南戒
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「キジャ、具合はどう?」
寝かしつけたキジャの容態は変わらぬままだった。そのキジャの傍には、悔しげに膝においた拳を握りしめるルイがいた。
どうしてッ…
こういうときにこそ私の力が必要なのにッ!!
普段の治癒の力が発揮できないこの現状化にルイの頭の中は真っ白になっていた。思いのままに扱うことができた力。だが、ルイの意思に呼応せず、キジャの容態を回復させることができずにいたのだ。
なんでッ!なんでッ!!
爪が食い込むくらい握るルイ。そのルイの拳にそっと手が置かれた。その手にハッと少し顔を上げるルイに、キジャは小さく首を横に降った。
「ルイ、そんなに自分を責めるな」
自分を責めるルイにキジャはそう言うとヨナに視線を移す。
「姫様…申し訳ありません。私のせいで足止めを…」
「そんな事気にしなくていいの。」
キジャの言葉にヨナは小さく首を横に振る。そして、容態を見ているユンの名を呼んだ。
「ユン…」
「うん、ちょっとまだ原因がわからなくてね。
とりあえず熱冷ましの薬を飲ませたけど、単なる風邪じゃないみたいだ。」
呼ばれたユンは表情を曇らせながら答える。そのユンの言葉にジェハは1人表情に影を落とし考え込んでいた。が、直ぐにその表情を引っ込めるとにこやかな笑みを浮かべた。
「ヨナちゃん、大丈夫だよ。
キジャ君、実はゴキブリ並みの生命力だから。」
「ゴキ!?」
「それより
「ちょっと待て、ジェハ。
今、私をゴキブリと!」
言われたい放題のキジャは身体が動かせない代わりに怒りを声に乗せる。が、痛くもかゆくもないとジェハは聞く耳を持つことなく言葉を続けた。
「ここは僕らに任せてその辺散歩してきたら?
ルイも少し休憩しておいで」
ヨナに笑いかけたジェハは傍で俯いたままのルイに優しく声を掛けた。その言葉に顔を上げたルイは躊躇する。
「でも…」
「この村の様子も気になってるんだろ?」
「!!」
「ハク」
ジェハのその言葉に図星を突かれたルイは目を見開いた。それを確認したジェハはハクに目配せをした。それに小さく頷いたハクは大刀を手にする。
「姫さん、ルイ、行きましょう」
「じゃあ俺もちょっと水貰って来る」
促されたルイは渋々立ち上がると出入口へ。ヨナ、ハク、そして水を貰いに立ち上がったユンが外に出る中、ルイは後ろ髪を引かれ振り返る。ジェハはそんな彼女に気づき、ニッコリと笑い手を振る。
ジェハ…
彼が無理して作り笑いをしているのはルイには筒抜けだった。その笑みが嫌いなルイは溜息を溢す。
本当はこの場に残りたい。だが、村の様子も気になっていることも事実。それを見透かしたジェハが口実をつけ、この場から敢えて遠ざけようとしている。
どうやら私は聞いてはいけないのね…
蚊帳の外の状態にルイは淋しさを覚えながらも、珍しく彼に従った。
「…さて、キジャ君。」
ルイが素直に出ていったことにホッと胸を撫でおろしたジェハは、四龍だけ残った部屋でおもむろに口を開いた。
「龍の手の調子はどうだい?」
「龍の手?」
唐突に投げられたキジャは不思議そうに右手を上げた。
「力は入る?」
「まあ、いつも通りというわけにはいかんが…」
「白龍の里に新たな龍が生まれた…
とかいう訳じゃないよね?」
重々しいその言葉が壁に吸収されるほど、場は静まり返っていた。その想定していなかった可能性に、他の3人…特にキジャは目を見開いた。が、動揺しながらもキジャは小さく首を横に振った。
「………いや、それはない
そういう…感じではない」
「…そ、ならいいんだ」
ジェハはそっと目を伏せる。そんな彼をキジャは不思議そうに見上げた。
「……何故急にその様な話を」
「別に急な話でもないだろ?
僕の先代は27で死んだ。もうすぐ僕もその歳に追いつく。
そろそろ新しい龍が生まれて、この能力が枯れ果て死んでもおかしくはないだろ?」
ジェハは物悲し気に微笑みながら皆に投げかけた。普段から四龍に関する話題についてあからさまに毛嫌い、避けるジェハにキジャは物珍しさを覚える。
「珍しい…な。そなたがその様な事話題にするとは。」
「そう…かな?」
「良い気分だ、そなたが大事な話をするのは。」
「そういう事を言うから君は面倒臭い。」
キジャの言葉に対しジェハはジト目を向ける。そんな彼の前で、キジャはそっと身体を起こした。
「確かに四龍は長く生きられぬ
だが…」
口を噤んだキジャは脳裏にある者を浮かべる。その者は清く美しく強いのと同時に儚さも滲ませる暁の髪を揺らす少女だ。
「私はいつでもあの御方の為に命を捧げる覚悟。
寿命など関係ない。」
「君らしいね。」
ぶれることがないキジャの確固たる決意に、ジェハは口元を緩めた。
バシャッ
突然、部屋に響くのは水が零れる音。その音にハッとした4人は出入口を見た。するとそこには、青ざめた表情をするユンがいた。
「ユン君…!」
「あ…
ちょっと水を…あ…こぼしちゃった…」
ユンは動揺を覚えながら屈む。耳を疑いたくなるような内容。果たしてこの話を聞きなおしていいのだろうか。ユンは葛藤しながら、重い口を開く。
「い…今の話…本当…?
四龍は寿命が短いって…」
「おいで、ユン君」
血の気の引いた顔を浮かべるユンに目尻を下げたジェハが優しい声音で彼を手招いた。そして自分の隣に座らせたジェハは語り掛ける。
「なにそんなに真面目になる話じゃない
誰しもいつ死ぬかわからないものだろう?」
「そう…だけど…」
聞き間違いじゃなかった…
ユンは段々と込みあげてくる感情に顔をクシャリと歪ませる。そんなユンをキジャとジェハが覗き込んだ。
「ユン、案ずるな
たとえ新たな龍が生まれてもすぐに死にはしない」
「そうだよ
先代緑龍なんか僕が生まれてから12年も生きてたから」
「それはすごいな…」
暗い表情のユンをなんとか安心させようとさせる。だが、ユンは俯いたまま。キジャは元気な姿を見せようと勢いよく真横に右手を突き出して見せた。
「それに私の能力は高熱の今も衰える事を知らぬぞ」
「おふっ」
その白い龍の手の拳はジェハの顎にクリーンヒット。その力強い拳をまともに受けたジェハは遠い目をする。
「キジャ君、君は殺しても死にそうにないね…」
「当然だ」
「…ならいい…なら…いいんだけどさ」
ユンは俯いていた顔を上げた。
その大きな瞳からは大粒の涙がポロポロと零れていた。
「頼むからしぶとく生きてよね、珍獣共」
「ヨナちゃんには僕らのこと黙っておいて。
もちろんルイにもね」
優しく語り掛けるジェハの口留めの申し出にユンは涙を腕で拭いながら頷く。がふと、ユンは今まで避けてきた話題を切り込んだ。
「…ね?」
「ん?」
「ジェハが一歩踏み出せないのはそれが原因?」
「え?なっ…なんのことかな?」
瞬時に表情が硬くなるジェハははぐらかすように愛想笑いする。が、ユンは引き下がることをせずに胸倉を掴む勢いで彼に詰め寄った。
「とぼけないでよ!!
ルイだよ!!ルイ!!」
「ルイのこと大切に想ってるから…
敢えてこの場から遠ざけたんでしょ!!」
「ね!!そうだとしたらッ!!」
「…違うよ」
「いや…寿命のこともあるけど…
一番の理由は違うんだ」
そう言うとジェハは固く口を噤んだ。なにか思い起こしているのだろうか。桔梗の瞳は不安そうに揺れている。
「なにも聞かないよ...」
彼の複雑な表情を目の当たりにしたユンは後悔する。踏み込んでは行けない領域に触れてしまった気がしたから。俯き気にユンは己の拳を握りしめた。
「聞かないけどッ!!」
ユンは意を決して顔を上げた。過去に何があったかは知らない。でも二人が一緒にいるのを秘かに見守るのはユンは好きだった。だからこそ後悔してほしくない。幸せになってほしい。何ふり構わず自分を後回しにするほどお人好しな長男と長女には。
「ルイのこと好きなら好きってちゃんと伝えてよね...
見てるコッチがじれったい」
「ありがと、ユンくん」
「お…お主ッ」
「あっ…」
心優しい気遣いにジェハは柔らかく微笑む。が、気づかれなかったキジャとシンアのハッと驚く様子にジェハは苦虫を潰した表情を浮かべる。そんな長男にキジャが詰め寄りはじめる。その脇では興味津々だとシンアが耳を傾ける。その光景をゼノは微笑ましく眺めていたのだった。
*****
吹き付ける風にルイはゾクリと背筋を凍らせた。悪寒に襲われブルッと身体を震わせ、ふと空を仰ぎ見る。すると不吉なほど真っ黒な雲が空一面を覆っていた。その雲を視界に捉えた翡翠色の瞳はくすんでいた。
突然倒れたキジャ
突如使えなくなった能力
不吉なほどドス黒い雲
恐怖と不安で胸が押しつぶされそうになっていた。
「姉ちゃん」
嫌な感情を吹き飛ばしてくれるような朗らかな声。たった一声。それだけでも息苦しさから解放された気がした。一瞬表情を緩めたルイ。そんな彼女にホッと安堵したゼノはゆっくりと近づいた。
「ねぇ、ゼノ
…なんで」
「なんで能力を使えないのか知りたいんだろ?」
そっとルイを制したゼノは見透かした眼差しを彼女に向ける。その瞳にルイは息を呑んだ。
「緋龍城から離れたからな」
「どゆこと?」
「緋龍城は龍神の加護が強い城だから。
離れちまうと本来の能力を発揮しづらくなるんだ。」
ルイから視線を外し遠い目で空を仰ぎ見ていたゼノは再び彼女を見た。
「だから気に病む必要なんてねーぞ
姉ちゃんのせいじゃねーんだからな
後、前も言ったけど巫女の癒やしの力を乱用しちゃダメだ。」
「そう言われても私は使うよ。
この力で誰かを救えるなら躊躇しない。」
「寿命が縮まると知ってもか?」
「…?!」
鋭い真っ直ぐな言葉がルイに重くのしかかる。人の力を超越した能力だ。対価がないわけがない。それ相応の代償を支払っていたのだ。そのことを突きつけられたルイは思考が固まる。だがそれも一瞬。事実を呑みこんだルイは乾笑を零した。
「そっか…」
この能力がヨナでもジェハでも他の誰でもない自分が受け継いでよかった。己の命を削って誰かを救うことができる。私に相応しい能力だ。
「わかってるのか!!
治すものが重たいほど姉ちゃんの命が削られるんだぞ!!」
血相を変え掴みかかる勢いでゼノは言い寄る。が、当の本人は目尻を下げ淋しげに微笑んでいた。その儚い笑みにゼノは言葉を失い、勢いが尻すぼみ思わず後ずさりしてしまう。
なんでそんなふうに笑えるんだよ
『ゼノ、私はそれを承知の上でこの能力を受け入れたの。
だからこの生命が尽きるまで私は使い続けるわ。
貴方にどんなに反対されようとね。』
目の前の彼女と同じ紺色の髪を揺らす少女がふんわりと笑いながら力強い眼差しを向ける。記憶から映し出される残像がルイの姿と重なり、ゼノは悔しげに唇を噛み締めた。
「ゼノ。
私は生かされたこの生命を誰かの為に使いたいの。
だから苦しんでいる人が目の前にいたら躊躇しないよ。
だって…」
ゆっくりと落としていた視線を上げたルイは、ゼノを見据え強い思いを言葉に乗せた。
「『これは私だけしかできないことだから』」
ゼノはその言葉に息を呑む。遙か遠い昔、忘れたくても忘れられない台詞が一音一句違うことなく再び再現された。巫女の性なのだろうか、この変わらない思いは。他人のために寿命を削ることを厭わない随分なお人好し。知らないうちにあの時のように遠くに行ってしまうような気がする危なっかしいルイは彼女と全くもって瓜二つ。だからこそ目を離せない。
もうあの頃と同じ惨めな思いはしたくないんだ
ゼノはギュッと秘かに拳を作るのだった。