南戒
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「なにこそこそしてるの?」
「ッ!!ルイ!?」
「やぁカルガン」
高華国が攻めて来て数日後、戦は高華国の圧勝で終結する。運良く、戦の火種から村は逃れることができた。だが、ヨナ達の表情は暗いままだった。そんなヨナとユンが会話している話に聞き耳を立てている少年がいた。そんな彼の背後に一人の女性が気配を消しゆっくりと歩み寄ると、声を掛けた。
木の陰に隠れて盗み聞きをしていたのはカルガン。そして背後からそっと話しかけたのはルイだった。突如声を掛けられたカルガンはギクッと身体を強張らせた。ギギっと背後を振り向くとそこには不思議そうに自分を覗き込むルイがいた。
「ルイ、容態はどう?」
「んー、ボチボチかな?」
カルガンの問いにルイは憂いた表情を浮かべる。数日が経過しても熱が下がる気配がなかったのだ。カルガンはルイのその表情を見て、胸が締め付けられる思いを抱いた。後ろめたく、申し訳なく、カルガンは目の前の彼女を直視できず俯いた。
「ごめんな、ルイ」
「え?なにが??」
「…ジェハ達に感染した俺かもしれないんだ。」
カルガンはボソボソと小さな声で喋りだす。高華国に行く前から身体が怠かったことを。もしかしたらずっとおぶってくれた彼らに感染させてしまったかもしれないことを。
そんな思いつめているカルガンにルイは目線を合わせるように屈んだ。
「そうだとしても、カルガンのせいじゃないよ…」
その柔らかい声にゆっくりとカルガンは顔を上げる。するとそこには優しい眼差しを向けるルイがいた。
「自分を責めることないよ。
カルガンが悪いわけじゃないんだから…
そんなに思いつめちゃダメだよ。」
「……ルイ」
「それに感染したのはアイツらの自己責任」
「でも……ルイのほうが思いつめてるよね…
そんなふうに俺は見えるよ。」
心配げにカルガンはルイを見据える。その真っ直ぐな瞳にルイは視線を逸らすことができなかった。
「ジェハのことになると、ルイってわかりやすいよね…」
数日だけ一緒に行動しただけだが、カルガンはわかってしまった。二人の間に隙いる間がないことに。
「…それはずっと一緒にいたからだよ。
私にとって大切な相棒。」
「……」
「どうしたの?カルガン?」
ルイの紡いだ言葉にカルガンは頭を抱え込む。何を言っても彼女の本心を聞き出すのは難しいのだと察してしまったからだ。カルガンは大きく息を吐き出すと、背を向ける。ここで時間を無駄にするわけにはいかないのだ。
「俺、ルイの話に付き合ってる暇ないからもう行くよ。」
「何処に何をしに行くの?」
「この村には薬屋はないけど、隣の大きな街にはあるんだ。
そこで薬買ってくる。」
そう言い残すとカルガンは走り出した。彼が求めるのは自分が感染してしまったかもしれない彼らの完治。そのためにカルガンはお金を握りしめていた。
「待って、1人じゃ危ない。」
カルガンがしようとしていることに気づいたルイは慌てたように彼を追いかけ始める。戦が終わったはずなのに、この地域一帯に漂うのは淀んだ空気。このまま彼を1人にさせてしまってはいけないと、直感的にルイは思ったのだった。
*****
「ふむ…恐らく多熱病の類だな。
この病は大人がかかると厄介なんだ。
とりあえず頭痛と吐き気を抑える薬草だ。」
「あり…がと…」
隣町の
「大丈夫か、ぼうず。
ほれ、しっかり兄ちゃんが見てやらないと」
「う…ん。」
体調が万全でないカルガンは曖昧な相槌を打ちながら踵を返す。その足取りは不安定で、身体がふらついていた。その姿を見て店主は、付き添いできていたルイに厳しい眼差しを向ける。その視線にルイは愛想笑いで返しながら一礼すると急いでカルガンを追いかけるように店を出ようとする。が、突如として彼らの耳に入ってきたのは不気味なほど大きな地響きと悲鳴だった。たまらずルイはカルガンを引き寄せる。
「…ルイ、これは?」
「ちょっと大人しくしてて」
彼の耳元に小さく囁くとルイは息を殺しながら、窓から外の様子を窺う。
「食糧を金を女を奪え!!逆らう奴は八つ裂きだ!
この地全て焼き払ってやる!!」
「ここはいずれ高華国のものとなる。
奴らに何一つ渡してたまるか!!」
するとそこに広がっていたのは地獄絵図。馬に乗った戒帝国の兵士が鬱憤を晴らすかのように村人達を次々に斬り捨てていたのだ。
「敗残兵だ。奴ら恨みの捌け口を探してやがる。
逃げろボウズ、兄ちゃん、ここいら一帯の町や村は根こそぐ焼き尽くされるぞ。」
その光景に目を見開くルイを横目に、店主は険しい表情を浮かべながら彼らに逃げるよう促すのだった。
「ルイ行こ!!」
「.......」
「ルイ!!」
身体を揺さぶられ、大きな声で名を呼ばれ、ようやくルイは窓から離れる。そして、カルガンが開けた窓から店の裏の方へ出る。だが、逃げた先には行く手を阻むかのように一騎と鉢合わせてしまった。
「おい!ここにガキがいるぞ!!」
「カルガン、先に戻って」
「えっでも...」
「ここは...」
一緒に逃げるとなるとカルガンの住む村に敗残兵を招き入れてしまう。その時間を少しでも遅らすために、ヨナ達が逃げる時間を稼ぐためにも、ルイはゆっくりと鞘から短刀を抜く。
「僕にまかせて!!ほら!!」
翡翠色の眼光を光らせながらルイは目の前の敵を斬り捨てる。その切羽詰まる気迫に押され、足を止めていたカルガンは悔しげに唇を噛み締めながら村へと駆け出した。一方で村の方では、カルガンの母が息子を探し回っていた。その姿を捉えたヨナが駆け寄る。
「どうしたの?」
「息子が…カルガンがいないの。
あの子またどこかに行ったんじゃ…」
「探して来るわ。」
青白い顔の母親にそう言うとヨナは辺りを探し回った。
そういえばルイも何処行ったのかしら?
朝から見当たらない紺色髪を揺らす後ろ姿を思い浮かべヨナは寂しげに瞳を揺らした。その紫紺の瞳が見つけたのは兵に追われているカルガンの姿だった。ヨナは迷うことなく背に背負う弓を手に取ると弓矢を放った。
「カルガン、どこに行ってたの?」
「くすり…」
「薬?」
「キジャ達に渡そうと思って…
ごめん…俺が皆に病を感染したんだ…」
「そんな事…」
急いで駆け寄ったヨナは、息が絶え絶えのカルガンの口から出た訳を聞き、顔を曇らせた。だが、呑気に会話をしている場合ではなかった。馬の蹄音がドンドンと近寄ってくる。
「貴様ぁっ!!
矢を射ったのは貴様かぁっ!!」
「逃げて…あいつら戒帝国の敗残兵だ。
戦に負けて近隣の町村を荒らしてんだ…!!
ルイも...」
「ルイがどうかしたの?」
「ルイが俺を逃がすために残ってくれて...」
カルガンから出た名前にヨナは血相を変えて聞き直す。その問いにカルガンは恐怖で強張りながらも答える。だがその声は震えていた。
「ルイが!?」
ヨナは慌てたように前を見据える。その見据える先からは敗残兵の大群が迫ってきていた。応戦しようとヨナは弓を構える。がその時、突如疾風が吹き上がる。すると目の前には大刀を横に薙ぎったハクが、彼女達を庇うように立っていた。
「無事か!?」
「ええ。」
「
ルイが食い止めてくれてるけど、直にここにも…」
「呪われろ高華国よ…金州が高華国のものになるのなら、全てを奪い焼き尽くしてやる…」
不安げに目を伏せるカルガン。そのすぐ近くでは、ハクが先程斬り捨てた兵士がボソボソと呟いていた。
「あっ、あれ…!こっちにくるぞ!」
突如起こる大きな地響き。カルガンは遠くから近づくものに気づき指さす。その指さす先からは、沢山の敗残兵が群れになってこちらに向かって来ているのがみえた。
「姫さん、ユンとゼノと死にかけのバカ共と一緒に逃げろ。」
「ハク!?」
「ここは俺が何とかする。」
呆気に取られていたヨナはハクの一声に対し、喰いつくように身を乗り出した。押し寄せてくる大きな大軍。その者から感じるのは、悲しみと憎悪。こんな彼らに対してハクはたった一人で立ち向かおうとしている。
「…!!いくらハクでもここを一人でなんて。」
「今闘えるのは俺だけですから。
ルイはここにはいないみたいですしね」
「私も闘う、闘えるわ。」
「闘えるわけないでしょうが。」
「ハク…お願い、一緒に闘わせて。」
「足手纏いです、早く行って。」
それを無謀だとヨナは思うのだが、ハクは彼女のその思いを却下した。そのハクの跳ねのける冷たい一声に、紫紺色の瞳から涙が溢れだす。抑えきれない涙をヨナは手で拭う。その彼女の様子をハクはジッと見下ろした。
「泣かんで下さい。」
「ハクの言葉くらいで泣かないわよ。」
意地を張るヨナに対し、ハクの手は無意識の内に伸びた。彼の大きな手はヨナの頬を優しく添えられる。瞬間的にヨナは目を閉じる。その隙にハクは抑えきれない気持ちのまま彼女の目元に唇を当てた。
「すみません…」
耳元で囁かれる低い声にヨナはハッとし顔を上げる。
「…今だけ許して下さい。」
顔を上げたヨナが捉えたのは淋し気に微笑するハクだった。が、それは一瞬。すぐに踵を返したハクは腕をブンブンと回し始める。
「よーし、元気出た。」
「え…」
「元気百倍。」
「は?」
「行って下さい。あんたはカルガンを守るのが役目だ。」
「カルガン!行くよ。」
ハクの行為に赤面していたヨナだが、ハクの大きな背が彼女の役割を示した。それにヨナはようやく決意を固める。頼もしいハクに背を向けると、ヨナはカルガンの手を掴み歩き出す。一方でハクは近づいてくる大軍を見据えながら大刀を肩に担ぐ。
「さ…て。ルイが居ねぇけど、やるしかねぇだろ。」
寄って来い、一人残らず…
その間あいつらが遠くに遠くに逃げられるだけの時間を…!!
ハクは大きく跳びあがると、敵軍に大刀を勢いよく振り下ろす。大刀が一振りされる度、鮮血が飛び散る。斬られた彼らの悲鳴を聞きながら、ハクは馬に飛び乗る。そして足を手に入れた彼は更に攻撃の手を加速させていった。最初は1人だと油断していた彼らは血相を変え、彼の息の根を止めようと突進してくる。そんな彼らに対し、ハクは大刀を振り回し続けた。
******
「ユン!」
「どうしたの?」
カルガンを連れて走ってきたヨナはユンの姿を捉えて彼の名を叫んだ。その彼女の様子にユンは不思議そうに見る。
「キジャ達は?」
「寝てるよ。まだ熱が…」
「急いで起こして!」
「え?」
「戦の敗残兵が近隣の町村を襲ってるの!」
「何だって!?」
切羽詰まった彼女の口が告げる出来事にユンはようやく事態を知り、血相を変える。そんな彼にヨナがもたらす情報が追い打ちをかけて行く。
「今ハクが村の前で食い止めてる。
ルイは隣町の
「はっ!?ルイなにしてるの!!」
「すごい数よ、早く皆を逃がさなきゃ。
ゼノ、カルガンを連れて村の人に伝えて。」
「あいあい。」
ユンの傍にいたゼノは小さく頷くと息を切らしているカルガンから薬を受け取ると、彼を背負い村へ。それを見送ったヨナはユンに指示を出す。
「ユンはキジャ達を安全な場所に誘導して。」
「ちょっと待って、ヨナは!?」
「…私は戻ってハクを援護する。」
「駄目だよ!危険すぎる。」
「でも…っ、あのままじゃハクが…っ」
ヨナの無謀に近い行動をユンは必死に引き留めようとする。だが、ヨナは胸元を握りしめて、悲痛な声で叫んだ。それはハクを想っての涙。その彼女の揺るがない想いにユンは折れるほかなかった。
「…わかった。
とにかくキジャ達だけでも隠そう。
いくら珍獣だからって今は身体が常人より動かない…んだ…から…
あ…れ…いない…!!?」
病人で動けるはずがないと高を括っていた。だが、天幕を覗き込んだら既にものけの殻だった。さっきまで熱に魘され寝込んでいた彼らの姿は消えていた。