深い闇
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ガヤガヤ
ユンが手配したのはこの街でも多くの者が憩いと自由と酒を求めてやってくる大きな酒場だった。そこに旅芸人としてヨナ達は店内に入った。
一方でそんな一行の姿を疑いの眼差しで見ている1人の少女がいた。
彼女の名はリリ。
この水の部族長の一人娘のお姫様だ。彼女は、麻薬の横行を把握しているのに外交や貿易やと一向に腰を上げようとしない父に痺れを切らして、少しでも麻薬密売人の尻尾を掴もうと四泉へとやってきていたのだ。そんな彼女が目につけたのは怪しい行動をしているヨナ達。そして、たまたま宿の窓から1行が店の前で疑わしい行動をしているのを目撃してしまったのだ。
あいつらここに入って行ったわね
もしかして、ここで麻薬の密売が行われてるんじゃ!?
1人宿を抜け出したリリは1行が入っていった店を見上げた。そして、麻薬密売の経路を突き止めるためにリリは意を決して店の扉を押し開けるのだった。
なんだ…ただの酒場じゃない
リリは目の前に広がるありきたりな光景に困惑した。が、リリは一歩足を踏み出して人混みを掻き分けてお目当ての1行の姿を求めた。そのリリの視界の端に暁の髪と濃紺色の髪が過ぎった。その見覚えのある色にリリはハッとし、店の中央に視線を向けた。
するとそこには着飾った衣装を身にまとった2人の踊り子が妖艶な笑みを浮かべて華麗に踊っていた。
1人の踊り子は大きい笠を被った影から紫紺色の瞳を覗かせ、右手に持った扇を振るい、店内のどこからか吹かれる縦笛の旋律に合わせて多くのタップを踏んでいく。
元気いっぱいの陽の踊り。
対してもう1人の踊り子は陰の踊りをしていた。
もう1人の踊りを惹きたたせるように
胸元まである濃紺色の髪を靡かせて、ゆったりとしたステップを踏んでいく。その者が両方の手に持つ扇をヒラリと翻す度に、一歩足を踏み出す度に、髪に挿されている簪が鈴音を鳴らした。
スラリと長い白い手足を満遍なく曝け出し踊る踊り子は時折、視線を向ける観衆に熱い眼差しを向けていった。
伏された瞳から覗かせる翡翠色の眼差しに
まるで誘っているかのような踊りに
人を惑わすような大人の色香に
幾人の者は心奪われていった
あの娘踊り子!?
やっぱり旅芸人だったの??
リリは舞台の上で踊る娘の姿に大きく目を見開いた。だが、もう1人の踊り子は見覚えがなくリリは小さく首を捻った。
でも、あの綺麗な女性は誰?
確かに、1行の中に濃紺色の髪を持つ者はいたが髪を右肩に流している男だった。だから、あの踊り子は店で働いている者だろうとリリは割り切り、1行の正体を暴こうと止めた足を再び一歩前に踏み出すのだが、丁度目の前に人がいたらしく運悪くぶつかってしまった。
「…痛ェ…」
「道を開けなさい」
「…痛ェーな」
「えっ…」
リリは上から降り注がれる高圧な声に顔を上げた。するとそこにいたのは生気を失った虚ろな眼差しで見下ろす1人の男だった。
*****
感じる…
ここは千州の村で踊った時とは全然違う…
負の感情が伝わってくる…
誰もが危うく思えてくる…
そんな哀しい町だわ…
店内に纏う冷たい空気に、己を見る虚ろな眼差しにヨナは踊りながら心を痛めていく。その中、視線を観衆へ向けていたヨナはある光景を目撃してしまった。
「…!?」
「……??」
突如舞っていたヨナが殺気を纏わして走り出したことにルイは目を瞬かせた。慌ててヨナの走っていった方に視線をやることでようやくルイは今店内で起こっている事態を把握するのだった。同時刻、異変に気づいたユンにより演奏をしていたジェハはその手を止め、他の潜入した者達も立ち上がった。
その彼らの視線の先では高貴な服を身にまとった1人の少女が拳を振られようとしていた。
え…
なにこれ…
血…
抵抗したリリは一発目の前の男により頬を打たれ、床に跪いた。この状況が呑み込めず、動揺するリリ。だが、視界に映ったポタポタと床に落ちる赤い鮮血に、リリは瞳孔を揺らがせた。
わたし…
殴られ…
どうして誰もこっちを見ないの…
やだ、城に帰りたい
顔を上げたリリの目の前では再び男が拳を振り下ろそうとしていた。その事態にリリは表情を青褪めた。
助けて、お父様…
リリは襲いかかる恐怖で瞳に溜めていた一滴の涙を落とす。が、すぐに自分を殴り飛ばそうとした男の拳が届く前に突如どこからか現れた1人の少女の右足により突き飛ばされるのだった。
何が起こったかわからないと呆然とするリリの目の前ですぅっとその少女は静かに着地をした。そして、被っている笠を持ち上げて、リリを心配そうに見つめるのだった。
「そこのあなた、大丈夫?」
ヒラリと揺れる暁の髪。
笠から覗かせる紫紺色の眼差し。
そこにいたのは、リリが怪しいと睨んでいた自分とあまり年が変わらなそうな1人の少女だった。