戦の火種
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ルイ!!
いい加減諦めてここ座って!!」
「だ…大丈夫だって…
包帯とかくれれば自分で処置するから…」
「そういって逃げる気でしょ!!
今回ばかりは逃がさないんだからね!!」
ヨナとハクがやり取りを繰り広げる一方、ユンはある人物と攻防戦を繰り広げていた。
目尻を吊り上げて怒鳴り声を散らすユン。そんな彼に対してルイは顔を引き攣らせながらやんわりと断りを入れていた。が、阿波のように勝手に知らない間に消えてもらっては困るユンは頑固として譲る気はなかった。
大人しく治療されろ!!とある一区間を指さすユンに、ルイは困ったように視線を泳がせていた。あからさまに今回はユンに賛同の他の面々は静かに成り行きを見守る。が、一向に終わる気配が見られない。その惨状に痺れを切らしたジェハが大きく息を吐いた。
「仕方ないなぁ~」
今まで黙って見ていたジェハの吐き出された一声に、一同は一斉に彼に視線を向ける。その視線にジェハは困ったように肩を竦めながらユンに手を伸ばした。
「ユン君
僕が責任もってやっておくから一式暫く借りてていいかい??」
「…で、でも…」
「そろそろ夕飯の支度しないといけないだろ??
だからユン君の負担を少しでも軽くしたいんだけど…」
直ぐに了承しなかったユン。だが、ジェハの申し出は有難いのは事実。仕方なくユンは今回はジェハに任せることに決めるのだった。
「じゃあちょっとこの子連れてくね」
ユンを説得し終えたジェハはすぐさまルイの身体を背負った。その急な行動にルイは全く対処できずなすがままにおぶわれてしまう。
「…!?ちょっと!!
別に1人で歩けるから下ろして!!」
「怪我人は黙って大人しく背負われていなさい」
慌てふためくルイは下ろすように言うが、窘めるようにジェハが言い返した。その言葉に対してユンを含めて一同は同意だと大きく頷いていたため助けを求めようにも求められない状況にルイはガクリと肩を落とした。ようやく大人しくなったのを確認するとジェハはユンから治療の一式をもらい受け森の奥へと消えていくのだった。
*****
「ほら、傷見せて」
「……自分でやる」
「却下」
皆から離れた場所でようやくルイを下ろしたジェハは彼女に傷口を見せるように催促する。が、ここにきてまだ他の者を煩わさせたくないルイは最後のあらあがきを決行しようとするが、間髪入れずにジェハに一蹴されてしまうのだった。その言葉にガクリと肩を落としたルイは観念してジェハに背を向け衣服を脱いだ。衣服の下から現れた陶器のように白い肌。だが、ところどころに痛々しい切り傷や刺し傷がありジェハはたまらず顔を顰めた。
「…イタッ!!」
「………」
「もしかして怒ってます??」
「別に??
ただ、この傷をつけた奴らに腸が煮えくり返っているだけだよ」
傷口に消毒を施されていくルイ。だが、染みるアルコールの痛みに声を漏らす。それでも問答無用に無言で消毒していくジェハから感じる空気にルイは恐る恐る窺うように声をかける。その返答に対してジェハは淡々と抑揚のない声で返した。
「いやいや、なんでジェハが怒る必要があるのさ」
静かに怒りを露わにするジェハに対して、ルイは意味が分からないと彼の方に振り向こうとするが、向いて欲しくないジェハは傷口を抉るように消毒を施した。
「…痛いって!!」
日頃の恨みの当てつけかと痛みに耐えきれず素の声を上げ悶絶するルイに対して、ジェハは手早く包帯を巻いていった。そして衣服を背中から羽織わせるとジェハはそのまま彼女を包み込むのだった。その些細な仕草に普段から慣れているはずなのにビクッと肩を震わしたルイは顔がカッと熱くなるのを感じた。
「いけないかい??
僕が怒って……」
怒声を含ませた彼の言葉にルイは何も返す言葉が見当たらなかった。
好きな子の綺麗な肌に傷をつけられて平然としていられるほど大人じゃない…
困惑するルイに対してジェハは無意識のうちに彼女の身体を抱く腕の力を込めていた。そんなジェハの身体の強張りを感じたルイはゆっくりと首に回されたジェハの手に己の手を添えた。それにビクッとするジェハにルイは小さな声で言葉を紡いだ。
「違うよ…
ただ自分のことのように怒ってくれて嬉しいかな?」
「大切な者に傷をつけられて…
平常心でいられるわけがないだろ?」
「そっか…大切か…」
「大切だよ…
僕にとってルイはかけがえのない大切な存在なんだから」
肩元に埋まるジェハが囁く言葉の数々。それらはルイにとってはこそばゆいもの。ルイはただ相槌をすることしかできなかった。そんな大人しいルイにジェハは諭すように語り返るのだった。
「だからもっと自分を大切にして
キジャ君にとやかく言う以前にルイは人のこと言えない立場なんだからね」
「…ッ!!
痛いとこつくなぁ~」
「ルイは自分が思っている以上に愛されてんだよ…
お願い…お願いだから…
自分のことも大切にして…」
突かれたくないところを的確に指摘されたルイは誤魔化すように笑いながらヘラヘラと笑みを浮かべた。が、それに反してジェハから絞り出した声はとても弱弱しかった。縋るように懇願するように出された言葉は紛れもなく自分自身を想ってのこと。いつも飄々とした態度を崩さない彼が本心を言葉で語り掛けてくれたことに少なからず嬉しくてルイの頬は無意識のうちに緩んでいた。
「……ッ!?!?」
「あ~ぁ、私すっごい幸せ者だなぁ…」
回されたジェハの両手を持ち上げコツンと己の額にくっつけると、固まるジェハを無視してルイは嬉しそうに心情を吐露した。ジェハの言う通りだ。自分が思っている以上に愛されているのかもしれない。なんとも思わない何気ない行動を自分のことのように心配して怒ってくれるのだ。それをただ言葉として改めて聞くだけで心に暖かいものが染みわたり満たされていった。
「…ルイ」
「私も…
ジェハのことずっとかけがえのない存在だよ」
出会った頃からずっと…
これからだって変わらない…
ジェハが大切な存在なのは…
目を伏せたままルイが振り絞って吐露した声はとてもか細いもの。だが、傍にいたジェハの耳には確実に届いており、その言葉を聞いたジェハの心臓はドクッと跳ね上がった。
彼女の無意識な仕草や言動に一々心が掻き乱されてしまう。
振り回されていることは重々わかりきっている。
それでも、毎度毎度己の心は舞い上がり浮かれてしまうのだ。
ジェハは困ったように目尻を下げた。
「ホッント、ルイはいつも僕の予想を遙かに超えることばかりしてくるよね」
「…ッ!!」
フッと吐き出される息と共にボヤくようにジェハが呟いた。それはルイにとっては褒められたのか貶されたのかわからない言動だった。その真意を知りたくてルイは思わず振り向くのだが、予想以上にジェハの顔が間近にあって呆気にとられてしまう。そのルイの拍子を抜かした表情に予想通りのジェハは愉し気にクスッと不敵な笑みを溢した。
「ま、可愛い気があっていいんだけどね…」
そして固まるルイの身体を容易く反転させ向かい合わせにすると、肩に流された濃紺色の髪を一房掴み、唇を落とすのだった。
その流れるような動作に反応できなかったルイはようやく今起こった出来事を呑み込むと恥心で赤面させるのだった。
長く細い指が己の髪を掴み、そっと顔元まで持っていく。そして目を伏せて軽く唇を落とす。ルイはスローモーションに流れるその仕草に見惚れてしまっていたのだ。
「…見惚れた??」
指の間から掴んだ髪を溢しながら、瞼を開け片目を瞑ってニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべるジェハ。そんな彼を視界に捉えたルイの身体は考えるよりも先に動いていた。
「あぁ~もう!!
不甲斐ないことに見惚れちゃったよ!!」
いつものように揶揄われたと思ったルイは、ジェハを思い切り突き飛ばし急いで肩にかけられた服を着直す。そしてしてやられっぱなしは癪なため、ぶっきらぼうに吐き捨てるとルイは逃げる様に踵を返すのだった。
どうして見惚れたのだろうか…
普段見慣れているジェハからはいつもと違う色気が醸し出されていた。加淡村で再会してから時折見せる彼には未だに慣れることはできない。何故か二人きりの時に偶に見せてくるこの姿に胸がざわめいてしまうのだ。
全く意味が分からない…
ルイは小さく息をつくと、早く収まれと五月蠅く音を鳴らす左胸に手を当てるのだった。
一方、突き飛ばされ地面に座り込んだ状態のジェハはポカンとした表情で彼女の背をすぐに追うことをせずにジッと見つめていた。
はにかんだ笑みを浮かべた表情を隠すようにクルリと背を向けられたものの、揺れる濃紺の髪から見えるのは真っ赤に染まった耳
そんな彼女から吐き出された一声をようやく呑み込んだジェハはガクリと身体の力を抜くように息を吐きながら勢いよく倒れ込んで仰向けになるのだった。
見事に不意打ちを喰らったジェハは心を落ち着かせようと目をそっと伏せた。すると目蓋には先ほどのルイの姿が再生されていった。それに重症だと自嘲気味に笑いながら、瞼をゆっくりと開けると中途半端に置いた己の腕の隙間から夕暮れ時の綺麗な空が見渡せた。
「そんなこと言われたら、期待しちゃうじゃないか…」
その空を見ながらジェハは乾笑いしながら言葉を呟く。その小さな声はオレンジ色の空に吸い込まれていくのだった。