第四話
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◆
キクチヨとマサムネが、白仮面の奴らに襲われてから翌日のこと。奴らに荒らされた工房の後片付け(とはいってもスクラップの山を整えるのと、壁や床についた血を拭き取るくらいの簡単な作業)を終えて宿に戻ると見覚えのある男がカウンターにいてマスターと会話をしていた。
見覚えのある男はまさかのヘイハチだった。
間違いない。
工兵の格好で飛行帽をかぶっているし、極めつけとして背に差した刀にてるてる坊主がついているし。
何故ここにいるんだ?
驚いたまま、出入り口で立ち止まっていると、ヘイハチが気づき、わざわざ俺のいるところまでやってきて、頭を下げた。
「シキ殿、お久しぶりです」
「ヘイハチお前、どうしてここに?」
「その、なんといいますか……成り行き、ですかね」
「成り行き?」
どういうことだ。
ヘイハチからマスターに視線を移すと、マスターは「丁度いいアル」と俺にカウンターまで来るよう手招きした。
「お前にも話を聞かせたいアル」
「話?」
「ヘイハチ様がとっても素晴らしいおサムライ様だって話アル」
「ほお」
「ちょっと、マスター殿!?」
それは聞いてみたい、と俺はカウンター席に腰かける。隣に座ったヘイハチが「やめてください」と慌ててマスターを止めていた。
「私は、そんな大層なことはしていませんよ」
「謙遜することないアル。あの時、ヘイハチ様がいなかったら、ワタシ、今頃死んでいたネ。ほんと、ヘイハチ様は立派なおサムライ様ヨ」
「そこまで言われますか」
「言うアル」
「それは、それは……恐縮です」
マスターの言葉に照れているのだろう、ヘイハチは後ろ頭をかく。
それにしても。
逃げていたということは誰かに追われていたということか。誰にやられたと目を向けるとマスターも目で「例の奴らアルヨ」と返した。そしてすぐにヘイハチへと向き直って、お礼をするから待っていてほしいアル、と話し出した。
なるほど。
マスターを襲ったのは『奴ら』か。
キクチヨとマサムネを襲った白い仮面。
なぜ、今度はマスターを狙ったのだろうか。
◆◆◆◆
「お前が外に出ている間、ワタシ、第二階層まで行っていたネ」
目的は、店を壊した機械のサムライ(キクチヨ)を連れてくるようにマスターへ依頼したアキンドに現状報告をするためだ。
「嘘偽りなく状況を伝えた上で、しばらく連れてくることはできないって言ったアルが、途中からアキンドは話を聞いてなかったアルヨ。怒り心頭で、罵詈雑言を浴びせた挙句、八つ当たりまでしてきたアル」
その時のことを思い出したのか、マスターは「腹が立つアル」と思いっきり顔をしかめ、洗って拭いていた調理器具を圧し折らんとしていた。
カウンター席で話を聞いていたヘイハチが苦笑していることに気付くと、慌てて「飯が不味くなる話をしてすまないアル」と謝っていた。だいぶ気に入ったのか、ヘイハチ相手にはとても親切だ。
ヘイハチの前にはマスターの作った料理と、ヘイハチが米好きということで、握ったおにぎりがたくさん置かれている。
出された料理を見ていたら「お前の分ないネ」と言われたので、違うと睨む。
「マスター、料理できるじゃないか」
何故この前は面倒臭いからと俺に作らせようとしたのか。意味が分からない。
「……で、アキンドに報告に行って、その帰り道の途中で奴らは現れたネ」
第二階層から第三階層に降りたところだった。
マスターはアキンドについてブツブツと文句を言いながら、俯き加減に歩いていると、目の前にぬっと黒い影が差した。
通行の邪魔アル、と顔を上げた瞬間、マスターはその場に凍り付いた。そこにいたのは白仮面をつけた集団だった。急ぎ離れようとして踵を返したが時すでに遅かった。
いつの間にか、奴らはマスターの周りをぐるりと囲んでいた。道には多くないが、通行人はまばらにいる。だというのに、他人から見られる、ということに対して奴らには支障はないようで、いきなり抜刀をして斬りかかってきたという。
「死にたくない一心で必死に逃げていたアル」
マスターは間一髪で刃を避け、持っていた荷物を投げつけると囲いから抜け出し、駆け出していった。第三階層から第四階層へ降りて、虹雅渓の地の利を活かして身を隠しつつ、移動していく。
「殺されるっていう恐怖を久しぶりに感じたヨ」
第五階層から第六階層への階段に通じる道を走っている途中、もんどりうってしまい、壁にぶつかった。急ぎ立ち上がろうとしている間に、白仮面集団に追い詰められてしまった。
ここまで逃げている道中、街の人以外にも警邏やサムライくずれとすれ違うことがあったから追われている、助けてほしいとお願いしたが、蔑ろにされたり、無視されたりして誰一人と助けようとはしてくれなかった。
皆、事件に巻き込まれたくないとマスター達を避けて足早に横を通り過ぎていく。
万事休す。絶体絶命。
白仮面の一人が自分を斬ろうとして刀を振りかざすのが見える。
もう駄目だ。
マスターが目を閉じた、その時。
「ヘイハチ様が現れて、奴らを倒してくれたネ」
「そうか」
ヘイハチの方を見遣ると「いえ、そんな」と首を振る。どうやらマスターのいた現場の近くには飯場があったようで、そこにヘイハチが日銭を稼げる仕事を求めてやってきていた。
誰かを追っている白仮面集団、そして追われているのが知り合いのマスターと見て、ただならぬ状況だと急ぎ駆け付けたらしい。
「相手が急に斬りかかってきたので、私はそれに応戦しただけなんです」
「だとしてもすごかったアルヨ」
あれぞ、サムライって奴じゃないアルカ、とマスターは両手を広げてまるで自分のことのように誇らしげに語る。
ヘイハチは背に差した刀を抜き、峰に持ち替えると、向かってきた三人の頭を打ち、昏倒させた。だがまだ相手は数人いる。
来るかと身構えたがやっては来ず、白仮面は刀を納めると、倒れたソイツらを担ぎ、何も言わずに去っていったらしい。
「きっと奴らはヘイハチ様の実力に恐れをなしたのヨ」
マスターの談にヘイハチは「そうなんですかね」と頬を掻いていた。
◆◆◆◆
「片付けをしてくるアル」
マスターがカウンターの奥へと引っ込んでいった。去り際“二人きりにしてやるから、ワタシに感謝しろヨ”と、色付きメガネを少し下げると片目をパチパチと瞬きしてきた。
何を言っているんだ、コイツ。
呆れる俺の横でヘイハチもキョトンとしていたが、ハッとすると頬を赤くして「マスター殿!」と声を上げていた。
どうした、と聞いても、何でもありません、と首を振られる。まあ、なんでもないならいいのだが。
奥からマスターの陽気な鼻歌が聞こえてくる。さっきまでは依頼主のアキンドに文句を言われ、その帰り道に不審者に襲われるなんて、散々な目に遭ったはずなのに。よく上機嫌でいられるな、と思っているとヘイハチに声をかけられた。
「どうした」
「あの、マスター殿を襲った人達のことについてなのですが」
「奴らがどうかしたか」
「…………」
言おうか言うまいか。
一瞬だけヘイハチの顔に戸惑いが見られたが、意を決したのか、口を開いた。
「一つ聞きたいのですが、シキ殿は、彼らと知り合いなのでしょうか?」
「どうしてそんなことを聞く」
「実をいいますと、私があの白仮面達を見たのは、今日が初めてではないんです」
「そうなのか?」
「はい」
「……話、聞かせてくれないか」
ヘイハチは頷き、自分にあった出来事を詳しく話してくれた。
ある日、利用している飯場に自分宛で手紙が届いたこと。差出人は不明だったこと。送られてきた文を読むと「今後、鋼音シキと一切関わるな」と書いてあったという。
「貴方に関われば、私が不幸な目に遭うことになるとありました」
だが、今マスターの宿で俺と話していることからも分かるように、ヘイハチは手紙の命令を無視したという。
名前も身分も明かさない者のいうことを聞く義理もなければ、何より俺と関わることで不幸になると言った意味も理解できなかったからと。
「手紙を捨ててから数日が経った頃でしょうか。私が行く先々で白仮面達が見え隠れするようになったんです……それも私が一人でいる時を狙って」
奴らは周辺をうろうろするだけで、決して斬りかかってくることはなかったようだが、それでも気分がよくないことに変わりはない。そして妙なことに今日に限って怪しい気配を感じなかった。
どういうことだと思って過ごしていたが、運がいいのか悪いのか。
答えはすぐにわかった。狙いをヘイハチからマスターに変更して、襲っていたのだった。
「ヘイハチ、その手紙が届いたのっていつだ」
「あの日は確か」
ヘイハチが言ったその日。
第六階層にある工房が襲われ、マサムネとキクチヨが病院送りにされた日の前日だった。
「そうか」
奴らに最初に狙われたのは二人じゃなかったのか。
「ヘイハチ、お前は」
「お断りします」
「おい」
まだ何も言っていないと睨めば「わかりますよ」とヘイハチは返答する。
「もう自分には関わるな、っていうつもりなのでしょう」
「…………」
「シキ殿は優しいですね」
俺が優しいだと?
何を言っているのだろうか。
俺は刀で、無刀の剣士。己の肉体を極限まで鍛え、人と斬り合うことにこそ、生きる意味を見出す存在 だというのに。
「奴らは武器に鉄砲も使うみたいだぜ。次に襲われた時は死ぬかもしれないぞ」
「そうかもしれません」
「だったら」
「でも、それはシキ殿も一緒ですよ」
「…………」
「私にできることがあれば、言ってください。協力します」
「ヘイハチ……」
何か言い返そうとしたがうまく言葉が思いつかなかった。タイミング悪く、奥からマスターが戻ってきたので、俺は口を閉じた。
◆◆◆◆
「そろそろお暇します。ごちそうさまでした」
ヘイハチは頭を下げて、宿の出入り口へと移動した。マスターは慌ててヘイハチを出入口付近で引き留めると、「出番アルヨ」と、俺に向かって顎をしゃくった。
「何だ」
「何だ、じゃないアル。ヘイハチ様を飯場まで送っていくヨロシ」
「…………」
マスターに命令されるのは癪以外の何ものでもないが、相手がヘイハチなら仕方がない。
自分の命を救ってくれたおサムライということで丁重にもてなしたい気持ちもあるのだろう。それは別にいいのだが、俺に対する横柄な態度はどうにかしてほしい。
全く。
無視するな、とか、これだから暇人は、とか小言を言われないうちに了承の意で頷いたが、ヘイハチは「ご遠慮します」と手を振った。
「そこまでしてもらうには及びませんよ。シキ殿もお疲れでしょうから」
「いや、その心配は一切合切不要アルヨ」
「おい」
行くのは俺なのに、何故マスターが答えるのか。
睨みつける俺を他所に、マスターはなおも続ける。
「どうせコイツは今日も明日も明後日も仕事なしの暇人ネ。なあ、そうアルナ」
「…………」
「そ、そうなんですか……?」
どういう反応をしたらよいのか分からず、戸惑っていたヘイハチだったが、マスターの提案を誠実な態度で断っていた。
“今日はマスター殿の側にいてあげた方がいいと思います”
そう言うと会釈をしてヘイハチは宿を後にした。後ろ姿が見えなくなるまで見送ると、俺はとりあえず隣で手を振っているマスターの頭を思いっきりぶっ叩いておいた。
「なにするアルカ!」
「うるさい」
「アイヤー! この暴力女が!」
ぎゃんぎゃんとうるさく喚くマスターを無視して、俺は宿の中に戻り、カウンター席に座った。
ヘイハチに言われたので、万が一の白仮面の再襲撃に備えて、今日は寝ずの番をすることにしたがなんだか胸騒ぎがする。嫌な予感がした。
◆◆◆◆
一睡もせずに迎えた翌朝。
マスターは「様子を見てくるネ」と言って、外に出ていった。
奴らが来なかったとはいえ、一人で行動するのは危険だと言って、ついていこうとしたが、遠くまではいかないから大丈夫だと断られた。
「奴らに殺されても知らないぞ」
「大丈夫アル。その時はお前の枕元に立って、延々と恨み言を呟くアル」
「やめろ」
大迷惑だ。
やっぱりついていくと言ったが、いらないと首を振るので、もし襲われたら、あらん限りの声を出せ、すぐ駆けつけてやるからと言っておいた。
マスターを見送った俺はカウンター席につき、一人静かに待っていた。それからしばらくして、マスターが急いで戻って来た。勢いよく扉を開けたかと思うと、血相を変えた表情で俺に向かって「ヘイハチ様が」と言った。
「白仮面の奴らに襲われたネ!」
「落ち着けマスター」
「これが落ち着いていられるカ! お前、ヘイハチ様が心配じゃないアルカ!」
「慌てる方がよくないだろ」
これでも飲んでおけ、と厨房から持ってきた水を渡す。
「……それで、まずは一つ聞く。ヘイハチは死んだのか?」
「お前なんてこというアルカ!」
水を飲んで少し落ち着いたのか、マスターは「生きているアルヨ」と言った。どうやらマスターは昨日自分が白仮面に襲われた時、ヘイハチが奴らを倒したこともあり、その報復としてヘイハチを襲うのではないかと心配になって、飯場まで行ってきたらしい。
なんと直接、本人に会って尋ねたとか。
昨夜、飯場で火事が発生した。
そこはヘイハチがよく利用していたところだった。明日に備えて寝ようとしたヘイハチが部屋に戻ろうとすると、夜の闇を利用して宿に近づいてくる怪しい三人を飯場に通じる道の向こうに発見した。
奴らはヘイハチに見られたことに気付くと、すぐさま火炎瓶を飯場に向かって投げつけてきた。たちまち火の手が上がり、飯場は火事騒然となったが、ヘイハチの呼びかけと現場に駆けつけてきた者達の迅速な行動によって炎は早く消火され、死人は一人も出さずに、全焼もせずに済んだようだ。
――奴らは、まだ遠くまでいっていないはず。
ヘイハチが人だかりの合間を縫って中を抜け出すと、通路の向こうに三人組の姿があった。皆、白い仮面をしていた。自分に脅しの手紙を送り、マスターを襲った奴らとヘイハチはすぐに察した。
現場から逃げ出そうとしていたので走って追いかけたが、気付いた三人組の一人が懐から煙玉を出して煙幕を発動。
煙が消えたころには完全に行方をくらませていた。後に残ったのは一枚の紙で、そこには『鋼音シキと関わったら次は命はない』と書いてあったという。
「なあ、シキ」
「なんだ」
「本当に奴らのこと知らないアルカ?」
「…………」
「ヘイハチ様がこのままだと本当に危ないアルヨ」
「…………」
「シキ!」
どうなんだとマスターに睨まれたが、俺は何も言わずに部屋に戻った。
キクチヨとマサムネが、白仮面の奴らに襲われてから翌日のこと。奴らに荒らされた工房の後片付け(とはいってもスクラップの山を整えるのと、壁や床についた血を拭き取るくらいの簡単な作業)を終えて宿に戻ると見覚えのある男がカウンターにいてマスターと会話をしていた。
見覚えのある男はまさかのヘイハチだった。
間違いない。
工兵の格好で飛行帽をかぶっているし、極めつけとして背に差した刀にてるてる坊主がついているし。
何故ここにいるんだ?
驚いたまま、出入り口で立ち止まっていると、ヘイハチが気づき、わざわざ俺のいるところまでやってきて、頭を下げた。
「シキ殿、お久しぶりです」
「ヘイハチお前、どうしてここに?」
「その、なんといいますか……成り行き、ですかね」
「成り行き?」
どういうことだ。
ヘイハチからマスターに視線を移すと、マスターは「丁度いいアル」と俺にカウンターまで来るよう手招きした。
「お前にも話を聞かせたいアル」
「話?」
「ヘイハチ様がとっても素晴らしいおサムライ様だって話アル」
「ほお」
「ちょっと、マスター殿!?」
それは聞いてみたい、と俺はカウンター席に腰かける。隣に座ったヘイハチが「やめてください」と慌ててマスターを止めていた。
「私は、そんな大層なことはしていませんよ」
「謙遜することないアル。あの時、ヘイハチ様がいなかったら、ワタシ、今頃死んでいたネ。ほんと、ヘイハチ様は立派なおサムライ様ヨ」
「そこまで言われますか」
「言うアル」
「それは、それは……恐縮です」
マスターの言葉に照れているのだろう、ヘイハチは後ろ頭をかく。
それにしても。
逃げていたということは誰かに追われていたということか。誰にやられたと目を向けるとマスターも目で「例の奴らアルヨ」と返した。そしてすぐにヘイハチへと向き直って、お礼をするから待っていてほしいアル、と話し出した。
なるほど。
マスターを襲ったのは『奴ら』か。
キクチヨとマサムネを襲った白い仮面。
なぜ、今度はマスターを狙ったのだろうか。
◆◆◆◆
「お前が外に出ている間、ワタシ、第二階層まで行っていたネ」
目的は、店を壊した機械のサムライ(キクチヨ)を連れてくるようにマスターへ依頼したアキンドに現状報告をするためだ。
「嘘偽りなく状況を伝えた上で、しばらく連れてくることはできないって言ったアルが、途中からアキンドは話を聞いてなかったアルヨ。怒り心頭で、罵詈雑言を浴びせた挙句、八つ当たりまでしてきたアル」
その時のことを思い出したのか、マスターは「腹が立つアル」と思いっきり顔をしかめ、洗って拭いていた調理器具を圧し折らんとしていた。
カウンター席で話を聞いていたヘイハチが苦笑していることに気付くと、慌てて「飯が不味くなる話をしてすまないアル」と謝っていた。だいぶ気に入ったのか、ヘイハチ相手にはとても親切だ。
ヘイハチの前にはマスターの作った料理と、ヘイハチが米好きということで、握ったおにぎりがたくさん置かれている。
出された料理を見ていたら「お前の分ないネ」と言われたので、違うと睨む。
「マスター、料理できるじゃないか」
何故この前は面倒臭いからと俺に作らせようとしたのか。意味が分からない。
「……で、アキンドに報告に行って、その帰り道の途中で奴らは現れたネ」
第二階層から第三階層に降りたところだった。
マスターはアキンドについてブツブツと文句を言いながら、俯き加減に歩いていると、目の前にぬっと黒い影が差した。
通行の邪魔アル、と顔を上げた瞬間、マスターはその場に凍り付いた。そこにいたのは白仮面をつけた集団だった。急ぎ離れようとして踵を返したが時すでに遅かった。
いつの間にか、奴らはマスターの周りをぐるりと囲んでいた。道には多くないが、通行人はまばらにいる。だというのに、他人から見られる、ということに対して奴らには支障はないようで、いきなり抜刀をして斬りかかってきたという。
「死にたくない一心で必死に逃げていたアル」
マスターは間一髪で刃を避け、持っていた荷物を投げつけると囲いから抜け出し、駆け出していった。第三階層から第四階層へ降りて、虹雅渓の地の利を活かして身を隠しつつ、移動していく。
「殺されるっていう恐怖を久しぶりに感じたヨ」
第五階層から第六階層への階段に通じる道を走っている途中、もんどりうってしまい、壁にぶつかった。急ぎ立ち上がろうとしている間に、白仮面集団に追い詰められてしまった。
ここまで逃げている道中、街の人以外にも警邏やサムライくずれとすれ違うことがあったから追われている、助けてほしいとお願いしたが、蔑ろにされたり、無視されたりして誰一人と助けようとはしてくれなかった。
皆、事件に巻き込まれたくないとマスター達を避けて足早に横を通り過ぎていく。
万事休す。絶体絶命。
白仮面の一人が自分を斬ろうとして刀を振りかざすのが見える。
もう駄目だ。
マスターが目を閉じた、その時。
「ヘイハチ様が現れて、奴らを倒してくれたネ」
「そうか」
ヘイハチの方を見遣ると「いえ、そんな」と首を振る。どうやらマスターのいた現場の近くには飯場があったようで、そこにヘイハチが日銭を稼げる仕事を求めてやってきていた。
誰かを追っている白仮面集団、そして追われているのが知り合いのマスターと見て、ただならぬ状況だと急ぎ駆け付けたらしい。
「相手が急に斬りかかってきたので、私はそれに応戦しただけなんです」
「だとしてもすごかったアルヨ」
あれぞ、サムライって奴じゃないアルカ、とマスターは両手を広げてまるで自分のことのように誇らしげに語る。
ヘイハチは背に差した刀を抜き、峰に持ち替えると、向かってきた三人の頭を打ち、昏倒させた。だがまだ相手は数人いる。
来るかと身構えたがやっては来ず、白仮面は刀を納めると、倒れたソイツらを担ぎ、何も言わずに去っていったらしい。
「きっと奴らはヘイハチ様の実力に恐れをなしたのヨ」
マスターの談にヘイハチは「そうなんですかね」と頬を掻いていた。
◆◆◆◆
「片付けをしてくるアル」
マスターがカウンターの奥へと引っ込んでいった。去り際“二人きりにしてやるから、ワタシに感謝しろヨ”と、色付きメガネを少し下げると片目をパチパチと瞬きしてきた。
何を言っているんだ、コイツ。
呆れる俺の横でヘイハチもキョトンとしていたが、ハッとすると頬を赤くして「マスター殿!」と声を上げていた。
どうした、と聞いても、何でもありません、と首を振られる。まあ、なんでもないならいいのだが。
奥からマスターの陽気な鼻歌が聞こえてくる。さっきまでは依頼主のアキンドに文句を言われ、その帰り道に不審者に襲われるなんて、散々な目に遭ったはずなのに。よく上機嫌でいられるな、と思っているとヘイハチに声をかけられた。
「どうした」
「あの、マスター殿を襲った人達のことについてなのですが」
「奴らがどうかしたか」
「…………」
言おうか言うまいか。
一瞬だけヘイハチの顔に戸惑いが見られたが、意を決したのか、口を開いた。
「一つ聞きたいのですが、シキ殿は、彼らと知り合いなのでしょうか?」
「どうしてそんなことを聞く」
「実をいいますと、私があの白仮面達を見たのは、今日が初めてではないんです」
「そうなのか?」
「はい」
「……話、聞かせてくれないか」
ヘイハチは頷き、自分にあった出来事を詳しく話してくれた。
ある日、利用している飯場に自分宛で手紙が届いたこと。差出人は不明だったこと。送られてきた文を読むと「今後、鋼音シキと一切関わるな」と書いてあったという。
「貴方に関われば、私が不幸な目に遭うことになるとありました」
だが、今マスターの宿で俺と話していることからも分かるように、ヘイハチは手紙の命令を無視したという。
名前も身分も明かさない者のいうことを聞く義理もなければ、何より俺と関わることで不幸になると言った意味も理解できなかったからと。
「手紙を捨ててから数日が経った頃でしょうか。私が行く先々で白仮面達が見え隠れするようになったんです……それも私が一人でいる時を狙って」
奴らは周辺をうろうろするだけで、決して斬りかかってくることはなかったようだが、それでも気分がよくないことに変わりはない。そして妙なことに今日に限って怪しい気配を感じなかった。
どういうことだと思って過ごしていたが、運がいいのか悪いのか。
答えはすぐにわかった。狙いをヘイハチからマスターに変更して、襲っていたのだった。
「ヘイハチ、その手紙が届いたのっていつだ」
「あの日は確か」
ヘイハチが言ったその日。
第六階層にある工房が襲われ、マサムネとキクチヨが病院送りにされた日の前日だった。
「そうか」
奴らに最初に狙われたのは二人じゃなかったのか。
「ヘイハチ、お前は」
「お断りします」
「おい」
まだ何も言っていないと睨めば「わかりますよ」とヘイハチは返答する。
「もう自分には関わるな、っていうつもりなのでしょう」
「…………」
「シキ殿は優しいですね」
俺が優しいだと?
何を言っているのだろうか。
俺は刀で、無刀の剣士。己の肉体を極限まで鍛え、人と斬り合うことにこそ、生きる意味を見出す
「奴らは武器に鉄砲も使うみたいだぜ。次に襲われた時は死ぬかもしれないぞ」
「そうかもしれません」
「だったら」
「でも、それはシキ殿も一緒ですよ」
「…………」
「私にできることがあれば、言ってください。協力します」
「ヘイハチ……」
何か言い返そうとしたがうまく言葉が思いつかなかった。タイミング悪く、奥からマスターが戻ってきたので、俺は口を閉じた。
◆◆◆◆
「そろそろお暇します。ごちそうさまでした」
ヘイハチは頭を下げて、宿の出入り口へと移動した。マスターは慌ててヘイハチを出入口付近で引き留めると、「出番アルヨ」と、俺に向かって顎をしゃくった。
「何だ」
「何だ、じゃないアル。ヘイハチ様を飯場まで送っていくヨロシ」
「…………」
マスターに命令されるのは癪以外の何ものでもないが、相手がヘイハチなら仕方がない。
自分の命を救ってくれたおサムライということで丁重にもてなしたい気持ちもあるのだろう。それは別にいいのだが、俺に対する横柄な態度はどうにかしてほしい。
全く。
無視するな、とか、これだから暇人は、とか小言を言われないうちに了承の意で頷いたが、ヘイハチは「ご遠慮します」と手を振った。
「そこまでしてもらうには及びませんよ。シキ殿もお疲れでしょうから」
「いや、その心配は一切合切不要アルヨ」
「おい」
行くのは俺なのに、何故マスターが答えるのか。
睨みつける俺を他所に、マスターはなおも続ける。
「どうせコイツは今日も明日も明後日も仕事なしの暇人ネ。なあ、そうアルナ」
「…………」
「そ、そうなんですか……?」
どういう反応をしたらよいのか分からず、戸惑っていたヘイハチだったが、マスターの提案を誠実な態度で断っていた。
“今日はマスター殿の側にいてあげた方がいいと思います”
そう言うと会釈をしてヘイハチは宿を後にした。後ろ姿が見えなくなるまで見送ると、俺はとりあえず隣で手を振っているマスターの頭を思いっきりぶっ叩いておいた。
「なにするアルカ!」
「うるさい」
「アイヤー! この暴力女が!」
ぎゃんぎゃんとうるさく喚くマスターを無視して、俺は宿の中に戻り、カウンター席に座った。
ヘイハチに言われたので、万が一の白仮面の再襲撃に備えて、今日は寝ずの番をすることにしたがなんだか胸騒ぎがする。嫌な予感がした。
◆◆◆◆
一睡もせずに迎えた翌朝。
マスターは「様子を見てくるネ」と言って、外に出ていった。
奴らが来なかったとはいえ、一人で行動するのは危険だと言って、ついていこうとしたが、遠くまではいかないから大丈夫だと断られた。
「奴らに殺されても知らないぞ」
「大丈夫アル。その時はお前の枕元に立って、延々と恨み言を呟くアル」
「やめろ」
大迷惑だ。
やっぱりついていくと言ったが、いらないと首を振るので、もし襲われたら、あらん限りの声を出せ、すぐ駆けつけてやるからと言っておいた。
マスターを見送った俺はカウンター席につき、一人静かに待っていた。それからしばらくして、マスターが急いで戻って来た。勢いよく扉を開けたかと思うと、血相を変えた表情で俺に向かって「ヘイハチ様が」と言った。
「白仮面の奴らに襲われたネ!」
「落ち着けマスター」
「これが落ち着いていられるカ! お前、ヘイハチ様が心配じゃないアルカ!」
「慌てる方がよくないだろ」
これでも飲んでおけ、と厨房から持ってきた水を渡す。
「……それで、まずは一つ聞く。ヘイハチは死んだのか?」
「お前なんてこというアルカ!」
水を飲んで少し落ち着いたのか、マスターは「生きているアルヨ」と言った。どうやらマスターは昨日自分が白仮面に襲われた時、ヘイハチが奴らを倒したこともあり、その報復としてヘイハチを襲うのではないかと心配になって、飯場まで行ってきたらしい。
なんと直接、本人に会って尋ねたとか。
昨夜、飯場で火事が発生した。
そこはヘイハチがよく利用していたところだった。明日に備えて寝ようとしたヘイハチが部屋に戻ろうとすると、夜の闇を利用して宿に近づいてくる怪しい三人を飯場に通じる道の向こうに発見した。
奴らはヘイハチに見られたことに気付くと、すぐさま火炎瓶を飯場に向かって投げつけてきた。たちまち火の手が上がり、飯場は火事騒然となったが、ヘイハチの呼びかけと現場に駆けつけてきた者達の迅速な行動によって炎は早く消火され、死人は一人も出さずに、全焼もせずに済んだようだ。
――奴らは、まだ遠くまでいっていないはず。
ヘイハチが人だかりの合間を縫って中を抜け出すと、通路の向こうに三人組の姿があった。皆、白い仮面をしていた。自分に脅しの手紙を送り、マスターを襲った奴らとヘイハチはすぐに察した。
現場から逃げ出そうとしていたので走って追いかけたが、気付いた三人組の一人が懐から煙玉を出して煙幕を発動。
煙が消えたころには完全に行方をくらませていた。後に残ったのは一枚の紙で、そこには『鋼音シキと関わったら次は命はない』と書いてあったという。
「なあ、シキ」
「なんだ」
「本当に奴らのこと知らないアルカ?」
「…………」
「ヘイハチ様がこのままだと本当に危ないアルヨ」
「…………」
「シキ!」
どうなんだとマスターに睨まれたが、俺は何も言わずに部屋に戻った。
