第一話


 拝啓 父上、兄上、お元気でしょうか。
 俺は今、アキンドが作った街の中で最大級と噂の名高い虹雅峡にやってきています。しばらくここに滞在しようと宿をとり、過ごしてから何週間か経ちました。
 確かに虹雅峡は俺がこれまで訪れた街の中で一番に大きいですが、以前立ち寄ったそれらとも仕組みも在り方もそんなに変わらないと思います。
 サムライは仕事にあぶれ、気力もなくぶらぶらと過ごしています。反対に元気なのは街で暮らす人々と忙しなく働くアキンド達です。 
 俺は変わらず剣の鍛錬をしたり、時々突っかかってくるチンピラ共をふっ飛ばしたりしています。
 そんな何の変哲もない日々を過ごしてきた俺は今、金髪で紅色のコートを着た二刀流のサムライに追い駆けられています。

 ……何故そのような目にあっているのか、ですか?

 それは以下の通りです。某日、虹雅峡にやってきてから倒したチンピラ共が徒党を組んで俺に仕返しをしようと、こともあろうに待ち伏せを仕掛けてきました。思ったよりも数はいましたが怪我はありません。全員を徹底的に返り討ちにしてやりましたから。
 そうして事を終え、宿へ帰ろうと踵を返したその時、俺の前に一人のサムライが現れました。男は無表情で周りに倒れていたチンピラ共を眺めると俺を見てーー、

「斬ったのか」

と、聞いてきました。俺は、

「そうだ」

と答えました。すると突然背負う刀を抜いて「参る」と言うなり俺に斬りかかってきたのです。
 いきなり何だ、と思いましたが、俺はその刃を躱し、すかさず回し蹴りを繰り出しました。サムライは声ぞ発しませんでしたが、目を見開いていました。相手が驚いているその隙に、素早くその場から逃げることにしました。
 俺の勘ですが、あの男に関わると絶対に面倒なことになると思ったからです。
 その予感は的中しました。あの男がーー金髪で紅色コートのサムライが今まさに俺を追ってきているからです。

ーーーー

「ーーったく、しつこい!」

 なんて……とっくの昔に戦で死んでしまった父と兄を使って、今の状況から現実逃避をしているが、そんなことをしていたら多分、いや絶対死ぬだろう。奴の一の太刀、二の太刀と続けて躱し、路地裏へと逃げ込む。 
 まさか長い大戦が終わって以来、久方ぶりに本当のサムライと相まみえるとは思っても見なかった。
 戦の時は斬り合いだ、殺し合いだ、なんて当たり前にあったから場所なんて選ばずにやっていたが今は戦もない、血も流れない。 
 俺の周りにいた人々も死にたくないだろうし、面倒事に巻き込まれまいと身を引いていく始末だ。 
 奴らに気を遣うつもりはないが、俺も暴れるくらいなら誰にも邪魔をされない場所にしよう、とサムライを人気の少ない場所へと誘い込む。 
 俺が立ち止まって振り返ると、相手も立ち止まって、左に持つ刀の切っ先をこちらへ向けてきた。

「……諦めたのか」
「違う。ここなら、邪魔する人はいない。心置きなく斬り合えるぞ、サムライ」
「ーーそうか」

 金髪のサムライは口角を歪めた。今まで無表情で追ってきたくせに何だか楽しそうに見える。もしかしたら飢えていたのかもしれない。 
 あの長きに渡って続いた大戦が終わって、刀を交えたいと思うサムライと出会うことも果たし合うこともなくなったから。刀を振るう機会もあまりないから。だからといって俺と相対することでその渇きを満たそうとか、考えているならお門違いだ。

 だって、俺はーー。

「前もって言っておくが。俺はサムライじゃない。俺は刀で、刀を使わない無刀の剣士だ」
「………………」

 もとから無口な奴なんだろうが、言わずともわかる。

 “何を言っているんだ、コイツは……"

という顔をしていた。
 どうやら俺等、鋼音家が受け継いできた流派は世間どころか戦を共にしたサムライにさえもあまり知られていないようだ。 
 だからといって、別に残念とは思わない。
 これから、とくと味わえばいい。

「刀を持たない、拳法ならぬ剣法を知らないっていうなら、いい機会だ。覚えていけ。俺は無刀流九代目当主鋼音シキだ。お前、名は?」
「キュウゾウ」
「……キュウゾウ、か。うん、覚えたぞ。じゃあキュウゾウ、やろうか。お互い悔いのないように心行くまで殺し合おうぜ」

 俺はニヤリと口角を上げて、戦闘態勢に構えると、思いっきり地を蹴ってキュウゾウへと斬り込んでいった。

◆ 
 『無刀流』……刀を使わず、己を刀とする剣法。鋼音家のみに伝わり、代々受け継げられてきた。特殊な訓練で鍛えた強靭な肉体から繰り出す手刀や蹴りを刃のようにして相手を斬る流派であり、殺人剣術である。 かつての大戦では相手が生身でも、たとえ機械であろうとも、たちどころに裂いて、薙いで、打ってと数多くのサムライを斬りまくってみせた。 
 周りからは人間をやめてしまった化け物が使う流派だと言われていた。だがそれも機械文明が発達した今となっては、機械化したサムライの方が見た目から人間をやめている、化け物地味ていると俺は思う。
 長く続いた空の大戦が終わり、共に戦っていた父も兄も、俺を残して散って逝った。だが二人は仕えたサムライと最期まで戦い、一緒に死ねたのだからある意味、本望なのかもしれない。
 父と兄が戦死した後、戦場で何度も死にかける目に遭いながらも、俺は何とか生き延び、終戦を迎えた。 
 戦が終わった後、戦場がなくなったことで生きる場所を失い、無気力となったサムライ達のようにアキンドの用意した街興しの仕事にありつくこともなく、宛のない自由な旅を続けていた。  
 サムライがアキンドに時代を取られたからといって、無理に時代に合わせることはない。ありのままに生きればいい。
 戦の続いたサムライの世でも、平穏なアキンドの世でも、俺のやることに変わりはないのだから。

ーーーー

「オイ、どうした。何か不機嫌そうだヨ」
「……なら、声かけるなよ。馬鹿マスター」

 マスターは虹雅峡の第六層にある宿の店主をしている男だ。取ってつけたような、くるんとした口ひげに、色のついた眼鏡をかけている。
 異国から来たのか、話し方が片言で、語尾に「〜アルネ」とか「〜ヨロシ」などをつける変わった話し方をする。 
 虹雅峡は第一から二層、三層と上下の層によって成り立っているのが特徴的な街で、俺がいるここ第六階層は下層区域に属する。
 上層に行くほど身なりの良いやつ、金持ちが多い。反対に下層に行けば行くほど貧乏が多く、その日の食事もままならない乞食とゴロツキ共ばかり。それ故に治安が悪く辺りはとっても汚い。 
 そんな汚い場所に宿をとった俺だが、あまり気にならない。自分の身は自分で守ることはできる。何よりも雨風がしのげて、宿に泊まれて、金額も安ければ、何でもいいので第六階層にいる。 
 看板も読めないくらいに壊れて外も内も寂れてているオンボロ宿のくせに『最高級の宿』と呼べアル、とかマスターに言われた。どうかしている。かといって文句を言うと「今まで無料で泊めていた分を払ってもらうアル」とか言われそうだから黙っているが。 
 本来だったらかかる宿賃も俺はマスターのおかげでタダにしてもらっている。
 マスターとは、虹雅峡で雨風しのげる安い宿を探している道中に出会った。
 金を寄越せだの、褥を共にしないかと、何かと絡んでくるゴロツキ共がうざったく、奴らを斬りまくっていたら、マスターはそのゴロツキ共の一団に追われていたのだった。そこを偶然にも俺が助ける形となった。その恩でここを無料で提供してくれたのだから。

「別にオマエのことなんか心配してないネ。大変なことを起こして、ワタシが巻き込まれる、それが嫌なだけだヨ」
「それはないから安心しろ。それよりも、手拭を何枚か貰っていいか」
「別にいいけど、本当に大丈夫だろうナ。ワタシの予感、当たるんだヨ。オマエはなんかこう、色々と問題を起こしてきそうアル」
「俺は疫病神か。安心しろ。そんなありもしない心配事も何にも、起きないから」
「ほんとかヨ……いまいち信用できないアル」 

 まだブツブツと心配事を繰り返していたマスターを無視して棚から手拭を取って自分の部屋へと向かった。そして入ってすぐに、ちくしょうと呟いて、布団へと倒れ込む。

「……あの金髪サムライ、一体何を考えてんだ」

 嫌なことはさっさと忘れてしまうに限る。このまま寝てしまうか。
 ゴロンと仰向けになったところで頭の中にの奴との出来事が浮かんだ。

 “俺のものになれ"

「…………ッ」

 さっきの斬り合いの最中でしてやられたことを思い出してしまった。ガバッと身を起こし、忘れてやると勢いよく頭を振って、持ってきた手拭で唇を擦った。
 
(擦り切れて血が出ても、構うものか)

 奴の痕跡が消えればそれでいい。本当に切れたって自然治癒で何とかなるだろ。

◆ 

 お察しの通りあの後、金髪に紅色のコートというとんでもなく目立つ格好をした二刀流のサムライ、キュウゾウとは斬り合いになった。 
 普通ならば二本差の剣士相手に無刀が勝つなんて余程のことがない限り、まず有り得ない。だが無刀流をもってすれば相手の刀の数なんてのは関係ない。百本持ちであろうが、千本持ちだろうが無刀流は相手をいなし、斬り殺すのだから。 
 俺とキュウゾウ、互いの実力は互角だったのか。勝負が始まってから何度も斬り結び、相手の急所を突こうにも後一歩のところで躱されたり、受けられたりと切った張ったの攻防戦がしばらく続いた。 
 もしもこれが見世物だったなら、始めは盛り上がっていただろうが、長く続くとなれば段々と飽きられて観客も減って来るだろう。
 だが戦っていた俺はそうではなかった。きっと、それはキュウゾウもだと思う。
 口元を一文字に結び、無表情で切り込んでくるアイツも時折楽しそうに口元に小さく笑みを浮かべていた。斬り合って分かった。 
 キュウゾウはサムライだ。本当に強い。俺が他のアキンドの街で出会ったサムライやここ虹雅峡にいるサムライくずれ達をあっという間に斃してしまえる程に。 
 戦が無くなってからも俺は、サムライとは何度か斬り合ってはきたが、全力でぶつかる間もなく、皆すぐに斬られてしまう奴らばかりだった。
 戦場で肌にひしひしと感じていた、何がなんでも勝とうとする気概が、生きようとする意志が感じられなかった。こいつらは腑抜けてしまったのだ。 
 だからキュウゾウとの死合は、久方ぶりにする本当のいい斬り合いだった。 

 勝つか負けるか、生きるか死ぬか。

 緊張感のある死合は俺を昂らせた。こんな死合は滅多にできるものじゃない。もし叶うのならばもっと続けていたい気持ちになった。だが始まりあればいつかは終わってしまう。 
 無刀流は武器の破壊に特化した流派。相手との実力差もあれば瞬時に刀を粉砕することもできたが、キュウゾウ相手ではそれはかなわなかった。だが、やっとのことでキュウゾウの隙を見出し、振り下ろされた刃を両腕で受け止めると俺は素早く同時に薙いで、刀身を折ってやった。

「…………ッ!」

 キュウゾウの紅い目が見開く。

(獲った)

 俺は折った刀の破片を手の平に乗せるように手刀を繰り出した。

ーーーー

「あそこで当っていれば俺の勝ち、だったかな……」

 これが『油断大敵』なのだろうか。お前は少し調子に乗る時があるから気をつけろ、なんて父に言われていたことを思い出す。 
 何だかんだといいつつも、キュウゾウとの死合は気が抜けなかった。俺は斬り殺されてもおかしくなかった。こうして生きて宿に帰って来られたのも、幸運だったのかもしれない。

ーーーー

 俺の繰り出した斬撃は寸でのところでキュウゾウに躱されてしまった。
 避けられたことで隙だらけとなった俺にやってくるのは当然相手からの返しだ。
 もう一本の刀がくる、と思った。だがどういうわけかそれが来なかったのだ。 

「…………」

 キュウゾウは、地面に落ちた刃と右手にある折れた刀を無言でじっと見つめていた。 
 折れた刀を見て何を考えているのかは表情からは読み取れなかったが、相手からの攻撃が来ないのならば丁度よかった。 
 俺は一旦体勢を整えようと二回後転し、距離をとった。それから数分経って。キュウゾウは視線を刀からーー俺へと移した。

「……折ったのか」
「ああ。何なら、もう一本いっとくか?」
「………………」
「どうした。もしかして刀を折られたことで、怖気づいたのか」
「…………」

 すっごい睨んできた。こんな安い挑発に乗って怒り任せに斬り込んでくるような奴には見えないが、刀は魂だとか誇りだとか言われるサムライにとって大事な物だ。
 それを折ったのだから、いくら冷静沈着な奴でも怒るときは怒るのかもしれない。 
 かといって刀を折ったことに対して俺に謝る義理も理由もない。武器を壊すのは無刀流の十八番だし、刀なんて言わば消耗品だから何人も斬り続けていれば刃こぼれして折れる、形あるものはいずれ朽ちる。
 何よりも勝負に勝つためには相手の武器が、槍だろうが鉄砲だろうが、何だろうが壊して、諸共相手を倒すのが無刀流なのだから。

(……さて)

 二刀流だったキュウゾウが一刀流となる。どういう戦法で立ち向かってくるのだろうか。

(楽しみだ)

 そうして待ち構えているとあろうことか、奴は折れた刀も一緒に鞘に収め、こっちに向かって歩み寄ってきた。 
 刀を納めて、敵へ近づいてくるサムライなんて、初めて見たので驚いた。そして……キュウゾウは俺の目の前で立ち止まる。

「おい、どうしてだ」
「…………」
「なぜ鞘に収めた? まさかお前も素手で戦うというのか」
「違う」
「じゃあ、何だ」
「シキ」
「何だよ、急に人の名前なんか呼んでーー」
「俺のものになれ」
「………………はい?」

(どういうこと?)

 一瞬何を言われたのか。てんで分からず阿呆みたいに口を開けてポカンとしてしまった。これが戦の只中だったら俺は隙を突かれ、殺られていたかもしれない。 

(…………って、いやいやいや!)

 今は死闘の最中のはず。まさかこれはキュウゾウの、奴の戦法の一環の可能性がある。
 騙されないぞ、と睨んでも効果はなかった。 
 今にして思えばキュウゾウは無表情のままだったが、目だけは初めて会った時と違っていて。
 今にしてみれば、奴の紅い目には熱が籠もっていたように思う。この時の俺は本当に愚かだ。
 とっとと奴を吹っ飛ばすなり、距離を取るなりすれば良かったものの、俺は負けじとキュウゾウを睨み続けていた。

「俺のものになれ。鋼音シキ」

 俺の反応から聞こえていないと思ったのだろう。キュウゾウはもう一度同じ言葉を繰り返した。

「……俺のものって、何だ。どういう意味だ」
「そのままの意味だ」

 “このくらい分かれ"

と、奴の顔を書いてあった。
 頭の悪い俺でも少し考えれば意味は理解できそうだが、今はそういう場合じゃない。

「真剣勝負はどうした。まさか……降参か?」

 キュウゾウは違うと首を振った。

「お主を殺すのは惜しい」
「ーーーー」

 頭にきた。もしかして俺、舐められてる?

「故に、刀をおさめた」
「言ってくれる。この場で俺と決着を着けなかったこと、後で、きっと後悔するぞ」

(いや、今ここで後悔させてやる!)

 瞬時に右手の手刀を振るったが手首を掴まれた。ならばと貫手を繰り出したが、それも止められた。仕掛けた結果として俺は両手を抑え込まれ、壁際に追い詰められてしまった。

「放せ」
「断る」
「……大体、こんな風に両手でそれぞれ掴んでしまったら、お前は刀を抜けないだろうに。この状態でどうやって俺を仕留める気だ」
「シキ」
「ああ?」

 挑戦的な目を向けた俺に、キュウゾウは顔を近づけてーー、

「俺のものになれ」

 自身の唇で、俺の唇を塞いだのだった。
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