南戒
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「…?」
ゼノと別れたルイは寝付けるわけがなく幹に背を預け木の枝に座り込んでいた。先ほどから感じる黒いモヤは晴れることがなく、一層深まるばかり。癒しの能力はほぼ使えない。だが、吹き付ける風からは不吉な予感を感じ得ずにはいられなかった。ゼノの言う通りならこの力も使えないはずなのに。考え老け込んでいたルイはふと視線を下に向ける。その視界に入った彼にルイは目を瞬かせた。
「ジェハ??」
家から出てきた彼を不思議に思いながら、ルイは地面に静かに降り立った。そして慌てたように彼に駆け寄ろうとする。彼の姿を見た途端、ルイは異様なほどの胸騒ぎを覚えたのだ。
「ジェハ」
「…っルイ」
駆け寄ってくる彼女の姿を捉えたジェハは、弱弱しいか細い声で名を紡ぐ。思考が纏まらないほど頭が重い。身体が自分のものじゃないくらい怠い。ジェハは霞む瞳で辛うじてとらえたルイの姿になんとか足を止めた。
「ジェハ!!」
彼の目の前に来たルイは尋常じゃないほど額に浮かぶ汗の量に気づく。体調が悪いことを知ったルイは彼に手を伸ばそうとする。だがその前に彼が動く。
「…え?」
ゆらっと動いた彼は倒れ込むようにルイを抱きしめた。背中に伝わる大きな彼の両手の感触。ルイはこの状況を掴めず目を白黒させた。
「ジェハ…?」
自分の肩に顔を埋める彼からは何も反応がない。不安げにルイは彼の名を呼びながら、ゆっくりと彼の背に両手を回そうとする。だが、その前にジェハは最後の力を振り絞るように声を漏らす。
「ルイ…ごめ」
「ジェハ!?」
ズルッとずり落ちようとするジェハの身体。ルイは慌てて彼をありったけの力を込めて支えようとする。だが、自分よりも身長があり体格もあるジェハの脱力した重たい身体を彼女1人で支えられるはずがない。
「…くっ」
ルイはジェハが地面に叩きつけられるのを回避するので精一杯だった。ジェハを地面に下ろしたルイはへなへなと疲れ切ってペタリと座り込んだ。その彼女の顔は真っ青だった。
『ジェハは私を置いていかない?一人にしない?』
『もちろん、しないよ』
1人にしないって言ったくせに…
「ルイ!!どうした!!」
その現場にたまたま居合わせたハクが尋常でない様子に慌てて駆け寄る。すると座り込むルイのすぐそばに横たわるジェハの姿が見えた。
「おいっ!!ルイ!!しっかりしやがれ!!」
焦点が合っていない。ハクはルイの肩を掴んで大きく揺さぶった。その声に俯いていた顔をゆっくりとルイは上げた。翡翠色の瞳に映るのは、必死に自分の名を呼ぶハクだった。
「…ハ、ハク」
たく…コイツ絡みになると世話がかかるな
小さくため息を溢すハクに、ルイは縋るように彼の裾を掴んだ。
「ハク、助けて…
ジェハ、熱があるみたいで…」
唇を震わせルイは声を振り絞る。そんな彼女の頭をハクはガサツに撫でる。その不器用な彼の優しさにルイは少しずつ落ち着きを取り戻していった。
「タレ目、死んだか?」
ハクは視線を下に向けると大刀の柄でぐりぐりとジェハの頭を弄る。
「ハク…気のせいか扱いが荒いよ…」
「俺がお前を丁寧に扱った事があるか?」
「…もしかしてキジャの病気が?」
「…死ぬのか、タレ目。」
「う~~ん、火照った身体にビシビシくるねェ…」
普段以上にハクは大刀の柄を持つ力を込める。忠告の意味合いを込めて。だがその殺気が伝わり切れてなく、ジェハは平常運転だった。そんな彼の様子に心配損ではなかったのではないかとルイは思い始めてきた。遠い目になってきたルイは、無意識の内にハクの持つ大刀に手を伸ばしていた。
「??」
「ハク、少し貸して」
そう言い半端強制的に借りたルイは苛立ちをぶつける様に力を込めた。
「いっ…痛いんだけど!!」
「私の心配返せ」
「いやさっきの演技じゃないから」
「だったらその変癖を直せ、バカ」
「あー、お前らが仲いいの十分知ってるから。
痴話げんかするなら俺のいないとこでやってくれ」
「痴話げんかじゃない!!」
「わかったわかった。
いいからこの死にぞこない運ぶぞ」
十分に見せつけられたハクは遠い目をしながら彼女の必死な弁明を適当にあしらう。そして適当に切り上げるとハクはジェハをひょいっと軽々しく持ち上げたのだった。
*****
「ジェハ…そなた感染ったのか…?」
「………そのようだね。」
翌日、キジャの隣には布団が敷かれジェハが横たわられていた。熱に魘され苦しそうな彼らの額には脂汗が滲む。そんな彼らの傍にいることしかできない。不甲斐ない自分にルイは嫌気を覚えながらも、ユンの指示に従い介抱を手伝っていた。
「姫様っ…ここから早く出て下さいっ
これは感染る病ですっ」
「そうだね、ヨナはここにいない方がいいよ。」
「何か出来る事はない?」
「大丈夫、むしろ病ってわかってちょっと安心した。
それなら俺の力で何とかしてみせる。」
「ユン…?」
「…??」
真剣な眼差しのユンの言葉にヨナとルイは不思議そうに彼を見た。対して、彼に話してしまったジェハとキジャは余計な心配を掛けてしまったのではないかと薄っすらと重たい目蓋を開いた。
そんな時突如として引き戸が勢いよく開いた。
「あんた達、高華国から悪い流行り病でも持ち込んだのか!!」
「父さんっ」
「カルガン、近寄るんじゃない。」
入ってきたのは部屋を貸してくれてる家主だった。その背後には必死で父を止めようとするカルガンの姿があった。
「病が広がったらどうしてくれる!?
早くここから出て行ってくれ!!」
「…もっともだね。行こう、キジャ君。」
「う…む…」
怒鳴り散らす彼の言葉にご尤もだとジェハは鉛のように重たい身体にムチを打ち身体を起こす。そんな彼に咄嗟にルイが支えるように身体を滑り込ませる。そして、担ぐようにルイは彼の腕を己の肩に回す。
「…ルイ」
「病人は大人しく運ばれなさい」
「ルイ1人じゃ運べないだろ?」
「それがわかってるなら、意識だけは保ってよね」
彼女の優しさに最初は目を見開くジェハだがニヤニヤと目を細めてみせる。だがその軽口にルイは軽口で返した。
「こんなふうに介抱されるなら病人もわるくないかも…」
「馬鹿言ってないでサッサと直せ。」
なにか考え込んでいたジェハが頬を緩ませながらふと口を開く。互いに揃いも揃って病人になるという経験をしてこなかったのだ。だからこそ染染とジェハは思うのだが、それをルイは一蹴する。
「貴方が倒れてたら、誰が私の背中を守るのよ。」
「……そうだね。
僕がいないとルイは直ぐに無茶するもんね。」
ボソッと小さな声で呟かれるその言葉。真正面だって言うのが憚れるのか彼女は目をくれることなく悪態をつく。その頬はほんのりと紅色に染まっており、それを見つけたジェハは嬉しそうに目を細めた。
「でもルイもあまり近寄らない方が良いよ。」
「何てことないよ。」
「シンア…よい、離れよ。」
だがこの病は伝染るもの。彼らにも伝染して欲しくなく、支えてもらってるジェハとキジャは離れるように促すものの、ルイとシンアは聞く耳を持たなかった。そして家の外に出る一行。その時、シンアは遥か遠くに見えるものに目を見開く。同様に風に乗って伝わる渦巻く熱気だった空気、血の匂いにルイは一点を見つめ固まってしまう。
「…どうした?」
「ルイ?」
「馬が…兵士がいっぱいいる…」
「......この気配は」
辛うじて口を開くルイが微かに感じるのはあの者の鋭い気配。彼がこの近くにいる。それだけで導き出されるのはたった一つだけだった。
小さく身震いするルイ。そんな彼女を心配そうにジェハは見つめていた。その時村人が一人焦ったように走ってくる。
「大変だ!!戦が…」
「えっ」
「戦!?」
「高華が…どうやら高華国が攻めて来たらしい。戒軍との衝突ももうすぐだ。」
「何だって!?」
「高華国がどうして…」
「新王が立って変わったのか?」
ヨナは村人達の言葉に息を呑む。そんな彼女の近くでは突如誰かが地面に倒れるような鈍い音。その音でルイはハッと気づいたように焦点を近くに向けた。するとそこには地面に倒れているシンアの姿があった。
「シン…ア…っ」
「…シンア」
ドクッと鼓動が大きく跳ね上がる。彼が倒れた原因はジェハとキジャと同様の病。3龍が苦しんでいるのに、彼らを守るのが巫女の役目であるはずなのに、今の自分には何もできない。無意識のうちにルイは手を握る。握られているその手の力が強くなる。それに気づいたジェハは彼女が自分自身を責めていることに胸が痛んだ。原因が己だということが更にその痛みを増幅させる。
こんな思いをさせたくないのに
こんな表情をさせたくないのに
ここまで思いつめなくていいのに
ただキミが傍にいるだけでいいんだ。そんな傷や病を直す