襲い掛かる魔の手
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ハァ…ハァ…
「…くっ、やっぱ…麻薬の類だったのか…」
平然を装っていたジェハ。だが、路地裏に逃げ込んだ時には火照る身体の所為で息を上げていた。
彼女達も中毒者だ
あの店ああやって客に麻薬をばら蒔いてるんだな…
いや、恐らくこの町全てが…
「ジェハ!!」
「…ルイ?!」
そう思考を巡らせていると、死角から己を呼ぶ声が聞こえてくる。それに振り向くと表情を青褪めたルイがいた。ジェハの辛そうな様子に、咄嗟に彼が何をしたのか感づいたルイは翡翠色の瞳を細めた。
「何やってるの!!」
「…ちょっとね」
「ちょっとどころじゃないでしょ!!
どのくらい飲んだの!!」
「…お猪口、一杯分」
「なぁ!?!?」
気まずそうに視線を逸して答えたジェハの言葉に、ルイは息を呑んで目を丸くした。
「いいからそれ、サッサと吐き出して!!
これはっ!!」
「…ッ!!
追っ手が来てる
一先ずそれを撒いた後だ」
切羽詰まった様子のルイに対して、周囲を警戒していたジェハは今はそれどころではないと彼女を制止する。それでも、ついさっき話を聞いたルイが話を素直に聞くわけがなかった。そんなルイを納得させるのは無理だと判断したジェハは無言で彼女を背負うと地面を強く蹴って跳び上がるのだった。
跳んで逃げれば楽勝…!
そう思っていたのも束の間、ジェハの視界に映る世界が全てぐにゃりと歪んだ。
な…
地面が空間が捻じれて身体が
頭…
が…
割れそう、だ…
「ちょっ!!」
傾く彼の身体に、背に乗っていたルイは彼の名を呼ぼうとする。が、その彼女の声をかき消すくらい大きい音量の絶叫が周囲に響き渡った。
「う…あ…あぁああああああ!!」
「…ジェハ!!」
宙に舞い上がった緑龍は頭を抱えて絶叫を辺りに響き渡らせて重力に従い落下していく。ひらりと落ちる深緑の髪。
ドクッ!!
その背に乗っていたルイの心臓が大きく拍動を打った。ルイが感じるのは地面に真っ逆さまに落ちる恐怖ではない。全身に駆け巡るのは、目の前の彼を失うことに対する恐怖心だった。
ルイ…
楽しい時間をありがとう
薄く硬い寝床で横になる男。
死の淵にいた男が死にゆく最後に言った言葉が…
彼の柔らかく微笑んだ表情が…
思考が真っ白になったルイの脳裏に朧気に浮かび上がった。
その記憶に、ルイはハッとさせられる。
しっかりしろ!!
ルイは己を鼓舞すると、地面に向けて風を出した。渦を巻いた風は落下する2人の身体を受け止めた。そのままルイは風力を調節してゆっくりと地上に降りて、彼の身体を受け止めた。
絶対に助ける
もう…
誰も…
失いたくないんだ
服がビショビショになるもののルイは気にすることなく意識を失っているジェハの身体を力いっぱい抱きしめた。彼の身体は予想以上に冷え切っていて冷たくルイは動揺した。この冷たさを知っているルイは必死に彼の名を呼びながら、
「ジェハ…ジェハ…」
縋るように抱き寄せる腕に力を込めたルイが絞り出した声はか細く微かに震えていた。一方でジェハの脳裏には懐かしい声が響き渡っていた。
ジェハ、まだ里から出ようなんて言ってんのかよ
当たり前だろ、先代様
僕は絶対ここから出てみせるよ
逃げてやる
龍の掟なんて
ねぇ!君の名前は??
僕はルイ
ジェハ!僕の友達になってよ!!
だって、ジェハはジェハだろ?
お前空から降って来たんだって?
それで何でもするから置いてくれだって?
バカな鼻タレだね。女の口説き方を知らないのかい?
実は僕、女の子なんだよね!
光の世界に引っ張り出してくれた者が掛けてくれる言葉の数々。そして、大好きなルイのはにかむ表情だった。脳裏を駆け巡る記憶の数々。それらにジェハは困惑していた。
え…何コレ、走馬灯?
やだな、僕はまだバリバリ生きるつもりだよ…
自分で薬呷って跳び損ねて死ぬとか阿呆すぎ…
脳裏に蘇る記憶を掻き消そう藻掻くジェハは、己の取った行動に自嘲する。その最中、微かに感じるものがあった。全身を包み込むのは傍にいるだけで安堵できる温もりと匂いと大好きな声だった。
ジェハ!!ジェハ!!
その声に吊られる形で瞼をゆっくりと開けるとそこには顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくるルイがいた。
朧気な視界の中、それを捉えたジェハはゆっくりと手を伸ばした。
こんな顔しないで…
僕はこんな表情をさせたくないのに…
そっと伸ばされた手はルイの頬に添えられた。祈るように癒やしの力を注いでいたルイは、自分の頬に感じたひんやりとした感触に伏せていた目を開けた。
「…ルイ」
「ジェハ!
何、弱々しい声出してるの!!」
桔梗色の眼差しに力強さがなく瞳孔を揺らすジェハが発した虫の息のような声にルイはカッと目を見開き声を荒げた。そして、己の頬に添えられた手を力強く握りしめた。
「帰るよ!!皆のところに!」
「…!?!?」
「こんなところでくたばったら…
…ッ!!許さないんだから!!」
感情を高ぶらせて声を震わせて叫ぶルイに、ジェハは気付かされたように目を瞬かせた。
帰らなきゃ…
皆の場所に…
ルイと一緒に…
それにくたばるわけにはいかないんだ
まだ君に伝えていないことがあるんだから
ジェハはふっと力を抜き安心しきったように目をそっと閉じた。
絹のように細くしなやかな濃紺色の髪も
普段武器を振るっているとは思えない細く綺麗な指も華奢な腕も
澄き透った翡翠色の瞳も
張りのある凛とした声も
陶器のようにすべすべとした白い肌も
誰かを常に想っている心でさえも
キミの全てを独り占めしたい…
誰にも渡したくない
そう思うほど……
とても君のことが本当に愛おしすぎるくらい好きなんだ
ジェハ!!
ルイ!!
自分よりも一回り大きいジェハを連れて歩いていたルイは、皆の声に顔を上げる。そして、一目散に駆け寄ってくる彼らを見て安心しきったようにルイは繋ぎ止めていた糸を解いてしまった。
「…ったく、なにしてんだよ」
グラついたルイの体は逞しい腕に支えられた。それを遠い意識で感じたルイの鼓膜を呆れ果てた声が揺らした。その声の裏にある彼なりの優しさを感じ取ったルイは口元を緩める。
「あはは…皆見たら
気が抜けちゃった」
己の腕で他人事のように軽笑するルイ。そんな彼女を見下ろしていたハクは小さくため息をつくと小さく小突くのだった。
「とりあえずお前は休め」
わしゃわしゃとルイの髪を撫で回すとハクはルイをシンアに任せて、気を失っているジェハを担ぎ直した。
「ルイ、平気??」
珍しく大人しくシンアの背に乗ったルイを心配してヨナ達が駆け寄る。そんな彼らにルイは小さく微笑んでみせた。
「…大丈夫だよ」
「どこがだよ!!
ゼノ達がジェハの様子がおかしいって言うから来てみたら
ジェハは気を失ってるし…
ルイは今にも倒れそうだし…」
「坊主の言う通りだな
姉ちゃん、癒やしの力使いすぎだ」
「ルイ!
そなたまた!!」
「ごめん…
後でお叱りなら何でも受けるからちょっとだけ休ませて」
心配する彼らを横目に瞼が重たくなってきたのを感じたルイは、シンアの背に安心しきったように気を失うのだった。