「人が集まって来たわね。
余所者の私が舞なんてして良いのかしら。」

「今夜はお祭だから盛り上がればそれでいいって女の人達が言ってたよ。」

「ってか、アホタレ目は何をやってんだ…」

徐々に集まってくる村人の多さにヨナは緊張からか顔を引き攣らせる。そのヨナの緊張を和らげようと元の服に着替えたユンが借りた花嫁衣装を両手に抱えて答えた。その二人の会話を聞きながらハクはある一点を呆れた眼差しで見つめていた。その視界の先では満更でもない様子のジェハが村の女性に囲まれ楽しんでいたのだった。

「ハク、一々気にしてたら疲れるぞ」

「そういえば、ルイは行かないの？？」

「あらそうね？
ルイも彼処に混ざってきていいのよ」

ハクに気にしないようにと声をかけたルイ。だが、ユンとヨナの珍しいといった眼差しに大きく溜息を吐いた。

「ちょっと…
僕はジェハと違って鼻の下を伸ばす女の子好きの変態ではないんだけど…」

心外だと二人の反応にルイはジト目を向けた。そのルイの翡翠色の眼差しにユンとヨナは半笑いする。

「だって、ルイっていつも女の子に囲まれてるじゃん」

ルイといえば女性に囲まれている中、紳士に対応していく誰に足しても物腰が低い優しい好青年…

瞬時に思い浮かぶ光景を簡潔にユンは言い表した。それに同意といったふうにヨナが大きく頷いた。その二人の反応に聞いていたハクが吹き出す。そんな彼をルイは小突いて黙らせた。

「あれは不可抗力だよ…」

断じてあの変態と違って進んで輪の中に入っていない。気づかない内に囲まれているのだとルイは肩を竦めて答えた。その弁明に、ハクが小さな声で、花街に居たのは何処の誰だと零す。が、ルイはハクの言葉を右から左に流した。対して、ヨナとユンはその言葉にルイの容姿なら仕方がないかと納得した表情を浮かべていた。

「ところで、火鎮の祭ってどんなお祭なの？」

話題を切り替えたヨナのふとした疑問に対して、聞いた話をユンとルイが説明した。

「そう…じゃあますますちゃんと踊らなきゃじゃない？」

「そんなに気負う必要はないよ、ヨナ」

「そーですよ
村の連中は明るく騒いで福を呼び込む祭りにしたいらしいから
姫さんのヒヨコ踊りは笑いで盛り上がること間違いなしです。」

聞き終えたヨナは祭りの意味合いを知り益々失敗するわけにはいかないと張り切りながらも顔を強張らせた。そんなヨナに対して、ルイとハクが緊張を和らげようと声をかけた。だが、優しく言葉をかけるルイに対してハクはもちろん彼女をおちょくる言葉を投げかけた。そのハクの挑発にヨナはもぅ！！と激情で顔を赤面させて頬を膨らました。

「ハク！お前は知らないだろうけど私だって練習したのよ、スウォンに見せる為…」

感情ままに言い返すヨナ。だが、やってしまったと中途で言葉を止めて表情を青褪めた。ハッと顔を上げるヨナが見たのは静かに黙り込んでいるハクだった。その二人の纏う揺れる心情を遠巻きに見ていたルイは感じ取り表情を歪めた。

”スウォン”

その名を口にしたヨナの心は荒波のように揺れ動いていた。それは主に目の前にいた彼に対する恐怖心だ。

対して、ハクの冷たい殺気が向く対象はヨナではなく”スウォン”と呼ばれた人物だった。

一体何があったんだ…

さっぱりわからないと眉を顰めてルイは仲裁に入る野暮なことをせずに黙って見守ることにした。その静けさの中、荷物を漁っていたユンが唐突にこの空気を破るように驚いた声でヨナを呼んだ。そのユンが持っていたのは一つの金でメッキされた簪。薄い桃色を基調とした一房の花びらにヨナと同じ瞳の色の蝶々が止まっている飾りがつけられていた。

「こんなの持ってたの。すごいキレイ…舞う時挿すといいよ。」

ユンはその簪をヨナに渡そうとする。が、その簪に気づいたヨナは彼の手から引ったくるように奪い取るとギュッと握りしめ胸の前で握りしめるのだった。

「…ヨナ？」

「あっ…こ、これは…」

動揺しながら声を張り上げるヨナ。そのヨナに、ハクが落ち着いた声で話しかけた。

「…大丈夫ですよ。
怯えなくてもそれをどうしようとあんたの勝手だ。」

怒鳴りつけることも苛立ちの表情を滲ませることなくハクは突き放すような言葉を吐き出すと静かにヨナに背を向けるのだった。

「もしかして俺、やらかした？？」

「どうやら墓穴掘っちゃったみたいだね、ユン
でも不可抗力だ
気に病むことはない」

二人の反応にやってしまったと表情を青褪めたユンが恐る恐るルイに尋ねた。それにルイは肩を竦めて相槌を打った。だが、決してユンのせいではないと優しい声音で宥めるのだった。

お前は知らないだろうけど…
…知ってるよ。
スウォンに見せようと城にいた頃ずっと琴や舞の練習してた事も…
あの簪を捨てられないでいる事も…
まだあいつを…

好いていることも…

ハクはその場から離れながら淋しげに目を伏せた。

彼の脳裏に思い浮かぶのは懸命に努力するヨナの姿

容姿を気にすることも、くせっ毛の赤い髪を気にすることも、少しでも背伸びしようと努力することも、全て恋心を寄せているアイツのためだ

それは決して、裏切られた今も変わっていない

今でも彼女が心の在処にしているのは”スウォン”から貰った簪なのだから…

ハクはやるせないこの感情を吐き出すすべを知らず、人知れず小さく舌打ちをするのだった。