赤の王国【過去編①】※完結
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「こんにちは!」
「いらっしゃい、瑞穂ちゃん」
カランコロン
バーHOMRAのドアベルが鳴る。その音とともに現れた瑞穂の姿を目に留めた草薙は戻ってきた日常を噛みしめるように目を細めた。
周防尊が第三王権者≪赤の王≫となった日から,ひと月過ぎた。このひと月は、《王》となった周防、クランズマンとなった草薙・瑞穂・十束にとって激動のひと月となった。
闇山光葉の暗躍によって混乱していた鎮目町の事情は、闇山光葉の死とその参謀的存在であった鶴見トウヤの捕縛により幕が閉じた。
放り出されたストレインは、《王》の誕生を知ると忽然と姿を消したがその一方、マフィアは周防を排除すべきと襲撃を行ったのだ。この襲撃に周防らは得たばかりの異能で撃退した。だが闘争のたびに、刺激され己の炎は昂った。まだ制御がうまくいかず、身体から漏れ出す紅蓮の炎は周囲を黒く焦がす。おかげで暫くの間、能力の扱いに慣れるまではHOMRAの中で過ごすこととなった。
「草薙さんどこか出掛けるの?」
カウンターの椅子に鞄を立てかけた瑞穂は不思議そうに、支度をする草薙を見上げた。最近ようやく己の炎を制御できるようになった草薙と瑞穂はいつもの生活に戻りつつあった。だが自分らの炎でお気に入りの店内は所々焦がされてしまった状態。肩をガクッと落としながら草薙は、このバーHOMRAを開店するために作業に追われていたのだ。
「ちょっと御柱タワーにな」
「私も行く」
「瑞穂ちゃんはお留守番な」
そんな彼が珍しく出掛ける先を聞いた瑞穂は身を乗り出す。その予想通りの行動に草薙は困ったように眉を顰めると、あやすかのように彼女の頭をひと撫でした。
「えぇ…草薙さん1人じゃ危ないって」
「大丈夫やって。ただ手続きしにいくだけやから」
不満げな彼女を何とか納得させ草薙は店を出ると、ホッと胸を撫でおろす。彼がこれから向かうのは、≪黄金の王≫の居城であるビル。彼がそこを訪れるのはこれで二度目。前回は周防が≪王≫に目覚めた直後だった。
「黄金のクラン≪非時院≫の使者である。第三王権者≪赤の王≫の誕生、お慶び申し上げる。」
金色のウサギの面を被り、和装を身に纏い、異様な雰囲気を持った人物が黄金からの使者として彼らのもとに現れたのだ。その者”ウサギ”の案内で連れてこられたのが御柱タワーだった。
ドレスデン石盤に選ばれ、周防は第三王権≪赤の王≫になったこと
王権者は自らの力を分け与えたクランズマンと呼ばれる同胞を作り、クランという組織を作ること
そこで≪黄金の王≫國常路大覚らにより簡潔に説明を受けたのだ。その時終始、瑞穂は身体を縮こませ草薙の背後に隠れていたのだ。
瑞穂ちゃんを《黄金のクラン》のところに連れていけんな
珍しい治癒の能力を持つストレインである彼女をもしかしたら《黄金のクラン》側も密かに追っていたのかも知れない。
なんとか彼女を置いていくことに成功した草薙は、御柱タワーへと向かうのだった。
*****
「はぁ…」
「なに溜息ついてるの?」
カウンターで不貞腐れるように溜息を吐き出す瑞穂。そんな彼女を見て、十束は苦笑いを浮かべた。十束が先程到着したときにはすでにこのありさま。でもなんとなくだが彼にはその理由に気づいていた。
きっと草薙さん関連なんだろうな…
自分自身も幼馴染の彼女には甘いことが多い。だがそれ以上に草薙は彼女に対して過保護になっていた。
「また、草薙さんに気を使わせちゃったなって…」
申し訳無さそうに瑞穂は目を伏せた。
《黄金のクラン》、特に王の見下ろす眼差しが見定められているように感じてしまった。その途端、身が震えた。咄嗟に彼にすがってしまった。
1人でなんでも抱え込んでしまう彼を傍で支えてあげたいのに…
私はいつも頼ってばかり…
「いいんじゃない?」
「えっ」
降り注ぐ柔らかい声に瑞穂はゆっくりと顔をあげる。すると、そこには目を細めて笑みを浮かべる十束がいた。
「草薙さんは世話焼き性分だから好きなようにやらせておけばいいよ。どうせ言っても聞かないし」
「でも…」
「でも瑞穂は、頼られるだけは嫌なんだよね。」
この気持ちをどう表せばいいだろうと口を閉ざした瑞穂の代わりに十束が言葉を重ねた。代弁された瑞穂の目の前で十束が珍しく真剣な面持ちを浮かべていた。
「わかってるよ。だって、このメンバーの中で誰よりも一緒に居たのは俺だからね。」
小さく笑いかけた十束は、ふと掌を上に向ける。十束の炎に包まれたその手からは淡く赤い光が小さく弾けた。
「見て見て、ちょうちょ」
その弾けた光は蝶々の形になると、羽を広げて飛び立つ。
「…綺麗」
蝶々が羽ばたくと火の粉が宙に散る。バーのライトの光具合でその火の粉は反射してキラキラと光っていた。
「どう?練習したら作れるようになったんだ」
憂いていたことが嘘のように瑞穂は目の前の幻想的な光景に釘付けに。そんな彼女の目の前で十束は自慢げに胸を張った。
「それぞれ役割があると思うんだ。俺が力よりもコントロールする方に長けてるように。
だからさ、瑞穂は違う形で草薙さんに返せばいいんだよ。」
「……違うかたち」
「ほら、草薙さんって何でもできるがゆえに全部1人で抱え込んじゃうじゃん。それに自己犠牲的だから危なっかしい」
つらつらと述べられることに瑞穂は小さく頷いた。なんだかんだ今回の一件で発生した面倒な手続きは全て草薙が担ってくれている。
「だからさ、瑞穂は草薙さんの負担を軽くしてあげて」
「でも草薙さんほど頭回らないよ?」
「違う違う!瑞穂は傍いるだけでヘイキ!
何かしてあげるだけで草薙さんは喜ぶよ」
「…そんなこと」
「そんなことあるよ。
試しに帰ってきたら笑顔でお出迎えしてみなよ」
自信満々に言い切ると十束は、不安げな瑞穂を置き去りに一方的に話を切った。
疲れ切った草薙さんにとって瑞穂の笑顔は一番のご褒美だろう。それが自分にとっても同じだったからこそ十束はそう言い切れた。
「じゃ俺、キングの様子見てくるよ」
≪赤の王≫の力の制御に難航している周防の溢れ出そうとする力を鎮める役割を十束は担っていた。周防の本質と合致し過ぎたこの膨大な力、本人の意思に反して自由に暴れまわるのだ。そのお陰で、周防は今まで水臣が宿泊用に使用していたバーの2階に籠っていた。
「多々良っ!」
背を向けた十束の名を瑞穂は呼ぶ。
呼ばれた十束は、階段を上ろうとした足を止める。
「ありがと」
「お安い御用さ!」
ようやく見れた瑞穂の笑顔に、十束は笑い返すと軽快に階段を上る。
*****
「はぁ、疲れた」
無事に属領手続きを終えた草薙はバーのドアを押し開ける。ようやく落ち着く場所に戻ってこれた草薙はホッと息を吐き出した。
「おかえり、草薙さん」
「あぁ、ただいま」
出迎えてくれたのはもちろん瑞穂。カウンター内で作業をしていた瑞穂は、草薙の姿を捉えると目尻を下げて嬉しそうに笑みを浮かべた。
あぁ…ええな
彼女の微笑みに草薙は眩しそうに目を細めた。彼女のその笑顔を見た瞬間に、疲れが一気に吹き飛んだように草薙は思えた。
『赤の王は最初の選択をした。
その一人である貴殿の目は理性的だ。もう一人も、ただ暴力に殉ずる人間ではないだろう。
そして、水無月瑞穂…
治癒の能力を持つ彼女を引き入れた』
その言葉は、黄金のクランが彼女の存在を認知していたことを示していた。聞いた時、背筋に緊張が走った。瞬時に警戒心を強める草薙に、動じることなくウサギはこう続けた。
『赤のクランズマンとなった以上、黄金のクランは手出しはしない』
黄金のクランの側近であるウサギに言われた言葉が脳裏で反芻する。
暴力を象徴し、破壊の炎を司る赤の王。その力を持つことになった周防は、自由に一人で行ってしまう道もあった。だが、彼はその力と真反対の力を有する瑞穂を含めて、自分らを赤のクランズマンにする道を選択した。
少なくとも赤の王の庇護下にいる以上、よほどのことがない限り彼女が狙われる心配は減るだろう…
「草薙さん、何も問題なく終わった?」
「…あぁ、終わったで」
「そっか!じゃあこれでひと段落だね」
「せやな」
心配している瑞穂の言葉に、顔色一つ変えず何事もなかったように頷いた草薙は、カウンターチェアに腰を下ろした。
周防は赤のクランズマンを選んだ。
瑞穂は赤のクランズマンになる選択をした。
彼らがその選択をしたのであれば、自分は自分の役割をするだけ。彼らが彼ららしく自由に好きなことが出来るように。その延長線上に、彼女の幸せな未来があれば…本望だ。
「そんな一仕事をしてくれて疲れてそうな草薙さんに…」
腰を下ろした草薙に、瑞穂は先ほど淹れたばかりのコーヒーを差し出した。
「ありがとさん」
そう言うと草薙は、目の前に出されたコーヒーカップに手を伸ばす。そして一口啜ると、彼女の成長ぶりに舌鼓を打った。
「ホンマ、淹れるの上手くなったなぁ…」
「それは、師匠の教え方が上手いからだよ」
「いいこと言ってくれるやんか」
「だってホントのことだからね」
草薙に会うまではコーヒーの淹れ方を知らなかった瑞穂は、草薙に教わりながら少しずつ自分のものにしていた。
十束もそうだが瑞穂も中々に器用な分類のため、気分を良くした草薙は時間の許す限りあれやこれやと教えていたのだ。
そのお陰で色々と出来ることが増えた瑞穂は感謝の気持ちで胸が一杯だった。
助けて欲しいとき支えて欲しいとき、何時でも彼はすぐそばに居て、手を差し伸べてくれる。幼馴染とはまた違う安心感を与えてくれる。
何時も助けられてばかりだからこそ、何かしらの形で返していきたい。
『何かしてあげるだけで草薙さんは喜ぶよ』
多々良の言うとおりだったよ
柔らかく微笑んだ彼の表情は嬉しそうに見えた。
少しずつでいい、この恩を返していきたい
「ありがとね、草薙さん」
自身の分と用意したカップから目線を上げた瑞穂は、弾けるような笑みを零した。