南戒
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「…わぁ」
ヨナは目の前の光景に声を漏らした。
ジェハが案内したのは傍らに滝が流れる崖だった。
「ホント良くこんな抜け道を知ってるね」
「そりゃあ阿波に流れるまでいろいろな箇所を飛び回っていたからね」
「なるほど…
確かにこんな道普通の人には無理だね」
「そ。だから僕がいれば何とかなるでしょ。」
驚くルイにジェハは小さく笑ってみせた。そんな彼の背に、いたずら顔を浮かべたハクが近づいた。
「悪ィな、よろしく。」
「わー、ハク。重いー
その大刀へし折っていい?」
そしてそのままハクはジェハの背中にしがみついた。ずっしりと来た重みにとジェハは苦言をこぼした。
そんな一同のやりとりを聞き、カルガンは尋ねる。
「何であんたがいると何とかなるんだ?」
「今からこのお兄さんが超人的な芸当をするからね」
「超人的な芸当??」
「そ…
この崖を軽々と飛び越える芸当さ」
不思議そうに見上げてくるカルガンに腰を屈めて覗き込んだルイはいたずらっぽい笑みを浮かべてみせた。
「まあ、見てて」
ジェハはカルガンをおぶると地面を蹴る。そして軽々と空に舞い上がった。通常では見れないありえない眼下の光景にカルガンは言葉を失う。
「…っ」
「内緒だよ。」
向こう側に降り立ったジェハはカルガンを背から下し、彼に軽く目を瞑ってみせる。そして、すぐに他の者を運ぶため地面を蹴り空へと舞い戻った。
その後、悪態をつきながらも一人ひとりジェハは運んでいく。視界いっぱいに広がる青く澄み渡る大空。その空に映えるかのように深緑の髪が風に揺られ靡く。
その光景をルイは岩に座りぼんやりと見上げていた。その翡翠色の眼差しは、空のさらに先の遠くを見ているかのように、暗い色にくすんでいた。
そんな彼女の背後に音を立てずにジェハが降り立つ。いつもはすぐに振り向いてくるはずのルイが気づく気配はない。ぼんやりと空を見上げ心ここにあらずなルイの結いている濃紺色の髪が綺麗に揺れる。
困ったな…
ジェハは軽く肩をすくめた。風景に馴染んでいるルイに声を掛けてしまうことによって、目先の光景が崩れてしまうことが憚れてしまっていたのだ。だが、先に運んだ仲間を待たすわけにもいかない。ジェハはゆっくりとした足取りで彼女に近づいた。
「あぁ…お疲れジェハ」
近づいてきたジェハを振り向くことなくルイは空を見上げながら口を開く。
「なんだ…気づいているなら声かけてよ」
そんな彼女にジェハは目尻を下げた。
「で?何に思い耽っていたんだい?」
「ただ…」
「ただ??」
「ジェハが羨ましいなと思って見ていただけさ」
「…へぇ?」
ゆっくりと立ち上がりながらルイは言う。その言葉に、ジェハは己の耳を疑い、目を点に。そんな彼の反応などお構いなく、ルイは空を見上げながら続ける。
「空に自由に跳べるジェハが羨ましいなって…」
ポカンと呆けるジェハを横目にルイは目を細める。
どこまでも広がる青い空
その空へ片足一つで行ける彼が羨ましかった
空へ行けばしがらみを振り切れそうな気がした
「あぁ…私も空を跳べたらなぁ…」
ルイは切望するように声を漏らした。そんな彼女にジェハは一歩詰め寄った。
「だめだよ…」
「え?」
「ルイも跳べたら僕が困る」
「なんで?」
「だって跳べることは、ルイを独り占めできる僕の唯一の特権だからね」
振り返ったルイが見たのは、淋し気に微笑むジェハだった。
「言ったでしょ?
ルイが望むならどこにだって連れて行くって…」
「…どこへでも?」
「そっ」
そっと紡がれたジェハの言葉にルイは翡翠色の瞳を揺らした。
ルイ、君は自由だ
何処に行きたい?
僕がどこへだって連れて行ってあげるよ
「ジェハは私を置いていかない?一人にしない?」
「もちろん、しないよ」
「ホントに?」
ルイは震える唇を恐々と開いた。不安なのか確認するようにルイは何度も尋ねた。そんな彼女はどこか幼くみえた。なにかを恐れる草食動物かのように小さく肩を震わしていた。
見かねたジェハはそっとルイを引き寄せると、彼女を己の腕の中に閉じ込めた。
「僕はどんなことがあろうとルイの味方だよ。
ルイが許す限り、隣に並んでいたいし一緒に居たい。
だから1人で抱えないで」
怖がらないで、僕は君の味方だ
どんなことが起ころうと僕が守ってあげる
ジェハの声は遠くから聞こえているかのような錯覚をルイは覚えた。その代わりに聞こえるのは蓋をしていた己の記憶上の言葉の数々。
優しく包んでくれるジェハの言葉は、ルイにとっては甘い毒のよう。不安を和らげようとしたジェハの想いと裏腹に、ルイにとっての恐怖心を増幅させていたのだ。
ノアっ…
ジェハの姿と重なり合うようにルイの瞳には1人の男の姿が映る。
私はもう二度と大切な人を失いたくない…
ルイはそっとジェハの背に手を回す。そして、震えるその手で彼の服の裾を掴んだ。
…怖いんだとよ
大切な奴が消えるのがよ
ジェハの脳裏に唐突にハクに言われた言葉が蘇る。
ルイ、僕は拒絶されない限りは傍に居続けるよ
何があっても消えるものか
だって誰よりもキミのことが大事で愛おしく想っているのだから
ジェハはルイをあやすように彼女の頭を優しく撫でるのだった。