番外編
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「なにしけた面しとるんだい」
「…」
「らしくないじゃないか」
「…船長」
「嫌ならそう言えばいいものを…
頑固な所は変わらないものだね」
ギガンは目の前で1人ポツンと黄昏ている少女を見て小さく肩を竦めた。その少女はゆっくりと背後を振り返ると水平線から視線をギガンへ移した。
「別に嫌とは思ってないですよ」
「なんだい無自覚かい?」
「えっ?」
「寂しいって顔に書いてあるよ」
そう指摘された少女の翡翠色の瞳が大きく揺れ動く。ギガンに言われたことは確かに彼女にとって図星だったのだ。いつも隣にいた彼が、毎年のようにこの日を一緒に過ごしていたのに今日はいないのだから。
「なんでわかっちゃうかな…」
「私の目をごまかせると思ったのかい?」
降参だと白旗を上げたルイは困ったように肩を竦めた。そんな彼女に対してギガンは鼻を鳴らす。
「なりふり構わず女に鼻を伸ばしている奴よりよっぽど感情を読みやすいよ」
「わぁー、凄い言われよう…」
「私は事実を言ってるまでだよ」
ギガンは懐から取り出した煙管で煙を吹かしながら彼女の傍に立った。刺々しい毒のある言葉を吐くギガン。だがそれは彼を思ってこその暴言。そして事実だった。
「寂しいですよ、確かに。でも...」
ゆっくりと目を閉じると浮かび上がるのは自分の後ろを引っ付く幼い頃の彼。出逢った頃は同じくらいの目線だったのにあっという間に身長は抜かされていた。そして一気に少年から青年に成長した彼は、ゆっくりと確実に人の輪に馴染んでいた。
「嬉しいです。
だって私達以外の人にも祝ってもらえるなんて幸せ者じゃないですか」
そう思いませんか?船長
そう言って笑う彼女は苦しそうで、ギガンは心底呆れ顔を浮かべながら煙を燻らせるのだった。
*****
トン
馴染みのある甲板にジェハは静かに降り立つ。先ほどの場と一変して規則正しい波の音が聞こえる船の上をゆっくりと歩き出す。
「もう皆寝ちゃったのかな?」
珍しいと思いながら歩いていたジェハは波の音と一緒に聞こえてくる音に目を瞠った。
「この音は…」
早まる気を押さえてジェハは息を殺してその音の方へ忍び寄る。その音が自分に気づいて止まないように。そして、音を鳴らす者の姿を捉えたジェハはその光景に魅入るのだった。
いつも括っている濃紺色の髪を下ろしただけでガラッと見た目の印象が様変わりしていることに彼女は気づいているのだろうか?
人の輪に手を引いてくれた幼き少女は気づけば、可憐で美しい女性に成長していた。普段街に繰り出すときは男装しているから注目の的にはなっていないが、逆に同性のはずの女性に口説かれる事が増えていた。それほど異性同性関わらず目を惹く魅力的で美しい女性になっていた。
そんな色香漂わせる彼女との距離感がここ最近ジェハはわからなくなっていた。だからこそ今日は街の女性の誘いに乗って独りで街に行って遊んできた。だがその楽しい一時もこの一瞬で掻き消されてしまった。
彼女が奏でる音色が海にポツンと浮かぶ海賊船を優しく包み込む。そしてスポットライトのように漆黒の闇に浮かぶ月の明かりが演者へ降りそそぐ。長い濃紺色の髪はその光を浴びてキラキラと反射し輝きを放つ。その髪は静かな潮風で小さく靡いていた。
その光景に魅了されていたジェハはざわめく心臓の大きな鼓動に気づくと右手でグシャっと左胸元を握りしめるのだった。
五月蝿いな、鎮まれよ!!
顔を歪めて必死に訴える。だが己の鼓動は全く鎮まることはなかった。むしろその想いに反して速まる鼓動の音にジェハは頭を抱えたくなった。
薄々とわかっていた、気づいていた。どんなに街中で口説かれても遊んでも自分の想いは違うところに向いていた。
ルイはなにしてるかな?
無茶してないかな?
いつも何処か頭の片隅に彼女の存在がチラついていた。それをジェハは友達だから相棒だからとのらりくらりと躱し続けてこの気持ちの正体を見て見ぬふりし続けた。だがもうこの想いを偽ることはできない。
僕はルイのことが…好きだ
ストンと言葉が胸に落ちる。遂にこの気持ちに自覚してしまった。もう何事にも囚われることも縛られることもなく自分の思うままに自由に生きようと思っていたのに。
四龍?なにそれ?
別にジェハはジェハだろ??
傷だらけの得体のしれない自分に助けの手を差し伸べてくれた。警戒心剥き出しの少年の懐へ彼女は意図も簡単に潜り込んできた。そして、人とは違う自分を嫌うことも軽蔑することもしなかった。緑龍のジェハではなく、ただのジェハとして最初から見てくれていた。
あぁ...そっか
もう随分前から囚われてたのか
誰にも手を差し伸べてしまうほど、度がつくほどのお人好し。どんな些細なことでも見過ごす事ができず首を突っ込む。なのに自分のことに関しては無頓着。自己犠牲的で、平気で他人のために己の命を天秤に掛けてしまう。そんなトラベルメーカーでお転婆な彼女は目を離した隙に何処かに消えてしまいそうで。
「なにしてるの?」
「えっ」
「ずっと見つめられると恥ずかしいんだけど...」
ふっと聞こえる透き通る凛とした声。ハッとしたジェハは瞬きを繰り返す。知らないうちに演奏の手を止めていたルイが振り返っていたのだ。
「えっと...ただいま」
「おかえり」
見惚れていた、なんて小恥ずかしい台詞を言えるわけがない。ジェハは動揺しながらもゆっくりと彼女の元に近寄った。そんな彼にルイはふわりと柔らかく笑いかけながら隣に座るよう促した。
「...よく気づいたね」
「そりゃあ、香水の匂いが漂ってきたからね」
「え?そんな匂う?」
「そりゃあ花街に居たんだから匂うでしょ」
隣に腰掛けたジェハは愛想笑いを浮かべながら尋ねる。がその問は見事に自身の墓穴を掘ってしまった。ルイの返しに対して、ジェハはようやくつい先程までいた場所を思い出すと慌てふためいて袖に顔を寄せた。そんな彼を見てルイはクスクスと笑う。
「楽しめたようで何よりだよ」
「ねぇ...」
その言葉に対し、ジェハはムッと顔を顰めた。
他の女と遊んできたことを嬉しそうに笑みを浮かべる彼女なんて見たくなかったのだ。
「僕のために二胡を弾いてくれない?」
ジェハはある想いを乗せてお願い事を口にする。
この幻想的な雰囲気漂う月明かりの下で、彼女ともう少しだけ一緒にいたくて、まだ彼女の音色に浸っていたくて。今日という残り僅かな時間だけは彼女と過ごしたい。
ジェハは目を逸らすことなく真っ直ぐ彼女を見つめた。その真剣な桔梗色の瞳に吸い込まれるように魅入ってしまったルイは困ったように二胡を構える。
「急にどうしたの?二胡なんていくらでも...」
「今がいいんだ」
どうしてこの日に出掛けてしまったのだろう?
後悔してももう時間が戻ることはない。ならばせめて日付けが変わるまでの時間だけは彼女に祝ってほしい。この日を意味合いのあるものに変えてくれた彼女に。
「僕という海賊が生まれたのを祝ってよ、ルイ」
ジェハは懇願するように言葉を絞り出す。そんな彼は迷い子のよう哀愁感が漂っていた。ふと目の前の彼が少年の頃の彼と重なってルイには見えてしまった。
「そんなのお安い御用だよ、ジェハ」
ルイは小さく笑みを浮かべると、弦に弓を当てるのだった。
優しい音色が響き渡り闇夜に吸いこまれる。その音色に彼女に魅入っていたジェハの背にルイは思いついたように己の背中を凭れる。己より高い体温の温もりにジェハはビクッと身体を震わした。そんな彼の様子に企みが成功したルイはクスクスと笑みをこぼす。
「なに驚いてるの?」
「いや、急に来たら誰だって驚くって」
「そう?」
動揺するジェハの心情など全く知らないルイはこの体勢のまま再び音色を奏でる。
「ねぇ、ジェハ」
「...なんだい?」
「ありがと」
「なにが??」
「私にも祝わせてくれて」
その言葉を聞いた途端、ジェハは驚きのあまり瞬時に立ち上がると彼女の正面に回り込んだ。
「どゆこと?」
「実はさ...
やっぱりお祝いの言葉くらいは伝えたくて...
ここにいれば会えるかなって思って待ってたんだ」
バカでしょ?
今日帰ってくるとも限らないのに
照れくさそうに頬を赤らめてホントの事を暴露したルイがあまりにも愛おしくてジェハは勢いのまま彼女を抱き寄せた。彼女の細くしなやかな腰に両腕を回し、彼女の肩に顔を埋めたジェハはそっと耳元で囁く。
「ね?その言葉、頂戴?」
甘えた声でお願いするジェハに、ルイは待っていてよかったと心の底から思うのだった。せめてその言葉は彼の顔を見て言いたい。ルイは衝撃で甲板に二胡を落としてしまったお陰で自由になっている両手でゆっくりと彼を引き離すと、ずっと言いたくて仕方なかった言葉を紡ぐのだった。
ジェハ、誕生日おめでと
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