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「おー!いたいた!わりぃ、遅刻しちまった!」
どんよりとした空気が流れる。誰も一言も発する事なく皆次々に行われるレースをボーッと見ている中、一際元気な声がきこえてくる。
「笹部コーチ…」
「何してたの?おそいよごろちゃん!」
「遙先輩のフリーはもう終わりましたよ」
渚から非難を受けた後、怜から一言事実を言われた笹部はあちゃあ…と声を漏らした。
「予選見られなかったか。でもまぁ、決勝が見られればいいかぁ」
「決勝はありません」
「え?」
真琴の聞き捨てならない言葉に笹部は思わず聞き返した。真琴の言葉は笹部にとっても信じられない事だったのだ。
「ハルは…予選で……」
「負けたのか!?」
一方、遙はシャワーを浴びていた。
勝ち負けなんてどうでもよかったはずだ…
あいつと…
あいつと戦えば自由になれるはずじゃなかったのか
俺は…
脳裏でループする先ほどの凛との試合風景。遙はわからなくなった。なぜ自分は泳いでいるのか。
「どうした?」
腕時計をチラチラと見ていた怜がキョロキョロと辺りを見渡した。それを見た真琴が彼に声をかけた。
「遙先輩、戻ってきませんね」
「っ…そうだな」
怜の言葉に真琴は彼から目を逸らし俯く。
「シャワー浴びてるんじゃないかな?」
渚がそう言うものの怜はもう我慢の限界だった。
「それにしては時間がかかりすぎのような…僕、ちょっと見てきます!」
「レイちゃん!!」
「怜!待て!」
立ち上がった怜を止めようとずっと俯いていた蒼や真琴が動き出す。そんな彼らを追いかけようと渚も立ち上がった。
「あ、ちょっとアオちゃん!?マコちゃん!?怜ちゃん!!」
「待てってば!怜!!」
後方に消えていき、彼らの声も小さくなっていく中、江は後ろを浮かない顔をして振り向きすぐに前に視線を戻した。そんな彼女に天方は優しく語りかけた。
「仕方ないわ、そういう世界なのよ」
「違うんです。私見たかったんです。お兄ちゃんと遙先輩が一緒に泳ぐ所…
でも、何か違う気がして」
昔みたいに遙と凛が一緒に泳げば凛が戻ると思った。なのに実際に泳いだ結果がこれ。こんな光景を江が見たかったわけではない。片方が勝って喜びもう片方が負けて俯く姿じゃない。ただ昔のメドレーリレーのように肩を組んで笑顔を浮かべる両者の姿を江は見たかったのだ。
だが、この違和感をどう言葉に表していいか江にはわからなかった。
怜を追いかけた蒼たちはやっと怜を摑まえる。
「待て怜!」
真琴が怜の腕を掴んで引き留めた。
「何故止めるんですか!」
「いや…だから!」
怜の勢いに言いよどむ真琴。
対して、渚と蒼は周りが見えてない怜を落ち着かせようと声をかける。
「怜ちゃん落ち着いて!」
「そうだよ!!一旦落ち着こう!!ねぇ…」
「遙先輩が心配じゃないんですか!?」
そう言う怜の後方からカツカツと近づいてくる足音。そして奥から姿を現したのは凛だった。
「凛……」
「凜ちゃん!」
蒼と渚が凛の名を呼ぶ。自分の名を呼ぶ声が聞こえた凛は下を向いていた顔を上げた。
「お前ら……」
顔を上げた凛の目に映った姿に目を見開いた。
なぜこいつらがここにいるか最初わからなかったからだ。だが、数秒後ようやく凛は理解する。
「そういや、お前らも泳ぐんだったな。」
そっぽ向く凛に渚が問を投げかける。
「ねぇ凜ちゃん!ハルちゃん見なかったかな?」
「ハル!?」
「ハルちゃん…戻ってこなくて…」
心配そうに呟く渚。
最初は呆気にとられる凛だったが、言葉の持つ意味を理解した凛は小さく笑った。
「それ程オレに負けたのがショックだったのか。勝ち負けにはこだわらねぇ、タイムなんて興味ねぇとか言ってたクセに」
「勝ち負けじゃない、何か別の理由があったんじゃ」
怜はそう思わなかっった。遙には凛と泳ぐ別の意味合いを持っていたのではないかと感じていたのだ。
だが、彼の意見を凛は払いのけた。
「あぁん?水泳に勝ち負け以外何があんだ!!」
怒鳴り散らす凛。
そんな彼をジッと見ていた真琴がゆっくりと口を開いた。
「あるよ。少なくとも、ハルはあると思ってた。だから凜との勝負に挑んだ。でも、それを最初に教えてくれたのは凜、お前だろ
小学校の時のあのリレー。あの時にお前が…」
「知るかよ!!!」
真琴の言葉を遮るように凛が声をあげた。そんな彼を見た真琴たちの瞳は揺らいだ。
「とにかく俺はハルに勝った!それだけだ」
そう言い残しその場を去ろうとする凛だが、袖を引っ張られて後ろを振り向く羽目に。一体誰だと訝し気に凛が見る。袖を引っ張るのはずっと行方を見守っていた蒼だった。
「それだけ??何言ってるの??凛…」
「なんだ…蒼。俺が言ってること間違ってるって言うのかよ!!」
怒鳴り散らす凛に蒼はゆっくりと首を振った。
「競泳の世界では勝ち負けは大切なものの一つだと思う。そう言っている選手もいる」
「そうだろ??」
「でも!!」
蒼は袖を掴む力を強めて強い口調で声をあげる。
「少なくても、凛は違かった。
凛…変わっちゃったね」
蒼の落胆の声と共に彼女は力強く握っていた袖をそっと離した。俯く蒼を少し見ていた凛。だが、すぐに踵を返すのだった。
「リレーって…真琴先輩達は昔、あの人と一緒に…リレーを泳いだんですか?」
凛が立ち去る背中を見つめ怜が疑問に思ったことをポツリと呟いた。
「言ってなかったっけ?」
「色々あったとしか聞いてませんよ!そんな仲だったんなら何故」
「まぁまぁ!怜ちゃん落ち着いて!それよりハルちゃんを探さなきゃ」
訳を聞こうと詰め寄る怜を渚がなだめる。そんな二人を見ていた真琴が小さく呟いた。
「いや、今はそっとしとこう。」
「え?大丈夫かなぁ」
不安そうな渚。声に出さないものの怜も不安げに俯いていた。そんな二人を見て蒼がようやく決意する。
「二人が心配なら私が探してくるよ」
蒼の言葉に三人が目を見開いた。
「え…でもアオちゃん…」
「私は予選の試合終わったし、それに…」
「それに!?」
「私が行くのが適任だと思うから。
ほら!!ハルは私に任して、三人は試合に集中して」
蒼のまっすぐな瞳が真琴を見る。彼女の目を見て真琴は大きく頷いた。
「蒼の言う通りだ。
もうすぐ俺たちの試合が始まる。今は、自分にできる事を精一杯やろう」
「うん!」
「はい!」
*
「遙と蒼はどうしたんだ?」
プログラムは進んでいきプールではバックの競技が行われていた。未だに戻ってこない遙。そして蒼も未だに姿が見えず笹部はたまらず行方を知っていそうな彼らに疑問を投げかけた。
「あぁ…ちょっと見つからなくて…」
いつになく怜が歯切れ悪く答える。いつも真っ先に答えるはずの渚はずっと俯いたままだった。
「まったく、何やってやがるんだ!もうすぐ真琴が泳ぐってのに!」
「やっぱり呼んでくる!!僕たちが泳ぐ所、ハルちゃんとアオちゃんにも見ててほしいから!!」
溜めていた感情を爆発させるかのように渚は思い切り立ち上がる。そして二人を探しに怜の呼ぶ声に気を留めず駆け出すのだった。
一方、遙はとあるベンチに腰掛け壁に寄りかかり天井を見上げていた。ポツリポツリと言葉にならない感情をゆっくりと吐き出す遙の隣で蒼はジッと相槌を打ちつつ聞いていたのだ。
「俺はなんのために泳ぐんだろう…」
「ハル…」
「なぁ…蒼はなんのために泳ぐんだ?」
不安そうに遙の瞳が揺らぐ。蒼から見て今の遙は答えを必死に探す迷い猫に見えた。
どう返そうかと言葉を探す蒼。
そんな中、静寂を打ち破るように渚の声が響き渡るのだった。
「ハルちゃん!!アオちゃん!!ここにいた!!」
沢山走り回ったのか渚はハァハァと息を整える。
「ナギちゃん!?」
「マコちゃんの試合が始まっちゃうよ!!」
渚の言葉で慌てて蒼が腕時計を見る。すると渚の言った通り真琴の試合の時刻が近づいていたのだ。
「はやくいこ!!」
「俺はいい」
そう言いそっぽ向く遙。そんな彼の手を二人の手が同時に掴むのだった。
「「よくない!!」」
二人は遙を無理やり立たせ駆け出した。
そして客席に戻る三人。すると既に試合は始まっていて、笹部中心に声援が響いていた。
「いっけーいけいけ真琴!!
おっせーおせおせ真琴!!」
懸命に泳ぐ真琴。その姿を遙は追っていく。その遙の姿を見てニコリと笑った渚が声援の輪に加わる。
「ラストラストラスト!!!」
だが、真琴もコンマ何秒の差で組の中で2位。
「あぁ!マコちゃん惜しい!入賞タイムにギリギリ届かない」
「あともうちょっとで決勝に行けたのに!」
皆結果に落胆する。が、この結果を受けて渚が意気込む。
「よーし!次は僕の番!!」
そんな渚に皆から激励が飛ぶ。
一方プールから出た真琴は肩を落としながらもふと客席を見る。そこにはまっすぐ真琴を見る遙と蒼がいた。真琴が見ているのがわかったのか遙は視線を逸らし、蒼は手を大きく振った。
そんな二人の姿に真琴は目を細め小さく微笑むのだった。
そして渚の出るブレの種目の時間がやってくる
「いっけ!!いけいけ渚!!
おっせ!!おせおせ渚!!」
渚の泳ぐ姿を追っていく遙の瞳。同じく蒼も追っていた。そして蒼はその視線を外すことなく遙に聞こえるように呟き始めた。
「ねぇ…ハル」
蒼に呼びかけられたことで遙が蒼の方を向く。
「私もね泳ぐ理由見つからないんだ。でも…」
「でも??」
「遙や真琴…そしてナギちゃんやレイちゃん。
皆と泳ぐのが今はすごく楽しい。だからさ…」
一回間をとった蒼は遙の方に視線を向けた。
「私と一緒に探そ…
皆と一緒に泳げば見つかる気がするんだ。泳ぐ理由…」
目を細め笑う蒼を、遙は目を大きく広げ凝視するのだった。
「くうぅう!ダメだった!!」
落ち込む渚に笹部と江が労いの言葉をかける。
「惜しかったな」
「でも最後の追い上げすごかったよ!」
そんな中、怜が腰を上げる。
「いよいよ僕の出番ですね」
「レイちゃん大丈夫?」
「まかせて下さい。こう見えて本番には強いですから」
そう意気込んで行った怜だったのだが、飛び込んだ勢いでゴーグルはズレる。それでも懸命に最後まで怜は泳ぎ切る。
その姿はきちんと遙の脳裏に焼き付くのだった。