻斬りの件、アキンドが殺されて大層ご立腹だ」
「そうか」
「犯人を処刑しろ、とおっしゃっている」
「…………」
処罰を待て、と見遣り役のかむろ衆から言われていたが、そうか、処刑ときたか。俺に死ねというのか。別に驚きはなかった。アキンドの街においてアキンドに手を出した末路として、見せしめにするつもりなのかもしれない。
「そうか」
「そうか、そうかって、お前な……」
「介錯は誰がやるんだ」
「俺がやる」
え?
バッと、立ち上がって、振り向いた俺へ向かってもう一度、
「俺が斬る」
キュウゾウが言った。さっきの気まずさはもうなかった。奴の赤い目をじっと見つめていると、キュウゾウから自ら名乗り出たのだ、とヒョーゴが説明を付け加えた。
そうか、お前がやってくれるのか……。
「なら安心だな」
キュウゾウの繰り出す斬撃なら一瞬のことだ。痛みも感じないだろう。ほっと息を吐いていると、視線を感じたので向けば、ヒョーゴがメガネ越しに異常者を見るような目を向けている。
どうしたと首を傾げたら「頭、おかしいのか」と声に出してハッキリと言われて、指まで差された。
「何が安心だな、だ。お前、分かっているのか」
「分かるぞ。辻斬り犯として俺は処刑されて死ぬ。それだけだろ」
「逃げようとは思わんのか」
「別に」
「お前なあ……」
ヒョーゴは大きな溜息を吐いて、やれやれと額に手を当てて、頭を振っていた。
メガネもメガネなりに気を遣って(まさか俺の心配?)いるのだろうか。
いや、それはあり得ないか。
だって俺を逃がしたらアヤマロの命に背くことになるだろうから。
「処刑は三日後だ」
それまで大人しく過ごしていろ。
そう言い残して、ヒョーゴは出入口へと向かって歩こうとしたが、気づいて立ち止まった。一緒に来たキュウゾウが動こうとしないのである。
「おいどうした、キュウゾウ。戻るぞ」
返事がない。
もう一度、おいどうしたとヒョーゴが聞けば、
「シキと話がしたい」
キュウゾウはそう言った。
「はあ?」
素っ頓狂な声を上げて、「何を言い出すのだ、お前は」とヒョーゴ。駄目だと首を振り、行くぞと招くように手を振った。
何度言っても、何回振っても、キュウゾウは頑として動こうとしない。
「おいキュウゾウ、いい加減にしろ」
「…………」
「意地でも動く気はないのか」
「…………」
小さく頷くキュウゾウ。
それに対して、ヒョーゴは呆れ顔になって、溜息を吐いた。
仕方ない。少しだけだからな。先に行って待っているぞ。そう言って、ヒョーゴは去っていった。俺と話とは一体何か、と首を傾げていると、キュウゾウが牢の前へやって来てちょいちょいと手招きしていた。寄ってみると、格子と格子の間から腕をにゅっと伸ばしてきて俺の頬に添えてきた。
するり、と撫でられる。
キュウゾウの指が耳の後ろに触れてくすぐったい。どうしたと聞いても返事はなく、今度は奴の手の親指が俺の唇を上から下へ、下から上へとなぞる。もしや話がしたいの『話』ってこと自体嘘か。じゃあ一体、何をしたいんだと思いつつも、処刑する日を除けば、これがキュウゾウと会って話せる最期となるかもしれない。
そう思うとなんだか切ないような、寂しいような気持ちになってくる。
だからなのか。
俺は頬に触れているキュウゾウの手に自分の手を重ねた。らしくもなく、頬ずりをしてみる。するとピタリと止まって、赤い目が見つめてくる。いけ好かなくて変な奴だが、こうして優しく触れられるのは嫌いじゃない。
俺は赤い目を見つめ返した。
ちゃんと俺を殺してくれよ、キュウゾウ。
そうじゃないと化けてお前の前に出るかもしれないぞ。
互いに無言で見つめ合っていると向こうから「おうい」という声が反響して響いた。ヒョーゴの声だ。キュウゾウと呼んでいる。
少しだけだと言っていたのに、しばらく待っていても中々出て来ないから痺れを切らして呼んでいるのだろう。続けて、いい加減にしろとも聞こえてくる。
「早く行ってやれ」
そう伝えると、
「シキ」
名前を呼ばれて、
「また来る」
そう言って、顔をゆっくりと寄せてきた。
何をされるのかが分かった瞬間、俺は自然と目を閉じていた。触れて感じる奴の唇の感触が、熱が、不思議と心地よくて、これが最期になるのかと思うと少しだけ、ほんの少しだけだが、胸のあたりが痛くなった気がした。
◆◆
翌日。
処刑の日まであと二日。飯(一日二食。なんとまあ、ありがたいことか)以外の時間は特にすることがなくて、本当になさ過ぎて暇になので、空いた時間は鍛錬と睡眠に費やした。身体が鈍って、斬れなくては刀の恥だから。朝飯だが昼飯だか分からないご飯を食べ終わり、鍛錬(手刀と足刀の素振り)をしていると、ここの牢屋へ訪問者が現れた。
昨日はキュウゾウとヒョーゴがやってきたが、今日は別の暇人がやってきたみたいだ。かむろ衆としてもあまり歓迎している雰囲気ではなかった。無理はないかもしれない。みるからに悪人そうだから。
「よお、無刀流ちゃん」
久しぶりだな、と片手を上げながら妙に馴れ馴れしく挨拶をされた。
「誰だ」
知り合いにこんな奴はいないぞ。女物の着物を着崩し、腰には抜き身の青龍刀を差している派手な色をした長髪の男なんて。誰だと聞かれたことが相当の衝撃だったのか、男は「はあ!? マジかよ!?」とあんぐりと口を開けている。うるさいので耳を塞ぐ。
見張り役のかむろ衆も塞いでいた。ここの空間狭くて壁に囲われている影響で声が反響するから、あまり大声を上げないでほしいんだが。
「本当に覚えていないのかよ!」
「知らん」
「…………!?」
ガーン、という感じで肩を落としていたが、男はまあいいや、と首を振ると気を取り直したのか、格子に手をかけた。ニヤニヤとした顔が格子から覗いてくる。
「いいザマだね、無刀流ちゃん」
「その『ちゃん』づけ、やめろ」
とてつもなく気持ち悪い。
鋭く睨みつけるも、いやだねと舌をベーと出された。なるほど。相手から舌を出されるとこんな風に見えるのか。カチンとくるわ。
見張り役のかむろ衆があまり近づかない方がいいですよ、とい注意を促すも男は無視した。危険ですよと伝えたら、うるさいと一喝。
「ったく、うぜぇなあ。俺は今、無刀流ちゃんと話しているんだ」
引っ込んでいろ、あっちへ行けと手を振った。
「じゃないと撃つぜ」
男は右腕を見せて付けてそう言った。あの腕、機械でできているなと気づく。撃つということは小さな矢か何かでも飛び出すのだろう。
どうやら見張り役のかむろ衆は男の能力は知っているようで「うっ」と唸って身を引かせる。そして男から俺へ、俺から男へと視線を動かすと、何かあったら呼んでくださいよと言って、向こう側へと消えて行った。
おいおい、見張り役が行ってどうするのか。
呆れていると「やっと二人きりになれたな」と男は不敵な笑みを向けてきた。
「嬉しいだろ」
「別に」
早く目の前から消えてほしい。その一心だけだが。
恥ずかしがらなくてもいいのによぉ、という男にさっさと本題へ入るように促した。できることなら会話さえしたくないが、話さないと消えそうにないのでとっとと奴の用件を済ませてお引き取り願おうか。
「無刀流ちゃんって、明後日に処刑されるんだろ? 辻斬りの犯人として」
「ああ」
それがどうした、という視線を向けると、俺が助けてやるよと親指を差した。
「ある条件さえ、飲んでくれたら死刑は免れるぜ」
「断る」
「おいおい。まずは人の話を聞いてから決めろよ」
「聞いても聞かなくても答えは一緒だ」
どうせロクな条件じゃないだろう。
「帰れ」
「嫌だ」
聞けよ、聞けよ、聞いてくれよ、と何回もしつこく言ってきて、格子を掴んでガシャガシャと鳴らしてうるさいし、本当に煩わしいので一応、どんな条件かと聞いてやった。案の定というか、予想通りというか。本当にロクでもなかった。
「俺の女になれ」
男はいった。くだらない内容だった。俺に倒されたことがあまりにも衝撃的な出来事で惚れたとか。星の数ほど女はいるだろ、そっちを相手にしたらどうだと返しても、お前みたいな女は他にいないとか。
自分を雇っているのはアヤマロの息子であるウキョウだからアヤマロのいうことを聞かせられるとかなんとか。
アホか。
お前のものになるくらいなら処刑の日をちゃんと迎えて、キュウゾウの斬撃を食らって死んだ方がマシだ。比べるまでもなかった。
「こうなったらせめて俺の手で介錯したいぜ」
「やめておけ」
キュウゾウがやるのだから余計なことはするなと睨むと男は「はあ?」と声を上げた。
「キュウゾウだと? あのむっつり野郎が無刀流ちゃんをやるっていうのか?」
マジかよ、ありえない、と男は首を振った。キュウゾウってむっつり野郎なんて呼ばれているのか。それを知ったらアイツは悲しむ……なんてそんなわけないか。どうでもいいと思うか、完全無視のどちらかだわ、きっと。男があまりにも帰らないので、とうとう痺れを切らした俺は、「いいものをやる」ちょい、ちょいと手招き。
「何だ、口吸いでもしてくれるっていうのか」
馬鹿なことを言いながら、のこのことやって来た男のにやけた顔面へ瞬時に掌底を繰り出したが、躱された。だが別にいい。
回避されることは読んでいたので、すぐに切り替えて斬撃を放った。男の両腕が地面に落ちる。男は余裕の笑みから苦痛へと変わり、悲鳴を上げると石につまずいたのか、均衡を崩して無様に倒れた。それを聴きつけて、やってきた見張り役のかむろ衆は両腕のない男を発見して驚き、急いで仲間を呼んで、担架に両腕と男を乗せて運んで行った。
当然の如く、犯人は俺しかいない。言葉によるお咎めと罰として手錠をかけられた。結局のところ、会ったことがあるだろと言ってきたあの男のことは思い出せなかったが、別にどうでもいいか。そして、
辻斬り犯としての処刑を明日に控えた今日。
いつの刻か不明の時間に起床して、鍛錬(手錠をかけられてしまったので屈伸運動と足刀)をして、出された飯(手錠をかけられても食べられる握り飯)を食べる。今日は俺が一日生きられる最後の日だから、というわけじゃないと思うが、見遣り役のかむろ衆は最初に見張っていた奴(見張りをサボって居眠りしていた者)だった。
だからといってそれがどうした、ってわけじゃないが。手錠をかけられた俺の姿に眉をひそめて「馬鹿な奴だな」と言ってきた。
「大人しくしていればいいものを」
「そうだな」
「とにかく」
居眠りのかむろ衆は咳払いをする。
「今日は何事も起こすなよ」
己が生きられる最後の日を大事にしろと指さして、格子の前にサスマタを携えて立った。今日こそは居眠りしないのかと思ったが、駄目だった。屈伸運動と足刀の鍛錬を続けていると何気なく格子前を見遣る。
おいおい。
見張り役のかむろ衆はいつの間にか、立つのをやめており、地面に胡坐で座り込み、ぐうぐうと居眠りをしていたのだった。まあ気持ちは分からないでもない。見張り役とはいえ、たいしてすることもなくて、暇で、暇で仕方ないし、何もせずにボーッとしていたら眠くなって当然だろうし。ここの牢屋番はかむろ衆にとっては体のいいサボり場になっているのかもしれない。
キュウゾウとヒョーゴと派手男がここへ訪ねてくる以外には今日も何事もなく平穏に終わり、明日の処刑を迎えるだけかと思っていたが、違った。
事件は起こった。
しばらく経った時、出入り口の方向から声がしたのだ。気のせいじゃなかった。おうい、おういと呼んでいる。その時には見張り役の居眠りかむろ衆は起きており、声の正体を確認するべく、サスマタを構えながら出入り口の方へと歩いて行った、暗闇に姿を溶け込ませる。待っても待っても戻って来る気配がないなと思っていたら、コツコツと足音を鳴らしてソイツはやって来た。
俺は察した。
あのかむろ衆は殺されたのだと。なぜなら現れたソイツは。
「うふふ。お姉さんが助けに来たわよ、シキちゃん」
「…………」
「長く待たせてしまってごめんなさいね」
虹雅渓でサムライくずれを十五人も殺し、アキンドにまで手をかけたのかもしれない、本物の辻斬り犯なのだから。
◆◆
手に付いた血(見張り役のかむろ衆を斬った時に付いたもの)をぺろりと舐めると「誤解なのよ」と辻斬り女は言った。
「何が誤解だ」
「だからお姉さん、サムライは斬ったけど、アキンドは斬ってないわ」
サムライ十五人を斬ったら虹雅渓から出立するという俺との約束を違えるつもりはなかったという。嘘つけと睨みつけたら「本当よ」と身を乗り出した。
「十五人目を斬った後すぐに虹雅渓の出入り口へ向かっていたんだから。でも向かっている途中で見てしまったのよ」
「何を」
「殺害現場」
辻斬り女曰く、アキンドがアキンドを包丁で刺し殺しているところを通りがかってしまったという。見られたと気づいたアキンドは口封じとして辻斬り女を殺そうとするも相手がとっても悪かった。素人相手に後れを取るはずもなく、包丁を圧し折って、アキンドを地面に打ち据えてやった。気絶している。さてどう処理をしようと悩んでいたら音を聞きつけた通行人がやってきたので、咄嗟に逃げたとか。結果としては殺さなかったが、処理のために殺そうと考えてはいたらしい。
そして数日後。
処理し損ねたアキンドのことが気になって、虹雅渓から出るに出られず、人目を避けつつ街を歩き回っていたら自分の人相が書かれた紙をもっている男達(かむろ衆)が駆け回っていたり、人相書きが壁に貼られていたりして、どんな内容かと見たらびっくり。
アキンド殺しの犯人として顔が挙がっているじゃないかと。
ひどいわよねえ、と辻斬り女は悩ましげに頬の手を当て、息を吐く。
「だからお姉さん、調べたのよ。どこにでもいるような人間に変装したり、声を変えたりして聞き込みしたの。一体、何がどうしてこの人は狙われることになったのって」
「……なんとなく予想はついた」
「あら」
辻斬り女は紫の色の目をパチパチと瞬かせた。
「じゃあ、答えてみて。お姉さん、聞いてあげるわ」
さあどうぞ、と手を差し出し、嬉々とする辻斬り女。何故楽しそうにできるのか。一体全体、誰のせいでこうなったと思っているのか。
辻斬りの犯人を分かっていながら見逃していたことで罰が当たったのかもしれないが。
「アキンドを殺したアキンドがお前に殺人の罪を被せた」
「ふんふん」
「頭のおかしい女がアキンドを襲っている。助けようとして咄嗟に包丁を持って行ったら返り討ちに遭い、自分は気絶。襲われたアキンドは悲しくも女に殺されてしまった……とか適当な理由をでっち上げた」
「ピンポーン!」
「…………」
「大正解よ! よくできました!」
わ~と言ってパチパチと拍手する辻斬り女。効果がないと分かっていても、これ見よがしに大きくて深いため息を吐いた。
かむろ衆、早く気付いてくれ。
辻斬り実行犯が、お前の仲間を殺した者が、ここ、俺の目の前にいるぞ。早く捕まえた方がいいと思う。虹雅渓の平和を願うならば。
「まさにその通りなのよ。もしかしてシキちゃん、実は見ていた?」
いや、と首を振る。
「俺が見たのは十五人目のサムライくずれの死体だけだ」
第三階層にあった四肢切断死体。一刀両断で済ませばよかったものを四か所も斬ったりして、何だ、アレは。時間をかけて楽しんでいるからアキンドに見つかったりするんだ。
「この変態馬鹿女」
「あら、お口が悪い」
「早く虹雅渓から出立しろ」
そう吐き捨てたら、それはできない相談だわ、と首を振った。
「言ったはずよ。お姉さん、シキちゃんを助けにきたの」
「どうやって」
まさか。
一緒に虹雅渓から逃亡しようっていう腹積もりなのだろうか。
まあ、できなくはないと思う。
だがそうすると、アイツに会えなくなるのか。
それは……。
俯いていると俺の耳へ辻斬り女の「うふふ」という笑い声が入る。
何がおかしい。
「キュウゾウさんに会えなくなるのは嫌?」
「なわけあるか」
勢いよく顔を上げて睨みつける。
隠さなくていいのよ、と辻斬り女はニッコリと笑みを浮かべた。
「顔に書いてあるわ。あのサムライのいる土地から離れたくないって」
「違う。奴は関係ない」
「じゃあ、あの約束はなんだったのかしら?」
アッサリと返された。それを言われてしまったらグウの音も出ない。
黙っていると、さてそろそろ始めようかしら、と手を合わせた辻斬り女、何をするかと思いきや、左右の手刀を振るって牢屋の格子を斬り、大人が一人通り抜けられる枠を作った。そして中へ入ってくるなり、俺にかけられた手枷も斬った。
「はい。これで自由の身よ、シキちゃん。ここはお姉さんに任せて、お行きなさいな」
地面の汚れを払うと両膝を同じ方向に倒して横向きに座った。お姉さんを自称するだけあってお姉さん座りなのか。
いや、そうじゃなくて。
「俺を助けに来たって……本気なのか?」
つまり、それは明日の処刑を受けるということであって。
「そうよ」
間もなく、迷う素振りも見せることなく答えた辻斬り女は微笑む。
「明日、お姉さんが殺されてあげるのよ」
「…………」
「うふふ。もしかしてお姉さんのこと、心配しているの?」
「そんなわけあるか」
どうして己の命を懸けてまで俺を助けようとするのか。腑に落ちないだけだ。
「何か勘違いをしているようね」
辻斬り女もとい、鋼音ヨミは俺の目をじっと見据える。
紫色の目と服装(動きやすくてかつ戦いそうなコート)以外、瓜二つである顔が目の前にある。かむろ衆が俺と間違えるのも無理はない。
俺と今は亡き母上、そして目の前にいる伯母上は三つ子と勘違いされるくらいに外見が似ているから。本当の双子は母上と伯母上なのに。
「他の鋼音家の一族はどうだったか知らないけれど、お姉さんは貴方のこと、嫌いじゃないわよ。むしろ大好きよ。なんたって、あの子のかわいい娘ですもの」
ただし、と鋼音ヨミは人差し指を立てる。
「互いの所有者が対立するとなれば同じ鋼音家だろうが関係なく、斬り合うわよ。仕える主をもったら、主が第一優先。所有者よりも家族を優先するように教えてられていないからね」
「そうだな」
俺は頷くと、鋼音ヨミは「でも」と笑みを消して口をヘの字に結ぶ。
「世の中にある罵詈雑言をいくら浴びせても足りないくらい、お姉さんが心の底から大嫌いなのはね、シキちゃんに変な改造を加えた刀鍛冶だから」
本当だったらあの男のいうことなんか聞きたくなかったわと肩をすくめる。
あの男って、誰だ? 改造って何だ?
伯母上と話したってことはここ虹雅渓に今いるのか?
俺の疑問を他所に、鋼音ヨミは話を続ける。
「でも、シキちゃんの命が危険なら話は別だし、どんなに大嫌いな奴でも借りられる手は借りるわ。それに——」
一旦止めて、小さな唇を綻ばせる。
「明日の処刑は、お姉さんにとって都合がいいのも事実」
「都合がいい?」
ああ、それはこっちの話よ、と鋼音ヨミは忘れてと手を振る。怪しいが、追求はやめた。そろそろ行かなくてはかむろ衆に露見するだろう。
「でもごめんね、シキちゃん」
鋼音ヨミは眉尻を下げて手を合わせる。何がごめんだと聞けば、キョトンとして「え、だって……」と目を瞬かせる。
「明日の、愛しのキュウゾウさんに会える口実を奪ってしまったからよ」
だからそれは違うっていっているだろうが。
「誰が愛しのだ」
鋭く睨みつけ、否定しても、「まあまあ」とか「恥ずかしがり屋ね」とクスクス笑うばかり。仕舞には、
「ここで頬を触られたり、口づけを交わしたりしていたじゃない」
ここらへんかしら、と指さしながら衝撃的な発言をした。目を見開いて伯母上を見つめる。開いた口が塞がらない。
何故それを知っている。どこかで観ていたのか。いや、まさかありえない。あの時は見張り役のかむろ衆とヒョーゴは外へ出ていたから、俺とキュウゾウ以外には誰も牢屋周辺にはいなかったはず。
「どうして知っているか、気になるでしょ」
落ち着くために深呼吸を一つしてから頷くと、鋼音ヨミはこっちへおいでと手招きをした。言う通りに格子前に片膝をつくと——手を伸ばしてきて、そっと頭を撫でられた。
キュウゾウといい、伯母上といい、人の頭を撫でるとか。俺を猫か何かと勘違いしているのだろうか。まあ、悪い気はしないが。
「せっかく生きて会えたと思ったのに、こんなお別れになるなんてね」
「因果応報だろ」
サムライを十五人、見張り役のかむろ衆を一人、アキンドは未遂。
戦時中ならとても少ないが戦後にしては多い方だと思う。
調子に乗ってやり過ぎだわ。
「あらひどい。まあでも、そうね」
そして、伯母上――鋼音ヨミは告げた。
「✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕」
俺を作ったというあの男を、戦後の時代でも生きていくことができるようにと伯母上のいう変な改造(人の血だけではなく、人の食べ物で燃料を補給できるという機能)を加えたという刀鍛冶の正体を。ソイツは俺がよく知っている人物だった。
「今頃きっと、虹雅渓第六階層のオンボロ屋で猫と一緒にシキちゃんの戻りを待っているわ」
