戦の火種
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ルイ??」
「いや、なんでもない」
3人の後を追うルイは戦地から吹く風の色が変わったことに気づき思わず足を止める。それに不思議そうにシンアが足を止め名前を呼んだ。そんな彼にそこまで心配することではないと、吹きつける風を振り切るように小さくルイは首を横に振ると再度走り始めた。
ぴたっとドス黒い感情を乗せた風は吹き止んだ。それが意味するのはスジンの企みが失敗に終わったことと、彼自身がこの世にもういないという事実だった。
スウォンの手によって葬られたか
もしくは
彼の指示にこれ以上従えない火の部族の兵士の手にかけられたか
どちらにせよ高華国をバラバラにしかねない戦は終結したのだった。
そういえば…
さっきまで張りつめていた緊張の糸を解いたルイはここで初めて途中から感じ取っていた不思議な気配に考えを巡らせていた。
何故か安堵するような不思議な雰囲気
ふわふわとしたそれは心に浸透し広がっていく心地の良いもの
その気配に記憶を手繰り寄せたルイは1人だけ該当がある人物があることに気づく。それは阿波の街を出るときにたまたま出会ったどこか掴みどころがない青年だった。
まさか彼が近くにいたのだろうか?
それとも別の人物か??
ルイはモヤモヤを覚えながらシンアと共に森の茂みに入り他の皆と合流するのだった。
すると二人の視界にまず印象的に映ったのはユンによって全身包帯まみれ状態にされているキジャだった。誰よりも先陣を切って突っ込んでいったキジャは一行の中では一番重症だったのだ。
「たくっ、傷を作りすぎだよ!キジャ!!」
「あぅっ…」
ガツンと終わりだと言わんばかりにユンはキジャの背を思い切り叩いた。それに普段は反応を示さないキジャだが、予想以上に深手らしく痛そうに声を漏らした。そんなキジャに容赦なくユンが言葉を投げつけた。
「キジャが一番傷と疲労が酷いんだから安静にして!」
「燃費が悪いよね、キジャ君は」
その言葉に対して同感だと言わんばかりに黙ってやり取りを聞いていたジェハが茶々を挟んだ。その言葉にキジャは言葉を詰まらせた。
「な…その様な事…」
「いつでも前線に立って全力で速攻してるんだ。
無茶ばかりしてるといつか死ぬよ。」
「それで姫様をお守り出来るのなら私は喜んで死ぬ」
それでもジェハの言葉に対して本望だとキジャは誇らしげに語るのだった。そんなやり取りにルイは深く息を吐いて軽く肩を竦めた。
「そんなこと言ったらヨナが悲しむよ」
的を射た言葉にキジャは今度こそ固まるかのように言葉を失う。そんなキジャの目の前でルイはしゃがむとキジャの手をそっと包み込んだ。
「だから少しは傷を減らす努力をしなよ
僕の仕事を減らすためにもね」
寂し気に目尻を下げて微笑んだルイとキジャの身体は淡い緑色の光に包まれた。その光によってキジャの傷口は徐々に塞がれていき、本人自身も疲労感が薄まるのを感じ取るのだった。
「手を煩わせてしまったな…」
「キジャが気に病むことじゃない
これが僕の仕事だからね」
肩を落とすキジャに対して立ち上がったルイは笑いかけるとシンアも癒していった。が、重症の二人を頻発で治していったルイの身体はフラッとふらつく。
「…おっと」
だが、直ぐ近くにいたジェハが咄嗟に支えたことでルイは地面に倒れることはなかった。危なかったと、ホッと安堵の息をつくジェハ。対してジェハの腕の中にすっぽりと収まった状態になったルイはこの状況下を瞬時に呑み込むことができなかった。
「ちょっと、ルイも怪我人なんだから
大人しくしててよ!!」
「まぁまぁ、ユン君落ち着いて」
キョトンとするルイにユンは目尻を吊り上げて詰め寄った。そのユンの怒声にルイは言い返す言葉がなく半笑いを浮かべた。そんなルイに呆れつつジェハはもっと言って欲しい気持ちを抑えて叫ぶユンを落ち着かせるのだった。
「それにしてもハクやゼノ君の怪我の少なさには驚くけど…」
ようやく静まった場で、小さく息を吐いたジェハは全く傷が見当たらない二人にジト目を向ける。が、その視線に全く痛くもかゆくもないゼノはニコニコと笑みを浮かべながら答える。
「ゼノは皆の応援してただけだから」
「全くそなたは四龍として少しは…」
そんな相変わらずのゼノにキジャはため息混じりに言葉を吐きだすが、その言葉に重ね合わせるようにユンが小さな声で呟いた。
「ゼノは俺を守ってくれてたよ。
ゼノは闘えない俺やヨナの前で盾持って守ってくれたよ。
ちゃんと頑張ってたよ。」
「…ありがと」
ユンの言葉に対して意表をつかれたゼノは目を大きく丸くして驚いていた。そして照れ臭そうに頬を若干染めたゼノが溢した言葉は片言ながらも率直な彼の気持ちが滲み出ていた。が、それを紛らわすかのようにゼノはニコニコと笑みを浮かべた。
「いやあ、頼りになるだなんてテレるから~」
「頼りにはあまりならなかった」
そんな彼に対して素直になりすぎたユンは作業を黙々と進めながら淡々と辛口の言葉で締めるのだった。
*****
「ハク…
包帯巻くね」
四龍やユンの輪から離れた場所にある木に凭れ掛かるハク。静かで少し鋭く冷たい空気を張り巡らせていたハクを見つけたヨナは、彼の姿を見つけると静かに歩み寄った。呼ばれたハクはヨナの姿を一瞥するものの何も言うことなく言われるがままにヨナの手により包帯を巻き直された。
「…戦場にグルファンがいたね」
ヨナは新しい包帯をハクの右手首に巻きながらポツリと呟いた。戦場に飛んでいた1匹の鷹。それは幼少期にハクとスウォンが一緒に育てていた鷹だったのだ。
「…さぁ?忘れました」
だが、ハクはとぼけたふりをしてはぐらかすのだった。でもそんなことを言っていても本当は彼自身は覚えているとわかっているヨナは彼が思い出さなそうとしない代わりに懐かしい記憶を呼び起こしていた。もう今後見ることが出来ないであろう自身が割って入れず遠巻きに見ることしかできなかった2人のやり取りに思いを馳せて。
ヨナは悲しそうに目を伏せると、掴んでいたハクの右手首を両手で包み込むと己の額を摺り寄せるのだった。
「ついてきてくれてありがとう…
ハク」
縋るようにヨナは振り絞った声をあげた。その言葉にハクはヨナに視線を向けた。己の手よりも一回りも二回りも小さい彼女の手。守ってあげたくなる小さな手に触れそうになりかけるハクはグッと堪えるように拳を作った。
「ついていきますよ、ずっとね…
仕事ですから」
どこか心あらずだったハクがようやく己に向けた表情にヨナは安堵感を抱いた。そしてホッと胸を撫でおろしたヨナの頬は自然と緩んでいた。
「お腹すいたでしょ?
ご飯作るね」
「味付けは是非ユン君にお願いしてくださいね」
「ハク、かわいくない」
気を利かせて投げかけた言葉。だが、元通りに戻ったハクは素直にお願いするわけがなく揶揄う言葉を投げかけ返した。膝に頬杖をしたハクはニヤリと口角を上げてヨナを見上げる。そんなしれっとするハクにヨナは言い返すとプイッと顔を背けてスタスタと離れていくのだった。
そんなヨナの後ろ姿を見えなくなるまで目で追うハクの耳に、1羽の鷹の鳴き声が入る。その声に釣られるようにハクは木の幹に身体を預けたまま空を見上げる。するとハクの青藍色の瞳には通り過ぎる1羽の鷹が映りこむのだった。