第四話
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◆
白仮面達の目的は何なのか。
何故、奴らはキクチヨとマサムネを襲い、マスターとヘイハチを狙ったのか。俺は布団に仰向けになりながら、一人で考えていた。
考えるという行為は苦手だが、苦手なりに二つ考えた。
一つ、奴らは金銭目的じゃないということ。
金を得るために襲うのなら、貧しい者ばかりの下層より富める者が多い上層へ行けばいいし、襲うなら相手は刀鍛冶やサムライではなく、アキンドを狙えばいい。
そのアキンドを狙うにしてもマスターのような平アキンドより、大アキンドを狙えば大金が手に入るはずだ。だが実際はそうじゃなかった。
二つ、被害を受けた者が皆、俺が虹雅渓に来てからできた知り合いだということ。
ヘイハチに送られた脅しの手紙の存在もある。初めは偶然かと思ったが、こうも二度、三度……と続けば、それは『必然』となる。
「…………」
俺の予想が正しければ、奴らが次に狙う可能性が高いのは二刀流の金髪サムライだろう。
だが、アイツのことなら心配無用で、するだけ無駄だ。たとえ一人でいるところを多人数で襲われたとしても一刀両断、快刀乱麻と瞬く間に敵を斬り伏せていくに違いない。
俺がこのまま、何もしなくてもアイツが立ち合えば全部片づけてくれそうではあるが……。
気に食わない。
売られた喧嘩 を他人任せにする趣味はない。
俺は行動に出ることにした。
◆◆◆◆
第四階層を歩いていると、向こうで少し騒ぎがあった。
何があったのかと周囲に聞くまでもなかった。
被害者を受けた者が「ひったくり!」と叫ぶ女の声が聞こえたからだ。
「誰か、その人を捕まえて!」
響く女の声は周りにいる人々へ懸命に助けを求めているが、通行人達は見て見ぬ振り。
誰一人として動く者はおらず、むしろ、ひったくり犯のために道を明け渡している始末だった。
「ちょっとアンタ、そこにいると危ないよ」
近くにいた露店の店主が俺に手招きする。確かに店主の言う通り、このままだと俺とひったくり犯はぶつかるだろう。
奴が逃げる先の、道の真ん中にいるのだから。
「そうか」
「いや、そうか、じゃないよ。アンタ危ないって」
「気にするな」
「いやいや、駄目だって」
構うな、と何回言っても店主は手を何度も振って、こっちへ来いという。
人がほっとけと言っているのに、案外しつこい。
店主と押し問答を続けているうちに、人だかりからひったくり犯と思しき男が走り出てきた。手には男の見た目とは似つかわしくない淡い桃色の財布を握りしめている。
他の通行人は避けているというのに、一人だけその場を動かずにいる俺に気付き、立ち止まると男は叫んだ。
「邪魔だ! そこをどけ!」
「断る。お前が避けて勝手にいけばいいだろ」
「なんだと? てめえ舐めた口聞きやがってぶっ殺すぞ!」
男はあくどい笑みを浮かべると、懐から短刀を取り出した。差し込む日の光を受けて銀色に輝く刃。それを見て、周囲はどよめき、一斉に身を引いた。
「俺は声をかけたからな」
露店の店主は青い顔になると後は知らないと慌てて奥へ引っ込んでいく。男は咆哮を上げながら、刀を手に突進してきた。
……はあ。
俺は内心で溜息を吐く。
正直ひったくりなんてどうでもいい。
見も知らぬ女を助ける義理もない。俺を避けてそのまま通り過ぎてくれるなら、邪魔をするつもりもなかったのに。
だが刀を持ち出され、突き殺そうとしてくるからには黙っているわけにはいかない。
俺は男を見据えると、その場で両の手刀をかざし、交差させた。
男との間にはまだ距離があり、誰の目から見ても間合いの範囲外。周りからは、空を切ったように見えただろう。
だが効果はすぐに現れた。
男の持っていた短刀の刀身が折れ、着物が切り裂かれた。何が起こったのか分からず、男は褌一丁で呆然としている。
俺は手刀を構えた。
「次は首だ。動くなよ」
一歩近づくと男は悲鳴を上げた。さっきまでの俺を殺さんとする気概はもう微塵もなかった。
「もうしませんから! ごめんなさ――い!」
男はひったくった財布を放り投げると一目散に逃げて行った。
その後、周りはしんとしていたが、ほどなくして歓声が上がり、口笛も鳴っていた。
喜ぶのは人の勝手だが、非常にうるさい。
アンタすごいな、と言って何故か握手を求めてくる者達までいた。俺はソイツ等を無視して財布を拾うと、人ごみの中へ分け入り、持ち主を探し出して、財布を手渡した。
「あ、ありがとうございます」
「別に。たまたまだ」
「それでも、本当に助かりました」
頭を下げる女の隣には小さな子どもがいて、女の着物の裾を掴みながら、じっと俺を見ていた。
何だ、と見つめ返していると、小さな手で指を差した。
「おめめ、とってもきれい」
「きれいか?」
「うん。おそらみたい」
「そうか」
屈んで目線を合わせる。
「お前も綺麗だぞ」
そう言ってやると、子どもは、嬉しそうに笑った。
「わたしのめ、おかあさんと、おんなじなの。きんいろ、なの」
「そうか」
「すみません。うちの子が変なこと言って」
俺は立ち上がり、別にいいと首を振った。
「気にしていない」
「本当すみません。あの、せっかく助けていただいたので……」
お礼です。これくらいしかありませんが、と言って、女は財布から金を取り出したが、俺はいらないと手を振る。
「ですが……」
「お礼に使うより、子どものために使った方がいいんじゃないか」
見た目だけの判断で言えば、お金に余裕があるようには見えない。断ったことに、女ははじめ戸惑っていたが、少し経つと思い直したのだろう、すみません、ありがとうございます、と頭を下げた。
俺は頷くと、踵を返して前へ進む。後ろから声がしたので、振り返ると頭を下げる女の隣でさっきの子どもが手を振っていたので、俺も軽く振り返してから、再び歩き出した。
◆◆◆◆
引き続き第四階層を歩いていると、通路の端にある幟旗が目についた。近付いてみる。白い旗に赤い字で『いのちうります』と書かれていた。
いのちって、あの命か?
それ以外にはないか。
まあ、それよりも。
「俺に何の用だ」
「……ほほう。気づいておったのか」
「さっきから鋭い視線を感じていたからな」
振り返ると、短い銀髪、左頬に傷を負った長身の男が物陰から姿を現した。男は愛想のよい笑みを浮かべると、懐から扇子を取り出して「いや失礼した」と頭を軽く叩き、名乗った。
「某は片山ゴロベエと申す。元サムライで、戦なき今は刀剣を使った芸を生業にしている」
いのちうりますと書かれた幟旗を立てている場所はゴロベエがやっている見世物の本日の拠点らしい。
刀剣と言われて、ゴロベエが扇子で差す先を見る。確かにそこには、かつて戦で使われたであろう刀や弓矢、槍などの武器が籠いっぱいに入っていた。
話によると奴は、己の命を的にした危険な芸などをやって見せては人を楽しませているのだとか。人を殺す武器を見世物の道具にするとは、なかなかに物好きな奴である。
「それで、今は芸人サムライのお前が俺に何の用だ」
「お主に芸の手伝いをお願いできないか、と思ってな」
「手伝い?」
どうやらゴロベエは先ほど俺がひったくりを追い払ったところを野次馬に混じって見ていたようで、俺の剣技に感銘を受けたらしい。そうか『アレ』を剣技と観たのか。
「だったら、なぜ俺の背後に立つ真似なんかしたんだ」
声をかけるなら普通にかければいいものを。
俺がそう言って睨むと「いやいや」とゴロベエは首を振る。
「それではつまらないではないか」
「…………」
「実は期待していたのだ。先ほどのひったくりの男に放ったかまいたちのような技を某にも放ってくれまいか、とな」
「そうか。なら」
お望みの通りやってやろうか。
言うか言い終わらないかのうちに俺は手刀から刃を放っていた。
首を斬り落とす気満々で放った斬撃だが、ゴロベエは長身に似合わぬ俊敏な動きで回避してみせた。
「…………」
見事に躱されてしまった。悔しさが残る反面、奴が口だけのサムライではなかったことが分かり、嬉しくもあった。ただ、完全に避け切ることはできなかったようで、少量ではあるが首筋から血が垂れていた。自分でやっておいてなんだが、止血しようか、と懐から手拭いを出して近寄ってみるが、ゴロベエから「待て」と手で制された。
奴は傷ができた場所に指を触れさせ、恍惚な表情となって体を震わせている。
何をやっているんだ、コイツは。
周りからは不審な者を見る視線が送られているが、そんなことお構いなしである。
「ほほう……! 素晴らしい……!」
「斬られて喜ぶとか変態か、お前は」
俺は呆れつつも、やっぱり奴はサムライだな、と思った。今は芸人だとか抜かしているが、こんな平和なご時世に己の命を的にするとかといっているし。
それに数多の戦場で浴びて染み込んだ血の匂いが身体から消えていない。いくら体を清めようとも、戦場から離れようとも、それは死ぬまで消えないものだから。
しばらくして、気を取り戻したゴロベエに向かって、俺は名乗り遅れたことを詫びると、自己紹介をした。
「俺は無刀流九代目当主、鋼音シキだ」
「無刀流?」
「刀を使わず己を刀として相手を斬る殺人剣術だ」
「ほう」
と、ゴロベエは顎に手を当て、関心の声を上げた。
「己を刀とするか。なんとも面白い御仁だな。覚えておこう」
ゴロベエが不敵な笑みを浮かべたから、俺も同じく笑みを返してやった。久方ぶりに戦を知るサムライに会えたことと、血の匂いを感じたことに気分を良くしたこともあって、俺はゴロベエのお願い(見世物の手伝いをする)を引き受けることにした。
ゴロベエは喜び、さっそくやるか、と膝を打って立ち上がると扇子を取り出して、客を集めるべく謡いを始めた。
ごった返す雑踏の中であっても、大きくよく通る奴の声に反応して、時間を持て余した者達がぞろぞろと周囲に集まってくる。
何度も見ているのか、あの人すごいんだよ、とゴロベエに指を差して言っている奴もいた。
俺はゴロベエのもとへ駆け寄ると「おい」と耳打ちをした。
「俺は何をすればいい」
「逆に問うが、何ができるのだ?」
「俺にできること、か……」
思いつく限り適当に言ってみた。上げた中でいくつか、それはいいと言われたものがあったので、実演することにした。
ゴロベエの後に続いて、俺は用意された舞台の上に立つと、沢山の視線を真っ向から受けた。
緊張しないと言えば噓になるが……まあ、なるようになるだろう。
俺は一つ深呼吸をすると、ゴロベエへ合図を送った。
無刀流九代目当主、鋼音シキ。
人生初の見世物である。
人を斬り殺す剣術を芸に利用したことをあの世の父上と兄上が知ったらどう思うだろうか。
父上はともかく、兄上ならば怒らないで、むしろ喜んで見てくれそうだな……と思った。
◆◆◆◆
見世物が終わった後。
俺はゴロベエからお礼として投げ銭のいくらかを貰った。
「お主のおかげで今日は大盛況だった。シキ殿でさえよければ、このまま某と共に芸の旅に出ないか?」
「悪い」
俺は首を振った。
「それはできない。お前の気持ちだけ受け取っておく」
俺には他にやることがあるから。
「そうか。ならばやることとやらが終わって、気が変わった時には是非とも声をかけてくれ。お主ならいつでも歓迎するぞ」
「ああ」
「……ところで話は変わるのだが、アレはお主の知り合いかな?」
「…………」
やはり、ゴロベエも気付いていたのか。
俺は黙って頷くと、ゴロベエが目線の先にいる者を肩越しに見遣った。そこにいたのは、物陰に身を潜ませて、様子を伺っている白仮面の男だった。
白仮面達の目的は何なのか。
何故、奴らはキクチヨとマサムネを襲い、マスターとヘイハチを狙ったのか。俺は布団に仰向けになりながら、一人で考えていた。
考えるという行為は苦手だが、苦手なりに二つ考えた。
一つ、奴らは金銭目的じゃないということ。
金を得るために襲うのなら、貧しい者ばかりの下層より富める者が多い上層へ行けばいいし、襲うなら相手は刀鍛冶やサムライではなく、アキンドを狙えばいい。
そのアキンドを狙うにしてもマスターのような平アキンドより、大アキンドを狙えば大金が手に入るはずだ。だが実際はそうじゃなかった。
二つ、被害を受けた者が皆、俺が虹雅渓に来てからできた知り合いだということ。
ヘイハチに送られた脅しの手紙の存在もある。初めは偶然かと思ったが、こうも二度、三度……と続けば、それは『必然』となる。
「…………」
俺の予想が正しければ、奴らが次に狙う可能性が高いのは二刀流の金髪サムライだろう。
だが、アイツのことなら心配無用で、するだけ無駄だ。たとえ一人でいるところを多人数で襲われたとしても一刀両断、快刀乱麻と瞬く間に敵を斬り伏せていくに違いない。
俺がこのまま、何もしなくてもアイツが立ち合えば全部片づけてくれそうではあるが……。
気に食わない。
売られた
俺は行動に出ることにした。
◆◆◆◆
第四階層を歩いていると、向こうで少し騒ぎがあった。
何があったのかと周囲に聞くまでもなかった。
被害者を受けた者が「ひったくり!」と叫ぶ女の声が聞こえたからだ。
「誰か、その人を捕まえて!」
響く女の声は周りにいる人々へ懸命に助けを求めているが、通行人達は見て見ぬ振り。
誰一人として動く者はおらず、むしろ、ひったくり犯のために道を明け渡している始末だった。
「ちょっとアンタ、そこにいると危ないよ」
近くにいた露店の店主が俺に手招きする。確かに店主の言う通り、このままだと俺とひったくり犯はぶつかるだろう。
奴が逃げる先の、道の真ん中にいるのだから。
「そうか」
「いや、そうか、じゃないよ。アンタ危ないって」
「気にするな」
「いやいや、駄目だって」
構うな、と何回言っても店主は手を何度も振って、こっちへ来いという。
人がほっとけと言っているのに、案外しつこい。
店主と押し問答を続けているうちに、人だかりからひったくり犯と思しき男が走り出てきた。手には男の見た目とは似つかわしくない淡い桃色の財布を握りしめている。
他の通行人は避けているというのに、一人だけその場を動かずにいる俺に気付き、立ち止まると男は叫んだ。
「邪魔だ! そこをどけ!」
「断る。お前が避けて勝手にいけばいいだろ」
「なんだと? てめえ舐めた口聞きやがってぶっ殺すぞ!」
男はあくどい笑みを浮かべると、懐から短刀を取り出した。差し込む日の光を受けて銀色に輝く刃。それを見て、周囲はどよめき、一斉に身を引いた。
「俺は声をかけたからな」
露店の店主は青い顔になると後は知らないと慌てて奥へ引っ込んでいく。男は咆哮を上げながら、刀を手に突進してきた。
……はあ。
俺は内心で溜息を吐く。
正直ひったくりなんてどうでもいい。
見も知らぬ女を助ける義理もない。俺を避けてそのまま通り過ぎてくれるなら、邪魔をするつもりもなかったのに。
だが刀を持ち出され、突き殺そうとしてくるからには黙っているわけにはいかない。
俺は男を見据えると、その場で両の手刀をかざし、交差させた。
男との間にはまだ距離があり、誰の目から見ても間合いの範囲外。周りからは、空を切ったように見えただろう。
だが効果はすぐに現れた。
男の持っていた短刀の刀身が折れ、着物が切り裂かれた。何が起こったのか分からず、男は褌一丁で呆然としている。
俺は手刀を構えた。
「次は首だ。動くなよ」
一歩近づくと男は悲鳴を上げた。さっきまでの俺を殺さんとする気概はもう微塵もなかった。
「もうしませんから! ごめんなさ――い!」
男はひったくった財布を放り投げると一目散に逃げて行った。
その後、周りはしんとしていたが、ほどなくして歓声が上がり、口笛も鳴っていた。
喜ぶのは人の勝手だが、非常にうるさい。
アンタすごいな、と言って何故か握手を求めてくる者達までいた。俺はソイツ等を無視して財布を拾うと、人ごみの中へ分け入り、持ち主を探し出して、財布を手渡した。
「あ、ありがとうございます」
「別に。たまたまだ」
「それでも、本当に助かりました」
頭を下げる女の隣には小さな子どもがいて、女の着物の裾を掴みながら、じっと俺を見ていた。
何だ、と見つめ返していると、小さな手で指を差した。
「おめめ、とってもきれい」
「きれいか?」
「うん。おそらみたい」
「そうか」
屈んで目線を合わせる。
「お前も綺麗だぞ」
そう言ってやると、子どもは、嬉しそうに笑った。
「わたしのめ、おかあさんと、おんなじなの。きんいろ、なの」
「そうか」
「すみません。うちの子が変なこと言って」
俺は立ち上がり、別にいいと首を振った。
「気にしていない」
「本当すみません。あの、せっかく助けていただいたので……」
お礼です。これくらいしかありませんが、と言って、女は財布から金を取り出したが、俺はいらないと手を振る。
「ですが……」
「お礼に使うより、子どものために使った方がいいんじゃないか」
見た目だけの判断で言えば、お金に余裕があるようには見えない。断ったことに、女ははじめ戸惑っていたが、少し経つと思い直したのだろう、すみません、ありがとうございます、と頭を下げた。
俺は頷くと、踵を返して前へ進む。後ろから声がしたので、振り返ると頭を下げる女の隣でさっきの子どもが手を振っていたので、俺も軽く振り返してから、再び歩き出した。
◆◆◆◆
引き続き第四階層を歩いていると、通路の端にある幟旗が目についた。近付いてみる。白い旗に赤い字で『いのちうります』と書かれていた。
いのちって、あの命か?
それ以外にはないか。
まあ、それよりも。
「俺に何の用だ」
「……ほほう。気づいておったのか」
「さっきから鋭い視線を感じていたからな」
振り返ると、短い銀髪、左頬に傷を負った長身の男が物陰から姿を現した。男は愛想のよい笑みを浮かべると、懐から扇子を取り出して「いや失礼した」と頭を軽く叩き、名乗った。
「某は片山ゴロベエと申す。元サムライで、戦なき今は刀剣を使った芸を生業にしている」
いのちうりますと書かれた幟旗を立てている場所はゴロベエがやっている見世物の本日の拠点らしい。
刀剣と言われて、ゴロベエが扇子で差す先を見る。確かにそこには、かつて戦で使われたであろう刀や弓矢、槍などの武器が籠いっぱいに入っていた。
話によると奴は、己の命を的にした危険な芸などをやって見せては人を楽しませているのだとか。人を殺す武器を見世物の道具にするとは、なかなかに物好きな奴である。
「それで、今は芸人サムライのお前が俺に何の用だ」
「お主に芸の手伝いをお願いできないか、と思ってな」
「手伝い?」
どうやらゴロベエは先ほど俺がひったくりを追い払ったところを野次馬に混じって見ていたようで、俺の剣技に感銘を受けたらしい。そうか『アレ』を剣技と観たのか。
「だったら、なぜ俺の背後に立つ真似なんかしたんだ」
声をかけるなら普通にかければいいものを。
俺がそう言って睨むと「いやいや」とゴロベエは首を振る。
「それではつまらないではないか」
「…………」
「実は期待していたのだ。先ほどのひったくりの男に放ったかまいたちのような技を某にも放ってくれまいか、とな」
「そうか。なら」
お望みの通りやってやろうか。
言うか言い終わらないかのうちに俺は手刀から刃を放っていた。
首を斬り落とす気満々で放った斬撃だが、ゴロベエは長身に似合わぬ俊敏な動きで回避してみせた。
「…………」
見事に躱されてしまった。悔しさが残る反面、奴が口だけのサムライではなかったことが分かり、嬉しくもあった。ただ、完全に避け切ることはできなかったようで、少量ではあるが首筋から血が垂れていた。自分でやっておいてなんだが、止血しようか、と懐から手拭いを出して近寄ってみるが、ゴロベエから「待て」と手で制された。
奴は傷ができた場所に指を触れさせ、恍惚な表情となって体を震わせている。
何をやっているんだ、コイツは。
周りからは不審な者を見る視線が送られているが、そんなことお構いなしである。
「ほほう……! 素晴らしい……!」
「斬られて喜ぶとか変態か、お前は」
俺は呆れつつも、やっぱり奴はサムライだな、と思った。今は芸人だとか抜かしているが、こんな平和なご時世に己の命を的にするとかといっているし。
それに数多の戦場で浴びて染み込んだ血の匂いが身体から消えていない。いくら体を清めようとも、戦場から離れようとも、それは死ぬまで消えないものだから。
しばらくして、気を取り戻したゴロベエに向かって、俺は名乗り遅れたことを詫びると、自己紹介をした。
「俺は無刀流九代目当主、鋼音シキだ」
「無刀流?」
「刀を使わず己を刀として相手を斬る殺人剣術だ」
「ほう」
と、ゴロベエは顎に手を当て、関心の声を上げた。
「己を刀とするか。なんとも面白い御仁だな。覚えておこう」
ゴロベエが不敵な笑みを浮かべたから、俺も同じく笑みを返してやった。久方ぶりに戦を知るサムライに会えたことと、血の匂いを感じたことに気分を良くしたこともあって、俺はゴロベエのお願い(見世物の手伝いをする)を引き受けることにした。
ゴロベエは喜び、さっそくやるか、と膝を打って立ち上がると扇子を取り出して、客を集めるべく謡いを始めた。
ごった返す雑踏の中であっても、大きくよく通る奴の声に反応して、時間を持て余した者達がぞろぞろと周囲に集まってくる。
何度も見ているのか、あの人すごいんだよ、とゴロベエに指を差して言っている奴もいた。
俺はゴロベエのもとへ駆け寄ると「おい」と耳打ちをした。
「俺は何をすればいい」
「逆に問うが、何ができるのだ?」
「俺にできること、か……」
思いつく限り適当に言ってみた。上げた中でいくつか、それはいいと言われたものがあったので、実演することにした。
ゴロベエの後に続いて、俺は用意された舞台の上に立つと、沢山の視線を真っ向から受けた。
緊張しないと言えば噓になるが……まあ、なるようになるだろう。
俺は一つ深呼吸をすると、ゴロベエへ合図を送った。
無刀流九代目当主、鋼音シキ。
人生初の見世物である。
人を斬り殺す剣術を芸に利用したことをあの世の父上と兄上が知ったらどう思うだろうか。
父上はともかく、兄上ならば怒らないで、むしろ喜んで見てくれそうだな……と思った。
◆◆◆◆
見世物が終わった後。
俺はゴロベエからお礼として投げ銭のいくらかを貰った。
「お主のおかげで今日は大盛況だった。シキ殿でさえよければ、このまま某と共に芸の旅に出ないか?」
「悪い」
俺は首を振った。
「それはできない。お前の気持ちだけ受け取っておく」
俺には他にやることがあるから。
「そうか。ならばやることとやらが終わって、気が変わった時には是非とも声をかけてくれ。お主ならいつでも歓迎するぞ」
「ああ」
「……ところで話は変わるのだが、アレはお主の知り合いかな?」
「…………」
やはり、ゴロベエも気付いていたのか。
俺は黙って頷くと、ゴロベエが目線の先にいる者を肩越しに見遣った。そこにいたのは、物陰に身を潜ませて、様子を伺っている白仮面の男だった。
