過去と今
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笹部の家を出て、天方の車で江は帰宅。残りの皆で海沿いを歩いていた。楽し気に今日の話で盛り上がっていたのだが、いつの間にか怜は足を止めていた。それに少し距離が開いた状態で気づいた蒼達は足を止めた。
「どうしたの??レイちゃん??」
不思議そうに蒼が尋ねる。すると怜は今まで抱いていた疑問を吐き出すように口を開いた。
「一体…何があったんですか。5人の間に……」
「凜ちゃんの事?」
「写真…みんなあんなに仲良く、楽しそうにうつっていたのに…」
「それは……」
怜の言葉に真琴は言いよどむ。蒼も渚も寂し気な表情を見せるなか遙がまっすぐ怜を見て口を開く。
「怜。今さらこんな話をしても意味なんかないかもしれない。
でも……お前が聞きたいなら全部話す。俺たちのこと」
「聞かせてください。僕だけ蚊帳の外なんてまっぴらだ!!
僕だって、仲間なんですから!!!」
そのまっすぐな言葉。怜が抱いていた思いに真琴と渚は胸を打たれた。事情を何となく知っていた蒼は小さく微笑む。
そして遙はその言葉に小さく頷くと話始めるのだった。
「凜は…転校してきた時から、妙にリレーにこだわるヤツだった。何故そこまでこだわるのか、俺達がその理由を聞いたのは、決勝の直前だった」
凛と知り合ったのは小6の終わりのころ。
何故か奇妙な時期に突然転校してきた凛。教室で自己紹介した時に思わず遙と真琴と蒼は呆気にとられた。
なぜ彼がここにいるのかと…
そして岩鳶に転校してきたということは通うクラブが変わるのも必然で、凛は岩鳶SCに入ってきた。
「いやぁ…偶然って重なるよね。転校してきたらスイミングクラブまで一緒だったなんて」
「うん。ビックリしたよ」
「ホントだよね…ハル」
腕を組みうんうんとうなずく凛に真琴と蒼が反応を見せる。そして蒼が話を振ろうとした相手は何も言うことなく水面に飛び込んでいってしまった。
あーぁと思い凛の方を振り向くと蒼の目に映ったのは目を輝かせる凛の姿だった。その瞬間、蒼は感じてしまった。彼も遙の泳ぎに魅せられたのだと。
そして凛は異様にしつこく遙をリレーに誘い出した。
それは授業中も続いた。
「どんな花壇にするか、どんな花を植えるのか、各班で相談して、一枚絵を描いてください」
みんながどうするか話し合うなか、凜は遥へヒソヒソと声をかけた。
「なな!七瀬!考えなおしてくれた?」
「何を」
「メドレーリレーの事に決まってんじゃん~。今度の大会、俺と一緒に出ないかって事!」
「俺はフリーしか泳がないって言っただろ」
「こだわるねぇ~七瀬は。いいよ!フリーで!じゃあ~橘は、ブレかバックどっちかで~…そうすると~あと一人は」
遙の言葉に凛は気にすることなく考えを巡らす。
それに対して遙がキレる。
「フリーしか泳がないって言ってるのに、勝手にリレーの話進めるなよ!」
「だーから七瀬はフリーでいいって言ってるだろ!」
そう叫ぶように言った凜の声は大きく、教室中の視線が凜へと集まった。その視線に凜はそれに気づくとアタフタと慌てた。
「フリーに、えっと、だから…花壇のレンガにさ!みんなで好きなメッセージを書こおって話!自由に!フリーに!」
苦し紛れの凛の言葉。だが、その案に皆賛同した。えへへと照れ臭そうに笑う凛。そして座った凛に蒼は小さく声をかけた。
「授業中に大きな声はダメだよ」
「いやぁ…ついな」
「あはは!!ハルを落とすの大変だから頑張ってね」
高笑いした蒼の言った通り、凛の勧誘は空振り。その中で渚がメドレーリレーに興味を見せる。
そして未だに遙を勧誘できないと嘆く凛。スイミングクラブの帰りに真琴と蒼を伴って鳥居前の階段に座っていた。
空が夕日色に染まる中…凛が思わず心の声を漏らす。
「七瀬ってさ、なんであんなフリーにこだわるんだろ。フリーしか泳がない、とか言って」
そう言い、凜はそばにあった空き缶へと小石を投げる。
「ハルは別に、フリーが好きってわけじゃないと思う」
「じゃあ何で」
凛の疑問が膨らむ中、蒼と真琴が顔を見合し小さく微笑んだ。
「水の中に居ることがね一番自然なんだよ。だから、フリー!」
遙と同じように水が大好きな蒼が満面の笑みを浮かべて凛を見た。
「わっけわかんねぇ」
一言そういうと凛は立ち上がり小石を勢いよく投げた。
「あ~あ…七瀬リレー泳いでくれないかなぁ~」
そう嘆く凜に、真琴がふと思ったことを投げかける。
「でもさ、松岡くんの方もどうしてそんなにリレーにこだわるの?」
「あ…それ私も思った」
「ん、おれ?」
凜は真琴と蒼の方へと振り返る。
「おれは……
まぁ!色々あるんだよ!」
一瞬目を伏せた後、はぐらかすかのように笑みを溢す凛。真琴と蒼はそんな彼にこれ以上追及する気は起きなかった。
そして月日は経つ…
授業で言っていた花壇が完成した場所で、凛はその木を見上げた。
「おれ、こっちの中学行かないから。オーストラリアに行くんだ。水泳の勉強しに行く」
「お前…何がしたいんだ」
遙のその言葉に、凜はまっすぐに答える。
「オリンピックの選手になる!」
そう言い切った凛の瞳はまっすぐだった。その言葉に遙は俯き黙ったまま。代わりに真琴が声をあげた。
「どうして黙ってたのさ!リレーはどうするの?」
「リレーには出るさ!出発は大会の翌日だ。だから、4人で泳ぐのはそれで最後になる」
「俺はフリーしか泳がない」
「リレーじゃなきゃダメなんだ!これが最後だ…一緒に泳ごう!七瀬!もし一緒に泳いでくれたら…」
そのあまりにも真剣な声に遙は顔を上げる。そして視線を移動した遙の目に凛が映る。
「見たことのない景色…見せてやる…」
その言葉に心動かされたのは遙だけではなかった。
「ねぇ?ハル…私見てみたいなぁ」
「…蒼」
「ハルと真琴と凛…そしてナギちゃん
この4人がリレーする姿を」
菫色の瞳が戸惑う遙を映す。そんな彼を見て蒼は小さく笑った。
「この際だから…私も言っとくね。
私は中学になったらアメリカに行く」
今まで言い出せなかったその一言を蒼は言い放つ。その言葉に真琴と遙だけではなく凛も驚きの表情を見せた。
「え…ウソ」
「ホントだよ。今まで言い出せなくて」
真琴の言葉に蒼は寂し気に小さく微笑んだ。
「蒼も目指してるのか?オリンピック」
「まさか!!凛みたいに大層な夢はないよ」
高笑いする蒼に遙は小さく疑問を口に出す。
「じゃなんで…」
「きっかけは両親の仕事の都合なんだけど…
試したいって思ったんだ。どこまで自分が成長できるか」
残ろうと思えば岩鳶に留まる選択もあった。でも蒼はあえて選択しなかった。何時までも二人と一緒という訳には行かないから。自らの足で歩いてみたいと思ったのだ。
「ね!だから見せてよ…見たことない景色をさ」
そして二人の衝撃的な言葉を聞いてから遂に小学校最後の試合を迎えた。
「いよいよ決勝だ!!
みんなありがとう。俺のわがままに付き合ってくれて!」
ロッカールームで凛はメンバー一人一人の顔を見渡した。
「別に付き合ってるわけじゃないよ。みんな、ここに居たいから居るんだよ」
「そうだよな…そうだったよな!」
真琴の言葉に凛は己自身に確認するように小さく呟いた。
「みんな…そろそろ」
決勝を知らせに蒼が顔を覗かす。それを見て凛は、蒼を手招きする。不思議そうに真琴の隣に蒼が立ったのを確認すると凛は口を開いた。
「ずっと迷ってたけど…次のレース、勝っても負けても最後だから、その前にやっぱり言っとくな」
そして凛は思いの内を語りだす。
「俺のおやじは、岩鳶スイミングクラブの一期生だったんだ。小学6年生の時に、メドレーリレーで優勝したらしい。
おやじの夢は、オリンピックの選手になること。
だけど結局、おやじは漁師になって、船の事故で死んじまった。俺はオーストラリアに行くことを決めた。
でもその前に、おやじと同じスイミングクラブに入って、メドレーリレーで優勝できたら…おやじと同じ夢、見られるかもしれないって思ったんだ。おやじのチームがどんなだったか、俺は知らない。けど、きっと最高のチームだったんだと思う。
俺もお前らと最高のチームになりたい!
自分勝手な話かもしれないけど!
俺は、おまえらと本当の…最っ高のチームになりたいんだ!!」
その凛の宣言通りに彼らは決勝で最高のリレーを果たすのだった。
「俺たちはメドレーリレーで優勝し、凜はオーストラリアに旅立っていった。見たことのない景色、見せてやる。凜はそう言った。あの決勝で、俺は本当に何かが見えた気がしたんだ」
「僕も見えた気がしたよ。見たことのない景色」
「うん、そうだね」
「私も…観客席から見えたよ」
遙の言葉に渚と真琴と蒼が賛同するように微笑む。
その中、怜だけは納得できないと口を開く。
「だったら何故…
そんな素晴らしいリレーを泳いで、しかも優勝までして…
何故今はこんな関係になってしまったんです」
その問いに答えようと遙が再び話し出す。
「中学一年の冬休み…帰省してた凜と、バッタリあったんだ」
それはホントに偶然の出来事。
たまたま一人で踏切が通過しているのを待っている時、反対側に同じように待つ凛の姿を遙は見たのだ。互いに姿を捉えると驚きの表情を浮かべた彼らは、電車が過ぎ去った踏切で再会したのだ。
「帰ってたのか」
「まぁな」
「連絡位しろよ」
「いや…なんか…照れくさいっていうかさ!元気にしてたか?水泳は?」
「あぁ、中学で水泳部に入った。真琴も一緒だ。結構学校のプールが大きくて…」
遙の言葉を遮るように凛が言葉を重ねた。そんな彼は真剣そうに遙を見ていた。
「なぁ、ハル」
「ん?」
「ひっさしぶりに泳いでみないか?」
「どっちが速いか…」
そして二人の足は岩鳶SCに向いた。
「おう!凜じゃねぇか!帰ってたのか!」
「うん!あのさ…ちょっと泳ぎたいんだけど…」
「いいぜ!いまなら貸し切りだぁ!」
笹部の許可を取り二人は対決した。
そして結果は遙の勝ち。
凛はこの結果にぺたりと座り込み涙を流した。
「まてよ凜!!どうしたんだ!?今日のお前、何か…おかしい」
遙は帰り際に凛の様子がおかしいと手を伸ばす。だが、凛はその手を払いのけた。
「やめる…」
「は…?」
「俺はもう…水泳やめる…」
そう言い残し凛はそのまま行ってしまった。
「それ、僕も知らなかったよ」
遙の話が終わると渚が驚きの声をあげた。
「あの時は…みんなには言えなかった」
「だからハルちゃん、中学で水泳部やめちゃったんだね」
「凜を傷つけたことに罪悪感を感じて、ハルは競泳をやめた」
「だったら!この前の勝負でもう全て終わりじゃないですか!
遙先輩は自由になれた!これからは、好きに泳げばいい!
なのに何故また…負けた事で悩んだり、むこうはむこうで!今度はリレーで勝負を挑んできたり!意味がわかりません!!」
遙の話に納得ができなく少し感情が高ぶる怜。
だが、それも遙かを思ってこそだからこそ皆何も言うことができない。
その中、遙が小さく彼を見て微笑む。
「それは俺にもわからない。だけど…今はなぜか、また凜と勝負できることが楽しみなんだ」
「ごめんね…いつもおくってもらっちゃって…」
「アオちゃん一人にするとなにしでかすかわかんないからね」
「ちょっと…私の扱い!!」
「ごめんってば」
電車組の渚と怜と別れ、いつも通りに一人蒼を返すわけにはいかず、遙と別れた真琴は蒼の隣を歩いていた。
クスクスと蒼を笑っていた真琴だがふと気になることがあり蒼に尋ねた。
「アオちゃんは知ってたの?」
「え…あぁ…ハルと凛が対決した話?」
「そう。だってアオちゃん驚いてなかったからさ」
一体いつ聞いたのだろうか?
真琴がこの話を聞いたのは遙からでも凛からでもない。コーチの笹部からたまたま聞いていたのだ。
「県大会でハルを探しに行ったときにね…」
「そっか…」
何故かわかっていたことなのに真琴は複雑な心境に。
ずっと一緒にいたからわかる。一番大切なことはどうしてか遙はだいたい蒼に聞いてもらっていた。
わかっている。二人は水の中にいるのが好きだからこそ、何かしら互いにわかりきっている側面を持つ。
それが真琴は悔しかった。
「真琴…」
「なに?アオちゃん?」
「不安になんなくても真琴だって必要なんだからね。ハルも...もちろん私も」
まっすぐな瞳に真琴はバレバレかと小さく笑った。
「アオちゃんはなんでもお見通しだね」
「ふふん!!幼馴染を舐めないでよね!」
「…あはは。そうだね」
得意げに鼻を鳴らす蒼。
だがいつまでも彼女とこのような関係でいるわけにはいかない真琴にとってはその言葉は酷く心の奥に突き刺さる。
でも今の関係を壊したくない真琴はどうしても一歩前に踏み出すことはできなかった。
「どうしたの??レイちゃん??」
不思議そうに蒼が尋ねる。すると怜は今まで抱いていた疑問を吐き出すように口を開いた。
「一体…何があったんですか。5人の間に……」
「凜ちゃんの事?」
「写真…みんなあんなに仲良く、楽しそうにうつっていたのに…」
「それは……」
怜の言葉に真琴は言いよどむ。蒼も渚も寂し気な表情を見せるなか遙がまっすぐ怜を見て口を開く。
「怜。今さらこんな話をしても意味なんかないかもしれない。
でも……お前が聞きたいなら全部話す。俺たちのこと」
「聞かせてください。僕だけ蚊帳の外なんてまっぴらだ!!
僕だって、仲間なんですから!!!」
そのまっすぐな言葉。怜が抱いていた思いに真琴と渚は胸を打たれた。事情を何となく知っていた蒼は小さく微笑む。
そして遙はその言葉に小さく頷くと話始めるのだった。
「凜は…転校してきた時から、妙にリレーにこだわるヤツだった。何故そこまでこだわるのか、俺達がその理由を聞いたのは、決勝の直前だった」
凛と知り合ったのは小6の終わりのころ。
何故か奇妙な時期に突然転校してきた凛。教室で自己紹介した時に思わず遙と真琴と蒼は呆気にとられた。
なぜ彼がここにいるのかと…
そして岩鳶に転校してきたということは通うクラブが変わるのも必然で、凛は岩鳶SCに入ってきた。
「いやぁ…偶然って重なるよね。転校してきたらスイミングクラブまで一緒だったなんて」
「うん。ビックリしたよ」
「ホントだよね…ハル」
腕を組みうんうんとうなずく凛に真琴と蒼が反応を見せる。そして蒼が話を振ろうとした相手は何も言うことなく水面に飛び込んでいってしまった。
あーぁと思い凛の方を振り向くと蒼の目に映ったのは目を輝かせる凛の姿だった。その瞬間、蒼は感じてしまった。彼も遙の泳ぎに魅せられたのだと。
そして凛は異様にしつこく遙をリレーに誘い出した。
それは授業中も続いた。
「どんな花壇にするか、どんな花を植えるのか、各班で相談して、一枚絵を描いてください」
みんながどうするか話し合うなか、凜は遥へヒソヒソと声をかけた。
「なな!七瀬!考えなおしてくれた?」
「何を」
「メドレーリレーの事に決まってんじゃん~。今度の大会、俺と一緒に出ないかって事!」
「俺はフリーしか泳がないって言っただろ」
「こだわるねぇ~七瀬は。いいよ!フリーで!じゃあ~橘は、ブレかバックどっちかで~…そうすると~あと一人は」
遙の言葉に凛は気にすることなく考えを巡らす。
それに対して遙がキレる。
「フリーしか泳がないって言ってるのに、勝手にリレーの話進めるなよ!」
「だーから七瀬はフリーでいいって言ってるだろ!」
そう叫ぶように言った凜の声は大きく、教室中の視線が凜へと集まった。その視線に凜はそれに気づくとアタフタと慌てた。
「フリーに、えっと、だから…花壇のレンガにさ!みんなで好きなメッセージを書こおって話!自由に!フリーに!」
苦し紛れの凛の言葉。だが、その案に皆賛同した。えへへと照れ臭そうに笑う凛。そして座った凛に蒼は小さく声をかけた。
「授業中に大きな声はダメだよ」
「いやぁ…ついな」
「あはは!!ハルを落とすの大変だから頑張ってね」
高笑いした蒼の言った通り、凛の勧誘は空振り。その中で渚がメドレーリレーに興味を見せる。
そして未だに遙を勧誘できないと嘆く凛。スイミングクラブの帰りに真琴と蒼を伴って鳥居前の階段に座っていた。
空が夕日色に染まる中…凛が思わず心の声を漏らす。
「七瀬ってさ、なんであんなフリーにこだわるんだろ。フリーしか泳がない、とか言って」
そう言い、凜はそばにあった空き缶へと小石を投げる。
「ハルは別に、フリーが好きってわけじゃないと思う」
「じゃあ何で」
凛の疑問が膨らむ中、蒼と真琴が顔を見合し小さく微笑んだ。
「水の中に居ることがね一番自然なんだよ。だから、フリー!」
遙と同じように水が大好きな蒼が満面の笑みを浮かべて凛を見た。
「わっけわかんねぇ」
一言そういうと凛は立ち上がり小石を勢いよく投げた。
「あ~あ…七瀬リレー泳いでくれないかなぁ~」
そう嘆く凜に、真琴がふと思ったことを投げかける。
「でもさ、松岡くんの方もどうしてそんなにリレーにこだわるの?」
「あ…それ私も思った」
「ん、おれ?」
凜は真琴と蒼の方へと振り返る。
「おれは……
まぁ!色々あるんだよ!」
一瞬目を伏せた後、はぐらかすかのように笑みを溢す凛。真琴と蒼はそんな彼にこれ以上追及する気は起きなかった。
そして月日は経つ…
授業で言っていた花壇が完成した場所で、凛はその木を見上げた。
「おれ、こっちの中学行かないから。オーストラリアに行くんだ。水泳の勉強しに行く」
「お前…何がしたいんだ」
遙のその言葉に、凜はまっすぐに答える。
「オリンピックの選手になる!」
そう言い切った凛の瞳はまっすぐだった。その言葉に遙は俯き黙ったまま。代わりに真琴が声をあげた。
「どうして黙ってたのさ!リレーはどうするの?」
「リレーには出るさ!出発は大会の翌日だ。だから、4人で泳ぐのはそれで最後になる」
「俺はフリーしか泳がない」
「リレーじゃなきゃダメなんだ!これが最後だ…一緒に泳ごう!七瀬!もし一緒に泳いでくれたら…」
そのあまりにも真剣な声に遙は顔を上げる。そして視線を移動した遙の目に凛が映る。
「見たことのない景色…見せてやる…」
その言葉に心動かされたのは遙だけではなかった。
「ねぇ?ハル…私見てみたいなぁ」
「…蒼」
「ハルと真琴と凛…そしてナギちゃん
この4人がリレーする姿を」
菫色の瞳が戸惑う遙を映す。そんな彼を見て蒼は小さく笑った。
「この際だから…私も言っとくね。
私は中学になったらアメリカに行く」
今まで言い出せなかったその一言を蒼は言い放つ。その言葉に真琴と遙だけではなく凛も驚きの表情を見せた。
「え…ウソ」
「ホントだよ。今まで言い出せなくて」
真琴の言葉に蒼は寂し気に小さく微笑んだ。
「蒼も目指してるのか?オリンピック」
「まさか!!凛みたいに大層な夢はないよ」
高笑いする蒼に遙は小さく疑問を口に出す。
「じゃなんで…」
「きっかけは両親の仕事の都合なんだけど…
試したいって思ったんだ。どこまで自分が成長できるか」
残ろうと思えば岩鳶に留まる選択もあった。でも蒼はあえて選択しなかった。何時までも二人と一緒という訳には行かないから。自らの足で歩いてみたいと思ったのだ。
「ね!だから見せてよ…見たことない景色をさ」
そして二人の衝撃的な言葉を聞いてから遂に小学校最後の試合を迎えた。
「いよいよ決勝だ!!
みんなありがとう。俺のわがままに付き合ってくれて!」
ロッカールームで凛はメンバー一人一人の顔を見渡した。
「別に付き合ってるわけじゃないよ。みんな、ここに居たいから居るんだよ」
「そうだよな…そうだったよな!」
真琴の言葉に凛は己自身に確認するように小さく呟いた。
「みんな…そろそろ」
決勝を知らせに蒼が顔を覗かす。それを見て凛は、蒼を手招きする。不思議そうに真琴の隣に蒼が立ったのを確認すると凛は口を開いた。
「ずっと迷ってたけど…次のレース、勝っても負けても最後だから、その前にやっぱり言っとくな」
そして凛は思いの内を語りだす。
「俺のおやじは、岩鳶スイミングクラブの一期生だったんだ。小学6年生の時に、メドレーリレーで優勝したらしい。
おやじの夢は、オリンピックの選手になること。
だけど結局、おやじは漁師になって、船の事故で死んじまった。俺はオーストラリアに行くことを決めた。
でもその前に、おやじと同じスイミングクラブに入って、メドレーリレーで優勝できたら…おやじと同じ夢、見られるかもしれないって思ったんだ。おやじのチームがどんなだったか、俺は知らない。けど、きっと最高のチームだったんだと思う。
俺もお前らと最高のチームになりたい!
自分勝手な話かもしれないけど!
俺は、おまえらと本当の…最っ高のチームになりたいんだ!!」
その凛の宣言通りに彼らは決勝で最高のリレーを果たすのだった。
「俺たちはメドレーリレーで優勝し、凜はオーストラリアに旅立っていった。見たことのない景色、見せてやる。凜はそう言った。あの決勝で、俺は本当に何かが見えた気がしたんだ」
「僕も見えた気がしたよ。見たことのない景色」
「うん、そうだね」
「私も…観客席から見えたよ」
遙の言葉に渚と真琴と蒼が賛同するように微笑む。
その中、怜だけは納得できないと口を開く。
「だったら何故…
そんな素晴らしいリレーを泳いで、しかも優勝までして…
何故今はこんな関係になってしまったんです」
その問いに答えようと遙が再び話し出す。
「中学一年の冬休み…帰省してた凜と、バッタリあったんだ」
それはホントに偶然の出来事。
たまたま一人で踏切が通過しているのを待っている時、反対側に同じように待つ凛の姿を遙は見たのだ。互いに姿を捉えると驚きの表情を浮かべた彼らは、電車が過ぎ去った踏切で再会したのだ。
「帰ってたのか」
「まぁな」
「連絡位しろよ」
「いや…なんか…照れくさいっていうかさ!元気にしてたか?水泳は?」
「あぁ、中学で水泳部に入った。真琴も一緒だ。結構学校のプールが大きくて…」
遙の言葉を遮るように凛が言葉を重ねた。そんな彼は真剣そうに遙を見ていた。
「なぁ、ハル」
「ん?」
「ひっさしぶりに泳いでみないか?」
「どっちが速いか…」
そして二人の足は岩鳶SCに向いた。
「おう!凜じゃねぇか!帰ってたのか!」
「うん!あのさ…ちょっと泳ぎたいんだけど…」
「いいぜ!いまなら貸し切りだぁ!」
笹部の許可を取り二人は対決した。
そして結果は遙の勝ち。
凛はこの結果にぺたりと座り込み涙を流した。
「まてよ凜!!どうしたんだ!?今日のお前、何か…おかしい」
遙は帰り際に凛の様子がおかしいと手を伸ばす。だが、凛はその手を払いのけた。
「やめる…」
「は…?」
「俺はもう…水泳やめる…」
そう言い残し凛はそのまま行ってしまった。
「それ、僕も知らなかったよ」
遙の話が終わると渚が驚きの声をあげた。
「あの時は…みんなには言えなかった」
「だからハルちゃん、中学で水泳部やめちゃったんだね」
「凜を傷つけたことに罪悪感を感じて、ハルは競泳をやめた」
「だったら!この前の勝負でもう全て終わりじゃないですか!
遙先輩は自由になれた!これからは、好きに泳げばいい!
なのに何故また…負けた事で悩んだり、むこうはむこうで!今度はリレーで勝負を挑んできたり!意味がわかりません!!」
遙の話に納得ができなく少し感情が高ぶる怜。
だが、それも遙かを思ってこそだからこそ皆何も言うことができない。
その中、遙が小さく彼を見て微笑む。
「それは俺にもわからない。だけど…今はなぜか、また凜と勝負できることが楽しみなんだ」
「ごめんね…いつもおくってもらっちゃって…」
「アオちゃん一人にするとなにしでかすかわかんないからね」
「ちょっと…私の扱い!!」
「ごめんってば」
電車組の渚と怜と別れ、いつも通りに一人蒼を返すわけにはいかず、遙と別れた真琴は蒼の隣を歩いていた。
クスクスと蒼を笑っていた真琴だがふと気になることがあり蒼に尋ねた。
「アオちゃんは知ってたの?」
「え…あぁ…ハルと凛が対決した話?」
「そう。だってアオちゃん驚いてなかったからさ」
一体いつ聞いたのだろうか?
真琴がこの話を聞いたのは遙からでも凛からでもない。コーチの笹部からたまたま聞いていたのだ。
「県大会でハルを探しに行ったときにね…」
「そっか…」
何故かわかっていたことなのに真琴は複雑な心境に。
ずっと一緒にいたからわかる。一番大切なことはどうしてか遙はだいたい蒼に聞いてもらっていた。
わかっている。二人は水の中にいるのが好きだからこそ、何かしら互いにわかりきっている側面を持つ。
それが真琴は悔しかった。
「真琴…」
「なに?アオちゃん?」
「不安になんなくても真琴だって必要なんだからね。ハルも...もちろん私も」
まっすぐな瞳に真琴はバレバレかと小さく笑った。
「アオちゃんはなんでもお見通しだね」
「ふふん!!幼馴染を舐めないでよね!」
「…あはは。そうだね」
得意げに鼻を鳴らす蒼。
だがいつまでも彼女とこのような関係でいるわけにはいかない真琴にとってはその言葉は酷く心の奥に突き刺さる。
でも今の関係を壊したくない真琴はどうしても一歩前に踏み出すことはできなかった。