第五話
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◆
眠れないわけじゃなかったが夜の散歩をしようと外へ出た。前に眠れなかった時は第六階層を歩き回ったが、今回は上の階層へ行くことにした。
階段を使って、第五階層へ到着。特に目的地を決めることなく、大通りから外れた人通りの少ない道を歩き回る。街灯があまりなくて暗かったが、夜目が効くので困りはしない。進んだ先にあった路地へ入る狭い道の前に立ち止まる。
「…………」
もしかしたら今日もあの人がいるかもしれない。行ってみるか。
思い立ったが吉日。
いやむしろ、思い立ったが凶日か。
これから目にするものは決していいものじゃないから。ゴミが散乱していて汚くて、臭くて、暗くて、狭い通りを幾度も抜けて、着いた場所は袋小路。足元に広がるのは赤い池。成分は人の血だ。
「…………」
壁を背にして血の池地獄に蹲っているのは男の死体。サムライ。今回は首を斬り落としたようだ。側に転がっていた首を見つめる。驚愕に目を見開いたまま硬直している。腰には刀は収まったままだから、抜刀する間もなく真正面から横一文字に斬られたか。
屈んで男の死体を眺めていると、背後から気配がした。立ち上がって振り返る。じっと見据えていると相手はクスクスと口元に手を当てて笑った。手と口に血が付いている。
「これで何人目だ。やり過ぎじゃないのか、お前」
「お前なんてひどいわ。お姉さんって呼んでちょうだい」
無視した。
紫の目の女は何が楽しいのか、うふふ、と笑みを浮かべて俺を見る。
「ねえ」
「何だ」
「お姉さんが羨ましくないかしら」
「別に」
「隠さなくていいのよ、シキちゃん。お姉さんは分かっているんだから」
「…………」
「本当は人が斬りたくて、斬りたくて、たまらないのでしょう。こんな風に——」
女は地面に転がっていた男の頭を持ち上げて、上に放り投げた。
落ちてくる前に手刀で瞬時に八つ裂きに斬ったので脳髄とか眼球とか肉片がぐちゃぐちゃになっていた。
明日これを見つけた奴は吐くかもしれないなと呑気なことを思う。
「いい加減にしないと目を付けられるぞ」
虹雅渓の治安を乱す不穏分子を排除するべし、とかなんとか言って、アヤマロから命令を受けたキュウゾウとかヒョーゴとか動くかもしれない。
「あら。そうなの? でも別にいいわよ。そうしたらサムライがいっぱい斬れるじゃない」
嬉しいわ、と女は両手を組んで恍惚な表情となった。
「サムライを斬って、斬って、斬りまくる。それがお姉さん達の刀の役目。戦のために、サムライを斬るために、この世につくられた存在じゃない。そうでしょう?」
「…………」
「ねえ、シキちゃん」
「…………」
「貴方だって、お姉さんと同じ存在よ」
そう女から笑いかけられても、俺は笑えなかった。
◆◆
翌日。
早朝の鍛錬を終えて、宿に戻って寝た。明るいうちから寝るなんて……と寝る前にマスターから非難の目を向けられたが無視した。
俺の勝手だ。
起きたら(マスターとは馴染みであり、似た口調で話す)医者から受けた仕事(診療所に飾るための造花を作ること)をやるんだからいいだろうが。
「…………」
ふと、目が覚めた。なんか体が少しだけ重い。ゆっくりと上体を起こして見たら、猫が乗っていた。人のお腹の上でスヤスヤと眠っている。
呑気なものだ。今、虹雅渓では辻斬り女がのさばっているというのに。まあ、猫には関係ないか。何となく猫の頭を撫でる。そういえば。
「お前、名前がなかったな」
マスターも『猫ちゃん』いうだけで名前を付けていない。奴もここがオンボロだから(ちゃんとボロだという自覚はあったらしい)猫が住み続けるには環境が適さないのでは、と思い、面倒を最期の最後まで見てくれそうな良い飼主を探していると言っていたから、名前を付けてしまえば愛着が湧いてしまって、手放すに手放せなくなってしまうからあえて『猫ちゃん』と呼んでいるのかもしれない。
「みゃあ」
猫が目を覚ました。今の今まで俺が撫でて続けていたから煩わしくなったのかもしれない。悪かったな、と言えば「みゃあ」と返事をして俺の腹の上から布団の上へ飛び降りた。グ~ンと身体を伸ばしている。気持ち良さそうだなと眺めていたら戸の向こうからマスターの声がした。
猫ちゃん、猫ちゃん、と何度も呼んでいる。いなくなったと思って騒いでいるのだろう。マスターの大きく響いてくる声に猫が伸びの体勢からビョンと飛び起き、床にすとんと着地すると戸の方を向いて身を低くした体勢になった。威嚇である。
「シャー!」
多分、うるさいと言っている。
「行ってやれ」
「みゃあ」
いやだ、という風にそっぽを向くと尻尾で床をペシペシ叩いている。
ああ、機嫌が悪くなってしまったのか。さっきまで穏やかだったのに。
何故猫の生態に詳しいマスターよりも無知な俺の側にいようとするのか。不思議だった。
起きた俺はカウンター席で造花作りをしていると(猫は高級座布団の上で優雅そうに過ごしている)、マスターが「最近、外が物騒な感じアルヨ」と金を数えながら呟いた。独り言かと思い、黙って作業を続けていると「おい聞けヨ」と言ってきた。
「何だ」
「最近、物騒な感じアルナって」
何が、とは聞き返さなかった。
先にマスターが答えを言ったから。戦後にいくつもできたアキンドの街でも最大と名高い虹雅渓で辻斬り事件が起きている。
斬られた者はいずれもサムライくずれであり、発見された数は現時点で十人もいっているのだとか。
「ふうん」
「お前、興味ないアルカ」
「あんまり」
というより犯人を知っているから。
黙っていてもいずれ捕まるか、斬られるだろうと思っている。アヤマロの命令を受けて、キュウゾウとかヒョーゴとかが出張って始末するんじゃないかとも。放って置いても(俺にとっては)問題ない。辻斬り事件も長くは続くまい。
大体、サムライならば(どんな理由であれ)刺客から狙われることもよくあるのだから油断したほうが悪い。斬られた方が悪い。何のために腰のものを差しているんだ、全く。
「心配じゃないアルカ」
「何が」
「だって、おサムライ様が狙われているんダヨ。お前の知り合いにもいるだろ、おサムライ様が。ヘイハチ様とかキュウゾウ様とか」
危ないんじゃないのか。
命を狙われたりしないのか。
などとマスターは言ってきた。
俺はつくりかけの造花から顔を上げる。
アキンドのお前が狙われるわけじゃないのだから、心配することでもないだろうに。
他人事だろうに。
「さあな」
「さあな……って、お前、冷たい奴アルナ。人でなしアルカ」
そんなこといわれても。
だって俺は刀だし。
それに。
「大体サムライっていうのは斬ったり、斬られたりが日常だ」
むしろ今の、この平和な時と日々こそが夢だから。それにあの二人なら心配は不要だし、無用だから。
特にキュウゾウの方は。
何を不安がっているのは知らないが、あの二人なら大丈夫だと何の根拠もないがそう言って、もし会うことがあったら気を付けろと言っておくと伝えて、辻斬りの話をやめさせた。
黙っているのが嫌でどうしても話したいのなら楽しい話題にしろと言ったら、最近飲んでいる酒と飲み屋で偶然出会った艶っぽい女と仲良くできたとかの話をしてきた。聞いてもよく分からないが、適当に相槌を打ちながら造花作りを進めていった。時間は進んでいき、そして。
よし。
造花は全部作り終わったので完成した造花を箱につめていく。医者にできたと届けに行くとするか。夕方前には戻るとマスターへ言って、オンボロ宿を後にした。
◆◆
造花作りの報酬(微々たるものだが、塵も積もればなんとやら)を医者から貰って、懐に入れて帰路についていると途中で知り合いに出会った。虹雅渓第六階層で鍛冶屋を営んでいるマサムネであり、大八車を引いていた。
「よお」
「おお。無刀流の姉ちゃんか」
軽く挨拶をして、最近どうだとか、普通の会話をする。そこで「この後、時間あるかい?」と聞かれたので頷き返すと、スクラップ集めを手伝ってくれと言われた。断る理由もないので了承。
マサムネの後をついていった。歩きながらの会話の内容は自然と今、虹雅渓を騒がしている辻斬りの話になった。騒がしているといっても上の階層はそうでもないとマサムネは言う。
「何しろ、起っている場所は第五階層から下の階層で、やられているのはサムライばかりだからなあ」
「アヤマロは何もしないのか?」
自分の作った街で起こっている凶事なのだから何かしら対策を打ちそうなのだが。
あのかむろ衆(アヤマロがつくった私兵団。白装束のおかっぱ頭)とか動かしたり、探らせてみたりとかしているのか。どうなんだろう。
「いや、何もしていないと思うぜ」
マサムネは首を振った。
むしろ喜んでいるかもしれないともいう。
「虹雅渓はアキンドの街だと謳っているからな。サムライがいなくなるのはマロ様にとっては好都合なはずだ」
「そうか」
サムライにはいなくなってほしいのか。だったら用心棒にしているキュウゾウとヒョーゴを解雇すればいいのに……いや、無理か。
自分の身を自分で守れないから雇っているんだろうな。サムライには街からいなくなってほしいくせに身を守るのに頼るのはサムライなのか。
なんか矛盾していないか?
辻斬り事件で襲われるのはサムライだけとはいえ、街の人々(下層区域)は不安がっているとマサムネは言った。斬殺死体が発見された場所の近くに住んでいる人はもしかしたら襲われるのかもと思ってしまって、おちおち眠れないし、近くの店では客からの評判が下がって営業に悪影響が出ているとか。
「マサムネは大丈夫なのか」
「ああ。ただ、辻斬りのおかげで身を守るための刀を鍛えてくれって頼まれることが少しは多くなったかねえ」
とはいってもマサムネは刀を打つことに関しては気に入った者しか相手にしないし刀も打たないと言っていたので、辻斬り事件の噂に怯えてやってきたサムライくずれは相手にせず、追い返したらしい。その日の儲けより自分の信念を貫いたのか。
うん、さすがだ。
「だがなあ……」
とマサムネは呆れ顔になって息を吐いた。
「キクの字のことなんだが……」
「キクチヨがどうかしたか」
「辻斬り犯をこらしめてやるって一人で騒いでいるんだ」
今日も犯人探しに虹雅渓の階層を上がったり、下ったり、あっちこっちと駆け回っているはずだという。そして見つからなければ工房まで戻って来て、どこにいったと怒り、時には八つ当たりをしてくるので見つからないのはお前の探し方が悪いんじゃないかとマサムネと口論になり、ふて寝することを何度も繰り返しているらしい。
「どうしたもんかね」
変に騒ぎを起こさなきゃいいが、とまた溜息を吐くマサムネに対して、実行犯がどこの誰であるのかを知っている身としては何も言えなかった。
目的地(廃材置き場)に着いたので早速スクラップ集めを手伝う。結構広い場所だったので、二手に分かれての作業となる。出入りする道から見て右側を俺が、左側をマサムネが担当した。
工房まで運ぶことを手伝ってくれ、ならまだしもまさかの良いスクラップを探すことも手伝う羽目になるとは。
素人の俺に質の良いスクラップなんて見つけられるか?
足元にあるモノも周囲にできている廃材の山も全部同じモノにしか見えないのだが。そんな俺の発言に対してマサムネは「大丈夫だ」とニヤリと笑った。
「お前さんの場合はピンときたモノを持ってきてくれればいいのさ」
「それって勘だよな」
格好よくいえば第六感で、悪く言えば俺の独断ともいえるが。それでいいのかといえば、全く問題ないぞと頷き返された。
「そうか」
俺の勘でマサムネの助けになるというならば。
一丁やってみるか。
「ふう」
ピンと来るものを感じて地面に屈んでは拾い、廃材の山を漁っては両手にとって見比べて、これだと感じたモノを選んで台車に入れる作業を繰り返した。あらかた作業をしていたら終わる頃には日も暮れ、夕方になっていた。マサムネが引いて来た第八車には山ができる程にいっぱいにはならなかったが台車の床が見えなくなるくらいには埋めることはできた。
マサムネの反応も満足そうだ。第八車に乗せられたスクラップを眺めてはうんうんと腕を組んで頷いている。これでいいかと聞けば「上々だ」と笑みを返された。
辻斬り事件のこともあって物騒だから途中まで護衛すると言って、工房まで送っていくことにした。到着すると出迎えたのはキクチヨだった。
外でガラガラと鳴らしながら進んでくる大八車の車輪の音に気付いて中から出てきたみたいだ。キクチヨは俺に気付き、「よう」と軽く挨拶をしてくるなり、
「シキも協力してくれよ」
と言ってきた。何を、とはあえて聞き返さなかった。十中八九、辻斬り事件の犯人を捕まえたいから協力してくれと言いたいのだろう。
案の定、
「噂の辻斬り野郎をとっちめるんだよ」
と、腰に両手を当てて胸を張った。顔の横についている噴射機から煙がプシューと噴き出している。
「なあキクチヨ」
「あん?」
「どうして辻斬り野郎を捕まえたいんだ?」
襲われているのは顔も名前も知らないサムライくずれ。赤の他人なのだからどうなろうとキクチヨにはよくも悪くも何の影響がないのだから別に気にする必要がないのでは思っての発言だ。
そう聞けば「おいおい」と噴射機を吹かし「それは愚問だぞ」と指を差された。
「だってよ、サムライばかりが辻斬りで狙われているんだぜ」
「そうだな」
「襲っても一文の得にもならないサムライを斬るなんてよぉ、金取り目的じゃないだろ。奴は面白がってやっているぜ。サムライを舐めているんだ」
「…………」
「他のサムライ達がどう思っているかは知らないが、ここは真のサムライである俺様が動かなきゃ、誰が動くって話だぜ」
「そうか……」
捕まえたとしても褒美が貰えるわけでもないだろうにやる気がすごい。
もしかして、刀を振り回せる絶好の機会だからなのか。俺の予想では先にキュウゾウ達が動くかと思っていたが、アイツ等が出張る前にキクチヨが早く動くのか。
腕力はあっても俊敏さに欠けるキクチヨだ。ただ斬ることだけを目的とした迷いのない辻斬り女にやられるのは目に見えている。
いや、そもそもあの女の興味が向かない可能性もある。ここは友として止めるべきなのだろうが、どうしたものか。
腕を組んで考えていると、隣のマサムネは「おいおい」と手を振り、キクチヨを見上げる。キクチヨは周囲と比べるまでもなく一つ分以上は巨体なので見上げるしかない。マサムネは小柄だからなおさら。
「もうやめておけ。諦めろ、キクの字」
「なんでだ!」
大きい面相と濁声で詰め寄られてもマサムネは身じろぎも驚きもしない。
ただ呆れからくる溜息を吐くだけだった。
「あれだけ駆け回って探していたんだ。もう見つかりっこないだろ」
「なんだと」
キクチヨが反対の声を上げる前に「それに」とマサムネは続ける。
「お前の愚痴を聞かされるこっちの身にもなってみろ」
「別にいいじゃねぇか。とっつぁん、俺様の話たいして聞いてねぇし」
「当たり前だ。聞きたくもないね」
これ以上の辻斬り事件についての愚痴と八つ当たりが続くなら外でやれ、工房に入って来るなとマサムネは言った。とうとうキクチヨのぼやきを聞くのにも限界がきたのかもしれない。
何だとこの野郎とかぎゃあぎゃあとキクチヨとマサムネの言い合いが始まった。止めるでもなく黙って横に立っていた俺はふと思い出した。
そういえば、夕方までには戻るとマスターへ言っておいたのだった。まあとはいっても子どもじゃないし、そもそもあのボロ宿に門限なんてないし、別にいいんだが。
「辻斬り犯の手掛かりとか情報が得られたら、教えてやるから」
言い争っていて聞こえていないかもしれないがキクチヨには一応そういっておいて、マサムネにも「じゃあな」と声掛けをしてから、工房を後にした。
跳びながら走って、宿に着いた。
入ってカウンターへ行くとマスターは席で腕を枕に居眠りをしていた。例の猫は高級座布団の上で香箱座り。くわあ……とあくびをかいている。俺に気付くとヒゲをピクンと動かして「みゃあ」と鳴いて、立ち上がった。座布団から飛び降りて、俺の足元までやってくる。迎えるように片膝をついて手を伸ばすと指先を嗅いでから、ちょいちょいと小さい前足を当ててきた。
「みゃあ」
「お前もしかして待っていたのか?」
「みゃあ」
そうだ、待ちくたびれたぞといっているように聞こえた。恐らく時間がきたのにマスターが居眠りしているから餌が来なくて少し怒っているのかもしれない。俺の手を叩く前足から爪が伸びているし。待たせて悪かったと一言詫びを入れてからマスターのもとへ寄り、おいと叩いた。
一発目で起きず、二発目、三発目と繰り返す。
五発目にしてやっと起きた。
「なんてことするネ」
むっくりと起き上がり、(ちゃんとかかっていないから)かけてもずれる色つき眼鏡から覗いている寝ぼけ眼でギロリと睨まれたが、口元にはよだれの後があり、なんとも間抜けで怖くもなんともない。俺が猫の餌はまだかといってやるとハッとして「ああ!」と叫んで厨房へ駆け込んだ。
マスターの大声に姿勢を低くして警戒している猫に落ち着けと言っておき、そして無事に餌を与えてもらって、うまそうに食べている小さな姿を眺めてから自分の部屋に戻った。布団の上に腰かけてフウと息を吐く。
「…………」
手がかりとか情報が得られたら教えてやるとかどの口が言っているのか。
キクチヨに教える気なんて毛頭ないくせに。
◆◆
夜になった。また散歩に出ることにした。
さすがに十人目ともなればいくらアホなサムライでも辻斬り犯の狙っている者がサムライに限定されていることに気がつくだろうし、警戒をするだろうと思ったが、そうでもなかったらしい。
もしかしたらキクチヨみたいに同じサムライとして仇をとってやろうとか考えて辻斬り犯を見つけてやろうとしてうろつき回った可能性もある。
今度見つけた場所は第四階層にある袋小路だった。辺りは当然のごとく人気はない。今回は刀を抜かれたみたいで、折れた刀が落ちていた。振り回すには幅の狭い場所だったため、サムライは辻斬り犯を突き刺そうとしたに違いない。しかし相手の攻撃で刀をへし折られてしまい、その折られた刃を返されて男の急所(心臓部分)に見事命中。
そして辻斬り犯は刺さった刀をわざわざ抜いて、辺りの地面や壁面を血だらけにしてから立ち去ると。
コレを掃除するのかどうかは知らないが、やるとしたらソイツは大変だなと他人事で思いながら現場を後にした。
これで俺の知る限りやられたのは十一人目だ。虹雅渓には今何人サムライがいるのかは知らないが、あの辻斬り女まさか、街にいるサムライ全員を斬る腹積もりなのだろうか。街灯が少ない通りを選んで歩いていると気配を察知して立ち止まった。
「…………」
「うふふ」
横道からあの女が性懲りもなくひょっこりと姿を現した。臆面もなく手と口元を血で汚している。そして俺の目の前まで歩み寄ってきた。
「こんばんは」
挨拶の代わりに舌打ちを返して見据えると奴は微笑みを浮かべていた。
「怒っている?」
「いや、呆れている」
そこまで飢えていたのか。
毎日のように人を斬らないといけないくらいに。
「当然よ」
女は言った。むしろ貴方の方が異常だわ、と指差した。
「どうして斬らないのにそこまで正常でいられるのかしら?」
「さあな」
「血が嫌いなの?」
「いや別に」
嫌いじゃない。臭いのはただ死んだ者の腐った肉片と混ざるから嫌な臭いを発しているだけだ。香水なんかより断然いい匂いがする。
「血は嫌いじゃない」
「そうよね」
と女が前のめりにズイと迫って来たので、一歩後ろに退いた。
「そうよね、そうよね。刀ならば当然よね」
「…………」
「やっぱり同類よ。いや、お姉さん達の場合は『同型』ね」
嬉々とした顔で両手を合わせる辻斬り女。
いい加減、口元の血を拭いた方がいいと思うが。
……いや、ここで呑気に談義なんてしている場合じゃないか。
周囲に気配はないが誰かに見られたら不味いことになるし、主に俺が。
「同類かどうかは置いといてだな」
「同型で同類よ」
「ところ構わず人斬りをするのはやめておけ」
「どうして?」
「これからも人斬り続けたいだろ」
「ええ」
この身体が壊れるまでずっとやりたいわ、と胸に手を当て、笑む女にならと俺は続ける。
「人斬りを続けたいなら悪いことはいわない。黙って虹雅渓から出て行った方がいい」
「いいの?」
「何が」
「お姉さんを見逃しても」
不味いんじゃないの? と女は聞いてきた。
不味いも何も一緒にいるところを見られでもしたら、俺も追われる身になるから非常に不味いに決まっている。だから早くここから立ち去った方がいい。だが一言くらい、アレについてだけでもいっておかないと。
「このままここに居続けたら虹雅渓にいるサムライ全員斬ろうとするだろ」
「そうかもしれないわ。だけど、それがどうしたの?」
「俺が困る」
「あら、どうして?」
首を傾げる女に俺はその理由を聞かせた。すると女は「あらあら、かわいらしいわ」とからかうような口調になり、分かったと頷いた。
「後、四人のサムライを斬ったら出て行ってあげる」
そう手を合わせて、微笑んだ。なぜ四人なのかと聞いたら十一人だときりが悪いから「四人斬れば十五人よ、十五夜よ」と意味の分からない返答をされた。とにかく。
「あと四人斬ったら出て行け」
念を押したら、辻斬り女は「仕方ないわね」と腰に手を当て、息を吐いた。
「お姉さん、かわいい貴方に免じていうコト、聞いてあげるわ」
でも、と女は流し目に唇へ人差し指を当てる。
「そのサムライを斬って、シキちゃんを怒らせた方が——」
——面白いかしら。
と言い終わるかの瞬間——、
きいんっ。
互いの手刀がぶつかり合った。
刃に込める力を緩めず、睨みつけると辻斬り女はさも可笑しそうに笑った。
「冗談よ、冗談。そんな怖い顔しないで」
「…………」
「美人がもったいないわよ、シキちゃん」
「うるさい」
空いた手で下から切り上げを繰り出すが、切っ先を掠っただけで致命傷にはならなかった。女は宙返りをして、間合いから遠ざかると通りにある街灯の下に躍り出るように着地する。くるりと回ってから後ろ手を組んで微笑む。
「うふふ。そのサムライのこと、とってもお好きなのね」
「違う」
「違わないわ。だって——」
自分の手で斬りたいから手を出すなって頼んだのでしょう、と女は言った。
「だったら、シキちゃんはそのサムライのこと本当に好きなのよ。心の底から惚れているのよ。己が刃で斬り殺したいくらいに」
お姉さんもそうだったわ、と女は空を仰ぐ。
「己の意思で仕えると決めた主を守るのがお姉さん達、刀だったけれど……何故かしら。守りたいと思うと同時に斬り殺したい気持ちに駆られるの」
「それはお前だけだろ」
内心に留めようとしたが、思わず口をついてしまった。ツッコまずにはいられない。刀が所有者の命に従い自決するならまだしも、所有者を斬り殺そうとするとかありえないだろ。しかも相手に対する愛しさのあまりだとかありえない。
訝しげに見つめる俺に「いずれ分かるわ」と女は言う。
「今は戦のないとても退屈な時代だけど、サムライはまだいるわ。大半はくずれていて斬り合うどころか、一方的な殺しになっちゃって悲しいけれど……」
辻斬り女の紫色の目と目が合った。
「きっとシキちゃんなら見つけられるわ。お姉さんはもう人を斬ることしか考えられないけれど……」
女は眉尻を下げて笑った。
斬る相手は選ばす、仕える主は選ぶが鋼音家の信条。もう主を見つけることはできないし、叶いそうにないけれど、斬らないと生きていけないのよと囁くように言った。
「我ら刀にとって斬るは生きること。生きるは斬ることだから」
「……そうだな」
「うふふ。これがお姉さん達の最後の会話になるのかしらね」
ああ、と辻斬り女は胸元に両手を当て、息を吐く。
「こんなに会話したのは戦後以来、久方ぶりよ。お姉さん、楽しかったわ」
「そうか」
「うふふ。シキゃん、元気でね。じゃあね」
微笑みながら手を振って、街灯のもとから暗闇の中へと辻斬り女は体を溶け込ませていった。
眠れないわけじゃなかったが夜の散歩をしようと外へ出た。前に眠れなかった時は第六階層を歩き回ったが、今回は上の階層へ行くことにした。
階段を使って、第五階層へ到着。特に目的地を決めることなく、大通りから外れた人通りの少ない道を歩き回る。街灯があまりなくて暗かったが、夜目が効くので困りはしない。進んだ先にあった路地へ入る狭い道の前に立ち止まる。
「…………」
もしかしたら今日もあの人がいるかもしれない。行ってみるか。
思い立ったが吉日。
いやむしろ、思い立ったが凶日か。
これから目にするものは決していいものじゃないから。ゴミが散乱していて汚くて、臭くて、暗くて、狭い通りを幾度も抜けて、着いた場所は袋小路。足元に広がるのは赤い池。成分は人の血だ。
「…………」
壁を背にして血の池地獄に蹲っているのは男の死体。サムライ。今回は首を斬り落としたようだ。側に転がっていた首を見つめる。驚愕に目を見開いたまま硬直している。腰には刀は収まったままだから、抜刀する間もなく真正面から横一文字に斬られたか。
屈んで男の死体を眺めていると、背後から気配がした。立ち上がって振り返る。じっと見据えていると相手はクスクスと口元に手を当てて笑った。手と口に血が付いている。
「これで何人目だ。やり過ぎじゃないのか、お前」
「お前なんてひどいわ。お姉さんって呼んでちょうだい」
無視した。
紫の目の女は何が楽しいのか、うふふ、と笑みを浮かべて俺を見る。
「ねえ」
「何だ」
「お姉さんが羨ましくないかしら」
「別に」
「隠さなくていいのよ、シキちゃん。お姉さんは分かっているんだから」
「…………」
「本当は人が斬りたくて、斬りたくて、たまらないのでしょう。こんな風に——」
女は地面に転がっていた男の頭を持ち上げて、上に放り投げた。
落ちてくる前に手刀で瞬時に八つ裂きに斬ったので脳髄とか眼球とか肉片がぐちゃぐちゃになっていた。
明日これを見つけた奴は吐くかもしれないなと呑気なことを思う。
「いい加減にしないと目を付けられるぞ」
虹雅渓の治安を乱す不穏分子を排除するべし、とかなんとか言って、アヤマロから命令を受けたキュウゾウとかヒョーゴとか動くかもしれない。
「あら。そうなの? でも別にいいわよ。そうしたらサムライがいっぱい斬れるじゃない」
嬉しいわ、と女は両手を組んで恍惚な表情となった。
「サムライを斬って、斬って、斬りまくる。それがお姉さん達の刀の役目。戦のために、サムライを斬るために、この世につくられた存在じゃない。そうでしょう?」
「…………」
「ねえ、シキちゃん」
「…………」
「貴方だって、お姉さんと同じ存在よ」
そう女から笑いかけられても、俺は笑えなかった。
◆◆
翌日。
早朝の鍛錬を終えて、宿に戻って寝た。明るいうちから寝るなんて……と寝る前にマスターから非難の目を向けられたが無視した。
俺の勝手だ。
起きたら(マスターとは馴染みであり、似た口調で話す)医者から受けた仕事(診療所に飾るための造花を作ること)をやるんだからいいだろうが。
「…………」
ふと、目が覚めた。なんか体が少しだけ重い。ゆっくりと上体を起こして見たら、猫が乗っていた。人のお腹の上でスヤスヤと眠っている。
呑気なものだ。今、虹雅渓では辻斬り女がのさばっているというのに。まあ、猫には関係ないか。何となく猫の頭を撫でる。そういえば。
「お前、名前がなかったな」
マスターも『猫ちゃん』いうだけで名前を付けていない。奴もここがオンボロだから(ちゃんとボロだという自覚はあったらしい)猫が住み続けるには環境が適さないのでは、と思い、面倒を最期の最後まで見てくれそうな良い飼主を探していると言っていたから、名前を付けてしまえば愛着が湧いてしまって、手放すに手放せなくなってしまうからあえて『猫ちゃん』と呼んでいるのかもしれない。
「みゃあ」
猫が目を覚ました。今の今まで俺が撫でて続けていたから煩わしくなったのかもしれない。悪かったな、と言えば「みゃあ」と返事をして俺の腹の上から布団の上へ飛び降りた。グ~ンと身体を伸ばしている。気持ち良さそうだなと眺めていたら戸の向こうからマスターの声がした。
猫ちゃん、猫ちゃん、と何度も呼んでいる。いなくなったと思って騒いでいるのだろう。マスターの大きく響いてくる声に猫が伸びの体勢からビョンと飛び起き、床にすとんと着地すると戸の方を向いて身を低くした体勢になった。威嚇である。
「シャー!」
多分、うるさいと言っている。
「行ってやれ」
「みゃあ」
いやだ、という風にそっぽを向くと尻尾で床をペシペシ叩いている。
ああ、機嫌が悪くなってしまったのか。さっきまで穏やかだったのに。
何故猫の生態に詳しいマスターよりも無知な俺の側にいようとするのか。不思議だった。
起きた俺はカウンター席で造花作りをしていると(猫は高級座布団の上で優雅そうに過ごしている)、マスターが「最近、外が物騒な感じアルヨ」と金を数えながら呟いた。独り言かと思い、黙って作業を続けていると「おい聞けヨ」と言ってきた。
「何だ」
「最近、物騒な感じアルナって」
何が、とは聞き返さなかった。
先にマスターが答えを言ったから。戦後にいくつもできたアキンドの街でも最大と名高い虹雅渓で辻斬り事件が起きている。
斬られた者はいずれもサムライくずれであり、発見された数は現時点で十人もいっているのだとか。
「ふうん」
「お前、興味ないアルカ」
「あんまり」
というより犯人を知っているから。
黙っていてもいずれ捕まるか、斬られるだろうと思っている。アヤマロの命令を受けて、キュウゾウとかヒョーゴとかが出張って始末するんじゃないかとも。放って置いても(俺にとっては)問題ない。辻斬り事件も長くは続くまい。
大体、サムライならば(どんな理由であれ)刺客から狙われることもよくあるのだから油断したほうが悪い。斬られた方が悪い。何のために腰のものを差しているんだ、全く。
「心配じゃないアルカ」
「何が」
「だって、おサムライ様が狙われているんダヨ。お前の知り合いにもいるだろ、おサムライ様が。ヘイハチ様とかキュウゾウ様とか」
危ないんじゃないのか。
命を狙われたりしないのか。
などとマスターは言ってきた。
俺はつくりかけの造花から顔を上げる。
アキンドのお前が狙われるわけじゃないのだから、心配することでもないだろうに。
他人事だろうに。
「さあな」
「さあな……って、お前、冷たい奴アルナ。人でなしアルカ」
そんなこといわれても。
だって俺は刀だし。
それに。
「大体サムライっていうのは斬ったり、斬られたりが日常だ」
むしろ今の、この平和な時と日々こそが夢だから。それにあの二人なら心配は不要だし、無用だから。
特にキュウゾウの方は。
何を不安がっているのは知らないが、あの二人なら大丈夫だと何の根拠もないがそう言って、もし会うことがあったら気を付けろと言っておくと伝えて、辻斬りの話をやめさせた。
黙っているのが嫌でどうしても話したいのなら楽しい話題にしろと言ったら、最近飲んでいる酒と飲み屋で偶然出会った艶っぽい女と仲良くできたとかの話をしてきた。聞いてもよく分からないが、適当に相槌を打ちながら造花作りを進めていった。時間は進んでいき、そして。
よし。
造花は全部作り終わったので完成した造花を箱につめていく。医者にできたと届けに行くとするか。夕方前には戻るとマスターへ言って、オンボロ宿を後にした。
◆◆
造花作りの報酬(微々たるものだが、塵も積もればなんとやら)を医者から貰って、懐に入れて帰路についていると途中で知り合いに出会った。虹雅渓第六階層で鍛冶屋を営んでいるマサムネであり、大八車を引いていた。
「よお」
「おお。無刀流の姉ちゃんか」
軽く挨拶をして、最近どうだとか、普通の会話をする。そこで「この後、時間あるかい?」と聞かれたので頷き返すと、スクラップ集めを手伝ってくれと言われた。断る理由もないので了承。
マサムネの後をついていった。歩きながらの会話の内容は自然と今、虹雅渓を騒がしている辻斬りの話になった。騒がしているといっても上の階層はそうでもないとマサムネは言う。
「何しろ、起っている場所は第五階層から下の階層で、やられているのはサムライばかりだからなあ」
「アヤマロは何もしないのか?」
自分の作った街で起こっている凶事なのだから何かしら対策を打ちそうなのだが。
あのかむろ衆(アヤマロがつくった私兵団。白装束のおかっぱ頭)とか動かしたり、探らせてみたりとかしているのか。どうなんだろう。
「いや、何もしていないと思うぜ」
マサムネは首を振った。
むしろ喜んでいるかもしれないともいう。
「虹雅渓はアキンドの街だと謳っているからな。サムライがいなくなるのはマロ様にとっては好都合なはずだ」
「そうか」
サムライにはいなくなってほしいのか。だったら用心棒にしているキュウゾウとヒョーゴを解雇すればいいのに……いや、無理か。
自分の身を自分で守れないから雇っているんだろうな。サムライには街からいなくなってほしいくせに身を守るのに頼るのはサムライなのか。
なんか矛盾していないか?
辻斬り事件で襲われるのはサムライだけとはいえ、街の人々(下層区域)は不安がっているとマサムネは言った。斬殺死体が発見された場所の近くに住んでいる人はもしかしたら襲われるのかもと思ってしまって、おちおち眠れないし、近くの店では客からの評判が下がって営業に悪影響が出ているとか。
「マサムネは大丈夫なのか」
「ああ。ただ、辻斬りのおかげで身を守るための刀を鍛えてくれって頼まれることが少しは多くなったかねえ」
とはいってもマサムネは刀を打つことに関しては気に入った者しか相手にしないし刀も打たないと言っていたので、辻斬り事件の噂に怯えてやってきたサムライくずれは相手にせず、追い返したらしい。その日の儲けより自分の信念を貫いたのか。
うん、さすがだ。
「だがなあ……」
とマサムネは呆れ顔になって息を吐いた。
「キクの字のことなんだが……」
「キクチヨがどうかしたか」
「辻斬り犯をこらしめてやるって一人で騒いでいるんだ」
今日も犯人探しに虹雅渓の階層を上がったり、下ったり、あっちこっちと駆け回っているはずだという。そして見つからなければ工房まで戻って来て、どこにいったと怒り、時には八つ当たりをしてくるので見つからないのはお前の探し方が悪いんじゃないかとマサムネと口論になり、ふて寝することを何度も繰り返しているらしい。
「どうしたもんかね」
変に騒ぎを起こさなきゃいいが、とまた溜息を吐くマサムネに対して、実行犯がどこの誰であるのかを知っている身としては何も言えなかった。
目的地(廃材置き場)に着いたので早速スクラップ集めを手伝う。結構広い場所だったので、二手に分かれての作業となる。出入りする道から見て右側を俺が、左側をマサムネが担当した。
工房まで運ぶことを手伝ってくれ、ならまだしもまさかの良いスクラップを探すことも手伝う羽目になるとは。
素人の俺に質の良いスクラップなんて見つけられるか?
足元にあるモノも周囲にできている廃材の山も全部同じモノにしか見えないのだが。そんな俺の発言に対してマサムネは「大丈夫だ」とニヤリと笑った。
「お前さんの場合はピンときたモノを持ってきてくれればいいのさ」
「それって勘だよな」
格好よくいえば第六感で、悪く言えば俺の独断ともいえるが。それでいいのかといえば、全く問題ないぞと頷き返された。
「そうか」
俺の勘でマサムネの助けになるというならば。
一丁やってみるか。
「ふう」
ピンと来るものを感じて地面に屈んでは拾い、廃材の山を漁っては両手にとって見比べて、これだと感じたモノを選んで台車に入れる作業を繰り返した。あらかた作業をしていたら終わる頃には日も暮れ、夕方になっていた。マサムネが引いて来た第八車には山ができる程にいっぱいにはならなかったが台車の床が見えなくなるくらいには埋めることはできた。
マサムネの反応も満足そうだ。第八車に乗せられたスクラップを眺めてはうんうんと腕を組んで頷いている。これでいいかと聞けば「上々だ」と笑みを返された。
辻斬り事件のこともあって物騒だから途中まで護衛すると言って、工房まで送っていくことにした。到着すると出迎えたのはキクチヨだった。
外でガラガラと鳴らしながら進んでくる大八車の車輪の音に気付いて中から出てきたみたいだ。キクチヨは俺に気付き、「よう」と軽く挨拶をしてくるなり、
「シキも協力してくれよ」
と言ってきた。何を、とはあえて聞き返さなかった。十中八九、辻斬り事件の犯人を捕まえたいから協力してくれと言いたいのだろう。
案の定、
「噂の辻斬り野郎をとっちめるんだよ」
と、腰に両手を当てて胸を張った。顔の横についている噴射機から煙がプシューと噴き出している。
「なあキクチヨ」
「あん?」
「どうして辻斬り野郎を捕まえたいんだ?」
襲われているのは顔も名前も知らないサムライくずれ。赤の他人なのだからどうなろうとキクチヨにはよくも悪くも何の影響がないのだから別に気にする必要がないのでは思っての発言だ。
そう聞けば「おいおい」と噴射機を吹かし「それは愚問だぞ」と指を差された。
「だってよ、サムライばかりが辻斬りで狙われているんだぜ」
「そうだな」
「襲っても一文の得にもならないサムライを斬るなんてよぉ、金取り目的じゃないだろ。奴は面白がってやっているぜ。サムライを舐めているんだ」
「…………」
「他のサムライ達がどう思っているかは知らないが、ここは真のサムライである俺様が動かなきゃ、誰が動くって話だぜ」
「そうか……」
捕まえたとしても褒美が貰えるわけでもないだろうにやる気がすごい。
もしかして、刀を振り回せる絶好の機会だからなのか。俺の予想では先にキュウゾウ達が動くかと思っていたが、アイツ等が出張る前にキクチヨが早く動くのか。
腕力はあっても俊敏さに欠けるキクチヨだ。ただ斬ることだけを目的とした迷いのない辻斬り女にやられるのは目に見えている。
いや、そもそもあの女の興味が向かない可能性もある。ここは友として止めるべきなのだろうが、どうしたものか。
腕を組んで考えていると、隣のマサムネは「おいおい」と手を振り、キクチヨを見上げる。キクチヨは周囲と比べるまでもなく一つ分以上は巨体なので見上げるしかない。マサムネは小柄だからなおさら。
「もうやめておけ。諦めろ、キクの字」
「なんでだ!」
大きい面相と濁声で詰め寄られてもマサムネは身じろぎも驚きもしない。
ただ呆れからくる溜息を吐くだけだった。
「あれだけ駆け回って探していたんだ。もう見つかりっこないだろ」
「なんだと」
キクチヨが反対の声を上げる前に「それに」とマサムネは続ける。
「お前の愚痴を聞かされるこっちの身にもなってみろ」
「別にいいじゃねぇか。とっつぁん、俺様の話たいして聞いてねぇし」
「当たり前だ。聞きたくもないね」
これ以上の辻斬り事件についての愚痴と八つ当たりが続くなら外でやれ、工房に入って来るなとマサムネは言った。とうとうキクチヨのぼやきを聞くのにも限界がきたのかもしれない。
何だとこの野郎とかぎゃあぎゃあとキクチヨとマサムネの言い合いが始まった。止めるでもなく黙って横に立っていた俺はふと思い出した。
そういえば、夕方までには戻るとマスターへ言っておいたのだった。まあとはいっても子どもじゃないし、そもそもあのボロ宿に門限なんてないし、別にいいんだが。
「辻斬り犯の手掛かりとか情報が得られたら、教えてやるから」
言い争っていて聞こえていないかもしれないがキクチヨには一応そういっておいて、マサムネにも「じゃあな」と声掛けをしてから、工房を後にした。
跳びながら走って、宿に着いた。
入ってカウンターへ行くとマスターは席で腕を枕に居眠りをしていた。例の猫は高級座布団の上で香箱座り。くわあ……とあくびをかいている。俺に気付くとヒゲをピクンと動かして「みゃあ」と鳴いて、立ち上がった。座布団から飛び降りて、俺の足元までやってくる。迎えるように片膝をついて手を伸ばすと指先を嗅いでから、ちょいちょいと小さい前足を当ててきた。
「みゃあ」
「お前もしかして待っていたのか?」
「みゃあ」
そうだ、待ちくたびれたぞといっているように聞こえた。恐らく時間がきたのにマスターが居眠りしているから餌が来なくて少し怒っているのかもしれない。俺の手を叩く前足から爪が伸びているし。待たせて悪かったと一言詫びを入れてからマスターのもとへ寄り、おいと叩いた。
一発目で起きず、二発目、三発目と繰り返す。
五発目にしてやっと起きた。
「なんてことするネ」
むっくりと起き上がり、(ちゃんとかかっていないから)かけてもずれる色つき眼鏡から覗いている寝ぼけ眼でギロリと睨まれたが、口元にはよだれの後があり、なんとも間抜けで怖くもなんともない。俺が猫の餌はまだかといってやるとハッとして「ああ!」と叫んで厨房へ駆け込んだ。
マスターの大声に姿勢を低くして警戒している猫に落ち着けと言っておき、そして無事に餌を与えてもらって、うまそうに食べている小さな姿を眺めてから自分の部屋に戻った。布団の上に腰かけてフウと息を吐く。
「…………」
手がかりとか情報が得られたら教えてやるとかどの口が言っているのか。
キクチヨに教える気なんて毛頭ないくせに。
◆◆
夜になった。また散歩に出ることにした。
さすがに十人目ともなればいくらアホなサムライでも辻斬り犯の狙っている者がサムライに限定されていることに気がつくだろうし、警戒をするだろうと思ったが、そうでもなかったらしい。
もしかしたらキクチヨみたいに同じサムライとして仇をとってやろうとか考えて辻斬り犯を見つけてやろうとしてうろつき回った可能性もある。
今度見つけた場所は第四階層にある袋小路だった。辺りは当然のごとく人気はない。今回は刀を抜かれたみたいで、折れた刀が落ちていた。振り回すには幅の狭い場所だったため、サムライは辻斬り犯を突き刺そうとしたに違いない。しかし相手の攻撃で刀をへし折られてしまい、その折られた刃を返されて男の急所(心臓部分)に見事命中。
そして辻斬り犯は刺さった刀をわざわざ抜いて、辺りの地面や壁面を血だらけにしてから立ち去ると。
コレを掃除するのかどうかは知らないが、やるとしたらソイツは大変だなと他人事で思いながら現場を後にした。
これで俺の知る限りやられたのは十一人目だ。虹雅渓には今何人サムライがいるのかは知らないが、あの辻斬り女まさか、街にいるサムライ全員を斬る腹積もりなのだろうか。街灯が少ない通りを選んで歩いていると気配を察知して立ち止まった。
「…………」
「うふふ」
横道からあの女が性懲りもなくひょっこりと姿を現した。臆面もなく手と口元を血で汚している。そして俺の目の前まで歩み寄ってきた。
「こんばんは」
挨拶の代わりに舌打ちを返して見据えると奴は微笑みを浮かべていた。
「怒っている?」
「いや、呆れている」
そこまで飢えていたのか。
毎日のように人を斬らないといけないくらいに。
「当然よ」
女は言った。むしろ貴方の方が異常だわ、と指差した。
「どうして斬らないのにそこまで正常でいられるのかしら?」
「さあな」
「血が嫌いなの?」
「いや別に」
嫌いじゃない。臭いのはただ死んだ者の腐った肉片と混ざるから嫌な臭いを発しているだけだ。香水なんかより断然いい匂いがする。
「血は嫌いじゃない」
「そうよね」
と女が前のめりにズイと迫って来たので、一歩後ろに退いた。
「そうよね、そうよね。刀ならば当然よね」
「…………」
「やっぱり同類よ。いや、お姉さん達の場合は『同型』ね」
嬉々とした顔で両手を合わせる辻斬り女。
いい加減、口元の血を拭いた方がいいと思うが。
……いや、ここで呑気に談義なんてしている場合じゃないか。
周囲に気配はないが誰かに見られたら不味いことになるし、主に俺が。
「同類かどうかは置いといてだな」
「同型で同類よ」
「ところ構わず人斬りをするのはやめておけ」
「どうして?」
「これからも人斬り続けたいだろ」
「ええ」
この身体が壊れるまでずっとやりたいわ、と胸に手を当て、笑む女にならと俺は続ける。
「人斬りを続けたいなら悪いことはいわない。黙って虹雅渓から出て行った方がいい」
「いいの?」
「何が」
「お姉さんを見逃しても」
不味いんじゃないの? と女は聞いてきた。
不味いも何も一緒にいるところを見られでもしたら、俺も追われる身になるから非常に不味いに決まっている。だから早くここから立ち去った方がいい。だが一言くらい、アレについてだけでもいっておかないと。
「このままここに居続けたら虹雅渓にいるサムライ全員斬ろうとするだろ」
「そうかもしれないわ。だけど、それがどうしたの?」
「俺が困る」
「あら、どうして?」
首を傾げる女に俺はその理由を聞かせた。すると女は「あらあら、かわいらしいわ」とからかうような口調になり、分かったと頷いた。
「後、四人のサムライを斬ったら出て行ってあげる」
そう手を合わせて、微笑んだ。なぜ四人なのかと聞いたら十一人だときりが悪いから「四人斬れば十五人よ、十五夜よ」と意味の分からない返答をされた。とにかく。
「あと四人斬ったら出て行け」
念を押したら、辻斬り女は「仕方ないわね」と腰に手を当て、息を吐いた。
「お姉さん、かわいい貴方に免じていうコト、聞いてあげるわ」
でも、と女は流し目に唇へ人差し指を当てる。
「そのサムライを斬って、シキちゃんを怒らせた方が——」
——面白いかしら。
と言い終わるかの瞬間——、
きいんっ。
互いの手刀がぶつかり合った。
刃に込める力を緩めず、睨みつけると辻斬り女はさも可笑しそうに笑った。
「冗談よ、冗談。そんな怖い顔しないで」
「…………」
「美人がもったいないわよ、シキちゃん」
「うるさい」
空いた手で下から切り上げを繰り出すが、切っ先を掠っただけで致命傷にはならなかった。女は宙返りをして、間合いから遠ざかると通りにある街灯の下に躍り出るように着地する。くるりと回ってから後ろ手を組んで微笑む。
「うふふ。そのサムライのこと、とってもお好きなのね」
「違う」
「違わないわ。だって——」
自分の手で斬りたいから手を出すなって頼んだのでしょう、と女は言った。
「だったら、シキちゃんはそのサムライのこと本当に好きなのよ。心の底から惚れているのよ。己が刃で斬り殺したいくらいに」
お姉さんもそうだったわ、と女は空を仰ぐ。
「己の意思で仕えると決めた主を守るのがお姉さん達、刀だったけれど……何故かしら。守りたいと思うと同時に斬り殺したい気持ちに駆られるの」
「それはお前だけだろ」
内心に留めようとしたが、思わず口をついてしまった。ツッコまずにはいられない。刀が所有者の命に従い自決するならまだしも、所有者を斬り殺そうとするとかありえないだろ。しかも相手に対する愛しさのあまりだとかありえない。
訝しげに見つめる俺に「いずれ分かるわ」と女は言う。
「今は戦のないとても退屈な時代だけど、サムライはまだいるわ。大半はくずれていて斬り合うどころか、一方的な殺しになっちゃって悲しいけれど……」
辻斬り女の紫色の目と目が合った。
「きっとシキちゃんなら見つけられるわ。お姉さんはもう人を斬ることしか考えられないけれど……」
女は眉尻を下げて笑った。
斬る相手は選ばす、仕える主は選ぶが鋼音家の信条。もう主を見つけることはできないし、叶いそうにないけれど、斬らないと生きていけないのよと囁くように言った。
「我ら刀にとって斬るは生きること。生きるは斬ることだから」
「……そうだな」
「うふふ。これがお姉さん達の最後の会話になるのかしらね」
ああ、と辻斬り女は胸元に両手を当て、息を吐く。
「こんなに会話したのは戦後以来、久方ぶりよ。お姉さん、楽しかったわ」
「そうか」
「うふふ。シキゃん、元気でね。じゃあね」
微笑みながら手を振って、街灯のもとから暗闇の中へと辻斬り女は体を溶け込ませていった。
