南戒
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ゼノ....」
「ゼノ君...」
馬に乗って戻ってきたルイとジェハは己の目を疑った。ゼノが一突きされている。彼は動くことなく、剣を引き抜かれた途端に重力のまま地面に叩きつけられる。その光景は皆の時間の針を止めた。誰もがこの現実を受け止めきれてなかったのだ。ヨナはフラフラとしながらゼノの傍に行こうとする。
「ゼ…ゼノ…ゼノ…っ」
「女か…」
ヨナを見つけた兵士が馬から下りる。それに気づいたユンは自分を鼓舞し、ヨナに近づかせないと両手を広げ行く手を阻む。だが邪魔だと兵士に蹴り飛ばされてしまった。
「来い、女。来いと言っている。」
首元に刃先を突きつけ脅す兵士。それを見たルイはカッと目を見開いた。馬の背を蹴りルイは宙へ。そしてヨナに突きつける剣を叩き落とした。
「なぁっ?!」
「ヨナに近づくな、下衆が」
翡翠色の瞳は怒りと悲しみで涙に濡れる。それでもルイは短剣を握りしめ目の前の敵を睨みつけた。その傍では、ヨナが仰向けのゼノの身体を抱き起こすと、静かに涙を流す。そんな彼女を見て、兵士が冷笑する。
「死体にしがみついても助けてはもらえんぞ。」
その言葉に怒りを覚えたヨナは懐の鞘から剣を抜くと、兵の持つ剣を弾き飛ばす。
「私に触れるな!!!
近づいたら容赦はしない、決して…!!」
「…ははっ、ふはははは。容赦はしないだと!?
泣きながらおかしな事を言う女だ。」
「よくよく見たらお前女だろ?
もう虫の息で見え張ってるのバレバレだ。」
笑いながら彼らは近づいてくる。ルイは小さく息を吐き出すと彼らに突っ込む。だが限界は当の昔に超えている。兵士は軽い力でルイを蹴り倒すと彼女が身動きできないように肩口を一突きした。
「ガァッ」
「...ルイ」
肩から流れる血液が彼女の服を赤く染めていく。ジェハは悲痛な声で彼女の名を叫ぶ。だが、酷使し続けた身体はもう動かせる状態ではなく、叫んだはずの声も風に掻き消されるほど小さいものだった。馬の背に身を預けるジェハは悔しげに唇を噛みしめる。その彼の額からは脂汗が流れ落ちた。
ゼノ…私にもっと力があれば…!
「泣かないで。」
呆然とするヨナが己の未熟さを嘆く。その時、彼女の頬がひんやりとした感触を感じる。恐る恐るヨナは視線を下に向ける。そしてヨナは驚くべき光景に大きく目を丸くするのだった。
「ゼ…ノ…」
「あー…やっぱ緋龍城が遠いからかなぁ。治りが遅い。」
ヨナの頬に手を添えたのはゼノだったのだ。意識を取り戻したゼノは嘆くように呟きながらゆっくりと身体を起こしていく。その身体はミシミシと音を立てながら傷が修復されていっていた。
「娘さん、だいじょうぶだから。黄龍は死なない。
俺は娘さんの盾になる為に生まれて来た龍だから。
黄龍っつー盾に守られていれば絶対に娘さんは傷つかない。」
力強く言い切ったゼノの凛とした瞳が敵を見据える。そんな彼に対し兵士は後退りした。
「な、何だ…傷が…治った…?」
「ば…馬鹿言うな。だって見ただろ!?」
「見間違いだ。刺したと思ったのも勘違いだったんだ…!
今度こそ確実に殺してやる…!!」
そう言った兵士はゼノの胸に向けて剣先を向けた。その刃先は心臓がある左胸を貫いた。その衝撃でゼノはヨナのもとに倒れ込む。だが、彼の傷はまたたく間に修復されていった。ユラッと身体を起こすゼノ。
「うわあああぁあああ」
「傷が...」
「身体が…」
「まやかしだ!!俺は内臓撒き散らして死んでった仲間を山程見て来たんだ。
こんな馬鹿な事あるはずがないっ!!!」
この事実を信じきれない兵士が絶叫しながら剣を振り下ろす。その剣は両腕を斬り落とした。勢いよく斬り落とされた部分から大量の鮮血が吹き出す。だが、ゼノは絶叫すらしなかった。
「娘さん、剣貸して。」
淡々とした口調でヨナに尋ねたゼノは、 斬り離された右手でその剣を持つ。そして、その右腕は宙に浮くと一人の兵士の背を刺すのだった。そのおぞましい光景にすぐ傍にいた兵士はひっくり返るように尻もちをついた。そんな彼を冷たい眼差しで見据えた。
「俺の姿が恐ろしいならどうか帰ってくれないか。
俺には力が無いから手加減が出来ない。
娘さんに危害を加えるなら急所を狙う。」
「だ…誰か!
誰かこの化け物を殺してくれぇえ!!」
その絶叫に周囲にいた兵士が反応を示す。彼らは化け物と言われた者の命を奪いにかかる。その一斉攻撃に対して、満身創痍な一同は誰も助太刀に入る事ができず悔しげに唇を噛み締めた。
「…ゼノ」
ゼノが不死身なことは知っていた。それでも、目の前のこの惨状に目を逸したくなった。不死身だとしても、痛みがないわけではないはず。彼は一人で一体どれほどの痛みを味わっているのだろう。誰も経験できない苦痛を。
ルイは身体を地面に縫い付ける剣を肩から抜こうと、鞘をギュッと握りしめる。
ゼノが受けているものと比べたら…
歯を食いしばり、ルイは剣を抜こうと力を込める。だが、その手にそっと手が添えられた。ハッとルイは翡翠色の瞳を大きく見開いた。なぜならそこには、柔らかく笑いかけるゼノがいたからだ。
「無理に抜いちゃだめだ、出血死しちまうぞ…」
「…ゼノは、大丈夫だから」
ルイを覗き込むゼノは、自分のことそっちのけで彼女を心配する。添えた手で、彼女がしようとすることを阻止すると、ゼノは背を向け走り出す。そして治した腕で剣を振るっていく。どれだけ敵に斬り刻まれようと、ゼノはその手を止めることをしなかった。そんな彼の身体に刃が次々と突き刺さる。
「くたばれ!!」
「「やめて!!!」」
身体から真っ赤な血が噴き出る。その光景にヨナは真っ青な表情で、口元を手で覆い、ルイはゼノの制止に構うことなく勢いよく剣を引き抜き、彼女らは叫んだ。だが、一同の目の前でゼノの首が斬られた。
「く…くたばったか…?」
「首を刎ねたんだ…いくら何でも…」
ドシャッと意志を失った身体が地面に叩きつけられる。動かない身体に、ゼイゼイと荒い息をしていた兵士はホッとしかける。だが、動くはずのない指先が動くのを目撃して、彼らは恐怖で顔を引き攣らせた。その彼らの目の前で、ミシミシと音を立てながら身体が修復されていった。そして斬られたはずのゼノは平然と立っていた。
「な…なんなんだ、お前は!?」
「なぜまだ動く!?なぜまだ生きている!?」
「……やっと会えたんだ。
何度バラバラになっても俺はみんなの盾になる。」
握りしめた拳を胸へ持っていったゼノは、確固たる想いを抱き、再び大軍へと駆け出す。
「ひッ」
「く…くるなぁっ」
悲鳴を上げながら兵士が剣を振り下ろす。だが、その剣はゼノの頭部を裂くことはなかった。
「剣が…刺さらな…」
「うん、もう刺さらないよ。」
敵を見据えながら、ゼノは目の前の彼の顔を片手で鷲掴みし地面に叩きつける。そして、別の者が振り下ろしてきた剣を片手で受け止めると、刃先をへし折ると、彼を蹴り飛ばした。
「…や、みんな元気?」
地面を蹴り宙へ跳んだゼノは、兵士を踏み潰し、キジャたちの元へ降り立った。そんなゼノは普段と遜色ない微笑みを彼らに見せた。
「よしよし、まだ生きてるな。」
「そなた…一体…」
唯一違うのは、ゼノの体中に龍のような鱗が現れていることだ。目を見開き驚くキジャの問いに、ゼノはゆっくりとした口調で答える。
「…俺は攻撃されなければ何の力もない落ちこぼれだけど、再生される度この身体は鋼へと変化する。
今なら…白龍もどきの腕力も緑龍もどきの蹴りも出来るよ。
どうする?俺はお前らと違って限りがない。何百年だって闘える。
おいで、時間はたっぷりある。」
ゼノは投げかけるように目の前の兵士に尋ねる。その彼の冷たい瞳は顔を真っ青にしている兵士に向けられた。その瞳に、萎縮した彼らは蜘蛛のように散っていった。
「「ゼノ…!」」
「あ、娘さん…姉ちゃんも…無事…?
って姉ちゃん、無理やり抜くなって言っただろ」
駆け出したルイとヨナはゼノに勢いよく抱きつく。同様に、ユンとキジャとシンアも彼へと飛びついた。ゼノを中心に塊と化した一同の瞳からは涙がとめどなく溢れ出る。
「……おいおい、みんな怪我して…」
皆を受け止めたゼノはキョトンとしながらも、泣きじゃくる彼らを見ると、嬉しそうに頬を緩ました。
「大丈夫、生きてるから。みんなかわいいなぁ。」
安心させるように、安堵してもらえるようにと、ゼノは優しく彼らに語りかけるようにそっと呟く。そんな団子状態の一同の様子に、ハクとジェハは緊張の糸を解くように頬を緩ますのだった。