第三話



 戦いの邪魔になるし、死んだら元も子もないということで、俺が戦っている間、女将と女中の二人には、アキンド達のようにキュウゾウ達の近くにいてもらうことにした。
 いくらアヤマロの用心棒といえ、彼女たちを側に置くくらいはいいだろう。幸い、拒否されることはなかった。

「……シキ」

 女将達が移動したのを見送って、サムライくずれ達の前にいこうとすると、名前を呼ばれたので、振り向けばキュウゾウがこっちへ歩み寄ってくるのが見えた。目の前で立ち止まると、俺をじーッと見てくるので、何か言いたいことでもあるのか、と紅い目を睨むように見つめ返す。

「やるのか」
「やるさ。仕事の一環としてな」
「……そうか」
「悪いな。お前にとって、久々に刀を振り回せるいい機会だったのに。俺としても残念だ。見たかったぞ、お前の二刀流」
「…………」
「だが、今回は俺に譲ってくれ。それにアイツら程度じゃあ……どうせ、お前は満足しないだろ」
「シキ」
「何だ」
「あんな奴らにやられるな」

 続けて、俺が困るとキュウゾウは言った。分かったと俺は頷く。

「負ける気は毛頭ないよ。俺は刀だ。刀は斬る相手を選ばない。だが持ち主は選ぶ。主が斬れと言うなら斬る。それだけだ」
「…………」
「まあ今回は、斬ることなく倒すんだけどな。やってみせるさ。ここは無刀流九代目当主、鋼音シキに任せろ」
「わかった」

 俺は手を出さぬと言って、キュウゾウはもといた位置――ヒョーゴの隣へと戻って行った。

「……さて」

 俺は今まで散々待たせていたサムライ達の前に進み出る。これまでのやりとりのどこかで俺たちの不意をついて斬り込んでくればよかったのに待機しているなんて、ヒョーゴの言った通り……コイツら案外(よくない意味で)律儀な奴らなのかもしれない。

「何だぁ? お前が一人で相手になるっていうのか」
「ああ」
「ふざけろ。俺らに勝てると思っているのか? こっちには十人以上はいるぜ」
「ソイツの言う通りだ。多人数相手に一人単独で敵うわけがないだろ」
「…………」

 答えず黙っている俺に、恐れたと思って調子が乗ったのか――男は声に凄みを持たせる。

「何だ、怖気づいたか?」
「今更退いたって容赦はしねぇぞ。覚悟しろよ」
「…………」

 覚悟なんて、そんなものはとっくの昔にできている。

 ……それと一人を相手に集団で斬りかかっていくことが必ずしも有利に働くとは限らないし、人は自分が相手より優位に立った時こそよくしゃべるな、と思っただけだ。
 今の今まで散々待たせて悪かったな、などと言うつもりはない。そもそも、店を襲撃してきたコイツらが一番に悪いのだから。
 俺が奴らと真っ向から対峙する位置に着くと――、

「待ちな」

と、集団の中から声が上がる。現れたのは眼帯をつけた男。彼らの中では頑丈そうな甲冑――と身形が一番に上等で、腰に差した刀は一目で名のある刀と分かる代物だった。
 案の定――眼帯の男は「我が頭だ」と名乗る。俺の目には、奴の刀は斬る物というより飾る物のように見える。宿のマスターが言っていた、昨今流行りの「刀は芸術品」というものなのだろうか。

(刀は本来、斬るものだというのに……嘆かわしい)

 そんな俺の心中など当然の如く知らず、頭は顎に手を当て値踏みするように、俺を上から下へと観察している。

「見たところ刀は帯びていないようだが……貴様は何を持って、我等と戦う気なのだ?」

 人を見下すような声で聞いてきた。俺は、聞いてなかったのか?とこれ見よがしにため息を吐く。

「女将との会話が耳に入らなかったのか。俺は刀で、無刀の剣士だ。故に俺自身が刃となって、お前らを斬る」
「…………」
「…………」

 呆然と突っ立っている眼帯男達だったが、途端に腹を抱えて笑い出す。サムライくずれ達から向けられる視線と声色には明らかに侮蔑の色が含まれていた。頭はサムライ達の笑い声を背にして俺へ刀の切っ先を向ける。

「刀を使わずに、我等サムライを斬るだと? 戯言を抜かすな!」
「どうしてそう言い切れる?」

 この世に絶対は無いだろ、と言えば、眼帯男が「はん」と鼻で笑う。

「貴様、頭の出来が悪い方か? 哀れな奴だ。そのような下らないこと、聞かなくたって、そこらの愚鈍な童でも理解できるぞ。何を言おう我等こそはあの戦場を生き抜いた“おサムライ様”だからな。刃を交わさずとも分かってしまうのだよ」
「…………」

 確かに斬り合う相手と立ち合った瞬間――この者に敵わないと、戦わずとも分かる時が剣士に限らず、武術家にはあるが……コイツらの場合は違う気がする。
 戦場を生き抜いたと言うが……その匂いが感じられない。本当にいたのか?と首を傾げていると「聞きたい」なんて、俺を含めて誰一人と一言も言っていないのに。
 眼帯男に取り巻いているサムライ達が、自分達がいかにどうすごいサムライなのかについて口々に語り始める。
 頭も聞かせてやりたいのか。男達の話を止めようともせず、ニヤニヤと笑みを浮かべている。
 色々ごちゃごちゃ言ってはいたが、一応まとめてやると以下の通り。

『戦では大型の機械のサムライを百体は斬った』
『敵の主機関を落とすため仲間を手引きしたのは俺だ』
『大戦で活躍したケンシン公に仕え、かの将軍が率いた軍隊で三番槍を務めて、数多く手柄を立てた実績ある強いサムライ様である』

 ……といった感じだ。その後もわちゃわちゃと喚いていたが――覚える気も、気力も最初から限りなく零に近いので、右から左へと流れていく。
 男共の話を話半分に聞いてやりながら、俺は思った――

『本当にお前ら自身がやったことなのか』
『一番槍ではないくせに、どうして三番槍でそこまで大層な自信を持てるのか』
『自慢話をしている暇があったら、早く俺に斬り込んでくればいいのでは』

など以下略。

「…………」

 相手に隙があり過ぎて、もしかして罠なのか?と疑いたくなる。まさか、これがコイツらのやり口だとでも言うのか。
 女将の言葉がなければ、即座に、問答無用で、斬り捨て御免だ。最近のサムライ、というものは刀よりも口の方がよく動くのか。

「……で、そこで拙者は……したわけだ」
「お前、その話好きだよな」
「うむ。故に私はこの素晴らしき勲章をいただけたのだ」
「…………」

 これから斬り合う相手を目の前にしておきながら、こうも長々と、無駄に、無意味に、言葉を交わしているとは……。

(呆れを通り越して、何も言えない。何も言いたくもない)

 斬り合いは命を懸けた一度きりの真剣勝負だ。自分の命がかかっているというのに。
 こう斬ってやったとか、その時どう対応したとか、斬り方について、いちいち覚えていられるものか。己の戦歴を自慢をするサムライは大抵の場合、口だけで大した実力がない――というのが、俺が斬り合いを挑んできた中で見つけたヤツらの傾向なのだが……。

(コイツらある意味で運が良かったかもしれない……)

 もし仮にキュウゾウが相手をしていたなら――今頃話なんか聞く耳も持たず七、八人は軽く斬っていることだろう。想像するに全然、難しくない。

「――どうだ、すごいだろう!」
「…………」
「何だぁ? すごすぎて声も出ないのか?」

 いや、どこをどう見ればそう思える。口を開くのも億劫に感じるくらい白けているだけなのに。
 俺の後方にいるため顔は見えないが、恐らく後ろにいるキュウゾウ達も「何だこいつら」と鼻白んでいるに違いない。
 そのキュウゾウに至っては俯かせ、男達の姿すら存在しないモノとしているかもしれない。あんな奴らに……なんて言ってたし。
 だが、たとえどんなに実力差のありそうな者が相手であっても、油断こそが一番の大敵。刀は斬る相手を選ばないから。
 俺が集団を見据えていると、その中の一人が「やい、お前」前へと進み出て、眼帯男の隣に並ぶ。眼帯男が大将というなら、コイツは副将なのかもしれない。頭ほどではないが、服装が他よりマシな方だし、両腕を機械化していた。

「頭がおかしいのか。人が刀になれるわけがないだろう。本当に刀も武器も持たずに我らサムライと戦うというのか?」
「…………」
 かつて空で行われていた戦において、後半期になると当たり前に体を機械化して戦っていたというのに――人が刀になって戦うことが信じられないのか。小馬鹿にしているのだろう、にやけ面をしている名も知らぬソイツに――

「なら試せ」

と、俺は告げる。怯むことなく、そよ風の如く受け入れ、流していく俺の態度に眼帯男をはじめ、サムライ達の表情は訝しげになった。

「俺は無刀流九代目当主、鋼音シキ。刀を持たずして、己を刃に相手を斬る無刀の剣士だ。相手が剣士であり、刀を使って戦う相手なら――この無刀流、負けることはない」

 今回の相手は一部体を機械化している者を除き、ほとんどが生身。なら生身のサムライは当然として、空の戦場では、強大な力を誇示していた雷電や紅蜘蛛といった肉体を全て機械化にしたサムライがいたとしても、たちどころに斬ってみせる。
 だが(サムライくずれ達を相手にする間だけ)持ち主とした女将より主命を受けているから斬り殺してはいけない。一応、言っておかなくては。

「お前らに一つ言っておく」
「何だぁ? まさか、手加減してくれ、とか言わないよな」

 違う、と俺は首を振る。

「お前ら、死にたくなかったら――刀は抜くな」

――――

 サムライくずれ達の相手をする間だけ、俺が女将の刀になると決め、ついでに要望があれば聞くと言った時のこと。

「戦うことをお願いする者の立場として、差し出がましく大変恐縮ではありますが、もう一つだけ、お願いがございます」

と、女将は頭を下げる。

「刀である貴方様には酷なことかと思いましたが……お願いです、どうか一人も殺すことなく、峰打ちでおサムライ様を倒してくださいませ」

 ここは勝ち負けを決めるために争い殺し合う戦場にあらず。日々の労働などにより溜まった浮世の憂さを晴らすため、安らぎを求めるためにある癒しの里。
 いくら相手が店を襲って、暴力を振るう悪党とはいえ――人を斬って死なせてしまうのは絶対に駄目です、と女将は言った。

「…………」

 刀の役目とは、刀の存在理由とは――相手を斬ること、相手を殺すことにある。そんな一本の刀として、一人の剣士の形として在る俺に不殺生を命じるとは。
 人を斬ったことで、結果として誰かの命が助かったのは虹雅峡へ来る前もよくあったが……今回は違う。人を助けるために、誰かを斬るではなく倒すから。
 不殺さずになんて、大方言われるだろうとは予想はできていたから、大して驚きはしないが。

「……できませんか?」

 不安げな顔で問う女将につられて、隣にいた女中も眉尻を下げて心配そうに俺を見ていた。近くで話を聞いていたのだろう。キュウゾウは無表情だったが、ヒョーゴは「できぬことを」と呆れたように女将を見ている。俺は女将と目を合わせる。

「…………」
「……やはり、その、難しいのでしょうか?」

 そうですよね……と自分で勝手に納得して諦めようとする女将に、俺は一つ息を吐いてから「いいや」と首を振る。
 見てくるキュウゾウと、まさかという顔をするヒョーゴを一瞥してから、再び女将へ目を合わせて口を開く。

「言っただろ。今の俺はお前の刀だからな。持ち主の命令は守る」
「そ、それでは……」
「ああ」

 数時間限定とはいえ、流れる血を知らなくても、戦場を知らなくても……女将を持ち主と選んだのは己だ。俺も持ち主の期待に応える自信と覚悟はある。

「サムライくずれは全員、峰打ちにする――その主命、極めて了解だ」

――――

 俺自身が刀だ、と伝えた時と同様に、サムライくずれ達は一瞬何を言われたのか、分からないという顔つきになっていた。
 斬ることが許されるなら……一気に斬れる。そんな風に眺めていると、眼帯男の取り巻き達から怒号の声が上がった。

「この野郎、ふざけやがって!」
「サムライ相手に刀を抜くな、だと!?」

 どうやら地雷を踏んでしまったらしい。

(まあ、そうだよな)

 剣士に刀を抜くな、なんて……死んでくれと言っているようなものだもんな。
 言い終えてから「女将の慈悲だから」と理由を付け加えるのを忘れていたことに気付く。だがそれも……どうでもいいか。
 つけていようといまいと、コイツらが相手では何を言っても同じ展開に転がりそうだ。

「刀の錆にしてやる!」

 両腕を機械化した男が俺に斬りかかってきた。居合斬りでもする気なのか。腰に差した刀を、勢いよく一気に抜こうとしている。

「ああッ!」
「シキ様!」

 後方から女達の声が上がる中、響いたのは――、

ガキンッ!

という破壊音だった。

「……え?」

 刀は――俺が繰り出した足刀により刀身が折れた。抜刀と同時に放ったため、合わせて男の機械の手首も折れていた。

「う、うう……ッ」

 男はその場に膝から崩れ落ちた。折れ曲がった手首を見て、愕然。頭を項垂れて、戦意を喪失する。

「――だから、刀は抜くな、と言ったんだ」

 今の剣筋、まともに振られていたら、手首が折れるだけじゃ済まなかった。刀の破壊は当然のものとして――相手の両腕をはねるか、胴体を真っ二つに分けていたことだろう。
 戦場であればそれでよかったが、女将により「死人を一人も出さない」という命令がある。
 とても面倒だが、斬る攻撃は極力控えることにしよう。

「よくもやりやがったな、このやろうッ!」

 さっきの戦いを見て学んだのか、今度は別の奴が刀を抜いてから、構えて上段に斬りこんできた。振り下ろされた刃を、俺は両手で受け止め、そのまま圧して破壊する。

「ば、ばかな!?」

 飛び込みの勢いを殺せず、前のめりに倒れてくるサムライに素早い回転からの回し蹴りを食らわせる。畳の上に倒れ、白目をむいて気絶した。

「一体、何が起こった?」
「あの黒コート……裸足で真剣を壊したぞ。それどころか素手でも刀を折って、あっという間に二人も倒しやがった」
「あ、ありえねえ……」

 男共の動きが止まっている中、一番先に今の状況を把握したのは頭だった。取り巻きの二人が俺にやられたのだと分かるや否や、

「怯むな! 相手は一人! 一斉に斬りかかるのだ!」

 俺を指差してそう命じた。眼帯男の鼓舞する声にサムライ達は咆哮すると刀を手にして、襲いかかってきた。

「よくも、やってくれたなあ!」
「覚悟しやがれ!」

(うるさい)

 そう叫ぶまでもない。大きな声を上げる暇があるなら、とっとと斬りかかればいいのに。
 刀であり、剣士であるからには相手を斬ること、相手から斬られることの覚悟なんて当たり前だ。お前らが向かって来るのが、遅過ぎるだけ。
 刀が持ち主を選ぶ。ただし斬る相手は選ばない。故にいつ何時だろうと、刀である自分は斬ることができるのだから。

「無刀流、とくとごろうじろ」
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