第二話
夢小説設定
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◆
キュウゾウと色白メガネを率いて、アヤマロは向こうに消えていった。
「アレについて行かなくて、いいのか?」
ヒイラギに言うと、代わりにアオイが「ここで待つように言われた」と答えた。ヒイラギに商談は無事に終わったのか、と聞けば「おかげ様で」と笑顔を浮かべた。
「私共の商い物をいたく気に入っていただけました。今後はご贔屓に取り立てていただけるようです」
「それはよかったな」
ならば後は挨拶とやらをして帰るだけか。
「ん~……」
長く正座をしていたため、体が硬くなっていた。軽く伸びをしていると、不快さを露わにした、しかめっ面のアオイの顔が目に入った。本当に商談はうまくいったのか、と疑問に思った。
「よくありません」
そして案の定、否定の言葉をアオイは発したのだった。ヒイラギは「これ、いけませんよ」と注意した。だがアオイは「納得できません」と首を振った。
「強引な駆け引きだったではないですか。相手ばかりが有利に儲けて、俺たちには一部しか利益がありませんでしたよ」
「アオイ、口を慎みなさい」
そんな失礼な言葉、聞かれでもしたら――と、ヒイラギは周りを見回したが幸い、周辺には誰もいなかった。アオイはヒイラギの注意を無視して、先ほどの商談について非難を続ける。
「何よりも許せないのは、ヒイラギ様のお優しい心に漬け込んだからです。ヒイラギ様は金儲けばかりを考える他のアキンドとは違います。帰る場所のない子ども達に尽くしてくれているのに」
「おやめさなさい」
「それにアヤマロは、俺が孤児だったことを知ると、すぐさま貧乏人を馬鹿にするような軽蔑の視線を投げてきましたよ。ヒイラギ様はアヤマロのように、相手の身分によって態度を変えるなんて愚かなことは決してしないというのに。アヤマロは――酷い利己主義者です」
「アオイ、いい加減になさい。人様にそのようなこと、言ってはなりません」
「ですが――」
なおも続けようとするアオイの腕を掴む。
「何をするんだ」
「そのくらいにしておけ」
「何を――」
アオイは睨みつけてきたが、気づいたのだろう。ハッとして口を噤んだ。アオイを止めた理由はアヤマロの私兵――かむろ衆の二人がこちらに向かってくるのが遠くから見えたからだ。
さっきまでは周りに気配がなかったから、放っておいたが近くまで来られてアオイの発言を聞かれてしまったら、商談も破談となるに違いない。そうなると生活費がもらえなくなってしまう。不満を吐かせるのは、ここらで止めておいた方がいいだろうという判断である。かむろ衆はヒイラギの前に横に並んで立ち止まると「お待たせしました」と言って頭を下げた。
「ヒイラギ様、アヤマロ様がお呼びです。ご案内いたします」
かむろ衆にそう言われ、ヒイラギは「お願いします」と丁寧に頭を下げ、歩き出した。その後ろを渋々と行くアオイの隣に移動し、ついて歩いていく。
「まだ何かあるのか?」
アオイに聞けば、見られていないのをいいことに、かむろ衆の背中に向かって嫌そうな顔をして小声で言った。
「ヒイラギ様が、アヤマロからお食事に誘われたんだ」
「商談は終わったんだろ。ヒイラギにまだ何か用があるのか?」
「大方、商談中に腹でも減ったんでついでだろ」
「アヤマロって虹雅峡で一番偉いアキンドだよな。忙しいじゃないのか。ヒイラギだけが商談相手でもないだろうに」
「知るか。文句ならアヤマロに言ってくれないか」
「…………」
自分の飯代がかかっているというのに、誰がいうか。
食事に参加するのはアキンドであるヒイラギ一人のみだそうだ。アヤマロは決して口には出していなかったが、誘いを断れば、人の好意を無下にする無礼者だとみなされ、商談は不成立に終わることがその場の雰囲気で分かったそうだ。
「くそッ……アヤマロめ」
アオイは不満な感情も露わに歯噛みしていたが、少しすると前を歩くヒイラギを悲し気に見ていた。
「ヒイラギ様はお人好しが過ぎる……」
悪く利用されないか心配だ、と眉尻を下げるアオイを横目に、内心でため息を吐いた。待つだけの退屈な用心棒はまだ終わりそうにない、と分かったからだ。
◆◆◆◆
かむろ衆の案内により、俺達三人は指定された部屋の出入り口前へとやってきた。ヒイラギを食事に誘ったアヤマロは、部屋の出入り口にある両開きの扉の前に立っていた。アヤマロの両脇にはキュウゾウと色白メガネもいた。
扉が開かれた先にあったのは、こんなに人が多く来る時があるのか、掃除をするのも大変そうだな、と思える程に、無駄に広々とした大広間だった。
(何だコレ……)
部屋の中は壁や床などありとあらゆる物が、目が痛くなりそうなほど眩い金ピカ色だった。人の視力を落としそう色にしたのは、アヤマロの趣味なのだろうか。こんな部屋の中でアキンドとアヤマロが二人で飯を食べながら今後の話とやらをするのか。
(食べてる途中でものを吐いてしまいそうだ。気持ち悪い)
そんな感想を抱いているなんて顔には尾首にも出さず、アヤマロのもとへと向かうヒイラギを見送っていた。その様子を隣のアオイは心配そうに見ている。
そんなアオイの不安が音波のように伝わったのか。ヒイラギは扉の前で立ち止まると、振り返った。先ほどのアヤマロに対する態度のこともあって、眉尻を下げてこちらも心配そうにアオイの方を見ていたが、安心させたいのか、その表情は穏やかな表情に変えていた。
「――シキ殿、アオイをよろしくお願いします」
「分かった」
頷いて見せると、ヒイラギは頭を下げてから、悪趣味極まりない金ピカ部屋へと入っていった。そしてバタリと扉が閉まった。
(さて、また待つ仕事の続きだ……)
何度目になるのか分からない溜息を内心で吐いていると、ふと視線を感じた。顔を上げればキュウゾウがこちらを見ていた。その視線に殺気は感じなかった。何故こちらを見てくるのだろう、と首を傾げいると、隣にいたアオイは「ヒッ」と小さく悲鳴を上げて、素早く俺の背中に隠れた。
「…………」
怯えているアオイには目もくれず、キュウゾウはじっと見つめてきた。何だ、この場で斬り合いでもする気なのか。そう睨み返していると背後から名前を呼ぶアオイの声が小さく聞こえた。
「どうした」
「商談の時もそうだったが、あの金髪のサムライ、めちゃくちゃ怖いぞ。何も話さないし、表情も全然動かなかったのに……急に何だよ。心臓に悪い」
「安心しろ。アレはお前に何もしないから」
「ほ、本当か?」
「ああ」
「よかった……」
アオイはホッと息を吐き、胸を撫でおろしていた。もし仮に来るとしたら斬りかかる相手は俺だろう。まあ、コイツには関係のないことだから言うつもりはない。だがいくら同じ空間にいるとはいえ、正直関わりたくない。
なんとしてでも、キュウゾウから距離を取りたかったので、すぐに部屋の前から移動した。
「馬鹿ッ、急に移動するなよ」
という文句が後方から聞こえたが、アオイも一刻でも早くキュウゾウから離れたいのだろう、早足で後をついてきた。
今俺たちがいる通路の出入り口の前には見張りとして、かむろ衆が立っていた。動き出しても視線が動くだけで何もいわれなかったから、そこを出なければどこにいても許されるだろう。
背後から突き刺さる視線を無視しつつ、ヒイラギがいつ出てきても気付けるように両扉が見える適当な場所を見つけて、そこに腰をおろした。
キュウゾウと色白メガネは広間に通じる扉の前を守る護衛の任があるのだろう。二人でそれぞれ扉の脇に着くとその場に正座をした。そしてそのままの状態で動かなくなった。
◆◆◆◆
用心棒をしているといえどもここはアヤマロの屋敷。御殿に行くまでは大きい橋が一本のみで出入りする門にもかむろ衆や大戦時に使われていた鋼筒を何機か配置するなど厳重な見張りがある。
故に危険など滅多にあるわけがなかった。色白メガネが言っていた通り、この場所に刺客が来るなんて、これまで一度もなさそうに思えた。
一日中ほとんどを黙って座っているだけで終わるとは、用心棒とは本当に退屈な仕事だ。せめていっぱい動いたり、相手を斬ったりとかしたかった。また食料を得るためのお金がなくなって、稼がないといけない時がきたら、俺は用心棒以外の別の仕事を受けようと決めた。
街で仕事にあぶれているサムライくずれと違って、キュウゾウと色白メガネはアヤマロのもとに仕えることで毎日安定した生活を送れているのだろう。だがその代わり、刀を振るう機会があまりなくて、アヤマロの用事が終わるまで待つなんて退屈なことを毎日続けているに違いない。
だとすればこんなもの、剣士にとって――サムライにとっては地獄以外の何ものでもない。生きていくために食えることは大事といえども。俺ならば絶対に耐えることはできそうにない。
あの色白メガネはどう思っているかは知らない。だが剣の腕が滅法強いキュウゾウならばーーきっとつまらないだろう。そんなとりとめもないことを考えていると、隣に座っているアオイが「なあ、シキ」と声をかけてきた。
「ヒイラギ様は大丈夫だと思うか?」
「さあな」
「さあなって――」
「だが今の俺達にできることは、ヒイラギが出てくるまで待つことだ。周りを見てみろ。邪魔者が入らないようにかむろ衆も目を光らせている」
「……ヒイラギ様、ご無事だろうか。またアヤマロなんかに不当な商売を強いられていなければいいが――」
何があったのは詳しく知らないが、先ほどの商談はアオイにとって、大分アヤマロへの不信感を募らせるものになったようである。
ヒイラギがアヤマロとの商談を望んだのは、さらなる金儲けのためではなく、アオイを含めた子どもたちを養うためだというのに。気負わせたくないのか、ヒイラギはそれをアオイには言わなかった。
アオイに向かって、ヒイラギがアヤマロとの交流を望む本当の理由を教えてあげることは可能だ。だがそれを伝えるつもりは毛頭なかった。俺の仕事はあくまでも用心棒であり、真実を伝えるのはヒイラギがやるべきことだからだ。
依頼人の生活や行く末について意見するのは刀である俺のやることではない。正直に言ってどうでもいいことだ。だからといって「ヒイラギ様が心配だ」と勝手に行動したり、暴れられたりするのは困るが。
「お前、そんなに不安になるんだったら、あれこれ考えない方がいいんじゃないのか。そうやって下手に考えるより、ヒイラギが出てきた時に気持ちよく迎える準備でもしといたらどうだ。その方が相手もきっと嬉しいだろう」
「そ、そうだよな……悪かったな。気を遣わせて」
「別に。気にするな」
「……ありがとう、シキ」
「礼は不要だ。俺は思ったことを言ったまでだから」
斬ることが仕事なのに。刀なのに。他人に気を遣うなんて、慣れないことをしたせいで精神的に疲れてきた。ため息を吐きたいがアオイの手前やめておいた。
とにかく今日が無事に終われば給料がもらえる。ここのところ貧乏飯しか食べられていないから久方ぶりにまともな飯にありつけると思えば我慢はできるだろう。このままヒイラギを待つ間に何事もなく終わればいいのだから。
キュウゾウと色白メガネを率いて、アヤマロは向こうに消えていった。
「アレについて行かなくて、いいのか?」
ヒイラギに言うと、代わりにアオイが「ここで待つように言われた」と答えた。ヒイラギに商談は無事に終わったのか、と聞けば「おかげ様で」と笑顔を浮かべた。
「私共の商い物をいたく気に入っていただけました。今後はご贔屓に取り立てていただけるようです」
「それはよかったな」
ならば後は挨拶とやらをして帰るだけか。
「ん~……」
長く正座をしていたため、体が硬くなっていた。軽く伸びをしていると、不快さを露わにした、しかめっ面のアオイの顔が目に入った。本当に商談はうまくいったのか、と疑問に思った。
「よくありません」
そして案の定、否定の言葉をアオイは発したのだった。ヒイラギは「これ、いけませんよ」と注意した。だがアオイは「納得できません」と首を振った。
「強引な駆け引きだったではないですか。相手ばかりが有利に儲けて、俺たちには一部しか利益がありませんでしたよ」
「アオイ、口を慎みなさい」
そんな失礼な言葉、聞かれでもしたら――と、ヒイラギは周りを見回したが幸い、周辺には誰もいなかった。アオイはヒイラギの注意を無視して、先ほどの商談について非難を続ける。
「何よりも許せないのは、ヒイラギ様のお優しい心に漬け込んだからです。ヒイラギ様は金儲けばかりを考える他のアキンドとは違います。帰る場所のない子ども達に尽くしてくれているのに」
「おやめさなさい」
「それにアヤマロは、俺が孤児だったことを知ると、すぐさま貧乏人を馬鹿にするような軽蔑の視線を投げてきましたよ。ヒイラギ様はアヤマロのように、相手の身分によって態度を変えるなんて愚かなことは決してしないというのに。アヤマロは――酷い利己主義者です」
「アオイ、いい加減になさい。人様にそのようなこと、言ってはなりません」
「ですが――」
なおも続けようとするアオイの腕を掴む。
「何をするんだ」
「そのくらいにしておけ」
「何を――」
アオイは睨みつけてきたが、気づいたのだろう。ハッとして口を噤んだ。アオイを止めた理由はアヤマロの私兵――かむろ衆の二人がこちらに向かってくるのが遠くから見えたからだ。
さっきまでは周りに気配がなかったから、放っておいたが近くまで来られてアオイの発言を聞かれてしまったら、商談も破談となるに違いない。そうなると生活費がもらえなくなってしまう。不満を吐かせるのは、ここらで止めておいた方がいいだろうという判断である。かむろ衆はヒイラギの前に横に並んで立ち止まると「お待たせしました」と言って頭を下げた。
「ヒイラギ様、アヤマロ様がお呼びです。ご案内いたします」
かむろ衆にそう言われ、ヒイラギは「お願いします」と丁寧に頭を下げ、歩き出した。その後ろを渋々と行くアオイの隣に移動し、ついて歩いていく。
「まだ何かあるのか?」
アオイに聞けば、見られていないのをいいことに、かむろ衆の背中に向かって嫌そうな顔をして小声で言った。
「ヒイラギ様が、アヤマロからお食事に誘われたんだ」
「商談は終わったんだろ。ヒイラギにまだ何か用があるのか?」
「大方、商談中に腹でも減ったんでついでだろ」
「アヤマロって虹雅峡で一番偉いアキンドだよな。忙しいじゃないのか。ヒイラギだけが商談相手でもないだろうに」
「知るか。文句ならアヤマロに言ってくれないか」
「…………」
自分の飯代がかかっているというのに、誰がいうか。
食事に参加するのはアキンドであるヒイラギ一人のみだそうだ。アヤマロは決して口には出していなかったが、誘いを断れば、人の好意を無下にする無礼者だとみなされ、商談は不成立に終わることがその場の雰囲気で分かったそうだ。
「くそッ……アヤマロめ」
アオイは不満な感情も露わに歯噛みしていたが、少しすると前を歩くヒイラギを悲し気に見ていた。
「ヒイラギ様はお人好しが過ぎる……」
悪く利用されないか心配だ、と眉尻を下げるアオイを横目に、内心でため息を吐いた。待つだけの退屈な用心棒はまだ終わりそうにない、と分かったからだ。
◆◆◆◆
かむろ衆の案内により、俺達三人は指定された部屋の出入り口前へとやってきた。ヒイラギを食事に誘ったアヤマロは、部屋の出入り口にある両開きの扉の前に立っていた。アヤマロの両脇にはキュウゾウと色白メガネもいた。
扉が開かれた先にあったのは、こんなに人が多く来る時があるのか、掃除をするのも大変そうだな、と思える程に、無駄に広々とした大広間だった。
(何だコレ……)
部屋の中は壁や床などありとあらゆる物が、目が痛くなりそうなほど眩い金ピカ色だった。人の視力を落としそう色にしたのは、アヤマロの趣味なのだろうか。こんな部屋の中でアキンドとアヤマロが二人で飯を食べながら今後の話とやらをするのか。
(食べてる途中でものを吐いてしまいそうだ。気持ち悪い)
そんな感想を抱いているなんて顔には尾首にも出さず、アヤマロのもとへと向かうヒイラギを見送っていた。その様子を隣のアオイは心配そうに見ている。
そんなアオイの不安が音波のように伝わったのか。ヒイラギは扉の前で立ち止まると、振り返った。先ほどのアヤマロに対する態度のこともあって、眉尻を下げてこちらも心配そうにアオイの方を見ていたが、安心させたいのか、その表情は穏やかな表情に変えていた。
「――シキ殿、アオイをよろしくお願いします」
「分かった」
頷いて見せると、ヒイラギは頭を下げてから、悪趣味極まりない金ピカ部屋へと入っていった。そしてバタリと扉が閉まった。
(さて、また待つ仕事の続きだ……)
何度目になるのか分からない溜息を内心で吐いていると、ふと視線を感じた。顔を上げればキュウゾウがこちらを見ていた。その視線に殺気は感じなかった。何故こちらを見てくるのだろう、と首を傾げいると、隣にいたアオイは「ヒッ」と小さく悲鳴を上げて、素早く俺の背中に隠れた。
「…………」
怯えているアオイには目もくれず、キュウゾウはじっと見つめてきた。何だ、この場で斬り合いでもする気なのか。そう睨み返していると背後から名前を呼ぶアオイの声が小さく聞こえた。
「どうした」
「商談の時もそうだったが、あの金髪のサムライ、めちゃくちゃ怖いぞ。何も話さないし、表情も全然動かなかったのに……急に何だよ。心臓に悪い」
「安心しろ。アレはお前に何もしないから」
「ほ、本当か?」
「ああ」
「よかった……」
アオイはホッと息を吐き、胸を撫でおろしていた。もし仮に来るとしたら斬りかかる相手は俺だろう。まあ、コイツには関係のないことだから言うつもりはない。だがいくら同じ空間にいるとはいえ、正直関わりたくない。
なんとしてでも、キュウゾウから距離を取りたかったので、すぐに部屋の前から移動した。
「馬鹿ッ、急に移動するなよ」
という文句が後方から聞こえたが、アオイも一刻でも早くキュウゾウから離れたいのだろう、早足で後をついてきた。
今俺たちがいる通路の出入り口の前には見張りとして、かむろ衆が立っていた。動き出しても視線が動くだけで何もいわれなかったから、そこを出なければどこにいても許されるだろう。
背後から突き刺さる視線を無視しつつ、ヒイラギがいつ出てきても気付けるように両扉が見える適当な場所を見つけて、そこに腰をおろした。
キュウゾウと色白メガネは広間に通じる扉の前を守る護衛の任があるのだろう。二人でそれぞれ扉の脇に着くとその場に正座をした。そしてそのままの状態で動かなくなった。
◆◆◆◆
用心棒をしているといえどもここはアヤマロの屋敷。御殿に行くまでは大きい橋が一本のみで出入りする門にもかむろ衆や大戦時に使われていた鋼筒を何機か配置するなど厳重な見張りがある。
故に危険など滅多にあるわけがなかった。色白メガネが言っていた通り、この場所に刺客が来るなんて、これまで一度もなさそうに思えた。
一日中ほとんどを黙って座っているだけで終わるとは、用心棒とは本当に退屈な仕事だ。せめていっぱい動いたり、相手を斬ったりとかしたかった。また食料を得るためのお金がなくなって、稼がないといけない時がきたら、俺は用心棒以外の別の仕事を受けようと決めた。
街で仕事にあぶれているサムライくずれと違って、キュウゾウと色白メガネはアヤマロのもとに仕えることで毎日安定した生活を送れているのだろう。だがその代わり、刀を振るう機会があまりなくて、アヤマロの用事が終わるまで待つなんて退屈なことを毎日続けているに違いない。
だとすればこんなもの、剣士にとって――サムライにとっては地獄以外の何ものでもない。生きていくために食えることは大事といえども。俺ならば絶対に耐えることはできそうにない。
あの色白メガネはどう思っているかは知らない。だが剣の腕が滅法強いキュウゾウならばーーきっとつまらないだろう。そんなとりとめもないことを考えていると、隣に座っているアオイが「なあ、シキ」と声をかけてきた。
「ヒイラギ様は大丈夫だと思うか?」
「さあな」
「さあなって――」
「だが今の俺達にできることは、ヒイラギが出てくるまで待つことだ。周りを見てみろ。邪魔者が入らないようにかむろ衆も目を光らせている」
「……ヒイラギ様、ご無事だろうか。またアヤマロなんかに不当な商売を強いられていなければいいが――」
何があったのは詳しく知らないが、先ほどの商談はアオイにとって、大分アヤマロへの不信感を募らせるものになったようである。
ヒイラギがアヤマロとの商談を望んだのは、さらなる金儲けのためではなく、アオイを含めた子どもたちを養うためだというのに。気負わせたくないのか、ヒイラギはそれをアオイには言わなかった。
アオイに向かって、ヒイラギがアヤマロとの交流を望む本当の理由を教えてあげることは可能だ。だがそれを伝えるつもりは毛頭なかった。俺の仕事はあくまでも用心棒であり、真実を伝えるのはヒイラギがやるべきことだからだ。
依頼人の生活や行く末について意見するのは刀である俺のやることではない。正直に言ってどうでもいいことだ。だからといって「ヒイラギ様が心配だ」と勝手に行動したり、暴れられたりするのは困るが。
「お前、そんなに不安になるんだったら、あれこれ考えない方がいいんじゃないのか。そうやって下手に考えるより、ヒイラギが出てきた時に気持ちよく迎える準備でもしといたらどうだ。その方が相手もきっと嬉しいだろう」
「そ、そうだよな……悪かったな。気を遣わせて」
「別に。気にするな」
「……ありがとう、シキ」
「礼は不要だ。俺は思ったことを言ったまでだから」
斬ることが仕事なのに。刀なのに。他人に気を遣うなんて、慣れないことをしたせいで精神的に疲れてきた。ため息を吐きたいがアオイの手前やめておいた。
とにかく今日が無事に終われば給料がもらえる。ここのところ貧乏飯しか食べられていないから久方ぶりにまともな飯にありつけると思えば我慢はできるだろう。このままヒイラギを待つ間に何事もなく終わればいいのだから。