第三話
夢小説設定
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◇
桔梗屋からの帰り道。
肉体的というより精神的に疲れていた。俺は、無償でもらったマフラーを巻くと、女将と数人の女中達に見送られながら桔梗屋を後にする。
癒しの里の大通りを歩いていたところで、疲れが出てきたのか、思わずよろけてしまった。
「――とっ、とっ、と」
酔ってもないのに、たたらを踏んでしまった。俺は今、女将からマスター宛のお礼の品を持っているんだ。落として壊したら報酬が無しになる。気をつけないと。
(少し休んでから行くとするか……)
金はないから最寄りの休憩所には行かない。人通りの多い道から人気の少ない路地裏へと移動する。お礼の品を一度地面に置き、座り込む。石の壁に背を付けて、はあ、と息を吐く。
我ながら情けない……と俯いていると、前方から近寄ってくる気配を感じた。
「そちらの方、大丈夫かい?」
「…………」
(……殺気は、ない)
顔を上げると、そこには男と女の二人がいた。男は金髪で後ろ頭に三つ髷を結っていて、女物の羽織を纏っている。その着物の袖で隠しているのか――少し見えた左腕は機械化していた。
隣にいた女は丸髷にかんざし二つと素朴な色合いの着物を着ている。癒しの里の女達によく見られた派手さはないものの、自然とその女に合っていた。道具に合わせるというよりも、自分に合う道具が分かっている、という感じである。
綺麗だとか美しいとか、人の容姿の良し悪しはよく分からないが……こういう女を美人というのではないかと思った。
不躾に、遠慮もなく眺めていたというのに、二人とも嫌な顔は一つせずに、
「大丈夫かい?」
と、男はまた同じ言葉をかけて、気遣ってくれている。
「アタシらのお店、この近くなのでげすよ」
女は、蛍屋という店です、と言った。
「蛍屋……?」
「はい。私はそこの女将をやっている者です。いかがですか。お疲れでしたら、私達の店で休まれていきませんか?」
「いや、ここでいい。それに、俺には払える金がないから」
「そんな……お体を休ませるだけなのですから、お金なんていりませんよ」
よろしければ、さあどうぞ――と女は優しい笑みを浮かべて、手を差し出してくれたが「また会う機会があったらその時は頼む」と俺は断った。
問題ないと伝えても、女はまだ心配そうな顔をしていたが、男は「分かった」と頷いて、その安心を伝えるように、女の肩へ手を添えている。
「……気遣い、感謝する」
「帰り道、どうかお気をつけて」
「ああ」
俺は立ち上がり、二人に頭を下げると近くに置いていた品を抱え直して、壁に向かって跳躍した。壁を右、左と交互に蹴って、登ってを繰り返していく。そして建物の上に到着すると、連なっている屋根の上を飛び移って、帰路を急いだ。
「…………」
俺が跳び上がっていく様を、女は驚いていた顔をして見ていたが、男は驚いてはいなかった。俺の跳躍、俺の身体の動きを見て、笑みを浮かべていた。その余裕ありげな表情に、俺は「だろうな」と呟く。
(あの三つ髷の男、サムライだ)
俺の共感覚がそう告げていた。戦場がなき今は癒しの里で過ごしているようだが、かつての戦で染み付いたのであろう匂いは決して消えないものだ。あの男もサムライの生きる場所を、戦を求めているのだろうか。
それともあるいは、隣にいたあの女の人と共に生きていくのか。戦のない世の中において、サムライが辿っていく道の一つなのかもしれない。
……だが一体、誰が予想できるのか。
三つ髷の金髪の男――シチロージというサムライと再び出会うことになることを――共に戦場へと出向く仲間の一人となることを。
あろうことか、その戦場へあのキュウゾウと共に赴くことになることを――この時の俺はまだ知る由もなかった……。
桔梗屋からの帰り道。
肉体的というより精神的に疲れていた。俺は、無償でもらったマフラーを巻くと、女将と数人の女中達に見送られながら桔梗屋を後にする。
癒しの里の大通りを歩いていたところで、疲れが出てきたのか、思わずよろけてしまった。
「――とっ、とっ、と」
酔ってもないのに、たたらを踏んでしまった。俺は今、女将からマスター宛のお礼の品を持っているんだ。落として壊したら報酬が無しになる。気をつけないと。
(少し休んでから行くとするか……)
金はないから最寄りの休憩所には行かない。人通りの多い道から人気の少ない路地裏へと移動する。お礼の品を一度地面に置き、座り込む。石の壁に背を付けて、はあ、と息を吐く。
我ながら情けない……と俯いていると、前方から近寄ってくる気配を感じた。
「そちらの方、大丈夫かい?」
「…………」
(……殺気は、ない)
顔を上げると、そこには男と女の二人がいた。男は金髪で後ろ頭に三つ髷を結っていて、女物の羽織を纏っている。その着物の袖で隠しているのか――少し見えた左腕は機械化していた。
隣にいた女は丸髷にかんざし二つと素朴な色合いの着物を着ている。癒しの里の女達によく見られた派手さはないものの、自然とその女に合っていた。道具に合わせるというよりも、自分に合う道具が分かっている、という感じである。
綺麗だとか美しいとか、人の容姿の良し悪しはよく分からないが……こういう女を美人というのではないかと思った。
不躾に、遠慮もなく眺めていたというのに、二人とも嫌な顔は一つせずに、
「大丈夫かい?」
と、男はまた同じ言葉をかけて、気遣ってくれている。
「アタシらのお店、この近くなのでげすよ」
女は、蛍屋という店です、と言った。
「蛍屋……?」
「はい。私はそこの女将をやっている者です。いかがですか。お疲れでしたら、私達の店で休まれていきませんか?」
「いや、ここでいい。それに、俺には払える金がないから」
「そんな……お体を休ませるだけなのですから、お金なんていりませんよ」
よろしければ、さあどうぞ――と女は優しい笑みを浮かべて、手を差し出してくれたが「また会う機会があったらその時は頼む」と俺は断った。
問題ないと伝えても、女はまだ心配そうな顔をしていたが、男は「分かった」と頷いて、その安心を伝えるように、女の肩へ手を添えている。
「……気遣い、感謝する」
「帰り道、どうかお気をつけて」
「ああ」
俺は立ち上がり、二人に頭を下げると近くに置いていた品を抱え直して、壁に向かって跳躍した。壁を右、左と交互に蹴って、登ってを繰り返していく。そして建物の上に到着すると、連なっている屋根の上を飛び移って、帰路を急いだ。
「…………」
俺が跳び上がっていく様を、女は驚いていた顔をして見ていたが、男は驚いてはいなかった。俺の跳躍、俺の身体の動きを見て、笑みを浮かべていた。その余裕ありげな表情に、俺は「だろうな」と呟く。
(あの三つ髷の男、サムライだ)
俺の共感覚がそう告げていた。戦場がなき今は癒しの里で過ごしているようだが、かつての戦で染み付いたのであろう匂いは決して消えないものだ。あの男もサムライの生きる場所を、戦を求めているのだろうか。
それともあるいは、隣にいたあの女の人と共に生きていくのか。戦のない世の中において、サムライが辿っていく道の一つなのかもしれない。
……だが一体、誰が予想できるのか。
三つ髷の金髪の男――シチロージというサムライと再び出会うことになることを――共に戦場へと出向く仲間の一人となることを。
あろうことか、その戦場へあのキュウゾウと共に赴くことになることを――この時の俺はまだ知る由もなかった……。
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