第二話
夢小説設定
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◆
用心棒の仕事をする日の前日。
「明日のご同行、よろしくお願い致します」
「分かった」
俺は第三階層にあるヒイラギの店にきていた。当日になったらすぐにでも出発できるよう、彼の店に泊まることにもなったからだ。
ヒイラギのお店は「お香屋」とでもいうのか。癒しの匂いを売りにしているそうだ。
それを嗅ぐことで体と心に安らぎをもたらすとかなんとか。
俺の鼻には変な匂いだとしか感じられないので、漂ってくる匂いで気持ちが良くなるとか、よく分からない。
戦場の匂いとか、血の匂いとかならば、慣れているし、よく理解もできるのだが。
店にきて分かったのは、ここで働いている者のほとんどが年端もいかない子どもばかりだったこと。聞けば、彼らは親に捨てられたり、家族を亡くしたりと帰るところがない者達だという。
ヒイラギはそういった行き場を失くした子ども達を引き取り、大人になったら自立できるように教育をし、働かせているアキンドだった。
明日の商談には、ヒイラギと俺の他に付き人が一人、共に行くらしい。付き人もまた拾われた者であり――まだ若い青年だった。
その青年以外にもヒイラギの店の手伝いをする者が年上年下といるようだが、商談相手がアヤマロだと知ると恐れ慄き、誰も行きたがらなかったらしい。
そんな嫌がっている者達の中で「是非ともお手伝いをしたい」と自ら立候補したのが青年だった。
何でもヒイラギには「常日頃からお世話になっているから恩を返したい。お力になるべく、是非とも同行させて欲しい」とのことだった。
青年が共に行くことをヒイラギは了承した。他に同行希望者がいなったのもあるが、青年はまだ十五と若いながら、店では年長者として子どもたちの世話をしており、ヒイラギからも深い信頼を得ているようだった。
「……それで、明日のことですが」
ヒイラギと打合せをしていると青年がお茶碗を乗せたおぼんを持って部屋にやってきた。
「ヒイラギ様、この人は……?」
「こちらは鋼音シキ様。明日の商談で用心棒をしていただくお方ですよ」
ヒイラギは青年に「挨拶をしなさい」と俺を手で示す。
「よろしく」
そう言って軽く頭を下げたが、返ってきたのは
「お前、本当に強いのか?」
という不躾な質問と疑いの眼差しだった。
「これ、おやめなさい。失礼でしょう」
ヒイラギは窘めるが、青年はそれを無視すると俺に詰め寄って、ジロリと睨みつけてきた。
「ヒイラギの様のご友人のことを悪く言いたくないが――お前、用心棒として本当に役に立つのか? あんまり強そうに見えないぞ。ヒイラギ様をちゃんとお守りできるんだろうな?」
(何だコイツ……)
そう思いつつ、青年の質問に対して「守るぞ」と俺は頷いた。
「それが俺の仕事だからな」
そう答えると青年は「フン」と鼻で笑った。
「明日、金を盗んで逃げたりなんかしたら承知しないぞ。果てまで追いかけて、痛い目にあわせてやる」
ヒイラギの前には丁寧に置いたくせに、俺の前にはガンッとお椀を叩き割ろうとばかりに強く置いて、別室へと去って行った。
(……なんだ、アレ?)
去った後を見ていると、ヒイラギが「申し訳ありません」と頭を下げた。
「あの子はアオイと言います。用心棒として雇ったサムライの件もあって、あの子は私のことを気にかけておられるのです」
「金だけ持って逃げた奴のことか。マスターは最低だって言っていたぞ」
「……私が油断していたのが悪いのです。私のせいで、あの子はサムライをはじめ、武芸者なんて信用ならない、と言い出してしまって」
不愉快な思いをさせて申し訳ありません……と、また頭を下げる。
「何とも思ってないから気にするな」
「シキ様……」
「お前が商談を無事に終わるまで、俺は刀としてお前の用心棒をするだけだ。それで給金を貰えれば問題ない」
「本当にありがとうございます。シキ様はお心が広くいらっしゃいますね」
「世辞はいらないぞ」
いいえ、とヒイラギは首をゆっくりと振る。
「お世辞ではございません。私は、本当に思ったことを言ったまでです」
「……………」
そんなこと、この世に生を受けて以来、初めて言われた。
戦が終わってから色々なアキンドの街をめぐってきた俺だが、今まで見てきたアキンドと、目の前にいるヒイラギというアキンドは随分と考え方が――気質が違う者のようだ。
アキンドは相手がアキンド以外だった場合、自分よりも身分が下の者だと見る傾向にあった。
サムライよりも上、農民よりも上の者なのだと。
戦で傷つき、疲弊した人々に幸せをもたらしたのは落ちぶれたサムライではなく、アキンド。
だから自分達は偉いんだと思っているところがあった。
だがこのアキンド――ヒイラギにはそのような偉ぶっているところがなかった。
そのせいなのか。サムライ相手になめられて、お金を持ち逃げされたのかもしれない。
「……シキ様、どうかあの子のことも許してやってくださいませ」
「アオイのことか」
「はい」
「許すも何も。別に怒ってない」
「ありがとうございます」
貴方はお優しい方ですね、とアキンドは言った。
「……お前、すごい奴だな」
「はい? 何がですか?」
「いや、なんでもない。気にするな」
本人を前にしてよくそんなむず痒くなるような、恥ずかしいことが言えると思っていると、ヒイラギはアオイについて話し始める。
たいして興味もなかったが、ちゃんと話を聞いているという態度を示すために相槌は打っておくことにする。
「アオイにはいずれ、私のお店を継いでもらおうと思っているのです。そのためにも、あの子には様々な経験をさせてあげたいのです」
「様々な経験、か」
「はい。アヤマロ様との商談に同行することもその一つとなるでしょう。それに商談が上手くいけば、組主アキンドの方々とも交流がもてますし、何より働いてくれている子どもたちに今よりも裕福な暮らしを送らせることができます」
「そうか。明日の商談、うまくいくといいな」
「はい。がんばります。あの子たちのためにも……」
“他の子どもたちも家族同然なのです。アオイを含めて本当に大切なのです"
と、ヒイラギは本当に穏やかな顔をしていた。
「そうか」
ヒイラギの発した言葉に嘘の匂いは全然、感じなかった。
用心棒の仕事をする日の前日。
「明日のご同行、よろしくお願い致します」
「分かった」
俺は第三階層にあるヒイラギの店にきていた。当日になったらすぐにでも出発できるよう、彼の店に泊まることにもなったからだ。
ヒイラギのお店は「お香屋」とでもいうのか。癒しの匂いを売りにしているそうだ。
それを嗅ぐことで体と心に安らぎをもたらすとかなんとか。
俺の鼻には変な匂いだとしか感じられないので、漂ってくる匂いで気持ちが良くなるとか、よく分からない。
戦場の匂いとか、血の匂いとかならば、慣れているし、よく理解もできるのだが。
店にきて分かったのは、ここで働いている者のほとんどが年端もいかない子どもばかりだったこと。聞けば、彼らは親に捨てられたり、家族を亡くしたりと帰るところがない者達だという。
ヒイラギはそういった行き場を失くした子ども達を引き取り、大人になったら自立できるように教育をし、働かせているアキンドだった。
明日の商談には、ヒイラギと俺の他に付き人が一人、共に行くらしい。付き人もまた拾われた者であり――まだ若い青年だった。
その青年以外にもヒイラギの店の手伝いをする者が年上年下といるようだが、商談相手がアヤマロだと知ると恐れ慄き、誰も行きたがらなかったらしい。
そんな嫌がっている者達の中で「是非ともお手伝いをしたい」と自ら立候補したのが青年だった。
何でもヒイラギには「常日頃からお世話になっているから恩を返したい。お力になるべく、是非とも同行させて欲しい」とのことだった。
青年が共に行くことをヒイラギは了承した。他に同行希望者がいなったのもあるが、青年はまだ十五と若いながら、店では年長者として子どもたちの世話をしており、ヒイラギからも深い信頼を得ているようだった。
「……それで、明日のことですが」
ヒイラギと打合せをしていると青年がお茶碗を乗せたおぼんを持って部屋にやってきた。
「ヒイラギ様、この人は……?」
「こちらは鋼音シキ様。明日の商談で用心棒をしていただくお方ですよ」
ヒイラギは青年に「挨拶をしなさい」と俺を手で示す。
「よろしく」
そう言って軽く頭を下げたが、返ってきたのは
「お前、本当に強いのか?」
という不躾な質問と疑いの眼差しだった。
「これ、おやめなさい。失礼でしょう」
ヒイラギは窘めるが、青年はそれを無視すると俺に詰め寄って、ジロリと睨みつけてきた。
「ヒイラギの様のご友人のことを悪く言いたくないが――お前、用心棒として本当に役に立つのか? あんまり強そうに見えないぞ。ヒイラギ様をちゃんとお守りできるんだろうな?」
(何だコイツ……)
そう思いつつ、青年の質問に対して「守るぞ」と俺は頷いた。
「それが俺の仕事だからな」
そう答えると青年は「フン」と鼻で笑った。
「明日、金を盗んで逃げたりなんかしたら承知しないぞ。果てまで追いかけて、痛い目にあわせてやる」
ヒイラギの前には丁寧に置いたくせに、俺の前にはガンッとお椀を叩き割ろうとばかりに強く置いて、別室へと去って行った。
(……なんだ、アレ?)
去った後を見ていると、ヒイラギが「申し訳ありません」と頭を下げた。
「あの子はアオイと言います。用心棒として雇ったサムライの件もあって、あの子は私のことを気にかけておられるのです」
「金だけ持って逃げた奴のことか。マスターは最低だって言っていたぞ」
「……私が油断していたのが悪いのです。私のせいで、あの子はサムライをはじめ、武芸者なんて信用ならない、と言い出してしまって」
不愉快な思いをさせて申し訳ありません……と、また頭を下げる。
「何とも思ってないから気にするな」
「シキ様……」
「お前が商談を無事に終わるまで、俺は刀としてお前の用心棒をするだけだ。それで給金を貰えれば問題ない」
「本当にありがとうございます。シキ様はお心が広くいらっしゃいますね」
「世辞はいらないぞ」
いいえ、とヒイラギは首をゆっくりと振る。
「お世辞ではございません。私は、本当に思ったことを言ったまでです」
「……………」
そんなこと、この世に生を受けて以来、初めて言われた。
戦が終わってから色々なアキンドの街をめぐってきた俺だが、今まで見てきたアキンドと、目の前にいるヒイラギというアキンドは随分と考え方が――気質が違う者のようだ。
アキンドは相手がアキンド以外だった場合、自分よりも身分が下の者だと見る傾向にあった。
サムライよりも上、農民よりも上の者なのだと。
戦で傷つき、疲弊した人々に幸せをもたらしたのは落ちぶれたサムライではなく、アキンド。
だから自分達は偉いんだと思っているところがあった。
だがこのアキンド――ヒイラギにはそのような偉ぶっているところがなかった。
そのせいなのか。サムライ相手になめられて、お金を持ち逃げされたのかもしれない。
「……シキ様、どうかあの子のことも許してやってくださいませ」
「アオイのことか」
「はい」
「許すも何も。別に怒ってない」
「ありがとうございます」
貴方はお優しい方ですね、とアキンドは言った。
「……お前、すごい奴だな」
「はい? 何がですか?」
「いや、なんでもない。気にするな」
本人を前にしてよくそんなむず痒くなるような、恥ずかしいことが言えると思っていると、ヒイラギはアオイについて話し始める。
たいして興味もなかったが、ちゃんと話を聞いているという態度を示すために相槌は打っておくことにする。
「アオイにはいずれ、私のお店を継いでもらおうと思っているのです。そのためにも、あの子には様々な経験をさせてあげたいのです」
「様々な経験、か」
「はい。アヤマロ様との商談に同行することもその一つとなるでしょう。それに商談が上手くいけば、組主アキンドの方々とも交流がもてますし、何より働いてくれている子どもたちに今よりも裕福な暮らしを送らせることができます」
「そうか。明日の商談、うまくいくといいな」
「はい。がんばります。あの子たちのためにも……」
“他の子どもたちも家族同然なのです。アオイを含めて本当に大切なのです"
と、ヒイラギは本当に穏やかな顔をしていた。
「そうか」
ヒイラギの発した言葉に嘘の匂いは全然、感じなかった。