その刃が届く前に/揺れる道中
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「突然ですが、これからの目的地を発表いたします。」
行き先が決まるまで思い思いに過ごしていた一行は、ユンの一声に気づき顔を上げた。木々にかけたハンモックに仰向けになって本を読んでいたジェハも、その近くの木に凭れかかっていたルイも横目でユンを見た。そんな彼らの視線を一心に集めたユンはゆっくりと息を吸い込んだ。
「俺はちょっと戒帝国へ行ってみようと思います。」
次なる目的地を発表したユンにヨナとキジャが目を見開いた。
「ユン、本気?敵国じゃない。」
「慎重なそなたらしくもない。なぜ戒になど…」
「俺は慎重だけど戒帝国に対する興味は人一倍だよ。
でもこれは単なる興味で言ってるんじゃない。」
言いよどむキジャにユンは強い口調で訳を説明した。彼も彼なりに熟考を重ねてこの判断を下したのだ。火の土地よりも北に位置する戎帝国の寒い土地での人々の生活、そして作っている作物。もしかしたらその場所でユンが探し求めていた痩せた土地でも育つ作物が見つかるかもしれないと思ったのだ。それでも危険は付き物だ。
「しかし、姫様に危険はないのか?」
「うん、少し迷ってはいたんだ。
ただでさえ俺ら目立つし。
だからヨナと雷獣はイクスの所で待っててもいいよ。
ジェハがいてあとはシンアかキジャかルイが来てくれれば。」
「まさか。高華国の為に行くのでしょう?
ユンが決めたのなら私は行くわ。」
「そう言うと思った。じゃあ行こうか、戒帝国へ。」
ヨナの答えがわかっていたユンは小さく頷いた。その合図で皆行動を始める。ユンの指示に従って荷物をまとめ終えた後、視察を重ねて転々としていたユンとジェハの案内である吊り橋まで来た。その吊り橋は渓谷に掛けられていて、見た限り長年使われていなそうな橋だった。
「この橋を渡った山の向こうが戒帝国だよ。」
「しかしボロい吊り橋だな。」
「この辺を飛び回ってた時に見つけたんだ。」
「長い間使われてないだろうから足元気をつけて。」
ユンが注意を促す。が、そう言った矢先足を滑らせてヨナがふらつき、背後にいたハクが抱き止めた。
「なーに渡る前からふらついてるんすか。」
「…大丈夫よ。」
ヨナはすすっと照れた様子でハクから直様離れた。そのソワソワしたヨナの様子にハクは意味がわからないと首を傾げた。
「だれが最初に行く??」
「うーん……
踏んでも板が外れないか確認できて、何か緊急事態が起こっても冷静にすぐに対応できる人がいいよね…」
そんなヨナのハクを意識するような行動にルイは首を捻りながらも渡る順番をどうするかユンに提示する。それにユンは顎に手をおいて考え込み始める。
「じゃ、僕が一番先頭歩いて確認するよ」
「あ、それ助かる
よろしくルイ」
と言った具合で渡る順番を決めていく。その結果先頭からルイ、キジャ、ジェハ、ヨナ、ハク、ユン、シンア、ゼノの順で渡って行くことになった。
「皆、くれぐれも慎重にね…」
「今にも外れそうだな…」
「ヨナちゃんやユン君、ルイなら…」
一歩吊り橋の板に足を踏み出したルイは、ゆっくりと一歩ずつ歩き出す。ギシギシと唸る吊り橋に、キジャが不安そうに一歩踏み出す。
そしてジェハが何かを言おうとした瞬間、それを遮るようにキジャが踏んだ板が抜け落ちた。
「のお――――ッ」
「キジャ!!」
キジャの奇声と共に大きく揺れる吊り橋に慌ててルイは綱を握り姿勢を低くしてバランスを取り、背後を見た。対してすっぽりと落ちかけたキジャは後ろにいたジェハにより九死に一生を得ていた。ジェハは左腕でキジャを抱きかかえ橋に俯せるようになりながら右手で縄を掴んでいたのだ。ジェハにより助けられたキジャは両腕を縄に引っかけているものの恐怖から目を見開いたままだ。そんな彼にジェハは盛大に溜息を吐く。
「……ヨナちゃんやユン君、ルイなら落ちても助けに行くけど、他の男共は自力で何とかしなさいね…って言おうとした矢先にこれだもんなあ。助けちゃったよ。」
「そう言いつつも咄嗟に手が出てたと思うよ
キジャ平気かい??」
ジェハのぼやきにルイは呆れつつ、ツッコミを入れながらキジャを心配そうに見る。つられてヨナもキジャを気遣う声を上げる。
「キジャ大丈夫!?」
「はい…これまでの人生が走馬灯のように目の前を過ぎてゆくという大変貴重な体験でした…
主に婆ばかりの人生でした…」
「そんな面白い瞬間を後ろ姿でしか拝見出来なかった事が悔やまれる」
「そこの暗黒龍は橋を渡ったら首を洗って待っておれ。」
ハクの残念そうな声にすかさずキジャが反応を示す。そんな彼らにユンは溜息をつきつつ持ってきていた板を取り出した。
「こんな事もあろうかと大きめの板を持ってきた。
前に回すから踏み抜いたとこに置いて。」
「さすがユン!」
「頂戴、ユン」
回ってきた板を受け取ったルイは手際よくすっぽりと穴が開いた場所に嵌め直した。
「ルイ…よく平然といられるな」
「一応仮にも元海賊で場数は踏んでいるんで
このくらいのことじゃビクビクしないよ」
身体を震わせるキジャに対して、橋が揺れても表情を全く変えず淡々としているルイにキジャが不思議そうに尋ねる。それに当たり前だろとルイは呆れながら答えるのだった。
「ユン、他に行き道はないのか?」
「あるけど…平地の国境で俺らは目立ちすぎるよ。」
キジャが恐怖に顔を引き攣らせながらユンに尋ねる。が、ユンは歯切れが悪い言葉で返した。確かにこの道以外にもルートはある。しかし、無事に平穏に戎帝国につくには人目がないこの道が一番安全だとユンは判断したのだ。
「国境を警備する火の部族の兵や戒帝国の兵がいるものね。」
「…それが今はあまりいないみたいなんだ。」
ユンの正論に頷くヨナ。だが、そのヨナの言葉にユンは困惑した表情でポツリと呟くのだった。その一声にヨナは驚きの声を漏らして後ろを振り向こうとする。が、直ぐ後ろを歩いていたハクが注意散漫なヨナの頭を掴んで無理やり前を向かせ、足元を見るように促した。
「ジェハと前偵察に行ったんだけどさ、警備の兵があまりいなくて。」
「それは…逆に不気味だな。
姫さんはちゃんと足元見て」
「うっ…」
強引に前を向かされたヨナは被った外套越しに伝わるハクの大きな掌に対して普段は反応しないのに無意識で頬を染めていた。そんな彼女の様子を誰も気づくことがなく話しが続く。
「そうなんだよ
武装兵がたくさんいるのが当然だと思ってたから違和感でさ。
それでも兵に出くわす可能性は高いからこっちの道を選んだの。」
「こちらは命を落とす可能性があるのでは…?」
命の危機を体験したキジャの震えたか細い声に前方を歩いていたルイが軽笑いするのだった。
もちろんキジャの言葉に対して反応を示すことはなく、不安そうな表情をしたヨナが口を開く。
「戎帝国って広大な領地と高い軍事力を持った大国という印象が強いけど
私詳しいことは何も知らないわ」
「俺も行かなきゃ分からない事は多いよ。
とりあえず知ってる事は道すがら話すから。」
そして一行はなんとか無事に橋を渡り終えるのだった。