第二話

◆ 
 虹雅峡で過ごしてから何日か経った。
 ここに来てからの交流は第六階層で(オンボロな)宿を営んでいるマスターしかいなかった。
 だが何日か経って、俺はマスター以外にも初めて知り合いができた。
 しかも一人ではなく、二人もだ。今日は知り合えたその二人に会いに行こうと、俺は手土産を持って出かけた。
 第六階層の奥まったところにソイツが住んでいる工房がある。
 その出入口まで来ると、二人の姿を見つけた。

「よお」

 俺は片手を上げて声をかける。

「キクチヨ、マサムネ、やって来たぞ」
「なんだ。誰かと思えば、シキじゃねえか」
「こんなむさ苦しいところにまたくるとは。お前さんも物好きなお人だね」
「そうか? でも俺、ここが気に入ってるぞ」

 ガシャガシャと音を立てて、こっちを向いたのは、全身を機械化した大男はキクチヨだ。
 部屋の奥にある作業場では何かの機械をいじっている爺さんがマサムネだ。
 工房の中は家主のマサムネが集めてきた廃材やら、何に使うのかよく分からないガラクタだらけで足の踏み場がなかった。汚いという表現が断然当てはまる有り様だ。
 それでもマサムネはこれがいいんだ、とばかりに全然気にしていない。一方のキクチヨは(マサムネの許可もなく勝手に)廃材をどかして自分の領域を作り、そこで腕を枕に横になっていた。
 足元に転がっている物に足を引っかけないよう気をつけながら、俺は二人の元へと向かった。
 キクチヨの前でしゃがみ、持ってきた風呂敷をプラプラと揺らして示す。

「まんじゅう、持って来たんだ。食べないか?」
「そんなもん、断る理由がねえよ。さっそく食うぜ!」

 キクチヨは勢いよく上体を起こすと、両腕を伸ばして風呂敷の上に広げたまんじゅうを二個ずつ掴み取って、一気に口の中へと放り込んだ。
 そしてまた両手でまんじゅうを取って、むしゃむしゃと食べる。

「うっめえ! こりゃあ、何個でもいけるな!」
「そんなにか。どれどれ……」

 マサムネは機械をいじっていた手を止め、ついた汚れを布で拭うと一つまんじゅうを手に取り、頬張った。

「おお、本当に美味い。このまんじゅう、どうしたんだ? 何かいい収入でもあったのかね」
「俺の宿泊先のマスターが余り物だからってくれたんだ。一人で食べるには数が多すぎるから持ってきた。二人の口に合って何よりだ」
「そうかい、ありがとな――ってキクの字! 一人で全部食おうとするな。おめえは食いすぎだ。もう食うな!」
「うるせえなあ。いいかとっつぁん、こういうのはな、早いもん勝ちなんだよ!」

 キクチヨとマサムネの、悪友のような、家族のような、そんなやり取りを眺めながら「いいな」と一人呟く。
 嫌味を言ってくる宿のマスターがいないこともあるが、ここはなんだか居心地がいい。
 余り物か、何か手土産ができれば、また工房に来よう……そう思った。

――――

 俺、無刀流九代目当主鋼音シキが宿の周辺で鍛錬をしていると、人の気配を感じた。
 なんだ、と振り向けばマスターが腕を組んで立っていて、思いっきり顔をしかめていた。

「俺に何か用か」
「営業の邪魔アル。やるなら他所でやれアル」
「…………」

 第六階層は人がそもそも少なく、キクチヨとマサムネを除けば、ゴロツキか乞食などロクな奴はいない。それに宿の見た目はオンボロだ。

 「どうせ今日も、お客なんて一人も来ないだろ」

 そう言い返したら「今まで無料にした宿賃、全部返せアル」と手のひらを出してきた。

「…………」

 ただでさえ稼ぎはないのだ。今更返せる金なんてあるわけがない。

「……本当に言ってる?」
「当然アルヨ。今すぐ出せアル」
「……俺が悪かった。別の場所でする」
「ふん。分かればいいアル」

 マスターが宿へと戻っていくのを見送ってから、静かに鍛錬できる場所はないかと歩き回る。
 そうして見つけ出したのは、人が寄り付きそうにないゴミだらけの廃材置き場だった。
 そこでしばらく鍛錬する日々を送っていると、ある日、大きな赤っ鼻が特徴的な爺さんに声をかけられた。
 その爺さんが――第六階層で工房を営んでいる、マサムネだった。

「今どき剣の修行に精進とは珍しいねえ」
「……これが剣の修業だって分かるのか、爺さん」

 分かるさ、と爺さんは口角を上げる。

「だってお前さんのそれ、無刀流だろう」
「……へえ」

 その発言に大層驚かされた。まさか無刀流を知っている人物と出会えるとは。
 爺さんことマサムネ曰く、廃品場で使える部品がないか、漁った日の帰り道で俺の修行を見かけたそうだ。変わった奴がいると思い、数日間かけて俺の動きを見ているうちに、刀を使わない剣法『無刀流』だと気付いたらしい。 
 今まで色んなアキンドの街を巡ってきた俺だが、鍛錬の動きから無刀流だと気づかれたのはマサムネが初めてだった。

「……よいしょっと」
「手伝ってもらって、悪いねえ」
「別に。俺がしたくてしてるから。気にするな」

 声をかけられて以来、俺は鍛錬のついでにマサムネのスクラップ集めを手伝うことにした。
 手伝うとはいっても使えそうな廃材を探して、台車に積むだけの簡単な作業に手を貸すだけ。俺がマサムネの工房の中まで行くことはなかった。
 だが、ある時、大量に運んでいきたいということで、荷車に積め切れなかった分をとっつぁんの工房に持っていく日があった。
 そこで初めて機械のサムライーーキクチヨと出会った。肉体の一部を機械化する奴は見たことはあったが、キクチヨは体を全て機械化にしていた。
 俺が知っている中で、体の全部を機械にしていたのは、空の戦場で猛威を振るった紅蜘蛛型や雷電型ぐらいだったが、キクチヨの体はそれらとは全く違う型をしていた。もしかしたら戦後にできた正規外の型なのかもしれなかった。
 初めて会ったその時、何故かキクチヨは右の片腕がもげており、左手で握っていた。右腕がとれた理由はすぐにわかった。
 キクチヨが街で悪さをしていたゴロツキ共を退治してやったぜ、と鎧の胸を張って誇らしげに語ったからだ。
 (別に聞かせてくれとも、一言も言っていないのだが)

「おい、とっつあん! 早く直してくれ!」

 キクチヨはマサムネに迫り、もげた右腕をつきつけて凄む。対するマサムネは怯える様子もなく「またかい」とため息を吐くと後ろ頭を掻いた。
 その二人の様子からキクチヨが機械である己の身体を壊してここに来るのは、日常茶飯事なのだと分かった。 
 キクチヨがマサムネの治療(というより修理)を受けている最中、俺は指定された場所にスクラップを置き、荷車に積んだ物も降ろしていた。すると後ろから「おい」と声をかけられる。

「ところでお前、ここらで見ない顔だな。名前はなんていうんだ?」
「俺は無刀流九代目当主、鋼音シキだ」
「シキっていうのか。よし、覚えたぜ」

 キクチヨは「それにしても」と顎に手を当て俺をじろじろと見てくる。

「そのムトウ流って何だ? りゅうっていうからには剣術なのか? だがそんな名前の剣術なんて俺様は初めて聞いたぜ」

 二刀流なら聞いたことあるけどよ、とキクチヨは言った。二刀流と聞いて、何故か紅色コートを着た金髪のサムライが俺の頭に浮かぶ。
 ……だが、すぐに振り払ってやる。今、奴のことは関係ない。忘れろ。

「無限の無に刀の流れと書いて無刀流だ。俺は存在そのものがいながらにして、一本の刀で、刀を使わない無刀の剣士だ」
「何だ、そりゃあ?」

 キクチヨは頭の上に沢山の疑問符を浮かべている。そんなキクチヨの様子を見て、マサムネは分からないだろうなあ、とニヤリと笑う。

「キクの字」
「何だよ。まさかとっつぁんには分かるっていうのか?」
「この人はな、そういう性質たちなんだよ」
「はあ?」

 いやこの場合は『太刀』という方が正しいかねえ、とマサムネは言った。
 キクチヨはマサムネの発した言葉の意味がよく分からなかったようで「う~ん」と大きな体を傾けている。

「よくわからねえが、変な奴だな、お前」
「それより俺は自己紹介したぞ。今度はお前の番だろ、機械のサムライ。名はなんていうんだ?」

 廃材を下ろす作業の手を一旦止めて名前を聞き返すと、キクチヨは顔の右横についている排気管から、ピュ~っと煙を出した。

「お前、俺様がサムライに見えるか」
「見たまま言っただけだ。それがどうかしたか?」
「サムライ――そうだ! 俺様はサムライだ!」
「…………」

 理由はよく分からなかったが「サムライ」と呼ばれたことがすごく嬉しかったようだ。
 「俺様がサムライに見えるか?」と自分の顔を指して嬉しそうにまた聞いてきたので、うんうんと頷いておく。
 勘だがここで否定なんてしようものなら、傍に立てかけてある大太刀を振り回して、暴れだしそうだしな。

「俺様はな、キクチヨってんだ」
「よろしくな、キクチヨ」
「何なら特別だ。キクチヨ様って呼んでもいいぞ!」
「断る」
「何でだよ!」

 自分の感情と同期しているのか。排気管から勢いよく煙を噴き出して、拳を振り上げるキクチヨに、マサムネは眉根を寄せる。

「おいコラ。キクの字、あんまり動くな」
「あ、悪い」
「ったく、また壊しやがってよお……。もっと大事に扱えよな」
「うるせえなあ。そんな文句あるんだったらよ。この腕をもっと頑丈にしてくれや、とっつぁん」
「これは質の良い方だぜ。おめえの扱いが悪いんだよ、バカ」
「なんだと!」
「…………」

 キクチヨは馬鹿正直だが、単純でいい奴だと思う。マサムネも気のいい爺さんで、機械をいじるだけではなく、刀を研ぐこともできて、大事に扱っている。
 前に一度、研いだ刀を見せもらったがすごく丁寧で、刀身はとても綺麗だった。また人を斬ることができるようになったから、研がれた刀も嬉しいと思っているに違いない。
 こんなことがあって以来……俺は鍛錬の他にマサムネのお手伝いをしたり、キクチヨと雑談をしたり、二人にお土産を持って行ったりするようになった。

「シキ、喜べ!」
「何だ。唐突にどうした」
「今日はな、俺様が真のサムライだっていう証を見せてやるぜ。貴重だぜ」
「真のサムライの証? 何だそれは」
「姉ちゃん、付き合ってやんな」

 マサムネが「またか」と呆れ顔である。
 なんだろう?

「これだ」

 キクチヨは懐から巻物を取り出し、掲げると床へ勢いをつけて転がす。ガシャンと立ち上がって、その後を追っていった。

「えっと、確か……あ、あった! 見ろ! これが俺様だ!」
「どれどれ」

 自分の家系図であるはずなのに、なぜそんなに迷いながら探す必要があるのか。
 疑問を感じつつ、キクチヨが力強く指した場所を見ると、確かに言った通り「菊千代」と名前が書かれていた。その横に『元和元年八月八日生まれ』とある。
 元和元年……えっと、確か、今って――。

「どうだ、シキ。これで俺様が真のサムライだって分かっただろ」
「…………」
「おい、なんとか言えよ」
「……そうだな。キクチヨは真のサムライだ」
「だろう! わかってくれて嬉しいぜ!」
「…………」

 とりあえず頷いておいた。自信満々なキクチヨから向こうの作業場にいるマサムネの方へ顔を向けると、肩を震わせながらも苦笑いをこらえている。
 その様子から、この家系図が実は真っ赤な偽物だということを俺は察したが、キクチヨへ指摘はあえてしなかった。
 このままにしておいた方が、誰かが気づいて面白くなるかもしれないしな。
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