阿波の夜明け
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「本当に一人で行く気かい?」
翌朝まだ日が上って間もない頃。最低限の荷物を持ったルイは甲板で背後から呼び止められた。起きてたんだとルイは驚きながらゆっくりと後ろを振り向いた。
そこにいたのはいつも通り、煙管を吹いているギカンだった。
「行くよ」
「一度決めたら意見を覆そうとしない
ホント頑固だねぇ、ルイは」
ヤレヤレと肩を竦めるギカンの言葉にルイは思わず頬を緩まして答える。
「船長に褒めてもらっちゃった!」
「褒めちゃいないんだが」
嬉しそうに頬を綻ばすルイに、ギカンは溜息混じりに答える。そんなギカンとのやり取りを密かな楽しみとしていたルイは胸が締め付けられた。それはギカンも同じだったのか困ったように眉を下げていた。
「一緒に行くって言ったら皆喜ぶと思うがね?」
「そうだったらいいなぁ
でも、何時までもジェハを頼ってちゃ駄目だから」
ギガンは煙管で肺に吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出すと、ルイにボヤいた。その言葉にルイは感懐を込めてそっと呟いた。ジェハの傍にいる時と同じようにヨナ達に感じるのは安心感と懐かしさだ。特にヨナには人を惹き付ける意思の強さを感じられた。彼らと一緒に色んな場所を旅できたら楽しいに違いない。
でもそれだと今までと同じだ。ジェハへの依存から抜け出せない、甘えてしまう。頼りない自分のせいで大切に想っている誰かが傷つくのは見たくないのだ。
「そんなことアイツはこれっぽっちも思っちゃいないよ」
「そんなのわかってるよ、船長
これはただの私自身のけじめって奴だよ」
ギガンはルイの言葉の意味を汲み取ったギガンは困ったように眉を顰めた。でもいくら自分自身が説き伏せてようとしてもルイ自身が納得するはずがないことはわかっているからこそ、ギガンは複雑な心境だった。そんなギガンの心境を知る由もないルイは目を伏せると本音をポツリポツリと語るのだった。
「アイツを縛りたくないんだ
もう…十分だよ
これ以上何も望むことがないくらいたくさんのものを貰ったからね」
「……そうかい」
ルイは寂しさを滲ませた笑顔を浮かべた。その表情を見てギガンはもう何も語りかける言葉を見つけられなかった。
哀愁感漂わせるギガンの表情を見てルイはハッとして慌てて言葉を明るい声で付け加える。
「もちろん、船長の方が感謝してもしきれないよ」
「気にすんじゃないよ!
勝手に私が拾ったんだからね!」
相変わらず的外れに己を心配するルイにギガンは軽く笑い飛ばした。勝手にルイを見つけて拾って育てたのは自分なのだからと。そんなあっけからんと笑い飛ばされたルイは素っ頓狂な顔を浮かべる。が、ギガンの寛大な心、温かく包んでくれる優しさ、染み染みと心の中に浸透してきたルイは目頭が熱くなってくるのだった。
「でも、船長に拾ってもらわなかったら
今の私はいないよ…
ありがとう、船長」
「何言ってるんだい!
それはコッチのセリフだよ
私の娘になってくれてありがとう、ルイ」
今にも泣き出しそうなルイの口から出た言葉にギガンは頬を緩めて返した。そして彼女の居場所はずっと変わらないんだよとギガンは目を細めて思いを一言に乗せた。
「いつでも帰っておいで」
柔らかいギガンの表情と言葉に、ルイは耐えていた感情が爆発してしまう。荷物を甲板に放り捨てるとギガンの胸にルイは飛び込むのだった。
「せ…船長!!!」
「バカ娘、泣くんじゃないよ
もらい泣きしちゃうじゃないか」
すすり泣くルイをギガンはそっと包み込みながら、一喝する。そんなギガンの瞳にも涙が溜まっていた。
離れがたい居場所
居心地のいい場所
本当に私はいい人たちに恵まれた
ルイはギガンの温もりを感じながらそっと目を伏せた。安心しきって身を預けるルイにギガンは目を細めると彼女が満足するまで黙って見守った。
どのくらいこの状態でいただろうか?
ルイはようやく決心を固め直すとギガンの腕の中からそっと離れた。そのルイを見たギガンの脳裏には拾ったときのルイの姿が浮かび上がる。今のルイは、あの時と変わらずに強い翡翠色の眼差しを宿していた。
「今まで、お世話になりました!!」
ルイはギガンに頭を大きく下げると背を向けた。
行ってきます、船長…
ルイは小さくそう呟くとゆっくりとこの船を降りるのだった。