第三話



 某日の夜。
 俺はマスターの遣いで虹雅峡の最下層部にある――癒しの里に来ていた。何でもお得意先の――料亭の女将から依頼されていた品物が完成したため、それを持って渡してきて欲しいとのことだった。俺が店へと行くことは文で事前に伝えているらしい。

 戦後の町興しから始まり、日々の労働により溜まった疲れを晴らすために作られて、発展していったという癒しの里。
 そこは――人足をはじめ、サムライ、アキンドと身分も関係なく、文字通り、体と心の癒しを求めるために行く歓楽街。
 虹雅峡で知り合った機械のサムライ――キクチヨから聞いた話だと、マサムネも酒を飲みにたまに里へ降りて行っているらしい。
 酒を飲みたいのならば――夜を待てば飲める場所なんていくらでもありそうだが。わざわざ最下層まで降りてまで飲みに行くとは、よっぽど質の良い酒でもここ――癒しの里にあるのだろうか、と思っていたが、並ぶ店の様子を眺めて、すぐに虹雅峡の飲み屋との違いが分かった。
 女だ。酒と一緒に若くて綺麗な女も席につくからだと気付く。酒をついでくれたり、話を聞いてくれたり、人前で踊ったり、と色々とするようだ。女と飲みたいなんて、マサムネもやっぱり男だな、と思う反面、酒を嗜む習慣が全くない俺には理解できない嗜好だと思った。

 俺は女将へ届けるよう指示された品物を持つと宿を出て、昇降列車と階段を使って最下層部へと降りていく。崖のような道から始まって平坦の道となり、そこをしばらく歩いていると、大きな門が見えてきた。くぐった先からはもう全てが癒しの里だ。
 俺は、酒を飲みにきたわけでも、遊びにきたわけでもない。無事に仕事を終わらせて、気持ち良く剣の鍛錬をするために寄り道をせず、真っ直ぐに目的地へ向かおう。店の場所はマスターが描いてくれた地図を頼りに探していく。俺は懐からそれを取り出して目の前に広げた。

……何だ、コレは。

 描かれている絵どころか、書いてある字も下手過ぎて、何をかいてあるのか、全然読めない。何とか理解しようとして、地図をくるくると回していたら余計に分からなくなってしまった。

(もういい。面倒だ)

 俺は地図をくしゃくしゃに丸めて投げ捨てると、周りを見回して、よさそうな人を探すことにする。難解なアレを読解するより、人から場所を聞いた方が店を見つけるのに手っ取り早い。
 とりあえず、一番近くにいる、酔っ払い男達を見送っている女に聞いてみるか。

「おい、そこのお前」
「……はあ」
「ある店の場所を尋ねたい。少しいいか?」
「……何だい」

 さっきの男へ向けていた愛想の良い笑顔とは打って変わって気だるげな顔となり、胸元から煙管を取り出して煙草を吸い始めた。唇から吐き出された紫煙がゆらゆらと怪しげに揺れている。漂ってくる煙の臭いに不快さを感じながらも、感情を面に出すことなく質問を続ける。

「桔梗屋っていう店を探している。お前、どこにあるか、知らないか?」
「桔梗屋? なあにそれ。そんな名前のお店なんか知らないわ、……アタシ、他の男の相手もあって忙しいからさあ。他に当たってくれるかい?」
「そうか。悪かった」
「……じゃあね」

 女はふらふらと店の中へ戻っていった。

「不発、か……」

 仕方がない。一人目だし、桔梗屋という店自体が癒しの里でも、そこまで有名な店でもないのかもしれない。とにかく人にあたってみるか。
 それからというもの、他の近くを歩いている人々に片っ端から聞いていった。店の場所なんて、たいして時間もかからず、すぐに分かるだろうと思っていたが、甚だ見当違いだった。
 まず尋ねた相手がよくなかった。知らないと答えてくれるならまだいいが、人の話をろくに聞かずに「一緒に飲まないか」と強引に誘ってきたり、「話してやるから金を払え」とか言われたり、酷い時には無視をされたりした。
 挙句の果てに、話してくれ、なんて一言も言っていないのに「店の女の顔が不細工」だの「つがれた酒も出された飯もひどく不味かった」だのと店に対する愚痴を延々と聞かされる羽目にもなった。
 俺はただ『桔梗屋』という店の場所を知りたいだけなのに――中々散々な結果である。

「……仕方がない」

 さっき丸めて捨ててしまったマスター直々に作成した地図をもう一度見た方がまだいいか、と思い、来た道に戻ってみた。
 だが――。

「…………」

 風にさらわれたのか、歩く人々に踏み潰されてしまったのか。道のどこにもそれらしきものは見当たらなかった。
 女将へ品物を渡すことなく宿へと帰ったら――飯代にあてる報酬は絶対に貰えない。

(……どうする?)

 考えるまでもない。面倒だがもう一度、一人ずつ尋ね歩いていくしかないだろう。とりあえず俺は足を動かして、歩く人たちに声をかけていった。

――――

 虹雅峡もいい所とは言えないが、癒しの里はもっといいとは言えない。マスターの話では――癒しの里は派手であること、他の店よりも目立つことをよしとされている場所なのだという。だからこそ華美な色合いの店も多い。
 ずっと見ていれば目が痛くなりそうだし、店の中から漂ってくる酒の臭い、女の白粉や香水の匂いと色んなものの匂いが混じっている。匂いに敏感な俺の鼻は曲がりに曲がって壊れそうだ。
 戦場の匂いや血の匂い、火薬の匂いとかならどうってことないし、むしろそちらの方が平気なのに。

「桔梗屋って、どこにあるか、知らないか?」
「桔梗屋ですか?」
「ああ」
「……桔梗屋、桔梗屋……うう~ん、聞いたことがあるような、ないような……」
「…………」

 男は腕を組むと、目を閉じて思い出そうとして考え込んだ。もう何人目かも分からない聞き込みだ。本当に疲れてきた。
 早く用事を済ませて帰りたい。鍛錬したい。そして寝たい。頼む、どうか知っていてくれ。
 普段から信心なんて持ち合わせていないが、今この時ばかりは仏へ拝むように、両手を合わせてお願いだと念を込めていたら――、

「ああ!」

 俺の願いが通じたのか、男は目を開いて、ポンと手を打った。

「思い出しましたよ!」
「え」

 一瞬、俺の聞き違いかと思い「本当か?」と何度も聞き返したが、相手は嫌な顔一つせず、

「はい。知っていますよ」と、愛想良く言った。

「桔梗屋は隠れ宿のようになっていて、癒しの里の界隈では知る人ぞ知るお店なのですよ」
「…………」
「店にたどり着くまでの道が大変入り組んでおりましてね。本当に、とっても分かり辛いんです」
「…………」
「もしかしてお一人で探されていたのですか? それはさぞ、大変でしたね」
「どこにある!?」
「ひいぃぃぃッ!」

 怖がらせるつもりはなかったが、必死な俺の勢いに男は「殺される!」といわんばかりに体を大きく引かせていた――だが、どう思われようと関係ない。

「御託はいい。素早く簡潔に分かりやすく場所を教えてくれ」
「ええっと、桔梗屋でしたら、まず、この道をまっすぐに行って――」

 男は話している途中、地図でも書きましょうか、と言ってきたが(マスターのせいで地図に対して苦手意識を植え付けられたので)見たくないから不要だと返す。忘れないよう俺の脳に刻み付けるべく、男に向かって復唱させてもらう。

「この道をまっすぐに行って、……から見て右に曲がって、……の角を左に――っと、これで間違いないか?」
「そ、その通りです! 完璧ですよ!」
「よし、分かった」

 やっとまともな人に会うことができて、そして答えにたどり着いた。後は店に行って、女将に会って物を渡すだけだ。
 店まで走るか。途中で品物を落とさぬよう、懐から丈夫な紐を出して、自分の体に括り付けた。それを終えると、邪見にすることなく丁寧に場所を教えてくれた親切な人に頭を下げる。男はゼエゼエ……と息切れをしているが命に別状はなさそうだし、大丈夫だろう。

「教えてくれたこと、感謝する」
「はあ……はあ……は、はい……そ、それじゃあ、お気をつけて……」
「じゃあな」

 俺は、軽く手を振ってから駆け出した。マスターに頼まれたのは店の女将へ依頼品を渡して、帰るだけのただの遣いなのだから。すぐに渡して、宿に早く帰ってやろう。

――――

 桔梗屋は二階建ての店で、目印として入口には『桔梗屋』と彫られた丸い看板があった。店に入った俺を出迎えたのは――女将ではなく、女中と名乗る女だった。店の名前である桔梗をもとにしているのだろう。纏っている着物は青みを帯びた紫色だった。

「大変申し訳ございません。せっかく来て頂いたのに……」

 女は両手をついて頭を下げた。何でも女将は店の切り盛りに忙しいらしく、今すぐにと会うことはできないという。俺は別に会えなくても構わなかった。代わりの者が渡してくれればいい、と体に巻き付けていた品物を外して差し出す。

「この店の女将がマスターに依頼していたものだ。これをソイツに渡してくれないか」

 そう伝えると、女中は顔を上げて「申し訳ありません。できかねます」と首を振る。依頼していた品物は女将がすべて管理をしているため、彼女にしか管理する場所を知らないし、触ってはいけないという決まりがあるらしい。

(早々に宿へ帰れると思っていたのに……)

 女将は他の接待もあるため、その間を、別室にて寛いでほしいということだった。

(面倒だ……)

 溜め息をつきかけたが、届けてくれた礼に夕飯を無料で提供すると言われ、すぐに承諾をした。ちょうどよく小腹も空いている。俺の飯代が浮くのならば――断る理由もなかった。

「良かったです」

 笑みを浮かべた女中は部屋へと案内します、と立ち上がった。俺は女の後ろをついて歩いて、板張りの廊下を進んで行く。通路の左右は障子戸となっている。その障子越しに囃子に合わせて踊っている人や、酒を注いでいる人、それを飲んでいる人達の影が多く映り込んでいた。

 これが俗にいう、ドンチャン騒ぎというものなのだろうか。

 酒なんて、飲んでも気持ち悪くなるだけじゃないか。一体全体、この店の何がそんなに楽しいのか……俺にはよく分からなかった。
 サムライをはじめ、剣士とか、強い奴と斬り合った方が楽しいと思うんだけどな。

「今宵も私どもの店は繁盛しておりまして、お部屋もあまり空いておらず、他のお客様と同室で待つことになります。申し訳ありません。ご了承をお願いします」
「別にいいぞ。誰がいようと気にしないから」
「恐れ入ります。ありがとうございます」

 階段で二階に上がって、また通路を進んでいく。しばらくすると女中がある障子戸の前で止まった。どうやら女将と会えるまで俺が待機する部屋へと着いたようだ。玄関から通路を通って、二階に上がって更に進んだ場所にあるとは……随分と奥まったところまで連れてこられてしまった。

「少し、お待ちを――」

 女中が部屋へと入った。恐らくだが同室者にも人が増えることを説明しているのだろう。少しして女中が部屋から出てきた。その態度から見るに相手より了承をいただいたらしい。

「シキ様、どうぞこちらへ」
「ああ」

 女中の手招きを合図にその部屋へと入った。一応、礼儀として同室者に一言挨拶をしておこうか。
 そう思い、俺が顔を向けた瞬間、衝撃で全身がピシリと固まってしまった。案内された部屋の中には、最も会いたくなかった奴がいた。

「…………」
「…………」

 本当にこれが現実だなんて信じたくない。

 相手もまさか、こんなところで鉢合うなんて梅雨にも思わなかったようで、声は出さなかったが、目を見開いている。そして奴の隣にいた奴――色白メガネも「まさか」と口を開けている。

「聞き覚えのある名前だと思っていたが……何故お前がここにいる?」
「それはこっちの台詞だ」

 何故また会ってしまうのだろうか。目元を片手で覆いながら俺は「おい」と女中を呼んだ。

「何でしょう」
「一つお願いがある」
「お願い?」
「部屋を替えてくれないか今すぐに」

 女中の案内で通された部屋には――色白メガネことヒョーゴと、もう一人――キュウゾウという、いけ好かないサムライがいたのだった。

――――

 結局のところ「部屋を変えてほしい」という切実な願いは、かなうことはなかった。その理由は部屋を貸してしまえば他の客を迎え入れることができなくなるから、という店側としては至極全うな答えであった。どうしても変えてほしいというのならば――、

「お部屋代をご請求いたします」
「…………」
「ちなみに料金ですが――」

 言われた金額は貧乏飯が一年分以上は食べられるぐらいだった。俺にそれ程の手持ちなどあるわけがない。非常に不本意ではあるが……キュウゾウ達と同じ部屋で女将を待っている他なかった。

「いつ会うことができる?」

 待つなら待つで、どのくらい待てばいいのか。それぐらいは知っていてもよいだろう、と思い質問をする。

「い、いつ頃とは言われましても……」
「女将とはしばらく会えないぞ」

 女中と俺との会話にヒョーゴの声が割って入ってきた。勝手に会話に入ってくるなという意味も含めて何故だと睨むと――仕方ないだろう、と肩をすくめる。

「なにせ今は――商談で来ている御前の接待をしているからな」
「…………」

 キュウゾウとヒョーゴの雇い主のアキンド、アヤマロのせいだったと判明。

「おいヒョーゴ、頼みがある」
「断る」
「アヤマロへ早く終わらせろ、って伝えろ。大至急」
「人の話を聞けよ。それにたとえ言ったとしても無理に決まっているだろうが。馬鹿」
「……ちっ」

 話が違うというより、この場合、人が違うとでもいうのか。キュウゾウ達以外だったなら同室者なんて誰でもよかったのに。ここに来るまで労力も時間も費やしたというのに……神様なんてもの信じていないが、今日はとくに運がない。

――――

「…………」
「…………」
「…………」

 キュウゾウとヒョーゴの遠慮のない視線に耐えながら、店が出してくれた簡素なタダ飯(お茶漬けと漬物)を食べ終えると、部屋の隅で膝を抱えて、ぼうっと座っていた。

「…………」

 八分目とはいえ腹が満たされたからか、それとも疲れが溜まっていたのか。やけに強めの眠気が襲ってくる。もしここがオンボロ宿で俺一人ならば横になっていただろう。
 肝心の女将にもいつ会えるか、分からない。今はただ、待つことしかできなくなっていた。
 ……何だか、前にやったアキンドの用心棒の時と同じ状況になっているような気がする。

(退屈だ……)

 何となく、向こうにいるキュウゾウを一瞥した。相変わらず無表情で、膝に軽く握った手を膝にのせた状態で正座している。

(キュウゾウは……お前は……)

 かつてあったサムライが栄えた長き戦の時代は終わりを迎え、無くなってしまった戦場という名の、サムライの生きる場所。
 終戦後、その居場所を無くしたサムライに残された道は大きく分けて二つ。一つはアキンドの用心棒となるか。もう一つは村を襲って、米や女を奪う野伏せりとなるか。
 食べていくために、生きていくためには、他にも方法はあるが、主にその二択を迫られている。
 キュウゾウはその前者で、アヤマロというアキンドの用心棒となることで縁を得て、生きながらえている。だから今もこうして、アヤマロの用心棒のために癒しの里まで同行して、アキンドとの商談が終わるのを待っているのだろう。刺客が現れれば刀を振るって戦うだろうが、そんなものが来るのだろうか。
 いや、きっと来ることはない。人を斬ることもない、血を見ることもない、平穏で安定した日々を繰り返して虚ろに過ごすことになるだろう。果たして、サムライとして生きていると言えるのだろうか?

(答えは、否だ。しかしだからといって――)

 悶々と考えていたら目蓋が段々重くなってきた。自分のことではなく、他人のことで、しかも己のためにもならないことを考えるなんて――普段の俺ならばしないことだ。それなのに慣れないことをしたせいで変に疲労が溜まったのかもしれない。

「…………」

 キュウゾウの顔が瞼で遮断されて、俺の意識は微睡み、夢の中へとゆっくり、落ちていった。

――――

(ここは……)

 見覚えのある場所だった。技の鍛錬のために用意された何本、何種類のもの刀が、槍が、弓が、多くの武器が板張りの床に転がっている。どれもこれも無刀流によって無惨に破壊された後だった。

(ここ……鋼音家にある道場だ)

 中を見回していると俺の名を呼ぶ低い声がした。聞こえた方向へ振り向けば、一人の男が――戦で死んだはずの父上が縁側に座り、こちらを手招きしていた。
 俺は死んだ覚えがないので、恐らくこれは夢なのだろう。俺は父の傍まで歩み寄り「失礼します」と頭を下げてから隣に腰を下ろした。

“我が娘、鋼音シキよ。誇り高き一本の刀となれ。無刀の剣士として、常に強く在ることを目指せ。剣の道を歩み続けろ”

“この世で最も強い生き物は剣士だ。剣士に弱点があってはならない。故に我々鋼音家は刀を持たず、己を刀としたのだ”

“我ら鋼音家はサムライのように刀を持たずとも戦える。極限まで鍛え上げた己の肉体を刀として、相手を斬るのだ。己という存在そのものがありながら刀になる――無刀の剣士になることができる。それが鋼音家の誇りなのだ”

“刀となれ。無刀の剣士となれ。刀であり続ければ儂のように、お前にもいつか、このサムライの刀となりたい。ともに戦場を駆けたい、と想える者に出会うことができるはずだ”

“シキ、よいな。己が刀であることを……決して、忘れるでないぞ”

――――

 ……何故、今になって、父上との会話を思い出したのだろう。そうだよな……。
 俺がキュウゾウのことをとやかく言ってはいけない。サムライではなく、刀である俺が言えることではないのだから。
 きっとアイツだって考えて、考え抜いて。それでも落ちぶれたままで飢え死にするよりは、アキンドの用心棒となるしかないのだ……と、生き方を選んだのだろうから。
 それならいずれの日か。キュウゾウの前に剣を交えたいと心から強く望む空の戦を想起させる太刀筋を、刀を振るう『サムライ』が現れることを祈ろう。あの二刀流がこのまま人知れず埋もれ、消えて逝ってしまうのはもったいない。
 それにサムライが現れてくれれば――俺がキュウゾウから目をつけられることも、執着されることもなくなるだろう……。

「…………」

(何だ、うるさいぞ……)

「………キ」

 ……少しかすれた低い声……すごく近くに誰かがいるような気が……。

「眠っているのか、シキ」

 目を開けて見上げれば、俺の目の前にキュウゾウの顔があった。

「――ッ」

 俺は声にならない悲鳴を上げたと同時に、反射的に手刀を繰り出していた。だが残念というべきか、流石というべきか。キュウゾウは軽く体をのけ反らせて、刃を躱す。

「起きたか」
「キュウゾウ……お前、何のつもりだ?」

 人に嫌がらせをするにも限度があるだろうが。そう睨みつけていると、ヒョーゴが「お前が悪いぞ」と口を挟む。

「大人しく待っているのかと思えば、トロトロと眠そうな顔になっていたからな。キュウゾウがわざわざ様子を見に行ったんだ」
「不用心だ」
「…………」

(……だからって人の顔を覗き込む必要があるのか?)

 文句のひとつでも言い返したい気持ちにかられたが、俺は我慢した。気が抜けていたことは間違いないし、仮にキュウゾウが刺客だったならば斬り殺されていても、仕方のないことをしてしまったのだから。

 とてつもなく悔しい。……鋼音シキ、一生の不覚。
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