第二話


 ――後日談である。
 結果から言うとヒイラギの商談は失敗に終わった。用心棒の仕事が完了した翌日、話があるとマスターから呼び出しを受けた。部屋に入り、用意された座布団に座るや否や、

「今回の仕事による報酬は無いアル」

 と一言告げられたのだった。何となく、予想はできていたことだったからあまり驚かなった。
 破談の理由――それは俺が相手をして倒したボウガンとモノアイの二人が仕返しとばかりに自分たちの雇い主へ告げ口をしたからだ。
 二人の雇い主はウキョウといって、アヤマロの養子になったアキンドだそうだ。

「虹雅峡では嫌われ者で、ボンクラ息子なんて呼ばれてるアル。けど――」
「けど、なんだ」
「アレはわざと馬鹿の振りをして見せているアル。非常によくない感じがする奴ネ」
「そうなのか」
「極力関わらないようにしろアル。ワタシの安全のためにナ」
「マスターのためってのは、なんか引っかかるが……」
「馬鹿ネ。お前のためにもなるから言ってるアルヨ。これには『絶対』をつけてもいいアル」
「そこまでなのか」
「ああ。そこまでの危険人物アルネ」

 マスターの話によると、ウキョウは高級な店とお金持ちのアキンドが割合を占めている――虹雅峡の第二階層に『浮舟邸』という別荘を構えているらしい。
 第二階層はヒイラギ達の用心棒としてアヤマロ御殿へ向かう道中に少し寄ったのが初めてだった。滞在している間に行く予定など全くと言っていいほど無いが。
 自分にはあんまり関わりのないことだと思うのだが……用心するに越したことはないか。マスターが『絶対』をつけてまで強くいっているから。

「わかった。肝に銘じておく」
「それでいいアル」

 話をヒイラギの商談結果に戻して。ボウガンとモノアイの二人からウキョウへ。そしてウキョウを通してアヤマロへことが伝わった。

――商談相手が連れてきた、用心棒が御殿内で暴れた。

 それを聞いて、アヤマロは大層気分を悪くしたらしい。御殿内は汚れ、壊れてもいたそうだ。そんなこと知るか。斬り殺さなかった故に、血は一滴も流れてないから。大体、最初に手を出してきたのはアイツらの方だからな。
 (どんな方法なのかは知らないが)商談の結果を知った宿のマスターはアヤマロのもとへ、一人謝罪へ出向いたらしい。お詫びの言葉を何度も言ったり、滅多に手に入ることがない珍品をあげたりして、なんとかご機嫌を回復させようと試みたものの「取り下げる気は無い」とにべもなく言われたらしい。持参した珍品はとられるだけとられて、体よく追い出されてしまったという。

「――というわけで以上アル」
「そうか」
「あんまり驚いてないアルナ。給金は無しアルヨ。いいのかヨ」
「いいも悪いも。俺は仕事をしただけだ」

 この次があるのならその時に気をつければいい。食費は自分で見つけた仕事で稼げばいいだろう。フウと息を吐き「話は終わったなら鍛錬に戻る」と立ち上がろうとすると、

「まだ話は終わってないアル」

 と言われた。以上とはいっても話は終わったわけじゃないと。「他に何だ」と聞けば、マスターは懐から何かを取り出し、渡してきた。見ればそれは包みだった。

「何だ、これは」
「ヒイラギ達からのお礼アルヨ。少しくらいは飯を足しになるダロ」
「お礼だと?」

 商談は失敗に終わり、報酬は無と言っていたというのに。思い当たることもなく、首を傾げていると、マスターは「用心棒のお礼ではないアル」と言った。

「何度もいうアルが、本来なら報酬なんて無しなんダヨ。でもネ」

 ――皆感謝してたアル、とマスターは言った。

「御殿にいた時、大切な家族を、アオイを守ってくれたから。せめてそのことへのお礼だけはしたいって、これを渡して欲しいって、言ってたアルネ」
「……そうか」
「ヒイラギはどんな相手でも変わらず、優しくて寛容アル。本当にいい友ネ」

 マスターは袖で目元を覆って「感動するアル」と泣き出した。少し大袈裟な反応のような気もする。本当に泣いていたのだとしたらその感動には悪いのだが。
 ちなみにヒイラギとアオイ、店で働いている子どもたちは虹雅峡を出て、他の街へと引っ越したらしい。街を治める差配であるアヤマロに嫌われたのであれば、もう虹雅峡での商売はうまくやっていけない。(他のアキンドとの繋がりも悪くなるらしい。付き合いとは面倒なことだ)気持ちを切り替えて、他のアキンドの街で改めて商売をすることにしたようだ。
 これまで話を聞いていて不思議だったのは、商談の失敗と、店と住処を移住せざる終えない原因を作った、俺を責めるヒイラギからの言葉が一つもなかったことだ。(刀である俺にはよくわからないが)アヤマロと商談できることは虹雅峡にいるアキンドにとっては『名誉』といっても違いはなさそうなのに。

「別れの挨拶の時、アイツなんだか清々しい顔をして虹雅峡を去って行ったアル。なんか吹っ切れたみたいアルナ」
「そうか」
「付き人のアオイにも感謝を伝えてくれ、って言われたアルヨ。『あの時は助けてくれて本当にありがとう』だとヨ」

 だから、と宿のマスターは続けた。

「ワタシも今回は多めに見ることにしてあげるアルネ。シキ」
「何だ」
「宿から追い出されていないことにも感謝しろアル」
「ああ、感謝する。ありがとうな」
「足りないアル。床に頭がめり込むくらい、ワタシに土下座しろ」
「土下座は断る」
「…………」
「話はこれで終わったか? なら俺は鍛錬にいくから」
「…………」
「じゃあな」
「…………アイヤああああああーッッ!!」

 後ろから数々の罵詈雑言を浴びせてくるマスターを無視して俺は鍛錬のために宿を出た。空を見上げる。ここは第六階層のため、上の階層にかけられた橋や電線によって、多少見え辛いところもあるものの、雲一つない晴天であった。

「――いい天気だ」
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