襲い掛かる魔の手
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ザァーザァー
先ほどより雨足が強まった中、ルイは借りた傘をさし、周囲を警戒しながら歩いていた。
これほど強い雨だ。誰も外を歩いていないだろうと思っていた矢先、前方に人影を発見した。が、その人影はゆらりゆらりと揺れていた。おぼつかない足元に、いつ足を滑らせて転倒するかわからない。ルイは、どうせ悪飲みした酔っ払いだろうと呆れながら、見ていられないと足取りを速めるのだが、ルイがその人の元に着く前にぐらりとその人影は横に傾いた。
「あっ、あぶな…」
慌てて手を伸ばすルイ。だが、彼女の手が届くことなく前方にいた人は通路脇にあった水路に吸い込まれるように倒れるのだった。
ハァ…ハァ…
白い息を吐き出し、上がった呼吸を整えながらルイは水路の中に倒れる人物を見下ろした。
もう少し早く追いつければ…
打ちどころが悪かったらしくすでに目の前の人物は絶命していた。
悔やまれる事態に無意識のうちにルイは唇を噛み締めた。その呆然と立ち尽くす背に声が掛けられた。
「おい、兄ちゃん!」
その声にクルリとルイは身体を反転させる。すると、建物内の一つの扉から1人の男が顔を出し手を招いていた。
「なにこんな酷い雨の中、突っ立ってんだ
いいから中入れ」
「いや、でも…」
「いいから入れって!!
そんなずぶ濡れの状態でいたら風邪引くぞ」
渋るルイの服は、冷たい雨粒に濡れたせいで重たくなっていた。それを指摘されたルイは言い返す言葉が見当たらず、ご厚意に甘えることにするのだった。
一方その頃、ジェハはこの街に纏う不穏な空気に勘付き始めていた。
なんだ…?
雨と夕闇のせいで気付かなかったけど、この町…何かおかしい…
自分としたことが気づくのが遅すぎだとジェハは眉間にシワを寄せた。
ルイも気づいたなら、僕にくらい一言言ってくれればいいのに...
ようやく、一人静かに出ていったルイの行動の真意に気づき深くため息を零した。
たく、どこにいるのやら...
これは直ぐにルイに合流して、彼女を連れ戻さねばとジェハは再び止めた足を動かし始めた。
「お兄さん、そこ濡れるでしょう
寄っていかない?」
丁度ジェハが橋を渡っていると頭上から呼び止める声が降り注いだ。その声にジェハは傘を持ち直して顔を上げた。すると近くにあった建物の窓辺から2人の女性が顔を覗かせて手を招いていたのだった。その手に導かれるようにジェハはその建物に足を踏み入れた。
*****
「気に病むことはないぞ」
「え?!」
「さっき水路に倒れたやつのことさ
アンタが間一髪間に合って命を助けたとしても、そいつはまともに生きられねぇーからな」
店内に入ったルイの浮かない表情を見かねた男が軽快に笑った。そんな彼にルイは視線を鋭くさせた。
「人が1人死んでるのに良く平然としていられますね?」
「まぁ、ここでは当たり前だからな
一々反応していたら身が持たねーよ」
「ここでは当たり前??」
「アンタ、此処は初めてか?」
「…あぁ」
「そうか、悪いことは言わねぇ
サッサとこの地から離れるこった」
「ふーん…
おじさん、結構事情詳しそうだね」
「そりゃあ…この地にいる誰だってそうさ」
そう言うと彼はルイにあるものを差し出した。
「ほら?
とりあえずそれ飲んで落ち着け」
目の前に出されたのは透明な液体。それをジッと見つめていたルイだが、ゆっくりとそれを口元に運んでいく。そのままそれを飲むと思いきや、口につける直前でルイはその手を止めるのだった。
「こーやって、事情を知らない人に麻薬を盛るんだね
まぁ〜普通の人ならあっさりと引っかかると思うけど…
相手が悪かったね」
ニヤッとルイは悪人面を浮かべると、目にも止まらないスピードで今か今かと待っていた男を床に縫い付けるのだった。
「……うっわぁ!!」
「さて、おじさん
知ってること洗いざらい話してもらおうか」
「知ってることなんて、なんもねぇーよ!!」
「ふーん、こんな物持っといてしらばっくれるんだ〜」
切羽詰まった声を上げて暴れる男を冷たい視線で見下ろし、ルイは手元に持ったままの湯呑を目の前に提示するのだった。
「僕、これの効き目知らないから
おじさんこれ飲んで見せてよ
爪が黒く変色するのはわかったけど、他の症状を知らないからさ」
翡翠色の瞳が薄気味悪く光る。不気味な笑みを浮かべて、今にも飲ませようとする勢いのルイの様子に男は慌てふためいた。
「わ…わかった!!
言う!!言うから!!」
「じゃあ、サッサと吐きなよ
言っとくけど、僕は気が長くないから
嘘は言わないほうが身のためですよ」
ルイの男の心を見透かしたような鋭い視線に、男が縮こまったのは言うまでもない。
一方その頃、ジェハは甘い香りの香の焚かれた部屋で縦笛を吹いていた。その彼の奏でる笛音に女性達はうっとりと聞き入っていた。
「素敵。お兄さん、旅の人?」
「どこから来たの?」
「内緒」
一曲の演奏が終わった途端、女性たちは矢次に質問をした。それに対してジェハはニッコリと微笑んだまま、彼女たちの問には答えなかった。
「甘い香りの香だね」
「この四泉で流行の香よ
疲れをとる効果があるの」
「へぇ…」
目に留まったのは部屋に焚かれた甘い香り。それは思考を鈍らせてしまうような魅惑的な香りだった。その香りに胡散臭さを感じ取ったジェハは、1人の女性の指の爪が黒くなっているのを見つけたのだった。
ジェハは咄嗟にその女性に手を伸ばし己の方へ引き寄せた。
「ああ、この子の爪ボロボロでみっともないでしょう」
「…いや、彼女の手に触れてみたかっただけだよ」
呆ける彼女たちの視線を感じながら、ジェハは引き寄せた彼女の爪をヤスリとクリームで手入れをするのだった。
「うああ!!」
「今…何か聞こえたけど」
「ああ、他の部屋のお客さん
酔って暴れてるのかしら」
ふふっと口元を袖口で隠して女性は笑う。が、気になったジェハはすぅっとその場を立ち様子を見に行こうと彼女に背を向けた。が、踵を返したジェハの袖口に彼女はそっと触れて、引き止めた。
「大丈夫、いつものこと…」
振り向いたジェハが見たのは、憂いた表情でそっと目を伏せている女性だった。
いや僕だけじゃない、この娘達も…
「それよりお兄さん…
この豊かな水の地で造られた美酒はいかが?」
座り直されたジェハの手にそっとお猪口が置かれる。そのお猪口に並々と透き通った透明な液体が注がれた。
ギガン船長…
ここはひょっとしたら阿波よりも深い闇の中に在るのかもしれないよ…
ジェハはジッとゆらゆらと揺れる液体を見つめた。
部屋に焚かれている甘い香
女性の黒い爪
絶叫が上がっても顔色一つ変えない
酒を注ぐ時に微かに腕を震わしていた女性の青褪めた表情
これらから安易に推測できたジェハは、脳裏に浮かび上がった1人の女性を掻き消した。
…ごめん、ルイ
自虐的な行動を知ったら必ず彼女は怒るに違いない
だが、目の前の女性たちをジェハは黙って見過ごすことはできなかった。
心の中でルイに詫びを入れて、酒を煽ろうとお猪口を口に持っていこうとするジェハ。
だが、その手は自分の手より小さな両手に止められた。
「だめ…っ」
キョトンとするジェハから1人の女性がお猪口を奪い取った。
「アリン!何するの…!」
そしてもう1人の女性の制止を振り切り、彼女は酒を飲もうとお猪口を口元に持っていって傾けようとする。が、震えている彼女の手の中からジェハはお猪口をそっと持ち上げるのだった。
「大丈夫」
「あ…」
安心されようと柔らかく微笑んだジェハは、くいっとお猪口を傾けて中に入っていた酒を飲み干すのだった。
「…ごちそうさま
水の部族の酒は格別だね
ありがとう」
飲み終えたジェハは何事もなかったかのようにお代を置いて立ち上がる。そして、彼女たちに微笑を向けて礼を言うと颯爽と窓から外へ出ていくのだった。