阿波の夜明け
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「おや?こんな明朝に出られるのですか?」
「この街が名残惜しくなる前に出たくてね…」
朝日に照らされて輝きを見せるまだ静寂な阿波の街を歩いていたルイは白い外套を身にまとっている1人の人物に呼び止められた。思わず足を止めてしまったルイは、名残惜しそうに呟いた。
「そうですか…
貴方にとってこの街はどんな街ですか?」
「そうですね……
とても大切な思い出が詰まったいい街です」
彼の問いに対してルイは一つ一つの思い出を手繰り寄せながら答えた。阿波の潮風に濃紺色の髪を靡かせるルイは、目を細めた。
ギガンに拾われたこと
阿波の街の現状を知り怒りに手が震えたこと
傷だらけのジェハを見つけたこと
人攫いにあって恐怖に震えたこと
駆けつけてくれたジェハがかっこよくみえたこと
月明かりの下で二胡を二人で奏でたこと
くだらない事で皆と馬鹿騒ぎする日々
クムジの悪行に対して皆で立ち向かった日々
ジェハと背中合わせで一緒に戦えたこと
思い出しただけできりがない。全てルイにとって大切な記憶だった。
ルイが口にしたのはたった一言。それでも彼女がこの街を大切にする思いはひしひしと伝わってきて、彼は目を細めた。
「そういう貴方は旅人さんですか?」
「まぁそういう者です」
「本当にそうですか?」
今度は逆にルイが尋ねた。どう見ても高貴そうな立ちふるまいにルイは彼の身分を疑ってみた。長い金茶の髪を下の方で結いている目の前の彼は、押さえきれないオーラを醸し出していたのだ。
一目見た瞬間にルイは悟ったのだ。ただものではないと。
「嫌だなぁ〜!!そんな目で見ないでくださいよ!」
鋭くなったルイの眼差しに、彼は芝居かかったように大きく手を横に振った。
「確か最近王様になった方は非常にお若い方だと小耳に挟んだんですよね」
「僕が王様だって証拠はありませんよ?」
ルイは鎌をかけるが、彼は隙を全く見せることがなかった。鋭くなった二人の眼差しが重なり合って交差する。張り詰めた空気になった場。この膠着状態を打破したのはルイだった。
「まぁ貴方みたいなおっとりした方が王様では流石にありませんよね!疑って失礼しました」
この重たい空気を吹き飛ばしたのはルイだった。あっけからんに軽快に笑うとルイは小さく頭を下げて無礼を侘びた。
「貴方は不思議な人ですね…
もし、よろしかったらお名前を聞かせてくれませんか?」
「ルイです」
ルイの醸し出す不思議なオーラに彼は惹かれて思わず名前を尋ねた。ルイと話しているだけで心の中がポカポカと温まったのだ。だが、そのような感覚をルイも感じていた。
「貴方のお名前もお伺いしてもよろしいでしょうか?」
ルイは見ず知らずの彼に名前を教えただけでなく名前も尋ねた。それに目の前の彼はクスリと小さく笑みを浮かべて答えた。
「ウォンと申します」
笑って自らの名前を名乗ったウォンはルイとの距離を近づけた。
「貴女のような女性に会えて嬉しい限りです」
「え??」
ルイはウォンの言葉に目を見開いて驚いた。一応ルイは男装姿をしているのだ。言葉遣いは気をつけていたはず。ヘマをしていないはずなのにどうして目の前の彼にバレてしまったのかと。ジリっと後ずさりするルイに、怖がらないでとウォンは微笑みかけた。
「僕のただの直感なんで気にしなくていいですよ?」
「直感??」
「えぇ!僕こう見えて観察眼優れてるんで!」
ニコリと笑ったウォンは自信満々に答えると、ルイから数歩離れた。
「あ…僕そろそろ行きますね」
柔らかく微笑んだウォンは踵を返す。その彼にルイは不思議と名を呼んで呼び止めていた。その声に応じて振り返った彼にルイは尋ねる。
「また会えますか?」
「えぇ!また会いましょう、ルイ」
再会を約束し二人は互いに背を向けた。
不思議な人だったなぁ…
ルイは残りの町並みを目に焼き付けるようにゆっくりとした足取りで名残惜しそうに歩いていく。
そんな彼女の門出を祝うように強い風が吹き付ける。濃紺の髪を靡かせ市門まで来たルイは、足を止めて街の中心に振り返った。
もう見えない海に浮かぶ船に思いを馳せて…
「じゃーね、ジェハ…
旅の武運を祈ってるよ」
阿波の街に背を向けたルイが最後に小さな声で呟いたのは相棒に思いを馳せた言葉だった。阿波の街に別れを告げたルイはもう振り返ることなく足早にこの土地を去っていく。一方、彼女が呟いた言葉は阿波の潮風に乗ってどこかへ運ばれるのだった。