第四話
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◆
ゴロベエの手伝いをしたこともあって、金は十分に貯まった。これで、出立の準備が整ったとも言える。
一応、挨拶くらいはしておくか。
俺は部屋を出てカウンターへと向かったが、肝心のマスターの姿がなかった。いつもそこにいて何かしら作業をしているはずなのに。
どこへ行ったんだ?
宿の中を探してみたが、どこにもいない。
いくらオンボロとはいえ自分の仕事場を放っておくとは。あのアキンドは経営者としての自覚があるのだろうか。まあ、どうこういっても、俺にはもう関係はないか。仕方ない。
『世話になった』と書いた手紙と文鎮代わりに金を置き、俺は宿を後にした。
◆◆◆◆
階段で第六階層から第七階層、第八階層へと降りて行く。
いかにもヤブな奴がやっていそうな改造屋など怪しい露店が立ち並び、人がまばらに行き交う通りを歩き、途中にあった路地に入った。
日中だというのに薄暗く、じめじめとして狭い通路をしばらく歩くと、広いところへと出る。建物の隙間から日が差し込み、辺りにあるくず鉄やスクラップなどで出来た山を照らしている。
下層区域を散策していた際に見つけた穴場であり、普段から人気のない、秘密裏にことを進めるには格好の場所である。
人が来ないのも無理はなく、単刀直入に言えばとてつもなく汚い。虹雅渓が戦場の跡地から作られた街である故だろう、かつては戦のために使われていたと思われる武器の残骸や物資運搬の形跡がいくつかあった。
戦後は開発もされることなく、人々から見捨てられたところ。周りの地面には錆びた鉄鋼やらスクラップやらがたくさん捨てられているので、マサムネに教えたら喜んで行きそうな場所ではある(俺より虹雅渓には長くいるので、もしかしたら知っているかもしれないが)。
ただしここに出られる道が人ひとり通るのがやっとの幅なので大八車が入らず、多くを持ち帰られないのが難点である。
さて。
俺が顔を正面に向けると、そこには白仮面の先客が一人いた。白仮面は立っている俺に気付くと、挨拶のつもりか、片手を軽く上げた。そして、奴は仮面へ手をかけて外し、素顔を見せた。
はじめて現れたその顔に驚くことはない。
むしろ予想通り過ぎて、つまらないとさえ感じた。
「人を呼び出しておいて、遅刻するなんて礼儀がなっていないよ」
「お前、まだここにいたのか」
謝りの一言もなしかい、と相手は呆れて溜息を吐いた。
「当然じゃないか。虹雅渓を支配下に置くという目的がまだできてないからね」
そう言って、かつての大戦にて俺の主と共に戦っていた朋友、朝倉ゼンは歪んだ笑みを浮かべていた。
「二人きりで話をしたいなんて君にしては嬉しいことを言ってくれるじゃないか」
◆◆◆◆
昨日、ゴロベエと別れた後、俺は人気のない場所まで移動し、尾行していた白仮面の不意をついて捕え、少々手荒いことをした。
朝倉と二人きりで話をさせろ、と言って日時と場所を伝え、逃してやる。そして案の定、朝倉はやってきた。白仮面の集団は朝倉の仲間だった。
なぜ奴らと共にヘイハチを脅し、キクチヨとマサムネを襲い、マスターを狙ったのか。
「君のためだよ、シキ」
朝倉はそう答えた。何も言わず見据える俺に奴は続ける。
「あの大戦時、肉体を機械化もせず、刀もなしに生身どころか機械のサムライすら斬りまくっていく君は本当にすごかった。艦内ではいつも退屈そうにしていたに戦場に出れば敵と斬り合い、血を浴びている様はなんと美しかったことか」
「…………」
「それなのに!」
唐突に朝倉は両手を広げて叫んだ。
「触れようとするだけでも斬られてしまいそうな、あんな鋭い刀だったというのに! 虹雅渓で再会した君は随分と腑抜けたように見えた。きっと今の世に戦がないせいだと強く思った。だから――」
「キクチヨ達を襲ったのか」
「そうだよ。アイツ等が君の足枷になっている。だから君は虹雅渓に手が出せない」
「…………」
「シキ、アイツ等はやめた方がいいよ。君のためにならない。あんな取るに足りない馬鹿な連中より、私といる方が断然いい。そうすれば君は刀として生きることができるよ」
朝倉は歩いて、俺の前にやってくると右手を差し出した。
「この手をとって、私の刀になると誓ってよ。安心して、私はリョウマのようにお前の前からいなくなったりしない。簡単に死なないからさ」
「…………」
ジッと奴の右手を見つめる。
少し間を置いてから顔を上げると「なら」と口を開く。
「俺がお前の刀になれば、キクチヨ達に二度と手を出さないでくれるのか」
朝倉の目を見据えて言うと、奴はフッと微笑み「ああ」と頷いた。
「もちろんだ。約束するよ」
「そうか」
奴の右手へと手を伸ばすと手首を掴まれ、ぐいと引き寄せられた。朝倉は俺の背中に腕を回し、腕の中に閉じ込めると「いい子だね」と耳もとで囁き、耳たぶに口づけた。
それだけでは飽き足らず、俺の後ろ髪を撫で、匂いを嗅いでいる。
「君を決して離しはしない」
好きだよ、と朝倉は言った。
「一本の刀として、一人の女性として、一生大切にするからね」
「…………」
「私は、シキを心から本当に愛している」
戦場ではじめて見た時から、君に惚れていた。
本当に好きだった。サムライを理解し、戦場を共にできる女性などそうそういない。
前の主のリョウマがいなくなった今、生き場を失くしたサムライを救う受け皿を作るという彼の意思を継ぎ、君の主になるにふさわしいのは私しかいない。
愛している。愛している。愛している。
延々と続く愛の言葉。
奴が囁く度に、奴が触れる度に、己の内に黒い感情が沸き起こる。無我夢中になって、堪能している朝倉の耳元に、俺は唇を寄せて耳打ち。
「嘘つき」
「えっ?」
朝倉のとぼけた声はすぐさま苦悶の声に変わった。無理もない。自分の腹が俺の手刀で貫かれているのだから。
俺は、吐血する朝倉の腹を蹴って、刃を抜いた。
コートに血がついてしまったが気にしない。
奴はよろけつつも地に倒れまいと足を踏ん張り、刺された腹を手で抑えながら俺を見る。
「シキ、ど、どうして……?」
苦痛に顔を歪ませつつ問いかける奴の顔を俺は冷めた心で見つめ返した。
どうして、なんて愚問だ。
初めからいっているじゃないか。
「俺は、お前の刀になるつもりはない」
「そ、そんな……!」
「それにお前は、手を出してはいけないものを犯したから」
この場にくるまでに時間がかかったのは、キクチヨとマサムネのところへ寄ってきたからだ。寄ったといっても、二人と会うためではなく、付近に潜んでいた白仮面を始末するため。
仲間に探らせて見つけていたのだろう、診療所に爆弾を仕掛けようとしていたから、気づかれぬよう接近して爆弾もろとも斬っておいたのだ。
俺が虹雅渓制圧の協力を拒んだことに納得いかないのなら、俺に向かって斬りかかってくればいいものを。
己の剣の腕に自信がないからなのか、どうかは知らないが、だからといって、関係のないキクチヨとマサムネ、ヘイハチ、マスターにまで手を出すとは。
「お前、本当にサムライか?」
こんな体たらくでサムライの時代を取り戻すだの、受け皿を作るだとか笑わせる。
「刀で語らぬ剣士など、恥を知れ」
「……っ! ああああああ!」
最後の力を振り絞って叫ぶ朝倉。
血に濡れる手で腰の刀を抜き、振るった。
見切るのすら億劫な、緩慢な動き。
俺は右の手刀で払い、左の手刀で朝倉の首をはねた。首は鮮血をまき散らしながら、天高く舞い上がっていき、やがて地に落ちた。
頭部を失くした身体は血を噴き上げながら仰向けに倒れる。地面に流れ、広がっていく血だまり。
赤い液から香ってくる匂いに自然と口角が緩む。
頬についた返り血を手の甲で拭い、手刀についた血を味わっていると、俺の周りを白仮面の集団が囲んだ。
「…………」
ざっと見ただけでも十人以上はいた。
各々が刀を抜き、正眼に構える中、一人が進み出て、俺に銃口を向ける。
「よくもやってくれたな」
白仮面の一人が言った。
「ただではすまないぞ」
と、後方から声がした。
俺は鼻を鳴らす。
ここにやって来た時から朝倉以外にも他の気配があり、スクラップの山を陰に身を潜めていたくらい分かり切っていた。
二人きりで、と言っておいたはずだが守るつもりは最初からなかったらしい。だが、奴を見殺しにしておきながら今更出てくるとは。
こんな奴ら程度の実力じゃ、虹雅渓の制圧どころか、キュウゾウの相手すら務まらないだろう。
黙ったまま大人しく、物蔭に隠れていればよかったものを。だからといって、見逃す気は毛頭ないが。
「アイツ等に手を出したこと、ケジメつけさせてもらう」
ここがお前らの墓場だ。
◆◆◆◆
撃ってきた銃弾を躱し、銃を持った奴から先に斬る。二度と撃たせまいと落ちた銃を踏み砕くと、高く跳躍して、囲いから脱出する。
着地して、背後から攻撃を仕掛けた白仮面の刀を背中越しに避けると、背中と二の腕の間に挟み、圧し折る。
パキン。
折れた音が辺りに響いた。
「なっ、なんだと!?」
ありえないと動揺している間にすかさず回転からの足刀を打ち込む。グギリ、と首があらぬ方向へと曲がって男は絶命する。
「このッ!」
討たれた仲間を隠れ蓑に、正面から繰り出された刃を受け流し、手刀で撫で斬りにする。
「くっ……! このアマ、調子に乗るな!」
そう叫んで、白仮面の振り下ろされる刃を左手の手刀で砕き、右の手刀を下から上に払って、縦に斬り裂く。
躱しては斬って。
避けては裂いて。
跳ねては薙いで。
そうやって斬撃と回避を繰り返していく。
小半時もかからぬうちに数十人はいたであろう白仮面は残すところ一人となった。
「後はお前だけだ」
そう告げて睨み据えると、白仮面は情けない声を上げた。持っていた刀を放り出すと「許してくれ」とその場に土下座をする。
「俺は、あの朝倉って奴に脅されていたんだよ。それでやっただけなんだ!」
「…………」
「本当なんだ、信じてくれ!」
「…………」
言い訳など見苦しい。
謝っている振りをして隙をついてくる可能性もある。だが、嘘か本当かなんてこの際どうでもいい。ここにやってきた時点で、一人も残さずに斬ることは俺の中で確定しているから。
恐る恐る顔を上げた白仮面に、俺は両の手刀を下段に構えて、近づいていく。俺の動きから見逃してもらえないと勘づき、奴は悲鳴を上げながら大通りに繋がる通路へ向かって走っていく。
どうやらこの場から逃げ出すつもりらしい。
逃がすか。
俺が手刀から斬撃を放とうとするのと同時に、最後の一人は出口へとさしかかった途端、斬られていた。叫び声を上げる間もなく、あまりに速く迷いのない斬撃。
まさか。
倒れゆく死体と入れ替わりに通路から現れたのは。
「ここにいたのか」
金色の髪に、くすんだ赤色のコートを纏う二刀流のサムライ。キュウゾウだった。
◆◆◆◆
キュウゾウは二本の刀を納めると、一歩進み、通路から出る。先ほど殺した白仮面に目もくれず、俺を見据えてきた。そして、右から左、左から右へと周囲を見る。
ただでさえ汚い場所に朝倉と白装束達の死体が転がり、地面にたくさんの血だまりを作っていた。
俺の足元にも、もとは人だったモノと、それらの生首や腕が転がっている。生臭い匂いが立ち込める空間に、キュウゾウは何の表情も浮かべることなく、一歩踏み出した。
ブーツが血で汚れることさえ、厭わずに近づいてくる。
なぜ、キュウゾウがここに?
考えられるとしたらアヤマロだ。
奴がかむろ衆でも使ったのか、朝倉の虹雅渓制圧計画に気付き、排除しろと命令を出されてので、やってきたのかもしれない。だが理由はどうあれ、虹雅渓から出ていく俺にはもう関係ないことだ。
「キュウゾウ」
名を呼ぶと、奴は立ち止まって俺を見た。
俺も赤色の目を見つめ返した。
こうして睨み合うのは久方ぶりなのに。
ついこの間までやっていたかのような気がする。
不思議なものだ、と思いつつ、俺は口を開く。
「そこをどいてくれないか」
「断る」
「…………」
案の定というか、なんというか。にべもなく断られた。何故ここにきたと一応聞いてみると、
「頼まれた」
という一言が返ってきた。
「アヤマロからか」
「…………」
答える気はないらしい。
無言は肯定と示すというが今回の場合は違うだろう。頼まれた、なんて言い方に違和感がある。
雇い主のアヤマロ以外の誰かがこの場にキュウゾウを差し向けた可能性が出てきた。
だが。
俺は刀だ。
誰であろうとも。
どういう理由があったとしても。
我を通すなら、斬って進むまでだ。
俺は左右の手刀を振り上げ、斬撃を連続で放った。瞬時に抜刀したキュウゾウが斬撃を払っている間に突貫し、跳び蹴り。頭を狙っての攻撃だが、キュウゾウは二本の刀を交差させて防御した。
宙返りでもといた位置に戻った俺に、キュウゾウが反撃に出た。俺は奴の速い一太刀を受け流し、刀ごと破壊しようと斬撃を繰り出すが、くるりと身をひるがえされ、脇から刃で突かんとする。
「……っ!」
俺はすれすれで刀を手刀で弾き、斬撃を放つが、先端が奴の髪を掠っただけで大した打撃にはならなかった。一旦、体勢を立て直そうとバク転で移動する。
「…………」
「…………」
お互いに相手の動きを一部も見逃すまいと睨み合う。やる前から分かり切っていたことだが、さっきの白仮面の奴らとは大きく違って、キュウゾウが相手になると一筋縄ではいかない。
ならば白仮面達を斬って、さっさと虹雅渓から出立できれば一番よかった……だが。
良い機会かもしれない。
キュウゾウとは虹雅渓で出会って早々、刃を交えた。戦後になってから、生きる気力と行き場を失い腑抜けたサムライばかりを斬り合いの相手にして嫌気が差していた。
そんな中で久方ぶりに会えた強者に、サムライに、俺は剣士としての喜びを深く感じた。途中「俺のものになれ」とか変なことを言われて、死闘の結末はウヤムヤになってしまったが、この際だ。この場できっちりと決着をつけてやる。
キュウゾウは口の端を歪めていた。
二本の刀が俺を斬らんとして妖しく煌めく。
もしかしたら、奴も同じことを思ったのかもしれない。こんな汚くて、周りは死体だらけで、地獄みたいな血生臭い場所で、二人して笑みを向け合い、対峙しているなんて。
傍から見れば、どこか狂っているとしか思われないだろう。
でも関係ない。
ここには俺とキュウゾウ以外に生きている者はいないのだから。剣士と剣士が向かい合ってやることなんてただ一つだ。
「いざ、尋常に」
「参る!」
俺とキュウゾウはほぼ同時に地面を蹴って、刀を振るった。
◆◆◆◆
相手の命を狩り取らんとして、しのぎを削り合い、せめぎ合う。互いの刃が激しく切り結び、離れては、再び交差する。
キュウゾウは本当に強い。空の戦場が遠のいてもなお、サムライとして在るのだとひしひしと感じる。突き刺さる奴の殺気すら心地よい。
縁を得るためとはいえ、キュウゾウがこのままアキンドの用心棒として、生を終えていくのかと思うと心の底から惜しくなる。
だが。
この先、どう生きるのかを決め、動くのはキュウゾウであって、俺じゃない。
虹雅渓での初戦で折ったのは一本だったが、今回は愛刀を二本とも圧し折ってやった――というのにキュウゾウは止まらない。
俺が破壊する度に白仮面達が残した刀を拾い、己が最も得意とする二刀流の態勢を整え、斬り込んでくる。この世に同じ刀は一つとしてない。故に己の手に馴染むまでにはどんな手練れといえども時間と日数を要するもの。
それを、今の戦闘の中で、この短時間で、誰かの刀を己の刀にしてしまうとは。
なんて奴だ。
驚くと同時に嬉しくもある。
そうでなくちゃ、斬りがいがないから。
しばらく続いた斬り合いの末、俺とキュウゾウは今、血だまりの上で、互いの急所に刃を当てていた。
攻めるに攻められず、引くに引けず。
いわゆる膠着状態になっている。
「…………」
「…………」
隙あれば、俺はキュウゾウの胸部に左貫手を繰り出そうとしていたが、首元に当てられたキュウゾウの左の刀がそれを許さない。
右の刀は俺が手刀で押さえており、奴が斬ろうものなら、即座に圧し折れる。鋭き刃が触れていることで、自分の首元から血が一筋垂れているのを感じる。
非常に悔しいが、この状況、分があるのはキュウゾウの方だ。このままの状態が続けば出血少量とは言え、いずれ俺の方が血液不足で倒れてしまうだろう。
何とか今の状況を打開できないかと目線を離さずに思考しようとすると、キュウゾウが動いた。
動いたとは言っても、それは斬ろうとする動作じゃなかった。
「……!」
信じられない。
キュウゾウの腕ならば、俺の首を瞬時に掻き切れるだろうに、左の刀を俺の首元から離すと、あろうことか、持っていた刀を二本とも捨てたのである。
“俺のものになれ”
奴との初めての斬り合いで起きた、似た出来事を思い出し、俺は歯噛みした。
「どういうつもりだ」
また下らない理由を付けて、斬り合いを放棄する気か。俺が『女』だから斬れないとでもいうのか。鋭く睨みつけると、キュウゾウは小さく首を振った。
「俺は頼まれただけだ」
「……………」
「お主を連れてくるように」
故に決着はつけられぬ。
そう告げられると同時に、俺はキュウゾウに詰め寄られた。
しまった!
手刀を繰り出そうにも遅かった。
自分の腹部に痛みが生じた。不意をついて、奴の繰り出した拳が俺の腹を殴打したのだ。
「げぼっ……!」
口元を抑え、倒れ込む俺をキュウゾウは片腕で受け止めると抱き寄せ、腕の中に閉じ込めた。
「何をする、離せ!」
「離さぬ」
「離せよ、この……!」
俺は咳き込みつつも、胸板を押したり、膝蹴りを入れたりしたが、奴は逃がさないとばかりに背中と腰へ回した腕の力を強める。
これではロクに貫手も打てない。
ちくしょう。
以前の癒しの里でのこともあって、抵抗したところで更に恥ずかしい目に遭うという経験から、俺はいい加減に諦めると、奴の胸元に頬を寄せた。
早く解放したくなるよう嫌がらせをする目的で頬ずりをしてやる。
「……!」
キュウゾウの身体がピクリと反応した。
少し効果があったのかもしれない。
キュウゾウの匂いがする。
血の匂い。サムライの匂い。戦の匂い。
こんなに密着をしているのだから当たり前かと一人嘆息をする。死体だらけの血生臭い場所で何をやっているのだろう、俺は。
キュウゾウだってそうだ。
俺の手とコートは白仮面共の返り血によって血に塗れているから。いくらコートが赤色だからって、返り血が付くのは嫌だろうに。
「お前の服、汚れるぞ」
嫌なら離せと言外に伝えたが、キュウゾウは首を振った。
「構わぬ」
そう言って、奴は右手で俺の後ろ頭を撫でたり、横髪を梳いたり、耳に触れたりもした。
くすぐったい。
身をよじれないのが少し辛い。
さっき殺した朝倉と同じようなことをしてくる。
だが、奴にされた時とは違って、嫌な感情は湧かなかった。
むしろ……。
俺は顔を上げ、赤褐色の目を見つめる。
それに対して、キュウゾウは小さく笑みを浮かべて、俺の頬に手を添えると唇を重ねてきた。
「……!」
はじめてされた時とは違って、とても優しいものだった。キュウゾウが瞳を閉じたので、俺も倣い、目を閉じる。
くちづけはこの一度で終わりではなかった。
二度、三度と繰り返され、徐々に深くなっていく。接吻する行為に慣れているのか、息を一度たりとも乱さないキュウゾウに対し、俺は少し呼吸が困難になっていた。何度目かのくちづけで、苦しいと抗議の意味で胸板を叩いた。
それでやめてくれるかと思いきや、何を勘違いしたのか。頬に触れていた右手を俺の頭に添えて、更に深くしてきた。
こ、この野郎……!
人を窒息死させる気なのだろうか。
握り拳で胸部を強めに叩けば、やっと気づいてくれたようで、解放してくれた。
「はあ、はあ……」
「……シキ」
「お前、俺を殺す気か!」
「違う」
「じゃあ、なんだ」
「足りぬのかと」
「な、何言って……!」
そう言われて、かあ~っ、と顔に熱が集まる。
まるで俺がキュウゾウを求めているみたいじゃないか。そ、そんなわけあるか!
射殺さんばかりに鋭く睨み据えても効果はなし。
いやそれどころか。
「シキ」
「何だよ」
「愛らしかった」
……と、屈辱的な感想まで言われる始末である。
今の俺の顔はとてつもなくアホに見えることだろう。金魚のように意味もなく口をパクパクとさせているのだから。
あまりの恥ずかしさに顔を俯かせたが、奴の右手に顎を掴まれてしまい、嫌でも向き合わされる。
そらそうとするから逆に恥ずかしくなるんだ。
俺は覚悟を決めて、キュウゾウの顔を真正面から見据えると、奴は何やら白く小さなモノを取り出した。
「飲め」
「何だよ、それ」
「薬だ」
「……薬って、何の?」
「知らぬ」
「知らないって、お前な。それに渡されたってことは、俺を連れてくるよう、お前に頼んだって奴から?」
キュウゾウは頷くと、たいした説明も無しに、いいから飲めと言わんばかりに左手に持ったソレを俺の口の中に突っ込もうとしてきた。
「抵抗するな」
「だ、誰が飲めるか、そんなもの!」
腰に回っていた左手がない今、対抗は十分にできる。顎に掴む奴の右手を払い退け、薬を持つ左の袖で掴んで、抑える。
「このまま握り潰してやる」
俺が手に力を加えようとすれば、キュウゾウはすぐさま右の腕を伸ばして、俺の腰を掴んだ。
左手にもっていた薬を口の中に放り込み、腰を掴んだ右手を強引に引き寄せると、そのまま俺の口を塞いできた。
こ、この……!
必死の抵抗は虚しく、奴の舌に押され、俺はゴクンと飲み込んでしまった。吐き出そうにも、キュウゾウがそれを許さない。
大体、薬はもう飲みこませたというのに、俺を解放するどころか、腰に回した腕で更に俺の体を寄せて、深い口づけをしてくる。
人が抵抗しないのをいいことに、堪能しているんじゃない。
いい加減にしろ!
俺はキュウゾウを突き飛ばし、斬撃を放とうとしたタイミングで、眩暈がした。
「…………!」
足元がふらふらとして、立っているのがやっとだった。焦点が定まらない。一人しかいないはずのキュウゾウの姿が二人に見える。
これが薬の効果なのだろうか。まるで酒に酔ったみたいだ。いや、酒より性質が悪いだろ、コレは。
「キュウゾウ、お前、なにを、のませ――」
「…………」
意識を失うまでに覚えているのは、倒れそうになった俺をキュウゾウが受け止めてくれたことだった。
ゴロベエの手伝いをしたこともあって、金は十分に貯まった。これで、出立の準備が整ったとも言える。
一応、挨拶くらいはしておくか。
俺は部屋を出てカウンターへと向かったが、肝心のマスターの姿がなかった。いつもそこにいて何かしら作業をしているはずなのに。
どこへ行ったんだ?
宿の中を探してみたが、どこにもいない。
いくらオンボロとはいえ自分の仕事場を放っておくとは。あのアキンドは経営者としての自覚があるのだろうか。まあ、どうこういっても、俺にはもう関係はないか。仕方ない。
『世話になった』と書いた手紙と文鎮代わりに金を置き、俺は宿を後にした。
◆◆◆◆
階段で第六階層から第七階層、第八階層へと降りて行く。
いかにもヤブな奴がやっていそうな改造屋など怪しい露店が立ち並び、人がまばらに行き交う通りを歩き、途中にあった路地に入った。
日中だというのに薄暗く、じめじめとして狭い通路をしばらく歩くと、広いところへと出る。建物の隙間から日が差し込み、辺りにあるくず鉄やスクラップなどで出来た山を照らしている。
下層区域を散策していた際に見つけた穴場であり、普段から人気のない、秘密裏にことを進めるには格好の場所である。
人が来ないのも無理はなく、単刀直入に言えばとてつもなく汚い。虹雅渓が戦場の跡地から作られた街である故だろう、かつては戦のために使われていたと思われる武器の残骸や物資運搬の形跡がいくつかあった。
戦後は開発もされることなく、人々から見捨てられたところ。周りの地面には錆びた鉄鋼やらスクラップやらがたくさん捨てられているので、マサムネに教えたら喜んで行きそうな場所ではある(俺より虹雅渓には長くいるので、もしかしたら知っているかもしれないが)。
ただしここに出られる道が人ひとり通るのがやっとの幅なので大八車が入らず、多くを持ち帰られないのが難点である。
さて。
俺が顔を正面に向けると、そこには白仮面の先客が一人いた。白仮面は立っている俺に気付くと、挨拶のつもりか、片手を軽く上げた。そして、奴は仮面へ手をかけて外し、素顔を見せた。
はじめて現れたその顔に驚くことはない。
むしろ予想通り過ぎて、つまらないとさえ感じた。
「人を呼び出しておいて、遅刻するなんて礼儀がなっていないよ」
「お前、まだここにいたのか」
謝りの一言もなしかい、と相手は呆れて溜息を吐いた。
「当然じゃないか。虹雅渓を支配下に置くという目的がまだできてないからね」
そう言って、かつての大戦にて俺の主と共に戦っていた朋友、朝倉ゼンは歪んだ笑みを浮かべていた。
「二人きりで話をしたいなんて君にしては嬉しいことを言ってくれるじゃないか」
◆◆◆◆
昨日、ゴロベエと別れた後、俺は人気のない場所まで移動し、尾行していた白仮面の不意をついて捕え、少々手荒いことをした。
朝倉と二人きりで話をさせろ、と言って日時と場所を伝え、逃してやる。そして案の定、朝倉はやってきた。白仮面の集団は朝倉の仲間だった。
なぜ奴らと共にヘイハチを脅し、キクチヨとマサムネを襲い、マスターを狙ったのか。
「君のためだよ、シキ」
朝倉はそう答えた。何も言わず見据える俺に奴は続ける。
「あの大戦時、肉体を機械化もせず、刀もなしに生身どころか機械のサムライすら斬りまくっていく君は本当にすごかった。艦内ではいつも退屈そうにしていたに戦場に出れば敵と斬り合い、血を浴びている様はなんと美しかったことか」
「…………」
「それなのに!」
唐突に朝倉は両手を広げて叫んだ。
「触れようとするだけでも斬られてしまいそうな、あんな鋭い刀だったというのに! 虹雅渓で再会した君は随分と腑抜けたように見えた。きっと今の世に戦がないせいだと強く思った。だから――」
「キクチヨ達を襲ったのか」
「そうだよ。アイツ等が君の足枷になっている。だから君は虹雅渓に手が出せない」
「…………」
「シキ、アイツ等はやめた方がいいよ。君のためにならない。あんな取るに足りない馬鹿な連中より、私といる方が断然いい。そうすれば君は刀として生きることができるよ」
朝倉は歩いて、俺の前にやってくると右手を差し出した。
「この手をとって、私の刀になると誓ってよ。安心して、私はリョウマのようにお前の前からいなくなったりしない。簡単に死なないからさ」
「…………」
ジッと奴の右手を見つめる。
少し間を置いてから顔を上げると「なら」と口を開く。
「俺がお前の刀になれば、キクチヨ達に二度と手を出さないでくれるのか」
朝倉の目を見据えて言うと、奴はフッと微笑み「ああ」と頷いた。
「もちろんだ。約束するよ」
「そうか」
奴の右手へと手を伸ばすと手首を掴まれ、ぐいと引き寄せられた。朝倉は俺の背中に腕を回し、腕の中に閉じ込めると「いい子だね」と耳もとで囁き、耳たぶに口づけた。
それだけでは飽き足らず、俺の後ろ髪を撫で、匂いを嗅いでいる。
「君を決して離しはしない」
好きだよ、と朝倉は言った。
「一本の刀として、一人の女性として、一生大切にするからね」
「…………」
「私は、シキを心から本当に愛している」
戦場ではじめて見た時から、君に惚れていた。
本当に好きだった。サムライを理解し、戦場を共にできる女性などそうそういない。
前の主のリョウマがいなくなった今、生き場を失くしたサムライを救う受け皿を作るという彼の意思を継ぎ、君の主になるにふさわしいのは私しかいない。
愛している。愛している。愛している。
延々と続く愛の言葉。
奴が囁く度に、奴が触れる度に、己の内に黒い感情が沸き起こる。無我夢中になって、堪能している朝倉の耳元に、俺は唇を寄せて耳打ち。
「嘘つき」
「えっ?」
朝倉のとぼけた声はすぐさま苦悶の声に変わった。無理もない。自分の腹が俺の手刀で貫かれているのだから。
俺は、吐血する朝倉の腹を蹴って、刃を抜いた。
コートに血がついてしまったが気にしない。
奴はよろけつつも地に倒れまいと足を踏ん張り、刺された腹を手で抑えながら俺を見る。
「シキ、ど、どうして……?」
苦痛に顔を歪ませつつ問いかける奴の顔を俺は冷めた心で見つめ返した。
どうして、なんて愚問だ。
初めからいっているじゃないか。
「俺は、お前の刀になるつもりはない」
「そ、そんな……!」
「それにお前は、手を出してはいけないものを犯したから」
この場にくるまでに時間がかかったのは、キクチヨとマサムネのところへ寄ってきたからだ。寄ったといっても、二人と会うためではなく、付近に潜んでいた白仮面を始末するため。
仲間に探らせて見つけていたのだろう、診療所に爆弾を仕掛けようとしていたから、気づかれぬよう接近して爆弾もろとも斬っておいたのだ。
俺が虹雅渓制圧の協力を拒んだことに納得いかないのなら、俺に向かって斬りかかってくればいいものを。
己の剣の腕に自信がないからなのか、どうかは知らないが、だからといって、関係のないキクチヨとマサムネ、ヘイハチ、マスターにまで手を出すとは。
「お前、本当にサムライか?」
こんな体たらくでサムライの時代を取り戻すだの、受け皿を作るだとか笑わせる。
「刀で語らぬ剣士など、恥を知れ」
「……っ! ああああああ!」
最後の力を振り絞って叫ぶ朝倉。
血に濡れる手で腰の刀を抜き、振るった。
見切るのすら億劫な、緩慢な動き。
俺は右の手刀で払い、左の手刀で朝倉の首をはねた。首は鮮血をまき散らしながら、天高く舞い上がっていき、やがて地に落ちた。
頭部を失くした身体は血を噴き上げながら仰向けに倒れる。地面に流れ、広がっていく血だまり。
赤い液から香ってくる匂いに自然と口角が緩む。
頬についた返り血を手の甲で拭い、手刀についた血を味わっていると、俺の周りを白仮面の集団が囲んだ。
「…………」
ざっと見ただけでも十人以上はいた。
各々が刀を抜き、正眼に構える中、一人が進み出て、俺に銃口を向ける。
「よくもやってくれたな」
白仮面の一人が言った。
「ただではすまないぞ」
と、後方から声がした。
俺は鼻を鳴らす。
ここにやって来た時から朝倉以外にも他の気配があり、スクラップの山を陰に身を潜めていたくらい分かり切っていた。
二人きりで、と言っておいたはずだが守るつもりは最初からなかったらしい。だが、奴を見殺しにしておきながら今更出てくるとは。
こんな奴ら程度の実力じゃ、虹雅渓の制圧どころか、キュウゾウの相手すら務まらないだろう。
黙ったまま大人しく、物蔭に隠れていればよかったものを。だからといって、見逃す気は毛頭ないが。
「アイツ等に手を出したこと、ケジメつけさせてもらう」
ここがお前らの墓場だ。
◆◆◆◆
撃ってきた銃弾を躱し、銃を持った奴から先に斬る。二度と撃たせまいと落ちた銃を踏み砕くと、高く跳躍して、囲いから脱出する。
着地して、背後から攻撃を仕掛けた白仮面の刀を背中越しに避けると、背中と二の腕の間に挟み、圧し折る。
パキン。
折れた音が辺りに響いた。
「なっ、なんだと!?」
ありえないと動揺している間にすかさず回転からの足刀を打ち込む。グギリ、と首があらぬ方向へと曲がって男は絶命する。
「このッ!」
討たれた仲間を隠れ蓑に、正面から繰り出された刃を受け流し、手刀で撫で斬りにする。
「くっ……! このアマ、調子に乗るな!」
そう叫んで、白仮面の振り下ろされる刃を左手の手刀で砕き、右の手刀を下から上に払って、縦に斬り裂く。
躱しては斬って。
避けては裂いて。
跳ねては薙いで。
そうやって斬撃と回避を繰り返していく。
小半時もかからぬうちに数十人はいたであろう白仮面は残すところ一人となった。
「後はお前だけだ」
そう告げて睨み据えると、白仮面は情けない声を上げた。持っていた刀を放り出すと「許してくれ」とその場に土下座をする。
「俺は、あの朝倉って奴に脅されていたんだよ。それでやっただけなんだ!」
「…………」
「本当なんだ、信じてくれ!」
「…………」
言い訳など見苦しい。
謝っている振りをして隙をついてくる可能性もある。だが、嘘か本当かなんてこの際どうでもいい。ここにやってきた時点で、一人も残さずに斬ることは俺の中で確定しているから。
恐る恐る顔を上げた白仮面に、俺は両の手刀を下段に構えて、近づいていく。俺の動きから見逃してもらえないと勘づき、奴は悲鳴を上げながら大通りに繋がる通路へ向かって走っていく。
どうやらこの場から逃げ出すつもりらしい。
逃がすか。
俺が手刀から斬撃を放とうとするのと同時に、最後の一人は出口へとさしかかった途端、斬られていた。叫び声を上げる間もなく、あまりに速く迷いのない斬撃。
まさか。
倒れゆく死体と入れ替わりに通路から現れたのは。
「ここにいたのか」
金色の髪に、くすんだ赤色のコートを纏う二刀流のサムライ。キュウゾウだった。
◆◆◆◆
キュウゾウは二本の刀を納めると、一歩進み、通路から出る。先ほど殺した白仮面に目もくれず、俺を見据えてきた。そして、右から左、左から右へと周囲を見る。
ただでさえ汚い場所に朝倉と白装束達の死体が転がり、地面にたくさんの血だまりを作っていた。
俺の足元にも、もとは人だったモノと、それらの生首や腕が転がっている。生臭い匂いが立ち込める空間に、キュウゾウは何の表情も浮かべることなく、一歩踏み出した。
ブーツが血で汚れることさえ、厭わずに近づいてくる。
なぜ、キュウゾウがここに?
考えられるとしたらアヤマロだ。
奴がかむろ衆でも使ったのか、朝倉の虹雅渓制圧計画に気付き、排除しろと命令を出されてので、やってきたのかもしれない。だが理由はどうあれ、虹雅渓から出ていく俺にはもう関係ないことだ。
「キュウゾウ」
名を呼ぶと、奴は立ち止まって俺を見た。
俺も赤色の目を見つめ返した。
こうして睨み合うのは久方ぶりなのに。
ついこの間までやっていたかのような気がする。
不思議なものだ、と思いつつ、俺は口を開く。
「そこをどいてくれないか」
「断る」
「…………」
案の定というか、なんというか。にべもなく断られた。何故ここにきたと一応聞いてみると、
「頼まれた」
という一言が返ってきた。
「アヤマロからか」
「…………」
答える気はないらしい。
無言は肯定と示すというが今回の場合は違うだろう。頼まれた、なんて言い方に違和感がある。
雇い主のアヤマロ以外の誰かがこの場にキュウゾウを差し向けた可能性が出てきた。
だが。
俺は刀だ。
誰であろうとも。
どういう理由があったとしても。
我を通すなら、斬って進むまでだ。
俺は左右の手刀を振り上げ、斬撃を連続で放った。瞬時に抜刀したキュウゾウが斬撃を払っている間に突貫し、跳び蹴り。頭を狙っての攻撃だが、キュウゾウは二本の刀を交差させて防御した。
宙返りでもといた位置に戻った俺に、キュウゾウが反撃に出た。俺は奴の速い一太刀を受け流し、刀ごと破壊しようと斬撃を繰り出すが、くるりと身をひるがえされ、脇から刃で突かんとする。
「……っ!」
俺はすれすれで刀を手刀で弾き、斬撃を放つが、先端が奴の髪を掠っただけで大した打撃にはならなかった。一旦、体勢を立て直そうとバク転で移動する。
「…………」
「…………」
お互いに相手の動きを一部も見逃すまいと睨み合う。やる前から分かり切っていたことだが、さっきの白仮面の奴らとは大きく違って、キュウゾウが相手になると一筋縄ではいかない。
ならば白仮面達を斬って、さっさと虹雅渓から出立できれば一番よかった……だが。
良い機会かもしれない。
キュウゾウとは虹雅渓で出会って早々、刃を交えた。戦後になってから、生きる気力と行き場を失い腑抜けたサムライばかりを斬り合いの相手にして嫌気が差していた。
そんな中で久方ぶりに会えた強者に、サムライに、俺は剣士としての喜びを深く感じた。途中「俺のものになれ」とか変なことを言われて、死闘の結末はウヤムヤになってしまったが、この際だ。この場できっちりと決着をつけてやる。
キュウゾウは口の端を歪めていた。
二本の刀が俺を斬らんとして妖しく煌めく。
もしかしたら、奴も同じことを思ったのかもしれない。こんな汚くて、周りは死体だらけで、地獄みたいな血生臭い場所で、二人して笑みを向け合い、対峙しているなんて。
傍から見れば、どこか狂っているとしか思われないだろう。
でも関係ない。
ここには俺とキュウゾウ以外に生きている者はいないのだから。剣士と剣士が向かい合ってやることなんてただ一つだ。
「いざ、尋常に」
「参る!」
俺とキュウゾウはほぼ同時に地面を蹴って、刀を振るった。
◆◆◆◆
相手の命を狩り取らんとして、しのぎを削り合い、せめぎ合う。互いの刃が激しく切り結び、離れては、再び交差する。
キュウゾウは本当に強い。空の戦場が遠のいてもなお、サムライとして在るのだとひしひしと感じる。突き刺さる奴の殺気すら心地よい。
縁を得るためとはいえ、キュウゾウがこのままアキンドの用心棒として、生を終えていくのかと思うと心の底から惜しくなる。
だが。
この先、どう生きるのかを決め、動くのはキュウゾウであって、俺じゃない。
虹雅渓での初戦で折ったのは一本だったが、今回は愛刀を二本とも圧し折ってやった――というのにキュウゾウは止まらない。
俺が破壊する度に白仮面達が残した刀を拾い、己が最も得意とする二刀流の態勢を整え、斬り込んでくる。この世に同じ刀は一つとしてない。故に己の手に馴染むまでにはどんな手練れといえども時間と日数を要するもの。
それを、今の戦闘の中で、この短時間で、誰かの刀を己の刀にしてしまうとは。
なんて奴だ。
驚くと同時に嬉しくもある。
そうでなくちゃ、斬りがいがないから。
しばらく続いた斬り合いの末、俺とキュウゾウは今、血だまりの上で、互いの急所に刃を当てていた。
攻めるに攻められず、引くに引けず。
いわゆる膠着状態になっている。
「…………」
「…………」
隙あれば、俺はキュウゾウの胸部に左貫手を繰り出そうとしていたが、首元に当てられたキュウゾウの左の刀がそれを許さない。
右の刀は俺が手刀で押さえており、奴が斬ろうものなら、即座に圧し折れる。鋭き刃が触れていることで、自分の首元から血が一筋垂れているのを感じる。
非常に悔しいが、この状況、分があるのはキュウゾウの方だ。このままの状態が続けば出血少量とは言え、いずれ俺の方が血液不足で倒れてしまうだろう。
何とか今の状況を打開できないかと目線を離さずに思考しようとすると、キュウゾウが動いた。
動いたとは言っても、それは斬ろうとする動作じゃなかった。
「……!」
信じられない。
キュウゾウの腕ならば、俺の首を瞬時に掻き切れるだろうに、左の刀を俺の首元から離すと、あろうことか、持っていた刀を二本とも捨てたのである。
“俺のものになれ”
奴との初めての斬り合いで起きた、似た出来事を思い出し、俺は歯噛みした。
「どういうつもりだ」
また下らない理由を付けて、斬り合いを放棄する気か。俺が『女』だから斬れないとでもいうのか。鋭く睨みつけると、キュウゾウは小さく首を振った。
「俺は頼まれただけだ」
「……………」
「お主を連れてくるように」
故に決着はつけられぬ。
そう告げられると同時に、俺はキュウゾウに詰め寄られた。
しまった!
手刀を繰り出そうにも遅かった。
自分の腹部に痛みが生じた。不意をついて、奴の繰り出した拳が俺の腹を殴打したのだ。
「げぼっ……!」
口元を抑え、倒れ込む俺をキュウゾウは片腕で受け止めると抱き寄せ、腕の中に閉じ込めた。
「何をする、離せ!」
「離さぬ」
「離せよ、この……!」
俺は咳き込みつつも、胸板を押したり、膝蹴りを入れたりしたが、奴は逃がさないとばかりに背中と腰へ回した腕の力を強める。
これではロクに貫手も打てない。
ちくしょう。
以前の癒しの里でのこともあって、抵抗したところで更に恥ずかしい目に遭うという経験から、俺はいい加減に諦めると、奴の胸元に頬を寄せた。
早く解放したくなるよう嫌がらせをする目的で頬ずりをしてやる。
「……!」
キュウゾウの身体がピクリと反応した。
少し効果があったのかもしれない。
キュウゾウの匂いがする。
血の匂い。サムライの匂い。戦の匂い。
こんなに密着をしているのだから当たり前かと一人嘆息をする。死体だらけの血生臭い場所で何をやっているのだろう、俺は。
キュウゾウだってそうだ。
俺の手とコートは白仮面共の返り血によって血に塗れているから。いくらコートが赤色だからって、返り血が付くのは嫌だろうに。
「お前の服、汚れるぞ」
嫌なら離せと言外に伝えたが、キュウゾウは首を振った。
「構わぬ」
そう言って、奴は右手で俺の後ろ頭を撫でたり、横髪を梳いたり、耳に触れたりもした。
くすぐったい。
身をよじれないのが少し辛い。
さっき殺した朝倉と同じようなことをしてくる。
だが、奴にされた時とは違って、嫌な感情は湧かなかった。
むしろ……。
俺は顔を上げ、赤褐色の目を見つめる。
それに対して、キュウゾウは小さく笑みを浮かべて、俺の頬に手を添えると唇を重ねてきた。
「……!」
はじめてされた時とは違って、とても優しいものだった。キュウゾウが瞳を閉じたので、俺も倣い、目を閉じる。
くちづけはこの一度で終わりではなかった。
二度、三度と繰り返され、徐々に深くなっていく。接吻する行為に慣れているのか、息を一度たりとも乱さないキュウゾウに対し、俺は少し呼吸が困難になっていた。何度目かのくちづけで、苦しいと抗議の意味で胸板を叩いた。
それでやめてくれるかと思いきや、何を勘違いしたのか。頬に触れていた右手を俺の頭に添えて、更に深くしてきた。
こ、この野郎……!
人を窒息死させる気なのだろうか。
握り拳で胸部を強めに叩けば、やっと気づいてくれたようで、解放してくれた。
「はあ、はあ……」
「……シキ」
「お前、俺を殺す気か!」
「違う」
「じゃあ、なんだ」
「足りぬのかと」
「な、何言って……!」
そう言われて、かあ~っ、と顔に熱が集まる。
まるで俺がキュウゾウを求めているみたいじゃないか。そ、そんなわけあるか!
射殺さんばかりに鋭く睨み据えても効果はなし。
いやそれどころか。
「シキ」
「何だよ」
「愛らしかった」
……と、屈辱的な感想まで言われる始末である。
今の俺の顔はとてつもなくアホに見えることだろう。金魚のように意味もなく口をパクパクとさせているのだから。
あまりの恥ずかしさに顔を俯かせたが、奴の右手に顎を掴まれてしまい、嫌でも向き合わされる。
そらそうとするから逆に恥ずかしくなるんだ。
俺は覚悟を決めて、キュウゾウの顔を真正面から見据えると、奴は何やら白く小さなモノを取り出した。
「飲め」
「何だよ、それ」
「薬だ」
「……薬って、何の?」
「知らぬ」
「知らないって、お前な。それに渡されたってことは、俺を連れてくるよう、お前に頼んだって奴から?」
キュウゾウは頷くと、たいした説明も無しに、いいから飲めと言わんばかりに左手に持ったソレを俺の口の中に突っ込もうとしてきた。
「抵抗するな」
「だ、誰が飲めるか、そんなもの!」
腰に回っていた左手がない今、対抗は十分にできる。顎に掴む奴の右手を払い退け、薬を持つ左の袖で掴んで、抑える。
「このまま握り潰してやる」
俺が手に力を加えようとすれば、キュウゾウはすぐさま右の腕を伸ばして、俺の腰を掴んだ。
左手にもっていた薬を口の中に放り込み、腰を掴んだ右手を強引に引き寄せると、そのまま俺の口を塞いできた。
こ、この……!
必死の抵抗は虚しく、奴の舌に押され、俺はゴクンと飲み込んでしまった。吐き出そうにも、キュウゾウがそれを許さない。
大体、薬はもう飲みこませたというのに、俺を解放するどころか、腰に回した腕で更に俺の体を寄せて、深い口づけをしてくる。
人が抵抗しないのをいいことに、堪能しているんじゃない。
いい加減にしろ!
俺はキュウゾウを突き飛ばし、斬撃を放とうとしたタイミングで、眩暈がした。
「…………!」
足元がふらふらとして、立っているのがやっとだった。焦点が定まらない。一人しかいないはずのキュウゾウの姿が二人に見える。
これが薬の効果なのだろうか。まるで酒に酔ったみたいだ。いや、酒より性質が悪いだろ、コレは。
「キュウゾウ、お前、なにを、のませ――」
「…………」
意識を失うまでに覚えているのは、倒れそうになった俺をキュウゾウが受け止めてくれたことだった。
