月明かりが照らし出す海上には一隻の船が浮かんでいた。その甲板では役人達が怪しげな動きをしていた。

「例のものは？」

「全て積んである。
あとは港にいる使いの者に渡すだけだ。」

その言葉に頷いた彼はマストの上にいるはずのもう1人の人物に声をかける。

「おい、見張り！近くに不審な船は？」

「ありません」

「そうか…ならば安心だな。
海賊も今夜は我々の船に気付かなかったようだな。」

「ああ、今回は細心の注意を払ってある。
情報漏洩はないはずだ」

いつもなら襲ってくるだろう海賊船の姿がないことにフッと息をついた役人。その彼らに見張りのものが申し訳無さそうに声をあげた。

「あのぉ…」

「なんだ、見張り」

「さっきの“例のもの”って何ですか？」

見張りのとぼけたような問いかけに応答に応じていた役人は呆れた表情を浮かべる。

「は？今更何を言っている。
戒帝国から密輸した新種の麻薬だろうが。」

「そんなものどうするんですか？」

「どうするもこうするも町の連中に流して金を巻き上げるに決まってるだろ！」

その言葉に見張りは思わず堪えていた笑いを漏らした。

「ははっ、それは悪いなあ
それは…美しくない…」

彼の口調が変わったことに気づいた役人は怪訝な表情を浮かべる。

「見張り…？」

そんな彼らの目の前にマストから縄で縛られた見張りが落ちてきた。

「おい、見張り！？」

「自己紹介が遅れたね。」

吊り下げられ意識を失っている見張りに意識がいっていた役人の頭上から軽やかな言葉が降り注ぐ。その声に役人は慌ててマスト上を見上げた。雲で隠れた月が現れた時に暗いシルエットがはっきりと浮かび上がる。そのシルエットの持ち主は優雅にお酒を一口飲むと柔らかく微笑みかけるのだった。

「一時程前から見張りを交代していた美しき新入りだよ。」

「き…貴様…っ」

「誰だ！？」

「あれ、見て先輩。」

警戒心を露わにする役人を尻目にジェハはおどけた口調である一点の場所を眺めた。

「あれがもしかして不審船ってヤツかな？」

役人は慌ててその方向に目をやる。するとそこには既にこの船に隣接させていた海賊船がいたのだった。その船に乗る船長ギガンが煙管を吹かしながら号令をかける。

「沈めな、小僧共。」

それに答えるように一斉に海賊が役人がいる船に乗り込んでくるのだった。

「海賊だぁあああああ！！！」

「配置につけ！応戦しろ！！」

不意打ちを喰らった役人は慌ただしく動き回る。そんな彼らにジェハは心底呆れ返っていた。

「配置につけって今さら遅いよ。これだからお役人は。」

そんな彼を甲板から狙う者がいた。それに気づかず未だに動かないジェハ。その様子を確認したとある人物が慌てて弓矢を構えた。照準を定め放たれた弓矢は、ジェハへ襲い掛かる弓矢を的確に弾き飛ばした。それにハッと気づいたジェハは弓が放たれた場所を探し当てるとマストから大きく飛び上がるのだった。

「ああ、本当この能力（ちから）だけは最っ高だね。」

夜空に舞い上がったジェハはお返しと取り出した暗器を弓を構える役人に放った後、張ってある帆を使って再び跳躍し暗器を放ちまくった。

「優越感に浸ってないで真面目にやってくれないかい？ジェハ」

「え？だって、背後は守ってくれるんだろ？相棒」

優雅に甲板に舞い降りたジェハに皮肉が籠もった言葉が投げかけられる。それは先程弓矢を放ったルイだった。

「ジェハ専属じゃないから保証はできないなぁ」

「ちょっとそれ酷くない！？」

ジェハの言葉に対してルイは軽く笑い飛ばして答える。そのルイの言葉にジェハはたまらず抗議の声を上げる。

「だって強いジェハの背後よりも優先的に守らないといけないところがあるからね」

「それは違いないねぇ」

二人は互いにほくそ笑むと、今にも刺されそうなトクの元に向かう。ジェハは飛び上がり、ルイは弓を構える。二人の息の合った攻撃はトクの目の前にいた役人を地面にひれ伏せた。

「何苦戦してるんだい、役人ふぜいに」

「ジェハ～、ルイ〜
遊んでないで手伝ってくれよ～」

悠々と現れた二人の存在にトクは懇願するように二人を見上げた。そんなトクに二人は苦笑いを浮かべた。

「自分でやらないとギガン船長に沈められるよ」

「トクは海賊歴長いだろ？」

揶揄する二人にトクは抗議の声を上げる。

「長いだろって…
５年前までは俺ただの漁師だったんだぜ！」

「「つまりは５年も海賊やってんだろ」」

だが、二人はトクの言い訳を言い返した。息の合った二人の厭ったらしい言い返しを喰らったトクは納得いかなそうに不満げな表情を浮かべるのだった。