その刃が届く前に/揺れる道中
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「足もすり傷だらけじゃん」
天幕の中でヨナの脚にできた傷に薬を塗っていたユンは呆れた口調を漏らした。
「あら」
「あら、じゃないよ」
「身体中ヒリヒリ痛いからもうマヒしちゃって」
ユンの心配するツッコミにヨナは愛想笑いを浮かべる。そんな二人の背後からルイは覗き込むとおもむろに口を開く。
「僕が治そうか??」
「「大丈夫!!」」
ヨナとユンは同時に声を上げてルイをだんまりさせた。初回に力を使ってぶっ倒れてしまったルイが未だに二人にとってトラウマなのだ。
「別にこれくらいなら直ぐ治せるのに…」
「それでも駄目なものは駄目!!これはヨナがつけたものなんだから」
「そうよ!私自身の戒めよ」
拗ねるルイの声に二人は揃いも揃って声を上げて反論した。それに渋々ながらルイは引き下がった。
「か、身体には自分で薬塗ってよね。」
「呼んだ?お兄さんは優しく身体に薬塗るのが大得意で…」
「呼んでねーよ、お兄サマ!!寝ろ!」
ユンの声を小耳にはさみ、軽い調子で声を上げ天幕に入ろうとするジェハ。そんな彼の髪を苛立ちを滲ませたハクが掴んで阻止する。そんな一部始終をヨナはキョトンと見て、ルイとユンは心底呆れ返っていたのだった。
*****
その晩、浅い眠りの中でハクはある夢を見た。剣を振るえるようになったヨナが父であるイル王の仇であるスウォンを殺すと言い出す。がその瞬間、ヨナの後ろにスウォンが静かに現れハクを見た途端に剣をヨナに向けて振り上げたのだ。
ハクは声にならない叫び声を上げて目を覚ました。ハクにとって正夢になりかねない悪夢だ。全身に冷や汗を流しながらハクは閉じていた瞼を開けた。すると飛び込んできたのは翡翠色の双眸だった。
「ハク、平気??」
それは息を整えるハクのに心配そうに自分を覗き込むルイだった。
「…ルイ」
「やな、夢でも見た??」
「あぁ…そんなところだ」
ハクは苦虫を潰したような表情を浮かべて立ち上がると屈むルイの脇を通り過ぎて張られている天幕に手をかける。そっと天幕を覗き込んだハクはユンと一緒に寝ているヨナに手を伸ばし彼女の頬を優しく撫でた。そんなハクが醸し出す空気が柔らかくなったことを感じたルイはホッと胸を撫で下ろす。
その最中、寝ているはずのキジャが声を上げた。
「そなた、姫様に何を…っ」
その言葉にビクッとしたハクとルイはキジャを見る。だが、どうやら夢の中らしく、ハクがヨナになにかしている夢を見ているのだろうと二人は察した。どんな夢を見ているんだとルイが苦笑いする中、ハクはキジャの頬を抓る。
「お前の夢ん中で俺は姫さんに何したんだよ。」
「はう~」
「やらしいなぁ、ハクは…ムニャァ…」
そのハクの背後では寝具に包まるジェハの寝言。だが、その声にピクッと眉を動かしたハクは背を向けているジェハに殺気を向けた。
「てめェは起きてんだろ、タレ目。
寝言のフリして妙なことしゃべんな!」
「イタイ…♡」
眠っているふりをしているジェハに気づいたハクが額に青筋を立てながらグリグリと踏みつけた。その後、ハクは迷いを吹っ切る為に大刀を持ってどこかへ行ってしまった。
「ハクの事が気になる?」
起き上がったジェハは、呆然と立ち尽くすルイに話しかける。それに振り向いたルイは小さく頷くとジェハの隣に腰掛けた。
「誰の夢を見たんだろうね…
時々冷たい殺気をハクから感じるんだよ」
「ルイも感じたのかい?」
ボヤいたルイに賛同するようにジェハが口を開く。ハクがたまに醸し出す空気をジェハも何度か経験しているのだ。
スウォン
その名が必ず出る度に普段のハクが押し込めている感情が溢れるのだ。
「一体誰なんだろうね…」
「少なくとも、ハクにとってもヨナちゃんにとっても
とても親交が深く、情がある相手だったのは確かだよ」
二人は遠い目をして夜空を眺めるのだった。
どれくらい眺めていただろか?
二人の耳にガサガサといった音が入ってくる。その音に二人は視線を空から移した。するとそこにいたのは誰かを探すようにキョロキョロと見渡すヨナだった。
「ルイにジェハ…」
「ヨナちゃん眠れないのかい??
もしよかったら僕の腕の中に…」
「ヨナ、どうしたんだい??」
不安そうに紫紺色の瞳を揺らがせるヨナにジェハは軽口を叩きながら両腕を広げる。が、そんな彼をルイは顔を引き攣らせながら拳で地面に沈めた。
「ハクがさっきいた気がしたんだけど…
どちらに行ったかわかる?」
ヨナはその光景に苦笑しながらルイにハクの居場所を尋ねる。それにルイはハクが消えていった方向を指差してみせた。
「そう…ちょっと行って来るわ。」
「気をつけてね」
ヨナは指差した方向に足を進める。そんな彼女をルイは一言で見送った。
「そんなに嫉妬しなくても…」
「誰が、誰に嫉妬??」
時と場合を考えろと言わんばかりにルイは拳に更に力を込めようとする。その殺気を感じたジェハは苦笑しながら慌てて距離をとった。
「そんな怒らなくてもいいじゃない?」
「あの状況下で冗談を言えるジェハが色んな意味で凄いと思うよ」
「というかルイ感づいてたんだね」
呆れているルイにジェハは思ったことを口にした。それに当たり前でしょとルイがあっけからんと答えるのだった。
「二人共揃いも揃って互いを求めてるじゃない
これで気づかなかったら流石に不味いでしょ」
*****
一方、ハクは大刀を開けた場所で大きく振るっていた。先程の悪夢を振り払うように。
姫さんがどう強くなろうともこの先何を目指そうとも、お前に刃を突き立てるのは俺の役目だ、命と引きかえても…
一心不乱に大刀を振るハクに柔らかい声が降り注ぐ。その声にハクは手を止めて視線をやる。するとそこには岩の上に座るゼノがいたのだった。彼の背後には月が浮かんでいた。
「あんまり思いつめんなよ。命縮めんぞ、兄ちゃん。」
「起きてたのか。」
「うん、いい月夜だから。
でもこの涼やかな空気に兄ちゃんの殺気は痛すぎる。」
「そりゃ悪かったな。」
ぶっきらぼうに答えるハク。そんな彼に無邪気な笑みを浮かべるゼノが表情をガラリと変えた。普段のお気楽そうな彼の声は低く重たい声になる。
「兄ちゃん、命懸けようなんて思うな。兄ちゃんは少し死の臭いがする。」
「…お前が俺に死の宣告か?」
「悪ィ悪ィ、びびらすつもりはないから。
ただちょっと危なっかしいから気になるんだ。」
ハクの低い声にゼノは普段の調子に戻りあっけからんと身振りを含めて平謝りした。そんなゼノの言葉にハクも言い返す。
「お前ら四龍も人の事言えんのか?
白蛇なんて姫様の為に命をも捨てる覚悟ーとか思ってんぞ。」
「ああ、四龍も巫女もいーの。
死んでもまた生まれるから。龍と巫女は死んでも代わりがいる。
でも兄ちゃんには代わりはいないから大事にしなきゃ。」
全く気にする素振りなく軽く答えるゼノにハクはポツリと言葉を漏らす。
「…お前らにだって代わりはいねーよ。」
ハクの真剣な目と言葉にゼノは嬉しそうに無邪気に笑った。
「みんなを代表してありがとーっす。」
「お前が四龍で一番よくわかんねーけどな。」
「見たまんまだよ、俺は。
俺は四龍で落ちこぼれだけど、でもみんないるから兄ちゃんはちっと肩の力抜いとけ」
呆れるハクの口調にゼノはニコニコと笑みを絶やさず答えた。その言葉に少しだけハクは力が抜けた気がしてならなかった。
「あっ、ほら娘さんが来たよ。」
「どこに行ったのかと思った。」
「夜の散歩だから。じゃ、ゼノはもう寝るからー」
そう言ってゼノが立ち去った為、その場にはヨナとハクだけが残されたのだった。