静かな終幕
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「ハク…」
水平線に沈みかけ始めた夕方。
オレンジ色の光を浴びながら薪を集めていたヨナは近寄ってきた気配に顔を上げた。するとそこにはハクが立っていた。
「もう暗くなります
天幕に戻って下さい」
「うん」
その言葉に素直に頷いたヨナは集めた薪を担いで立ち上がった。そして、少し前を歩きだしたハクを追い彼の隣に落ち着いたヨナは天幕への道を歩き出した。
すぐ横を見ると、水平線に沈んでいく太陽のオレンジ色の光に照らされて青い海が綺麗に輝いていた。
ふとヨナは顔を上げる。すると、太陽の日に照らされているハクの横顔があった。その顔を眺めていたヨナの脳裏に唐突に先日の光景が蘇り、駆け巡った。その記憶にヨナは目を伏せ憂いた表情を浮かべた。そんなヨナの様子に気づいたハクは深刻な表情を浮かべるヨナが持つ薪をヒョイッと奪い取った。
「あ…」
両手に薪の重さがなくなったことに最初はキョトンとするヨナ。だが、瞬時にダメっとハクの手から薪を奪い返した。そして不満げにハクを睨みあげた。
「腕の怪我、まだ全然治ってないんだから」
「問題ありませんよ、これしき」
だが、すぐさまヨナからハクは薪を奪い返した。そして再び奪取されないように右側に抱えた。そんながら空きになったハクの左手にヨナは手を伸ばした。
「ほら、握力がない」
意地になって握るヨナだが、ハクが少し力を込めるだけでその表情は歪んだ。
「痛い!!嘘でしょ
あんな怪我負ったのにどんな筋肉してるの!?」
すぐに解放された手を胸元で握るとヨナはしれっとするハクに声を上げた。そんなヨナとの他愛のないやり取りに無意識のうちにハクは笑みを零していた。
あ…
ハクが笑った…
そのハクの笑みにヨナは目を奪われていた。ホッと安堵した途端、張り詰めていた糸がプツンッと解れていった。
「…姫さん?」
「あ…あれ…あれ?あれ…?」
足を止めて固まるヨナを不思議に思い振り返るハクは己の目を疑った。何故なら、ポルポロとヨナの紫紺色の瞳から涙が溢れ出していたからだ。その涙にヨナは困惑しながらも止まらない涙を必死に拭った。
ハクが…
笑ってくれたぁ…
「ち、違うの
何かホッとして…
嫌だな…ハクには…弱い所ばかり…見せて…」
弱々しく声を震わして泣きじゃくるヨナに、ハクはそっと近づいた。そして、涙で顔を濡らすヨナをそっと左手で引き寄せた。
「…何も見ていませんよ」
この人は…
こんなになっても私を気遣ってしまう…
不器用なりのハクの優しさにヨナの目頭はさらに熱くなった。そっと彼の背にヨナは手を伸ばした。飛びつくように腕を広げて胸元に飛びついてきたヨナに目を見開いた。そんな彼を他所にヨナは彼の事を想い涙を流した。
どうか…
どうか神様、ハクの傷をとりのぞいて下さい…
ギュッとハクの服を掴み、祈るようにヨナは涙を流し続けるのだった。
*****
「仇…か…」
背の高い木に登り、大きな枝木に座っていたルイはぶらぶら揺らしていた足を止めてふと思い出したようにボソッと呟いた。そのルイの心情とは裏腹に海は透明に澄みきり、輝きを放っていた。そんな海に向かってルイは大袈裟にため息を吐きだした。
「やだなぁ〜ホント」
いつも冷静な彼が自分の感情を曝け出した。その行為は、忘れかけていたルイの奥底に眠るドス黒い感情の蓋を開けていたのだ。
メラメラと燃え上がる炎
その中を逃げ惑う人々の断末魔
無防備な人々が次々に斬り捨てられていく
その光景を愉快げに笑う男共の下衆汚い笑い声が木霊する
そして…
肉を切り裂く音
血の海をつくって氷のように冷たい身体
阿波での日々で思い出すこともなかった嫌な記憶が走馬灯のようにルイの脳裏を駆け巡った。
その生々しい記憶に耐えるようにルイは服を握りしめた。
里に火をつけた奴ら
恩人の命を奪った奴ら
全てを奪ったといっても過言でないアイツラが殺したいほど憎い
だけど…
『ルイ…
憎しみの感情に囚われたらいけないよ
誰もそれを望んでいないのだから』
『過去を悔やむ暇があるなら前を見なさい』
『その生命を誰かのために使いなさい
そうすれば自ずと生き残った意味を…役割を…知ることができるはずです』
『北を目指しなさい
きっといい出会いがある』
『大丈夫
僕がいなくてもルイは生きていける
それに、ルイはこれからきっとかけがえのない人に出会えるよ』
『僕はずっとルイを見守っているから
だから行きなさい』
『ルイ…
楽しい時間をありがとう』
彼の…恩人の…
残してくれた言葉がとどまらせてくれた。それでもこの黒く汚い感情は消えることはない。
「でも…ハクの気持ち、痛いほどわかっちゃうんだよね」
悲痛な表情で胸元を押さえルイは吐露した。
仇を目の前に冷静にいれる者などいるはずがないのだ。
でも、ハクはその相手以上にその感情を自分自身に向けていた。彼は自分自身を責めていて、悔やんでいるようにルイは感じ取ってしまった。
だからだろうか…
妙に、自分自身と重ね合わせてしまうのだ。
「だって…
私が一番許せないのは私自身だから…」
彼らの死を招き入れてしまった
自分がいなかったら、彼らが死ぬことはなかったのだ
何度も責めた己自身を
何度も悔やんだ
あの時一歩も動くことができなかった…
力もなく、ただ指を咥えていることしかできなかった…
守られるだけの立場だった…
不甲斐ない、あの頃の幼い己自身を
「…それでも生きるしかないんだ」
死んでいった者達の願いを想いを背負って…
過去を嘆くことなく…
一歩、一歩ずつ前に…
それが生き残った私の努めだ…
淋しげにルイは空を見上げてポツリとある言葉を溢した。
「ねぇ…
私は貴方に胸を張れるような生き方ができてる?」
問いかけるように紡がれたルイの声は臙脂色の空に吸い込まれていった。