「楽しいお祭も終わっちゃったねぇ…
昨夜のヨナちゃんは美しかったね。」

「うむ…」

「娘さんはいつもキレイだから。」

火静めの祭りの夜は静かに明ける。大きな天幕の中で雑魚寝していたジェハ達の話題はもちろん昨夜のヨナの舞だった。

「昨夜のヨナちゃんの舞はなんていうか…悲恋を思わせる様な剣の舞だったね。」

桔梗色の瞳を伏せて言葉を選び紡ぐジェハの言葉に対して、キジャがキョトンとした表情で聞き返す。

「悲恋…？」

「…」

「悲しい恋でもしているのかな。」

それに対してジェハはキジャにもわかりやすいように言葉を崩して言い直した。その言葉にキジャは息を呑んだ。

「え…っ」

「…」

一方的に話を展開させていったジェハだが、ここで一向に左隣で狸寝入りして話に口を挟む素振りを見せない彼の背に話題を切り替えて言葉を投げかけた。

「ねぇ、ところでこの天幕に大の男５人って無理じゃない？」

「だったらテメーが外に出ろ、タレ目。」

ここで今まで黙っていたハクが初めて口を開く。そして売り言葉を買い言葉で返すようにハクはジェハに背を向けたまま毒を吐いた。ユンとルイにより作られた大きな天幕。だが、身体の小さなゼノならまだしも身体が大きい他の4人が寝そべるには少々窮屈な広さだったのだ。

「ハクこそヨナちゃんの所で寝たら良かったじゃないか。」

ハクの言葉に対してうつ伏せで組んだ腕に顎を置いていたジェハは少し顔を上げると探るようにハクの背に投げかけた。
昨日まではヨナと一緒に同じ天幕で寝ていたくせに今日はどうしたのだ？という意味合いにもとれるそのジェハの言葉にハクはぶっきらぼうに言い返した。

「ここは熊出ねェだろ。
それにルイに頼んだし…」

「危険は熊だけじゃないだろ。」

構うな鬱陶しいと背で語りかけるハクをボォっと見つめていたジェハは、落胆するようにガクリと身体の力を抜いて組んだ腕に顎を置いて、視線をハクに流した。

「あぁ…なんでルイに頼むかな〜」

あれだけこの場でルイが寝るのを渋っていたにも関わらず、昨日までは起きたら直ぐ近くに居た彼女の温もりがないことに寂しさを覚え残念そうにジェハは肩を竦めた。

「…一番何があっても柔軟に対応できるだろ？
アイツは」

恨めしい視線を背に感じ取ったハクは彼が納得しそうな理由を咄嗟に考えそれを口にした。まぁその理由も選択肢としては十分ありえる内容だが、実際のハクの魂胆は別にあった。
もちろんそれに薄々気づいていたジェハは普段以上に静かなハクの背に向けて、おどけた口調で言葉を投げかけた。

「あぁそうか
もしかして、昨夜のヨナちゃんを見て自分を抑える自信がなかっ…」

ドカッ…

これ以上言わせるものかとムクリと立ち上がったハクはピンポイントでジェハの顎に肘鉄を喰らわした。悔しいことに勘が鋭いジェハの推理はハクにとっては図星だった。昨日の綺麗な舞に心奪われたハクは雰囲気に呑まれて再び過ちをおかしかけたのだ。このままでは不味いとハクはルイに頼み込んだのだ。どういう吹き回しだと思ったが、なんとなくハクの行動の真意を汲み取ったルイは快く承諾したのだ。

「さー、素晴らしい朝だ。希望の朝だ。」

ユン君めしーっと間の抜けた声を発しハクは大きく伸びをする。その足元では顎が外れて床に倒れて悶絶するジェハに心配そうにゼノが駆け寄っていた。

「兄ちゃん、緑龍のアゴが外れかかってるから。」

「いっそ外しとけ…」

これくらいではくたばらないだろうとハクはジェハの容態に気にする素振りなく天幕に手をかけた。すると天幕からちょうど出ようと顔を覗かせたハクに３人の女性が飛び込んでくるのだった。

「「「きゃあああああ」」」

「な…ん？」

押し倒されてしまったハクを見ながらジェハは首を傾げる。

「皆いつまで寝て…」

ガラリと天幕を開けたのはルイ。その後ろにはもちろんヨナの姿があった。その二人の視界に映ったのは村の女性3人に押し倒されているハクだった。
それを目の当たりにした二人は押し倒されたままのハクを白い目で一瞥すると天幕をそっと閉じた。

「「…ごゆっくり。」」

「待て待て！！」

誤解だと慌ててハクが声を上げる。その声に天幕を少しだけルイが開ける。

「いいのよ。お祭だったんだからハメを外しても。
今日は剣の稽古はルイにお願いするから」

「そーゆーことだから
ヨナのことは僕に任せてどーぞ羽目を外してください」

「だからハメなんか外してねェよ。」

少し開けた天幕から顔を覗かせた二人の棘のある言葉にハクは苦虫を潰したような表情を浮かべた。
一方でハクを押し倒す勢いで天幕の中に入ってきた村の女性達を不思議そうにキジャ達は見つめる。

「そなた達、何用だ？
このような狭き場所に」

「私達怖くて」

「怖い？？」

「ええ、水を汲みに出たら村の外に兵士がいたの。」

「兵…！？」

その言葉に反応してヨナが天幕の中に入って来る。対してその言葉にルイは何か思い当たる節があるのか人知れずにこの場を後にした。一方、ヨナも加わった天幕内で女性の話は続く。

「たまに来るんだけど乱暴な男ばっかりで…」

「可哀想に。側においで。」

「きゃ～っ」

ジェハがニコリと微笑み、震える彼女たちを迎えようと両手を広げる。その行為に女性達は黄色い声を上げた。普段ならハクかルイが冷静にツッコミを入れるのだが、この緊迫の状況下でジェハの行いはスルーされた。

「見て来る」

「あっコラ」

「お待ち下さい！危険です」

スッと硬い表情のまま立ち上がると天幕からヨナが飛び出す。その後を慌ててハクはすぐに大刀を手に天幕を出る。続けてキジャとシンアも彼らを追いかけて天幕を出ていくのだった。
続々と出ていってしまう男性陣。それに一番村の女性は落胆の声を上げた。

「あ～ん。あの仮面の人まで行っちゃった。
今度こそ声聞きたかったのに…」

一方で、ジェハはようやくルイの姿がさっきから見当たらないことに気づく。

「…ゼノ君、彼女達を頼む。」

「えっ…」

助けを求めに天幕に押しかけたのにどんどん消えていく。そして、遂にジェハですら消えてしまったことに村の女性らは唖然としてしまった。その彼らに反してゼノはわかっていたかのように伸びた声で答えた。

「了解だからー
後ちなみに緑龍のお目当ての人は娘さんよりも先に行ってるから〜」

「…よくわかったね！？」

ジェハが表情に敢えて出さなかった不安を払拭するゼノの見透かした言葉に流石のジェハも目を丸くした。

「ゼノは皆のことよく見てるから〜」

「…行って来るよ。」

少年のように無邪気な笑みをするゼノは掴みどころが本当に無い。そんな彼にジェハは苦笑すると一言言い残して天幕の外に出るのだった。

行っちゃった……

続々と他の者が出ていってしまったため、天幕には3人の村の女性とゼノが残された。残された女性達はヨナを心配するかのように出ていった彼らの様子を不思議に思いゼノに問うのだった。

「あの娘と君達、どういう関係なの？」

「んーと…ご主人様と犬？？」

右の人差し指を立てて考え込んだゼノは一心に集められた3人の双眸に対して、思い浮かんだ言葉を紡ぐのだった。