襲い掛かる魔の手
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「…ッ!!」
混沌の闇から意識を浮上させたジェハが勢いよく目を開ける。開いた瞳に映ったのは、見慣れない木の天井だった。
地面に直に敷かれた天幕で雑魚寝している感覚とは違う。薄くても固くない柔らかい布団に横たわっている。それを実感した途端、己が犯した失態と状況を思い出すと同時に、慣れ親しんだ感触に気づいた。
鉛のように重たい身体を動かすことなく、ジェハは視線を自分の胸元に落とす。すると案の定、そこにはコッチに顔を向けて寝ているルイがいた。
ジェハはゆっくりと片手を上げて、顔にかかっている前髪を梳いた。
「…!?」
目を細め愛おしそうに見つめていたジェハの瞳がゆらりと揺れた。何故なら、梳いたことで露わになったルイの目元が赤く腫れていることに気づいてしまったからだ。
目尻を下げて後ろめたそうに表情を歪めたジェハはそっと手を伸ばした。
触れていいだろうか?
思わず過ぎった考えに、躊躇してビクッと手を震わしたジェハは彼女に触れるギリギリで手を止めた。が、意を決してジェハは彼女を起こさないように慎重に壊れ物を扱うように痛々しく腫れた目元をそっと撫でた。
「よぉ、起きたか」
「…ハク」
そんな彼のもとに浅い眠りだったハクが近づき彼を見下ろした。その声に視線を上に上げたジェハは小さく彼の名を呟いた。
「一応聞くが、記憶はあるか?」
「残念なことに鮮明に残ってるよ」
ハクの鋭い切り口にジェハは居心地悪そうに目を伏せ、息を吐きながら答えた。
薬で頭がイカれていた時の記憶…
本当ならすぐにでも抹消したいくらいの記憶なのだが、残酷なことにこういう記憶に限って、鮮明に覚えているものだ。
「ハクが止めてくれてなかったら僕は確実に彼女を傷つけてた」
「後悔の念に駆られるとこだった」
「止めてくれてありがとう、ハク」
「…おぅ」
素直に礼を言う目の前の彼に珍しいものを見たかのようにハクは目を丸くした。が、すでにハクから視線をルイに戻していたジェハはその表情の変化に気づかなかった。そんな彼に、腰を下ろしたハクは無言で持っていた大刀の柄を向け、問答無用だと彼の頬に力強くグリグリと押し当てた。
「てめえにしては軽率だったんじゃねェの?
遊郭行ってヤバいモン飲まされるなんてよ」
「飲まされたんじゃない
"飲んだ"んだ」
「…
「…ごめん」
いくら語択を並べても駄目だと、突っ張められたジェハは視線を天井に向けて小さな声で申し訳無さそうに言葉を呟いた。
そんな彼に、眉間にシワを寄せて視線を鋭くしたハクは再び大刀の柄を力一杯、目の前の彼の頬にグリグリと押し当てた。
「...お前ももうちょい自覚しろ
ルイのこと言えねぇーぞ」
「...」
痛いところを突かれてしまったジェハは黙り込んだまま、異を唱えることなく甘んじて受け入れた。その様子にハクは深く息を吐くとゆっくりと大刀の柄で彼を突くのをやめた。そして、遠い目をしたハクは独り言を言うかのように小さな声で語りかけ始めたのだった。
「…コイツ
誰よりも取り乱してたんだ
人前で強がって我慢してやがったから連れ出してみたら、すげぇ泣きじゃくった」
「...」
「…怖いんだとよ
大切な奴が消えるのがよ」
「...」
「昔何があったか知んねーけど
それ全部引っくるめて
コイツに寄り添うのがテメェの役割じゃなかったのか?」
「...」
「言ったよな?
"コイツのこと気に入ってる" って...
"高括ってると俺が掻っ攫う"って...」
「大事な奴だったら
テメェのことで泣かせんな」
その言葉に只々黙って聞いていたジェハがようやく重たい口をゆっくりと開いた。
「ハクだって人の事言えないくらい無茶してるよねって言いたいところだけど
今回ばかりはなにも言い返せないや」
乾笑を混じえながら自嘲気味に笑いジェハは顔を引きつらせた。
ハクの言うとおりだ
彼女ほどではないが自分も、誰かの為になるのならと危険な賭けをいくらでもする
"とんでも無いお人好し"
と言われるかもしれないが、誰かが困っているのを見過ごせない
だって、それが彼女と自分の信念なのだ
それでもやっぱり彼女の縋るように泣きじゃくる姿は身に耐えるものだった。
ジェハは視線を天井からルイに戻すと、彼女の艷やかな髪に手を伸ばす。そして、何度も存在を確かめるように優しく撫でるのだった。
*****
「ジェハ!気がついた!?」
「身体大丈夫!?」
その声に反応してジェハは目線を逆サイドにやる。するとそこには今起きたヨナ達が身を乗り出して心配そうに覗き込んでいた。
「ああ、平気…」
ジェハは安心させようと小さく笑って身体を起こそうと片手を布団につけ、力を入れる。が、よくよく注意深く見ると彼を支える手が耐えきれず震えていて無理をしてるのは明らか。それを見て、世話のかかる奴だと呆れたようにハクは彼を強引に布団へ横たわらせた。
「寝てろ」
「そうだ、寝ていろ!」
「寝てなさいっ」
「君らもねー…」
ハクの一声を皮切りにキジャとヨナが声を上げた。が、そんな彼らの目元にあるクマを確認したジェハは苦笑気味に言い返した。
「飲んだもの吐かせようとしたんだけど…
あまり上手くいかなくて」
「ああ、俺がみぞおちに拳をドスッと」
「道理でさっきから骨が砕けそうに痛いわけだよ…」
心配気に覗き込んできたユンが申し訳なさそうに声を出す。その隣で、ハクがグッと拳を作って見せた。その言葉にジェハは小さく息を吐いて天井を見上げた。
「感謝しろよ
最初は白蛇がやるとこだったんだ
さすがに死ぬだろって俺が代わりに」
「いや、ハクでも死ぬから
ふつうは死ぬから
死因は薬じゃなくて撲殺だから」
「ちなみにルイに言われてもう一発打っといた」
「あぁ...その記憶はある」
合計2回殴られたのかと内心頭を抱え込むジェハにユンが心配そうに言葉を続ける。
「強い麻薬ならこの後も症状が出るかもしれない」
「大丈夫、麻薬は馴れてる」
”馴れてる”???
ユンの注意を促す言葉にジェハはケロッとした表情で答える。が、周囲の無言のまま訝しげに己を見つめる圧のある視線にジェハはじわっと冷や汗が伝るのを感じた。
「あ、いや…うそうそ」
その慌ててはぐらかすとぼけぶりにハクは呆れたように顔を顰めながら、ジェハの傍で耳を澄ませている彼女に矛先を向けた。
「どうなんだ?ルイ
どーせ、気になってもう起きてんだろ?」
その声で一気に視線を集めたルイは、ムクッと起き上がった。そして、どーしてわかったの?と苦笑気味にハクを一瞬見たルイは驚く一同を横目に重たい口を開いた。
「...ホントだよ
私もジェハも
麻薬の味と匂いは判別できるくらい馴れてる」
「ちょっと!ルイ!!」
正直に話したルイにジェハは焦った上ずり声を上げた。その反応に、馴れているというのは事実なのだろうと結論に達した一同は大きくため息を吐きだした。
「はぁ…
なんか危ないよね、ジェハは…
まぁルイもだけど」
「隣にいる相棒が、あんな奴だからな伝染ったんだろ
揃いも揃って危なっかしい…」
「えっ」
「ちょっと、あんな奴って
もう少しマシな言い方ないの?」
「ねぇーよ」
「アブナイアブナイ」
「外に出さぬ方が良いな」
「えっ…」
「二度と阿呆をしないように躾が必要だな」
「え”…」
「縛っとく?」
「え…っ♡」
「とにかく今日は寝ておいてもらいましょ」
「もっかい気絶させるか?」
「麻酔針もあるよ」
「ちょ、ま…さすがに今の体力でそれは…
ルイ!!」
「たまには皆からの愛情を受け取っておいた方がいいんじゃない?」
ジェハの寝ている布団を取り囲んで話し合われる会議。完全に当事者のジェハは蚊帳の外。だが、身の危険がヒシヒシと迫っているのは明らか。慌ててルイに助けを求めるが、やはり今回の件はだいぶご立腹であったようで全く相手にされなかった。
あぁぁぁぁぁ!!!
ニンマリと黒い笑みを浮かべた一同の表情を最後に、ジェハは悲鳴を上げ意識を手放した。それを確認した一同はふぅーっと胸を撫でおろした
そして、布団に身を預けている彼が暫く目を醒ますことがないと判断するとハクがどこからかロープを引っ張り出してきた。
「よし、縛るか」
「あ、ちょっと待って」
ハクが縛ろうとするのをルイは制止させるとジェハの袖に隠している暗器を抜き取っていく。
「...徹底してるな」
「こうでもしないと縄切って跳んでくるよ」
感嘆するハクに対して、一先ず全部の刃物を抜き終えたルイは溜息をついて答えた。そしてルイはヨナに視線を向けた。
「ねぇ、ヨナ
どうする気??」
「この街の事を調べる
見過ごせないわ」
「そう言うと思ったよ」
予想通りだとヨナの言葉を満足気に口角を上げるとルイは一枚の紙切れをヨナに差し出した。そのルイの動作に一同は驚きの声を上げた。
「ルイ!?いつの間に調査してきたの!!」
「この街の纏っている空気が不気味だったからね」
「今回もルイは危ない橋渡ってるよ!!雷獣」
「今に始まったことじゃないだろ」
得気な笑みを漏らすルイに対して、ユンが慌ててツッコミを入れ同意を求めるが、既に何度も経験してきているため話を振られたハクはため息混じりに呆れた口調で答えた。
「一先ずルイもお留守番ね
俺達は町行ってくるから」
「うん、そうさせてもらうね」
「やけに今日は素直だな
意地でも行くと言うのかと」
「流石にまだ疲れが取れてないし...
監視も兼ねてだよ!」
驚くハクに対して、目尻を下げたルイは視線を寝ているジェハにやる。手を伸ばし前髪を梳くルイの表情はとても慈愛に満ちていて、一行はそれに口出しするのも憚れて静かに部屋を後にするのだった。