出稼ぎ
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「ヨナちゃん
駄目だよ、一人で歩いちゃ」
「ごめんなさい」
1人人混みを歩いていたヨナは、名を呼ばれて足を止めて振り返る。振り返ると紫紺色の瞳に映し出されたのは、目尻を下げて少し顔に影を落としているジェハだった。
「さっきのおまけが嫌ならそう言えばいいのに」
「えっ、ううん
そういうんじゃないわ」
ジェハから発せられた言葉にヨナは慌てたように声を上げて小さく首を横に振った。そんな彼女にジェハは核心を突くように間髪入れずに投げかける。
「本当に?」
「…そうね、ちょっと嫌だったのかな…
ちょっと嫌だなって思って、思ってまたちょっとびっくりしたの」
その言葉にヨナは視線を遠くに向けると、言葉を選びながら先ほど思ったことをゆっくりと紡いでいくのだった。そしてヨナはゆっくりと静かに聞いていたジェハの方に振り向くのだった。
「ハクに言っては駄目よ」
「…なぜ?」
「よくない事だもの
例えばハクに思う女性が出来てその女性のもとへ行きたくなっても、私が淋しいなんて子供みたいな我儘を伝えてしまったらハクは身動き取れなくなるもの。
駄目ね、変な事気にしちゃって。
ハクが隣にいる事に甘えすぎてたみたい。
しっかりしなくちゃ。
…ユンの所に戻ろっか」
ジェハの問いに対して、ヨナは視線を落として答えた。背の後ろに手を組んで気持ちを紡いでいくヨナ。だが、彼女が抱いている気持ちに勘付いたジェハは不安そうなヨナに優しい音色で言葉を紡ぐのだった。
「…大丈夫だよ
ハクは…
とっくに君のものだ」
「ハクが私の側にいるのは仕事みたいなものよ」
ジェハの言葉にヨナはキョトンとした表情で瞬きをすると、目尻を下げて寂し気に笑うのだった。そして、クルリと身体を反転させて店へ歩き出した。そんな彼女の小さくなっていく背を追っていたジェハは己の身体を流れる血液のざわめきにグッと左手を握りしめた。そして己の胸を握り拳で力強く叩くのだった。
「…うるさいな、龍の血ってやつは
こんな時に紛らわしく騒がないでくれるかな
僕にはルイがいるんだから」
表情に影を落としている姿も、2人のやり取りも、遠目で捉えてしまった1人の女性は話しかけるタイミングを失い、時が止まったかのように足を止めていた。が、慌てたように濃紺色の髪を靡かせて踵を返した。先ほどの一連の記憶をかき消すように彼女は慌ててその場を後にしてしまうのだった。
*****
ハァハァ……
肩で息をしながらルイは人混みをかき分けて駆ける。
「あっ!?ジェハは!!」
「ジェハなら1人どっかにいったぞ…」
「え?!ど…どうしよ!!
一先ずルイ!」
「えっ?何??」
「もう売り子いいから、ジェハを追いかけて!!
どっか2人でぶらついてきていいからさ!!」
繫盛している最中、あることに気づいたユンは血相を変えて解釈が追い付かず不思議そうにしているルイをはんば無理やりお駄賃を持たせて追い出したのだ。そして追いかけた先で見てしまった。今まで見たことがない苦しそうな彼の表情を。
ルイはグッと痛む胸部辺りの服を握りしめた。
ざわめく心
引き裂かれたように痛む胸の痛み
今までに感じたことがない感情にルイは戸惑いながら走り続けた。今、自分がどんな顔をしているかわからない。それでも今の顔を誰にも見せたくなかった。その内、ルイはとある路地裏に迷い込んでしまった。人気のない気味が悪く薄暗い路地裏に。
「あ…あれ?ここどこ??」
無我夢中で走っていたルイはようやく足を止め、辺りを見渡す。初めて来た土地だ。流石のルイも、どの道順でここまでたどり着いたかわからなかったのだ。
「うーん、困ったなぁ
とりあえず表通りに…」
「なぁ姉ちゃん?
こんなとこで何やってんだ??」
キョロキョロと辺りを見渡していたルイは人の流れを感じる方向へと足を進めようとする。が、その行く手を阻むようにガラの悪い男達がルイの目の前に立ち塞がるのだった。
「あぁ…少し迷ってしまって…」
「へぇ、迷子ねぇ~…」
「直ぐに出ていくんで道を譲っていただけますか?」
ルイは満面の笑みを浮かべて、この場を乗り切ろうとする。が、彼らはルイを見てニヤリと笑うのだった。
「そりゃあできねぇ―相談だな」
「ココを通りたいならそれなりの金を支払って貰わねーとな」
ルイはジリっと一歩後ずさる。すると、男達が一歩間合いを詰めていく。
狭い路地裏。運が悪いことに今のルイは動きずらい服装で、武器も身に着けていない状態。だったら、
「…ッ!しまっ…」
「金がねぇーなら、身体で支払ってもらうしかねぇーよな」
後ろには冷え切った冷たい壁。前方には、下衆笑いする連中。ルイは思い切り両肩を掴まれて壁に押し付けられてしまった。
「姉ちゃん、いい目持ってるじゃねーか
もっと見せてくれよ」
グッと顎を持ち上げられる。この危機的状況にもかかわらず悲鳴を上げることもせずに自分たちを力強い翡翠色の瞳は威嚇するように睨み上げてくる。その瞳の輝きの強さに男達はゴクリと息を呑んだ。
「いいねぇ~、ますます啼かせたくなったぜ」
「その威勢の強さはいつまで続くかな?」
端正な綺麗な顔立ちが、数秒後に崩れることを想像して男たちは色めきだつ。そんな彼らの下衆な考えに吐き気が出るとルイは手をグッと握りしめた。
こんなところで犯される趣味はない
ユン達には悪いけど
襲われる前に返り討ちにして退散しよう
仕方がないとルイは秘かに左手に小さな渦を集め始める。がその突如、ルイの目の前にいた男が踏みつぶされたのだった。雲一つない青空から舞い降りた衝撃でルイの濃紺色の髪がふわりと舞い上がる。唖然とするルイの目の前で1人の男がゆっくりと立ち上がる。一括りにした長い深緑の髪を揺らして、彼はルイの方に向く。視線を下に向けた彼は何も感情を読み取ることができないくらい無表情だった。一言も発することせずに彼は大きく翡翠色の瞳を開いたルイの腰に手を回して己の腕に閉じ込めるのだった。
「君達のような汚らしい手が気安く触れていい女性じゃない」
ジェハは腹の底から沸き上がる怒りを言葉に乗せ、離さないとばかりにルイを抱く力を強めた。その彼の前髪から覗かせるギラりと殺気を宿した桔梗色の瞳は、まっすぐ男達に向けられるのだった。