番外編
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「そういえばさ…」
ある日の朝、ふと思ったユンが口を開く。その声に手伝っていたルイが不思議そうに顔を上げた。
「なに?」
「ジェハとルイって誕生日いつなの?」
「え?」
「いやそういえば、知らないなって」
驚くルイに対し、ユンは恥ずかしそうにそっぽ向く。その表情はほんのりと赤く染まっていた。そんな可愛らしい反応をしてくれる彼を見て、ルイは笑みを零した。
「なっ!そんな笑わなくても!!」
「ゴメンゴメン!
そんなに気を遣ってくれて幸せ者だなって思っただけだよ」
声を大にするユンに対し、ルイは平謝りすると遠い目をした。その澄んだ翡翠色の瞳はとても慈悲深く見え、ユンは小さく息を呑んだ。
「…ルイ?」
「ユンと同じ質問、昔したなーって思ってさ…」
ユンの問いかけでふと蘇る懐かしき記憶。郷愁を感じ、ルイは脳裏を過ぎる記憶を丁寧になぞっていく。その記憶はもう時が流れすぎて掠れそうなほど淡いもの。だが、不思議なものでふとしたきっかけのお陰で鮮明に思い出せた。
「ジェハの誕生日は5/4。
彼が海賊になった日だよ。」
*****
「宴だぁ!!!」
「騒ぐぞ!!!」
満点の星空の下、静かな海に浮かぶ一隻の船の甲板ではどんちゃん騒ぎが繰り広げられていた。ある者は歌い騒ぎ、ある者は酒を飲み干していく。
その中で一人だけ、この騒ぎについていけず、甲板の端でつまらなそうにその光景を眺めている少年がいた。大の大人達が大騒ぎしてる意味がわからず、桔梗色の瞳は呆れ返っていた。
「なんでそんな端にいるの?」
その彼の視界めいいっぱいに広がるのは、不思議そうに己を覗き込む少女。最初少年だと思ってた彼女との距離を考えあぐねていた少年は、近すぎる彼女に大きく目を見開き後ろに仰け反る。
「うわぁ!!っ...いてぇ!!」
がすぐ後ろは壁。勢いよく頭をぶつけることになった彼は鈍痛に顔を歪め、両手を頭へ。そんな彼の反応に少女は翡翠色の瞳を丸くする。
「大丈夫??」
「大丈夫、大丈夫だから...
ちょっと離れて」
「あっ...ごめん」
「あっ違う、違うんだ。
ただ急にルイが現れて驚いただけだから」
少年の言葉を拒絶と受け取ってしまったルイ
はあからさまに落ち込み肩を落とす。そんな彼女の寂しげな表情に少年は慌てて勘違いを正そうと努めた。
「ホント??」
「ホントだって!!」
「そっか、なら良かった。
嫌われたかと...」
「嫌うわけないだろ!!
だって...」
「だって??」
「僕にとってルイははじめてできた友達だから」
半信半疑で聞き直すルイに少年はムキになって言い返す。が途中から照れくささが増していき、最初の勢いがなくなり尻すぼみに。恥ずかしそうに視線を逸しながら彼はボソボソと呟いた。その彼の予想通りの反応にルイはご満悦そうに白い歯を覗かせる。
「私もだよ!
ジェハは私にとってはじめての友達。
だから今まで通り接して欲しいな。」
あからさまに置かれる距離感にルイは気づき、寂しさを抱いていた。だからこそ彼にはあの頃と同じように接してほしかったのだ。
「...ごめん」
「いいよ。
隠してた私が悪いんだし」
申し訳なさそうに微笑するとルイは、彼の隣に腰を下ろした。
「ね、戻んなくていいの?」
「いいよ。
皆、馬鹿騒ぎしてるだけだから。」
一向き輪の中心に戻らない彼女を不思議に思い、ジェハは横目で見る。その視線を感じながら、ルイは潮風で揺れる紺色の髪を耳に掛け直して答えた。
「仲間の誕生日の日はいつもこんな感じ。
ぶっ倒れるまで飲み明けて、朝は甲板で気持ちよさげに寝てる。」
「...誕生日??」
聞き慣れない単語にジェハは訝しげにオウム返しする。その声色にルイは気づき、視線を隣へ向けた。
「ジェハ、誕生日知らない?」
「...うん」
「...そっか」
珍しく素直に頷いたジェハの言葉に、彼の境遇の一部を垣間見ていたルイは寂しそうに相槌を打った。そして彼に、誕生日とはこの世に生を貰った日であり、1年に1度来るその日を祝うのだと簡単に説明をするのだった。
「...ルイはいつなの?」
「私?私は7月10日」
「7月...10日...
覚えとく」
「そういうジェハは?いつなの?」
忘れないようにと何度も反芻するジェハに今度はルイが聞き返す。だが、彼から答えが返ってくることはなかった。
「ジェハ??」
「しら...ないんだ
気づいたときには...もう...」
膝をさらに引き寄せ抱え込み丸くなったジェハは顔を埋める。その様子にしまったとルイは慌てて声を上げた。
「いい!もういいから!!」
これ以上なにも言わせたくない、思い出させてはいけない。慌てて口を挟んだルイは、彼の両肩を掴んで軽く揺さぶった。
「5月4日」
「え??」
「ジェハの誕生日、5月4日にしよ!」
小さく呟かれた日付に意味がわからないと顔を上げたジェハに、いい事閃いたとばかりにルイは目を輝かせる。だがジェハからしたらその日付に思い入れがない。ジェハは訝しげに彼女を見上げた。
「...なんで5月4日?」
「決まってるじゃん!
ジェハが海賊になった日だからだよ!」
ジェハが海賊として新たな一歩を踏み出した日。四龍の緑龍の宿命に鎖で伽藍じめに縛られた頃の少年はもういないのだ。自由になるために跳びだした彼に相応しい誕生日は、船長であるギガンに直談判しに行ったあの日しかない。
掴みかかる勢いのルイに、呆気にとられていたジェハは桔梗色の瞳を何度も瞬きさせた。その後、ようやく呑み込んだジェハは嬉しそうに頬を緩ませる。
「ルイ、凄くいいそれ」
「でしょ!」
「ありがと。
僕、この日付大事にするよ」
噛みしめるかのようにジェハは礼を述べる。その彼の表情は先程の少年とは別人のように感情豊かなものになっていた。そんな嬉しそうな彼に自然とルイも笑みが溢れた。
「よし!行こ!みんなのとこ!」
立ち上がったルイは、ジェハを誘うかのように手を差し伸べる。それはまるで暗闇の中にいる彼を光溢れる外へ連れて行くよう。ジェハは恐る恐る手を伸ばす。が、彼の腕が伸びきる前にルイが強引に彼の手を掴み引っ張り上げるのだった。
「ちょ!ルイ!!」
「早くしないと酔っ払いに美味しいご飯食べつくされちゃうよ!!」
慌てるジェハの手を引き、ルイは愉しげに笑いながら歩き出す。その足は輪の中心へと向かっていたのだった。
*****
「へぇーそんなことが...」
一部始終を聞いたユン。だが、あることに気づくと素っ頓狂な声を上げた。
「って5月4日って今日じゃん!!
なんでそんな大事な日を教えてくれないんだよ、ルイ!!」
かなり悲鳴に近いユンの声に、ルイはごめんごめんと平謝りした。そんな彼女にユンは腹を立てながらも頭をフル回転させる。
「もぉー!しょうがないな!!
なんとかするから、ルイ手伝ってよね!!」
そう言いながらユンはテキパキと指示を出していくのだった。
「ねぇ」
その晩、ユンが腕を振るい豪勢な夕飯が出来上がった。ユンからまたたく間に他の仲間に伝わり、夕飯が終わった頃には、慣れない皆からの甘やかしにジェハはげっそり。そして元凶であろうルイをジト目で見下ろしていた。そんな彼に小さく笑いながらルイは用意していたものを取りだす。
「えっ...」
「懐かしいものを調達したんだよね」
片手で酒瓶を揺らしルイは悪戯な笑みをこぼす。その酒は阿波でよく皆とともに飲み交わしていた懐かしきものだった。いつどこで一体どうやって彼女は入手してきたのだろうと、ジェハは目を丸くした。
「今宵は静かに晩酌しない?」
「もちろん。で?
なにに乾杯する?」
「そんなの一つに決まってる。」
互いに腰を下ろし、酒をなみなみと注いだお猪口を手にとり二人は口角を上げる。そして腹の探り合いをするかのように軽口をたたきあった両者は、酒がこぼれない程度にお猪口を合わせあい、飲み干すのだった。
『ジェハという名の海賊が生まれた
今日という日に乾杯』