南戒
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くっ…
ルイは縦横無尽に駆け回る。少しでも生き残っている住民を守り避難させるために。感じる風に身を任せ、ルイは憎悪等を感じない方角へと住民を誘導していった。
理不尽な理由で戦火と化したこの場所で
人々の悲鳴が、絶叫が、彼らのやるせない虚しい思いが、
渦巻きルイへと押し寄せる。
この目の前の惨禍で怯む自分の身体に鞭を打ち、過去の残像を掻き消し必死に短剣を振るい続けた。だが、その緊張の糸は住民を全員逃がしたと把握した途端、プツンと切れてしまうのだった。
もう…ここにはだれもいない…
1人で大きな街を駆け巡ったルイの身体は限界をとっくに超えていた。だが、それ以上に疲弊していたのは彼女の心だった。ずっと張りつめていたものが切れる。その途端振り切ったはずの残像が脳裏に駆け巡る。その光景は目の前の景色と類似しているもの。一気に過去へと引き戻されたルイの心臓は大きく鼓動を打った。
あっ……
その一瞬の隙を敵が見逃すはずがなかった。
「…ッ!!この化け物!!」
「よくも仲間を!!」
ザクッ
肉身が斬られる鈍音が遠く聞こえる。痛覚が麻痺しているのか、鮮血が飛び散っているのに、痛みを覚えることはなかった。斬られた部位が熱を帯びる。無意識の内に彼女の手は流れる血を止血しようと部位を押さえる。その顔は俯いたままだった。
一面に広がる燃え盛る炎
逃げまどう村人
その者を逃さないとばかりに襲撃者が理不尽に斬り落としていく
彼らの泣き叫ぶ絶叫はまるで呪いのようにルイの耳にこびりつく。
聞きたくない聞きたくない
ルイは地面に座り込み耳を塞ごうとする。だが、その声が消えることはなかった。
なんで俺たちが…
お前のせいだ…
お前がこの村に生まれてこなければ…
彼らの無念を代弁するかのようにルイ自身を非難していく。その言葉で蓋をしていたものが溢れ出る。
わかってる、知っている…
私は生きていちゃいけない人間だ…
私がいるだけで周りが不幸になっていく…
私がいなければ、生を受けなければ…
彼らは殺されることなく平穏に今も生きていた…
私が彼らを…ノアを…殺したも当然だ…
ガシャン…
ルイの手から短剣が零れ落ちる。地面に落ちた短剣が虚しい金属音を響かせる。
「はっ?なんだよ、急に大人しくなりやがって…」
「遂に降参か?」
武器を落として丸腰状態になっても彼女が反応することはない。すでに彼女の戦意は消失していた。そんな彼女を敵兵は囲んでいく。
「今更泣きすがったって、白旗振っても、無駄だ」
「俺たちの腹いせを一人で全部受け止めて、死ね」
一振りで終わらせない。何度も何度もいたぶって、自分らの憎悪を鬱憤を晴らさないと、気が収まらない。囲んだもの全員が剣先を彼女へと向ける。不気味に輝く銀色の光。くすんだ翡翠色の瞳は他人事のようにそれをぼんやりと眺めていた。彼女にとって、罪悪感という鎖から解放してくれる救いの光に見えていたのだ。だが、その光が彼女の身体を貫くことはなかった。
「ん??」
突如影で視界が薄暗くなる。不思議に見上げた彼らが見たのは緑、そして降り注ぐ黒い雨だった。
ぎゃぁぁぁぁ!!
黒い雨は的確に彼らの身体に突き刺さっていく。その黒い雨の正体は鋭利な暗器だった。黒の次に目の前に広がるのは己の身体から噴き出す赤。勢いよく鮮血が飛び出る。
その惨劇の中心に緑がふわりと着地する。その彼の桔梗色の瞳はゾッとするほど冷え切っていた。その瞳が捉えるのは地面にぺたりと座り込む彼女。彼は迷うことなく彼女の前へ。そして普段温厚な彼が取るとは思えないほど乱雑に彼女の胸倉を掴むと、怒鳴り散らした。
「…なにしてるんだ!!馬鹿か!キミはッ!!」
その声で翡翠色の瞳は少しばかり光を取り戻す。その霞む視界が捉えるのは、身体をまともに動かせるはずがない相棒の姿。
はっ?
一気に覚醒したルイは、目の前の彼に負けないくらい形相な顔を浮かべる。自分の足でしっかりと立ち直したルイは自由な手で彼の胸倉を掴み、彼を強引に屈ませた。
「それはこっちのセリフだ!
まともに動けない病人が最前線に出てくるな!!」
なんでここにいるんだよ、ジェハ
悔し気に唇を噛みしめ、ルイは睨め返す。そのルイに一瞬怯むもののジェハの腹の虫は収まることはなかった。
「キミがッ!
一人で残ってるって聞いた僕が寝込んでるわけないだろ!!」
ヨナが叫んだ内容は天幕の中まではっきりと聞こえていた。その情報に肝が冷えた。無謀だ。いくら彼女が強くても多勢に無勢だ。一気に畳みかけられたら彼女はケガどころでは済まない。だが、それはハクに関しても同様だった。その彼の葛藤に対し、キジャとシンアが手を伸ばす。
『ハクはわれらに任せて、ルイの元へ急げ』
キジャの言葉に小さく頷いたジェハは動かない身体に鞭を打ち跳びあがったのだ。そんな彼が見たのは、もう生きることを放棄してしまった彼女の姿だった。丸腰の状態の彼女に向けられる無数の刃。
「キミはいつもそうだ!!
なんで生きることに執着しない!!なんで自分を大事にしない!!」
「1人にしない??
それは僕のセリフだ!!いつも僕を置いていくのはルイだろ!!」
すぐ傍にいるのに、届く場所にいるはずなのに、彼女は星屑のように掌から零れ落ちていく。誰よりも、一番に、掴んで離したくないのに、その意思を無視して彼女は人知れずに遠ざかるのだ。
「私はッ!!」
胸倉を掴む手に力が籠る。今の彼女は冷静ではなかった。普段ははぐらかすのにルイは感情のまま言葉を吐きだしていた。
「私は生きてきゃいけないの!!
私がいるから…私のせいで…みんな死んでいった!」
「私はもう誰も失いたくない!!
だから私は死に…」
バチッ!!
「死にたいなんて口にするな!!」
無意識の内に彼の手は動いていた。ジェハの右手が勢いのまま彼女の頬を打つ。ふらっと後ずさりしたルイは俯きながら、ジンジンと痛む頬に手を添えた。
手を上げてしまった…
少しずつ冷静さを取り戻し始めたジェハは己の右手と目の前の彼女を困惑気に見る。その瞳は動揺で揺らいでいた。
死んでいった者達の願いを想いを背負って…
過去を嘆くことなく…
一歩、一歩ずつ前に…
それが生き残った私の努めだ…
そんなの綺麗ごとだ。
私がいる限り、狙われ続ける。それは周囲に飛び火する。もう誰も失いたくない、ヨナの旅路に害を及ぼしたくない。だからこそ…
「…もういい、ここは僕が蹴散らす」
「はぁ?
指一本ですら十分に動かせないの…」
「死にたがりのキミよりマシでしょ」
意義を申し立てるルイに目をくれることなく、凍るほど冷たい声音で跳ねのけたジェハは、病人とは思えない俊敏な動きで一掃してしまうのだった。
*****
「ユン、あれ…キジャ達もいる…!」
「無茶だ!あいつらとても動ける身体じゃないのに。」
血相を変え走り回ったヨナとユンが見たのは、ハクと一緒に戦うキジャとシンアの姿だった。だが病人である彼らはフラフラの状態。その隙を突かれ、キジャは左腕を斬られてしまう。
「ぐあっ」
「やった、とどめを刺せ!!」
倒れるキジャに剣が振り落とされる。だがその者をシンアがキジャの前に出て斬り倒した。しかし、シンアの背に槍が突き刺さってしまう。それを振り払い、剣で斬ると、肩で息を整えようとする。その時周囲を見渡したシンアは仲間が傷を負っていく姿を捉えた。みんなを守ろうとシンアは仮面に手を伸ばした。シンアは能力を解放する。そのことで周囲にいた敵は倒れていく。だが、体力が限界だったシンアは反動に耐えきれず、地面に倒れ込んでしまった。
それを見て敵は彼らが限界なことに気づく。
「村へ突っ込め!!
村の人間を八つ裂きにしろ!!」
「えっ、ちょっと…こっちに来るよ…!?」
「ユン!逃げて。」
「駄目だよ、ヨナ!」
「逃げろ!!姫さん!!!」
敵は矛先を村へと向ける。ヨナは彼らに対峙し、弓を構える。だがその時、村から戻ってきたゼノの声が響き渡った。
「娘さん、下がって!!」
勢いのままゼノは敵に飛びかかる。馬に乗る兵士の胴体を掴み離さないゼノ。だがもう一人の兵士がゼノの背後に回り込み斬りすてる。それでもゼノは立ち上がり再び走り出すのだった。
「娘さん、逃げろおっ」
「ゼノ!だめぇっ」
ヨナは止まってくれと悲鳴に近い声で叫ぶ。だが彼女の目の前で飛び出したゼノに向けて剣が突き出される。その剣はゼノの身体を貫く。突き刺しにされたゼノの口からは赤い血が吐き出される。
それを目撃した誰もが己の目を疑った。