第二話
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◆
用心棒の時にあればいいなと望んでいた、斬った張ったができるたことは正直嬉しかった。しかし、残念なことにその戦い、思ったより興奮は感じられず、現実は呆気なく終わってしまった。
いくぜ、と声を上げ、桃色の髪の派手な男(ヒョーゴからボウガンと呼ばれていた)が斬りかかってきた。
「――先手必勝! おらよ!」
すぐ目の前にやって来ると青龍刀を横薙ぎに振るった。
「振りが甘い」
俺は刃を左手で受け止めると刀身を掴み、そのまま圧し折った。
「なんだとッ!?」
こいつはやべえ、とボウガンはすぐさま二、三歩程後退すると、右手を突き出し、ボーガンを打ってきた。長い袖で隠れていた右腕は機械化しているようで、連射式のようだ。
――バシュ、バシュ、バシュ、バシュ、バシュ!
五本も放ってきた。それらを左右の手刀で全て弾き返すと、駆けだした。
「ちぃッ!」
相手が返されたボーガンの防御に気を取られている隙に、瞬時に懐へ飛び込んだ。腰元の右に握り拳を構えると、相手に背を見せる体勢になるまで腰をひねる。そして、その開放から繰り出した拳をがら空きとなったボウガンの腹へ命中させた。
無刀流に伝わる、相手の内部に衝撃を与える防御無視の技――剣術でいうところの鎧どおしの攻撃である。
「ぐぼッ……!」
ボウガンは唾液と胃液を吐き出すと、腹を押さえうずくまった。先程の不遜で余裕綽々な態度とは打って変わり、不様な姿を周囲にさらしていた。コイツはコレでいいだろう。
――さて、と俺は次に菅笠男もとい――モノアイを見据える。
「次はお前か」
「ヒッ……!」
相手は口元を怯えに歪ませたが、虚勢を張ろうとしているのか。ニヤリと笑うと機械の両腕をビュンッと飛ばした。鋭く尖った鉤爪が向かってくる。
「これでもくらいな!」
俺は鉤爪を平手で払い、手刀で両腕を斬り落とした、
「――斬っただと!? くそッ!」
モノアイが次に発射させたのは右の足だった。足の爪先にも鉤爪が仕込んであるようだ。
(だが遅い)
その場でぐっと身を沈め、跳躍して先端を回避する。そして機械の足をバネにし、再び跳び、天井へと飛び移った。
「――なッ……!」
「お返しだ」
天井を足場に下に向かって跳躍し自身の落下速度を加速させると、足を斧刀に見立てた前方一回転からの踵落としをモノアイの脳天に食らわせた。
「――ッ!」
防ぐ暇も与えず。斬撃に相手は悲鳴を上げることができず、そのままうつ伏せに倒れてしまった。
「どうした。もう終わりか?」
おい、と呼びかけてみたが、相手からは返事がなかった。床に倒れ伏した状態で気絶してしまったようだ。あんなに意気揚々と戦闘を望んでいたくせに何とも他愛ないことだ。
(――やりがいも、斬りがいもなかった……)
つまらなかったが仕方ない……戻るか。一つ息を吐いて、青年のところに向かおうとすると、
「待て」
背後から声をかけられた。振り向けば色白メガネもとい――ヒョーゴがばつの悪そうな顔をして立っていた。
「何だ」
「……悪かったな」
何のことだ?とは聞かなかった。恐らく先ほどの、ボウガンとモノアイによる二人の行動は、ヒョーゴにとっては予想外のことだったのだろう。だから。
「別に。気にしてないぞ」
謝る相手は俺ではなく、アオイの方だと思うが。俺の返答に安心したのか、ヒョーゴは「そうか」と胸を撫で下ろすと、呆然と突っ立っていたかむろ衆へ向き直って、指示を出した。奴らは「分かりました」と頷くと気絶した二人を運ぶ者と、戦闘で汚れてしまった場所を掃除するものとで分かれて、作業を開始した。
こういった清掃と処理に慣れているのか、テキパキとこなしている。
「…………」
何気なくかむろ衆の様子を眺めているとヒョーゴが「しかし……」とメガネを押し上げた。
「とんでもない女だ。素手で刀を砕いたかと思えば、手刀で機械の腕さえも斬ってみせるとは。己を刀と言ったのはそういうことなのか?」
「無刀流にとって刀剣をはじめ、武器の破壊は普通のことだ。無刀流とは存在そのものがいながらにして剣士の形をしたもの。だから俺は――無刀の剣士であり、刀なんだ」
「……先程の戦いぶりならばキュウゾウと渡り合えたのも、生き残ることができたのも、頷けたわ」
「どうも」
「シキといったか。それにしても、コイツに目をつけられてしまうとは……哀れな女だな」
「……はい?」
それはどういうことだ。ヒョーゴに詳しく聞こうとしたら、俺の目の前に紅色のコートが立ち塞がった。
誰であるかなんて考えるまでもない。俺は不快さを隠そうともせず舌打ちをして、ソイツを睨みつけた。
「…………」
「キュウゾウ……」
コイツさっきの騒動まで「自分には関係ない」という態度と位置にいたくせに、突然割って入ってくるとは。何を考えている。
キュウゾウには心の奥底から拒否反応が出るくらい、本当に近寄りたくないので、距離を取るべく、大きく一歩下がろうとしたら、右手首を掴まれてしまい、阻まれた。
「会いたかった」
そう言って、キュウゾウは紅い目で見つめてきたが「俺は二度と会いたくなかった」と顔を逸らした。
それに対してキュウゾウは無表情だったが「何故だ」と頭に疑問符を浮かべているのは相手の目を見ればわかった。
とぼける奴にまた舌を打った。こんなにも分かりやすく、あからさまに拒絶されてもおかしくないことをお前は俺にしただろうが。このキンキラ野郎め。
「キュウゾウ、お前コイツに一体、何かしたのか?」
「斬り合った」
「その割には随分と相手から嫌われているようだな」
「………………」
「お前、何をしでかしたんだ?」
キュウゾウのとった行動が珍しいからなのか。ヒョーゴはあからさまに面白そうだな、という表情をしていた。何となくだがアレを知られては俺の恥となるような気がした。それは不味い。余計な詮索を、ヒョーゴの追求を止めなくては、と口を開いた。
「ヒョーゴには関係のないことだ。余計なこと聞くな」
「そこまで言えないことなのか」
「絶対に知られたくない」
「そこまで嫌がるとは。そう駄目だ、駄目だと言われるとキュウゾウがお前に一体何をしたのか、ますます気になってくるではないか」
「やめろ。本当にやめろ」
「………………」
「キュウゾウ、何を考えている。って、お前まさか――」
ここで言うつもりなのか。だとしたらこの場で斬る。断頭する。こっちは、いつでもお前の命を狩り取る準備はできているのだから。
「嫌だったか」
そう聞かれて、俺は一瞬ポカンとしたが、すぐにキュウゾウをギロリと睨みつけた。
「いきなりあんなことをされて、喜ぶ奴なんているか」
「いきなり、でなければいいのか」
「そういう問題じゃない」
「あんなこと?」とヒョーゴが首を傾げた。
「一体何だ、それは」
「後生だから頼む。もうやめにしてくれないか、この話」
そもそも何故こんな状況になったんだ。キュウゾウの顔を見ていると嫌でもあの光景が頭に浮かんでしまい、心なしか顔が熱くなってきた気がする。何故俺ばかり恥ずかしい思いをして、こいつは涼しい顔をしているんだ。腹が立つ。
「もう用事が済んだから、持ち場に戻りたいんだが――」
「…………」
「いつまで俺の手首を掴んでるつもりだ。いい加減に放してくれ」
「断る」
キュウゾウにそう言うと返ってきたのは否定だった。
「放せ」
「離さぬ」
「解放しろ」
「拒否する」
「………………」
「………………」
人が嫌だといっているのに。話も通じないんだが。
「キュウゾウの馬鹿、キノコ頭、宇宙人、むっつり、アホ」
「………………」
「言いたい放題言われてるぞ、キュウゾウ」
「おいヒョーゴ、黙って見てないで、何とかしてくれないか。コイツ、お前の相棒みたいなものなんだろ」
「それが人様にものを頼む態度か」
「ぐぬぬ……」
やれやれ、と溜息を吐くヒョーゴに「早くしろよ」と目で訴えていると頬に触れるものがあった。何だろうと思って見れば、それはキュウゾウの右手だった。
「シキ」
「何だ」
「他の男は見るな――俺だけを見ろ」
そう言って俺の頬を撫でてきたから「何をするんだ」と強くはたき落してやった。するとキュウゾウは無言で己の手を一瞥してから再度俺を見た。
「何故拒む」
「うるさい。それ以上やるっていうなら――」
足払いをかけた。封じられた。左肘からの打突を連続で素早く繰り出しても、躱された。最終的に力押しだ、と腕を力任せに振ってみても、ビクともしなかった。
(ああ、もう!)
どれだけ握力を込めて俺の手首を掴んでいるのか。俺だって、懸命に振り払おうとしているのに。藻掻いているというのに。何を抵抗することがあるのだと、キュウゾウは不思議そうな顔をしている。
それがさも余裕そうに感じられて、更に腹が立った。どうしても手を離さないというならば、俺にも考えがある。
掴んでいるこの左腕、斬り落としてやろうか。斬り合った日に、キュウゾウの利き腕が左だってことはすぐ気づいたから。
(これが一番手っ取り早いか)
やると決めたのなら即行動だと手刀を振り下ろそうとした直前にヒョーゴが「やめろ」と止めに入ってきた。ヒョーゴの仲裁があって、やっとのことで俺は自由の身となれたのだった。
「……感謝する」
「こいつはこうでもしないと梃子でも動かないからな……」
ヒョーゴは大きく溜息を吐いた。常日頃からキュウゾウの扱いに多くの苦労を強いられているのかもしれないと思えるほどの重たそうな長い溜息だった。
「ヒョーゴ」
「何だ」
「『お母様』って呼んでいいか」
「真顔でなに言ってんだ。ふざけているのか」
「キュウゾウの御守役っぽいから」
「余計にたちが悪いわ!」
肩を怒らせているヒョーゴの隣でキュウゾウが「母か」と呟き、小さく頷いているのを俺の目は見逃さなった。
「……強ち間違いではない」
「ほら、コイツもこう言ってるぞ」
「本当にやめろ」
「ボケが二人とか勘弁してくれ……」とヒョーゴは片手で顔を覆い首を振っていた。ボケとは心外だ。それと俺をキュウゾウなんかと一緒にしないでほしい。
「…………はあ」
先ほどまでここで戦闘があったというのに。何をしているんだろうか、自分は。
◆◆◆◆
なんとも下らないやり取りを終えた俺は、キュウゾウとヒョーゴのところから離れ、もといた場所に戻り、腰を落ち着けた。念の為、今の今までほっといていたアオイの安否を確認した。
「大丈夫か」
「あ、ああ……もう大丈夫だ」
「そうか」
正座をして前に向き直ろうとすると、アオイが何かを言いたそうにチラチラとこちらに視線を送っていた。どうしたと聞くと突然アオイはその場で両手をついて頭を下げたのだった。
「ごめんなさい」
「何だ、藪から棒に。やっぱりどこか痛むのか?」
違う、とアオイは顔を上げて首を振った。
「今まで……シキに向かって失礼な態度を取っていたこと、謝りたいんだ」
「別に気にしてないから。謝る必要はないぞ」
「そんなことない。だって俺は、さっきまではお前のこと男だと思ってたし……」
「…………」
今こんなところでそれを言うのか。それに人から頭を下げられている光景ってあまり周囲からは見られたくないと思う。少なくとも俺はそうだ。向こうにいる二人に目をやった。
キュウゾウは(興味がないのだろう)顔を俯かせていたが、ヒョーゴには奇異な目で見られていた。かむろ衆にも見られている。
「もういいから、やめてくれ」
そう伝えたが、アオイの話はまだ続いた。聞けコラ。
「真剣白刃取りをしたり、刀を簡単に壊してしたりなんて只者じゃない。お前ってすごい奴なんだな」
「……どうも」
「それに最後には相手を踵落としの一撃で倒してしまうなんて、本当にすごかったぜ」
「……そうか」
「シキが戦ってくれなかったら……俺なんて今頃はアイツらにボコボコにされるか、最悪殺されていたかもしれない」
そういうとアオイは再び両手をついて「助けてくれてありがとう」と、頭を下げた。
成功時に貰える報酬の金額とあわよくば誰かと斬り合えるかもしれないという理由から用心棒の仕事を引き受けた。
それによってキュウゾウと再会する羽目になったり、ガラの悪い二人組に絡まれたりと、碌な目には遭わなかったが……。
「ヒイラギ様の用心棒として来てくれたのが、シキで本当に良かった」
アオイの発した言葉と浮かべたその笑顔に免じてまあいいか、と思うのだった。何とも我ながら、単純なものであった。
用心棒の時にあればいいなと望んでいた、斬った張ったができるたことは正直嬉しかった。しかし、残念なことにその戦い、思ったより興奮は感じられず、現実は呆気なく終わってしまった。
いくぜ、と声を上げ、桃色の髪の派手な男(ヒョーゴからボウガンと呼ばれていた)が斬りかかってきた。
「――先手必勝! おらよ!」
すぐ目の前にやって来ると青龍刀を横薙ぎに振るった。
「振りが甘い」
俺は刃を左手で受け止めると刀身を掴み、そのまま圧し折った。
「なんだとッ!?」
こいつはやべえ、とボウガンはすぐさま二、三歩程後退すると、右手を突き出し、ボーガンを打ってきた。長い袖で隠れていた右腕は機械化しているようで、連射式のようだ。
――バシュ、バシュ、バシュ、バシュ、バシュ!
五本も放ってきた。それらを左右の手刀で全て弾き返すと、駆けだした。
「ちぃッ!」
相手が返されたボーガンの防御に気を取られている隙に、瞬時に懐へ飛び込んだ。腰元の右に握り拳を構えると、相手に背を見せる体勢になるまで腰をひねる。そして、その開放から繰り出した拳をがら空きとなったボウガンの腹へ命中させた。
無刀流に伝わる、相手の内部に衝撃を与える防御無視の技――剣術でいうところの鎧どおしの攻撃である。
「ぐぼッ……!」
ボウガンは唾液と胃液を吐き出すと、腹を押さえうずくまった。先程の不遜で余裕綽々な態度とは打って変わり、不様な姿を周囲にさらしていた。コイツはコレでいいだろう。
――さて、と俺は次に菅笠男もとい――モノアイを見据える。
「次はお前か」
「ヒッ……!」
相手は口元を怯えに歪ませたが、虚勢を張ろうとしているのか。ニヤリと笑うと機械の両腕をビュンッと飛ばした。鋭く尖った鉤爪が向かってくる。
「これでもくらいな!」
俺は鉤爪を平手で払い、手刀で両腕を斬り落とした、
「――斬っただと!? くそッ!」
モノアイが次に発射させたのは右の足だった。足の爪先にも鉤爪が仕込んであるようだ。
(だが遅い)
その場でぐっと身を沈め、跳躍して先端を回避する。そして機械の足をバネにし、再び跳び、天井へと飛び移った。
「――なッ……!」
「お返しだ」
天井を足場に下に向かって跳躍し自身の落下速度を加速させると、足を斧刀に見立てた前方一回転からの踵落としをモノアイの脳天に食らわせた。
「――ッ!」
防ぐ暇も与えず。斬撃に相手は悲鳴を上げることができず、そのままうつ伏せに倒れてしまった。
「どうした。もう終わりか?」
おい、と呼びかけてみたが、相手からは返事がなかった。床に倒れ伏した状態で気絶してしまったようだ。あんなに意気揚々と戦闘を望んでいたくせに何とも他愛ないことだ。
(――やりがいも、斬りがいもなかった……)
つまらなかったが仕方ない……戻るか。一つ息を吐いて、青年のところに向かおうとすると、
「待て」
背後から声をかけられた。振り向けば色白メガネもとい――ヒョーゴがばつの悪そうな顔をして立っていた。
「何だ」
「……悪かったな」
何のことだ?とは聞かなかった。恐らく先ほどの、ボウガンとモノアイによる二人の行動は、ヒョーゴにとっては予想外のことだったのだろう。だから。
「別に。気にしてないぞ」
謝る相手は俺ではなく、アオイの方だと思うが。俺の返答に安心したのか、ヒョーゴは「そうか」と胸を撫で下ろすと、呆然と突っ立っていたかむろ衆へ向き直って、指示を出した。奴らは「分かりました」と頷くと気絶した二人を運ぶ者と、戦闘で汚れてしまった場所を掃除するものとで分かれて、作業を開始した。
こういった清掃と処理に慣れているのか、テキパキとこなしている。
「…………」
何気なくかむろ衆の様子を眺めているとヒョーゴが「しかし……」とメガネを押し上げた。
「とんでもない女だ。素手で刀を砕いたかと思えば、手刀で機械の腕さえも斬ってみせるとは。己を刀と言ったのはそういうことなのか?」
「無刀流にとって刀剣をはじめ、武器の破壊は普通のことだ。無刀流とは存在そのものがいながらにして剣士の形をしたもの。だから俺は――無刀の剣士であり、刀なんだ」
「……先程の戦いぶりならばキュウゾウと渡り合えたのも、生き残ることができたのも、頷けたわ」
「どうも」
「シキといったか。それにしても、コイツに目をつけられてしまうとは……哀れな女だな」
「……はい?」
それはどういうことだ。ヒョーゴに詳しく聞こうとしたら、俺の目の前に紅色のコートが立ち塞がった。
誰であるかなんて考えるまでもない。俺は不快さを隠そうともせず舌打ちをして、ソイツを睨みつけた。
「…………」
「キュウゾウ……」
コイツさっきの騒動まで「自分には関係ない」という態度と位置にいたくせに、突然割って入ってくるとは。何を考えている。
キュウゾウには心の奥底から拒否反応が出るくらい、本当に近寄りたくないので、距離を取るべく、大きく一歩下がろうとしたら、右手首を掴まれてしまい、阻まれた。
「会いたかった」
そう言って、キュウゾウは紅い目で見つめてきたが「俺は二度と会いたくなかった」と顔を逸らした。
それに対してキュウゾウは無表情だったが「何故だ」と頭に疑問符を浮かべているのは相手の目を見ればわかった。
とぼける奴にまた舌を打った。こんなにも分かりやすく、あからさまに拒絶されてもおかしくないことをお前は俺にしただろうが。このキンキラ野郎め。
「キュウゾウ、お前コイツに一体、何かしたのか?」
「斬り合った」
「その割には随分と相手から嫌われているようだな」
「………………」
「お前、何をしでかしたんだ?」
キュウゾウのとった行動が珍しいからなのか。ヒョーゴはあからさまに面白そうだな、という表情をしていた。何となくだがアレを知られては俺の恥となるような気がした。それは不味い。余計な詮索を、ヒョーゴの追求を止めなくては、と口を開いた。
「ヒョーゴには関係のないことだ。余計なこと聞くな」
「そこまで言えないことなのか」
「絶対に知られたくない」
「そこまで嫌がるとは。そう駄目だ、駄目だと言われるとキュウゾウがお前に一体何をしたのか、ますます気になってくるではないか」
「やめろ。本当にやめろ」
「………………」
「キュウゾウ、何を考えている。って、お前まさか――」
ここで言うつもりなのか。だとしたらこの場で斬る。断頭する。こっちは、いつでもお前の命を狩り取る準備はできているのだから。
「嫌だったか」
そう聞かれて、俺は一瞬ポカンとしたが、すぐにキュウゾウをギロリと睨みつけた。
「いきなりあんなことをされて、喜ぶ奴なんているか」
「いきなり、でなければいいのか」
「そういう問題じゃない」
「あんなこと?」とヒョーゴが首を傾げた。
「一体何だ、それは」
「後生だから頼む。もうやめにしてくれないか、この話」
そもそも何故こんな状況になったんだ。キュウゾウの顔を見ていると嫌でもあの光景が頭に浮かんでしまい、心なしか顔が熱くなってきた気がする。何故俺ばかり恥ずかしい思いをして、こいつは涼しい顔をしているんだ。腹が立つ。
「もう用事が済んだから、持ち場に戻りたいんだが――」
「…………」
「いつまで俺の手首を掴んでるつもりだ。いい加減に放してくれ」
「断る」
キュウゾウにそう言うと返ってきたのは否定だった。
「放せ」
「離さぬ」
「解放しろ」
「拒否する」
「………………」
「………………」
人が嫌だといっているのに。話も通じないんだが。
「キュウゾウの馬鹿、キノコ頭、宇宙人、むっつり、アホ」
「………………」
「言いたい放題言われてるぞ、キュウゾウ」
「おいヒョーゴ、黙って見てないで、何とかしてくれないか。コイツ、お前の相棒みたいなものなんだろ」
「それが人様にものを頼む態度か」
「ぐぬぬ……」
やれやれ、と溜息を吐くヒョーゴに「早くしろよ」と目で訴えていると頬に触れるものがあった。何だろうと思って見れば、それはキュウゾウの右手だった。
「シキ」
「何だ」
「他の男は見るな――俺だけを見ろ」
そう言って俺の頬を撫でてきたから「何をするんだ」と強くはたき落してやった。するとキュウゾウは無言で己の手を一瞥してから再度俺を見た。
「何故拒む」
「うるさい。それ以上やるっていうなら――」
足払いをかけた。封じられた。左肘からの打突を連続で素早く繰り出しても、躱された。最終的に力押しだ、と腕を力任せに振ってみても、ビクともしなかった。
(ああ、もう!)
どれだけ握力を込めて俺の手首を掴んでいるのか。俺だって、懸命に振り払おうとしているのに。藻掻いているというのに。何を抵抗することがあるのだと、キュウゾウは不思議そうな顔をしている。
それがさも余裕そうに感じられて、更に腹が立った。どうしても手を離さないというならば、俺にも考えがある。
掴んでいるこの左腕、斬り落としてやろうか。斬り合った日に、キュウゾウの利き腕が左だってことはすぐ気づいたから。
(これが一番手っ取り早いか)
やると決めたのなら即行動だと手刀を振り下ろそうとした直前にヒョーゴが「やめろ」と止めに入ってきた。ヒョーゴの仲裁があって、やっとのことで俺は自由の身となれたのだった。
「……感謝する」
「こいつはこうでもしないと梃子でも動かないからな……」
ヒョーゴは大きく溜息を吐いた。常日頃からキュウゾウの扱いに多くの苦労を強いられているのかもしれないと思えるほどの重たそうな長い溜息だった。
「ヒョーゴ」
「何だ」
「『お母様』って呼んでいいか」
「真顔でなに言ってんだ。ふざけているのか」
「キュウゾウの御守役っぽいから」
「余計にたちが悪いわ!」
肩を怒らせているヒョーゴの隣でキュウゾウが「母か」と呟き、小さく頷いているのを俺の目は見逃さなった。
「……強ち間違いではない」
「ほら、コイツもこう言ってるぞ」
「本当にやめろ」
「ボケが二人とか勘弁してくれ……」とヒョーゴは片手で顔を覆い首を振っていた。ボケとは心外だ。それと俺をキュウゾウなんかと一緒にしないでほしい。
「…………はあ」
先ほどまでここで戦闘があったというのに。何をしているんだろうか、自分は。
◆◆◆◆
なんとも下らないやり取りを終えた俺は、キュウゾウとヒョーゴのところから離れ、もといた場所に戻り、腰を落ち着けた。念の為、今の今までほっといていたアオイの安否を確認した。
「大丈夫か」
「あ、ああ……もう大丈夫だ」
「そうか」
正座をして前に向き直ろうとすると、アオイが何かを言いたそうにチラチラとこちらに視線を送っていた。どうしたと聞くと突然アオイはその場で両手をついて頭を下げたのだった。
「ごめんなさい」
「何だ、藪から棒に。やっぱりどこか痛むのか?」
違う、とアオイは顔を上げて首を振った。
「今まで……シキに向かって失礼な態度を取っていたこと、謝りたいんだ」
「別に気にしてないから。謝る必要はないぞ」
「そんなことない。だって俺は、さっきまではお前のこと男だと思ってたし……」
「…………」
今こんなところでそれを言うのか。それに人から頭を下げられている光景ってあまり周囲からは見られたくないと思う。少なくとも俺はそうだ。向こうにいる二人に目をやった。
キュウゾウは(興味がないのだろう)顔を俯かせていたが、ヒョーゴには奇異な目で見られていた。かむろ衆にも見られている。
「もういいから、やめてくれ」
そう伝えたが、アオイの話はまだ続いた。聞けコラ。
「真剣白刃取りをしたり、刀を簡単に壊してしたりなんて只者じゃない。お前ってすごい奴なんだな」
「……どうも」
「それに最後には相手を踵落としの一撃で倒してしまうなんて、本当にすごかったぜ」
「……そうか」
「シキが戦ってくれなかったら……俺なんて今頃はアイツらにボコボコにされるか、最悪殺されていたかもしれない」
そういうとアオイは再び両手をついて「助けてくれてありがとう」と、頭を下げた。
成功時に貰える報酬の金額とあわよくば誰かと斬り合えるかもしれないという理由から用心棒の仕事を引き受けた。
それによってキュウゾウと再会する羽目になったり、ガラの悪い二人組に絡まれたりと、碌な目には遭わなかったが……。
「ヒイラギ様の用心棒として来てくれたのが、シキで本当に良かった」
アオイの発した言葉と浮かべたその笑顔に免じてまあいいか、と思うのだった。何とも我ながら、単純なものであった。