赤の王国【過去編①】※完結
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「通行制限されてて自由に動けないね」
街の様子を探りに出た草薙と瑞穂は、街の至るところで警官が一般人の通行を制限している光景を目にした。せっかく外に出てきたのにこれでは情報収集できない。瑞穂は、困ったように肩を竦める。そんな彼女の頭に大きな手のひらが乗せられる。安心させてくれるその手の持ち主を瑞穂は見上げる。
「そんなことないで」
「…ここにいるの、誰やと思ってるんや」
サングラス越しに見つめてくる飴色の瞳が愉しげに細まる。小さく口角を上げた彼の頭の中ではすでに道筋が浮かび上がっていたのだ。
「こっちや、着いてき」
二人はひっそりと裏にある細い路地に入り込む。地の利がある草薙は迷うことなく、警戒が強いエリアへと進んでいく。だが、人1人がどうにか通れる狭く薄汚れた路地をくぐり抜けた先で草薙はその足を止めるのだった。
「どうしたの?」
「なんや、これは…」
彼の後ろを付いてきた瑞穂は急に立ち止まった草薙に不思議そうに声を掛ける。一方で、草薙は目の前で繰り広げられている光景にただ圧倒されてしまっていた。
「草薙さん?」
反応がない草薙に痺れを切らし、瑞穂は彼の背から顔を覗かせる。すると眼前では二人の男が対峙していた。青い制服を来た男”青服”とラフなパーカーを着た男”ストレイン”の戦闘に遭遇してしまったのだ。
”青服”が抜刀したサーベルが覚めるほど青く輝く。そのサーベルが振り下ろされると、青い光を放つ斬撃となり対峙する”ストレイン”目掛けて空を切り裂く。その斬撃に対して、”ストレイン”は超人的なほど高く飛び上がり回避する。背後の建物に斬撃が直撃し壁をえぐり取る中、”ストレイン”は空中で拳を”青服”に向かって振り下ろす。それに対抗するように”青服”はサーベルを構えた。
ギィン!!
ぶつかり合うサーベルと拳が響かせたのは硬質なもの同士がぶつかり合う金属音。サーベルが肉を裂き、パーカーの男が斬殺されると思っていた草薙が想像していたものではなかった。
「…瑞穂ちゃん!」
だが拮抗していたのも一瞬。サーベルが振り抜かれ、パーカーの男が自分たちが潜む路地の方へと吹き飛ばされてくる。慌てて、自分と同様に覗き込む瑞穂の肩に手を回し、慌てて引っ込んだ。
「草薙さん…くるしぃ…」
「ちょっと我慢し」
自分の胸もとに瑞穂を押し付けた体勢のまま、草薙は再び戦況を確認しようと覗き込む。対して、抱き込まれたままの状態になってしまった瑞穂はもぞもぞと動く。が、草薙の力が思った以上に強くこの状況から抜け出すことができなかった。
「…なんや今のは」
瑞穂が解放されたのは、戦闘が終わり双方が走り去った後。ようやく苦痛から解放された瑞穂は大きく力を抜くように息を吐き出す。一方で同じタイミングでホッと息をついた草薙の心臓は、未だにばくばくと早い鼓動を打っていた。
「平気?」
たまらず瑞穂は声を掛ける。客観的に見ても今の草薙は顔色が悪く瑞穂は見えた。それもそのはず、彼は数日前まで直ぐ側にこのような世界があることを知らなかったのだから。
「あぁ…」
瑞穂の問いかけに、なんとか返答するものの彼が動揺していることは明らかだった。
「こんな奴ら相手にしなきゃならへんのな…
一体どんな対策立てればいいねん」
色んな妙な力を使う者がいて、その頭として君臨している闇山光葉が周防にこだわっている。この事実に草薙はぶるっと身体を震わすと、ふらっと覚束ない足取りで歩き出す。その時、草薙は足元に落ちているものが目に留まった。
「ん?」
「草薙さん?」
足を止め、落ちているものを拾おうと草薙は腰を屈める。一体何を見つけたのだろうかと瑞穂は彼のもとに向かう。草薙が見つけたのはタンマツだった。難しい表情をして端末に目を落とす草薙の手元を瑞穂は覗き込んだ。
「なんや…これ…」
ロックがかかっていなかったその端末の画面は、中高生を中心に流行っているjungleアプリ内のものだった。アプリの存在は知っているが、使ったことがない草薙は掲示板内で繰り広げられていく内容に首を捻る。
"ストレイン"
”青服”
その中身は、青服の戦闘様式や逃げ方のコツなどストレインが青服に捕まらずに生きていくための情報。草薙は、文脈から意味を推測しながら掲示板の内容に目を通していく。
『セプター4には今、青の王はいないんだ。あいつらだって俺たちと変わりはしない。あいつらに管理されてやることなんかない』
ある書き込みに目を留めた草薙は、本腰を入れて読み解こうと画面に親指を滑らせようとする。その時、裾を引っ張られている感覚に気づく。
「瑞穂ちゃん?」
顔を上げた草薙が見たのは怯えきっている瑞穂だった。草薙と違いこの掲示板を良く知る瑞穂は顔を真っ青にしていたのだ。大きく息を呑んだ瑞穂は無意識のうちに草薙に縋るように腕を掴んでいた。一体どうしたのだろうかと詳しく聞こうと思った矢先、草薙が持つ端末からピロンと音が鳴った。
『他人のタンマツで情報収集ですか?』
慌てて端末に目線を落とすと、そこに現れたポップアップのメッセージは明らかに草薙達自身に向けられたもの。ハッと息を呑んだ草薙は慌てて周囲を見渡した。だが、周りには人の姿はどこにもなかった。
「何で…」
『水無月瑞穂、まだ私のもとに来てくれないのですね』
唖然とする草薙の手元でまた音が鳴る。その音につられて目線を落とした草薙はポップアップで表示されたメッセージに目をひん剥く。考えるよりも先に、草薙は小刻みに震える彼女を守るように抱き寄せた。
「アンタ何者や?
悪いんやけど、どんなことがあっても彼女を渡すつもりはないで」
怒りを抑えるように発せられたのは地を這うように低い声。己の手元にある端末を飴色の瞳は殺気を鋭くさせ睨め付けた。
「草薙さん、私はだいじょう…」
「こんなに怯えて、大丈夫なわけないやろ」
しがみ付く様に彼の胸元に手を置いた瑞穂は、彼を見上げる。だが彼女が気を張っているのは明らか。無理もない。彼女はずっとこの正体がわからないものから追いかけまわされ続けてきたのだから。
こんなヤツに奪われてなるもんか
草薙は彼女を抱く力を強める。そして、ジッとサングラス越しに見える端末に映し出される、次のメッセージを待った。
『仕方ありませんね。
もうしばらくだけ君たちに預けることとしましょう。
ですがいずれ迎えにいきます』
メッセージが映し出されたのは、ため息を吐き出したかのように数秒時間が経った後。固唾を呑んで待っていた草薙はそのメッセージを読み切ると、向こうの諦めの悪さに困ったように眉を顰める。
「アンタも聞き分けが悪いなぁ…
迎えに来てもコッチから願い下げやって言ってんやろ」
『草薙出雲、貴方の参謀としての力も私は買っています。
貴方であれば私はいつでも大歓迎ですよ。』
少しばかりいら立ちを声に乗せる草薙。そんな彼自身に対して矛先が気づけば向けられていた。そのことに瑞穂はビクッと身体を震わした。標的が自分だけならまだいい。でも、周りの者を巻き込まれるとなれば話は別だ。カッと感情が込み上げた瑞穂は声を出そうとする。しかし、彼女のその行動を先読みしていた草薙は、抱いている左手を彼女の頭に乗せ、あやす様にポンポンと優しく撫でた。その手により落ち着きを取り戻した瑞穂は不安そうに彼を見上げた。すると、サングラス越しに見える彼の目は優しい眼差しで、大丈夫だと訴えていた。
「高く評価してくれるのは嬉しいんやけど、
俺も瑞穂もついていくのは周防尊ただ1人だけや」
『そうですか、それは残念です。
そういえば赤の王になりたい青年が、君の友人のところへ行きました。見物です』
瑞穂から端末へと視線を戻した草薙は、きっぱりと彼の誘いを断った。だが、威勢の良かった草薙は次のメッセージに書かれた内容にガツンと頭を殴られた衝撃を覚え、固まってしまう。
ジワリと嫌な汗が滲み、己の身体に纏わりつく。時が止まったかのように、身体が動かない。喉から発せられようとした言葉は、言葉になることなく吞み込まれていく。
「…草薙さん!!」
そんな彼を突き動かしたのは腕の中にいた瑞穂だった。
「戻ろう!!」
「…あぁ」
彼女の力強い声が、草薙を思考の奥底から引っ張り上げる。力が抜けきってしまった草薙の腕の中から抜け出していた瑞穂は、彼の右手にあった端末を奪い取り捨てた。
響くのはタンマツが地面に叩きつけられる音。その音で完全に正気を取り戻した草薙は、瑞穂の手を取り無我夢中で走り出した。
周防の居場所が闇山に知られた?
まだ何も策が見いだせていない。戻って、駆け付けた後いったいどうすればいいか。
ただ二人は急いで彼のもとに帰るためだけに走り続けるのだった。