襲い掛かる魔の手
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ポツリポツリ
空を見上げるとどんよりとした雲。憂鬱になりそうな分厚い雲が地上に降らし始めたのは冷たい雨粒。
もちろん、傘を持ち合わせていない一行は雨宿りをしようと先を急ぐのだった。
彼らが現在いるのは、水の部族領。
水の部族領は、高華国随一の美しい地として知られており、その言葉どおり豊富な緑と水に囲まれた自然豊かな場所で観光地として栄えていた。そして、住まう人々はたゆたう水の如く穏やかで争いを好まないといわれている。
はずなのだが、ルイは港町である四泉に足を踏み入れた途端、顔を少し歪ませた。この町が纏うのは不穏な空気。水の部族という名の通り、澄みきった綺麗な風が吹いていると思いきや、ルイが感じたのは全く逆のもの。それと共に鼻腔を燻ぶるのは阿波の街で嫌なほど嗅いだあるものの匂いだった。
濁り汚れきった風を身に受けてルイはこの街には阿波の街以上の深い闇がある気がしてならなかった。
「お泊りかい?」
「八名一泊で一番安い部屋ね」
「…ふむ、空いてるよ。一人六百リンだ。」
「ありがとう」
雨足が強くなり始めた頃、ようやく一行は一軒の宿を見つけた。一同は泊れる値段の宿を見つけたことにホッと息をつきながら宿の中に上がる。対して、1人神妙な面持ちを浮かべていたルイはクルリと踵を返して雨降り注ぐ四泉の街に繰り出すのだった。
「緑豊かな水の部族の地…
残念
楽しみにしてたのに雨で何も見えないなんて」
部屋に入ったヨナは窓辺に両手をつき外の景色を残念そうに眺めた。
「雨に濡れた水の地もなかなか風流で美しいじゃないか」
「四泉
ここは水の部族領でも有数の港町だな」
「うん
市場の後少し話を聞いたんだけど、水の部族領の沿岸部が近頃治安が悪いらしいんだ」
各々びしょぬれの状態に対して服を脱ぎ変えたり、髪をタオルで拭いたりしていく。濡れたものを絞りテキパキと乾かしていくユンが、そういえばと市場で聞いた話を皆に話した。
「水の部族は温和な人柄だと聞いたわ
治安が悪い心象無いけど」
「港町は余所者の出入りが多いからね
多少の揉め事はよくある事さ」
外を眺めていたヨナは不思議そうに振り返り疑問を口にする。それに対して、ジェハが淡々とした様子で答えた。長年港街にいた彼の言葉には信憑性があり、その言葉に場は静寂化した。その中、ユンはとあることに気づきビクッと片眉を動かした。
「何にしろこの雨だ
しばらく動けないから休養を取ろうって…
1人いつの間に姿が見えないんだけど」
その言葉でようやくこの場に一同はルイがいないことに気づくのだった。
「あら?ホントだわ」
「たくっ…
おい保護者、ちゃんと見張っとけよ」
「はぁぁ…僕、保護者じゃないんだけど」
毎度懲りることがないルイの1人行動に呆れつつ、ハク達の視線はジェハに集まった。その痛い視線に苦笑しながらジェハは溜息を溢した。その中で、ゼノが呑気な声を上げる。
「姉ちゃんなら外に出かけっていった」
「ちょっと!気づいたんなら止めてよ!ゼノ!!」
「ユンの言う通りだぞ、ゼノ!
ルイが危なっかしいのはそなたも知っているであろう?」
「まぁまぁ、そこまでゼノ君に詰め寄らなくても…」
陽気に笑うゼノに血相を変えて詰め寄るユンとキジャを宥めようとするジェハ。だが、逆にその行動が墓穴を掘り、ハクが呆れたように言葉を投げかける。
「てめぇーがそれを言うか?」
「でも珍しいわね
ジェハがルイから目を離すなんて」
ハクとヨナの言葉で再び矛先はジェハに向いた。その視線にジェハは困ったように目尻を下げた。
「流石に僕も、ルイの1人行動を抑えられないよ」
誰よりも気配を消すのが上手いルイに、一番お手上げの状態なのがジェハなのだ。その彼の一声に、ジェハの心情を察した一同はそれはそうだよなと話を切り上げるのだった。
「ところで、
私も濡れた服替えたいからちょっと出てって」
思い出したようにヨナが声を上げる。その一声にジェハ以外は素直に従いクルリと身体を反転する。唯一満面の笑みを浮かべて動かないのはジェハ。だが、きゅぅっと思い切り髪を引っ張られたことで上半身が後ろに傾く。それに反応してジェハは視線を少し後ろに向ける。すると、案の定己を引っ張るのはハクでジェハは内心小さな笑みを浮かべるのだった。
「ハク、着替え手伝ってきたら?」
「冗談でもやったら鉄拳が飛ぶぞ」
素直に部屋の外に引っ張りだされたジェハはハクの隣に立ち話しかける。が、ジェハの提案に当然ハクが乗るわけがなく彼は冷たくあしらった。
「へぇ、羨ましいな
ヨナちゃん、僕にはそういう事しないから…」
話の流れに身を任せていたジェハは自分の失言に気づき、やつれた表情で頭を抱えた。
「どした?」
「…いや」
そんな彼を訝し気に見つめながらハクが尋ねる。それにジェハは視線を逸らして、表情を悟らせないように努めた。そんな彼を不思議に思いながらもハクは深堀するのを早々に止めた。
「まぁ、お前の場合はルイの鉄拳が飛ぶだろ?
いや、その前に風で吹き飛ばされるか」
「…そうだね」
2人して思い出すのは温泉の時の一件。覗こうとした矢先に吹き飛ばされたことを思い出し、ジェハは蒼褪めた表情でこめかみを押さえた。
「あっそうだ、ハク」
が、こめかみに痛みを感じながらもジェハは今しがた思いついたようなノリでハクに話しかけた。
「どうせこのまま動けないんだしちょっと外に出ない?」
「どこに?」
嫌な予感しかしないハクは警戒心を露わにしながら尋ねる。が、そのハクの様子にジェハは動じる様子はなく、すぅっとハクに近寄りうっとりとした表情で彼の耳元に甘く誘うように囁くのだった。
花街♡
「水の部族といえば優雅で洗練された美女がいる事で有名なんだよ。
ルイほどの魅力的で美しい女性はいないだろうけど、せっかく来たのだから瑞々しい果実を堪能するのも大人のたしなみという…」
「行かね」
妄想を膨らましてウキウキとし始めるジェハ。が、ハクは軽蔑した眼差しで彼を見ながらバッサリと一蹴するのだった。
そんな彼の声にジェハはキョトンとする。そして数秒、彼を見つめたジェハは彼の肩に軽く手を置くとブンブンと首を横に振った。
「ハク…
君がヨナちゃんに一途な愛を注いでるのはよーく知ってるけどガマンのしすぎは不健康だよ」
「黙ってろ、その目もっとタレさせっぞ」
ジェハの言葉にイラっときたハクは額に青筋を浮かべて、己の拳を目の前のいけ好かない野郎にぶつけ、グリグリとめり込ませるのだった。
「だいたい何で俺だよ
龍仲間がいるだろ?」
「彼らは何か違う!!分かるだろう!?」
「わかるけど」
手を引っ込めて深いため息を溢したハクは、他の奴を誘えと脳裏に他の連中を思い浮かべる。が、それに形相を変えてジェハは異を唱えて同意を求めた。
その言葉にハクは人選をミスったと、思い浮かべたピュアな連中を脳裏からかき消した。
「ハクなら一緒に行っても楽しそうなのにな」
「どこに行くの?」
そうジェハが呟いた時、着替えが終わったヨナが部屋から顔を覗かせた。それに部屋に対して背を向けていた二人はクルリとヨナに振り返った。
「女の子のいる店」
「てめ…」
「…行ってらっしゃい」
ニコッと笑みを浮かべて肩を組むジェハの言葉にハクは彼を睨む。が、気になるのは目の前のヨナがどう思うか。穏やかでない心情でヨナが口にする言葉を待つ。そして想像通りヨナは自分を引き留めることはしなかったのだが、いつもあっさりと答えるのに今回は間を溜めてか細い声で答えた彼女にハクは違和感を抱いた。
「行きませんよ」
「そうなの?」
ハクのすぐさまの否定する言葉にホッと安堵するようにヨナは硬い表情を和らげた。それに気づいたのは黙って見守っていたジェハだけだった。二人の付け入る隙間がないやり取りにヤレヤレと肩を竦めたジェハはお邪魔ものは退散しようと踵を返した。
「じゃ、僕はルイを探すついでに一人で散歩してくるよ」
「ジェハ!気を付けてね!」
そのジェハの背を見つめていたヨナは思わず声をかけた。何故かわからないが、このまま彼が消えてしまいそうな気がしたのだ。そんなヨナの心情を知らないジェハは振り向いて彼女に甘く微笑むと雨の降る町へ繰り出すのだった。