黒幕との鉢合わせ
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「…ッ」
ふと胸元に手を置く。が、そこにはいつもぶら下がっているペンダントの膨らみはなかった。
あぁ…
そ~だった…
忘れていたとルイは苦笑しながらそっと手を離した。そして、深く息を吐き出しながら脱力するように腕を組み壁に寄り掛かるのだった。
今、ルイ達潜入組から除外された1行は、リリのはからいによって彼女達が滞在している宿に来ていた。
四泉で最も有名な高級な老舗旅館
そんなとこに宿泊できるくらい
依存症患者が多すぎて引き受けるのを渋った診療所にお金で物をいわせることができるくらい
財政力を持つリリ
一体、彼女は何者なのだろう…
他の皆が温泉に浸かる中ルイは1人、生まれて初めて見る綺麗な高級老舗旅館の外観を見上げた。
華やかで綺羅びやかな空間
ここはまだナダイの息が掛かっていないのか、嫌な匂いも不穏な空気も感じなかった。
だが、暫くしてルイは伏せていた眼差しをゆっくりと開ける。
壁に身を預けて腕を組んだまま、ルイは横目で宿の出入り口を確認する。すると、複数の人間を引き連れた1人の30代半ばの男が入っていくのが見えた。
透き通ったものを濁らせるような小さい影
あの男からは怪しい雰囲気が漂っている。
ルイは翡翠色の瞳を細め鋭く尖らせると、あの男の正体を探るために尾行を始めるのだった。
息を顰めて、存在感を消して尾行をするのは自分にとっては朝飯前
ルイは、そのままその1行が一つの部屋に入室したのを確認すると彼らの話を聞こうと聞き耳を立てた。最初は和やかに進んでいると思われた談話。だが、徐々に男がヒステリックな声を上げて、暴挙を始めていた。そんな彼らからの話を黙って聞いていたルイの顔は徐々に血の気が失せて、青褪めていった。
彼らがやろうとしているのは、この宿の客にナダイを飲ませること
水麗の店と同じ行為をこの老舗旅館に強要させようとしているのだ
…不味い
早くヨナ達に知らせないと…
そう思っているルイに1人小さな影が近づいていた。その影はルイの肩を軽く叩いた。それに、他に注意を巡らしていなかったルイはハッとして反射的に暗器を入れている袖口に手を伸ばしながら振り返った。が、すぐに影の正体がわかるとその手を止めた。
「…ルイさん」
「テトラさん」
そこにいたのはお茶とお菓子が置かれたお盆を持つテトラだった。険しい面持ちを浮かべながらも驚きを滲ませるテトラを瞬時に視界に捉えたルイは、事情を話すのは後だと彼女に目配せをして聞き耳を立てるように促す。それに、悲鳴を聞いてここにやってきたテトラは小さく頷き、ルイの隣で襖越しに聞こえる会話に耳を傾けるのだった。
「お願いします。この宿は格式と伝統ある四泉の老舗。
お客様にナダイを横流しするなど…
そんな事をしてはここは宿としての機能を完全に失ってしまいます。」
彼らが聞き耳を立てていた室内。そこでは宿主が床に伏して懇願していた。そんな彼の後頭部を1人の男が足で踏みつけており、それを複数人が見下ろしていた。
「ヒヨウ様!!」
その中央にいた男…ヒヨウは手鏡を片手に額の傷を見て、顔を顰めた。
「やだ、また傷が…全く益体も無い人ですね」
額の傷を隠すように前髪を梳くと、ヒヨウは宿主を冷たい目線で見下ろした。
「この古臭い宿がなんとか潰れずに済んでいるのは私が今まで援助を惜しまなかったからでしょう…?
あなたにはまだまだ借金があるし、幸いこの宿には羽振りの良い客が来る。
そろそろ私にも見返りがあっても良いと思いませんか…?」
「元はといえばあんたが…
四泉にナダイをばら蒔いたから全てが狂ったんじゃないがッ」
悔しげに歯を食いしばって宿主はヒヨウを睨みつける。が、彼の言葉を吐き捨てる隙を与えず、ヒヨウは彼の口元に靴を突っ込むのだった。
「うるさいわね、大声出さないで頂戴」
「ヒヨウ様出ております、おネェが
キズも見えてます…」
「はっ…とにかくあなたは今まで通り仕事をすれば良いんです
後はこちらで首尾よく進めますから
近いうちに南戒の商人と仙水で取り引…」
これは…本物の密売人…!?
しかもこの事件の主犯格の人間…!?
耳を疑う会話にテトラは青褪めた表情で、襖から耳を離しルイを見る。すると、テトラの動揺がわかったのかルイも耳を離して小さく頷いてみせた。
「テトラさん
この情報を急いで彼女たちに」
「…ルイさんは?」
「僕はもう少しここにいます」
「…わかりました」
詳しく知りたいけど危険だわ
リリ様を早く別の場所へ…
ここはルイに任せて、自分は早くリリ達の元に戻ろうと決めたテトラ。そして、テトラが行ってくれるなら自分はもう少し情報を集めようとここに残ることを決めたルイ。
「ここは一般のお客様は立入禁止ですよ」
そんな彼女たちの背後に大柄な男が立つ。その男が発した一声で、2人は血相を変えて背後を振り返ると、取り繕うように笑みを彼に向けた。
「あ…あら失礼
お部屋を間違えたみたい」
「すぐ戻るんで、
そこどいていただけますか?」
テトラの誤魔化しに乗っかって、ルイはテトラを引き寄せてそのまま寄り添うようにその場を離れようと男の脇を通り抜けようとする。が、横に来た彼女たちに対して男は拳を振り上げて殴りかかってきた。
もちろん、素直に通してくれないだろうと察していた2人は直様反応する。反射的にルイはテトラを抱えたまま、男の拳を後ろに下がって回避する。そして、テトラは持っていた盆を男に向けて投げると、ルイの腕から抜けて仰け反った男の意表をついて、拳を躱し強い蹴りを喰らわした。その華麗な身のこなしに、ルイは思わず感嘆の声を上げた。
「いい動きしますね、テトラさん」
「…そちらこそ」
だがテトラの一撃に対して何事もなかったように男は立ち上がった。その男の様子に2人は顔を曇らせた。
「…全く効いてないですね」
「あら…なんて事…これが効かない人なんて初めて…
あなたもナダイで身体が麻痺してるのかしら…?」
さて、どーしようか…
そう考えを巡らしていたルイは、ユラっと場を纏う空気が歪んだのを感じ取った。それを感じ取ったルイは、その鋭い殺気が出されている箇所に気づき、血相を変え慌てて振り返った。
「…テトラさんッ」
その場所はテトラが立つ背後の襖から。ルイは彼女の名を呼んで手を伸ばした。が、ルイの手が届く前に大きく目を見開いたテトラの背中は鋭利な剣によって一突きされてしまうのだった。
「…ッ!?」
ルイは思考が止まったかのように立ち尽くした。
「おや…
誰かいらっしゃると思って刺してみましたが、大当たりですか?」
テトラを刺したのは不敵な笑みを浮かべるヒヨウだった。
襖の障子を突き破って剣を突き刺す躊躇ない行動。そして襖の隙から覗かせる蛇のように冷徹な眼差し。
この男の眼差しは残忍な人間だった。
その彼が持つ剣からは現実を突きつけるようにポタポタと鮮血が床に落ちていた。
「こッ…こいつ!!」
「あッ…あなたが…」
ズルっと支える力を失いテトラの身体は傾く。そのテトラの身体をルイは慌てて支えた。深く刺された傷口からは止めどなく血が流れていく。が、血で汚れることなど気にすることなくルイはテトラの身体を抱きしめた。そのルイの腕の中でテトラは息を荒げながらヒヨウを睨みつける。
「お味方に刺さってたら…どうなさる…おつもり…」
「別に代わりの薬中人形を用意するだけよ」
ヒヨウは彼女たちを鼻で軽くあしらい、見下ろした。
「ふざけんなッ…」
テトラの背の傷を軽く処置したルイは憤りで身体を震わしながら立ち上がりヒヨウを睨みつけた。
「命は何ものにも代え難い
そんな尊い物をぞんざいに扱うな!」
「ぞんざいに扱って何が悪いのかしら?
薬中人形は全て私のもの
どう扱おうが、私の勝手でしょ?」
「そーゆう考えが気に入らないって言ってんだよ」
詫びることもなく愉快げに笑うヒヨウ。そんな彼の考えに反吐が出るとルイは怒りを押し殺して吐き捨てた。
「熱っ苦しい男も
胸のデカイ女も
嫌いなのよね」
「ヒヨウ様出てます…
オネエが…」
ゴミを見るような目でヒヨウはルイと床に横たわるテトラを見た。その彼の口調に対して部下がボソボソと小さな声で注意を促す。それにハッとしたヒヨウは口調を直すのではなく、手鏡を取り出して露わになっていた額の傷を急いで前髪で覆い隠すのだった。
「…面倒だから適当に殺して海に捨てておいて下さい」
「はい」
ヒヨウの一声に付き従っていた男共が得物を構える。それに応じるようにルイは短剣を構えた。
いつ飛び込むかと間合いを計る彼ら。その彼らがいる場は緊張感が張り詰めていった。ジリっと一歩前に足を踏み出したルイは、1人の男の懐に飛び込もうと足を蹴ろうとする。が、突如上がった2人の悲鳴声にルイは手足を止めて、青褪めた表情で声がしたほうを向くのだった。
「きゃ…テトラ!!」
「…ルイ!!」
悲鳴を上げたのは、偶然場を通りかかったヨナとリリだった。
「リリ…さま…にげ…」
「いけませんよ、ここは立入禁止なんですから」
「テトラ…っ」
「駄目!!下がって」
血を流して倒れているテトラを見てリリは血相を変えて飛び出そうとする。そんな彼女を必死に押さえ込むヨナ。対して、よそ見をしたルイの隙をついて飛び込んできた男の一打を剣で止め鍔迫り合いをしていたルイは、ヨナを横目に叫ぶように声を上げた。
「ヨナ!
今すぐ、リリちゃんを連れて逃げて!
コイツがナダイを横行させる黒幕だ」
この人が…!?
ヨナは暴れるリリを抑えながらルイの言葉に目を見開いた。
逃げなきゃ…リリを早くここから…
最初はルイの言葉に従って逃げようと踵を返すヨナ。だが、ふとは思いとどまって、手に持っていた剣の鞘を投げ捨てた。
逃げない
ならば闘うしかない!!
決意を固めたヨナは震える手で剣の柄をギュッと握りしめて構えるのだった。