第四話
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◆
翌日。
俺は朝倉から渡された紙切れを頼りに、第三階層にある飯屋に来ていた。中に入ると、やってきた店員に「何名様ですか?」と聞かれたから、待ち合わせだと言い、予約していた朝倉の名前を告げる。店員は「かしこまりました」と頷くと席まで案内してくれた。
先にいた朝倉は本を読んでいた。
俺に気付くと本を閉じて席から立ち上がり「こっちだよ」と笑顔で手を振っている。
「愉快なおサムライ様ですね」
店員はクスクスと笑っている。
周りの奴らもおかしそうに見ている。
「…………」
帰りたくなってきた。
アイツの知り合いだと思われたくない。
子どもみたいなことをして恥ずかしくないのか。
「待っていたよ、シキ」
「ああ」
長く待ったかと聞くと、朝倉は「いいや」と首を振った。
「だが、君もちゃんと女性なのだと分かってホッとしているよ」
「どういうことだ?」
「女性は準備に時間がかかるものだと聞いているからさ」
「行く準備それ自体はすぐ終わったぞ」
「え、そうなの? それじゃあ、どうして少し遅かったんだ?」
「ここに向かっている途中、ゴロツキ共に絡まれた」
「えっ?」
「だが、すぐ斬ったから問題ない」
「そ、そうかい……流石だね」
詳しく経緯を説明するのはとても面倒臭いので、嘘をつく。遅れてしまった本当の理由は、宿のマスターからの余計な詮索を振り切るのに、少し手間取っただけだから。
◆◆◆◆
俺がどこかへ出かけるたびに「どうせ、いつもの鍛錬だろう」とか「文無し暇人」と思って見ている節があり、俺がどこへ行き、いつ帰ろうとも気にしないくせに、今日だけは(無駄に)奴の勘が冴えていたのか。
「お前、どこへ行くアルカ?」
と、聞いてきた。
聞かれた俺の方も無視すればいいのだが、そうすると後々もっと面倒になる。ブツブツと文句を言われたり、理不尽極まりない理由で宿の全部屋、掃除をしろとか言われたりする方がすごく嫌だったから、仕方なく立ち止まって、マスターの方を向いた。
「鍛錬」
「嘘つくなヨ。お前のことなんてワタシにはとっくにお見通しなんだヨ」
マスターは、色付きメガネを指で押し上げると「男とデートする気アルナ」と指を差した。
「でーと? 何だ、それは」
「とぼけても無駄アル。こちとら有力な証言を記録しているアルネ」
そう言うとマスターは懐から帳面を取り出し、俺の顔面に突きつけてきた。
どうやら俺が買い物をしていた場所の近くに、マスターの知り合いであるアキンドが店を構えていて、朝倉と会話しているところを目撃したらしい。そして文を通じて、マスターへと情報を流したようだった。
「全く、お前という奴はけしからんアル!」
「何が」
「金もないくせに男と出かけている場合じゃないネ! 奴隷のように働けヨ、ワタシのために!」
「誰が奴隷だ」
下らない。
俺に構ってる暇があるなら商売に精進しろよ。喚くマスターを無視して、足早に宿を出ようとすると「待つアル!」と俺の前へと回り込み、両手を広げて通せん坊をしてきた。
本当に煩わしい。
「邪魔だ。どけ」
「全く、お前という奴はヘイハチ様という者がいながら他の男のところへ行くなんて、どれだけ尻軽な女アルカ!」
「はい?」
なぜそこでヘイハチが出てくるのか。
大体、俺が何しようとマスターには関係ないだろうに。全くあほらしい。
これ見よがしに溜息を吐いていると、マスターは「ヘイハチ様だけじゃないネ!」と指を突き付けてきた。
「キュウゾウ様も可哀そうヨ」
「はい?」
ヘイハチが出てくるならまだ分かる。
だがなぜソイツの名前がマスターの口から出てくるのか。
驚く俺を見て、マスターは調子に乗ったのか、「ワタシの情報網、舐めるなヨ」と、色付きメガネを怪しく光らせて、フフンと鼻を鳴らした。
「癒しの里、桔梗屋の女将から得た情報ネ。お前ら二人が何やら怪しい関係にあることも、ワタシには全て筒抜けヨ」
「…………」
商売人としての守秘義務が崩壊している。
俺の個人情報、外部に駄々漏れし過ぎてないか。
あまりの衝撃と呆れにより、文句も何も言う気が起きないでいると、マスターが「もしかして」と話しかけてきた。
「今度はなんだ」
「この前の、首に痕をつけた男っていうのは、キュウゾウ様アルカ?」
「…………」
この馬鹿野郎。
とんでもないことを、にやにやとしながら聞いてきた。本当に全くもって白々しく、うっとうしい。情報が筒抜けだというならば、人が言わずとも、人に聞かずとも分かっているくせに。
今となっては、アイツにつけられた痕も跡形もなく綺麗さっぱりと消えたのに。俺自身も奴にされた行為もやっと忘れることができていたというのに。思い出してしまったじゃないか。
「おい、聞いてるアルカ」
「うるさい。そこをどけ」
斬るぞと睨めば、やれるものならやってみろヨとマスターは拳法家の真似事のような姿勢になる。指をちょいちょい、なんて動かしている。達人を気取っていて、見ていてなんかイラっとする。
タダ飯が俺を待っているというのに。
こんな馬鹿に構っている場合じゃない。
「どけ」
「どかないアル」
「退け」
「嫌アル」
「メガネかち割るぞ」
「やられる前にお前が部屋に置いている食用豆、全部捨てるアルヨ」
その後は罵詈雑言の応酬だけが続き、火花を散らしていると埒が明かないと思ったのか、マスターが「ところで」と切り出した。
「本命はどっちなんだヨ」
「何のことだ」
「ヘイハチ様とキュウゾウ様と、どっちが好きって聞いているアル」
「その話やめろ」
「万が一のことがあって、どっちとくっついたとしても、お二人とも、とっても苦労するアルヨ。何せ、文無しの暇人で、おまけに料理もできないアル」
いつだったか、何か作れと言って渡してきた料理に使う金物を俺が壊したこと、まだ根に持っているのか。なんてしつこくて、性根の悪い奴だ。
「うるさい。いい加減にしろ。次、おかしなこと言ったら斬る」
「お前、顔はいいのにもったいないアル。ああでも、胸はないし、性格は最悪ネ。とても残念ヨ」
「…………」
「で、本命はどっちアルカ?」
「警告、したからな」
「は? 何か言ったアルカ?」
「…………」
「なあ、どうなんだヨ」
俺の横にやってくるなり、マスターは「なあなあ」とにやけ面で何度も小突いてくる。俺は黙ってマスターの手を振り払うと、奴の股間を目掛けて思いっきり蹴りを入れてやった。
「✕●△★〇☆▲◇□――!」
宿を壊さんばかりに大きく響き渡る阿鼻叫喚。
床にうつ伏せに倒れ、股間を抑えながらピクピクと痙攣しているマスター。
奴を尻目に、俺は指定された飯屋へ向かうため、宿を後にした。
◆◆◆◆
朝倉は本当に店の飯を奢ってくれるみたいで、向かいの席に座った俺に『お品書き』と書かれたモノを渡してきた。
どうやら読んでいたのは、本じゃなくてお品書きだったようだ。
どれだけ飯を食いたいんだ、コイツは。
「好きなものを頼んでいいよ」
俺は頷き、さっそくお品書きをパラパラと開いて見てみる。
「…………」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
「そうか。ゆっくり選んでくれ」
「ああ」
普段から乾物か豆、それに合わせて水(時々マスターがくれる余り物の菓子など)で腹を満たしている俺にとって、外食すること自体が夢のまた夢だ。しかし、外で飯が食えずとも別段そこまで困っていない。
一人で食べる方が気は楽だし、静かでいい。人が多いところはうるさくてあまり好きじゃないから。
お品書きに書かれている料理名は見たことがないものがたくさんで、(俺にとっては)高い金額ばかりだった。読んでみてかろうじて分かるのは『焼き魚定食』と『お茶漬け』くらい。よくよくみると『漬物』もあった。これは嬉しい。
「決めた」
「お、どれにするんだい?」
「お茶漬け」
「は?」
「それと、漬物も追加で頼む」
「なあシキ、私の懐具合を心配して、遠慮なんかしていないか?」
「安心しろ。まったくしてない」
「ならいいけど、でも本当にそれでいいのかい? もっといいものを食べてもいいんだよ」
「いらない。お茶漬けと漬物がいい」
朝倉は他の料理を薦めてきたが俺は頑として首を縦に振らず、お品書きを渡す。以前、マスターからの頼みで癒しの里へ遣いに行かされた時も、同じようなものを食べた気がするが、それでもやっぱりお茶漬けと漬物がいい。
「お茶漬けは、美味い上に武器になるからいいんだ」
「武器になる? どういうこと?」
「敵に襲われた時に熱湯をかけられるから」
相手が熱さに悶えている間に斬り殺せる。だがこの方法、米がなによりも大好きなヘイハチに聞かれたら「なんて、もったいないことをするんですか!」と怒られそうだ。
もしやるならヘイハチの前でするのだけはやめておこう。
「なんだ、そりゃ……」
朝倉は呆れ顔になって溜息を吐きつつも「分かった」と了承してくれた。奴も何を食べるのかはすでに決めたようで、席の横を通りかかった店員を呼ぶと、俺の分も合わせて注文をする。
料理が運ばれるのを待っている間、二人で話をした。話をした、とは言っても、話題を振ってくるのは一方的に朝倉からで、それに対して俺は「ああ」とか「そうだな」と相槌を打ったり、聞かれたことに答えたりするだけだった。
「シキは普段、虹雅渓で何をしているんだ?」
「お前に言う必要あるのか」
「別にいいじゃないか。それとも何か、人に言えないような、やましいことでもしているのかい?」
「してない」
「じゃあ、何しているの?」
「鍛錬」
「戦が終わったっていうのにまだ己を鍛えているんだね。さすがだね。他は何をしているのかな?」
「鍛錬」
「鍛錬ばっかり。相変わらずの剣術馬鹿だね」
しかし……と呟き、俺をじっと見てくる。
「何だ」
「いくら鍛えているとはいえ、君は女性なのだから、少しは女性らしいことをしたらどう?」
「断る」
「即答だね。全く、君という奴は……」
思い出した。
戦場にいた時からそうだ。
コイツ、矢鱈と俺に向かって「君は女性だろう」とか言ってくるんだった。 女、女と言われるたびに、うっとうしい奴だと思っていた。
「俺は刀だからな。いつでも斬れるように鍛錬するのは当然だ」
「ん~、でも、鍛錬だけじゃ、食べていけないじゃないか。それにこの前、再会した時は仕事してるとか言っていたし。誰かに雇われているの?」
鍛錬以外にしていることは何かと聞いてくるので「宿のマスターから頼まれた遣いだ」と言った。
「は?」
朝倉は目をぱちぱちと瞬かせた。
「シキは客だよね? それって、君のやることじゃないだろ」
「いろいろと事情があるんだ。簡単に言えば、俺は臨時の用心棒であり、宿の客でもあるってこと」
「そ、そうなのかい……」
分かるような、分からないような微妙な反応をされた。
俺が虹雅渓へやってきて、滞在を決める。そして金がないから安い宿を探していたら、マスターに出会った。借金か何かの理由で命を狙われていたみたいで、その追ってのゴロツキ共を斬ってやったら、恩返しとして無料で泊めてもらえることになった。だが本来であれば無料にするのは七日間だけで、それ以降も泊るのならば、と金を請求された。金がないと言ったら、代わりに仕事をやるからと言われ、無料にしてもらっている代わりとして遣いをやっている……という具合だ。
こんなこと、他人に話をしても仕方がないので、俺の話はどうでもいいから、お前の話をしろ、と言ってやる。
朝倉の話によると、奴は戦が終わった後、アキンドの街を転々としながら、用心棒をしたり、店の警備をしたりして飯を食ってきたようだ。
今の時代、サムライがサムライとして生きていくにはやりづらく、難しいことも多々あるが、どうしても刀を捨てることはできず、剣の腕で何かできることはないかと模索してきたらしい。
「そんな日々を繰り返していたある時、リョウマの言葉をふっと思い出したんだ」
「主の言葉を」
「ああ。私達によく言っていただろ『戦は長くともいずれ終わる。このままだとサムライは生きる場所を失うことになる』『戦無き世になった時に備えて、行き場を失い路頭に迷うサムライのために受け皿を作りたい』と」
そういえば、そんなこと言っていたような気がする。かつての俺が主としたサムライ、リョウマは他のサムライ達と違って、戦場での死をよしとせず、生き延びることに重きを置いていた。
剣の腕はあるのに、それを立身出世の道具とせず、部隊の仲間を一人でも多く生き長らえさせるために、刀を振るっていた。
そして『遅かれ早かれ、サムライの時代は終わる』とか『戦から得るモノはない。たとえあったとしても虚しいと感じるだけだ』などと武士らしくない発言をよくしていた。
戦での活躍こそ、死ぬことこそ大事としていた周りの奴らからは当然疎まれ、煙たがられていた。
そんなサムライらしくないサムライを主に選んだ俺に対して、父上と兄上からの文句は一つもなかった。
むしろ今まで主を持とうとせず、ただ敵を斬るばかりであった俺に良き出会いがおとずれたといって喜んでいた。
鋼音家は『斬る相手は選ぶな、持ち主は選べ』が信条。己の意思で選んだのであればよい。その主に尽くせと、父上は言った。
面白いサムライを選んだねと、兄上は嬉しそうに笑っていた。
不思議だ。後先考えない俺よりも、二人の方が先に折れてしまうとは。
「奴の言っていた受け皿がどうかしたのか」
「志半ばで死んでしまったリョウマの意思を受け継いで、私がその受け皿を作ってやろうと思ってね」
朝倉は、言葉尻に「それには君の協力が必要だ」と言った。
「協力? どういう意味だ」
詳しく聞こうとしたら「お客様、お待たせしました」と店員がやってきた。俺と朝倉の目の前にそれぞれ注文した料理が置かれる。
ごゆっくりどうぞ、と言って頭を下げた店員が去っていく。
俺は話の続きを促すが、奴は「美味そう」と運ばれてきた料理を眺めている。
「話の続きは後にして、まずは腹ごしらえとしようか」
「食わなくても話くらいできるだろ」
「私はお腹がすくと話ができない質なんだよ」
「どんな質だ。屁理屈だろ、それ」
朝倉は卓に置かれていた箱から箸を取り出すと「いただきます」と手を合わせ、食事を開始する。
「どうしたの? 早く食べないと冷めてしまうよ」
「…………」
人が食べる様を黙って見ていてもしょうがない。
一応、話の続きはしてくれるつもりはあるようだから。
「いただきます」
俺は手を合わせてから箸をとり、茶漬けへと手を伸ばした。
◆◆◆◆
久方ぶりに食べた温かい飯と食後に運ばれたお茶を飲んで、ほっこりしていると「話の続きだが」と朝倉が話を切り出した。
「単刀直入に言う。シキ、私の仲間になってくれないか」
「お前の仲間だと?」
朝倉は「頼む」と頭を下げた。
「俺たちの計画のためにも、お前の協力が必要なんだ」
「計画ってなんだ」
「計画っていうのはね……」
そう言いかけると、朝倉は傍らに置いた刀を手にかけつつ、何故か周囲を確認し始めた。店の席は木製の仕切りで分けられている。仕切りにはお洒落としての模様なのか、ひし形に空いた穴がいくつかついていて、座っている人の顔や様子が少しだけ見える。
俺たちの座る席の前方には家族連れが飯を食べていて、その後方には友人同士だろう、若い女達が集まってぺちゃくちゃと楽しそうに話をしている。
やがて安心したのか、朝倉は「よし」と呟いて、刀から手を離し、両手を組むと、俺の方へ向き直った。
「サムライの時代を再興するためにも、君の力が必要となる」
「…………」
リョウマの言った受け皿を作るとか、サムライのためだとか。
コイツは一体、何をしようとしているのか。
「実を言うと、私が虹雅渓に来たのは仕事を求めるためじゃない」
サムライがサムライとして生きる場所をアキンドから取り戻すために来た。だから、と朝倉は右手を伸ばす。
「私の刀になってくれないかい?」
「…………」
「アキンド最大の街と名を上げている虹雅渓を制圧する。それがサムライの時代を取り戻す一歩になる」
「…………」
「頼む。シキ」
私に力を貸してくれ、と朝倉は言った。
「無刀流九代目当主、鋼音シキ。肉体を機械化せず、刀も持たずに己が身一つで数多くの機械のサムライと戦艦を斬ってみせ、生き残った君ならばこんな忌々しいアキンドの街など、すぐに潰せる」
そうだろう、と呼びかける朝倉の目を俺は黙って見つめていた。
◆◆◆◆
戦が終わり、生きる場所を失ったサムライ達の受け皿を作りたい。そのためにも、アヤマロと奴の息子を殺し、虹雅渓を制圧する。
それに協力することが、朝倉の頼みだった。
「アヤマロには腕の立つ用心棒を二人、側につかせているとの情報を掴んでいる。まずソイツ等を片付けないとアヤマロは斬れない」
「どんな奴?」
聞かずとも知っているが、あえて聞いてみる。
頷いた朝倉は卓に人相書きなるものを置き、それぞれ指を差す。
「こっちのメガネがヒョーゴっていう奴で、この眠そうな顔をしたのがキュウゾウっていう奴だね」
よく描けているな。
一人感心していると、仲間に人の顔を描くのが上手い奴がいるのだ、と朝倉は言った。
「仲間の調査によると、注意すべきはキュウゾウって奴の方でさ。相当の腕を持つ二刀流だとか」
「そうか」
まあそうだろうな、と俺は内心思った。差配アヤマロのもとには二人のサムライが、キュウゾウとヒョーゴがいる。ヒョーゴとはまだ斬り合えてないが、キュウゾウとは一度だけ斬り合った。
たった一度とはいえ、刃を交えたが故に分かる。朝倉の仲間がどの程度の実力かは知らないが、キュウゾウの腕なら朝倉なんて瞬殺だ。奴は剣の腕は悪くはないが、特段いいってわけでもない。
それでも戦場を生き抜けていったのはひとえによく回る頭のおかげだろう。頭がいいのだから、もっと別のことに使えばいいのに。
大体、俺は協力するとはひとことも言っていないのに、朝倉は知り得たキュウゾウ達の情報と合わせ、アヤマロの息子ウキョウとその用心棒もなかなかの手練れだ、という話をし始める。
そんなベラベラと話してもいいものなのか?
俺が飯代を欲しさにキュウゾウ達へ情報を流しはしないだろうかとか、考えないのだろうか。
まあ、する気は更々ないけど。
「……ということなんだ。協力してくれるよね、シキ」
「……………」
黙っている俺に、朝倉は「さっきからどうした」と訝しんだが、お願いだ、答えてくれないか、と詰め寄ってきた。
「それにシキは無刀とはいえ、剣士なんだろう」
「ああ」
頷く俺に「ならさ」と朝倉は続ける。
「剣士だっていうなら、斬り合いがしたいだろう。戦場に立ちたくないかい?」
朝倉はなおも続ける。
戦が終わりを迎えたことで生きる場所を失ったサムライを救うためにも、虹雅渓を破壊した暁には、ここをサムライの国として成立させ、仕事にあぶれたサムライ達を集めよう。
他にできたアキンドの街を潰そう。
剣の腕で天下を取る時代を取り戻すため、根底から変えてやるんだ。アキンドはかつてのように工場などで武器をつくらせる。
そして金儲けを考えさせないように奴隷として、無償で、命尽き果てるまで、働かせてやろう。
サムライから時代を、生きる場所を奪ったから。
今こそ、その報いを受けさせてやる時だ。
そう言って、朝倉は握り拳をつくり、いきこんでいる。
「それに私の仲間になれば、君にだっていいことはあるから」
「例えば?」
「自由に人斬りができる」
「…………」
「戦争を起こすことだって思いのままだ。戦場がないのならば、その火種を自分達で起こせばいいんだよ」
“僕の刀になってくれませんか?”
穏やかな微笑みを浮かべて手を差し出してきた主の、リョウマの顔が脳裏に浮かぶ。
サムライの国をつくること……それがかつて、主の言っていた、受け皿、とでもいうのだろうか。
刀として仕えてから、いつも二人で行動していた。だがアイツの考えの全部がわかって、全部が納得できるってわけじゃなかったが……。
リョウマの夢と朝倉ゼンの野望。
これら二つは、全く違うものということだけはハッキリと分かる。第一に俺自身が気に入っていない。
朝倉は仲間になることで得られる利点を多く伝えた上で「どうだい?」と聞いてきた。
「私の仲間に、私の刀になってくれるよね」
「断る」
俺の返答に、一瞬何を言われたのか、理解できないという顔で呆然とする奴の顔を見据えて、俺はもう一度「断る」とはっきりと言った。
「俺はお前の刀にならない」
「ど、どうして?」
私達は数多の戦場で苦楽を共にした仲間だろう。
なぜ協力しないのか。
戦友の頼みを断るとは信じられない。
近くに座る人から注がれる目線を気にすることなく、いきり立ち、なおも説得しようとする朝倉を制して、俺は口を開く。
「時代を変えるのも結構だが、もっと他にやることがあるんじゃないか」
「他ってなんだい。何があるっていうの」
「自分を変えてみたらどうだ」
「え……?」
「時代を変えるより、己を変えることに時間をかけた方がいい」
確かにアキンドの時代は平穏で本当に退屈。
生死のやりとりはないし、緊迫感もないし、血の匂いもしない。
夢で戦場を見てしまった時なんか刃の交わる音が恋しくなることだって多々ある。自由に斬り合いができるなんて、剣士にとってはなんと魅力的な提案だろう。
だが、しかし。
『時代』なんて、誰かの、個人の意思とは関係なく否が応でも変わるものだ。そんな曖昧模糊なものを相手取るよりも、どう在りたいのか、どう生きていたいのか、を考えた方が断然いい。
頭の良い兄上とは違って、学のなかった俺は目の前にあること、今のことを考えるので精いっぱいだ。修業中でも、戦場でも、戦が終わっても、今の今までそうやってきた。でもそれがいい。
俺は今できることを大事にしたい。
「確かに俺は刀だ。故に斬り合うことが俺の生きがいになる」
「だったら……」
俺は朝倉を手で制して、なおも続ける。
「刀は斬る相手を選ばない。だが俺は、鋼音家の剣士は、主を選ぶ刀なんでな」
「シキ、待ってよ! 私の話を聞いて」
「聞かない。お前が何度、何を言おうとも、俺は答えを変える気はない」
俺の言葉に、朝倉は止まると落ち着こうとして一つ息を吐いた。
「君は……なんだか変わったね」
「…………」
「戦場にいた時は触れるだけで斬れてしまいそうな鋭い刀だったじゃないか」
朝倉は肩を落として力なく「どうして」と呟いている。奴に奢ってもらう気満々でやって来たつもりだったが、奴の『今の在り方』を観て、気が変わった。
俺は卓上に食べた分の金を置くと、席を立ち、背を向けると「待って」と朝倉が声を上げる。
「シキ、私達はもうあの頃には戻れないのかい?」
「ああ。そうだ」
「そうか……」
「じゃあな」
俺は振り返らず足早に店を後にした。
帰り路、露店が立ち並ぶ通りを歩きながら、思った。かつて同じ戦場を駆けた友とは言え、もう二度と会うことはないだろう、と。
翌日。
俺は朝倉から渡された紙切れを頼りに、第三階層にある飯屋に来ていた。中に入ると、やってきた店員に「何名様ですか?」と聞かれたから、待ち合わせだと言い、予約していた朝倉の名前を告げる。店員は「かしこまりました」と頷くと席まで案内してくれた。
先にいた朝倉は本を読んでいた。
俺に気付くと本を閉じて席から立ち上がり「こっちだよ」と笑顔で手を振っている。
「愉快なおサムライ様ですね」
店員はクスクスと笑っている。
周りの奴らもおかしそうに見ている。
「…………」
帰りたくなってきた。
アイツの知り合いだと思われたくない。
子どもみたいなことをして恥ずかしくないのか。
「待っていたよ、シキ」
「ああ」
長く待ったかと聞くと、朝倉は「いいや」と首を振った。
「だが、君もちゃんと女性なのだと分かってホッとしているよ」
「どういうことだ?」
「女性は準備に時間がかかるものだと聞いているからさ」
「行く準備それ自体はすぐ終わったぞ」
「え、そうなの? それじゃあ、どうして少し遅かったんだ?」
「ここに向かっている途中、ゴロツキ共に絡まれた」
「えっ?」
「だが、すぐ斬ったから問題ない」
「そ、そうかい……流石だね」
詳しく経緯を説明するのはとても面倒臭いので、嘘をつく。遅れてしまった本当の理由は、宿のマスターからの余計な詮索を振り切るのに、少し手間取っただけだから。
◆◆◆◆
俺がどこかへ出かけるたびに「どうせ、いつもの鍛錬だろう」とか「文無し暇人」と思って見ている節があり、俺がどこへ行き、いつ帰ろうとも気にしないくせに、今日だけは(無駄に)奴の勘が冴えていたのか。
「お前、どこへ行くアルカ?」
と、聞いてきた。
聞かれた俺の方も無視すればいいのだが、そうすると後々もっと面倒になる。ブツブツと文句を言われたり、理不尽極まりない理由で宿の全部屋、掃除をしろとか言われたりする方がすごく嫌だったから、仕方なく立ち止まって、マスターの方を向いた。
「鍛錬」
「嘘つくなヨ。お前のことなんてワタシにはとっくにお見通しなんだヨ」
マスターは、色付きメガネを指で押し上げると「男とデートする気アルナ」と指を差した。
「でーと? 何だ、それは」
「とぼけても無駄アル。こちとら有力な証言を記録しているアルネ」
そう言うとマスターは懐から帳面を取り出し、俺の顔面に突きつけてきた。
どうやら俺が買い物をしていた場所の近くに、マスターの知り合いであるアキンドが店を構えていて、朝倉と会話しているところを目撃したらしい。そして文を通じて、マスターへと情報を流したようだった。
「全く、お前という奴はけしからんアル!」
「何が」
「金もないくせに男と出かけている場合じゃないネ! 奴隷のように働けヨ、ワタシのために!」
「誰が奴隷だ」
下らない。
俺に構ってる暇があるなら商売に精進しろよ。喚くマスターを無視して、足早に宿を出ようとすると「待つアル!」と俺の前へと回り込み、両手を広げて通せん坊をしてきた。
本当に煩わしい。
「邪魔だ。どけ」
「全く、お前という奴はヘイハチ様という者がいながら他の男のところへ行くなんて、どれだけ尻軽な女アルカ!」
「はい?」
なぜそこでヘイハチが出てくるのか。
大体、俺が何しようとマスターには関係ないだろうに。全くあほらしい。
これ見よがしに溜息を吐いていると、マスターは「ヘイハチ様だけじゃないネ!」と指を突き付けてきた。
「キュウゾウ様も可哀そうヨ」
「はい?」
ヘイハチが出てくるならまだ分かる。
だがなぜソイツの名前がマスターの口から出てくるのか。
驚く俺を見て、マスターは調子に乗ったのか、「ワタシの情報網、舐めるなヨ」と、色付きメガネを怪しく光らせて、フフンと鼻を鳴らした。
「癒しの里、桔梗屋の女将から得た情報ネ。お前ら二人が何やら怪しい関係にあることも、ワタシには全て筒抜けヨ」
「…………」
商売人としての守秘義務が崩壊している。
俺の個人情報、外部に駄々漏れし過ぎてないか。
あまりの衝撃と呆れにより、文句も何も言う気が起きないでいると、マスターが「もしかして」と話しかけてきた。
「今度はなんだ」
「この前の、首に痕をつけた男っていうのは、キュウゾウ様アルカ?」
「…………」
この馬鹿野郎。
とんでもないことを、にやにやとしながら聞いてきた。本当に全くもって白々しく、うっとうしい。情報が筒抜けだというならば、人が言わずとも、人に聞かずとも分かっているくせに。
今となっては、アイツにつけられた痕も跡形もなく綺麗さっぱりと消えたのに。俺自身も奴にされた行為もやっと忘れることができていたというのに。思い出してしまったじゃないか。
「おい、聞いてるアルカ」
「うるさい。そこをどけ」
斬るぞと睨めば、やれるものならやってみろヨとマスターは拳法家の真似事のような姿勢になる。指をちょいちょい、なんて動かしている。達人を気取っていて、見ていてなんかイラっとする。
タダ飯が俺を待っているというのに。
こんな馬鹿に構っている場合じゃない。
「どけ」
「どかないアル」
「退け」
「嫌アル」
「メガネかち割るぞ」
「やられる前にお前が部屋に置いている食用豆、全部捨てるアルヨ」
その後は罵詈雑言の応酬だけが続き、火花を散らしていると埒が明かないと思ったのか、マスターが「ところで」と切り出した。
「本命はどっちなんだヨ」
「何のことだ」
「ヘイハチ様とキュウゾウ様と、どっちが好きって聞いているアル」
「その話やめろ」
「万が一のことがあって、どっちとくっついたとしても、お二人とも、とっても苦労するアルヨ。何せ、文無しの暇人で、おまけに料理もできないアル」
いつだったか、何か作れと言って渡してきた料理に使う金物を俺が壊したこと、まだ根に持っているのか。なんてしつこくて、性根の悪い奴だ。
「うるさい。いい加減にしろ。次、おかしなこと言ったら斬る」
「お前、顔はいいのにもったいないアル。ああでも、胸はないし、性格は最悪ネ。とても残念ヨ」
「…………」
「で、本命はどっちアルカ?」
「警告、したからな」
「は? 何か言ったアルカ?」
「…………」
「なあ、どうなんだヨ」
俺の横にやってくるなり、マスターは「なあなあ」とにやけ面で何度も小突いてくる。俺は黙ってマスターの手を振り払うと、奴の股間を目掛けて思いっきり蹴りを入れてやった。
「✕●△★〇☆▲◇□――!」
宿を壊さんばかりに大きく響き渡る阿鼻叫喚。
床にうつ伏せに倒れ、股間を抑えながらピクピクと痙攣しているマスター。
奴を尻目に、俺は指定された飯屋へ向かうため、宿を後にした。
◆◆◆◆
朝倉は本当に店の飯を奢ってくれるみたいで、向かいの席に座った俺に『お品書き』と書かれたモノを渡してきた。
どうやら読んでいたのは、本じゃなくてお品書きだったようだ。
どれだけ飯を食いたいんだ、コイツは。
「好きなものを頼んでいいよ」
俺は頷き、さっそくお品書きをパラパラと開いて見てみる。
「…………」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
「そうか。ゆっくり選んでくれ」
「ああ」
普段から乾物か豆、それに合わせて水(時々マスターがくれる余り物の菓子など)で腹を満たしている俺にとって、外食すること自体が夢のまた夢だ。しかし、外で飯が食えずとも別段そこまで困っていない。
一人で食べる方が気は楽だし、静かでいい。人が多いところはうるさくてあまり好きじゃないから。
お品書きに書かれている料理名は見たことがないものがたくさんで、(俺にとっては)高い金額ばかりだった。読んでみてかろうじて分かるのは『焼き魚定食』と『お茶漬け』くらい。よくよくみると『漬物』もあった。これは嬉しい。
「決めた」
「お、どれにするんだい?」
「お茶漬け」
「は?」
「それと、漬物も追加で頼む」
「なあシキ、私の懐具合を心配して、遠慮なんかしていないか?」
「安心しろ。まったくしてない」
「ならいいけど、でも本当にそれでいいのかい? もっといいものを食べてもいいんだよ」
「いらない。お茶漬けと漬物がいい」
朝倉は他の料理を薦めてきたが俺は頑として首を縦に振らず、お品書きを渡す。以前、マスターからの頼みで癒しの里へ遣いに行かされた時も、同じようなものを食べた気がするが、それでもやっぱりお茶漬けと漬物がいい。
「お茶漬けは、美味い上に武器になるからいいんだ」
「武器になる? どういうこと?」
「敵に襲われた時に熱湯をかけられるから」
相手が熱さに悶えている間に斬り殺せる。だがこの方法、米がなによりも大好きなヘイハチに聞かれたら「なんて、もったいないことをするんですか!」と怒られそうだ。
もしやるならヘイハチの前でするのだけはやめておこう。
「なんだ、そりゃ……」
朝倉は呆れ顔になって溜息を吐きつつも「分かった」と了承してくれた。奴も何を食べるのかはすでに決めたようで、席の横を通りかかった店員を呼ぶと、俺の分も合わせて注文をする。
料理が運ばれるのを待っている間、二人で話をした。話をした、とは言っても、話題を振ってくるのは一方的に朝倉からで、それに対して俺は「ああ」とか「そうだな」と相槌を打ったり、聞かれたことに答えたりするだけだった。
「シキは普段、虹雅渓で何をしているんだ?」
「お前に言う必要あるのか」
「別にいいじゃないか。それとも何か、人に言えないような、やましいことでもしているのかい?」
「してない」
「じゃあ、何しているの?」
「鍛錬」
「戦が終わったっていうのにまだ己を鍛えているんだね。さすがだね。他は何をしているのかな?」
「鍛錬」
「鍛錬ばっかり。相変わらずの剣術馬鹿だね」
しかし……と呟き、俺をじっと見てくる。
「何だ」
「いくら鍛えているとはいえ、君は女性なのだから、少しは女性らしいことをしたらどう?」
「断る」
「即答だね。全く、君という奴は……」
思い出した。
戦場にいた時からそうだ。
コイツ、矢鱈と俺に向かって「君は女性だろう」とか言ってくるんだった。 女、女と言われるたびに、うっとうしい奴だと思っていた。
「俺は刀だからな。いつでも斬れるように鍛錬するのは当然だ」
「ん~、でも、鍛錬だけじゃ、食べていけないじゃないか。それにこの前、再会した時は仕事してるとか言っていたし。誰かに雇われているの?」
鍛錬以外にしていることは何かと聞いてくるので「宿のマスターから頼まれた遣いだ」と言った。
「は?」
朝倉は目をぱちぱちと瞬かせた。
「シキは客だよね? それって、君のやることじゃないだろ」
「いろいろと事情があるんだ。簡単に言えば、俺は臨時の用心棒であり、宿の客でもあるってこと」
「そ、そうなのかい……」
分かるような、分からないような微妙な反応をされた。
俺が虹雅渓へやってきて、滞在を決める。そして金がないから安い宿を探していたら、マスターに出会った。借金か何かの理由で命を狙われていたみたいで、その追ってのゴロツキ共を斬ってやったら、恩返しとして無料で泊めてもらえることになった。だが本来であれば無料にするのは七日間だけで、それ以降も泊るのならば、と金を請求された。金がないと言ったら、代わりに仕事をやるからと言われ、無料にしてもらっている代わりとして遣いをやっている……という具合だ。
こんなこと、他人に話をしても仕方がないので、俺の話はどうでもいいから、お前の話をしろ、と言ってやる。
朝倉の話によると、奴は戦が終わった後、アキンドの街を転々としながら、用心棒をしたり、店の警備をしたりして飯を食ってきたようだ。
今の時代、サムライがサムライとして生きていくにはやりづらく、難しいことも多々あるが、どうしても刀を捨てることはできず、剣の腕で何かできることはないかと模索してきたらしい。
「そんな日々を繰り返していたある時、リョウマの言葉をふっと思い出したんだ」
「主の言葉を」
「ああ。私達によく言っていただろ『戦は長くともいずれ終わる。このままだとサムライは生きる場所を失うことになる』『戦無き世になった時に備えて、行き場を失い路頭に迷うサムライのために受け皿を作りたい』と」
そういえば、そんなこと言っていたような気がする。かつての俺が主としたサムライ、リョウマは他のサムライ達と違って、戦場での死をよしとせず、生き延びることに重きを置いていた。
剣の腕はあるのに、それを立身出世の道具とせず、部隊の仲間を一人でも多く生き長らえさせるために、刀を振るっていた。
そして『遅かれ早かれ、サムライの時代は終わる』とか『戦から得るモノはない。たとえあったとしても虚しいと感じるだけだ』などと武士らしくない発言をよくしていた。
戦での活躍こそ、死ぬことこそ大事としていた周りの奴らからは当然疎まれ、煙たがられていた。
そんなサムライらしくないサムライを主に選んだ俺に対して、父上と兄上からの文句は一つもなかった。
むしろ今まで主を持とうとせず、ただ敵を斬るばかりであった俺に良き出会いがおとずれたといって喜んでいた。
鋼音家は『斬る相手は選ぶな、持ち主は選べ』が信条。己の意思で選んだのであればよい。その主に尽くせと、父上は言った。
面白いサムライを選んだねと、兄上は嬉しそうに笑っていた。
不思議だ。後先考えない俺よりも、二人の方が先に折れてしまうとは。
「奴の言っていた受け皿がどうかしたのか」
「志半ばで死んでしまったリョウマの意思を受け継いで、私がその受け皿を作ってやろうと思ってね」
朝倉は、言葉尻に「それには君の協力が必要だ」と言った。
「協力? どういう意味だ」
詳しく聞こうとしたら「お客様、お待たせしました」と店員がやってきた。俺と朝倉の目の前にそれぞれ注文した料理が置かれる。
ごゆっくりどうぞ、と言って頭を下げた店員が去っていく。
俺は話の続きを促すが、奴は「美味そう」と運ばれてきた料理を眺めている。
「話の続きは後にして、まずは腹ごしらえとしようか」
「食わなくても話くらいできるだろ」
「私はお腹がすくと話ができない質なんだよ」
「どんな質だ。屁理屈だろ、それ」
朝倉は卓に置かれていた箱から箸を取り出すと「いただきます」と手を合わせ、食事を開始する。
「どうしたの? 早く食べないと冷めてしまうよ」
「…………」
人が食べる様を黙って見ていてもしょうがない。
一応、話の続きはしてくれるつもりはあるようだから。
「いただきます」
俺は手を合わせてから箸をとり、茶漬けへと手を伸ばした。
◆◆◆◆
久方ぶりに食べた温かい飯と食後に運ばれたお茶を飲んで、ほっこりしていると「話の続きだが」と朝倉が話を切り出した。
「単刀直入に言う。シキ、私の仲間になってくれないか」
「お前の仲間だと?」
朝倉は「頼む」と頭を下げた。
「俺たちの計画のためにも、お前の協力が必要なんだ」
「計画ってなんだ」
「計画っていうのはね……」
そう言いかけると、朝倉は傍らに置いた刀を手にかけつつ、何故か周囲を確認し始めた。店の席は木製の仕切りで分けられている。仕切りにはお洒落としての模様なのか、ひし形に空いた穴がいくつかついていて、座っている人の顔や様子が少しだけ見える。
俺たちの座る席の前方には家族連れが飯を食べていて、その後方には友人同士だろう、若い女達が集まってぺちゃくちゃと楽しそうに話をしている。
やがて安心したのか、朝倉は「よし」と呟いて、刀から手を離し、両手を組むと、俺の方へ向き直った。
「サムライの時代を再興するためにも、君の力が必要となる」
「…………」
リョウマの言った受け皿を作るとか、サムライのためだとか。
コイツは一体、何をしようとしているのか。
「実を言うと、私が虹雅渓に来たのは仕事を求めるためじゃない」
サムライがサムライとして生きる場所をアキンドから取り戻すために来た。だから、と朝倉は右手を伸ばす。
「私の刀になってくれないかい?」
「…………」
「アキンド最大の街と名を上げている虹雅渓を制圧する。それがサムライの時代を取り戻す一歩になる」
「…………」
「頼む。シキ」
私に力を貸してくれ、と朝倉は言った。
「無刀流九代目当主、鋼音シキ。肉体を機械化せず、刀も持たずに己が身一つで数多くの機械のサムライと戦艦を斬ってみせ、生き残った君ならばこんな忌々しいアキンドの街など、すぐに潰せる」
そうだろう、と呼びかける朝倉の目を俺は黙って見つめていた。
◆◆◆◆
戦が終わり、生きる場所を失ったサムライ達の受け皿を作りたい。そのためにも、アヤマロと奴の息子を殺し、虹雅渓を制圧する。
それに協力することが、朝倉の頼みだった。
「アヤマロには腕の立つ用心棒を二人、側につかせているとの情報を掴んでいる。まずソイツ等を片付けないとアヤマロは斬れない」
「どんな奴?」
聞かずとも知っているが、あえて聞いてみる。
頷いた朝倉は卓に人相書きなるものを置き、それぞれ指を差す。
「こっちのメガネがヒョーゴっていう奴で、この眠そうな顔をしたのがキュウゾウっていう奴だね」
よく描けているな。
一人感心していると、仲間に人の顔を描くのが上手い奴がいるのだ、と朝倉は言った。
「仲間の調査によると、注意すべきはキュウゾウって奴の方でさ。相当の腕を持つ二刀流だとか」
「そうか」
まあそうだろうな、と俺は内心思った。差配アヤマロのもとには二人のサムライが、キュウゾウとヒョーゴがいる。ヒョーゴとはまだ斬り合えてないが、キュウゾウとは一度だけ斬り合った。
たった一度とはいえ、刃を交えたが故に分かる。朝倉の仲間がどの程度の実力かは知らないが、キュウゾウの腕なら朝倉なんて瞬殺だ。奴は剣の腕は悪くはないが、特段いいってわけでもない。
それでも戦場を生き抜けていったのはひとえによく回る頭のおかげだろう。頭がいいのだから、もっと別のことに使えばいいのに。
大体、俺は協力するとはひとことも言っていないのに、朝倉は知り得たキュウゾウ達の情報と合わせ、アヤマロの息子ウキョウとその用心棒もなかなかの手練れだ、という話をし始める。
そんなベラベラと話してもいいものなのか?
俺が飯代を欲しさにキュウゾウ達へ情報を流しはしないだろうかとか、考えないのだろうか。
まあ、する気は更々ないけど。
「……ということなんだ。協力してくれるよね、シキ」
「……………」
黙っている俺に、朝倉は「さっきからどうした」と訝しんだが、お願いだ、答えてくれないか、と詰め寄ってきた。
「それにシキは無刀とはいえ、剣士なんだろう」
「ああ」
頷く俺に「ならさ」と朝倉は続ける。
「剣士だっていうなら、斬り合いがしたいだろう。戦場に立ちたくないかい?」
朝倉はなおも続ける。
戦が終わりを迎えたことで生きる場所を失ったサムライを救うためにも、虹雅渓を破壊した暁には、ここをサムライの国として成立させ、仕事にあぶれたサムライ達を集めよう。
他にできたアキンドの街を潰そう。
剣の腕で天下を取る時代を取り戻すため、根底から変えてやるんだ。アキンドはかつてのように工場などで武器をつくらせる。
そして金儲けを考えさせないように奴隷として、無償で、命尽き果てるまで、働かせてやろう。
サムライから時代を、生きる場所を奪ったから。
今こそ、その報いを受けさせてやる時だ。
そう言って、朝倉は握り拳をつくり、いきこんでいる。
「それに私の仲間になれば、君にだっていいことはあるから」
「例えば?」
「自由に人斬りができる」
「…………」
「戦争を起こすことだって思いのままだ。戦場がないのならば、その火種を自分達で起こせばいいんだよ」
“僕の刀になってくれませんか?”
穏やかな微笑みを浮かべて手を差し出してきた主の、リョウマの顔が脳裏に浮かぶ。
サムライの国をつくること……それがかつて、主の言っていた、受け皿、とでもいうのだろうか。
刀として仕えてから、いつも二人で行動していた。だがアイツの考えの全部がわかって、全部が納得できるってわけじゃなかったが……。
リョウマの夢と朝倉ゼンの野望。
これら二つは、全く違うものということだけはハッキリと分かる。第一に俺自身が気に入っていない。
朝倉は仲間になることで得られる利点を多く伝えた上で「どうだい?」と聞いてきた。
「私の仲間に、私の刀になってくれるよね」
「断る」
俺の返答に、一瞬何を言われたのか、理解できないという顔で呆然とする奴の顔を見据えて、俺はもう一度「断る」とはっきりと言った。
「俺はお前の刀にならない」
「ど、どうして?」
私達は数多の戦場で苦楽を共にした仲間だろう。
なぜ協力しないのか。
戦友の頼みを断るとは信じられない。
近くに座る人から注がれる目線を気にすることなく、いきり立ち、なおも説得しようとする朝倉を制して、俺は口を開く。
「時代を変えるのも結構だが、もっと他にやることがあるんじゃないか」
「他ってなんだい。何があるっていうの」
「自分を変えてみたらどうだ」
「え……?」
「時代を変えるより、己を変えることに時間をかけた方がいい」
確かにアキンドの時代は平穏で本当に退屈。
生死のやりとりはないし、緊迫感もないし、血の匂いもしない。
夢で戦場を見てしまった時なんか刃の交わる音が恋しくなることだって多々ある。自由に斬り合いができるなんて、剣士にとってはなんと魅力的な提案だろう。
だが、しかし。
『時代』なんて、誰かの、個人の意思とは関係なく否が応でも変わるものだ。そんな曖昧模糊なものを相手取るよりも、どう在りたいのか、どう生きていたいのか、を考えた方が断然いい。
頭の良い兄上とは違って、学のなかった俺は目の前にあること、今のことを考えるので精いっぱいだ。修業中でも、戦場でも、戦が終わっても、今の今までそうやってきた。でもそれがいい。
俺は今できることを大事にしたい。
「確かに俺は刀だ。故に斬り合うことが俺の生きがいになる」
「だったら……」
俺は朝倉を手で制して、なおも続ける。
「刀は斬る相手を選ばない。だが俺は、鋼音家の剣士は、主を選ぶ刀なんでな」
「シキ、待ってよ! 私の話を聞いて」
「聞かない。お前が何度、何を言おうとも、俺は答えを変える気はない」
俺の言葉に、朝倉は止まると落ち着こうとして一つ息を吐いた。
「君は……なんだか変わったね」
「…………」
「戦場にいた時は触れるだけで斬れてしまいそうな鋭い刀だったじゃないか」
朝倉は肩を落として力なく「どうして」と呟いている。奴に奢ってもらう気満々でやって来たつもりだったが、奴の『今の在り方』を観て、気が変わった。
俺は卓上に食べた分の金を置くと、席を立ち、背を向けると「待って」と朝倉が声を上げる。
「シキ、私達はもうあの頃には戻れないのかい?」
「ああ。そうだ」
「そうか……」
「じゃあな」
俺は振り返らず足早に店を後にした。
帰り路、露店が立ち並ぶ通りを歩きながら、思った。かつて同じ戦場を駆けた友とは言え、もう二度と会うことはないだろう、と。
