その背には
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「ああ、やはり温泉は良い。
蜘蛛も退治したし世話になった、ジェハ。」
一騒動が終わり、ようやく落ち着きを取り戻したキジャは気持ちよさそうに温泉に浸かっていた。そんな彼の背に向け、苦労人のジェハは大きくため息を溢した。
「…君には疲れたよ。
蜘蛛が居て嫌なら最初に言えばいいだろ。
しょーもない事で人を振り回すのやめてくれないかな。
どうせその背の傷もしょーもない事で付いたものなんだろ?」
長い深緑の髪を背中に流したまま、ジェハは温泉に身を沈めた。そして、横目でキジャの姿を捉えながら大きく息を吐くのだった。
「傷?
ああ、これは先代であった父上がつけた
「え…」
「私が生まれてすぐにな」
「君…先代は父親だったのかい?」
衝撃的な言葉にたまらずジェハは立ち上がった。そんな彼を見てキジャは目を伏せると思い起こしながら言葉を紡ぐのだった。
「新しい龍が生まれると古い龍は力と寿命を失い用無しとなる。
先代白龍は死の宣告を受け未来ある生まれたばかりの我が子に絶望の傷をつけたのだ。」
自分の想像を遙かに超えたキジャが背負う過去。
深い傷…
なんてものじゃない…
痛々しいほど深く抉られた傷跡を思い起こすジェハは、晴れやかにしゃべるキジャを不審がった。
「なぜ…そんなに明るく話せる…?」
「何を暗くなる必要がある?」
その問いに対してキジャは柔らかく微笑んでジェハを真っ直ぐ見た。
「里で私は監視付きでしか父上に会う事は許されなかった。
だからこの傷は父上が私に触れた“唯一”
この傷は王に仕えたかった父上の熱だ。
私は四龍としてその熱を背に刻み生きてみせる。」
あのとき、僕は知りもしないで勝手なことを…
ジェハは阿波で最初にキジャに出会ったときに冷たく言い捨てた言葉を思い起こし目を伏せた。
『歴代龍達の悲願の中に君の思考はあるのかい??』
そうは言ったものの、実際は全く異なっていたことをジェハはここで初めて知ったのだった。
父親や歴代白龍の無念をこぼさず背負いその身全てで報いる覚悟…
君はどうやら見事な奴らしい
「…どうした?黙りこくって」
キジャは一向に口を開かないジェハを見てキョトンと不思議そうに尋ねる。それに対してジェハは視線を逸しながらも率直に詫びを入れるのだった。
「…いや、かつて君を人形だと侮った事を詫びるよ」
「なんだ、それはもうよい。
誰になんと言われようと我が姫様にお仕えしたい気持ちは変わらぬ、と、悟った。」
そんな彼にキジャは目を丸くしながらも小さく首を横に振った。そしてクルリと身体を反転させるとキジャは力強い眼差しで空を見上げるのだった。
その力強い言葉にジェハは菫色の瞳を瞬せる。
幾つ傷をつけられようと貫くことを決めた背中…
成程、君は確かに白龍を名乗るに相応しい…
ジェハは顔を上げると、いつもより頼もしく大きく見えるキジャの背を見つめるのだった。
そんな二人の会話を脱衣所の壁にもたれ掛かって聞いている者が二人いた。それぞれ腕を組んでひっそりと息を潜めていた二人は静かに脱衣所を後にして暖簾を潜った。
「「あっ…」」
バッタリと出くわしたハクとルイは、顔を見合わせ驚きの声を漏らした。まさか盗み聞きしているのが他にもいるとは思わなかった二人。だが相手が相手だっただけに、二人は瞬時にニヤリと悪そうな笑みを浮かべるのだった。
「盗み聞き??」
「そっちこそ」
なんとなく察した二人は口角を上げ軽口を言い合いながら自然と並んで歩き出すのだった。
「タレ目が心配か??」
「まぁ…そりゃあ…」
ハクの言葉に対してルイは視線を泳がし言い淀みながら答える。それを愉しげにハクは口元を緩める。そんなハクの様子が気に入らず、ルイは仕返しとばかりに言い返した。
「そういうハクも意外と心配性だよね」
「うっせ!!」
しっぺ返しを喰らったハクは照れ隠しにぶっきらぼうに言い捨て、ルイを小突いた。だが直ぐにハクは先ほどの会話を思い起こすと神妙な面持ちを浮かべるのだった。
「大切に育てられたお坊ちゃんだと思ったんだが…
白蛇にもあんな過去がな…」
「まぁ誰しも一つや二つはあるでしょ…」
遠くを見つめるハクに釣られる形でルイは視線を空に上げる。白龍の里には実際に行ったことはないものの、キジャが大切に育てられてきたのは窺える。だからこそキジャの新たな一面に感服していたのだ。
ボヤくルイの横顔を何か言いたげな眼差しでハクは見る。が、すぐに視線を前に戻した。
「すげぇーな
アイツが背に抱える重圧は」
ルイの思っていることを代弁するようにハクが言葉を漏らす。そんなボヤくハクにルイは怪訝な眼差しを向ける。
「ハクだって重責を背負っている癖に…」
「姫さんを守るのが俺の役目だからな」
言い切ったハクにルイは困ったように眉を顰めた。そして柔らかい声音で語りかける。
「もう1人じゃないんだからね、ハク
皆がいる
だから全部抱え込んじゃだめだよ」
「そんなに俺は死に急いでいる風に見えるか??」
「自分の命を軽んじてる風に見える
まぁ!私も人のこと言えないけどね!」
大きく頷き即座に言い切ったルイは、軽快に笑いながら両手を後頭部に組んだ。そんなルイにグッとハクは顔を近づけた。
「ほぉ~自覚はあったんだな」
「ちょっと!!流石にありますよ」
「だったらちょっとは皆を心配させないように行動しろ」
「その言葉、ハクにだけは言われたくない」
「んだと!!」
二人揃っていがみ合い軽口を言い合うルイとハク。そして数秒後には、クスッと笑みを零すのだった。
「似た者同士だね
私達」
「どこがだ」
クシャッと笑うルイを見て眉を顰めたハクが拳を軽く彼女の頭上に落とす。その行動に不満げにルイは睨み上げる。それに対しハクがルイを見下ろし鼻で笑い返した。
「お前と似た者同士なんてコッチから願い下げた」
「それ私のセリフ!!」
口元を緩め鼻で笑うハクにルイは詰め寄る。なんだかんだ軽口を叩きあう二人からは楽し気な笑い声が沸き起こる。その笑い声は暫く止むことはなく、オレンジ色の空に吸い込まれていくのだった。